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LASTSEASON
握りしめた希望と不安
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(1)
「冬夜さん、朝ですよ。起きてください」
愛莉に起こされると顔を洗って支度をする。
着替え終えた頃にトーストが焼き上がってる。
トーストを齧りながらコーヒーを飲みリビングのテレビを見ている。
朝食を終えると出勤の時間。
「今日はまっすぐ帰ってきてくるから」
「はい」
と、行っても大体毎日まっすぐ帰ってるんだけど。
独身の人が僕くらいだから皆真っ直ぐ帰るんだろう。
「約束の時間は20時だっけ?」
「ええ、皆仕事大変みたいだから」
亜依さんや穂乃果さんはそれはもう大変らしい。
明日も仕事だから2次会はパスみたいだ。
他の人も朝までは無理らしい、疲れているんだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
愛莉に見送られ会社に行く。
会社に着くとPCの確認。
そして仕事の準備をして朝礼の時間を待つ。
朝礼が終ると業務開始。
いつも通りデータ入力の作業。
ただデータを打つだけじゃない。
不明な点があったらすぐに達彦先輩に聞く。
そして相談して不審な点があったらすぐに達彦先輩が客先に電話で質疑する。
零細企業の中には会社の資産を私物と化してる経営者も多い。
かといって、頭ごなしに否定することもできないのでやんわりと説明する。
そして昼休みにある。
「そういや冬夜、ゴルフセット買ったんだって?」
達彦先輩が聞いてきた。
「ええ、まだ打ちっぱなしに一回行っただけですが」
「今度のコンペ参加しないか?4月の祝日でも。まあうちらが接待されるようなもんだし」
仕事なら仕方ないか。
「わかりました。でもコース回ったことないんですけど」
「心配するな。HCくらいつけてくれるって」
別に勝ちたいわけじゃないんだけどな。
「おう、片桐君も来るのか?俺も行くんだ。楽しみだな」
社長が言う。
「決まりだな」
達彦先輩はにやりと笑う。
その後午後の業務に入る。
17時を回ると外回りの人が帰ってくる。
月末が近づくと月次決算がある為忙しくなってくる。
それは外回りをしていない僕も例外ではない。
前倒しでどんどん仕事を進めていく。
慌てず急げと言うやつだ。
それでもやはりやりきれない仕事が出て来るため30分とか残業することになる、
今日は時間内に終わらせないと約束がある。
必死になってやり上げた。
「お疲れ様~今日はいいぞ」
「お先です。お疲れ様でした」
まだ残ってる先輩たちを残して帰るのはやはり肩身が狭いが仕方がない。
「お前たちまだ未婚なんだろ?今のうちに彼女大切にしとけ?」
達彦先輩の言葉に甘えることにした。
事務所を出るとまっすぐ家に帰る。
週末の帰宅ラッシュに会ってどのルートを通っても渋滞にはまってしまう。
帰りついた時は18時半を過ぎていた。
「おかえりなさい、今日は遅かったですね。お忙しいんですか?」
「うん、月末は仕方ないみたい。連休明けからもっと遅くなるかも」
「大変ですね。お体気を付けてくださいね。着替えは用意してありますから」
「遅くなったろ?バスの時間が気になる。このまま行くよ」
「わかりました。では、私も準備出来てるので行きましょうか」
愛莉はそう言ってにこりと笑う。
バス停に着くと時刻表を見る。
ギリギリ間に合ったみたいだ。
バスはすぐにやってくる。
バスに乗ると少し体を休める。
「大丈夫ですか?駅前に着いたら起こしますから少し寝てた方が……」
「大丈夫だよ。ありがとう」
あ、愛莉に言っとかなきゃ。
「愛莉ごめん、4月の祝日予定が入っちゃって……」
「仕事ですか?」
まあ、半分仕事みたいなもんだけど。正直に行った方がいいよな?
「それが客先のゴルフコンペに招待されちゃって行く約束しちゃって」
「そういう事なら仕方ありませんね」
愛莉はにこりと笑う。
「そういうのも大事なお仕事です。頑張って」
「ありがとう」
「でも私も予定あるから、穂乃果の引越し手伝いに行かなくちゃ」
「ああ、そうだったね。無理するなよ」
「はい」
駅前のバス停に着くといつもの焼き鳥屋に入る。
「すいません、西松の名前で予約してるものですが」
「お待ちしておりました。エレベーターで3階にどうぞ」
3階に上がると竹本夫妻と西松夫妻それに晴斗と白鳥さん。檜山夫妻と石原夫妻、有栖さんと秋吉君、あと見慣れない7人がいた。
「お疲れさまっす。お久しぶりっす。冬夜先輩!」
相変わらずの晴斗に手を振ると今回の幹事の西松君に聞く。
「あの人達が新人?」
「ええ、紹介します」
金髪の女性が桜木祥子さん、その隣に座っているのが梅本永遠君。眼鏡をかけてる美人が小鳥遊つばめさん、その隣にいる気の弱そうな子が月見里秋空君。
「残りの3人は?」
「それは私が説明するわ」
恵美さんが言った。
茶髪のショートヘアの子が篠原美月さんでポニーテールの子が吉野香澄さん。二人でお笑いコンビ「ますたーど」としてデビューに向けて特訓中だという。そのマネージャーが大原紀維君。
また随分増えてるな……。
桜木さんと梅本君は早速険悪な雰囲気を出している。
小鳥遊さんは全く興味なし。月見里君はちょっと憧れてる……かな?
