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5thSEASON
儚き者よ
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(1)
「冬夜君朝だよ~起きて日課の時間だよ~」
愛莉は朝から元気がいい。
機嫌もよさそうだし、起きるとするか。
上身を起こすと背を伸ばす。
「はい、顔を洗ってきて着替えましょう!」
言われたとおりに顔を洗って着替えると家を出て日課をこなす。
日課をこなすとシャワーを浴びて朝食を食べコーヒーを入れる。
コーヒーの入ったマグカップを僕の部屋に持って行くとテーブルにマグカップをおいて、僕はタオルケットに潜り込む。
気持ちがいい。
すぐに眠れるね。
「冬夜君おまたせ~あれ?」
愛莉が僕を探している。
段ボールに隠れるくらい不自然に膨れ上がったタオルケットにまったく気づかない愛莉。
慌てて部屋を出ていく。
母さんに聞いたのだろう。
母さんと部屋に入ってくる。
愛莉の目は誤魔化せても母さんの目は誤魔化せなかったようだ。
すぐにタオルケットをはぎ取る。
「冬夜!いい加減にしなさい!朝から愛莉ちゃん困らせるんじゃありません!」
「麻耶さんすごい!よくわかったね」
「子供の考えつきそうなことくらいすぐわかるようになるわよ愛莉ちゃんも」
「そうなんだ~」
愛莉が髪を乾かして化粧をしている間母さんの説教を受けていた。
「あんたは毎朝毎朝愛莉ちゃんを困らせて、そのうち愛莉ちゃん家出するわよ」
「うぅ……それは大丈夫だよ麻耶さん」
「愛莉ちゃんは花嫁修業でうちに来てるつもりだろうけど私は冬夜を修行させる必要がありそうね」
母さんが言う。
父さんはとっくに仕事に出かけた。
母さんが言いたいだけ言って部屋を出る頃愛莉の化粧が終っていた。
コーヒーを飲んですぐに学校に向かう。
学校に着くと体育館に寄って朝練をする。
愛莉は2階から見てる。
「翔。またリバウンド取った後無駄に上半身動いてる。ファールとられるよ」
「わかった。片桐先輩もう一回」
わざとシュートを外すって難しいよね。
しかも相手の方にリバウンドを飛ばすって。
え?そんなの勘だよ勘。
そうやって翔のポストプレイの練習に付き合ってると恭太たちがやってくる。
「片桐先輩わざとシュート外す練習なんてしなくていいですから自分のメニューこなしてください!」
佐倉さんに怒られた。
翔たちと別メニューをこなす僕。
時間が来ると皆着替えてそれぞれの行動に出る。
僕達は空いた時間で図書館に行って試験勉強。
愛莉のスケジュール管理で動いている。
愛莉が予想していたより早く内々定が決まったので大分余裕があるらしい。
それは良い事だ。
お昼に学食に集まって弁当を食べる。
北村さんと栗林君もやってきた。
コンビニに売ってるざるそばを食べる北村さん。
栗林君もパンを食べてる。
「美里は料理しないの?お弁当作ってあげたらいいのに?」
愛莉が言う。
「今恵美先輩に習ってる最中です」
北村さんが言う。
「今ピーラーの使い方教えてるところよ」
北村さんは刃物を使った作業が苦手らしい。
それでまず切らずに済む料理から学んでるとか。
あと、北村さん自身の好き嫌いが多すぎる為何を教えたらいいか分からないらしい。
ちなみに栗林君はそんなに好き嫌いが無いらしい。
栗林君に言わせると自分が北村さんの嫌いな料理を覚えて自分で作ったほうが早いという。
「駄目だよ~女性の好意を無碍にしちゃ」
愛莉が注意する。
まあ、なんとかなるだろう。
そう言えば亀梨君達4人が集まって何か話をしている。
何を話しているのだろう?
