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第1章
僕の事情 2
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姉上が父上とジェフリーのことを嫌ってる理由は単純にして明快。
父上が借金を作ったから。
そのせいで我が家は姉上が結婚に際して持って行くお金、いわゆる“持参金”を用意できなくなってしまったんだ。
確かに姉のエレノアは美人で賢く、話題も豊富、立ち居振る舞いは優雅で優美、おかげで『最高の淑女』なんて呼ばれて社交界では大人気だ。
……だけど結婚となると話は別。
たとえ王都で人気の『最高の淑女』であっても持参金も用意できないような「ちゃんとしてない」家の娘に縁談なんて来ない。このままだと姉上は結婚を諦めて修道院に入るしかないんだ。
だから姉上は三年前から王都で暮らしてる。持参金がなくても結婚してくれる相手を探すためにね。
でも成果はいまひとつ上がらないまま十八歳になってしまって、大いに焦ってる……らしい。
まあ、とにかく。そんな状態の姉上が、借金の元凶であるジェフリーと父上の二人による頼みを受けるわけないだろう?
って思ってたら案の定、父上が嬉々として出した手紙には大きな「×」が書かれて戻って来た。
『どうしてこのわたくしがあんな家の娘を教育しなくてはいけませんの? ぜっっっっっっっっっったいにお断りですわ!!!!!』
という、姉上の走り書きと一緒にね。
姉上からの断りの手紙を見て僕は「当然だ」って思ったけど、どうやら父上はそう考えなかったようだ。
「そんな……エレノア……」
へなへなと床に座り込み、背中を震わせる姿はあまりに頼りない。
「これ以上取り立てられたら、我が家はもうおしまいなんだ……最後の領地と本邸か、あるいは王都の別邸を手放すしか手がないというのに……」
う、予想はしてたけどやっぱりそこまで来てたか。いよいよ僕も腹をくくる必要がありそうだ。
ため息を一つ吐いたところで涙がこぼれないように上を向くと、肖像画のお祖父さまと目が合った。ぷっくりとした顔の中に埋もれた小さな瞳は何とも無邪気で、後の憂いなんてまったく考えてなさそうだ。
ああ、だけどお祖父さま。あなたが好き勝手してくれたせいで、孫の未来は真っ暗なんですよ……。
「そうだ! グレアアアアアアアム!」
「うわっ!」
突進してきた父上が僕の足にしがみつくものだから、体勢が崩れた僕は肖像画の額縁に思い切り頭をぶつけそうになった。お祖父さまの世界へいくとこだったよ、あっぶな!
「なんですか、父上! て、ちょっ、僕の腰に頬ずりするのはやめてください! 離れて!」
「いいや離れないぞ、可愛い我が息子よ! 私はもうお前に頼るしかないのだ!」
がっちりした体格の父上は僕より上背もあるし幅もある。それでも服を汚したくない僕は歯を食いしばり、渾身の力で少しずつ引きはがしていたんだけど。
「グレアム、頼む! どうかエレノアのふりをして、ジェフリーの屋敷へ行ってくれ!」
「え?」
あまりに意外なことを言われた隙に僕の手の力が抜けて、父上は再び僕の腰に密着する。上着に父上の涙と鼻水がべっとりついた。うげえ。
「お前たち姉弟は幸いにして母親似だ! お前がエレノアの格好をしてもきっと見破られないだろう!」
「いやいやいやいや、さすがに無理がありますって。とにかく服が汚れるんで離れてくださいよ、父上」
だけど僕の腕は父上を引きはがせない。父上が必死でしがみついてるから……っていうのも無くはないけど、単純に腕に入る力が弱くなってるから。
その理由は簡単。父上の提案のせい。
だって姉上がモート家の屋敷に行くのは、サラの教師としてだろ?
