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LASTSEASON
コイビト
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(1)
「それでは石原夫妻の結婚を祝して乾杯!」
僕達は石原夫妻の結婚式の二次会に来ていた。
会場はいつものパーティーホール。
さすがに60名に達しようかとすると会場も限られてくる。
「結婚おめでとう」
「ありがとう、片桐君」
「恵美、おめでとう」
「ありがとう、愛莉ちゃん」
軽く挨拶すると食事をしながら
奈留と公生が、新しいメンバーの紹介をしていた。
中山和重君と塚原瞳美さん。
家はうちに近いらしい。それなら僕達が送迎すればいいか。
桐谷君も誠も今日は自重してるらしい。
めでたい席に波乱は御免だ。
特に誠は態度が変わったとカンナが言っていた。
二人の間に何があったのかは分からないけど。それは良い事だ。
後は桐谷君と中島君か。
どうしてこう酒癖が悪い人が沢山いるんだろう。
「それは酔いを言い訳にしてストレスを発散したいだけだよ」
丹下さんは言う。
中島君もストレスを抱えているのだろうか?
「慣れない環境にいきなり飛び込んでるんだから、しかも今までと全然違う環境。ストレスを溜めるなって方が無理だ」
椎名さんはそう説明する。
一緒に聞いていた愛莉が不安気に言う。
「冬夜さんもストレスを抱えておられるのでは?」
「そうだね、急に任された仕事もあるからね、少なからずあるかも」
「なら、なぜ仰ってくださらないのですか?私では力不足ですか?」
「愛莉は家事のストレスを僕に言ってくれないのはなぜ?」
「私は青い鳥に行って気分転換してますから」
「愛莉、僕は帰ってきたときに愛莉が『お帰りなさい』って言った瞬間に思考が切り替わっちゃうんだ」
愛莉の笑顔で仕事モードから日常モードに切り替えてくれる。家にストレスを持ち込むような真似はしないと説明する。
「だから大丈夫、心配しなくていいから。愛莉のお蔭でリラックスさせてもらってるよ」
「……わかりました。それなら良かったです。私ちょっと離れてもいいですか?花菜たちとお話したくて」
「行っておいで」
「はい、ありがとうございます」
愛莉は花菜さんや穂乃果さんと話をしているようだ。
「冬夜」
誠が来た。
「遠坂さんとはどうだ?」
「お陰様で順調だよ」
「そうか、それは良かった」
「誠も最近はカンナと上手く付き合ってるらしいじゃないか」
「神奈も仕事に就いて色々ため込んでるからな。上手く発散させてやらないとって思ったら今の状態になってたよ」
誠はそう言って笑う。
「うちの癌が一つ消えたわけだな」
渡辺君達が来た。
「誠君と瑛大はうちの問題の一つだったからな」
そう言って渡辺君は笑う。
「渡辺君のところはどうなんですか?」
誠が渡辺君に聞いていた。
「仕事が大変でな。美嘉の話を聞いてやる時間が無くて困ってるよ」
渡辺君がそう言って笑う。
「うちもそうですね。花菜の話を聞いてやる時間が無い」
「仕事で遅くなるからしかたないんだが」
木元先輩と檜山先輩が言う。
その為に休日に妻にサービスをしてくたくただという。
それは分かる気がする。愛莉はのんびりしててというが懸命に働く愛莉を見てるとそういうわけには行かない。
色々連れて行ったり、話し相手になってやったり大変だ。
まだガミガミ言われる方がましな気がする。
それが愛莉のストレスのはけ口になるのなら。
「皆それでいいのかよ!聞こえはいいけど要は嫁さんのいいなりだろ!顔色うかがって生きていて楽しいのかよ!?」
桐谷君が言うと皆がそれを制する。
瑛大のせいでどれだけの人が被害を受けているのか瑛大自身が自覚してない。
幸い今の一言に気付く女性陣はいなかった。女性陣はそれぞれ話をしている。
「お前1人で不満を言う分には構わんが皆を巻き込むな!」
渡辺君が言う。
「ところで瑛大は就職先決めてるのか?」
誠が桐谷君に聞いていた。
「いや、まだ決めてないけど。卒業したら考えるよ」
「やりたい職は決めてあるのか?」
「趣味を生かした職かなやっぱり!」
「趣味!?」
僕達は聞いて驚いた。
桐谷君はアニメ関連グッズやゲームの販売店員を希望しているらしい。
「……桐谷君、求人票とか見てる?」
「いや、まだ見てないけど?」
僕達は絶句した。
「瑛大、さすがにそれはまずい。来週からでもいいから職探した方がいい」
誠が言う。
「なんでだよ?どうせやるなら趣味の仕事の方が長続きするだろ?」
「いや、そういう問題じゃない……それと今の話絶対亜依さんにはするな!」
「まあ、亜依も聞いてこないから言ってないけどまずいのか?」
まずいってレベルじゃないぞ。
「桐谷君、君の言う職種はまず正社員を雇ってない。バイトやパートだ。それで亜依さん養っていくつもり?」
僕は素直な意見を言った。
「亜依も働いてるから大丈夫だって」
「亜依さんが働けなくなった時はどうするの?」
「そうならないように気をつけたらいいんだろ?」
「でも必ず来るよ。亜依さんが休む時が……」
「僕も桐谷先輩に同感だね、やりたくない職を嫌々するより楽しい仕事をやったほうがいいよ」
如月君まで加わった。
「冬夜だってバスケの道捨てて自分のやりたい職やってるじゃないか?」
桐谷君が言う。
「やりたいからやってるわけじゃないよ。それなりに愛莉の事考えて就職したつもりだよ」
「瑛大……念のため聞いておくがお前資格は一個くらいとったんだろうな?」
渡辺君が聞いていた。
「いやとってないよ、でも運転免許持ってれば何とかなるんじゃないのか?」
今さら資格の勉強したって遅いな。
みんな悩む。どうしたらこの二人を説得できるか?