気になったので声をかけてみる。
「な、なんもないです大丈夫」
「ならいいんだけど」
あれは何かあったなと直感したけどむやみに首を突っ込まない方がよさそうだ。
渡辺君も同じ考えだったらしくて話題を変える。
「朝倉さんは如月君にお弁当は?」
「作ってないです。翔ちゃん大学まで遠いから出るの早いし……」
「ちぃちゃんは高槻に作ってやらないのか?」
カンナがが聞いていた。
「作ったほうがいいの?翔」
「作ってもらえるなら嬉しいけど。無理しなくてもいいよ」
「私の事不器用だと思ってる?こう見えて兄のお弁当作ってたんだよ」
「あ、そうなんだ。でもそういう意味で言ったんじゃなくて時間が早いから大変なんじゃないかと思って」
「気にしなくていいよ」
「じゃあ作ってもらおうかな」
それから午後の授業に出て終わると青い鳥で部活まで休憩をする。
愛莉と二人でいたのが晶さん恵美さん、栗林君中島君と次々とやってくる。
今日は花菜さんも来ていた。
何か特別な用事でもあったのだろうか?
恵美さんと何か話してる。
「やっぱり本当みたい……」
「そうなんだ、また物騒なことにならなきゃいいけど」
物騒な事?
愛莉も気になったらしい。
「何が本当だったの?」
愛莉が聞いていた。
「片桐君達には聞かせられない」
恵美さんが言う。
「渡辺班の事は全部冬夜君巻き込んじゃうよ?それなら早いうちに芽を潰した方がよくない?」
愛莉が言う。
「それもそうね……実は」
スティンガーが衰退してるらしい。
当然だろう。アーバニティと違ってエンペラーという求心力が不在であんなサークルが成り立つはずがない。
今まで良く生き延びてた方だ。
気にすることないじゃん。
そう言うと恵美が首を振る。
「それで亀梨君をスカウトしようと動いてるらしいのよね」
ああ、そういう事ね。
昼間のあれはそういう事か。
「それで亀梨君が裏切ったらどうしようかって話してたの」
花菜さんが言う。
「それは無いよ。あの4人ちゃんと改心してる」
今さら戻るなんてことはないと僕が説明する。
「片桐君が言うなら信じるけど……本当に大丈夫?」
「亀梨君は森園さんが撃たれてから後悔してる。今さらあんな物騒なサークルに戻るきなんてさらさらないはずだよ」
「無理矢理拉致られたりしないかな?」
「そんな勢力あったら亀梨君を必要としないよ。本当に風前の灯火なんだと思う」
なりふり構ってられない状況なんだろう。
「それならいいんだけど……」
恵美さんは思うところがあるようだ。
誠にメッセージを送る。
「スティンガーの情報を頼む」
「それなら調べるまでもないぜ。今夜集まれるか?」
「僕達は大丈夫だけど」
「じゃあ、いつものファミレスで。21時くらいでいいか?」
「私達も大丈夫」
「私はバイトだ」
「俺はバイト終わってるんで大丈夫っす」
皆が返事する。
「片桐君は余り深入りしない方がいいんでないかい?五輪が控えてる」
酒井君が言う。
「そんな大ごとにはならないよ。誠も余裕そうだったし」
今さら抗争になんてならない。
僕は確信していた。
(2)
「ぼさっと突っ立ってるんじゃねーよ新人」
俺は無視する。
「愛想のない奴だな」
チビな男はそう言い捨てて立ち去る。
俺は頼まれた車を磨き上げている。
SSでバイトを始めた。
香織もコンビニでバイトを始めてる。
就職先は問題ないが、学生の間はバイトして生活するのも悪くないと思って親の仕送りを断った。
1年分余計に学費を払わせるわけだからその分自分たちで何とかしたい。
香織の家にも挨拶に言った。
一発くらいもらったがこれからの将来に比べたらなんてことない。
二人でならどんな苦難も乗り越えられる。
そう信じていたから。
それから死に物狂いで勉強してバイトしてた。
もうじき前期も終わる。
終わったら片桐君の応援もしなきゃいけない。
そんな話をしていた。
紺色の高級車が止まる、
また来たか。
俺は無視して洗車を続けていた。
高級車に乗っていた運転手は俺に話しかける。
「かつては皇帝と呼ばれていた男も惨めな姿になりましたね」
その名で俺を呼ぶな。
「どう見られようとかまわん。こっちは忙しいんだ。用が無いなら失せろ」
「用ならありますよ。ハイオク満タンでお願いします」
ハイオクを入れるような車かよ。
「少しは俺の話も聞いてもらえませんか?」
「少しは違う話を持ってきたら考えてやる」
「あんたも男だろ?もう一度一山咲かせてみたいと思わないのか?」
「悪いがもう利用されるのは御免なんでな」
「2人とも金が必要なんじゃないのか?結婚するんでしょう?」
俺は手をぴたりと止めた。
「お前たちの情報は全て把握済みだ。もし香織に手を出してみろ。洗いざらいサツにタレこんでやる!」
「国家権力の犬に頼るとは本当に落ちぶれたな皇帝」
「その名で二度と俺を呼ぶな」
「……また来ます」
そう言って給油を終えた車に乗り込み去って行った。
「お前さっきエンペラーと言っていたな?」
「ああ、俺には関係ないが?」
「だよな、お前の車じゃ峠は無理だよな……」
何の話だ?