僕が姉上のフリをしたら、それは、サラに会うってことで……つまり、サラにまた会えるってことで……。
ジェフリーの娘サラは、父親に連れられてよくパートリッジの屋敷にも来ていた。
最初に会ったのは、僕たちが五歳のときだったかな。
そして最後に会ったのは、僕たちが十歳のときだ。
だから頻繁に会ってたわけじゃないんだけど、でも僕はサラのことが好きだった。
僕と同じ歳の、賢くて可愛いサラ。
あれから六年経って、サラはどんな女の子に成長したんだろう。
また会ってみたいなあ、という個人的な気持ちは十分にある。そりゃもう、十分にね。
だけどあともう一つ気になったこともあるんだ。
もしもここでエレノアが、いや、僕が教師を断ったら、サラはどうなるんだろう? ってこと。
だって、ジェフリーの家に教師として行く令嬢なんて、きっと――。
「おんや? そこにいるのはエレノア坊ちゃんじゃないですか?」
妙な呼ばれ方をした僕はハッと振り返る。
そこには例のメイドがシーツを抱えて立っていた。
……あれ? あのシーツはもしかして……。
「うおおおい! 僕の部屋に入ったのか?」
「はあ」
「扉は!」
「えーと、ごとんって、こう」
「なんで! なんで開けたんだよおお!」
「なんでって、ヤですよ坊ちゃん」
メイドはワハハハハと豪快に笑う。
「坊ちゃんがいないんだから声を掛けても開けてもらえないでしょ? そうなるとアタシが自分で開けるしかないじゃないですかー」
「だからって!」
「安心してください、坊ちゃん。扉は閉めてません。ちょっとナナメのまま開けっ放しになってます。だからアタシはもう開けません!」
「一つしかない蝶番へのダメージがあああ!」
僕の部屋の扉、その蝶番は一つ壊れてしまった。もう片方の蝶番はまだかろうじて生きてるけど、こんなことじゃ近いうちに寿命を迎えそうだよ!
ああもう、いっそのこと今すぐ蝶番を取り払って、完全に嵌め込み式の扉にするべきなのか?
僕がうーうー唸って悩んでいると、メイドがシーツを抱えたまま近寄ってくる。あ、転んだ。引きずったシーツを踏んだんだな、もう。
「おいおい、大丈夫か?」
「はあ、平気です」
シーツの中から這い出してきたメイドは、僕が差しだした手を不思議そうに見つめる。
「ところでエレノア坊ちゃん。なんだってまだこんなところにいるんですか? モートさん家の馬車はどうしたんです?」
「え? ……あっ」
そうだ、迎えの馬車が来てるんだった!
うわああああ、完全に遅刻だああああ!
父上が借金を作ったから。
そのせいで我が家は姉上が結婚に際して持って行くお金、いわゆる“持参金”を用意できなくなってしまったんだ。
確かに姉のエレノアは美人で賢く、話題も豊富、立ち居振る舞いは優雅で優美、おかげで『最高の淑女』なんて呼ばれて社交界では大人気だ。
……だけど結婚となると話は別。
たとえ王都で人気の『最高の淑女』であっても持参金も用意できないような「ちゃんとしてない」家の娘に縁談なんて来ない。このままだと姉上は結婚を諦めて修道院に入るしかないんだ。
だから姉上は三年前から王都で暮らしてる。持参金がなくても結婚してくれる相手を探すためにね。
でも成果はいまひとつ上がらないまま十八歳になってしまって、大いに焦ってる……らしい。
まあ、とにかく。そんな状態の姉上が、借金の元凶であるジェフリーと父上の二人による頼みを受けるわけないだろう?
って思ってたら案の定、父上が嬉々として出した手紙には大きな「×」が書かれて戻って来た。
『どうしてこのわたくしがあんな家の娘を教育しなくてはいけませんの? ぜっっっっっっっっっったいにお断りですわ!!!!!』
という、姉上の走り書きと一緒にね。
姉上からの断りの手紙を見て僕は「当然だ」って思ったけど、どうやら父上はそう考えなかったようだ。
「そんな……エレノア……」
へなへなと床に座り込み、背中を震わせる姿はあまりに頼りない。
「これ以上取り立てられたら、我が家はもうおしまいなんだ……最後の領地と本邸か、あるいは王都の別邸を手放すしか手がないというのに……」
う、予想はしてたけどやっぱりそこまで来てたか。いよいよ僕も腹をくくる必要がありそうだ。
ため息を一つ吐いたところで涙がこぼれないように上を向くと、肖像画のお祖父さまと目が合った。ぷっくりとした顔の中に埋もれた小さな瞳は何とも無邪気で、後の憂いなんてまったく考えてなさそうだ。
ああ、だけどお祖父さま。あなたが好き勝手してくれたせいで、孫の未来は真っ暗なんですよ……。
「そうだ! グレアアアアアアアム!」
「うわっ!」
突進してきた父上が僕の足にしがみつくものだから、体勢が崩れた僕は肖像画の額縁に思い切り頭をぶつけそうになった。お祖父さまの世界へいくとこだったよ、あっぶな!
