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訪問
しおりを挟む「まだこれ泡が残ってるでしょ!」
食器一つ洗うだけでも愛莉の指導が入る。
いつか一志の家にお邪魔した時に少しでもできる女性に見えるように必死に家事を覚えていた。
愛莉はこれ幸いとばかりに炊事洗濯掃除とありとあらゆることにこき使う。
だけど愛莉たちは毎日これを当たり前にこなしていたのかと思うと何も文句を言えなかった。
それは、きついことばかりじゃない。
瞳子も混ざって世間話をしながら楽しんでいた。
「今日は冬吾さん達何食べたいかな~?」
そんな風に楽しそうに献立を考えている瞳子の気持ちが今なら少しだけ分かる。
私も一志の為にそんな風に作ってあげたいなとさえ思っていた。
「あんなに嫌がってた冬莉とこんなことが出来るなんてね」
人を好きになるってすごいでしょ?と愛莉が笑っている。
当然家事に追われてる分小遣い稼ぎの時間が減った。
ゲームの時間も激減する。
すると、当然ギルドのメンバーから何があったのか?と聞かれる。
「花嫁修業」
「LiLi結婚するの!?」
皆が騒いでいたけど一つだけ不満があった。
なぜかそのお目当てのクルトこと一志まで動揺していた。
「だ、誰かとお見合いでも決まったの?」
そんなわけないでしょ!
「あのさ、あの日ちゃんと私の話聞いてた?」
「だからびっくりしたんだけど」
急に花嫁修業だなんて。
「……私だってもう23だよ。準備だってするよ」
だからいつでも待ってる。
「でもそれだとあまり会えないね」
こいつは何を言っているのだろう?
「会ってくれないの?」
「い、いや。邪魔しちゃ悪いかなって」
最後まで言わないと分かってくれないのだろうか?
「いつ一志に求婚されてもいいように花嫁修業してるのに、誘う事すらしてもらえないの?」
「きゅ、求婚!?」
異様に慌てている一志。
そんなに慌てる事なのだろうか?
「で、誘ってくれないの?」
「よ、よかったら今度の連休にでも……」
連休か、それは都合がいい。
「いいけど私から一つお願いしてもいいかな?」
「どうしたの?」
「一志の家に泊りたい」
「……いいの?」
「だめな人にわざわざ泊りたいなんて言わないよ」
少なくともあの3馬鹿には言わない。
「わ、分かった。で、どこに遊びに行く?」
「一日家でもいいよ」
DVD見たりとかあるでしょ。
私の修行の成果を見せてあげる。
「分かった」
そして連休に入ると一志が迎えに来た。
「じゃ、行ってくる」
「緊張してる?肩に力入りすぎてるよ」
翼がそう言って冷やかすほど私は緊張していた。
するとパパが何か考えていた。
「どうしたのですか?」
それに気づいた愛莉がパパに聞いていた。
「いや、年頃的には”孫はいらない”は無いと思うんだけど、いきなりそうなるのも父親としてどうなんだろうかと」
誠さんにでも相談したほうがいいのだろうか?
ぽかっ
「冬莉の相手の話を聞いてなかったのですか?冬夜さんの思うようなことになるとは思わないから大丈夫です」
いつまでも子離れできない父親みたいなことを考えないで下さい。
「じゃ、まあ気をつけてね」
パパはたまにしょうもないことで悩むことがある。
その度に愛莉に叱られている。
家を出て一志の車に荷物を載せて助手席に座る。
途中一志にスーパーとDVD屋さんに寄ってもらう様にお願いした。
「スーパーってどうして?」
「さすがに食材までは買ってないよ」
「外で食べればいいんじゃない?」
「彼女の手料理が食べたくないの?」
「……冬莉料理出来るの?」
不安気な表情を見せる一志。
「私言ったよね?花嫁修業をしてるって」
1人で作るのは初めてだから光栄に思うのね。
なぜか一志の笑顔が引きつっていた。
スーパーで買い物を食材を選びながら一志に食べたい物を聞いていた。
すると一志はなぜか悩みだす。
そして意外な返事が来た。
「麻婆豆腐なんてどうだろ?」
へ?