「……なんかあったんですか?」
「いや、エンペラーと名乗る走り屋集団が来てな……それでどう対応したらいいか悩んでる『蒼い閃光』はだめだし」
「あの山ならラリー屋がコーチしてるチームがあったのでは?」
「車の基本性能が違うんだよ。素人はわかってないな」
蒼い閃光はスペックなんて問題にしなかったはずだが。
「でも頼るしかないよな。レッドブルに」
「そうだな」
車に翼でもついてそうな名前だな。
しかしスティンガーか……
三沢や公生の所にも言ってるかもしれない。
一度確認する必要があるな。
そんな時スマホが鳴った。
メッセージ着信だ。
みてみる。
今夜21時にファミレスに集合。
香織もバイト終わってる時間だ。
相談してみるか。
(3)
「公生待った?」
「いや、そんなに待ってないよ」
「ならよかった」
「ところで聞きたいんだけど……」
「なに?
「どうしてこんなところで待ち合わせする必要があるの?」
ここは学校の昇降口。
下校時間になると人の行き来が多い場所。
奈留の考えてる事はよくわからない。
「一回してみたい事があって……」
「それはなんだい?」
「ほら、テレビで渋谷のハチ公前と人混みの中で待ち合わせするじゃない?」
「してるね」
「どんな感じなんだろうって」
本当に奈留の考えてる事は分からない。
女性って皆そんなものなんだろうか?
「で、どうだった?」
「探すのに苦労した」
「だろうね」
「うーん、どこがいいのかな?」
「教室の前だと悪いの?」
「それだと中には気分を害する人がいるみたいで」
受験シーズンなのにあなた何考えてるんですか!?と怒られたらしい。
そんなのただの僻みだからほっとけばいいのに。
ちなみに僕も奈留も学年トップの成績をとってる。
学校の授業なんて簡単すぎて欠伸がでるよ。
とはいえ、昔みたいにまた危険な駆け引きをするのはもうたくさんだけどね。
もう前みたいに周囲を警戒する必要が無いのでSPとかはついてない。
送迎も雨の時にお願いするくらいでこんないい天気の時は二人で手を繋いで帰ってる。
途中にファストフード店があるからそこで買い食いしたりするくらい。
本屋があるから本を買って帰ったりとか。
手をつなぐという行為に特別な意味はないけど、奈留が喜ぶから繋いでいる。
そうして今日もに向かうと大きな車が止まっていた。
高級車だ。
黒いスーツを着た人間がグラサンをつけて立っている。
僕達に用があるのは容易く想像ついた。
僕達が校門を抜けようとすると男に囲まれた。
奈留は平静を保っている。
良くも悪くもこういう状況には慣れてる。
「何の用?」
僕から切り出した。
「あなたがウォーロックですね?」
「悪いけど人違いだね。その名前はもう捨てた」
「ちょっと話があるのですがついて来てもらえませんか?」
無理矢理にでも聞かせようって腹積もりらしい。
相手はその筋のものだ。
この近距離で何をされるか分かったもんじゃない。
それに騒ぎを起こすのは得策じゃないと僕は判断した。
「いいよ。ただし奈留は関係ない」
「公生!ダメ!」
慌てる奈留を落ち着かせながら耳打ちする。
「この事をすぐに恵美に知らせて。大丈夫、相手の素性は大体わかってる」
「何者?」
「第3のグループだよ」
「……わかった」
