優等生と劣等生

和希

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5thSEASON

楽園の名は「奈落」

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(1)

「冬夜さん時間だよ~」

愛莉に起こされると急いで準備をする。
朝食はコンビニで買っていく。
電車に乗ると4時間近くの特急で札幌を目指す。
その後旭川行きの特急にのって旭川を経由して稚内行きの特急に乗る。
昼食は札幌駅に着いた時に駅弁でも買えばいいだろう?
計9時間ちょっとの長旅。
初めてみる景色に見とれていた。

「素敵な場所だね」

愛莉が言う。

「そうだな」
「冬夜さんの頭の中は駅弁の事で一杯なんでしょう?」
「まあね、悩んでる。三大蟹味比べ弁当と石狩鮭めし」

どっちとも捨てがたい。
すると愛莉は笑う。

「何のために私がいるの?両方買えば良いじゃない。食べ比べしよっ」
「いいの?」
「どうせ一人前食べきれないから冬夜さんが食べてくれたら嬉しい」

愛莉が呼び方を変えた時から感じていたこと。
前よりも優しくなった。
前よりも愛おしく思える。
僕の全てを受け入れてくれるような、包み込んでくれるような。

「どうしたの、冬夜さん」
「いや、愛莉変わったなと思って」
「ほえ?」
「なんか女性らしくなったって言うか……」
「ありがとう」

愛莉はそう言って微笑む。
札幌駅に着いた。
弁当を買う時間はある。
弁当を買って電車に乗る。
旭川までは1時間ちょい。乗り換え時間が10分ちょっとしかないから諦める。
それから稚内まで4時間近くの長旅。
いつもと違う景色を見るのは本当に感動もので、見せられる。
愛莉は本を読んでいる。
そんな愛莉も朝早かったせいか、退屈してきたのかこっくりと首をうなだれだす。
愛莉に。肩を使っていいよと言うとありがとうと言って肩の上に頭を乗せると眠りだす。
愛莉を肩に乗せ僕らは北の最果てに向かっていた。

(2)

「亜依ちゃん、大丈夫?」
「体調は大丈夫。一晩休んだら治ったわ」
「あんまり無理しちゃだめよ」
「ありがとう恵美」

大丈夫じゃないこともあるけど。

「それにしても桐谷君は放っておけないわね」

晶が言った。
あの馬鹿は確かに重症だ。
まさかあそこまで堕ちてるとは思ってなかった。
今日は朝からバイトに出てる。
早く借金を返したいのだろう。
朝も自分で起きて、準備して出かけて行った。

「今日はゆっくり休みなよ」と言い残して。

いっその事財布を管理したら?
そんな意見もあった。
次やったらそのつもりでいる。
お金も現金を家には残して置けない。
口座に入れておく必要がある。
女子会グルは炎上していた。
原因は瑛大。
もちろん、渡辺班のグループも炎上していた。
男性陣は何も言わない。

「まさかあなた達もやってるんでないでしょうね?」

晶が言うと皆やってないと言った。
多田君ですら否定した。
そこまで落ちぶれてはいないと。

「亜依はそれで許したの?」

花菜が聞いてきた。

「まあ、初犯だしね」
「依存症になってるかもしれないよ?」

大事なお金に手を付けるって事はその可能性がある。
穂乃果も心配している。

酒、女、車、ギャンブル。

本当にどうしようもない男。
そんなあいつを簡単に許してしまう私もどうかしてる。
そんな私があいつを墜としてるんじゃないのか?
そうも考えた。
でもそんな馬鹿でも一時的にとは言え反省してるあいつを見ると信じて見たくなる私がいる。
それでもあいつを縛る何かが必要だ。
24時間見張っているわけには行かない。
何か良い手立てはないものか?
バイトであいつに構ってやれない私にも問題がある。
そうも考えた。
あいつの息抜きを作ってやらないと。
スマホが鳴る。
瑛大からだ。