誠がノートPCを取り出す。
やろうとしてることは分かった。
多分それが一番早いだろう。
「瑛大、これ見てみ?」
誠が提示したのはハローワークの求人票だった。
桐谷君はそれをみて驚く。
「……まじで?こんなに安いの?」
桐谷君が言う。
「ま、まあ。亜依が稼ぐしなんとかなるよ」
「冬夜が言った通り、亜依さんが働けない間はどうするつもりだ?」
「一日や、二日休んだからって大したこと無いよ」
「そんな話をしてるんじゃない!もっと将来を真面目に考えろよ!」
誠が怒鳴った。
「ど、どうしたんだ?誠。最近お前付き合い悪いぜ?」
「冬夜は、冬夜なりにそれなりの稼ぎの職に就いてバスケの時の貯金を切り崩さないでいいように将来に備えてる。俺だって今のうちにと備えてる。お前は将来について何も考えてないのか?ヴィジョンが見えてるのか?」
「先の事なんてどうにかなりますよ。誠先輩も落ち着きましょうよ」
如月君が言う。
「俺も誠君に同感だな。今を楽しむのも大事だが、そろそろ亜依さんとの将来を考えてやってもいいんじゃないのか?お前ももう大人だろ立派な亭主だろ?いつまでも甘えたこと言ってるんじゃない!」
渡辺君も言う。
「先の事ってなんだよ。貯金だってちゃんとしてるよ」
「いくらしてるんだよ!?」
「このくらい……」
「全然足りねーよ!そんなんじゃ亜依さんに苦労かけるだけだぞ!」
誠が怒ってる。
しかし桐谷君は全く気付かない。
「み、皆落ち着こうぜ。今日は石原夫妻の結婚祝いだぜ。もっと楽しくやろう……」
「そうだな……。今話す事じゃないな」
誠は愛莉たちの元へ行く。
「神奈、二次会終わったら真っ直ぐ帰るだろ?」
「ああ、そうだけど。何かあったのか?」
「亜依さん、ちょっと瑛大借りてもいいか?」
「また瑛大がなにかやったのか?」
「ちょっと男同士で話がある?
「お前らだけで話するのは駄目だ!ろくでもないことに決まってる」
カンナが言う。
「そんなんじゃない……そうだな、冬夜。お前も来るだろ?」
まあ、行った方が良さそうだね。
「と、言うわけだから遠坂さんも同行してもらう。それならいいだろ?」
「そういう話なら私も正志について行く」
美嘉さんが言う。
「美嘉は明日仕事だろ?無理するな」
「愛莉だけじゃ不安だ。徹夜くらい慣れてるよ」
「それなら、私もいくよ」
「私達にだけ聞かせられない話なの?」
カンナと亜依さんが聞く。
「いや、2人ともゆっくり休んでもらいたいからさ。激務なんだろ?」
誠が言うと、二人は納得した。
「分かったよ、確かに朝から酒臭いのは問題だしな」
「愛莉と美嘉がいるんだったら安心だね。女子会で内容教えてもらえるし」
「教えていいのかどうかは遠坂さん達に委ねるよ」
「やっぱり聞かれたらまずい話なんだ?」
亜依さんが言う。
まあ、あまり亜依さんには聞かせたくないな。
渡辺君と僕は美嘉さんと愛莉に近づいて耳打ちする。
「そういうことだったんですね……確かに教えない方がいいかもですね」
愛莉が言う。
美嘉さんにも説明したようだ。
「瑛大の奴には躾が必要なようだな」
美嘉さんが言う。
「じゃあ、そういう事でこの話は後にして盛り上がろう」
渡辺君が言うとみなまた歓談を始めた。
「すまんな冬夜。面倒事に巻き込んだ」
誠が言う
「お前本当に変わったんだな。誠」
「こう見えて実は成長してるんだぜ」
誠はそう言って笑う。
(2)
2次会が終ると帰る人、別行動する人と別れた。
僕と愛莉、渡辺夫妻、誠、桐谷君、如月夫妻はいつものスナックに行く。
そしてテーブル席に座ると誠が話を始めた。
「瑛大、さっきは亜依さんがいたから言わなかったけど今だから単刀直入に言う。お前子供の事考えたことあるのか?」
亜依さんが産前産後の休暇。育児休暇。その間の生活はどうするつもりだという。出産にかかる費用はどうする?と問いただす。
バイトやパートじゃとてもじゃないけどやっていけない。
バイトの掛け持ち?その間の家事は誰がする?亜依さんに任せるつもりなのか?
今だって、ほとんど亜依さんの稼ぎで生活してるようなものじゃないか。
それだけじゃない、子供の将来、養育費、進学にかかるお金。貯えを作っていかなきゃいけない。第一保険はどうする?子供の面倒は誰が見る?