そうすると僕は男たちの高級車の後部座席に乗った。
後部座席には片桐先輩たちくらいの年の男が座っていた。
車は動き出す。
立ちすくむ奈留。
すぐに行動に出たらしい。
鞄からスマホを取り出す姿が見えた。
「で、何の用なの?」
「君の力を借りたい。ウォーロック」
「何に協力すればいいの?」
「簡単な事だよ。エゴイストを復活させたい」
「無理だね。そんな馬鹿馬鹿しい事に力を貸す気は毛頭ない」
「そう言うと思ったよ。さっきの女性ポープだったかな?」
「奈留に何する気?」
「君の返答次第だよ。公生君」
「僕達の事をどこまで知ってるの?君は」
「どういう意味だい?」
落ち着け僕。ここで挑発に乗ったら足下見られる。
「その調子だと僕達の事よく分かってないようだね」
「と、いうと?」
「そんな脅しには屈しないよ?」
「このまま君を攫って行くことも可能だよ?」
「それは無理だね」
「無理?」
男の表情が変わった。
余裕が消え去っていた。焦りさえ見える。
「僕達をただの子供の集団と侮っているのがまず原因1」
「おかしいな、信号が全然変わらない」
「何をしている。迂回路を使え」
誠君の手腕は衰えてないらしい。もう捕獲してるようだ。
「次に子供だと思ってスマホを持たせっぱなしにしていた事。電源も切らさずにね」
黒い四駆の大きな車が迫ってくる。
窓から飛び出すのは石原君。
「最後に渡辺班はやられたら倍返しでやり返すということ」
そう言いながら僕は身を低くして衝撃に備える。
前に出た四駆から石原君はコインを投げつける。
ガラスにひびが入って視界が悪くなる。
慌てて車を止める男。
急ブレーキで止めたため隣の男は思いっきり運転手の座席に頭を打ちつける。
「最近は後部座席もシートベルト着用が義務らしいよ。気を付けてね」
そう言って素早く車を降りる。
助手席に座っていた男が僕を捕まえようとしたがその瞬間意識を失った。
その後ろには石原君が立っていた。
「公生大丈夫?」
「大丈夫だよ。相変わらず見事な手腕だ」
「ありがとう。帰ろう」
そう言って石原君の車で家に帰る。
家に帰ると奈留が待っていた。
「公生!!」
感動の再会シーンかとおもいきや……。
パシッ
叩かれた。
「どうしてあんな無茶するの!何かあったら私どうしたらいいの?」
奈留は泣いてる。
「奈留は無事だった?」
「私の事より自分の心配をして、お願いだから!公生の欠点だよ!」
「公生、どういう理由があれ女の子を泣かせるのは罪よ」
恵美さんがいう。
「何があったのかは今夜皆が集まるから詳しく聞くわ。今は奈留の相手をしてあげなさい」
恵美さん達はそう言うと「また夜迎えに来るからと言って帰っていった。
「奈留……悪かったよ……でも麗しの君を巻き込みたくなかった」
「私はもう落ちぶれた君よ」
「そうだね、言い方を変えなくちゃいけないね……愛しい君を守りたかった」
「あなたはいつまでも勇敢な騎士よ。そんな大切な騎士を案ずる私の気持ちも分かって。私あなたを失いたくない」
「分かった」
奈留の頭を撫でてやる。
「……スティンガーと名乗ったそうよ」
いつもの奈留の声だ。
「やっぱりね」
「亀梨君の所にも頻繁に勧誘に来てるみたい」
くだらない争いに巻き込まれることになるのか?
