伯爵令息の僕だけど、姉上のフリをして初恋の彼女の教師になります!? ~偽りの姿をした僕と、優しい嘘を言う君が、陽の光の下でワルツを踊るまで~

杵島 灯

文字の大きさ
28 / 73
第3章

花と嵐

しおりを挟む
「いかがでした? ちゃんと内容は合っていました?」

 僕は頬を紅潮させたサラの呼びかけで我に返る。
 そうだ。これは授業っていう体でサラが語ってくれてたんだ。話の内容が意外だったからって呆けてる場合じゃないぞ。

「え、ええ。サラさんの演技も、とても素晴らしかったですわ。ここまで詳細な演技ができるなんて、サラさんはずいぶんこのお話が好きなんですのね」
「はい、大好きです。この劇は大人気ですから、劇場に行ったって毎回観られるってわけではなかったんですけど、でも、行かずにはいられなくて……」

 目を伏せるサラは両手を胸に当てる。まるで大事な何かをそっと抱くようだ。

「『約束の花束をあなたに』のどんなところが良いのかお話するんでしたよね。それは……」

 サラは顔を上げた。

「全部、よ」

 瞳には思いつめたような、決意を秘めたような、そんな力があった。
 僕の胸がドキリと跳ねる。

「私がこの劇を観たのはちょうど初演の日だったの。看板に描かれた二人に惹かれて劇場に入って……すぐとりこになった。この作品が不人気でも関係ない、観客が私一人だけになっても最後の公演の日まで絶対に通う、そう心に決めたくらいよ」

 サラがゆっくりと僕に近寄る。小さな靴音は絨毯が吸い込んだ。その光景を目にする僕は動けない。座っているから当然なんだけど、でも実はサラの視線に射抜かれてしまったせいじゃないかって錯覚に陥る。そのくらいサラの目に宿る力は強い。

「私が劇場に通っていたのはたぶん、ラジュワーとムダルが本当に幸せになれるのかどうかを確かめるため。もしかしたら二人が何かの手違いとか、あるいは作家の気まぐれで二人が幸せにならずに終わるのかも、そうしたらどうしようって思いながら観ていたの。だからいつも、二人が幸せそうに笑って幕が下りるその瞬間まで、ずっとドキドキしてる」
「どう、して」

 最後の「そんなに」という言葉は、かすれて出なかった。いつの間にか口の中がカラカラに乾いていたんだ。
 僕は一度つばを飲みこみ、口の中を湿らせる。

「どうして、そんなに、思い入れてるの?」
「重ねているからよ」
「重ねる……?」
「そう。分かるでしょう?」

 思わずさまよわせた僕の視線が机の上に釘付けになる。開かれた本の中ではまだ、子ども時代のムダルとラジュワーが庭園で楽しそうに笑ってる。
 花の香りがして僕は顔を上げた。サラがすぐ近くまで来ていた。そうだ、サラは香水をつけている。蘭のような華やかな香りのものを。さっきまではそんなに感じなかったけど、今はとっても気になるよ。花咲く庭園にいる感じがするからかな。挿絵のムダルとラジュワーを見るような……いや、僕たちの子ども時代に戻ったような気分になっているからかも。
 目の前で腰をかがめたサラが、吐息すらかかりそうな距離で艶やかな唇を開く。

「ねえ」

 サラは無邪気で、楽しそうな笑みを見せる。子どものころ、一緒に遊んだときの笑みとおなじものだ。

「私は『約束の花束をあなたに』が大好き。……あなたは、どう?」

 その瞬間、目を見開く僕の周りを、緑の風が吹きぬけていく。そんな気分になった。
 サラは気づいてる!
 ここにいる“エレノア”が誰だか分かってるんだ!

 ふと、サラが微笑む。

「あのね。私――」
「サラ!」

 廊下の方から大きな呼び声がした。

 身を震わせたサラが反射的に体をひねり、僕がハッと顔を上げる。同時に勢いよく扉が開いた。
 廊下に立っているのはジェフリー。今日も今日とてシルクハットをかぶり、しかめ面をしてご登場だ。

「エレノア嬢がいらしているのだろう? 私が部屋で待っているというのに――!」

 その顔からすると文句を言うつもりだったんだろうけど、ジェフリーはなぜかサラを見てギクリと身体を強張らせた。

「……その……私はだな……次の資料をもらいたくて……い、いや、今日の資料がないと困るだろうから、届けに……」

 おっと、そうだった。
 普段ならモート家に到着したあと“エレノア”はジェフリーの書斎に行って次の資料を渡し、引きかえに今日の授業の資料をもらうのがいつもの流れなんだけど、今日は先にサラの部屋へ来ちゃったんだよね。