誠は説明する。
桐谷君はめんどくさそうに聞いていた。
そしてそれを聞いていた如月君が余計な事を言う。
「だったら子供作らなきゃいいじゃん!」
それを聞いた伊織さんは失望する。
美嘉さんと愛莉は激怒する。
「そんな心構えでいるのなら作らないのが正解ですね!亜依が苦労するのが目に見えてます!」
「2人は奥さんの気持ち考えたことあるのか!?自分の勝手な都合で子供はいらないとかふざけるな!」
愛莉と美嘉さんが言う。
「翔太が言うのは暴論だぞ。奥さんの気持ちを第一に考えないと。第一子供を産んで苦労するのはまず奥さんなんだ」
渡辺君が言う。
「だから苦労すると分かってて、作る意味が分からないよ!」
如月君が反論する。
「瑛大はどうなんだ?亜依さんとそういう話したことあるのか?」
「……ない。考えても無かった」
「瑛大自身はどうなんだ?子供欲しくないのか?」
「欲しいけど不安になってきた……」
それを聞くと美嘉さんが立ち上がる。
「お前ら自分が苦労するから逃げてるみたいだけどな。産む側は不安なんてレベルじゃねーんだぞ!文字通り命がけなんだ!」
美嘉さんが怒鳴る。
愛莉を見る、愛莉は怒りのあまり言葉が出ないようだ。
「そんな奥さんの不安を和らげてやるのが夫の役割なんじゃないのか?趣味や娯楽でパートに就こうなんて自分勝手も甚だしいぞ」
渡辺君が言う。
「仮に子供を作らないとして、亜依さんが倒れたらお前どうするんだ?バイト一個やったくらいで俺だって仕事やってるって堂々と言えるのか?」
誠が言う。
「結局俺どうすればいいんだ?」
桐谷君が聞く。
「今からでも遅くない。真面目に職探せ。第一亜依さんの両親だって自分の娘の旦那はフリーターなんて納得しないだろ?」
誠が言う。
「……わかったよ。来週ハロワ行ってくる」
「それだけじゃねーぞ、今のお前は亜依に養ってもらってるも同然なんだ。その事自覚してこれから行動しろ」
美嘉さんが言う。
「わかった……」
少々不満はあるが渋々納得したようだ。
「じゃあ、そういう事はこの件はおいておくとして……正志!お前はいつまで私を待たせるつもりだ!?まだ学生だなんて言い訳は聞かないからな!」
美嘉さんが渡辺君に標的を変える。
「ま、まて今の仕事続けたいって言ったのはお前だぞ美嘉!」
「産休くらいもらえるよ!いつまでも待たせるんじゃねえ!」
そんなやりとりを僕は笑ってみていた。
愛莉も羨ましそうに見えた。
(3)
「だからさ、俺達のグループに入って楽しくやらない?」
「僕もさっきから言ってるけどさ。彼女がいるのに入る意味あるの?」
不毛にも思える押し問答。
諦めてくれると嬉しいんだけど、彼等にもノルマがあるらしい。
ノルマがある時点で怪しいサークルだよね。
「彼女もいっしょに入ればいいじゃん」
「2人をもっと幸せにしてあげるから」
「それもさっきから言ってるけどさ。僕達もう十分幸せだから」
僕の彼女、小林柚希はめんどくさそうに僕達を見てる。
「もっとより幸せになりたいとか思わない?」
「勉強とバイトだけが学生生活じゃないでしょ?」
「わかった。僕達が如何に幸せか説明するところから始めるよ」
「は?」
「まず、朝彼女がモーニングコールで起こしてくれることから始まる。それで……」
話を端折るけど要は僕達が如何に毎日ラブラブにいちゃついてるかを事細かに説明した。
「で、君達は今僕達が感じてる以上の幸せをどのようにして感じさせてくれるの?その幸福感は僕たちの価値観にあったものなの?」
「佐々木君だっけ?」
「そうだけど?」
「佐々木君は今の彼女の幸せは考えたこと無いの?」
「え?」
「それは佐々木君の幸せでしょ。彼女の幸せの価値観を聞いておく必要があるんじゃない?
「確かにそれは一理ありますね。柚希。君はどうなの?」
僕は柚希に聞いてみた。
「……豊は世話がやける。朝は起きれないし。話を始めたら何時間でも討論を開くし。政治家でもやればいいんじゃないって思うくらいとにかく喋る。聞いてるこっちがうんざりするくらい」
君の話も聞いてるけど、君が極端に口数が少ないから盛り上げようとしてるんじゃないか?
「……でも豊の話は聞いてて飽きない。色んな人に話しかけて交流をすることは妬くことはあるけど。それでも私は彼女として認識されてるみたい。その事には幸せを感じているわ。それ以上の幸せって何?」
僕も彼氏として認識されている事に安心したよ。
目の前の二人は黙って話を聞いている。聞いているのかどうかも怪しいけど。
二人してのろけ話をしていれば飽きもするよね?
僕達の質問には答えてくれないのだろうか?
「ねえ?僕達の価値観を覆すほどの幸せってどんなものなの?」
僕は二人に質問していた。
「……想像を絶する快楽だよ」
快楽ねえ。
「快楽って一言でも説明されても困るなあ。僕と柚希はこうみえて18歳。お互いバイトと仕送りで生計を立ててる身だ。分かりやすく言うと一般的な男と女が手に入れる快楽くらいは味わってる」
「それよりもっとすごいものだよ。癖になったらとまらねーよ」
「一般的な快楽を表現したつもりだよ。快楽にも色々あるだろ?賭博などで得たり、人を傷つけることに快楽を得たり猟奇的な行為もある。違法薬物に手を染めるのもそうだ。生憎とそう言うのには興味がないんだ。ごめんね」
「何が言いたいんだ?」
「ごめんね、回りくどい言い方になって。一言で表すと君達の言う快楽とやらにまったく興味が沸かないんだ。柚希もそうだろ?」
「本当に回りくどい人ね豊。でも私もそう言うのは勘弁してほしいかな?豊、そろそろバイトの時間」
「そういうわけでごめんね。個人的には君達の話にも興味があるんだけど時間的制約が……」
「口ばかりよく回る野郎だ!!」
男が拳を振り上げる。
その拳が振り下ろされることは無かった。
「私も同感です~口ばかり回る男ってなんか苦手~」
「うだうだ言ってないでささっと用件を済ませてくれる男が好きだな」
「で、あんた達の要件はなんだったんだ?」
拳を掴むのはピンク色の髪色をサイドポニーでまとめた女性。
そしてその両脇にいる金髪のロングヘアの子とオレンジベージュ色のショートヘアの子。
「なんだお前ら?」
「渡辺班の者って言えば分かってもらえますか~」
渡辺班?無理難題を無理矢理解決するって評判のあの渡辺班?
幸運をもたらすとか聞いてたけど、その活動内容には非常に興味がある。
「渡辺班だと!?」
「それを証明する証拠あるのかよ?」
「証拠必要ですか~?祥子~何か良い案ないかな~?」
「とりあえず腕をへし折って西松医院で直してもらうってのはどうですか?咲良先輩」
「それでいきましょう。咲良先輩そのまま腕掴んでいてくださいね」
ショートヘアの子が蹴りの準備を始める。
「わ、わかった!証明する必要はない!」
「わかったらとっとと失せやがれ!です~」
サイドポニーの子がそう言うと二人は逃げて行った。
先輩って言ってたっけ?