吉野さんと大原君は誰の目から見ても仲が良さそうだ。
「先輩どうぞ適当に座って待っててください」
「冬夜先輩、隣空いてるっす!」
晴斗がいうので、愛莉と一緒に晴斗達の隣に座った。
次に来たのは渡辺君。
渡辺君が僕達の隣に座る。
「元気してたか!?愛莉。とーやの奴悪さしてねーか?」
「冬夜さんはいつもまっすぐ家に帰ってきてくれるの」
嬉しそうに話す愛莉。
「どうだ冬夜、同棲生活は?」
渡辺君が聞いてきた。
「やっぱり愛莉に気を使っちゃうかな……なんでもやってしまうから」
一番は愛莉の変貌ぶりに驚かされてるけどね。
それからも続々と入ってくる。皆が入ってくるまで僕達は話をしていた。
(2)
「よし、今日の分はこれでお終いだ!急いで準備しなさい!店まで送ろう」
新條さんが言う。
「終わった~」と背伸びをしている翔ちゃん。
「翔ちゃん準備。時間無いよ」
「分かってるよ!ちょっとくらい遅れても大丈夫だって!」
翔ちゃんがそう言うと新條さんが立ち上がる。
「君にはまだ教育が必要なようだな。レディを待たせてもレディを待たせないのが紳士だということを……」
「わ、わかりました。今すぐ準備しますから!」
慌てて準備を始める翔ちゃん。
翔ちゃんの準備が済むと私達は店まで新條さんに送ってもらった。
「翔ちゃん飲み過ぎちゃだめだよ」
「僕は子供じゃないんだから!」
「でも翔ちゃん酒癖悪いから……」
「伊織も人の事言えないだろ!」
「君!君が醜態をさらしたら彼女も恥をかくという事を忘れてはいけない!」
新條さんが言うと翔ちゃんは黙ってしまった。
「でも先輩に会うの久しぶりだね」
「花見の時に会ったろ?」
「そうだね、遠坂先輩の言葉凄かった」
説得力のある言葉だった。
私もあそこまで翔ちゃんを信じることが出来るだろうか?
無理だ、私たちはまだ未熟なんだ。
きっと何年も積み重ねてきた経験の上であの境地にいたったんだろう。
あの二人の絆は誰にも切ることは出来ない。
私たちは私達のペースで歩めばいい。
あの二人を理想にして目標にして近づけばいい。
問題は翔ちゃんにその意志があるかだけど。
駅そばのコンビニの前で降ろしてもらうと店に向かう。
高槻君と千歳さんに会った。
今日は大人数が集まるらしい。
新人も大勢いるらしい。
楽しみだ。
(3)
「あ、神奈」
「亜依……大丈夫か?」
「あ、あはは。まあね……神奈は?」
「私はまだ大丈夫だけど……」
亜依の顔色が悪い。
明らかにやつれてる。
「おっす誠」
「瑛大、元気だったか!?」
「あたぼうよ!」
瑛大は相変わらずらしい。
取りあえず電車に乗る。
席が一人分空いてたので亜依に譲った。
「ありがとう、この電車終点地元だよね?ちょっと休むわ」
そう言って亜依は仮眠を取った。
私は瑛大に問い詰めた。
「おまえ、最近亜依に変わったところとか気づいた事とかないのか?」
「へ?いつも俺の寝てる時に帰ってきたり、でかけたり飯作ったり掃除してるみたいだし」
「それってお前何もしてないって事じゃないのか!?」
「でも最近小言聞かなくなったぜ。まあ、会話自体無くなったかな?すれ違いの生活ってやつ?看護師って大変みたいだな」
「え、瑛大……それやばくないか……お前最悪レベルなってるぞ」
誠でも瑛大のヤバさに気づいたらしい。
「え?やばいってなにが?」
この馬鹿には何を言っても無駄らしい。
そういや最近女子グルにも顔出さなかったな。
気になったので穂乃果に聞いてみた。
「私の亭主も似たような感じ。もう諦めてる」
今日の話題は決まったな。
瑛大は誠から現状の説明をしてもらってるらしい。
見るうちに瑛大の顔色が悪くなる。
「ま、誠。俺どうすればいい!?」
「謝るしかないだろ!他にどうするって言うんだ」
誠の頭では分からないらしい。
「か、神奈どうすればいい?」
瑛大は私に聞いてきた。
「……ただ謝ったって意味ねーよ。態度を示さないと」
「態度ってどうすればいいんだよ」
「瑛大、取りあえず静かにしてくれないか。少しでも寝たいんだよ」
亜依が言うと瑛大が黙った。
きっと穂乃果も同じような状態なんだろう。
自分の嫁さんをお母さんか何かと勘違いしてる。
「神奈は大丈夫なのか?」
誠が聞いてきた。
「私は定時だしな……亜依や穂乃果ほどじゃねーよ」
「ってこと穂乃果さんも?」
「みたいだな」
「まずいな……俺も人の事言えねーか。一週間の半分は家空けてるし」
「そう言う問題じゃねーよ。お前はましになったよ。片づけくらいはするようになったし」
「そ、そうか。それならいいんだが」
誠はホッとしてるようだ。
駅に着くと亜依を起こす。
「亜依歩けるか?」
「大丈夫」
ふらふらと歩く亜依。
「昨日何時間寝たんだ?」
「今日の時間空ける為に昨日の夜から寝てないんだ。最近残業も増えたし1日3時間寝てるくらいかな」
「よくそんなんで来る気になったな!瑛大は止めなかったのか!?」
「あの馬鹿は私が家にいる時間すら把握してないよ。それより穂乃果の方が酷いらしい。私と同程度の仕事の上に引っ越しの準備もあるから」
絶句した。そこまでしてるのに旦那はなにもしないのか?