もう二度とないと思っていたのに。
片桐君の事を考えるとあまり大ごとにはできない。
何か手立てを考えているのだろうか指揮官様は。
(4)
「じゃあ、まずは亀梨君から話を聞こうか?」
渡辺君が言う。
亀梨君がいうにはここ一週間になってずっとバイト先のSSに通い詰めてるらしい。
スティンガーの頭になって欲しい。三度栄光を掴みたくないか?そう話を持ち掛けてるらしい。
当然亀梨君は断った。しかし、森園さんを人質にされると身動きが取れなくなる。そこで恵美さんに相談を持ち掛けたらしい。
次に花菜さん。
花菜さんの主婦友の間で噂になってるやり目サークルの存在。
噂になるほどだ。誰も入ろうとせず抜けようとする者もいて衰退する一方だという。
誠の放ったウィルスはやはり機能していたんだ。
頭である須藤グループが失墜して頭を失った彼等はそのまま死を待つのみ。
彼等を救えるのは、エゴイストの頭脳だった公生と亀梨君の復帰。
そして今日ついに公生に取引を持ち掛けた。
「まさか今さらそんなくだらない喧嘩に乗るってわけじゃないだろうな?」
檜山先輩が言う。
「俺も同感だ。皆もう大事な時期だ。折角内々定とってるこの時期にやることじゃない」
木元先輩も言う。
「冬夜、俺も同じ考えだ。お前の五輪もかかっている。今不祥事を起こせば絶対にお前の道は途絶える!」
渡辺君も乗り気ではないらしい。
「わかってるよ。そこで誠の出番なんだ」
僕が答えた。
「誠、話を始めてくれ」
誠が話を始める。
太陽の騎士団はIRISの全容が解明されたことによって全体像が暴かれそして誠が見つけたあのサイトで各企業の重鎮が失墜した。
地元銀行も膿だった太陽の騎士団のメンバーに対して檜山先輩の父が攻勢をかけ追い詰めてるらしい。
高橋グループも須藤グループも壊滅。地元の企業は大きなダメージを負っている。
そして、ドラゴンこと須藤太我が失墜し息子こと賢者も追われることになった。
新生したスティンガーも頭を失い混乱してる最中抜け出す者も出てきている。
何より痛いのは亀梨君と公生が作り出したシステムが完全に崩壊したこと。
もはや、ただのやり目サークルと化した彼等は悪評が広がり規模を拡大するどころか衰退する一方だという。
「と、いうわけ。今さら僕達が手を出すまでもない」
「でも公生君達と亀梨君達は危険なんじゃない?」
愛莉が聞いてきた。
「そこで愛莉の出番ってわけ?」
「ほえ?」
誠がUSBメモリを愛莉に渡す。
「これは?」
「現状のスティンガーの組織図と構成メンバー全員のリスト。余程混乱してるんだろうな。こんなものサーバーに放置したまま逃げ出してたぜ」
誠はそう言ってにやりと笑う。
「これをパパさんに渡せばいいんだね?」
「ああ、そうしたらおじさんが後は処理してくれる」
「わかった~」
愛莉はUSBメモリーをバッグにしまう。
「これで完全に壊滅か?」
美嘉さんが聞くと僕はうなずいた。
「届かなかった賢者にやっと手が届いた。チェックメイトだ」
「じゃあ、今夜は前祝だな!」
美嘉さんが言うとみんな盛り上がっている。
「冬夜君、私落ち着かなくて……」
愛莉の言いたい事は分かる。
「分かってるよ。今からおじさんに私に行こう?」
「うん」
「と、いうわけで渡辺君僕たちは先に帰るよ」
「そうか、じゃあまたな」
「うん、それじゃまた」
そして帰ると愛莉の家に寄る。
愛莉パパがいるのは愛莉が電話で確認済み。
愛莉ママにリビングに案内されると愛莉パパが待っている。
愛莉はUSBメモリを渡す。
「……最後まで君達の世話になったな。君達には被害の無いように隠密に一気に検挙するつもりだ」
「はい」
「……愛莉。先に片桐さんの家に帰りなさい」
「え、でも冬夜君は?」
「……冬夜君と話したい事がある」
「冬夜君隠し事しないから私がいてもいなくても一緒だよ」
それに今さら愛莉抜きの話ってなんだろう?
「愛莉ちゃん。男同士積もる話もあるのよ~今は二人っきりにしてあげようね~」
「うぅ……冬夜君あまり遅くなったらダメだよ」
「……心配ない」
「大丈夫だって」
「わかった~」
愛莉はそう言って一人僕の家に帰っていった。
愛莉ママが二つのコップとビール瓶を用意する。
「それじゃ、ごゆっくり~」
そう言って愛莉ママも寝室に入って行った。
「……まあ、飲みなさい」
「はい」
愛莉パパにビールを注がれると僕も愛莉パパのコップにビールを注ぐ。
「乾杯」
コップをカチンと鳴らすと愛莉パパは一気に飲みほす。
おかわりを注ごうとすると「ここから先は無礼講で行こう」という。
「……夢だったんだ」
へ?