「お嬢さん方には助けられました。ありがとうございます」
僕は頭を下げて、礼を言った。
「本当はもっとお礼をしたいんだけど生憎とバイトの時間が……」
「豊!急ぎなさい!バイト遅れるよ」
「じゃあ、私とIDの交換だけしませんか?」
「それは光栄。是非とも」
「豊!」
「ただのID交換だよ。柚希もしといたほうがいいよ。言われたろ?大学生のネットワークは広い方がいいって」
そして僕と柚希はサイドポニーの子とIDを交換した。
するとすぐに渡辺班というグループに招待された。
「これサークルの勧誘?」
「ただの身内のグループです~。それじゃ、また~」
そう言って3人組は立ち去った。
僕達もバイトに急いだ。
「どういうつもり?最初のサークルは難癖付けて断っておいて。美女ぞろいだと入るわけ?」
「渡辺班」
「え?」
柚希が聞き返す。
「僕も色々な人に話しかけられたけど色んな人から聞いたグループ」
「それなら私も知ってる。幸せをもたらすグループ……益々怪しいじゃない!」
「興味が沸いてね。何、胡散臭かったら抜けたらいいだけだよ」
「あなたのその性格直さないといつか怪我するわよ」
「面白そうだしいいじゃん。退屈な大学生活にはならないと思うよ」
僕達に刺激を与えてくれる。そんな予感がした。
(4)
「ただいま~」
「おかえりなさい、お疲れ様でした」
着替えると夕食を食べて風呂に入ってドリンクを手に取る。
寝室に戻ると愛莉がスマホを弄っていた。
「愛莉、お風呂空いたよ。入っておいで」
「はい、わかりました」
愛莉は楽しそうだ。
何かあったんだろうか?
僕は自分のスマホを見る。
佐々木豊と小林柚希。
また新人が入った?
ログを辿る。
大体この二人……佐々木豊の話を中心に盛り上がっていた。
博識な人のようだ。
経験も豊富らしい。
自分の体験談や価値観を面白おかしく解説している。
愛莉もこのトークに嵌ったらしい。
なるほどね……。
延々と続く彼のトークを流し読みしながら。男子会の方も見ていた。
皆特に興味ない様だ。
「咲良達が捕まえたそうですよ、面白そうだからって……」
風呂から戻ってきた愛莉が僕がスマホを見ているのを見て言った。
「そうなんだ」
「ええ、彼話が面白くてつい……あ、ごめんなさい。お気を悪くされますよね?」
「なんで?」
「冬夜さんは妬かれたりされないんですか?」
「そういう対象じゃないだろ?」
「……はい!」
愛莉はそう言って笑うと再びスマホを見ている。
しかし次から次へと良くネタがあるもんだね。
そうやってみてる。
カンナや美嘉さん達も帰って来たらしい。
さらに盛り上がっている。
「こりゃまた歓迎会だな」
美嘉さんが言う。
「歓迎会?」
「お前らのだよ?何もしないってわけにはいかないだろ?」
「どうして?」
「え?」
「歓迎会ってぶっちゃけ飲み会だよね?僕達未成年だよ?」
「ソフトドリンク飲んでりゃいいだろうが!」
「それって美嘉さん達が僕達を口実にして飲みたいだけじゃないの?」
「高校生だって参加してるぞ!」
「年は関係ないよ、他人を肴にして盛り上がって主賓は置き去りってのはどうかと思うけど?」
結構めんどくさい人なんだね。
「まあ、いいけどね」
いいんかい!
「僕も18歳。そういう社会経験はしてきたよ。バイトで」
「だったら最初から言うな!」
「自分の主張はちゃんと通さないと駄目だと思ったから。皆にもそういう事をしているんだって事実を認識してほしかったから」
「あまり我を通すのは敵を作る元よ」
恵美さんが言う。
「恵美さんの言う事ももっともだね。そこは僕も反省するべきところだね。でも皆にも理解して欲しいんだ。酔って楽しい人とそうでない人の温度差ってのを」
「トーヤ!お前からも何か言ってやれ!」
カンナが言ってる。
「トーヤって片桐冬夜って人?」
「そうだ!」
「こんばんは初めまして。佐々木豊です」
「片桐冬夜です。初めまして」
「どうしてバスケを捨てて税理士なんて職に就いたんですか?」
「まだ、税理士じゃないよ。卵って言った方が正しいかな?」
「バスケで有名になったのに。そのバスケを捨てた理由が知りたい」
「世界で頂点を見たら辞める。そう決めてたから」
「格好いいけどそれってただの勝ち逃げですよね?狡いと言われた事ないですか?」
「そういう言い方失礼だと思うけど。冬夜さんの意思を皆理解してもらってやってるの。あなたがとやかくいう事じゃない!」
愛莉が怒ってる。
「愛莉、むきになっちゃだめ」
「でも冬夜さんが!平気なんですか!」
「さんざん言われてきた事だからね。慣れてるよ」
愛莉は納得してないようだ。
僕はスマホに戻る。
「君のいう事は正論だ。僕は狡いかもしれないね」
「自覚はしてるんですね」
「しかし僕は自分の考えを曲げる気はない」
「それを逃げっていうんじゃないですか?」
「そうかもしれないね」
「やっぱり自覚してるんですね」
「まあね」
「もう少しやり手かと思ってたけどそうでもないんですね?もう少し自分を正当化すると思ってたけど」
「そもそも正当化する必要があるのかい?」
「え?」
「自分が正しいと世間に証明する必要があるのかい?」
「どういう意味ですか?」
「価値観も理念も宗教も一つになる必要はない」
「?」
「互いに認め合える人がいればいい。僕はその人を見つけた」
「それってやっぱり負け犬の遠吠えじゃないですか?」
「そうだね、見る人によっては僕は負け犬かもしれないね」
「自分で認めるんですね」
「うん、じゃあ。負け犬は負け犬らしく寝るとするよ。明日も仕事なんだ」
「本当に逃げるんだ」
「おやすみ」
スマホを置くと僕は愛莉とベッドに入る。
「冬夜さん。あれで本当によろしかったのですか?私は悔しいです」
「あの手の輩をまともに相手にしてたら疲れるだけだよ。マスコミの取材で懲りたろ?」
「それはそうだけど」
「……負け犬でも愛莉を幸せにすることはできるよ」
「……そうですね!」
愛莉は照明を落とすと僕に抱き着く。
抱きしめたい離されたくない。
離さないと囁いて。
僕と躓けばいい、コイビト
「それでは石原夫妻の結婚を祝して乾杯!」
僕達は石原夫妻の結婚式の二次会に来ていた。
会場はいつものパーティーホール。
さすがに60名に達しようかとすると会場も限られてくる。
「結婚おめでとう」
「ありがとう、片桐君」
「恵美、おめでとう」
「ありがとう、愛莉ちゃん」
軽く挨拶すると食事をしながら
奈留と公生が、新しいメンバーの紹介をしていた。
中山和重君と塚原瞳美さん。
家はうちに近いらしい。それなら僕達が送迎すればいいか。
桐谷君も誠も今日は自重してるらしい。
めでたい席に波乱は御免だ。
特に誠は態度が変わったとカンナが言っていた。
二人の間に何があったのかは分からないけど。それは良い事だ。
後は桐谷君と中島君か。
どうしてこう酒癖が悪い人が沢山いるんだろう。
「それは酔いを言い訳にしてストレスを発散したいだけだよ」
丹下さんは言う。
中島君もストレスを抱えているのだろうか?
