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LASTSEASON
神秘
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(1)
「冬夜さん、朝ですよ」
愛莉の声で目を覚ます。
「おはよう、愛莉」
毎朝の挨拶をすませると支度をする。
ダイニングに行き愛莉と会話をしながら朝食をとる。
朝食が終ると早々と家を出る。
「もう少しの辛抱らしいから」
「はい、気を付けて行ってらっしゃいませ」
愛莉に見送られ会社に向かう。
会社に着くと仕事の準備。
準備が終わる頃には始業時間になり朝礼が始まる。
簡単なミーティングが行われると業務につく。
達彦先輩から今日の仕事の説明を受けて仕事に就く。
達彦先輩は月末という事もあって巡回監査に出て事務所にいない。
その日も何事もなく業務が行われていた。
と、思いきや一本の電話が鳴る。
受付の人が電話を取る。
「お電話ありがとうございます瀬川税理士事務所でございます」
いつも通りの接客だった。
しかしなんか雲行きが怪しい……。
「ですから下田はただいま出かけておりまして。早急に折り返し連絡差し上げますので……」
なかなかしつこい相手のようだ。
受付の飯塚さんも困ってる様子。
「まただわ……」
事務の坂本さんが言った。
「なにかあったの?」
僕が話しかけた。
「下田さんの訪問先の相手大体ああなんです。大抵の人がクレームつけてくるんです」
「クレーム?」
「大体下田さんのミスなんですけどね?手続きを忘れてたり、申告漏れがあったりで納税額が高くなってるって」
下田さんコミュニケーションが苦手だからと、坂本さんは言う。
「また下田が何かやらかしたのかね?」
社長が社長室から出てきた。
「みたいですね」
坂本さんが答える。
「下田は何時頃帰ってくるんだ?」
「分かりません、連絡もつかないんです」
「分かった。私が受けよう。こっちに電話回して」
「分かりました」
そう言って社長が代わりに出る。
「ああ、いつもお世話になっております。ええ……ああそれは大変申し訳ありません」
達彦先輩が帰って来た。
「おつかれ~。……どうしたの?」
「実は山王鋼業からクレームがあって……」
「ああ、また下田か……あそこは下田には荷が重いって感じてたんだよな~」
達彦先輩が言う。
「冬夜は大丈夫だと思うけど気をつけろ。経費にできないものを平気で領収切ってくる企業なんて五万とあるからな」
達彦先輩が耳打ちした。
事業主の交通違反の反則金まで経費で落とそうとする事業主もいるらしい。
「はい、それではそういうことで。大変失礼いたしました。それではまた」
社長の電話が終わった。
社長が出て来る。
「下田はスマホにもでんのか?」
「マナーモードにしてあるみたいで……」
坂本さんが言う。
「あいつはいつもいつもどうして……」
社長が言う。
「あいつまたなんかやらかしたんすか?」
達彦先輩が聞いていた。
「何もやってないから問題なんだよ。月次監査に行ったのは良いが記帳だけして帰っていったらしい。決算の内容も説明せんかったらしいわ」
記帳して決算するだけなら経理でも雇えば良い、記帳代行でも頼めばいい。そこに+αで経営についてアドバイスするのが税理士の仕事だと社長は言う。
「あいつらしいと言えば、あいつらしいですね」
達彦先輩が言う。
その問題の下田先輩が帰って来た。
「お疲れ様です」
「下田!お前今まで何してた!」
社長が怒鳴る。
「月次監査ですけど」
「山王鋼業さんに行った時、水道光熱費を経費に計上できないとはねのけたらしいな!?」
「あそこ事務所と自宅が一体化してますよね?ちゃんと分別してないと計上できないと思ったので……」
「お前は何を勉強してきたんだ!?何割を経費に出来るかを判断するのがお前の仕事だろうが!まだあるぞ!」
例えば高級車を経費で買ったとする。どう考えても仕事に使う車じゃない。
だけど高級『セダン』だった場合、通勤・営業接待に必要として必要経費として認められる場合がある。
そのように経費をできるだけ計上して売り上げに近づけることが重要だという。
収入から必要経費その他諸々を差し引いた分が所得税の課税対象になる。
例に車をあげたのでついでに言うと車の耐用年数は新車の場合6年となる。つまり600万円の車を買っても年間100万円しか経費として認められない。
このように経費を上げたら、課税対象は0になる。だけど事業が黒字でない場合金融機関の信用を失うことになる。
そこら辺のバランスを考えて色々アドバイスするのが税理士の仕事だと言う。
他にも色々達彦先輩から指導を受けながら社長のお叱りを聞いてた。
話をただ聞いてるだけでもしょうがないので自分の仕事をこなす。
もう定時は過ぎてる。
急いで仕事を終わらせないと。
「もういい、溜まってる仕事を処理しろ」
社長の説教が終わったようだ。
「冬夜、今日の分済んだか?」
「ええ、もうすぐ終わります」
「そうか、終わったら俺のPCに送付しておいてくれ、明日の朝見るから。お先でーす」
そう言って達彦先輩が帰る。
「ああ、おつかれさん、また明日な」
社長より先に帰るのは気が引けるけど帰ることにした。
帰りは、郡山先輩と一緒だった。
「俺達の仕事は経理だけじゃない。色んな顧客の相談に乗らなきゃいけない。勉強しとけ」
「分かりました」
郡山先輩は帰っていった、
僕も愛莉に電話する。
時計は22時を回っていた。
「冬夜さん?」
「うん、今から帰るから」
「分かりました。じゃあこれから準備しますね」
「すぐ帰るから」
「はい、お待ちしております」
それからすぐに帰った。
帰ると「お疲れ様です」と愛莉が温かく迎えてくれた。
愛莉と食事をしながら今日あったことを話す。
それを楽しそうに聞いてる愛莉。
夕食を片すと愛莉が片付けて、そして風呂にお互い入って寝室に行く。
「今日もお酒は駄目ですよ。ジュースで我慢してください」
「ああ」
テレビを見ながら愛莉と過ごす。
時間になると愛莉と眠りにつく。
新しい一日に向けて休息についた。
(2)
「なあ、渡辺君ちょっとお昼休みにいいかな?」
「……いいですけど?」
俺は長谷部先輩から相談を受けた。
昼休みに食堂で話をする。
「じつは先週末飲み会があったろ?あの時さ……」
「あら?長谷部君先に来てたんだ?探したのよ」
「ゆ、悠木先輩……」
悠木先輩が弁当箱を二つ持ってきた。
悠木先輩は長谷部先輩がラーメンをすすっているのに気づく。
「あら?折角お弁当作ってもってきたのに……」
「あ、ありがとうございます。食べれるので大丈夫です」
「そう?じゃあ召し上がれ」
長谷部先輩が悠木先輩の弁当を食べる。
「どう?」
「めっちゃ美味しいです」
「よかった」
悠木先輩は満足してるようだ。
それに対して長谷部先輩の態度がぎこちない。
どうしたんだ?
長谷部先輩が弁当を食べ終える頃悠木先輩の所員専用の携帯が鳴った。
「はい、悠木ですけど……え?すぐにもどります」
悠木先輩が電話を切る。
「どうしたんですか?」
「ちょっとトラブルがあったみたい。私先に戻ってるね」
悠木先輩はそう言って席を立った。
それを見て長谷部先輩が言った。
「実は飲み会のあとずっとああなんだ」
「?」
「妙に優しいって言うかさ……飲み会終わったら気づいたら悠木先輩の家で寝てたし」
まさか……。
「長谷部先輩、ひょとしてあの夜の事覚えてないんですか?」
「女性陣になにか怒鳴りつけられてるのだけは覚えてるんだけど記憶が曖昧で」
頭を抱える長谷部先輩。
それはまずいな……、また女性陣の反感を買いかねない。
「先輩、今から何があったか教えますから。絶対に悠木先輩に聞いたら駄目ですよ」
「やっぱり僕何かやらかしたの?」
俺はあの後あったことを知ってる限りで教えた。
渡辺班のログを見るように教えた。
「……つまりやらかしたってことか?」
「多分そうなんでしょうね」
「なんてこった……」
悩む長谷部先輩。
これからどう悠木先輩と接したらいいんだと言う。
「先輩、ここは前向きに考えましょう。経緯はどうあれ悠木先輩と交際が成立したんですから」
恋人の扱い方くらいわかるだろ?