「体調大丈夫?もうじき帰るから」

そんな内容のメッセージだった。
今日は何回もあいつからメッセージが来る。
今なにしてる。
体調は?
そんな内容だった。
そんな献身的なあいつを見ていると愛おしく見えてしまう。
そんな楽園に浸っていると見える先は奈落の底。
楽園と言うのは奈落なのかもしれない。

歪んだ恋心のままに求めあい理想の収穫を待ち望みながらも、多大な犠牲を盲目のうちに払い続けついには星屑にも手を伸ばす。
挟みこまれた楽園に惑わされずに素直に落ちればそこは奈落。
どこからきて何処へ逝くの?
全ては誰の幻想?
差し出された手に気づかないまま堕ちてゆく、
楽園は倦まれ、楽園は悼み、楽園は望みの果て。
安らぎの眠りを求め、笑顔で堕ちてゆく。
退廃へと至る幻想、背徳を紡ぎ続ける恋物語。
悼みを抱くために生まれてくる哀しみ。
幾度となく開かれる扉。
その楽園の名は奈落。
私は泣いている。
それは気のせい?
もうそう言うところじゃない。きっと気のせい。
楽園で泣くはずない。
だって楽園だから。
でも何処かで泣いている。
哀しみも苦しみもない世界で泣いている。
幸せが満ち溢れる世界こそが楽園。
だって楽園だから。
でも本当は知っている、楽園の正体は……。

堕ちるところまで堕ちた先が楽園。
その正体は奈落。

「亜依はこれから桐谷君をどうするつもりなの?」

穂乃果が聞いてきた。
どうしたものか……。
今一度信じてみる?

楽園は生まれ、楽園は痛み、楽園は望みの果て。

どんな、ダメな男でもわずかな望みを賭けて信じるしかない。
それが結婚と言う事。
結婚生活と言う楽園の正体は奈落。
あの二人もその事を知っているのだろうか?

「今一度信じてみるしかないのかもね、私たちに選択肢はない」

私の心からの訴えは瑛大に届いたはず、響いたはず。
今度こそ瑛大は生まれ変わった。
その楽園に届くまで奈落へと堕ちて行ったとしても。
結婚は人生の墓場か……。

「穂乃果だって気づいてるはずでしょ?私たちに選択肢がない事」
「そうですね、相手を想う気持ちがあればこそ相手を墜としていくのかもしれない」
「結婚て大変そうですね」

美里が言った。

「そうだね、僅かな幸せを得るために多大な犠牲を払う」

それは結婚していなくても一緒。
傷つけあい、ひび割れながら一緒に転がっていく。
でも希望もある。
少しずつ光射す方へ転がっていく。
何度も何度もぶつかり合いながら。
お互いに思う気持ちがあればきっと届くから。

その時スマホが鳴った。

「今から帰るよ」

時計を見る、もうこんな時間か。

「悪い、私そろそろ帰るわ。夕飯仕度しないと」
「そうね、そろそろ帰ろうかしら」
「私も帰ります」

私が言うと、恵美も花菜もそう言う。

「ありがとうございました」

美里の声を背に私たちは現実へと向かう。
幾度となく繰り返される問い掛け、尽きることのない楽園への興味をしめしながら。
私達は幾度も堕ちていく。

(3)

「それじゃ先輩たちお疲れ様でした!」

3年生の誰かが言うと宴の始まり。

「佐(たすく)お疲れ様」

この日ばかりは桜子も優しい。
今日は男バスの引退試合。
俺達の圧勝で終わった。
しかし問題は、来年度から。
主力が全員抜ける来年度から。

「心配しないでください。俺達が必ず春季大会3連覇……そして一部リーグ入りを果たして見せます!」

意気込む3年生達。
センターには翔がいる。
翔を中心とした戦術がすでに構築されている。
女バスも心配はしてないらしい。
すでに九州での強豪チームとして君臨する。女バス。
その女バスと張りあえているんだ。
問題はないだろう。