絶対にこのままにしておけない。
今日の議題にしよう。
そう決めた。
(4)
「公生おまたせ」
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「うん」
送迎の人に送ってもらう。
「みんな元気にやってるかな?」
奈留が言う。
「心配することないんじゃない?この前の花見の時みんな元気だったそうじゃない」
「それもそっか」
奈留が笑う。
駅前で降ろしてもらう。
「では22時ごろお迎えに上がります」
「よろしく」
車が去っていくのを見送るといつもの焼き鳥屋に向かった。
「すいません、西松で予約いれてあったはずなんですけど」
「エレベーターで3階にお上がりください」
僕と奈留はエレベーターで3階に上がると咲さんと西松君が出迎えてくれた。
「君達で最後だよ。空いてる席に座って」
西松君が言うと僕達は空いてる席に座った。
僕達のテーブルには亀梨君と森園さん、三沢君と岸谷さんがいた。
「君達はどう?就職決まりそう?」
「まあ、酒井君の会社を斡旋してもらったよ」
亀梨君が言った。三沢君も同じらしい。
アーバニティの悪評が広がっているうえに太陽の騎士団の反感も買っている。
就職先なんて地元にそんなに残っていないだろう。
「まあ、よかったじゃない?とりあえず進路決まって」
「まあな」
「お客様お飲み物は」
「ウーロン茶とオレンジジュースを」
「すぐお持ちします」
そして全員に飲み物がいきわたった頃を見計らって西松君が言った。
「じゃあ、みんな揃ったみたいなのでそろそろ始めます。まず代表して渡辺先輩から一言」
渡辺君が立ち上がって一言言った。
「皆お疲れさん。見慣れない顔もいるけど来月の合宿もあることだし親睦を深めていこう。乾杯」
渡辺君の乾杯で宴は始まった
まずは一人ずつ自己紹介していく。
驚いた。
渡辺班は本格的に芸能界に進出していくらしい。
お笑い芸人希望者まで入ってる。
「今回は初の試みです。篠原さんと吉野さんの二人のお笑いコンビ『ますたーど』の漫才を……」
「そんなの二次会でいいだろ!それより皆に相談したい事がある!」
神奈さが立ち上がった。
何事だ!?
(5)
「皆に相談したい事がある!」
何事だ?
愛莉を見る。
愛莉はスマホを見せてくれた。
絶句した。いくらなんでもそれはまずいだろ。
「相談したい事ってなんだ?神奈さん。俺達で力になれることか?」
渡辺君が聞く。
皆ざわついてる。
「男共にはぜひ聞かせたい事だ!用件は亜依と穂乃果の事」
カンナは亜依さんと穂乃果さんの惨状を訴えた。
頭を抱える桐谷君と中島君。
それに西松君も申し訳なさそうな顔をしていた。
その西松君の気持ちを深雪さんが代弁する。
「2人には悪い事をしてると思ってる。病棟を持つ病院はどうしても労働条件が過酷になりがちなの。私みたいな医師でも当直で眠れない時もある」
医者って楽してるように見えて実はそうじゃないんだな。
そんな状態で手術とかしてだいじょうぶなのか?
そしてカンナは首を振る。
「過酷な職業だという事は二人だって理解してる。問題はそんな事じゃない!身を粉にして働いてる二人に対して手を差し伸べるどころか気にかけるそぶりすら見せない男共の態度についてだ」
カンナが訴える。
中島君も仕事をしてる。でも共働きという事に対して何の配慮もないのはどうなのか!?桐谷君に至っては週1科目という殆ど遊んでる状態なのに何もしないのはあまりにも酷いんじゃないかと。
「穂乃果、どうしてそれを言ってくれなかったんだ!?」
「言ったら何かしてくれるんですか?」
穂乃果さんが冷淡に言う。
中島君は何も言い返せなかった。
「それみろ」と言わんばかりの穂乃果さんの微笑。
「何考えてるんですか!?二人とも奥さんが死ぬまでほうっておくつもりだったんですか?」
花菜さんが叫ぶと次々と女性の不満が出る。
「だから恋愛なんてむだなのよ」と小鳥遊さんが言う。
渡辺君もさすがに庇いきれないようだ。
黙ったまま何も言わない。
「愛莉が花見の時言ったことはよく分かる。だが、それは愛莉とトーヤの関係だから言えるんだ!自分の彼女に女子会グルのログを見せてもらえ!トーヤはちゃんと毎週愛莉を休ませようと努力してるぞ!普段から愛莉の事気づかってるぞ!」
「私の所もそうです。共働きだけど私が残業の時は家事を手伝ってくれる。今日は外食しようって言ってくれます」
未来さんが言った。
「拓海もそうね、私が徹夜しようとすると制御してくれる。私の事を思い遣ってくれてるわ」
聡美さんが言う。
「正志だって私が苦手な家事をサポートしてくれるぞ!」
美嘉さんが怒鳴る。
「もうその話はいいよ。言ってもどうせ無駄なんだから」
亜依さんが言う。大分参ってるなこれは。
「気に入らないのはこの期に及んで何も言わない男共だ!同じ男として何ともおわねーのかよ!」
「男全員がそうじゃないって言ってるだろ。落ち着け美嘉」
渡辺君が美嘉さんを宥める。
「そうだな、まず瑛大だな。瑛大。自分の奥さんの状態を見てまずいと思わなかったのか?」
「ぜ、全然知らなかったんだ。本当だって」
桐谷君が弁明する。本当に知らなかったのが問題なんだよ。
「知らなかったってお前ぶっ飛ばされたいのか!?自分の嫁の状態も把握してなかったのか」
カンナの怒りを買う桐谷君。
「神奈が言ってくれることは嬉しいけど諦めてる。だからこういう席で気分変えられないかな?ってそれだけを希望に働いてるの。渡辺班が無かったらとっくに……」
そう言って泣き出す亜依さん。
「瑛大は今日から毎日家事を全部やる!そんくらいの気持ちで生活を改めろ」
「そう言う問題じゃないだろ渡辺!人から言われてはい、やりますじゃ。亜依は納得しないぞ!」
「私も納得いかないね!亜依の気持ちを聞いてまだ何も言わない瑛大はどうかしてるぞ正志!」
渡辺君が解決策を提案するけどそれだけじゃカンナと美嘉さんは納得いかないようだ。
「亜依の気持ちが分かるのはこの中では私だけだと思う。私もこんな人と一緒に生活しないといけないんだと思うと不安で仕方ない」
穂乃果さんが言う。
中島君は必死に穂乃果さんを宥めてる。
「冬夜さん、何かいい手ありませんか?」
愛莉が僕の腕を掴んで言う。
「如月君の生活態度にも問題あったけど桐谷君はもっと問題あったみたいね」
恵美さんも頭にきてるらしい。
どうにかしないと収まりそうにない。どうしたものか?