「まあ。わざわざ申し訳ございません」

 立ち上がろうとした僕を、サラが手で遮った。そうして黙ったままその手を僕に差し出す。
 サラはジェフリーに顔を向けてるから、僕が表情を窺うことはできない。でも、その背には、なんだかメラメラと燃える炎が見えた気がした。
 迫力に負けた僕が白い手袋の上に資料を乗せるとサラは踵を返し、ジェフリーに向かって力強く進む。ええと……絨毯に、サラの靴の跡ができてるんだけど……。

「はい、お父様。資料よ」

 ジェフリーの前まで行って資料を差しだすサラの声は、とーっても優しい。絨毯の状況と差がありすぎて逆に怖い。

「どうしたの? 受け取らないの?」
「いや……もちろん、受け取るとも……」

 ジェフリーは手に持った資料を胸の前に構えて縮こまってる。その表情ときたら、エレノア姉上に詰め寄られたときのうちの父上のものとそっくりだ。ジェフリーがこんな様子を見せるなんて初めてだぞ。どうしたんだろう。サラはどんな顔をしてるの?
 肩をすくめたサラがすいと手を伸ばし、ジェフリーが盾のように持っていた資料を取り上げる。当のジェフリーは「あー」とも「うー」ともつかない調子でうなった。

「ほら。私の部屋まで来るくらい待ちかねていた資料でしょ? ――さっさと受け取れば!?」

 目にもとまらぬ勢いでサラの腕が振られ、ジェフリーの胸に資料を叩きつける。
 ばぁん! というものすごい音と共に「ぐふっ」とくぐもった声がして、ジェフリーが資料を抱えたまま尻をつく。そのままゆっくりと背後に倒れ込み、シルクハットが廊下を転がって……。
 思わず腰を浮かせた僕だったけど、廊下の景色はすぐに見えなくなった。サラがさっさと扉を閉めたせいだ。

「書斎に寄らなかったのは失敗だったわね。邪魔が入っちゃった」

 サラがほんのり苦笑しながら戻って来て、机の上に資料を置いて。

「それで、さっきの話――」

 って言いかけたから、僕は慌てて、

「し、資料もいただきましたし、遅くなりましたけど授業を始めますわね」

 とだけ言って机の資料を開いた。

 小さく息を飲んだサラは黙って椅子に座る。こっそり窺うと表情は完全なる『無』だった。なんだか怖いな、と思ったところでサラがぼそっと「クソ親父」なんて呟いたけど、脇の下にじっとり汗をかいてる僕は余計な指摘をせずに授業を続けた。

 いや、ジェフリーが来てくれて助かったよ。
 だってさっきは危なかったんだ。うっかり「僕はグレアムなんだ」って言ってしまうところだったからね。どんなに女装が嫌でも「サラがグレアムだって気付いてる」なんて自分に都合のいい妄想をしてる場合じゃないんだぞ、僕。
 契約が終わるその日までちゃんとするんだ。
 モート家にいるのはグレアムじゃなくて、あくまで教師の“エレノア”なんだからね!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】役立たずになったので身を引こうとしましたが、溺愛王子様から逃げられません

Rohdea
恋愛
───あなたのお役に立てない私は身を引こうとした……のに、あれ? 逃げられない!? 伯爵令嬢のルキアは、幼い頃からこの国の王太子であるシグルドの婚約者。 家柄も容姿も自分よりも優れている数多の令嬢を跳ね除けてルキアが婚約者に選ばれた理由はたった一つ。 多大な魔力量と貴重な属性を持っていたから。 (私がこの力でシグルド様をお支えするの!) そう思ってずっと生きて来たルキア。 しかしある日、原因不明の高熱を発症した後、目覚めるとルキアの魔力はすっからかんになっていた。 突然、役立たずとなってしまったルキアは、身を引く事を決めてシグルドに婚約解消を申し出る事にした。 けれど、シグルドは──…… そして、何故か力を失ったルキアと入れ替わるかのように、 同じ属性の力を持っている事が最近判明したという令嬢が王宮にやって来る。 彼女は自分の事を「ヒロイン」と呼び、まるで自分が次期王太子妃になるかのように振る舞い始めるが……

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。 思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。 愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ 向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。 アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。 そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___ 異世界恋愛 《完結しました》

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸
恋愛
 シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。    潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。  それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。  けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。  彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

処理中です...