「慣れない環境にいきなり飛び込んでるんだから、しかも今までと全然違う環境。ストレスを溜めるなって方が無理だ」
椎名さんはそう説明する。
一緒に聞いていた愛莉が不安気に言う。
「冬夜さんもストレスを抱えておられるのでは?」
「そうだね、急に任された仕事もあるからね、少なからずあるかも」
「なら、なぜ仰ってくださらないのですか?私では力不足ですか?」
「愛莉は家事のストレスを僕に言ってくれないのはなぜ?」
「私は青い鳥に行って気分転換してますから」
「愛莉、僕は帰ってきたときに愛莉が『お帰りなさい』って言った瞬間に思考が切り替わっちゃうんだ」
愛莉の笑顔で仕事モードから日常モードに切り替えてくれる。家にストレスを持ち込むような真似はしないと説明する。
「だから大丈夫、心配しなくていいから。愛莉のお蔭でリラックスさせてもらってるよ」
「……わかりました。それなら良かったです。私ちょっと離れてもいいですか?花菜たちとお話したくて」
「行っておいで」
「はい、ありがとうございます」
愛莉は花菜さんや穂乃果さんと話をしているようだ。
「冬夜」
誠が来た。
「遠坂さんとはどうだ?」
「お陰様で順調だよ」
「そうか、それは良かった」
「誠も最近はカンナと上手く付き合ってるらしいじゃないか」
「神奈も仕事に就いて色々ため込んでるからな。上手く発散させてやらないとって思ったら今の状態になってたよ」
誠はそう言って笑う。
「うちの癌が一つ消えたわけだな」
渡辺君達が来た。
「誠君と瑛大はうちの問題の一つだったからな」
そう言って渡辺君は笑う。
「渡辺君のところはどうなんですか?」
誠が渡辺君に聞いていた。
「仕事が大変でな。美嘉の話を聞いてやる時間が無くて困ってるよ」
渡辺君がそう言って笑う。
「うちもそうですね。花菜の話を聞いてやる時間が無い」
「仕事で遅くなるからしかたないんだが」
木元先輩と檜山先輩が言う。
その為に休日に妻にサービスをしてくたくただという。
それは分かる気がする。愛莉はのんびりしててというが懸命に働く愛莉を見てるとそういうわけには行かない。
色々連れて行ったり、話し相手になってやったり大変だ。
まだガミガミ言われる方がましな気がする。
それが愛莉のストレスのはけ口になるのなら。
「皆それでいいのかよ!聞こえはいいけど要は嫁さんのいいなりだろ!顔色うかがって生きていて楽しいのかよ!?」
桐谷君が言うと皆がそれを制する。
瑛大のせいでどれだけの人が被害を受けているのか瑛大自身が自覚してない。
幸い今の一言に気付く女性陣はいなかった。女性陣はそれぞれ話をしている。
「お前1人で不満を言う分には構わんが皆を巻き込むな!」
渡辺君が言う。
「ところで瑛大は就職先決めてるのか?」
誠が桐谷君に聞いていた。
「いや、まだ決めてないけど。卒業したら考えるよ」
「やりたい職は決めてあるのか?」
「趣味を生かした職かなやっぱり!」
「趣味!?」
僕達は聞いて驚いた。
桐谷君はアニメ関連グッズやゲームの販売店員を希望しているらしい。
「……桐谷君、求人票とか見てる?」
「いや、まだ見てないけど?」
僕達は絶句した。
「瑛大、さすがにそれはまずい。来週からでもいいから職探した方がいい」
誠が言う。
「なんでだよ?どうせやるなら趣味の仕事の方が長続きするだろ?」
「いや、そういう問題じゃない……それと今の話絶対亜依さんにはするな!」
「まあ、亜依も聞いてこないから言ってないけどまずいのか?」
まずいってレベルじゃないぞ。
「桐谷君、君の言う職種はまず正社員を雇ってない。バイトやパートだ。それで亜依さん養っていくつもり?」
僕は素直な意見を言った。
「亜依も働いてるから大丈夫だって」
「亜依さんが働けなくなった時はどうするの?」
「そうならないように気をつけたらいいんだろ?」
「でも必ず来るよ。亜依さんが休む時が……」
「僕も桐谷先輩に同感だね、やりたくない職を嫌々するより楽しい仕事をやったほうがいいよ」
如月君まで加わった。
「冬夜だってバスケの道捨てて自分のやりたい職やってるじゃないか?」
桐谷君が言う。
「やりたいからやってるわけじゃないよ。それなりに愛莉の事考えて就職したつもりだよ」
「瑛大……念のため聞いておくがお前資格は一個くらいとったんだろうな?」
渡辺君が聞いていた。
「いやとってないよ、でも運転免許持ってれば何とかなるんじゃないのか?」
今さら資格の勉強したって遅いな。
みんな悩む。どうしたらこの二人を説得できるか?