「なんですか、父上! て、ちょっ、僕の腰に頬ずりするのはやめてください! 離れて!」
「いいや離れないぞ、可愛い我が息子よ! 私はもうお前に頼るしかないのだ!」
がっちりした体格の父上は僕より上背もあるし幅もある。それでも服を汚したくない僕は歯を食いしばり、渾身の力で少しずつ引きはがしていたんだけど。
「グレアム、頼む! どうかエレノアのふりをして、ジェフリーの屋敷へ行ってくれ!」
「え?」
あまりに意外なことを言われた隙に僕の手の力が抜けて、父上は再び僕の腰に密着する。上着に父上の涙と鼻水がべっとりついた。うげえ。
「お前たち姉弟は幸いにして母親似だ! お前がエレノアの格好をしてもきっと見破られないだろう!」
「いやいやいやいや、さすがに無理がありますって。とにかく服が汚れるんで離れてくださいよ、父上」
だけど僕の腕は父上を引きはがせない。父上が必死でしがみついてるから……っていうのも無くはないけど、単純に腕に入る力が弱くなってるから。
その理由は簡単。父上の提案のせい。
だって姉上がモート家の屋敷に行くのは、サラの教師としてだろ?
僕が姉上のフリをしたら、それは、サラに会うってことで……つまり、サラにまた会えるってことで……。
ジェフリーの娘サラは、父親に連れられてよくパートリッジの屋敷にも来ていた。
最初に会ったのは、僕たちが五歳のときだったかな。
そして最後に会ったのは、僕たちが十歳のときだ。
だから頻繁に会ってたわけじゃないんだけど、でも僕はサラのことが好きだった。
僕と同じ歳の、賢くて可愛いサラ。
あれから六年経って、サラはどんな女の子に成長したんだろう。
また会ってみたいなあ、という個人的な気持ちは十分にある。そりゃもう、十分にね。
だけどあともう一つ気になったこともあるんだ。
もしもここでエレノアが、いや、僕が教師を断ったら、サラはどうなるんだろう? ってこと。
だって、ジェフリーの家に教師として行く令嬢なんて、きっと――。
「おんや? そこにいるのはエレノア坊ちゃんじゃないですか?」
妙な呼ばれ方をした僕はハッと振り返る。
そこには例のメイドがシーツを抱えて立っていた。
……あれ? あのシーツはもしかして……。
「うおおおい! 僕の部屋に入ったのか?」
「はあ」
「扉は!」
「えーと、ごとんって、こう」
「なんで! なんで開けたんだよおお!」
「なんでって、ヤですよ坊ちゃん」
メイドはワハハハハと豪快に笑う。
「坊ちゃんがいないんだから声を掛けても開けてもらえないでしょ? そうなるとアタシが自分で開けるしかないじゃないですかー」
「だからって!」
「安心してください、坊ちゃん。扉は閉めてません。ちょっとナナメのまま開けっ放しになってます。だからアタシはもう開けません!」
「一つしかない蝶番へのダメージがあああ!」
僕の部屋の扉、その蝶番は一つ壊れてしまった。もう片方の蝶番はまだかろうじて生きてるけど、こんなことじゃ近いうちに寿命を迎えそうだよ!
ああもう、いっそのこと今すぐ蝶番を取り払って、完全に嵌め込み式の扉にするべきなのか?
僕がうーうー唸って悩んでいると、メイドがシーツを抱えたまま近寄ってくる。あ、転んだ。引きずったシーツを踏んだんだな、もう。
「おいおい、大丈夫か?」
「はあ、平気です」
シーツの中から這い出してきたメイドは、僕が差しだした手を不思議そうに見つめる。
「ところでエレノア坊ちゃん。なんだってまだこんなところにいるんですか? モートさん家の馬車はどうしたんです?」
「え? ……あっ」
そうだ、迎えの馬車が来てるんだった!
うわああああ、完全に遅刻だああああ!
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