「もういいよ、折角の席なんだし楽しい席にしよう。新人も来てるんだしさ。ほら、西松君。出し物はじめよう?」
亜依さんが言う。
「それじゃだめでしょ?」
僕が言う。
「綺麗なところだけ見せて縁結びのグループですよってそこら辺のうさんくさいサークルと変わりない」
ありのままの姿を見せないと。一番醜い部分を見せてそれでも引き寄せ合う絆を作り出すのが渡辺班なんだから。
「じゃあ、片桐君はどうすればいいと思ってるの?言っとくけど私の相手は片桐君みたいな人じゃない、瑛大なんだよ。どう変えるのよ?」
「そうだね……」
僕は桐谷君を見る。
何か考えているようだ。
「桐谷君はどう思ってるの?」
僕は桐谷君に聞いてみた。
「ちゃんと家事はするよ」
「それだけ?」
「他に何があるんだよ?」
「……そもそも桐谷君にとって亜依さんってなんなの?」
僕は言った。
選択肢間違うなよ桐谷君。間違えたらゲームオーバーだぞ。
「……世界でたった一人の大切な妻だよ」
「妻って桐谷君にとって何なの?」
「誰よりも一番愛してる人だよ。そのくらい冬夜だって分かるだろ?」
「どうして世界で一番大切な、誰よりも愛してる妻を見てこなかったの?」
桐谷君は今まで一体何をしてたの?
「桐谷君は亜依さんの何を見てきたの?どんなに過酷な状態の中でも君にご飯を準備してくれた。部屋の整理をしてくれてる最愛の妻に対して何をしてきたの?」
「そ、それは……」
「僕は飲み会で遅くなるから先に寝てて良いと言ったのに僕が帰るまで待っていて『お帰りなさい、お疲れ様でした』と言ってくれる愛莉を誰よりも愛してる。誰よりも大事にしてる」
愛莉が少し照れてる。
「桐谷君が致命的に足りないものは反省じゃない。感謝だ。自分に尽くしてくれる最愛の妻に対する配慮だ。それを理解したら君が今やらなきゃいけないことはわかるんじゃない?」
桐谷君は少しためらっていたが皆の前で亜依さんを抱きしめる。
「今までありがとう。僕馬鹿だから気づかないことがいっぱいある。冬夜の言う通りだ。僕は亜依に頼りきりだったんだ。これからは亜依も僕を頼ってよ」
「瑛大……馬鹿。私はその一言が聞きたかったんだ。その一言でどれだけ癒されるか……」
「ありがとう」「お疲れ様」その何気ない一言がどれだけの生きる糧になるだろう。
それを与えられるのはお互いを思い遣れる最愛のパートナーだけ。
桐谷君と亜依さんは互いに抱き合ってる。
亜依さんの希望は確かなものになった。
これからは家に帰ればきっと生きる糧を……希望を与えてくれるはず。
「ここまで言えば中島君も分かってるよね?」
「ああ、穂乃果今までありがとう。これからは二人でやっていこう」
「はい……。よろしくお願いします」
「これで一件落着かな?」
渡辺君が言う。
4人とも大丈夫のようだ。
「じゃあ、西松君時間を取ったな。始めてくれ!」
渡辺君が言うと、西松君が言う。
「じゃあ、お待たせしました。『ますたーど』のお二人です」
二人の漫才を見ながら皆飲んで食べて騒いでいた。
「さすがです冬夜さん」
「ありがとう愛莉」
「でも暴飲暴食は駄目ですよ」
「え?」
「料理が遅くなるから早く解決しようとか思ってたんでしょ?」
「そ、そんなことないよ」
「いいんです、私がちゃんと見てますから」
「わかったよ」
愛莉とジョッキを合わせる。
「結局トーヤが解決するのかよ」
「ちょっと大変だったけどね」
カンナに返す。
「神奈ももう解決したことだ!こっからは盛り上がって行こうぜ!」
「そうだな、ビールじゃんじゃん持ってこい!」
美嘉さんとカンナは盛り上がっている。
とんとん。
愛莉が僕の腕をつつく。
振り返ると料理が山盛りになった取り皿が。
「とりあえずそれで我慢してくださいな」
そう言って愛莉が笑う。
亜依さんも穂乃果さんも元気を取り戻したようだ。
とはいえ、無理はさせられないけど。
そこは桐谷君と中島君が押させてくれるだろう。
愛莉と料理を食べながら漫才を見て笑っていた。
宴はこれからが本番だ。
「冬夜さん、朝ですよ。起きてください」
愛莉に起こされると顔を洗って支度をする。
着替え終えた頃にトーストが焼き上がってる。
トーストを齧りながらコーヒーを飲みリビングのテレビを見ている。
朝食を終えると出勤の時間。
「今日はまっすぐ帰ってきてくるから」
「はい」
と、行っても大体毎日まっすぐ帰ってるんだけど。
独身の人が僕くらいだから皆真っ直ぐ帰るんだろう。
「約束の時間は20時だっけ?」
「ええ、皆仕事大変みたいだから」