「そ、そうだな……」
「絶対に何があったかなんか聞いたら駄目ですよ。上手く口裏合わせて」
「わかってる」
「その後の心配は渡辺班に任せてください。そういうのお世話焼くのが好きな奴多いから」
それが今回のトラブルの元なんだけどな。
「任せる」
その後も先輩の相談に乗っていた。
毎日メッセージがくるとか、今度の休日県立美術館に行かないかとか……。
意外と積極的なんだな、悠木先輩。
まあ、飲み会の時からそうは気づいていたが。
「じゃあ、僕達も戻ろうか?悠木先輩のトラブルも気になる」
「そうですね」
俺達は職場に戻った。
「川崎君!あなた何回同じミスをやれば理解するの!?あなたのミスでしょ!」
「だから言ってるじゃないですか。ちゃんと説明はしたって」
「先方は届け出はしてるって言ってるし書類も提出してるじゃない」
「その書類俺は受け取ってないですよ、渡辺に任せてたし」
「そんなはずないでしょ、大体届け出があったのは渡辺君が入る前の話でしょ!」
「その後にチェックしなかったのは渡辺のミスでしょ」
川崎先輩と悠木先輩が口論してる。
周りの職員はまたか、と成り行きを見守っている。
俺の名前が挙げられていたので俺が話にまざった。
「あの、何があったんですか?」
「渡辺君!あなた先方の旦那さんの死亡届受理してる?」
悠木先輩が聞いてきた。
「その方でしたら住民票が去年変更されていたので返還請求を行いましたが?」
俺がそう言うと悠木先輩は川崎先輩を睨みつける。
「ほら、やっぱり渡辺の責任じゃないですか!?」
「問題をすり替えるないの!変更があったのは去年の話でしょ!」
「先方に何か問題があったのですか?」
悠木先輩は説明を始めた。
俺が配属されたのは生活福祉課。所謂生活保護を担当する部署。
先方も受給者だった。
だが、去年旦那さんが亡くなっていた。
当然、その分は支給額から引かれなければならない。
だが川崎先輩はその確認を怠ったまま俺が担当を引き継いだ。
俺は住民票を確認して家族構成を確認して、支給額が必要以上にあるのでその分を返納するように書類を送付した。
その結果、相手が怒鳴り込んできて「今更になって返せなんてあんた達のミスだろ!」と言った。
当時担当してた川崎先輩に問い詰めたら「今担当してるのは渡辺だ、俺は関係ない」と言い張る。
「渡辺君はちゃんと確認して返還請求をおこなっただけ!川崎君が手続きをきっちりしてたらこんな事態にはならなかった」
「それは結果論でしょ!?」
「渡辺君は自分の仕事をきっちりやってる!自分のミスを人に……しかもまだ一か月ちょいの新人に責任をかぶせるな!」
ああいえばこういう川崎先輩に腹を立てる悠木先輩。話は平行線のままだ。まあ、いつもの事なんだが……。
「……で、俺はどうすればいいんですか?」
「今の担当はあなただからあなたが交渉するしかないわね。向こうは弁護士を立ててくるだろうから私も同席するわ」
「どうなるんでしょうか?」
「向こうは払えないと言い張るでしょうね」
受給者に対して強制執行はできないという。
「大丈夫、悪い様にはしないわ。渡辺君は当然の処理をしたんだから。川崎君!あなたが責任とるんだからね!」
「何で俺なんですか!返還に応じない先方に問題が……」
「元はあなたのミスでしょ!」
午後の業務が始まると交渉は始まった。
やはり、先方はこっちの請求に応じてもらえない。
上司が話に入ってきてようやく分割で少額ずつ返還していくということで合意がついた。
この件で随分時間をとられた。
今日も残業だな。
「この仕事嫌になった?」
悠木先輩が言って来た。
「まあ、仕事なんてこんなもんだと思ってますが……」
しかしこの部署はしんどいのは確かだ。
誰が本当に困窮していて誰が不正をしているのか見抜かなければならない。
「役所仕事でもブラック部署って言われるからね。相手からも恨み買いやすい役職だし」
様々な受給者を担当してストレスで倒れていくのだと悠木先輩は言う。
「人一人の命を預かってる。受給者の話に耳を傾ける。ちゃんとを目を見て話す……そんなところかな」
「大変そうですね……」
「あんたも直に大変な目に合うわよ。担当を任せられてからが本番よ。じゃ、先に帰るわね」
「お疲れ様です」
悠木先輩は帰っていった。
公務員だから楽だと思っていたのが嘘のような生活になっている。
やはり楽な仕事なんてないな。そう思っていた。
(3)
授業を終えると電車で街まで向かう。
バイトの時間までは余裕ある。
どこで時間を潰すか考えていた。
「君、涼宮咢君?」
突然、男2人組から声をかけられた。
チャラそうな男と、坊主頭のガタイのいい男だ。
「そうですけど」
「あ、そんなに警戒しなくてもいいよ、怪しいもんじゃないからさ」
普通に警戒してた。
「何の用でしょうか?」
「君さ~若宮美琴って子聞き覚えない?」
どっかで聞いたことある名前だな。
「ほら、街で君が不良に絡まれたことあるでしょ?その時のさ……」
チャラそうな男が言う。
ああ、思い出した。
「その若宮さんがどうかしたんですか?」
「君にお礼がしたいって言ってるんだよね。あってやってくれないかな?」
「そんな時間無いので失礼します」
そう言って僕は立ち去ろうとした。
が、チャラそうな男が「ちょっと待ってよ」と僕の肩を掴む。
反射的につい手が出てしまった。
しかし坊主頭の男がその手を掴む。
「こっちも手荒な真似はしたくないっす。そういうのは無しにしようや」
坊主頭の男はそう言って笑う。この人は強い。そう直感した。
「そんなに時間とらせないからさ、どうせバイトなんでしょ?バイト先まで送っていくよ」
チャラい男が言う。
そこまでいうなら……。
「わかりました、どこまで行けば良いですか?」
「君車?」
「いえ、電車です」
「それなら俺が送るよ」
そう言って僕は怪しげな男二人に連れられて行った。
ついた先は青い鳥という名の喫茶店。
「いらっしゃいませ~」
可愛らしい女性が黒のスーツを着て接客している。
「先輩、祥子たちは?」
「今こっちに向かってるはずだよ。もうすぐ着くんじゃないかな?好きな席に座ってまっててよ。あ、君注文は?」
可愛らしい女性が注文を聞いてくる。
「コーヒーお願いします」
「かしこまりました~」
もう一人の気だるそうな女性が注文も持ってくるころ、ものすごい爆音を立てて車が止まった。
「きたみたいっすね」
坊主頭の人が言うと、カランカランとドアベルをたてて女性二人が来た。
ロングヘアの金髪のピアスを開けてる子とオレンジベージュ色のボーイッシュショートヘアにピアス……あ、あの人だ。
ショートヘアの子もこっちに気付いたようだ。
ロングヘアの子がショートヘアの子を連れて来た。
店員のちょっとおしゃれ系のセミロングの店員も一緒に来た。
「あんたが涼宮君?」
ロングヘアの子が聞いてきた。
「そうですけど」
僕が答えるとロングヘアの子が笑った。
「初めまして、私桜木祥子、隣の子若宮美琴の友達。それで……」
「私が竹本咲。渡辺班の大学生をまとめてる」
セミロングの店員さんが言う。
渡辺班、不可能な事は無いという地元大にある都市伝説レベルのグループ。
「どうも……」
「ほら、美琴。言いたい事あるんだろ?」
「この前はありがとう」
桜木さんが言うと若宮さんが言った。
「いえ、助けてもらったのは僕の方ですから……ようはそれだけですか?」
すると竹本さんが言った。
「あなたサークルは?」
「入ってません、バイト忙しいから」
「バイトをしながら遊べる素敵なグループ知ってるんだけど」
「あの、そういうの興味ないんで」
「若宮さんも一緒だよ?」
「それが何か?」
この人たちの意図は読めた。
僕と若宮さんをどうかしたい。そんな魂胆なんだろう。
でもいくら渡辺班の力が本物だったとしてもそんなの無理だ。
入会費も会費もただだという。いよいよもって胡散臭い。
だいたい僕と若宮さんが交際を始めたからといってこの人たちにどんなメリットがあるというのか?
そんな僕の顔を竹本さんはじっと見ている。
僕と目が合うと竹本さんはにこりと笑った。
「別にあなたにどうこうしようというつもりは無いわ。ただバイトして勉強だけっていう生活も退屈でしょう」
「他にやりたい事無いんだからしょうがないでしょう。面倒な事はしたくないだけです」
僕がそう言うと竹本さんは考えている。
でもその思考の解答をまっている理由は僕には無い。
「じゃあ、用件は済んだみたいだし僕はこの辺で。バイト先まで送ってくれるって約束でしたよね?」
僕はそう言って席を立つ。
「待ちなさい!」
カウンターに座っていた。女性が僕を呼び止めた。確か酒井さんて言ってたっけ。
「話を聞いてたら面倒だのやりたい事がないだの弱腰な事ばかり言って、単なるやる気がない根性なしじゃない」
「……そうですけど。それがあなた達とどう関係があるんですか?」
「まずはあなたをどうにかする必要があるようね」
酒井さんの隣に座っていた石原さんが言った。
「どうしようって言うんですか?言っとくけど僕お金そんなにないですよ」
僕は構える、この人たちも先日の胡散臭いサークルと同じ類か?