誠がノートPCを取り出す。
やろうとしてることは分かった。
多分それが一番早いだろう。
「瑛大、これ見てみ?」
誠が提示したのはハローワークの求人票だった。
桐谷君はそれをみて驚く。
「……まじで?こんなに安いの?」
桐谷君が言う。
「ま、まあ。亜依が稼ぐしなんとかなるよ」
「冬夜が言った通り、亜依さんが働けない間はどうするつもりだ?」
「一日や、二日休んだからって大したこと無いよ」
「そんな話をしてるんじゃない!もっと将来を真面目に考えろよ!」
誠が怒鳴った。
「ど、どうしたんだ?誠。最近お前付き合い悪いぜ?」
「冬夜は、冬夜なりにそれなりの稼ぎの職に就いてバスケの時の貯金を切り崩さないでいいように将来に備えてる。俺だって今のうちにと備えてる。お前は将来について何も考えてないのか?ヴィジョンが見えてるのか?」
「先の事なんてどうにかなりますよ。誠先輩も落ち着きましょうよ」
如月君が言う。
「俺も誠君に同感だな。今を楽しむのも大事だが、そろそろ亜依さんとの将来を考えてやってもいいんじゃないのか?お前ももう大人だろ立派な亭主だろ?いつまでも甘えたこと言ってるんじゃない!」
渡辺君も言う。
「先の事ってなんだよ。貯金だってちゃんとしてるよ」
「いくらしてるんだよ!?」
「このくらい……」
「全然足りねーよ!そんなんじゃ亜依さんに苦労かけるだけだぞ!」
誠が怒ってる。
しかし桐谷君は全く気付かない。
「み、皆落ち着こうぜ。今日は石原夫妻の結婚祝いだぜ。もっと楽しくやろう……」
「そうだな……。今話す事じゃないな」
誠は愛莉たちの元へ行く。
「神奈、二次会終わったら真っ直ぐ帰るだろ?」
「ああ、そうだけど。何かあったのか?」
「亜依さん、ちょっと瑛大借りてもいいか?」
「また瑛大がなにかやったのか?」
「ちょっと男同士で話がある?
「お前らだけで話するのは駄目だ!ろくでもないことに決まってる」
カンナが言う。
「そんなんじゃない……そうだな、冬夜。お前も来るだろ?」
まあ、行った方が良さそうだね。
「と、言うわけだから遠坂さんも同行してもらう。それならいいだろ?」
「そういう話なら私も正志について行く」
美嘉さんが言う。
「美嘉は明日仕事だろ?無理するな」
「愛莉だけじゃ不安だ。徹夜くらい慣れてるよ」
「それなら、私もいくよ」
「私達にだけ聞かせられない話なの?」
カンナと亜依さんが聞く。
「いや、2人ともゆっくり休んでもらいたいからさ。激務なんだろ?」
誠が言うと、二人は納得した。
「分かったよ、確かに朝から酒臭いのは問題だしな」
「愛莉と美嘉がいるんだったら安心だね。女子会で内容教えてもらえるし」
「教えていいのかどうかは遠坂さん達に委ねるよ」
「やっぱり聞かれたらまずい話なんだ?」
亜依さんが言う。
まあ、あまり亜依さんには聞かせたくないな。
渡辺君と僕は美嘉さんと愛莉に近づいて耳打ちする。
「そういうことだったんですね……確かに教えない方がいいかもですね」
愛莉が言う。
美嘉さんにも説明したようだ。
「瑛大の奴には躾が必要なようだな」
美嘉さんが言う。
「じゃあ、そういう事でこの話は後にして盛り上がろう」
渡辺君が言うとみなまた歓談を始めた。
「すまんな冬夜。面倒事に巻き込んだ」
誠が言う
「お前本当に変わったんだな。誠」
「こう見えて実は成長してるんだぜ」
誠はそう言って笑う。
(2)
2次会が終ると帰る人、別行動する人と別れた。
僕と愛莉、渡辺夫妻、誠、桐谷君、如月夫妻はいつものスナックに行く。
そしてテーブル席に座ると誠が話を始めた。
「瑛大、さっきは亜依さんがいたから言わなかったけど今だから単刀直入に言う。お前子供の事考えたことあるのか?」
亜依さんが産前産後の休暇。育児休暇。その間の生活はどうするつもりだという。出産にかかる費用はどうする?と問いただす。
バイトやパートじゃとてもじゃないけどやっていけない。
バイトの掛け持ち?その間の家事は誰がする?亜依さんに任せるつもりなのか?
今だって、ほとんど亜依さんの稼ぎで生活してるようなものじゃないか。
それだけじゃない、子供の将来、養育費、進学にかかるお金。貯えを作っていかなきゃいけない。第一保険はどうする?子供の面倒は誰が見る?