亜依さんや穂乃果さんはそれはもう大変らしい。
明日も仕事だから2次会はパスみたいだ。
他の人も朝までは無理らしい、疲れているんだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
愛莉に見送られ会社に行く。
会社に着くとPCの確認。
そして仕事の準備をして朝礼の時間を待つ。
朝礼が終ると業務開始。
いつも通りデータ入力の作業。
ただデータを打つだけじゃない。
不明な点があったらすぐに達彦先輩に聞く。
そして相談して不審な点があったらすぐに達彦先輩が客先に電話で質疑する。
零細企業の中には会社の資産を私物と化してる経営者も多い。
かといって、頭ごなしに否定することもできないのでやんわりと説明する。
そして昼休みにある。
「そういや冬夜、ゴルフセット買ったんだって?」
達彦先輩が聞いてきた。
「ええ、まだ打ちっぱなしに一回行っただけですが」
「今度のコンペ参加しないか?4月の祝日でも。まあうちらが接待されるようなもんだし」
仕事なら仕方ないか。
「わかりました。でもコース回ったことないんですけど」
「心配するな。HCくらいつけてくれるって」
別に勝ちたいわけじゃないんだけどな。
「おう、片桐君も来るのか?俺も行くんだ。楽しみだな」
社長が言う。
「決まりだな」
達彦先輩はにやりと笑う。
その後午後の業務に入る。
17時を回ると外回りの人が帰ってくる。
月末が近づくと月次決算がある為忙しくなってくる。
それは外回りをしていない僕も例外ではない。
前倒しでどんどん仕事を進めていく。
慌てず急げと言うやつだ。
それでもやはりやりきれない仕事が出て来るため30分とか残業することになる、
今日は時間内に終わらせないと約束がある。
必死になってやり上げた。
「お疲れ様~今日はいいぞ」
「お先です。お疲れ様でした」
まだ残ってる先輩たちを残して帰るのはやはり肩身が狭いが仕方がない。
「お前たちまだ未婚なんだろ?今のうちに彼女大切にしとけ?」
達彦先輩の言葉に甘えることにした。
事務所を出るとまっすぐ家に帰る。
週末の帰宅ラッシュに会ってどのルートを通っても渋滞にはまってしまう。
帰りついた時は18時半を過ぎていた。
「おかえりなさい、今日は遅かったですね。お忙しいんですか?」
「うん、月末は仕方ないみたい。連休明けからもっと遅くなるかも」
「大変ですね。お体気を付けてくださいね。着替えは用意してありますから」
「遅くなったろ?バスの時間が気になる。このまま行くよ」
「わかりました。では、私も準備出来てるので行きましょうか」
愛莉はそう言ってにこりと笑う。
バス停に着くと時刻表を見る。
ギリギリ間に合ったみたいだ。
バスはすぐにやってくる。
バスに乗ると少し体を休める。
「大丈夫ですか?駅前に着いたら起こしますから少し寝てた方が……」
「大丈夫だよ。ありがとう」
あ、愛莉に言っとかなきゃ。
「愛莉ごめん、4月の祝日予定が入っちゃって……」
「仕事ですか?」
まあ、半分仕事みたいなもんだけど。正直に行った方がいいよな?
「それが客先のゴルフコンペに招待されちゃって行く約束しちゃって」
「そういう事なら仕方ありませんね」
愛莉はにこりと笑う。
「そういうのも大事なお仕事です。頑張って」
「ありがとう」
「でも私も予定あるから、穂乃果の引越し手伝いに行かなくちゃ」
「ああ、そうだったね。無理するなよ」
「はい」
駅前のバス停に着くといつもの焼き鳥屋に入る。
「すいません、西松の名前で予約してるものですが」
「お待ちしておりました。エレベーターで3階にどうぞ」
3階に上がると竹本夫妻と西松夫妻それに晴斗と白鳥さん。檜山夫妻と石原夫妻、有栖さんと秋吉君、あと見慣れない7人がいた。
「お疲れさまっす。お久しぶりっす。冬夜先輩!」
相変わらずの晴斗に手を振ると今回の幹事の西松君に聞く。
「あの人達が新人?」
「ええ、紹介します」
金髪の女性が桜木祥子さん、その隣に座っているのが梅本永遠君。眼鏡をかけてる美人が小鳥遊つばめさん、その隣にいる気の弱そうな子が月見里秋空君。
「残りの3人は?」
「それは私が説明するわ」
恵美さんが言った。
茶髪のショートヘアの子が篠原美月さんでポニーテールの子が吉野香澄さん。二人でお笑いコンビ「ますたーど」としてデビューに向けて特訓中だという。そのマネージャーが大原紀維君。
また随分増えてるな……。
桜木さんと梅本君は早速険悪な雰囲気を出している。
小鳥遊さんは全く興味なし。月見里君はちょっと憧れてる……かな?