「愛莉が『冬夜君のお嫁さんになるの~』と言ってた時からの夢だったんだ。冬夜君と二人で酒を交わすことがね」
そう言う事か。
父さんも前に言ってたっけ。息子と二人で酒を飲むのが夢だって。
「おじさんは男の子がほしかったんだけどね。愛莉と言う宝物を手に入れたはいいが、息子と言うものはくれなかったよ」
「それは愛莉も言ってました」
「だから愛莉の娘婿と二人で酒を酌み交わすことを夢見たよ。まさか片桐さんの息子さんとは思わなかったけどね。運命と言う奴なんだろうな」
そう言いながらも「どんどん飲みなさい」と酒を注いでくれる愛莉パパ。
その後も愛莉パパの話を聞いていた。娘の自慢話。僕と愛莉のやり取りを愛莉から聞いていた事。全部を話してくれてた。
「パパさん~そろそろ日が変わるわ~その辺にしとかないとあなたも仕事だし冬夜君も学校でしょう~?」
「む……もうそんな時間か?時間を取らせて悪かったね」
「いえ、ありがとうございまいた。またお盆にでも挨拶に伺います」
「ああ、娘をよろしく頼むよ」
「じゃあ、愛莉ちゃんによろしくね~」
愛莉ママに見送られ家に帰る。
すると愛莉が玄関で仁王立ちしていた。
「うぅ……遅くならないようにって言ったのに午前様ですか?」
「ああ、ごめんごめん」
「うわっお酒臭い。パパさん冬夜君に飲ませたの?」
「愛莉パパの夢だったらしいよ」
「ほえ?」
「とりあえずお風呂入ってくるね」
「うん、足下気を付けてね」
脱衣所にはタオルと僕の着替えが用意されていた。
風呂に入ると着替えて、酎ハイを二缶持って部屋に戻る。
それを見た愛莉は「まだ飲むの!?」と驚いていた。
「愛莉は一滴も飲んでないだろ?僕だけ楽しんで愛莉を待たせた罰ゲームだよ」
「……うん!」
愛莉と二人で酎ハイを飲みながらテレビを見る。
深夜で面白い番組がなかったからケーブルでアニメチャンネルにして適当にアニメを見る。
「パパさんとどんなお話してたの~?」
愛莉が聞くと笑って答える?
「愛莉の昔話」
「ほえ?」
「愛莉が小6の頃から僕の事をどう思ってるのか。じっくり聞かせてくれたよ」
「うぅ……すぐに忘れなさい!」
頭をぽかぽか叩く愛莉。
愛莉でも恥ずかしがる事あるんだな。
「愛莉の事まで忘れちゃうかもだぞ?」
ちょっと意地悪言ってやった。
「うぅ……冬夜君の意地悪~」
「愛莉本当は知ってたんじゃないのか?」
「何を?」
「おじさん昔からの夢だって言ってたぞ。僕と酒飲むの」
「そうなの?」
「うん小さい時から愛莉が僕のお嫁さんになるって言いだした頃からの夢だったって」
「あ、言ってたかも……てかそんな話もしてたの?」
「まあね」
「聞いた事今すぐ全部話しなさい!」
愛莉の機嫌はご立腹のようだ。
僕は布団に入る。
「あ、逃げちゃだめ~」
「愛莉もおいで。ベッドの中でたっぷり聞かせてやるから」
「……うん」
愛莉がベッドに入ると照明を消す。
そして愛莉を抱きしめおじさんから聞いた話を一つずつ聞かせてやった。
それは子守歌のように聞こえたみたいで、やがて寝息を立てていた。
愛莉の頭をさすってやる。
愛莉は僕にしがみ付く。
酔いもあったのか、愛莉のぬくもりを感じながら僕も眠りについた。
人生で一番暑い夏が訪れる。
「冬夜君朝だよ~起きて日課の時間だよ~」
愛莉は朝から元気がいい。
機嫌もよさそうだし、起きるとするか。
上身を起こすと背を伸ばす。
「はい、顔を洗ってきて着替えましょう!」
言われたとおりに顔を洗って着替えると家を出て日課をこなす。
日課をこなすとシャワーを浴びて朝食を食べコーヒーを入れる。
コーヒーの入ったマグカップを僕の部屋に持って行くとテーブルにマグカップをおいて、僕はタオルケットに潜り込む。
気持ちがいい。
すぐに眠れるね。
「冬夜君おまたせ~あれ?」
愛莉が僕を探している。