誠は説明する。
桐谷君はめんどくさそうに聞いていた。
そしてそれを聞いていた如月君が余計な事を言う。
「だったら子供作らなきゃいいじゃん!」
それを聞いた伊織さんは失望する。
美嘉さんと愛莉は激怒する。
「そんな心構えでいるのなら作らないのが正解ですね!亜依が苦労するのが目に見えてます!」
「2人は奥さんの気持ち考えたことあるのか!?自分の勝手な都合で子供はいらないとかふざけるな!」
愛莉と美嘉さんが言う。
「翔太が言うのは暴論だぞ。奥さんの気持ちを第一に考えないと。第一子供を産んで苦労するのはまず奥さんなんだ」
渡辺君が言う。
「だから苦労すると分かってて、作る意味が分からないよ!」
如月君が反論する。
「瑛大はどうなんだ?亜依さんとそういう話したことあるのか?」
「……ない。考えても無かった」
「瑛大自身はどうなんだ?子供欲しくないのか?」
「欲しいけど不安になってきた……」
それを聞くと美嘉さんが立ち上がる。
「お前ら自分が苦労するから逃げてるみたいだけどな。産む側は不安なんてレベルじゃねーんだぞ!文字通り命がけなんだ!」
美嘉さんが怒鳴る。
愛莉を見る、愛莉は怒りのあまり言葉が出ないようだ。
「そんな奥さんの不安を和らげてやるのが夫の役割なんじゃないのか?趣味や娯楽でパートに就こうなんて自分勝手も甚だしいぞ」
渡辺君が言う。
「仮に子供を作らないとして、亜依さんが倒れたらお前どうするんだ?バイト一個やったくらいで俺だって仕事やってるって堂々と言えるのか?」
誠が言う。
「結局俺どうすればいいんだ?」
桐谷君が聞く。
「今からでも遅くない。真面目に職探せ。第一亜依さんの両親だって自分の娘の旦那はフリーターなんて納得しないだろ?」
誠が言う。
「……わかったよ。来週ハロワ行ってくる」
「それだけじゃねーぞ、今のお前は亜依に養ってもらってるも同然なんだ。その事自覚してこれから行動しろ」
美嘉さんが言う。
「わかった……」
少々不満はあるが渋々納得したようだ。
「じゃあ、そういう事はこの件はおいておくとして……正志!お前はいつまで私を待たせるつもりだ!?まだ学生だなんて言い訳は聞かないからな!」
美嘉さんが渡辺君に標的を変える。
「ま、まて今の仕事続けたいって言ったのはお前だぞ美嘉!」
「産休くらいもらえるよ!いつまでも待たせるんじゃねえ!」
そんなやりとりを僕は笑ってみていた。
愛莉も羨ましそうに見えた。
(3)
「だからさ、俺達のグループに入って楽しくやらない?」
「僕もさっきから言ってるけどさ。彼女がいるのに入る意味あるの?」
不毛にも思える押し問答。
諦めてくれると嬉しいんだけど、彼等にもノルマがあるらしい。
ノルマがある時点で怪しいサークルだよね。
「彼女もいっしょに入ればいいじゃん」
「2人をもっと幸せにしてあげるから」
「それもさっきから言ってるけどさ。僕達もう十分幸せだから」
僕の彼女、小林柚希はめんどくさそうに僕達を見てる。
「もっとより幸せになりたいとか思わない?」
「勉強とバイトだけが学生生活じゃないでしょ?」
「わかった。僕達が如何に幸せか説明するところから始めるよ」
「は?」
「まず、朝彼女がモーニングコールで起こしてくれることから始まる。それで……」
話を端折るけど要は僕達が如何に毎日ラブラブにいちゃついてるかを事細かに説明した。
「で、君達は今僕達が感じてる以上の幸せをどのようにして感じさせてくれるの?その幸福感は僕たちの価値観にあったものなの?」
「佐々木君だっけ?」
「そうだけど?」
「佐々木君は今の彼女の幸せは考えたこと無いの?」
「え?」
「それは佐々木君の幸せでしょ。彼女の幸せの価値観を聞いておく必要があるんじゃない?
「確かにそれは一理ありますね。柚希。君はどうなの?」
僕は柚希に聞いてみた。
「……豊は世話がやける。朝は起きれないし。話を始めたら何時間でも討論を開くし。政治家でもやればいいんじゃないって思うくらいとにかく喋る。聞いてるこっちがうんざりするくらい」
君の話も聞いてるけど、君が極端に口数が少ないから盛り上げようとしてるんじゃないか?
「……でも豊の話は聞いてて飽きない。色んな人に話しかけて交流をすることは妬くことはあるけど。それでも私は彼女として認識されてるみたい。その事には幸せを感じているわ。それ以上の幸せって何?」
僕も彼氏として認識されている事に安心したよ。
目の前の二人は黙って話を聞いている。聞いているのかどうかも怪しいけど。
二人してのろけ話をしていれば飽きもするよね?
僕達の質問には答えてくれないのだろうか?
「ねえ?僕達の価値観を覆すほどの幸せってどんなものなの?」
僕は二人に質問していた。
「……想像を絶する快楽だよ」
快楽ねえ。
「快楽って一言でも説明されても困るなあ。僕と柚希はこうみえて18歳。お互いバイトと仕送りで生計を立ててる身だ。分かりやすく言うと一般的な男と女が手に入れる快楽くらいは味わってる」
「それよりもっとすごいものだよ。癖になったらとまらねーよ」
「一般的な快楽を表現したつもりだよ。快楽にも色々あるだろ?賭博などで得たり、人を傷つけることに快楽を得たり猟奇的な行為もある。違法薬物に手を染めるのもそうだ。生憎とそう言うのには興味がないんだ。ごめんね」
「何が言いたいんだ?」
「ごめんね、回りくどい言い方になって。一言で表すと君達の言う快楽とやらにまったく興味が沸かないんだ。柚希もそうだろ?」
「本当に回りくどい人ね豊。でも私もそう言うのは勘弁してほしいかな?豊、そろそろバイトの時間」
「そういうわけでごめんね。個人的には君達の話にも興味があるんだけど時間的制約が……」
「口ばかりよく回る野郎だ!!」
男が拳を振り上げる。
その拳が振り下ろされることは無かった。
「私も同感です~口ばかり回る男ってなんか苦手~」
「うだうだ言ってないでささっと用件を済ませてくれる男が好きだな」
「で、あんた達の要件はなんだったんだ?」
拳を掴むのはピンク色の髪色をサイドポニーでまとめた女性。
そしてその両脇にいる金髪のロングヘアの子とオレンジベージュ色のショートヘアの子。
「なんだお前ら?」
「渡辺班の者って言えば分かってもらえますか~」
渡辺班?無理難題を無理矢理解決するって評判のあの渡辺班?
幸運をもたらすとか聞いてたけど、その活動内容には非常に興味がある。
「渡辺班だと!?」
「それを証明する証拠あるのかよ?」
「証拠必要ですか~?祥子~何か良い案ないかな~?」
「とりあえず腕をへし折って西松医院で直してもらうってのはどうですか?咲良先輩」
「それでいきましょう。咲良先輩そのまま腕掴んでいてくださいね」
ショートヘアの子が蹴りの準備を始める。
「わ、わかった!証明する必要はない!」
「わかったらとっとと失せやがれ!です~」
サイドポニーの子がそう言うと二人は逃げて行った。
先輩って言ってたっけ?