吉野さんと大原君は誰の目から見ても仲が良さそうだ。
「先輩どうぞ適当に座って待っててください」
「冬夜先輩、隣空いてるっす!」
晴斗がいうので、愛莉と一緒に晴斗達の隣に座った。
次に来たのは渡辺君。
渡辺君が僕達の隣に座る。
「元気してたか!?愛莉。とーやの奴悪さしてねーか?」
「冬夜さんはいつもまっすぐ家に帰ってきてくれるの」
嬉しそうに話す愛莉。
「どうだ冬夜、同棲生活は?」
渡辺君が聞いてきた。
「やっぱり愛莉に気を使っちゃうかな……なんでもやってしまうから」
一番は愛莉の変貌ぶりに驚かされてるけどね。
それからも続々と入ってくる。皆が入ってくるまで僕達は話をしていた。
(2)
「よし、今日の分はこれでお終いだ!急いで準備しなさい!店まで送ろう」
新條さんが言う。
「終わった~」と背伸びをしている翔ちゃん。
「翔ちゃん準備。時間無いよ」
「分かってるよ!ちょっとくらい遅れても大丈夫だって!」
翔ちゃんがそう言うと新條さんが立ち上がる。
「君にはまだ教育が必要なようだな。レディを待たせてもレディを待たせないのが紳士だということを……」
「わ、わかりました。今すぐ準備しますから!」
慌てて準備を始める翔ちゃん。
翔ちゃんの準備が済むと私達は店まで新條さんに送ってもらった。
「翔ちゃん飲み過ぎちゃだめだよ」
「僕は子供じゃないんだから!」
「でも翔ちゃん酒癖悪いから……」
「伊織も人の事言えないだろ!」
「君!君が醜態をさらしたら彼女も恥をかくという事を忘れてはいけない!」
新條さんが言うと翔ちゃんは黙ってしまった。
「でも先輩に会うの久しぶりだね」
「花見の時に会ったろ?」
「そうだね、遠坂先輩の言葉凄かった」
説得力のある言葉だった。
私もあそこまで翔ちゃんを信じることが出来るだろうか?
無理だ、私たちはまだ未熟なんだ。
きっと何年も積み重ねてきた経験の上であの境地にいたったんだろう。
あの二人の絆は誰にも切ることは出来ない。
私たちは私達のペースで歩めばいい。
あの二人を理想にして目標にして近づけばいい。
問題は翔ちゃんにその意志があるかだけど。
駅そばのコンビニの前で降ろしてもらうと店に向かう。
高槻君と千歳さんに会った。
今日は大人数が集まるらしい。
新人も大勢いるらしい。
楽しみだ。
(3)
「あ、神奈」
「亜依……大丈夫か?」
「あ、あはは。まあね……神奈は?」
「私はまだ大丈夫だけど……」
亜依の顔色が悪い。
明らかにやつれてる。
「おっす誠」
「瑛大、元気だったか!?」
「あたぼうよ!」
瑛大は相変わらずらしい。
取りあえず電車に乗る。
席が一人分空いてたので亜依に譲った。
「ありがとう、この電車終点地元だよね?ちょっと休むわ」
そう言って亜依は仮眠を取った。
私は瑛大に問い詰めた。
「おまえ、最近亜依に変わったところとか気づいた事とかないのか?」
「へ?いつも俺の寝てる時に帰ってきたり、でかけたり飯作ったり掃除してるみたいだし」
「それってお前何もしてないって事じゃないのか!?」
「でも最近小言聞かなくなったぜ。まあ、会話自体無くなったかな?すれ違いの生活ってやつ?看護師って大変みたいだな」
「え、瑛大……それやばくないか……お前最悪レベルなってるぞ」
誠でも瑛大のヤバさに気づいたらしい。
「え?やばいってなにが?」
この馬鹿には何を言っても無駄らしい。
そういや最近女子グルにも顔出さなかったな。
気になったので穂乃果に聞いてみた。
「私の亭主も似たような感じ。もう諦めてる」
今日の話題は決まったな。
瑛大は誠から現状の説明をしてもらってるらしい。
見るうちに瑛大の顔色が悪くなる。
「ま、誠。俺どうすればいい!?」
「謝るしかないだろ!他にどうするって言うんだ」
誠の頭では分からないらしい。
「か、神奈どうすればいい?」
瑛大は私に聞いてきた。
「……ただ謝ったって意味ねーよ。態度を示さないと」
「態度ってどうすればいいんだよ」
「瑛大、取りあえず静かにしてくれないか。少しでも寝たいんだよ」
亜依が言うと瑛大が黙った。
きっと穂乃果も同じような状態なんだろう。
自分の嫁さんをお母さんか何かと勘違いしてる。
「神奈は大丈夫なのか?」
誠が聞いてきた。
「私は定時だしな……亜依や穂乃果ほどじゃねーよ」
「ってこと穂乃果さんも?」
「みたいだな」
「まずいな……俺も人の事言えねーか。一週間の半分は家空けてるし」
「そう言う問題じゃねーよ。お前はましになったよ。片づけくらいはするようになったし」
「そ、そうか。それならいいんだが」
誠はホッとしてるようだ。
駅に着くと亜依を起こす。
「亜依歩けるか?」
「大丈夫」
ふらふらと歩く亜依。
「昨日何時間寝たんだ?」
「今日の時間空ける為に昨日の夜から寝てないんだ。最近残業も増えたし1日3時間寝てるくらいかな」
「よくそんなんで来る気になったな!瑛大は止めなかったのか!?」
「あの馬鹿は私が家にいる時間すら把握してないよ。それより穂乃果の方が酷いらしい。私と同程度の仕事の上に引っ越しの準備もあるから」
絶句した。そこまでしてるのに旦那はなにもしないのか?