「まあ、落ち着こうや。涼宮君だっけ?バイトしてたって空いてる時間はあるっすよね?」
坊主頭の男が言った。
「俺らのグループ社会人が多いんだ。仕事理由で来ないってのもありだ。涼宮君の生活に何の支障もない」
俺もバイトしてるしな。と、坊主頭の人が言う。
「僕に何をしろって言うんですか?」
「ただグループに入ればいい、怪しい壺やアクセサリを売りつける事もないわ……あなたの好きに行動すればいい」
竹本さんが言う。
「それであなた方に何の得があるんですか?」
「何もないわ、ただの世話好きなグループだから」
「どうしても放っておいてはくれないんですか?」
「目をつけられたのが運の尽きと思って諦めるのね」
「……本当になにもしなくていいんですね?」
「いいわよ」
「わかりました。このまま平行線のまま話を続けているほうが面倒だ」
「意外と物分かりがいいのね。じゃあスマホ出して。メッセージくらいやってるでしょ?ID交換しよう?」
僕は言われた通り竹本さんとメッセージのIDを交換するとグループに招待される。
「渡辺班」というグループと「男子会」というグループ。
「ありがとう、よろしくね。じゃあ梅本君、彼を送ってあげて」
「わかりました。行こうか涼宮君」
そのあと梅本君に送ってもらうことになった。
その間に渡辺班についていろいろ聞いてみた。
「基本的に飲み会が多いね、理由をつけては飲んでる感じ。週末が多いかな。社会人多いから」
梅本君はそう言う。
「でも君ラッキーだよ。入会金ゼロ、会費は実費、上手く行けば彼女ゲットで明るい学生生活。失敗して失うものは精々飲み代くらいだ。こんな好条件のサークル他にないって」
「どうして僕が選ばれたんですか?」
「そこが幸運なんだよ、君が偶々絡まれたところを美琴ちゃんが助けにいって、美琴ちゃんが偶々祥子の友達で祥子が偶々渡辺班に入ってただけなんだから」
「その若宮さんが僕を好きだって確証はあるんですか?」
「恋愛に絶対は無いよ。今後の君の行動にかかってるだろうし」
僕はため息をついた。
つくづく僕はついてない。
あの時絡まれてなかったら、彼女を助けてなかったらこんなことにはならなかったろう。
神秘。
恐れるな、愛は真っ暗な夜の中でも君を導くのだから。
僕は何処に導かれるというのだろう。
(4)
「で、どうだった?美琴」
祥子が聞いてきた。
どうって言われても……。
「向こうにその気がないのに無理じゃないですか?」
「なるほどね……」
竹本先輩が言う。
「心配することないわ、あの手の男の対処法は心得てるから」
「この前の飲み会みたいに無理矢理言わせるんですか?」
「それは美琴次第じゃないかな?」
「私次第?」
「向こうにその気がないって言いきるって事はあなたは少なくとも彼を意識してたって事でしょ?」
竹本先輩が言う。
「まあ……そうですね」
あそこまで自分を否定されたのは初めてだ。
意識するなって方が無理な話だ。
「放っておいた方がいいんじゃないですか?彼その気全く無いみたいでしたよ」
北村先輩が言う。
「美里だって最初は同じだったでしょ。自分は無関係みたいな感じでさ」
竹本先輩が言う。
「でも、まずは美琴ちゃんの気持ちの確認ね。美琴ちゃんは彼の事どう思った?再会してみた感じどうだった?」
石原先輩が言う。
「そうですね……」
最初とのギャップがすごいっていうか……でも第一印象が強すぎて彼の良い所しか見えない。
でも彼の気持ちも尊重したい。「恋愛を面倒事」と思ってるならこれ以上追い回さない方がいいんじゃないか?
でも諦めろと言われてすっきりできるかどうか分からない。
そんな私の様子をみて竹本先輩は言う。
「決まりね。今週末しかけるよ!」
そう言うと、恵美先輩がスマホを操作しだす。
「いざとなったらまた力づくで行くよ!」
竹本先輩が言うと皆うなずいた。
そんなんで告白されて嬉しいのだろうか?
私は不安だった。
(5)
「最近飲み会が続くね」
「そうですね」
愛莉とバスに乗ってそう言っていた。
「今度は誰をくっつけようというの?」
「この前入った若宮さん、相手の方が見つかったからって。ほらグループに入ったでしょ涼宮さんて方」
「ああ、そういうことだったのか」
その後愛莉から粗方の事情を聞きながらバスは駅前に着き、それから歩いて焼き鳥屋さんについた。
僕達は渡辺夫妻、悠木さん、長谷部さんと同席になった。
竹本夫妻、多田夫妻、桜木さん、梅本君、若宮さん、涼宮君が一緒のテーブルだった。
咲さんから涼宮君と若宮さんの紹介があって二人が自己紹介する。
「じゃあ、今日も盛り上がっちゃいましょう」
咲さんがそう言って宴の始まり。
最初は渡辺君と仕事に就いて話をしていた。
お互い月末は忙しいらしい。
竹本夫妻の様子を偶に見ながら話をしていた。
今日は様子見だろうか?
渡辺班に様子見という言葉はないらしい。
少なくとも女性陣には無い。
カンナが遠慮なく切り込んでいた。
「……で、若宮は涼宮の事どう思ってるんだ?」
愛莉に負けず劣らず直球だな。
「一目惚れだな。まさか自分が助けられるとは思ってもみなかったから」
若宮さんはそう言った。
きっと飲んでるドリンクのせいだな。
「涼宮は若宮の事どう思ってるんだよ」
カンナは涼宮君に聞いていた。
「別にどうも思ってないですよ」
その回答はまずいぞ……。
「なんだと……?お前の事を一目惚れだって言ってる女を目の前にして、どうも思って無いとはどういう了見だ!?」
カンナの声が大きくなる。
ふと辺りを見回した。案の定美嘉さんがいない。
渡辺君を見るとハハハと笑っていた。
長谷部さんを見ると長谷部さんも似たような感じだ。ちなみに悠木さんも席を立っている。
いわゆる渡辺班のメイン火力がみな涼宮さんに向かっていた。
「待ってください。僕はまだ告白も受けてないんですよ」
その回答もNGだ……。
「じゃあ、告白されたら受けるんだな?」
カンナが追い詰めていく。
「そんな事あるわけないじゃないですか」
「若宮!言ったれ!!」
美嘉さんが言う。
「おう!涼宮!!私と付き合え!」
若宮さんも火力系だったんだね……。
「その場のノリで言われても嬉しくないですよ」
「ああ言えばこう言うめんどくさい奴だな!こういうのはノリも重要なんだよ!」
美嘉さんが言う。
「どうするの?涼宮君。まさか言わせるだけ言わせて女に恥かかせるなんて真似が通用すると思ってないでしょうね?」
「待ってください!俺はただサークルの集まりに参加しただけですよ?それがどうして出会い系みたいになってるんですか?」
涼宮君のその一言が亜依さんの気に障ったようだ。
「あんた、告白したら受けるって言いながらまだそんなしょうもない言い訳するわけ!?」
「うだうだ言ってねーで付き合えば良いんだよ!どうせ今フリーなんだろうが!?」
「つまんねーこと言ってねーでさっさと返事しやがれ!」
亜依さんと美嘉さんとカンナが言う。
また始まったな……。
「僕はまだ彼女のこと何も知らない。いきなり付き合えと言われて無理だ」
「誰だって最初は相手の事なんて知らないわよ。美琴だって涼宮君の事しらないんだよ。そんなの付き合ってから知っていけば良い!」
「あなた、本当に屁理屈が多いわね!うちの川崎といい勝負してるわ!つまんない言い訳してんじゃない!」
「涼宮は美琴の事どう思ってんだよ」
亜依さんと悠木さんとカンナが言う。
「だから、若宮さんの事はまだよく知らないからどう思ってるかって聞かれても……」
「うだうだ言ってねーで好きか嫌いかくらいはっきりしやがれ!」
「……そりゃ助けに来てくれたくらいだし良い人なのかなって」
「いいから質問に答えろ!好きなのか嫌いなのか?」
「嫌いじゃないです」
「煮え切らない返事だな!」
「いいじゃねーか神奈。嫌いじゃないなら好きって事だ!付き合ってしまえば良いんだよ!」
「それもそうだな美嘉!お前ら今日から付き合え!」
暴論だよ二人とも。
だが、この二人を止めようとするものはいなかった。
余計な怒りを買いたくない。
それぞれ別の話題で盛り上がっていた。
「渡辺君。僕の時もこんな感じだったの?」
「ははは、まあ似たようなものですね」
長谷部さんが渡辺君に聞いていた。
渡辺君も困り果ててる。
「よし、付き合うとしてまずは連絡先の交換だ」
「そんなの後でしますから」
「駄目だ!今すぐしろ!!」
カンナ達は相変わらずのようだ。
涼宮君はスマホを出して若宮さんとメッセージの交換をする。
「次はどうする美嘉?」
「そうだな……カンナ」
「何か既成事実作ったほうがいいんじゃない?この二人放っておいたら何もないまま7月まで迎えるわよ」
カンナと美嘉さんと亜依さんが相談している。
すると、若宮さんが立ち上がって涼宮君を引っ張って店を出ようとする。
抵抗する、涼宮君。
「ど、どうしたの!?若宮さん!」
「若宮さんじゃなくて美琴!」
「どうしたの美琴?」
「既成事実を作りに行く!!」
「い、意味がわからないんだけど!?」
「女に最後まで言わせるな!」
若宮君以外の人間はみんな意味を知ってしまった。
そしてその暴動を止める者はいなかった。
それを煽る者はいたけど。
「あんたやれば出来るじゃん美琴!」
「それでいいんだ美琴!きっちり決めてこい!」
「若宮!お前それでも男か!?据え膳食わぬは男の恥って言うだろ!きっちりやってこい!」
亜依さんとカンナと美嘉さんが言う。
涼宮君も意味を理解したようだ。
更に抵抗する。
「い、いきなりは無理ですよ!」
「ガタガタ言ってんじゃねーよ!」
若宮さんが恫喝する。
「おう!行ってこい美琴。報告は女子会グルで聞く」
「先輩行ってきます!ほらシャキッと歩け涼宮」
若宮さんと涼宮君が出ていった。
一仕事終えた感じの亜依さんとカンナと美嘉さんと悠木さん。
これでいいんだろうか……?