「お嬢さん方には助けられました。ありがとうございます」
僕は頭を下げて、礼を言った。
「本当はもっとお礼をしたいんだけど生憎とバイトの時間が……」
「豊!急ぎなさい!バイト遅れるよ」
「じゃあ、私とIDの交換だけしませんか?」
「それは光栄。是非とも」
「豊!」
「ただのID交換だよ。柚希もしといたほうがいいよ。言われたろ?大学生のネットワークは広い方がいいって」
そして僕と柚希はサイドポニーの子とIDを交換した。
するとすぐに渡辺班というグループに招待された。
「これサークルの勧誘?」
「ただの身内のグループです~。それじゃ、また~」
そう言って3人組は立ち去った。
僕達もバイトに急いだ。
「どういうつもり?最初のサークルは難癖付けて断っておいて。美女ぞろいだと入るわけ?」
「渡辺班」
「え?」
柚希が聞き返す。
「僕も色々な人に話しかけられたけど色んな人から聞いたグループ」
「それなら私も知ってる。幸せをもたらすグループ……益々怪しいじゃない!」
「興味が沸いてね。何、胡散臭かったら抜けたらいいだけだよ」
「あなたのその性格直さないといつか怪我するわよ」
「面白そうだしいいじゃん。退屈な大学生活にはならないと思うよ」
僕達に刺激を与えてくれる。そんな予感がした。
(4)
「ただいま~」
「おかえりなさい、お疲れ様でした」
着替えると夕食を食べて風呂に入ってドリンクを手に取る。
寝室に戻ると愛莉がスマホを弄っていた。
「愛莉、お風呂空いたよ。入っておいで」
「はい、わかりました」
愛莉は楽しそうだ。
何かあったんだろうか?
僕は自分のスマホを見る。
佐々木豊と小林柚希。
また新人が入った?
ログを辿る。
大体この二人……佐々木豊の話を中心に盛り上がっていた。
博識な人のようだ。
経験も豊富らしい。
自分の体験談や価値観を面白おかしく解説している。
愛莉もこのトークに嵌ったらしい。
なるほどね……。
延々と続く彼のトークを流し読みしながら。男子会の方も見ていた。
皆特に興味ない様だ。
「咲良達が捕まえたそうですよ、面白そうだからって……」
風呂から戻ってきた愛莉が僕がスマホを見ているのを見て言った。
「そうなんだ」
「ええ、彼話が面白くてつい……あ、ごめんなさい。お気を悪くされますよね?」
「なんで?」
「冬夜さんは妬かれたりされないんですか?」
「そういう対象じゃないだろ?」
「……はい!」
愛莉はそう言って笑うと再びスマホを見ている。
しかし次から次へと良くネタがあるもんだね。
そうやってみてる。
カンナや美嘉さん達も帰って来たらしい。
さらに盛り上がっている。
「こりゃまた歓迎会だな」
美嘉さんが言う。
「歓迎会?」
「お前らのだよ?何もしないってわけにはいかないだろ?」
「どうして?」
「え?」
「歓迎会ってぶっちゃけ飲み会だよね?僕達未成年だよ?」
「ソフトドリンク飲んでりゃいいだろうが!」
「それって美嘉さん達が僕達を口実にして飲みたいだけじゃないの?」
「高校生だって参加してるぞ!」
「年は関係ないよ、他人を肴にして盛り上がって主賓は置き去りってのはどうかと思うけど?」
結構めんどくさい人なんだね。
「まあ、いいけどね」
いいんかい!
「僕も18歳。そういう社会経験はしてきたよ。バイトで」
「だったら最初から言うな!」
「自分の主張はちゃんと通さないと駄目だと思ったから。皆にもそういう事をしているんだって事実を認識してほしかったから」
「あまり我を通すのは敵を作る元よ」
恵美さんが言う。
「恵美さんの言う事ももっともだね。そこは僕も反省するべきところだね。でも皆にも理解して欲しいんだ。酔って楽しい人とそうでない人の温度差ってのを」
「トーヤ!お前からも何か言ってやれ!」
カンナが言ってる。
「トーヤって片桐冬夜って人?」
「そうだ!」
「こんばんは初めまして。佐々木豊です」
「片桐冬夜です。初めまして」
「どうしてバスケを捨てて税理士なんて職に就いたんですか?」
「まだ、税理士じゃないよ。卵って言った方が正しいかな?」
「バスケで有名になったのに。そのバスケを捨てた理由が知りたい」
「世界で頂点を見たら辞める。そう決めてたから」
「格好いいけどそれってただの勝ち逃げですよね?狡いと言われた事ないですか?」
「そういう言い方失礼だと思うけど。冬夜さんの意思を皆理解してもらってやってるの。あなたがとやかくいう事じゃない!」
愛莉が怒ってる。
「愛莉、むきになっちゃだめ」
「でも冬夜さんが!平気なんですか!」
「さんざん言われてきた事だからね。慣れてるよ」
愛莉は納得してないようだ。
僕はスマホに戻る。
「君のいう事は正論だ。僕は狡いかもしれないね」
「自覚はしてるんですね」
「しかし僕は自分の考えを曲げる気はない」
「それを逃げっていうんじゃないですか?」
「そうかもしれないね」
「やっぱり自覚してるんですね」
「まあね」
「もう少しやり手かと思ってたけどそうでもないんですね?もう少し自分を正当化すると思ってたけど」
「そもそも正当化する必要があるのかい?」
「え?」
「自分が正しいと世間に証明する必要があるのかい?」
「どういう意味ですか?」
「価値観も理念も宗教も一つになる必要はない」
「?」
「互いに認め合える人がいればいい。僕はその人を見つけた」
「それってやっぱり負け犬の遠吠えじゃないですか?」
「そうだね、見る人によっては僕は負け犬かもしれないね」
「自分で認めるんですね」
「うん、じゃあ。負け犬は負け犬らしく寝るとするよ。明日も仕事なんだ」
「本当に逃げるんだ」
「おやすみ」
スマホを置くと僕は愛莉とベッドに入る。
「冬夜さん。あれで本当によろしかったのですか?私は悔しいです」
「あの手の輩をまともに相手にしてたら疲れるだけだよ。マスコミの取材で懲りたろ?」
「それはそうだけど」
「……負け犬でも愛莉を幸せにすることはできるよ」
「……そうですね!」
愛莉は照明を落とすと僕に抱き着く。
抱きしめたい離されたくない。
離さないと囁いて。
僕と躓けばいい、コイビト
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