「先輩は社会人になってもバスケ続けるんですよね?」

翔が聞いてきた。

「ああ、そのつもりで就職先を決めたよ」

これからもバスケを続けられる喜び。

「それよりもお前千歳とは上手く言ってるのか?」

翔に聞いてみた。

「ええ、お陰様で」
「千歳にも来年みっちり指導しないとね。私はあと一年で卒業だから」

桜子が言う。
そうは言え千歳も理解が早い。
もうすでに桜子のサポートくらいはできてる。
バスケについても大分把握している。

「また口うるさいマネージャーの誕生か」

俺はそう言ってビールを飲む。

「ちょっと佐どういう意味!?」
「そのまんまの意味だよ」
「本当仲いいっすね、二人は」

蒼汰の目にはそう見えてるらしい。

「お前は村川の相手しなくていいのか?」
「女性陣でもりあがってるから邪魔しないようにこっちにきたっす」
「でも最後の試合くらい冬夜に出て欲しかったな」

恭太が言う。

「そうっすね。公式戦じゃないんだし」
「僅かでもバスケに復帰する可能性がある。そう言うのを潰したかったんでしょうね。監督は」

桜子が言う。
それが冬夜の為なんだという。
冬夜は自分の望みを叶えるとあっさりとバスケから身を引いた。
未練はなかったらしい。
本気でバスケに取り組みだした時から考えていた事だから。
冬夜は五輪の決勝で感じたことを達成感と表現した。
世界の頂点を見て来た。
一握りだけの人間が見ることを許される世界。
それを見て満足したのだろう。
今でもスポンサーがついてるらしい。
けどその契約も今年で終わる。
それから先は正真正銘ただの一般人だ。
それが冬夜の望んだ事なら誰も止めない。
一次会が終ると俺達は帰ることにした。

「せっかくだから残りましょうよ」

蒼汰が言う。

「悪いけどこれから桜子とお楽しみなんだ」
「な、何言ってるんですか!佐」
「そう言う事なら仕方ないっすね」

蒼汰はそう言うと皆に「それじゃ、こっちっす!」と言って夜の町に消えて行った。

「藤間先輩は最後まで変わりませんね」
「プレイの時は性格変わるけどな」
「そうですね」

桜子はそう言って笑う。

「なあ?俺来月から働くんだ」
「知ってますよ?それがどうかしたんですか?」
「それなりの月収もある。桜子一人くらい養える」
「……佐?」
「連休明けでもいいから引越し考えようと思ってる。もちろん桜子も一緒に……」
「……口うるさいマネージャーが一緒で良ければ」

そう言って桜子は笑う。

「来週末の卒業旅行、桜子も来るんだろ?」
「それなんですけど私も一緒でいいんですか?卒業生だけで行くんですよね?」
「周りがカップルだらけで俺だけ一人何て残酷なことをさせるのか桜子は?」
「そういうことなんですね」

桜子の車は俺のアパートの駐車場に車を止める。

「佐も免許もてばいいのに?」
「持ってるよ?」
「じゃあ、何で車を買わないの?」
「バスケ漬けで車を買う金がなかったんだよ」
「なるほど……言っとくけど」
「スポーツカーは駄目だ。そう言いたいんだろ?」
「事故で一生を台無しにして欲しくないから」
「分かってるよ」

今日俺の大学バスケ生活は終わりを告げた。
俺は企業バスケと言う道を選んだ。
冬夜は彼女との生活を選び俺はバスケを選んだ。
それだけの違い。
その差もそんなにないのかも知れない。
それぞれパートナーが違うのだから。
今は束の間の休息をとることにした。

(4)