「で、悠木と長谷部はその後どうなんだ?」
カンナは次の獲物を見つけた。
「そう言えば何の報告も無いな」
美嘉さんも便乗する。
「何?まだ躾が足りないやつがいるの?」
恵美さんが言う。
「まあ、色々忙しかったから」
渡辺君が長谷部さんを庇う。
しかしそんな努力も空しく……。
「彼ったら夕食すら誘ってくれないの」
悠木さんの一言で再び炎上する。
「長谷部!こっちに来い!説教だ!」
慌てる長谷部君。渡辺君は何か事情を知ってるようだ。
そしてその事情は長谷部君自身から暴露する。
「そんな事言われてもあの夜そんな事があったなんて覚えてないんですよ!」
頭を抱える渡辺君。
女性陣全体が炎上する。
「ちょっと信じられない!よくそんな事平然といえますね!」
「長谷部君!ちょっと今のは私でもカチンときたわよ」
「長谷部!お前今日このまま帰れると思うなよ!」
花菜さんと悠木さんとカンナが言う。
男性陣は皆知らないふりをしている。
大勢の女性陣に取り囲まれる長谷部さん。
「お客様ラストオーダーの時間ですが」
店員がやってくる。
「ちっ時間か……明日仕事だしな……」
「次回は2人纏めて徹底的に調教ね」
「咲!予定決めとけよ」
「分かりました!」
カンナと恵美さんと美嘉さんと咲さんが言う。
「長谷部!逃げられると思うなよ!」
「心配しなくていいわ。引きずってでも連れてくる」
カンナと悠木さんが言ってる。
(6)
「冬夜明日は空いてるか?」
「休みだけど?」
「ちょっともう一件だけ付き合えよ」
渡辺君が言うと僕と愛莉、渡辺夫妻、悠木さんと長谷部さんは渡辺君の行きつけのスナックに行った。
それぞれ飲み物を頼むと「お疲れ~」と乾杯する。
「だから俺言いましたよ。絶対に口にするなと」
「他にいいわけが思いつかなかったんだよ」
渡辺君と長谷部さんが話をしている。
「でも長谷部さん悠木さんの事好きなんですよね?」
愛莉が聞いていた。
「そりゃ、好きですよ……ただ気づいたら同じベッドで寝てるわ、記憶はないわで混乱しちゃって」
だからそういう事言わない方がいいですよ。長谷部さん。
「……長谷部さん。こいつ片桐冬夜って言って。色んな相談に乗ってもらえるんです。この際どうすればいいか聞いてもらえばいいんじゃないですか?」
渡辺君が言う。
長谷部さんは僕を見てる。
僕を巻き込もうって事か。
「そうですね……忘れたならもう一度やり直せばいいんじゃないですか?」
僕は言った。
「どういう事?」
「ここなら悠木さんも冷静だと思うんです。もう一度自分の気持ち伝えたらどうです?大丈夫。出来レースみたいなものだ」
「なるほどな……」
渡辺君は理解したようだ。
悠木さんも平静みたいだ。
ただ静かに長谷部さんの言葉を待っている。
長谷部さんは飲み物を一気飲みすると言った。
「悠木先輩!お、俺ずっと憧れてました。出来れば俺と付き合ってもらえませんか?」
悠木さんはしばらく黙っていた。
そしてゆっくりと語りだす。
「酔いもあったとはいえ私はあなたに醜態を見せたわ。そこにあなたの憧れる悠木先輩はいた?」
あれ?外したかな。
「いえ……でも、ますます好きになりました。何て言うか素の悠木先輩を見れて嬉しかったていうか……上手く言えないけど」
「本気でそう思ってる?」
「はい!」
「なら、あなたと二人の前でだけ素の自分でいさせて。悠木先輩じゃない、沙織という一人の女性でいさせて」
「……分かりました!」
悠木さんは長谷部さんに抱きつく。
「めんどくさい女かもしれないけどよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
「……今夜空いてる?」
「……空いてます!今度は忘れないようにしますから!」
「そんなに固くならないで、今度は忘れられない夜にしてあげるから」
「じゃ、そういうことで先に失礼するわ。片桐君だっけ……ありがとうね」
二人はそう言って店を出ていった。
「助かった冬夜、ありがとな」
渡辺君が言う。
「このくらいお安い御用だよ」
「と、なると今夜の二人もまた問題になるんだろうな」
「なるだろうね」
「お互い苦労が絶えないな」
「そうだね」
愛莉と美嘉さんは二人で話しているようだ。
女子同士話したい事もあるんだろう。
二人は二人で、僕達は仕事の話とか色々話をしていた。
(7)
渡辺夫妻と別れるとバスに乗って家に帰る。
お互いシャワーを浴びてベッドに入る。
「ねえ冬夜さん」
愛莉が話しかけてきた。
「どうした?また女子グルで話があったの?」
「いえ、そういうわけでは……ただ」
ただ?