「そんなのでいいの?」
「う、うん」
もっとハンバーグとかカレーライスとかベタな物を予想していたけどなんでだろう?
少し考えると理由が分かった。
そこまで私の腕を疑うか。
面白いじゃない。その挑戦にのってあげる。
「いいよ。一志の家に調味料ある?」
片栗粉とか豆板醤とか。
「へ?」
その反応を見て確信していた。
「どうせ市販の調味料使って作るから安全とか思ったんでしょ?」
そうはいかない。
愛莉からありとあらゆる料理のレシピを叩き込まれたんだ。
私をあなどるなよ。
「せっかく招待したのにこき使うのは悪いと思って」
「仕事には試用期間ってあるんでしょ?」
とりあえずはお試しに一志のパートナーに相応しいか判断して欲しい。
麻婆豆腐の材料とスープの材料を買ってDVD屋さんでDVDを借りて一志の家に着く。
3DKの部屋と随分と広い部屋を借りてた。
誰か同居相手でもいるのだろうか?
「いないよ」
「じゃあ、どうして?」
「友達がたまに遊びにくるからね」
なるほどね。
部屋は一志の部屋は片付いていたけどその他の部屋は全く掃除されていなかった。
キッチン周りはキレイにしている様だ。
とりあえずは部屋の掃除からか。
自分の荷物を一志の部屋に置いて作業にとりかかる。
慌てて一志が止める。
「そこまでしなくていいって!」
「押しかけ女房と思ってくれて構わないから!」
「その間俺は何してたらいいの?」
「ゲームでもしてればいいじゃん」
そう言いながら掃除をして念の為にと洗濯機を覗いてみたら案の定だった。
一週間置きにすればいいと放り込みっぱなしだった。
「そ、それはさすがに……」
「なんで?」
「だって下着とかも入ってるし」
「男の下着くらいでおたおたしないよ」
そう言って問答無用で洗濯を始める私。
結局掃除洗濯で午後はつぶれてしまった。
それから夕飯の支度にとりかかる。
「何か手伝うことある?」
「ない」
私はにこやかに返した。
「あ、あのさ。あくまでも今日は冬莉はお客さんなんだけど」
「さっきも言ったよ?今日は私のテストだって」
「だったとしてもこんなの毎日させてたら冬莉がもたないよ」
倒れられでもしたら愛莉に合わせる顔が無いと一志が言う。
「て、ことは毎日させてくれるんだ?」
「あ……」
自分の言葉の意味に気づく一志。
そんな一志にかける言葉は一つ。
「愛莉……私の母親が言ってたんだよね」
パパもそうだった。
愛莉をこき使ってるようで気が引けた。
でも愛莉は何でも一人でこなす。
だからルールを作った。
愛莉が家事をしている間はなるべく愛莉の話し相手になる。
愛莉が明らかに無理をしているときはパパも家事を手伝う。
1人でゲームをしたりテレビを見てたりしないでずっと愛莉の話し相手になる。
それが夫婦円満の秘訣だったそうだ。
「僕はまだ婚約すら」
「いつかしてくれるんでしょ?」
「いくらなんでも気が早くない?」
「そうだよ。片桐家の女性はせっかちなの」
一志だって大丈夫。
現にこうやって話し相手してくれているじゃない。
そんな風に話をしながら料理を作ると2人で夕食にした。
「あれ?」
「お口に合わなかった?」
「いや、これ美味しい」
「当たり前でしょ」
ちゃんと修行を受けてきたって言ったじゃない。
でもちゃんと美味しいって言ってくれて嬉しい。
その一言の為にきっと張り切るんだろうな。
片付けも一志が手伝うと言ったけど私一人でやった。
「せめて先にお風呂入ってきてよ」
「うん。でもいいの?」
「何が」
「一緒に入ってもいいよ」
近くに銭湯あったからそこで入ればいいんじゃない。
さすがに一志には早かったようだ。
お風呂を借りると入れ違いに一志が入る。
その間に髪を乾かしていると一志が出てくる。
それからはゲームをしながら話をしていた。
一志も私と同じ2台PCを持っている。
1台使わせてもらっていた。
隣に座って密着する。
気づいてくれたかな。
気づいてくれたようだ。
男ってどうして不器用なんだろう?