段ボールに隠れるくらい不自然に膨れ上がったタオルケットにまったく気づかない愛莉。
慌てて部屋を出ていく。
母さんに聞いたのだろう。
母さんと部屋に入ってくる。
愛莉の目は誤魔化せても母さんの目は誤魔化せなかったようだ。
すぐにタオルケットをはぎ取る。
「冬夜!いい加減にしなさい!朝から愛莉ちゃん困らせるんじゃありません!」
「麻耶さんすごい!よくわかったね」
「子供の考えつきそうなことくらいすぐわかるようになるわよ愛莉ちゃんも」
「そうなんだ~」
愛莉が髪を乾かして化粧をしている間母さんの説教を受けていた。
「あんたは毎朝毎朝愛莉ちゃんを困らせて、そのうち愛莉ちゃん家出するわよ」
「うぅ……それは大丈夫だよ麻耶さん」
「愛莉ちゃんは花嫁修業でうちに来てるつもりだろうけど私は冬夜を修行させる必要がありそうね」
母さんが言う。
父さんはとっくに仕事に出かけた。
母さんが言いたいだけ言って部屋を出る頃愛莉の化粧が終っていた。
コーヒーを飲んですぐに学校に向かう。
学校に着くと体育館に寄って朝練をする。
愛莉は2階から見てる。
「翔。またリバウンド取った後無駄に上半身動いてる。ファールとられるよ」
「わかった。片桐先輩もう一回」
わざとシュートを外すって難しいよね。
しかも相手の方にリバウンドを飛ばすって。
え?そんなの勘だよ勘。
そうやって翔のポストプレイの練習に付き合ってると恭太たちがやってくる。
「片桐先輩わざとシュート外す練習なんてしなくていいですから自分のメニューこなしてください!」
佐倉さんに怒られた。
翔たちと別メニューをこなす僕。
時間が来ると皆着替えてそれぞれの行動に出る。
僕達は空いた時間で図書館に行って試験勉強。
愛莉のスケジュール管理で動いている。
愛莉が予想していたより早く内々定が決まったので大分余裕があるらしい。
それは良い事だ。
お昼に学食に集まって弁当を食べる。
北村さんと栗林君もやってきた。
コンビニに売ってるざるそばを食べる北村さん。
栗林君もパンを食べてる。
「美里は料理しないの?お弁当作ってあげたらいいのに?」
愛莉が言う。
「今恵美先輩に習ってる最中です」
北村さんが言う。
「今ピーラーの使い方教えてるところよ」
北村さんは刃物を使った作業が苦手らしい。
それでまず切らずに済む料理から学んでるとか。
あと、北村さん自身の好き嫌いが多すぎる為何を教えたらいいか分からないらしい。
ちなみに栗林君はそんなに好き嫌いが無いらしい。
栗林君に言わせると自分が北村さんの嫌いな料理を覚えて自分で作ったほうが早いという。
「駄目だよ~女性の好意を無碍にしちゃ」
愛莉が注意する。
まあ、なんとかなるだろう。
そう言えば亀梨君達4人が集まって何か話をしている。
何を話しているのだろう?
気になったので声をかけてみる。
「な、なんもないです大丈夫」
「ならいいんだけど」
あれは何かあったなと直感したけどむやみに首を突っ込まない方がよさそうだ。
渡辺君も同じ考えだったらしくて話題を変える。
「朝倉さんは如月君にお弁当は?」
「作ってないです。翔ちゃん大学まで遠いから出るの早いし……」
「ちぃちゃんは高槻に作ってやらないのか?」
カンナがが聞いていた。
「作ったほうがいいの?翔」
「作ってもらえるなら嬉しいけど。無理しなくてもいいよ」
「私の事不器用だと思ってる?こう見えて兄のお弁当作ってたんだよ」
「あ、そうなんだ。でもそういう意味で言ったんじゃなくて時間が早いから大変なんじゃないかと思って」
「気にしなくていいよ」
「じゃあ作ってもらおうかな」
それから午後の授業に出て終わると青い鳥で部活まで休憩をする。
愛莉と二人でいたのが晶さん恵美さん、栗林君中島君と次々とやってくる。
今日は花菜さんも来ていた。
何か特別な用事でもあったのだろうか?