「男性の人はどうしていつもは求めて来るのにいざとなると怖気つくのだろう?って美嘉さんとお話をしていて」
「……なるほどね」
「冬夜さんの時もそうだったから、不思議に思って」
僕の時は最初の時も愛莉から求めて来たけどね。
「緊張して委縮しちゃうんじゃないかな?相手が憧れの相手であればあるほど」
大切な人であるほど。想いが強ければ強いほど。
「そういうものなんですね」
愛莉はメッセージを送っているようだ。
女子会でも話題になったんだろう。
「あ、そうだ……」
愛莉はキッチンに行くと酎ハイを二つ持ってきた。
「今週で繁忙期終わりでしたよね?」
「そうだけど」
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
愛莉と二人で飲む。
「あのもう一つお聞きしてもいいですか?」
「なんだい?」
「どうして大切な夜を男の人は忘れてしまうのですか?」
むせた。
「どうしたの急に!?」
「いえ、長谷部さんと悠木さんがそうだったみたいだから。若宮さんと涼宮さんも忘れてしまうんじゃないかってみんな不安に思ってるみたいで」
涼宮君は絶対忘れないと思うよ。色んな意味で
「長谷部さんは酔っていて記憶飛んだだけじゃないかな?」
「そうでしょうか?」
「あとは緊張してて頭が真っ白だったり」
「なるほど……」
愛莉は寂しそうな顔をしている。
「どうしたの?」
愛莉は俯いたまま言ってる。
「例えば今夜私が求めたとして冬夜さんは受け入れてくれるのか?覚えていてくれるのか?と思ってしまって」
「試してみる?」
「え?」
部屋の明りを落とすと愛莉に抱き着く
「大丈夫ですか?」
「明日は二人ともお休み。守れる?」
「……はい!」
神秘。
恐れないで。愛は真っ暗な夜の中でも君を導くのだから。
「冬夜さん、朝ですよ」
愛莉の声で目を覚ます。
「おはよう、愛莉」
毎朝の挨拶をすませると支度をする。
ダイニングに行き愛莉と会話をしながら朝食をとる。
朝食が終ると早々と家を出る。
「もう少しの辛抱らしいから」
「はい、気を付けて行ってらっしゃいませ」
愛莉に見送られ会社に向かう。
会社に着くと仕事の準備。
準備が終わる頃には始業時間になり朝礼が始まる。
簡単なミーティングが行われると業務につく。
達彦先輩から今日の仕事の説明を受けて仕事に就く。
達彦先輩は月末という事もあって巡回監査に出て事務所にいない。
その日も何事もなく業務が行われていた。
と、思いきや一本の電話が鳴る。
受付の人が電話を取る。
「お電話ありがとうございます瀬川税理士事務所でございます」
いつも通りの接客だった。
しかしなんか雲行きが怪しい……。
「ですから下田はただいま出かけておりまして。早急に折り返し連絡差し上げますので……」
なかなかしつこい相手のようだ。
受付の飯塚さんも困ってる様子。
「まただわ……」
事務の坂本さんが言った。
「なにかあったの?」
僕が話しかけた。
「下田さんの訪問先の相手大体ああなんです。大抵の人がクレームつけてくるんです」
「クレーム?」
「大体下田さんのミスなんですけどね?手続きを忘れてたり、申告漏れがあったりで納税額が高くなってるって」
下田さんコミュニケーションが苦手だからと、坂本さんは言う。
「また下田が何かやらかしたのかね?」
社長が社長室から出てきた。
「みたいですね」
坂本さんが答える。
「下田は何時頃帰ってくるんだ?」
「分かりません、連絡もつかないんです」
「分かった。私が受けよう。こっちに電話回して」
「分かりました」
そう言って社長が代わりに出る。
「ああ、いつもお世話になっております。ええ……ああそれは大変申し訳ありません」
達彦先輩が帰って来た。
「おつかれ~。……どうしたの?」
「実は山王鋼業からクレームがあって……」
「ああ、また下田か……あそこは下田には荷が重いって感じてたんだよな~」
達彦先輩が言う。
「冬夜は大丈夫だと思うけど気をつけろ。経費にできないものを平気で領収切ってくる企業なんて五万とあるからな」
達彦先輩が耳打ちした。
事業主の交通違反の反則金まで経費で落とそうとする事業主もいるらしい。
「はい、それではそういうことで。大変失礼いたしました。それではまた」
社長の電話が終わった。
社長が出て来る。
「下田はスマホにもでんのか?」
「マナーモードにしてあるみたいで……」
坂本さんが言う。
「あいつはいつもいつもどうして……」
社長が言う。
「あいつまたなんかやらかしたんすか?」
達彦先輩が聞いていた。
「何もやってないから問題なんだよ。月次監査に行ったのは良いが記帳だけして帰っていったらしい。決算の内容も説明せんかったらしいわ」
記帳して決算するだけなら経理でも雇えば良い、記帳代行でも頼めばいい。そこに+αで経営についてアドバイスするのが税理士の仕事だと社長は言う。
「あいつらしいと言えば、あいつらしいですね」
達彦先輩が言う。
その問題の下田先輩が帰って来た。
「お疲れ様です」
「下田!お前今まで何してた!」
社長が怒鳴る。
「月次監査ですけど」
「山王鋼業さんに行った時、水道光熱費を経費に計上できないとはねのけたらしいな!?」
「あそこ事務所と自宅が一体化してますよね?ちゃんと分別してないと計上できないと思ったので……」
「お前は何を勉強してきたんだ!?何割を経費に出来るかを判断するのがお前の仕事だろうが!まだあるぞ!」
例えば高級車を経費で買ったとする。どう考えても仕事に使う車じゃない。
だけど高級『セダン』だった場合、通勤・営業接待に必要として必要経費として認められる場合がある。
そのように経費をできるだけ計上して売り上げに近づけることが重要だという。
収入から必要経費その他諸々を差し引いた分が所得税の課税対象になる。
例に車をあげたのでついでに言うと車の耐用年数は新車の場合6年となる。つまり600万円の車を買っても年間100万円しか経費として認められない。
このように経費を上げたら、課税対象は0になる。だけど事業が黒字でない場合金融機関の信用を失うことになる。
そこら辺のバランスを考えて色々アドバイスするのが税理士の仕事だと言う。
他にも色々達彦先輩から指導を受けながら社長のお叱りを聞いてた。
話をただ聞いてるだけでもしょうがないので自分の仕事をこなす。
もう定時は過ぎてる。
急いで仕事を終わらせないと。
「もういい、溜まってる仕事を処理しろ」
社長の説教が終わったようだ。
「冬夜、今日の分済んだか?」
「ええ、もうすぐ終わります」
「そうか、終わったら俺のPCに送付しておいてくれ、明日の朝見るから。お先でーす」
そう言って達彦先輩が帰る。
「ああ、おつかれさん、また明日な」
社長より先に帰るのは気が引けるけど帰ることにした。
帰りは、郡山先輩と一緒だった。
「俺達の仕事は経理だけじゃない。色んな顧客の相談に乗らなきゃいけない。勉強しとけ」
「分かりました」
郡山先輩は帰っていった、
僕も愛莉に電話する。
時計は22時を回っていた。
「冬夜さん?」
「うん、今から帰るから」
「分かりました。じゃあこれから準備しますね」
「すぐ帰るから」
「はい、お待ちしております」
それからすぐに帰った。
帰ると「お疲れ様です」と愛莉が温かく迎えてくれた。
愛莉と食事をしながら今日あったことを話す。
それを楽しそうに聞いてる愛莉。
夕食を片すと愛莉が片付けて、そして風呂にお互い入って寝室に行く。
「今日もお酒は駄目ですよ。ジュースで我慢してください」
「ああ」
テレビを見ながら愛莉と過ごす。
時間になると愛莉と眠りにつく。
新しい一日に向けて休息についた。
(2)
「なあ、渡辺君ちょっとお昼休みにいいかな?」
「……いいですけど?」
俺は長谷部先輩から相談を受けた。
昼休みに食堂で話をする。
「じつは先週末飲み会があったろ?あの時さ……」
「あら?長谷部君先に来てたんだ?探したのよ」
「ゆ、悠木先輩……」
悠木先輩が弁当箱を二つ持ってきた。
悠木先輩は長谷部先輩がラーメンをすすっているのに気づく。
「あら?折角お弁当作ってもってきたのに……」
「あ、ありがとうございます。食べれるので大丈夫です」
「そう?じゃあ召し上がれ」
長谷部先輩が悠木先輩の弁当を食べる。
「どう?」
「めっちゃ美味しいです」
「よかった」
悠木先輩は満足してるようだ。
それに対して長谷部先輩の態度がぎこちない。
どうしたんだ?
長谷部先輩が弁当を食べ終える頃悠木先輩の所員専用の携帯が鳴った。
「はい、悠木ですけど……え?すぐにもどります」
悠木先輩が電話を切る。
「どうしたんですか?」
「ちょっとトラブルがあったみたい。私先に戻ってるね」
悠木先輩はそう言って席を立った。
それを見て長谷部先輩が言った。
「実は飲み会のあとずっとああなんだ」
「?」
「妙に優しいって言うかさ……飲み会終わったら気づいたら悠木先輩の家で寝てたし」
まさか……。
「長谷部先輩、ひょとしてあの夜の事覚えてないんですか?」
「女性陣になにか怒鳴りつけられてるのだけは覚えてるんだけど記憶が曖昧で」
頭を抱える長谷部先輩。
それはまずいな……、また女性陣の反感を買いかねない。
「先輩、今から何があったか教えますから。絶対に悠木先輩に聞いたら駄目ですよ」
「やっぱり僕何かやらかしたの?」
俺はあの後あったことを知ってる限りで教えた。
渡辺班のログを見るように教えた。
「……つまりやらかしたってことか?」
「多分そうなんでしょうね」
「なんてこった……」
悩む長谷部先輩。
これからどう悠木先輩と接したらいいんだと言う。
「先輩、ここは前向きに考えましょう。経緯はどうあれ悠木先輩と交際が成立したんですから」
恋人の扱い方くらいわかるだろ?