次のステップに上手く踏み込めないようだ。
そういう時どうしたらいいか翼達から聞いている。
私は上目遣いで一志の目を見つめる。
「いいの?」
そういうことを一々聞くのってどうかと思うよ?
「……よくない男の家に泊るような軽率な女だと思った」
「……分かった」
一志はゲームをログアウトして私の目を見つめ返す。
そして……
一志も私が泊ると言った時から覚悟はしていたようだ。
ちゃんと準備はしていた。
慣れない仕種ながらも優しくしてくれる。
私も初めてで戸惑いながらも、時折声を小さく出しながらも行為に没頭していた。
行為が終わると私は自然と一志に抱き着いていた。
一志も嫌がる素振りを見せなかった。
ただ一言余計だった。
「俺、乱暴にしてなかったかな?」
上手くやれてたかな。
「私は何を基準にそれを判断したらいいの?」
私だって初めてだったんだよ。
「ご、ごめん」
「……すごく幸せな気分。ただそれだけ」
だからもう一回この気分を味合わせて。
そう言って何度も強請りながら夜を過ごした。
朝になって目が覚めると一志が隣で寝ていた。
私は一志にしがみついて眠っていた。
そっと起こさないようにベッドから出て着替えていると一志も目を覚ます。
「あ、おはよう」
「おはよう」
一志は私をじっと見つめていた。
「どうしたの?」
生着替えを見たかったとか言い出さないよね。
「昨夜のことが夢の様に思えて……」
ぽかっ
「夢じゃないでしょ」
そう言って一志と軽くキスをする。
「覚悟して。これから何度でも体験させてあげるから」
軽く朝食をとるとDVDを見たりして日中は過ごした。
夕飯まで作って一緒に食べると、明日にでも食べてよと作り置きをタッパに入れておいた。
一志が家に送ってくれると、私は一志に聞いてみる。
「で、私は合格かな?」
「結果発表しないとダメだよね」
どういう意味だろう?
一志は私の両親に挨拶をしたいという。
まだプロポーズは受けてない。
愛莉たちはリビングで一志の話を聞いていた。
「年頃のお嬢さんだけど、どうか冬莉さんとの同棲を認めてもらえませんか?」
そこまで考えていたの?
反対するとは思えなかったけど、パパは考え込んでいた。
愛莉は何をいうか分かっていたようだ。
腕を振り上げている。
そしてパパは言った。
「どこの馬とも知れない男と同棲なんて認められないよ」
ぽかっ
「また誠君から余計なことを吹き込まれたんですか!?」
「い、いや。一度くらい言ってみるといいって誠が」
「やっぱりそうじゃないですか!冬莉がやっと独り立ちしようって決めたのですから祝ってあげるべきでしょ!」
「じゃあ、祝っていいんだね」
「パパは寂しいとかないの?」
私が聞くとパパは笑って答えた。
「冬莉の事はむしろ心配してたくらいなんだ。そんな冬莉を引き取ってくれる人がいるなら文句は言わないよ」
私はなまじっか人の心が読める。
だから軽率な男の下心くらいすぐに読み取ってしまう。
だから男性不信になってるんじゃないかとパパは心配してたらしい。
そんな私が連れてきた男性なのだから信用していいのだろう。
至らない娘だけどよろしくお願いします。
そう言ってパパの方から頭を下げていた。
「成原さんの家は大丈夫なの?」
「十分広いから大丈夫」
むしろ使ってない部屋があるくらいだ。
「それなら冬莉が引っ越すだけでいいね。いつ引っ越す?」
そんな風にトントン拍子で話が進んでいた。
一志はもっと反対されると思っていただけに肩透かしを食らった気分だったらしい。
「ありがとね」
一志が帰る時に私が一言お礼を言った。
「いや、こちらこそありがとう」
「でもまだこれで終わりじゃないんだから」
「分かってる。ちゃんと幸せにするから」
「信じてる」
「じゃあ、また」
そう言って一志は帰っていった。
家に戻るとパパと愛莉がお酒を飲んでいる。
私は部屋で瞳子と翼から質問攻めを受けていた。
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