竜と桜 異国風剣劇奇譚

和希

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奥義

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道場に行くと父上が1人座して待っていた。
その父上も俺に気付くと目を開いて俺の顔を見る。

「その様子だとあまり眠れなかったようだな」
「はい」

父上もあまり眠れなかったみたいだけど聞かなかった。

「で、答えはでたのか?」

きっと「俺に欠けてる物」の事だろう。

「いえ……」

俺がそう答えると父上は立ち上がる。

「竜樹ならと思ったが見込み違いだったか……」

そう言って父上は刀をとる。
……って稽古じゃないのか?

「父上、それは……?」
「言わなかったか?試練を越えられなかったらお前の人生はここで終わりだと」

父上は本気で俺を殺るつもりらしい。

「不公平だと思うならお前も刀をとればいい」

父上はそういうけど、流石に肉親を殺める気にはなれなかった。
黙って竹刀をとると父上の方を向いて構える。

「いつでも来なさい」

父上の覇気が一層膨れ上がる。
やはり本気らしい。
しくじれば俺は死ぬ。
俺に父上を越える事が出来るのか?
いや、越えなければならない。
それで桜を守る力を会得できるなら。
今まで何人もの鬼を葬って来た。
死線なんていくらでも潜り抜けて来た。
死を恐れるな。
強請るな、勝ち取れ。
何度も自分に言い聞かせて攻め入る隙を窺う。
しかし父上に隙など微塵もなかった。

「来ないならこちらから行くぞ?」

父上がそう言うと俺は覚悟を決めた。
父上を取り囲むように3体の分身を決める。
狙いは決めていた。
どうせどこを狙っても見破られるなら正面だ。
しかし父上は正面から飛び込む俺をしっかりと見切っていた。
父上の袈裟切りが振り降ろされる。
失敗だ。
俺は父上を越えることが出来なかった。
試練を乗り越える事が出来なかった。
俺はここで死ぬのか。
これまでの事が走馬灯のように浮かんでくる。
桜の顔も浮かんだ。
そして思い出した桜の言葉。

「ちゃんと帰ってきてね」

桜と約束した。
必ず生きて帰ると……。
俺が死んだら誰が桜を守る?
俺は……まだ死ねない!
咄嗟に身を低くして父上の斬撃を紙一重で躱す。
突進の勢いはまだ死んでいない。
そのまま踏み込んで父上の腋を狙い撃つ。
しっかりと父上の腋を捉えると、父上は思いっきり吹き飛ぶ。
その反動で竹刀が折れる程だ。

「父上!」

俺は父上の下に駆け寄る。
そして絶句した。
たかが竹刀だぞ?
父上の肩は脱臼していた。
壁に激突した衝動で父上の意識はあったものの、かなりの重傷みたいだ。

「見事だ……」

父上が微かに声を出した。

「忘れるな。お前の剣は人を守る為の物。だが、お前もまた尊い人の命なのだ」

俺が修羅の心で自身の命を犠牲に誰かを守っても確実に誰かを不幸にする。
それは桜だ。

「死ぬことを恐れるのは当たり前だ。それでも生きようとする意志があればどんな苦難も乗り越えられる」

生きようと願う意思は何よりも強い。

「それを忘れなければ、この先誰が相手だろうと負ける事は無い。桜もきっと守り抜く事が出来るだろう」

そう言って父上は笑顔を浮かべると気を失った。
すぐに母上に連絡して医師を呼んでもらう。
母上はとても落ち着いていた。
どうしてなのか聞いてみたら、父上もまた自分の親を手に欠けて奥義を会得した。
それが東神流の習わしなのだと。
だけど俺は諦めたくなかった。
誰でも助ける事が出来るなら父上を助ける事も出来るはずだ。
医師はすぐに駆け付けて父上の治療を行う。
武器が竹刀でよかった。
竹刀が折れる事で奥義の威力を削いだ。
意識が無いのは壁に激突した際、頭も強く打ったせいだと医師は言う。
間もなくして父上の意識が回復した。

「竜樹に救えぬ命などないかもしれぬのう」

父上はそう言って笑っていた。
それから少し父上と話をして俺は家に帰ろうとした。
すると父上が俺を呼ぶ。
振り返ると父上は俺に一振りの刀を渡す。

「お前は東神流の極意を会得した。その刀を受け取る資格がある。極意と共に受け取れ」

俺は父上から刀を受け取ると家に帰る。
家に帰ると桜が抱き着いてきた。
兄上から父上はどうなった?と聞かれた。

「ちゃんと生きています」
「そうか……でかしたぞ。竜樹」

兄上は知っていたんだな。
兄上が帰った後夕飯にして湯浴みをして、そして縁側で一杯飲む。

「道場で何があったの?」

桜が聞いてきたのであったことをそのまま話した。

「今こうしてゆっくりできるのは桜のお蔭だな」
「私も竜樹が帰って来てくれて嬉しい」

そう言って桜は喜んでいる。
しかしどうしてこのタイミングで奥義を会得する理由があったのかは分からなかった。
帰り際に父上が言った言葉。

「油断するなよ。これからお前たちを襲う者に『四神』の使い手が現れてもおかしくない」

それでも青龍を会得した俺なら決して負けない。
その事は桜には黙っておいた。
悪戯に不安をあおるような真似はしたくなかったから。
しかし俺が青龍を会得しなければならないほど戦況は厳しくなっていたのだと知った。
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