村娘のあたしが聖剣の主に選ばれちゃった! ~ただの村娘が『運命の王子様』を探しだすまで(?)~

杵島 灯

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タナブゥタの伝説・下

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 日の沈んだ川辺の道にはたくさんの露店が出ていた。
 うん、昨日教えてもらった通りね!

 ウキウキとするあたしだったけど、対照的にレオンの声はどことなく不機嫌そう。

【洋服焼き、洋服飴、洋服酒、洋服揚げ……なんだこりゃ】
「飲食物だけじゃなくて、洋服自体も売ってるよ」
【そういう問題じゃない。まったく、自分が死んだ日に皆が騒ぐんだ。そのお嬢様とやらからすればずいぶんと不愉快だろうよ。恋の願いなんざ叶えるもんか】
「やーね、レオンたら心が狭いわ」

 あたしは胸の前でチッチッチ、と小さく指を振る。

「レオンと違って心優しいお嬢様はね。自分が不幸だった分、みんなには不幸になって欲しくないの。だから恋の願いを叶えてくれるのよ!」

 ひとつため息をついて、レオンは黙った。
 その様子はなんとなく「処置なし」って感じにも思えたけど、きっとあたしの気のせいなはず。

「それにね」

 あたしはレオンにだけ聞こえるよう声を潜める。

「あたし、お嬢様が川に流されて亡くなった、っていうのは嘘だと思うの」
【どういうことだ?】
「あのね。実はお嬢様は、恋人と示し合わせて川に流されたふりをしたの。で、町にやってきた恋人も身を投げたふりをするわけ。そうすればみんな、ふたりは死んだと思うでしょ?」

 道の左右に露店が並ぶ中、あたしは前を見てレオンと話しながら歩く。

「そしてお嬢様は恋人と落ちあった後、遠いところへ行ってふたり仲良く暮らしたの。これが真実よ。間違いないわ」
【そうか? そんな都合よく――】
「あら、素敵なお話ね」

 急に声が割り込んできて、あたしはびっくりする。
 振り返ると、品の良さそうな小柄なお婆さんがあたしの後ろで立っていた。

 周囲は人が多くて賑やか。
 だけどお婆さんのところにまで届いたってことは、あたしの声は思ったより大きかったのかもしれない。 
 うう、これは広い村で育った弊害かな。

 お婆さんはにこりと微笑む。

「みんなはふたりが亡くなった話を信じてるけれど、あなたは違うの?」
「あ、あの、あたし、昨日この話を聞いたばかりなんです。だから、他の人たちと違って馴染みがないから、その……」

 勝手な妄想を聞かれて顔が赤くなるあたしのことを気に留めることなく、お婆さんはおっとりとした様子で話す。

「そうなのね。でもこの川へ来たということは、あなたも恋のお願いがあるのかしら?」
「えーと……はい。都合よくそこだけ信じちゃいました」

 へへへ、と笑うと、まあ、と言ってお婆さんも小さな声で笑う。

「赤い髪と瞳のお嬢さん。あなたはどんな恋の願いを持っているの?」

 お婆さんの声は上品で、問いかけはちっとも下世話な感じがしない。
 だからあたしは思わず答えた。

「実はあたし『運命の王子様』に会いたいんです」

 あたしがずっと探してる人。あたしだけを深く愛してくれて、あたしもその人だけを愛することができる。そんな『運命の王子様』。
 馬鹿みたいな夢物語を信じてるって笑われるかと思ったけど、でもお婆さんはゆったりとうなずいた。

「きっと、会えますよ」
「ありがとうございます!」

 会えるって言ってもらえたのが嬉しくて、あたしの声は弾む。
 その時お婆さんがあたしの後ろを見ながら、小さく手を振った。

 何だろうと思いながら振り返ると、立っていたのはすらりとしたお爺さん。
 そして、お爺さんと一緒に来た人物。

「お探ししました、お嬢様」
「あらあら、あなたったら。いつまで経っても昔の癖が抜けないんだから」

 固まるあたしの横を通って、お婆さんはお爺さんの横に並ぶ。ごくわずかに微笑んだお爺さんは、そっとお婆さんの手を取った。
 それはなんだかとても素敵で、長い時を一緒に生きてきたことを感じさせる雰囲気で、そしてちょっぴり眩しく見える光景。

「では、失礼しますね。お嬢さん、神官様」

 お婆さんとお爺さんは頭を下げ、そのまま人混みに紛れて見えなくなってしまった。
 残されたのは、あたしと――アーヴィン。

「……どうして、アーヴィンが、ここにいるの?」

 ようやく出た声であたしが尋ねると、驚いたようにあたしを見つめていたアーヴィンはふわりと笑う。彼の笑顔があまりにも幸せそうだったから、あたしはドキッとした。
 ……変なの。あたしがドキドキする相手は『運命の王子様』だけのはずなのに。

「町の神殿に用があって来たんだ。村へ帰ろうとしたら、さっきのご老人がお連れの方を探しているところに行きあってね。一緒に探していたんだよ」
「……そっか」

 なぜかすごく嬉しくなって、あたしは辺りを示して言う。

「ねえ! 今からだともう村へ戻るのは無理でしょ? せっかくだから一緒に露店を回らない?」

 あたしの誘いに、アーヴィンは幸せそうな笑顔のままうなずいてくれた。

 その後あたしはアーヴィンと一緒に、露店で色々な物を食べた。
 それは町についてから初めての、とっても美味しい食事だった。
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