「じゃあ、また」
「ええ、また来週」

そう言って翔は帰っていた。
私は家に帰ってシャワーを浴びると部屋でスマホを弄る。
今日もやり取りされる、渡辺班の他愛もない会話。
昨日は炎上していた。
原因は桐谷先輩のギャンブル。
大切なお金にまで手を付けたらしい。
女性陣は怒っていた。
そこまでする男になぜ亜依先輩は尽くそうとするのだろう?
亜依先輩は「しかたないのよ」と言う。
それが人を好きになるという事だと言う。
まだ私には理解できなかった。
理解できないから悩む。
もし、翔がそんなことをしたら私はどうするだろう?
そこから考えてみた。
翔に限ってそんな事はない。
それが私の結論だった。
けれど私は翔の何を知っているのだろう?
バスケが好きでたまらない人。
私の事を好きでいてくれる人。
車も大好きで偶に乱暴な運転をする困った人。
私の事をいつも思ってくれてる人。
彼は私の何を知っているのだろう?
私をどう思っているのだろう?
不安になる。

脆い毛布でも夢は見られる恋を知った日の温もりは忘れていない。
眠るように沈んでいく愛しい世界は水底に。
夢幻の果てが手招くように扉は開かれた。
廻るように浮かんでくる愛しい笑顔すぐそこに。
始まりの扉と終わりの扉の狭間で惹かれあう楽園と奈落。
禁断に手を染め幾度も恋に堕ちていきながら求めあう女と男。
幾度となく楽園が見せる幻影、それは失った楽園の面影。
その美しき不毛の世界は幾つの幻想を走らせて行くのだろう……。
禁断の果実は甘く。そして人を堕落させる。
恋を知ったその日から私もまた堕落をはじめたのだろうか?
恋に堕ちるとはそういうこと?
だめだと分かりながら許してしまう罪。
それを人は愛だという。
私は触れてはいけないものにふれてしまった?
でもたった一言のメッセージでそんな不安を吹き飛ばす

「もう寝るね。おやすみなさい」
「おやすみ」

意味のない伝言。
その伝言の真意はとても暖かいもの。
彼の真意を胸に抱き私もまた眠りについた。

(5)

稚内に着いた時は夕方だった。
ホテルにチェックインして旅の疲れを癒す。

「冬夜さん、ご飯を食べに行こう?」
「そうだね、北海道らしいもの食べたいね」
「そうだね」

愛莉と二人で見た旅行ガイドで見つけたお店に入って、夕食を食べた。
宗谷岬へは明日の朝行こうと思う。
バスの時刻も確認してある。
夕食を食べるとホテルに戻った。
シャワーを浴びて二人でテレビを見る。

「冬夜さんはギャンブルとか興味ないの?」

愛莉が聞いてきた。

「う~ん、あんまり興味ないかな?」
「どうして?」
「例えば競馬だとしようか」
「うん」
「パドック見てると分かっちゃうんだよね?」
「ほえ?」
「馬の様子を見てると月が教えてくれる」
「うぅ……意味が分からない」
「勝てない勝負をやってはいけなけど勝ちが決まってる賭け事をやってもつまらないだろ?」
「……冬夜さんが興味もってないならそれでいいよ」

そう言って愛莉は笑う。

「明日には地元に帰るんだよね?」
「そうだな」
「来週末には今度は沖縄だね」
「そうだね」
「冬夜さんは食べたいものとかないの?」
「それがさ、ないんだよね?」
「ほえ?」
「ゴーヤとか嫌いだし」
「冬夜さんでも嫌いな物あるんだ」

愛莉は驚いていた。

「前にグラタン嫌いだったって言ったろ?」
「そうだったね」

じゃあ、沖縄料理は覚える必要が無いね。と愛莉は言う。

「明日も早いし寝ようか?」
「うん」

愛莉とベッドに入ると眠りにつく。

楽園の名は奈落。
その甘さ故にどこまでも堕ちていく世界。
でも愛莉と一緒ならどこまでも堕ちて行こう。
闇の底まで。
絶望の底にある希望の光を掴んでみせる。
人は一人では生きていけない。
弱さを認めると甘えることを覚えるように
どこまでも堕ちていく。
人は誰もがそんなに強くない。
だからこそ隣にいる人を今思い遣る魂を持つ。
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