「そ、そうだな……」
「絶対に何があったかなんか聞いたら駄目ですよ。上手く口裏合わせて」
「わかってる」
「その後の心配は渡辺班に任せてください。そういうのお世話焼くのが好きな奴多いから」
それが今回のトラブルの元なんだけどな。
「任せる」
その後も先輩の相談に乗っていた。
毎日メッセージがくるとか、今度の休日県立美術館に行かないかとか……。
意外と積極的なんだな、悠木先輩。
まあ、飲み会の時からそうは気づいていたが。
「じゃあ、僕達も戻ろうか?悠木先輩のトラブルも気になる」
「そうですね」
俺達は職場に戻った。
「川崎君!あなた何回同じミスをやれば理解するの!?あなたのミスでしょ!」
「だから言ってるじゃないですか。ちゃんと説明はしたって」
「先方は届け出はしてるって言ってるし書類も提出してるじゃない」
「その書類俺は受け取ってないですよ、渡辺に任せてたし」
「そんなはずないでしょ、大体届け出があったのは渡辺君が入る前の話でしょ!」
「その後にチェックしなかったのは渡辺のミスでしょ」
川崎先輩と悠木先輩が口論してる。
周りの職員はまたか、と成り行きを見守っている。
俺の名前が挙げられていたので俺が話にまざった。
「あの、何があったんですか?」
「渡辺君!あなた先方の旦那さんの死亡届受理してる?」
悠木先輩が聞いてきた。
「その方でしたら住民票が去年変更されていたので返還請求を行いましたが?」
俺がそう言うと悠木先輩は川崎先輩を睨みつける。
「ほら、やっぱり渡辺の責任じゃないですか!?」
「問題をすり替えるないの!変更があったのは去年の話でしょ!」
「先方に何か問題があったのですか?」
悠木先輩は説明を始めた。
俺が配属されたのは生活福祉課。所謂生活保護を担当する部署。
先方も受給者だった。
だが、去年旦那さんが亡くなっていた。
当然、その分は支給額から引かれなければならない。
だが川崎先輩はその確認を怠ったまま俺が担当を引き継いだ。
俺は住民票を確認して家族構成を確認して、支給額が必要以上にあるのでその分を返納するように書類を送付した。
その結果、相手が怒鳴り込んできて「今更になって返せなんてあんた達のミスだろ!」と言った。
当時担当してた川崎先輩に問い詰めたら「今担当してるのは渡辺だ、俺は関係ない」と言い張る。
「渡辺君はちゃんと確認して返還請求をおこなっただけ!川崎君が手続きをきっちりしてたらこんな事態にはならなかった」
「それは結果論でしょ!?」
「渡辺君は自分の仕事をきっちりやってる!自分のミスを人に……しかもまだ一か月ちょいの新人に責任をかぶせるな!」
ああいえばこういう川崎先輩に腹を立てる悠木先輩。話は平行線のままだ。まあ、いつもの事なんだが……。
「……で、俺はどうすればいいんですか?」
「今の担当はあなただからあなたが交渉するしかないわね。向こうは弁護士を立ててくるだろうから私も同席するわ」
「どうなるんでしょうか?」
「向こうは払えないと言い張るでしょうね」
受給者に対して強制執行はできないという。
「大丈夫、悪い様にはしないわ。渡辺君は当然の処理をしたんだから。川崎君!あなたが責任とるんだからね!」
「何で俺なんですか!返還に応じない先方に問題が……」
「元はあなたのミスでしょ!」
午後の業務が始まると交渉は始まった。
やはり、先方はこっちの請求に応じてもらえない。
上司が話に入ってきてようやく分割で少額ずつ返還していくということで合意がついた。
この件で随分時間をとられた。
今日も残業だな。
「この仕事嫌になった?」
悠木先輩が言って来た。
「まあ、仕事なんてこんなもんだと思ってますが……」
しかしこの部署はしんどいのは確かだ。
誰が本当に困窮していて誰が不正をしているのか見抜かなければならない。
「役所仕事でもブラック部署って言われるからね。相手からも恨み買いやすい役職だし」
様々な受給者を担当してストレスで倒れていくのだと悠木先輩は言う。
「人一人の命を預かってる。受給者の話に耳を傾ける。ちゃんとを目を見て話す……そんなところかな」
「大変そうですね……」
「あんたも直に大変な目に合うわよ。担当を任せられてからが本番よ。じゃ、先に帰るわね」
「お疲れ様です」
悠木先輩は帰っていった。
公務員だから楽だと思っていたのが嘘のような生活になっている。
やはり楽な仕事なんてないな。そう思っていた。
(3)
授業を終えると電車で街まで向かう。
バイトの時間までは余裕ある。
どこで時間を潰すか考えていた。
「君、涼宮咢君?」
突然、男2人組から声をかけられた。
チャラそうな男と、坊主頭のガタイのいい男だ。
「そうですけど」
「あ、そんなに警戒しなくてもいいよ、怪しいもんじゃないからさ」
普通に警戒してた。
「何の用でしょうか?」
「君さ~若宮美琴って子聞き覚えない?」
どっかで聞いたことある名前だな。
「ほら、街で君が不良に絡まれたことあるでしょ?その時のさ……」
チャラそうな男が言う。
ああ、思い出した。
「その若宮さんがどうかしたんですか?」
「君にお礼がしたいって言ってるんだよね。あってやってくれないかな?」
「そんな時間無いので失礼します」
そう言って僕は立ち去ろうとした。
が、チャラそうな男が「ちょっと待ってよ」と僕の肩を掴む。
反射的につい手が出てしまった。
しかし坊主頭の男がその手を掴む。
「こっちも手荒な真似はしたくないっす。そういうのは無しにしようや」
坊主頭の男はそう言って笑う。この人は強い。そう直感した。
「そんなに時間とらせないからさ、どうせバイトなんでしょ?バイト先まで送っていくよ」
チャラい男が言う。
そこまでいうなら……。
「わかりました、どこまで行けば良いですか?」
「君車?」
「いえ、電車です」
「それなら俺が送るよ」
そう言って僕は怪しげな男二人に連れられて行った。
ついた先は青い鳥という名の喫茶店。
「いらっしゃいませ~」
可愛らしい女性が黒のスーツを着て接客している。
「先輩、祥子たちは?」
「今こっちに向かってるはずだよ。もうすぐ着くんじゃないかな?好きな席に座ってまっててよ。あ、君注文は?」
可愛らしい女性が注文を聞いてくる。
「コーヒーお願いします」
「かしこまりました~」
もう一人の気だるそうな女性が注文も持ってくるころ、ものすごい爆音を立てて車が止まった。
「きたみたいっすね」
坊主頭の人が言うと、カランカランとドアベルをたてて女性二人が来た。
ロングヘアの金髪のピアスを開けてる子とオレンジベージュ色のボーイッシュショートヘアにピアス……あ、あの人だ。
ショートヘアの子もこっちに気付いたようだ。
ロングヘアの子がショートヘアの子を連れて来た。
店員のちょっとおしゃれ系のセミロングの店員も一緒に来た。
「あんたが涼宮君?」
ロングヘアの子が聞いてきた。
「そうですけど」
僕が答えるとロングヘアの子が笑った。
「初めまして、私桜木祥子、隣の子若宮美琴の友達。それで……」
「私が竹本咲。渡辺班の大学生をまとめてる」
セミロングの店員さんが言う。
渡辺班、不可能な事は無いという地元大にある都市伝説レベルのグループ。
「どうも……」
「ほら、美琴。言いたい事あるんだろ?」
「この前はありがとう」
桜木さんが言うと若宮さんが言った。
「いえ、助けてもらったのは僕の方ですから……ようはそれだけですか?」
すると竹本さんが言った。
「あなたサークルは?」
「入ってません、バイト忙しいから」
「バイトをしながら遊べる素敵なグループ知ってるんだけど」
「あの、そういうの興味ないんで」
「若宮さんも一緒だよ?」
「それが何か?」
この人たちの意図は読めた。
僕と若宮さんをどうかしたい。そんな魂胆なんだろう。
でもいくら渡辺班の力が本物だったとしてもそんなの無理だ。
入会費も会費もただだという。いよいよもって胡散臭い。
だいたい僕と若宮さんが交際を始めたからといってこの人たちにどんなメリットがあるというのか?
そんな僕の顔を竹本さんはじっと見ている。
僕と目が合うと竹本さんはにこりと笑った。
「別にあなたにどうこうしようというつもりは無いわ。ただバイトして勉強だけっていう生活も退屈でしょう」
「他にやりたい事無いんだからしょうがないでしょう。面倒な事はしたくないだけです」
僕がそう言うと竹本さんは考えている。
でもその思考の解答をまっている理由は僕には無い。
「じゃあ、用件は済んだみたいだし僕はこの辺で。バイト先まで送ってくれるって約束でしたよね?」
僕はそう言って席を立つ。
「待ちなさい!」
カウンターに座っていた。女性が僕を呼び止めた。確か酒井さんて言ってたっけ。
「話を聞いてたら面倒だのやりたい事がないだの弱腰な事ばかり言って、単なるやる気がない根性なしじゃない」
「……そうですけど。それがあなた達とどう関係があるんですか?」
「まずはあなたをどうにかする必要があるようね」
酒井さんの隣に座っていた石原さんが言った。
「どうしようって言うんですか?言っとくけど僕お金そんなにないですよ」
僕は構える、この人たちも先日の胡散臭いサークルと同じ類か?