絶対にこのままにしておけない。
今日の議題にしよう。
そう決めた。
(4)
「公生おまたせ」
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「うん」
送迎の人に送ってもらう。
「みんな元気にやってるかな?」
奈留が言う。
「心配することないんじゃない?この前の花見の時みんな元気だったそうじゃない」
「それもそっか」
奈留が笑う。
駅前で降ろしてもらう。
「では22時ごろお迎えに上がります」
「よろしく」
車が去っていくのを見送るといつもの焼き鳥屋に向かった。
「すいません、西松で予約いれてあったはずなんですけど」
「エレベーターで3階にお上がりください」
僕と奈留はエレベーターで3階に上がると咲さんと西松君が出迎えてくれた。
「君達で最後だよ。空いてる席に座って」
西松君が言うと僕達は空いてる席に座った。
僕達のテーブルには亀梨君と森園さん、三沢君と岸谷さんがいた。
「君達はどう?就職決まりそう?」
「まあ、酒井君の会社を斡旋してもらったよ」
亀梨君が言った。三沢君も同じらしい。
アーバニティの悪評が広がっているうえに太陽の騎士団の反感も買っている。
就職先なんて地元にそんなに残っていないだろう。
「まあ、よかったじゃない?とりあえず進路決まって」
「まあな」
「お客様お飲み物は」
「ウーロン茶とオレンジジュースを」
「すぐお持ちします」
そして全員に飲み物がいきわたった頃を見計らって西松君が言った。
「じゃあ、みんな揃ったみたいなのでそろそろ始めます。まず代表して渡辺先輩から一言」
渡辺君が立ち上がって一言言った。
「皆お疲れさん。見慣れない顔もいるけど来月の合宿もあることだし親睦を深めていこう。乾杯」
渡辺君の乾杯で宴は始まった
まずは一人ずつ自己紹介していく。
驚いた。
渡辺班は本格的に芸能界に進出していくらしい。
お笑い芸人希望者まで入ってる。
「今回は初の試みです。篠原さんと吉野さんの二人のお笑いコンビ『ますたーど』の漫才を……」
「そんなの二次会でいいだろ!それより皆に相談したい事がある!」
神奈さが立ち上がった。
何事だ!?
(5)
「皆に相談したい事がある!」
何事だ?
愛莉を見る。
愛莉はスマホを見せてくれた。
絶句した。いくらなんでもそれはまずいだろ。
「相談したい事ってなんだ?神奈さん。俺達で力になれることか?」
渡辺君が聞く。
皆ざわついてる。
「男共にはぜひ聞かせたい事だ!用件は亜依と穂乃果の事」
カンナは亜依さんと穂乃果さんの惨状を訴えた。
頭を抱える桐谷君と中島君。
それに西松君も申し訳なさそうな顔をしていた。
その西松君の気持ちを深雪さんが代弁する。
「2人には悪い事をしてると思ってる。病棟を持つ病院はどうしても労働条件が過酷になりがちなの。私みたいな医師でも当直で眠れない時もある」
医者って楽してるように見えて実はそうじゃないんだな。
そんな状態で手術とかしてだいじょうぶなのか?
そしてカンナは首を振る。
「過酷な職業だという事は二人だって理解してる。問題はそんな事じゃない!身を粉にして働いてる二人に対して手を差し伸べるどころか気にかけるそぶりすら見せない男共の態度についてだ」
カンナが訴える。
中島君も仕事をしてる。でも共働きという事に対して何の配慮もないのはどうなのか!?桐谷君に至っては週1科目という殆ど遊んでる状態なのに何もしないのはあまりにも酷いんじゃないかと。
「穂乃果、どうしてそれを言ってくれなかったんだ!?」
「言ったら何かしてくれるんですか?」
穂乃果さんが冷淡に言う。
中島君は何も言い返せなかった。
「それみろ」と言わんばかりの穂乃果さんの微笑。
「何考えてるんですか!?二人とも奥さんが死ぬまでほうっておくつもりだったんですか?」
花菜さんが叫ぶと次々と女性の不満が出る。
「だから恋愛なんてむだなのよ」と小鳥遊さんが言う。
渡辺君もさすがに庇いきれないようだ。
黙ったまま何も言わない。
「愛莉が花見の時言ったことはよく分かる。だが、それは愛莉とトーヤの関係だから言えるんだ!自分の彼女に女子会グルのログを見せてもらえ!トーヤはちゃんと毎週愛莉を休ませようと努力してるぞ!普段から愛莉の事気づかってるぞ!」
「私の所もそうです。共働きだけど私が残業の時は家事を手伝ってくれる。今日は外食しようって言ってくれます」
未来さんが言った。
「拓海もそうね、私が徹夜しようとすると制御してくれる。私の事を思い遣ってくれてるわ」
聡美さんが言う。
「正志だって私が苦手な家事をサポートしてくれるぞ!」
美嘉さんが怒鳴る。
「もうその話はいいよ。言ってもどうせ無駄なんだから」
亜依さんが言う。大分参ってるなこれは。
「気に入らないのはこの期に及んで何も言わない男共だ!同じ男として何ともおわねーのかよ!」
「男全員がそうじゃないって言ってるだろ。落ち着け美嘉」
渡辺君が美嘉さんを宥める。
「そうだな、まず瑛大だな。瑛大。自分の奥さんの状態を見てまずいと思わなかったのか?」
「ぜ、全然知らなかったんだ。本当だって」
桐谷君が弁明する。本当に知らなかったのが問題なんだよ。
「知らなかったってお前ぶっ飛ばされたいのか!?自分の嫁の状態も把握してなかったのか」
カンナの怒りを買う桐谷君。
「神奈が言ってくれることは嬉しいけど諦めてる。だからこういう席で気分変えられないかな?ってそれだけを希望に働いてるの。渡辺班が無かったらとっくに……」
そう言って泣き出す亜依さん。
「瑛大は今日から毎日家事を全部やる!そんくらいの気持ちで生活を改めろ」
「そう言う問題じゃないだろ渡辺!人から言われてはい、やりますじゃ。亜依は納得しないぞ!」
「私も納得いかないね!亜依の気持ちを聞いてまだ何も言わない瑛大はどうかしてるぞ正志!」
渡辺君が解決策を提案するけどそれだけじゃカンナと美嘉さんは納得いかないようだ。
「亜依の気持ちが分かるのはこの中では私だけだと思う。私もこんな人と一緒に生活しないといけないんだと思うと不安で仕方ない」
穂乃果さんが言う。
中島君は必死に穂乃果さんを宥めてる。
「冬夜さん、何かいい手ありませんか?」
愛莉が僕の腕を掴んで言う。
「如月君の生活態度にも問題あったけど桐谷君はもっと問題あったみたいね」
恵美さんも頭にきてるらしい。
どうにかしないと収まりそうにない。どうしたものか?
「もういいよ、折角の席なんだし楽しい席にしよう。新人も来てるんだしさ。ほら、西松君。出し物はじめよう?」
亜依さんが言う。
「それじゃだめでしょ?」
僕が言う。
「綺麗なところだけ見せて縁結びのグループですよってそこら辺のうさんくさいサークルと変わりない」
ありのままの姿を見せないと。一番醜い部分を見せてそれでも引き寄せ合う絆を作り出すのが渡辺班なんだから。
「じゃあ、片桐君はどうすればいいと思ってるの?言っとくけど私の相手は片桐君みたいな人じゃない、瑛大なんだよ。どう変えるのよ?」
「そうだね……」
僕は桐谷君を見る。
何か考えているようだ。
「桐谷君はどう思ってるの?」
僕は桐谷君に聞いてみた。
「ちゃんと家事はするよ」
「それだけ?」
「他に何があるんだよ?」
「……そもそも桐谷君にとって亜依さんってなんなの?」
僕は言った。
選択肢間違うなよ桐谷君。間違えたらゲームオーバーだぞ。
「……世界でたった一人の大切な妻だよ」
「妻って桐谷君にとって何なの?」
「誰よりも一番愛してる人だよ。そのくらい冬夜だって分かるだろ?」
「どうして世界で一番大切な、誰よりも愛してる妻を見てこなかったの?」
桐谷君は今まで一体何をしてたの?
「桐谷君は亜依さんの何を見てきたの?どんなに過酷な状態の中でも君にご飯を準備してくれた。部屋の整理をしてくれてる最愛の妻に対して何をしてきたの?」
「そ、それは……」
「僕は飲み会で遅くなるから先に寝てて良いと言ったのに僕が帰るまで待っていて『お帰りなさい、お疲れ様でした』と言ってくれる愛莉を誰よりも愛してる。誰よりも大事にしてる」
愛莉が少し照れてる。
「桐谷君が致命的に足りないものは反省じゃない。感謝だ。自分に尽くしてくれる最愛の妻に対する配慮だ。それを理解したら君が今やらなきゃいけないことはわかるんじゃない?」
桐谷君は少しためらっていたが皆の前で亜依さんを抱きしめる。
「今までありがとう。僕馬鹿だから気づかないことがいっぱいある。冬夜の言う通りだ。僕は亜依に頼りきりだったんだ。これからは亜依も僕を頼ってよ」
「瑛大……馬鹿。私はその一言が聞きたかったんだ。その一言でどれだけ癒されるか……」
「ありがとう」「お疲れ様」その何気ない一言がどれだけの生きる糧になるだろう。
それを与えられるのはお互いを思い遣れる最愛のパートナーだけ。
桐谷君と亜依さんは互いに抱き合ってる。
亜依さんの希望は確かなものになった。
これからは家に帰ればきっと生きる糧を……希望を与えてくれるはず。
「ここまで言えば中島君も分かってるよね?」
「ああ、穂乃果今までありがとう。これからは二人でやっていこう」
「はい……。よろしくお願いします」
「これで一件落着かな?」
渡辺君が言う。
4人とも大丈夫のようだ。
「じゃあ、西松君時間を取ったな。始めてくれ!」
渡辺君が言うと、西松君が言う。
「じゃあ、お待たせしました。『ますたーど』のお二人です」
二人の漫才を見ながら皆飲んで食べて騒いでいた。
「さすがです冬夜さん」
「ありがとう愛莉」
「でも暴飲暴食は駄目ですよ」
「え?」
「料理が遅くなるから早く解決しようとか思ってたんでしょ?」
「そ、そんなことないよ」
「いいんです、私がちゃんと見てますから」
「わかったよ」
愛莉とジョッキを合わせる。
「結局トーヤが解決するのかよ」
「ちょっと大変だったけどね」
カンナに返す。
「神奈ももう解決したことだ!こっからは盛り上がって行こうぜ!」
「そうだな、ビールじゃんじゃん持ってこい!」
美嘉さんとカンナは盛り上がっている。
とんとん。
愛莉が僕の腕をつつく。
振り返ると料理が山盛りになった取り皿が。
「とりあえずそれで我慢してくださいな」
そう言って愛莉が笑う。
亜依さんも穂乃果さんも元気を取り戻したようだ。
とはいえ、無理はさせられないけど。
そこは桐谷君と中島君が押させてくれるだろう。
愛莉と料理を食べながら漫才を見て笑っていた。
宴はこれからが本番だ。
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