「まあ、落ち着こうや。涼宮君だっけ?バイトしてたって空いてる時間はあるっすよね?」
坊主頭の男が言った。
「俺らのグループ社会人が多いんだ。仕事理由で来ないってのもありだ。涼宮君の生活に何の支障もない」
俺もバイトしてるしな。と、坊主頭の人が言う。
「僕に何をしろって言うんですか?」
「ただグループに入ればいい、怪しい壺やアクセサリを売りつける事もないわ……あなたの好きに行動すればいい」
竹本さんが言う。
「それであなた方に何の得があるんですか?」
「何もないわ、ただの世話好きなグループだから」
「どうしても放っておいてはくれないんですか?」
「目をつけられたのが運の尽きと思って諦めるのね」
「……本当になにもしなくていいんですね?」
「いいわよ」
「わかりました。このまま平行線のまま話を続けているほうが面倒だ」
「意外と物分かりがいいのね。じゃあスマホ出して。メッセージくらいやってるでしょ?ID交換しよう?」
僕は言われた通り竹本さんとメッセージのIDを交換するとグループに招待される。
「渡辺班」というグループと「男子会」というグループ。
「ありがとう、よろしくね。じゃあ梅本君、彼を送ってあげて」
「わかりました。行こうか涼宮君」
そのあと梅本君に送ってもらうことになった。
その間に渡辺班についていろいろ聞いてみた。
「基本的に飲み会が多いね、理由をつけては飲んでる感じ。週末が多いかな。社会人多いから」
梅本君はそう言う。
「でも君ラッキーだよ。入会金ゼロ、会費は実費、上手く行けば彼女ゲットで明るい学生生活。失敗して失うものは精々飲み代くらいだ。こんな好条件のサークル他にないって」
「どうして僕が選ばれたんですか?」
「そこが幸運なんだよ、君が偶々絡まれたところを美琴ちゃんが助けにいって、美琴ちゃんが偶々祥子の友達で祥子が偶々渡辺班に入ってただけなんだから」
「その若宮さんが僕を好きだって確証はあるんですか?」
「恋愛に絶対は無いよ。今後の君の行動にかかってるだろうし」
僕はため息をついた。
つくづく僕はついてない。
あの時絡まれてなかったら、彼女を助けてなかったらこんなことにはならなかったろう。
神秘。
恐れるな、愛は真っ暗な夜の中でも君を導くのだから。
僕は何処に導かれるというのだろう。
(4)
「で、どうだった?美琴」
祥子が聞いてきた。
どうって言われても……。
「向こうにその気がないのに無理じゃないですか?」
「なるほどね……」
竹本先輩が言う。
「心配することないわ、あの手の男の対処法は心得てるから」
「この前の飲み会みたいに無理矢理言わせるんですか?」
「それは美琴次第じゃないかな?」
「私次第?」
「向こうにその気がないって言いきるって事はあなたは少なくとも彼を意識してたって事でしょ?」
竹本先輩が言う。
「まあ……そうですね」
あそこまで自分を否定されたのは初めてだ。
意識するなって方が無理な話だ。
「放っておいた方がいいんじゃないですか?彼その気全く無いみたいでしたよ」
北村先輩が言う。
「美里だって最初は同じだったでしょ。自分は無関係みたいな感じでさ」
竹本先輩が言う。
「でも、まずは美琴ちゃんの気持ちの確認ね。美琴ちゃんは彼の事どう思った?再会してみた感じどうだった?」
石原先輩が言う。
「そうですね……」
最初とのギャップがすごいっていうか……でも第一印象が強すぎて彼の良い所しか見えない。
でも彼の気持ちも尊重したい。「恋愛を面倒事」と思ってるならこれ以上追い回さない方がいいんじゃないか?
でも諦めろと言われてすっきりできるかどうか分からない。
そんな私の様子をみて竹本先輩は言う。
「決まりね。今週末しかけるよ!」
そう言うと、恵美先輩がスマホを操作しだす。
「いざとなったらまた力づくで行くよ!」
竹本先輩が言うと皆うなずいた。
そんなんで告白されて嬉しいのだろうか?
私は不安だった。
(5)
「最近飲み会が続くね」
「そうですね」
愛莉とバスに乗ってそう言っていた。
「今度は誰をくっつけようというの?」
「この前入った若宮さん、相手の方が見つかったからって。ほらグループに入ったでしょ涼宮さんて方」
「ああ、そういうことだったのか」
その後愛莉から粗方の事情を聞きながらバスは駅前に着き、それから歩いて焼き鳥屋さんについた。
僕達は渡辺夫妻、悠木さん、長谷部さんと同席になった。
竹本夫妻、多田夫妻、桜木さん、梅本君、若宮さん、涼宮君が一緒のテーブルだった。
咲さんから涼宮君と若宮さんの紹介があって二人が自己紹介する。
「じゃあ、今日も盛り上がっちゃいましょう」
咲さんがそう言って宴の始まり。
最初は渡辺君と仕事に就いて話をしていた。
お互い月末は忙しいらしい。
竹本夫妻の様子を偶に見ながら話をしていた。
今日は様子見だろうか?
渡辺班に様子見という言葉はないらしい。
少なくとも女性陣には無い。
カンナが遠慮なく切り込んでいた。
「……で、若宮は涼宮の事どう思ってるんだ?」
愛莉に負けず劣らず直球だな。
「一目惚れだな。まさか自分が助けられるとは思ってもみなかったから」
若宮さんはそう言った。
きっと飲んでるドリンクのせいだな。
「涼宮は若宮の事どう思ってるんだよ」
カンナは涼宮君に聞いていた。
「別にどうも思ってないですよ」
その回答はまずいぞ……。
「なんだと……?お前の事を一目惚れだって言ってる女を目の前にして、どうも思って無いとはどういう了見だ!?」
カンナの声が大きくなる。
ふと辺りを見回した。案の定美嘉さんがいない。
渡辺君を見るとハハハと笑っていた。
長谷部さんを見ると長谷部さんも似たような感じだ。ちなみに悠木さんも席を立っている。
いわゆる渡辺班のメイン火力がみな涼宮さんに向かっていた。
「待ってください。僕はまだ告白も受けてないんですよ」
その回答もNGだ……。
「じゃあ、告白されたら受けるんだな?」
カンナが追い詰めていく。
「そんな事あるわけないじゃないですか」
「若宮!言ったれ!!」
美嘉さんが言う。
「おう!涼宮!!私と付き合え!」
若宮さんも火力系だったんだね……。
「その場のノリで言われても嬉しくないですよ」
「ああ言えばこう言うめんどくさい奴だな!こういうのはノリも重要なんだよ!」
美嘉さんが言う。
「どうするの?涼宮君。まさか言わせるだけ言わせて女に恥かかせるなんて真似が通用すると思ってないでしょうね?」
「待ってください!俺はただサークルの集まりに参加しただけですよ?それがどうして出会い系みたいになってるんですか?」
涼宮君のその一言が亜依さんの気に障ったようだ。
「あんた、告白したら受けるって言いながらまだそんなしょうもない言い訳するわけ!?」
「うだうだ言ってねーで付き合えば良いんだよ!どうせ今フリーなんだろうが!?」
「つまんねーこと言ってねーでさっさと返事しやがれ!」
亜依さんと美嘉さんとカンナが言う。
また始まったな……。
「僕はまだ彼女のこと何も知らない。いきなり付き合えと言われて無理だ」
「誰だって最初は相手の事なんて知らないわよ。美琴だって涼宮君の事しらないんだよ。そんなの付き合ってから知っていけば良い!」
「あなた、本当に屁理屈が多いわね!うちの川崎といい勝負してるわ!つまんない言い訳してんじゃない!」
「涼宮は美琴の事どう思ってんだよ」
亜依さんと悠木さんとカンナが言う。
「だから、若宮さんの事はまだよく知らないからどう思ってるかって聞かれても……」
「うだうだ言ってねーで好きか嫌いかくらいはっきりしやがれ!」
「……そりゃ助けに来てくれたくらいだし良い人なのかなって」
「いいから質問に答えろ!好きなのか嫌いなのか?」
「嫌いじゃないです」
「煮え切らない返事だな!」
「いいじゃねーか神奈。嫌いじゃないなら好きって事だ!付き合ってしまえば良いんだよ!」
「それもそうだな美嘉!お前ら今日から付き合え!」
暴論だよ二人とも。
だが、この二人を止めようとするものはいなかった。
余計な怒りを買いたくない。
それぞれ別の話題で盛り上がっていた。
「渡辺君。僕の時もこんな感じだったの?」
「ははは、まあ似たようなものですね」
長谷部さんが渡辺君に聞いていた。
渡辺君も困り果ててる。
「よし、付き合うとしてまずは連絡先の交換だ」
「そんなの後でしますから」
「駄目だ!今すぐしろ!!」
カンナ達は相変わらずのようだ。
涼宮君はスマホを出して若宮さんとメッセージの交換をする。
「次はどうする美嘉?」
「そうだな……カンナ」
「何か既成事実作ったほうがいいんじゃない?この二人放っておいたら何もないまま7月まで迎えるわよ」
カンナと美嘉さんと亜依さんが相談している。
すると、若宮さんが立ち上がって涼宮君を引っ張って店を出ようとする。
抵抗する、涼宮君。
「ど、どうしたの!?若宮さん!」
「若宮さんじゃなくて美琴!」
「どうしたの美琴?」
「既成事実を作りに行く!!」
「い、意味がわからないんだけど!?」
「女に最後まで言わせるな!」
若宮君以外の人間はみんな意味を知ってしまった。
そしてその暴動を止める者はいなかった。
それを煽る者はいたけど。
「あんたやれば出来るじゃん美琴!」
「それでいいんだ美琴!きっちり決めてこい!」
「若宮!お前それでも男か!?据え膳食わぬは男の恥って言うだろ!きっちりやってこい!」
亜依さんとカンナと美嘉さんが言う。
涼宮君も意味を理解したようだ。
更に抵抗する。
「い、いきなりは無理ですよ!」
「ガタガタ言ってんじゃねーよ!」
若宮さんが恫喝する。
「おう!行ってこい美琴。報告は女子会グルで聞く」
「先輩行ってきます!ほらシャキッと歩け涼宮」
若宮さんと涼宮君が出ていった。
一仕事終えた感じの亜依さんとカンナと美嘉さんと悠木さん。
これでいいんだろうか……?
「で、悠木と長谷部はその後どうなんだ?」
カンナは次の獲物を見つけた。
「そう言えば何の報告も無いな」
美嘉さんも便乗する。
「何?まだ躾が足りないやつがいるの?」
恵美さんが言う。
「まあ、色々忙しかったから」
渡辺君が長谷部さんを庇う。
しかしそんな努力も空しく……。
「彼ったら夕食すら誘ってくれないの」
悠木さんの一言で再び炎上する。
「長谷部!こっちに来い!説教だ!」
慌てる長谷部君。渡辺君は何か事情を知ってるようだ。
そしてその事情は長谷部君自身から暴露する。
「そんな事言われてもあの夜そんな事があったなんて覚えてないんですよ!」
頭を抱える渡辺君。
女性陣全体が炎上する。
「ちょっと信じられない!よくそんな事平然といえますね!」
「長谷部君!ちょっと今のは私でもカチンときたわよ」
「長谷部!お前今日このまま帰れると思うなよ!」
花菜さんと悠木さんとカンナが言う。
男性陣は皆知らないふりをしている。
大勢の女性陣に取り囲まれる長谷部さん。
「お客様ラストオーダーの時間ですが」
店員がやってくる。
「ちっ時間か……明日仕事だしな……」
「次回は2人纏めて徹底的に調教ね」
「咲!予定決めとけよ」
「分かりました!」
カンナと恵美さんと美嘉さんと咲さんが言う。
「長谷部!逃げられると思うなよ!」
「心配しなくていいわ。引きずってでも連れてくる」
カンナと悠木さんが言ってる。
(6)
「冬夜明日は空いてるか?」
「休みだけど?」
「ちょっともう一件だけ付き合えよ」
渡辺君が言うと僕と愛莉、渡辺夫妻、悠木さんと長谷部さんは渡辺君の行きつけのスナックに行った。
それぞれ飲み物を頼むと「お疲れ~」と乾杯する。
「だから俺言いましたよ。絶対に口にするなと」
「他にいいわけが思いつかなかったんだよ」
渡辺君と長谷部さんが話をしている。
「でも長谷部さん悠木さんの事好きなんですよね?」
愛莉が聞いていた。
「そりゃ、好きですよ……ただ気づいたら同じベッドで寝てるわ、記憶はないわで混乱しちゃって」
だからそういう事言わない方がいいですよ。長谷部さん。
「……長谷部さん。こいつ片桐冬夜って言って。色んな相談に乗ってもらえるんです。この際どうすればいいか聞いてもらえばいいんじゃないですか?」
渡辺君が言う。
長谷部さんは僕を見てる。
僕を巻き込もうって事か。
「そうですね……忘れたならもう一度やり直せばいいんじゃないですか?」
僕は言った。
「どういう事?」
「ここなら悠木さんも冷静だと思うんです。もう一度自分の気持ち伝えたらどうです?大丈夫。出来レースみたいなものだ」
「なるほどな……」
渡辺君は理解したようだ。
悠木さんも平静みたいだ。
ただ静かに長谷部さんの言葉を待っている。
長谷部さんは飲み物を一気飲みすると言った。
「悠木先輩!お、俺ずっと憧れてました。出来れば俺と付き合ってもらえませんか?」
悠木さんはしばらく黙っていた。
そしてゆっくりと語りだす。
「酔いもあったとはいえ私はあなたに醜態を見せたわ。そこにあなたの憧れる悠木先輩はいた?」
あれ?外したかな。
「いえ……でも、ますます好きになりました。何て言うか素の悠木先輩を見れて嬉しかったていうか……上手く言えないけど」
「本気でそう思ってる?」
「はい!」
「なら、あなたと二人の前でだけ素の自分でいさせて。悠木先輩じゃない、沙織という一人の女性でいさせて」
「……分かりました!」
悠木さんは長谷部さんに抱きつく。
「めんどくさい女かもしれないけどよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
「……今夜空いてる?」
「……空いてます!今度は忘れないようにしますから!」
「そんなに固くならないで、今度は忘れられない夜にしてあげるから」
「じゃ、そういうことで先に失礼するわ。片桐君だっけ……ありがとうね」
二人はそう言って店を出ていった。
「助かった冬夜、ありがとな」
渡辺君が言う。
「このくらいお安い御用だよ」
「と、なると今夜の二人もまた問題になるんだろうな」
「なるだろうね」
「お互い苦労が絶えないな」
「そうだね」
愛莉と美嘉さんは二人で話しているようだ。
女子同士話したい事もあるんだろう。
二人は二人で、僕達は仕事の話とか色々話をしていた。
(7)
渡辺夫妻と別れるとバスに乗って家に帰る。
お互いシャワーを浴びてベッドに入る。
「ねえ冬夜さん」
愛莉が話しかけてきた。
「どうした?また女子グルで話があったの?」
「いえ、そういうわけでは……ただ」
ただ?
「男性の人はどうしていつもは求めて来るのにいざとなると怖気つくのだろう?って美嘉さんとお話をしていて」
「……なるほどね」
「冬夜さんの時もそうだったから、不思議に思って」
僕の時は最初の時も愛莉から求めて来たけどね。
「緊張して委縮しちゃうんじゃないかな?相手が憧れの相手であればあるほど」
大切な人であるほど。想いが強ければ強いほど。
「そういうものなんですね」
愛莉はメッセージを送っているようだ。
女子会でも話題になったんだろう。
「あ、そうだ……」
愛莉はキッチンに行くと酎ハイを二つ持ってきた。
「今週で繁忙期終わりでしたよね?」
「そうだけど」
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
愛莉と二人で飲む。
「あのもう一つお聞きしてもいいですか?」
「なんだい?」
「どうして大切な夜を男の人は忘れてしまうのですか?」
むせた。
「どうしたの急に!?」
「いえ、長谷部さんと悠木さんがそうだったみたいだから。若宮さんと涼宮さんも忘れてしまうんじゃないかってみんな不安に思ってるみたいで」
涼宮君は絶対忘れないと思うよ。色んな意味で
「長谷部さんは酔っていて記憶飛んだだけじゃないかな?」
「そうでしょうか?」
「あとは緊張してて頭が真っ白だったり」
「なるほど……」
愛莉は寂しそうな顔をしている。
「どうしたの?」
愛莉は俯いたまま言ってる。
「例えば今夜私が求めたとして冬夜さんは受け入れてくれるのか?覚えていてくれるのか?と思ってしまって」
「試してみる?」
「え?」
部屋の明りを落とすと愛莉に抱き着く
「大丈夫ですか?」
「明日は二人ともお休み。守れる?」
「……はい!」
神秘。
恐れないで。愛は真っ暗な夜の中でも君を導くのだから。
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