恵美さんと何か話してる。
「やっぱり本当みたい……」
「そうなんだ、また物騒なことにならなきゃいいけど」
物騒な事?
愛莉も気になったらしい。
「何が本当だったの?」
愛莉が聞いていた。
「片桐君達には聞かせられない」
恵美さんが言う。
「渡辺班の事は全部冬夜君巻き込んじゃうよ?それなら早いうちに芽を潰した方がよくない?」
愛莉が言う。
「それもそうね……実は」
スティンガーが衰退してるらしい。
当然だろう。アーバニティと違ってエンペラーという求心力が不在であんなサークルが成り立つはずがない。
今まで良く生き延びてた方だ。
気にすることないじゃん。
そう言うと恵美が首を振る。
「それで亀梨君をスカウトしようと動いてるらしいのよね」
ああ、そういう事ね。
昼間のあれはそういう事か。
「それで亀梨君が裏切ったらどうしようかって話してたの」
花菜さんが言う。
「それは無いよ。あの4人ちゃんと改心してる」
今さら戻るなんてことはないと僕が説明する。
「片桐君が言うなら信じるけど……本当に大丈夫?」
「亀梨君は森園さんが撃たれてから後悔してる。今さらあんな物騒なサークルに戻るきなんてさらさらないはずだよ」
「無理矢理拉致られたりしないかな?」
「そんな勢力あったら亀梨君を必要としないよ。本当に風前の灯火なんだと思う」
なりふり構ってられない状況なんだろう。
「それならいいんだけど……」
恵美さんは思うところがあるようだ。
誠にメッセージを送る。
「スティンガーの情報を頼む」
「それなら調べるまでもないぜ。今夜集まれるか?」
「僕達は大丈夫だけど」
「じゃあ、いつものファミレスで。21時くらいでいいか?」
「私達も大丈夫」
「私はバイトだ」
「俺はバイト終わってるんで大丈夫っす」
皆が返事する。
「片桐君は余り深入りしない方がいいんでないかい?五輪が控えてる」
酒井君が言う。
「そんな大ごとにはならないよ。誠も余裕そうだったし」
今さら抗争になんてならない。
僕は確信していた。
(2)
「ぼさっと突っ立ってるんじゃねーよ新人」
俺は無視する。
「愛想のない奴だな」
チビな男はそう言い捨てて立ち去る。
俺は頼まれた車を磨き上げている。
SSでバイトを始めた。
香織もコンビニでバイトを始めてる。
就職先は問題ないが、学生の間はバイトして生活するのも悪くないと思って親の仕送りを断った。
1年分余計に学費を払わせるわけだからその分自分たちで何とかしたい。
香織の家にも挨拶に言った。
一発くらいもらったがこれからの将来に比べたらなんてことない。
二人でならどんな苦難も乗り越えられる。
そう信じていたから。
それから死に物狂いで勉強してバイトしてた。
もうじき前期も終わる。
終わったら片桐君の応援もしなきゃいけない。
そんな話をしていた。
紺色の高級車が止まる、
また来たか。
俺は無視して洗車を続けていた。
高級車に乗っていた運転手は俺に話しかける。
「かつては皇帝と呼ばれていた男も惨めな姿になりましたね」
その名で俺を呼ぶな。
「どう見られようとかまわん。こっちは忙しいんだ。用が無いなら失せろ」
「用ならありますよ。ハイオク満タンでお願いします」
ハイオクを入れるような車かよ。
「少しは俺の話も聞いてもらえませんか?」
「少しは違う話を持ってきたら考えてやる」
「あんたも男だろ?もう一度一山咲かせてみたいと思わないのか?」
「悪いがもう利用されるのは御免なんでな」
「2人とも金が必要なんじゃないのか?結婚するんでしょう?」
俺は手をぴたりと止めた。
「お前たちの情報は全て把握済みだ。もし香織に手を出してみろ。洗いざらいサツにタレこんでやる!」
「国家権力の犬に頼るとは本当に落ちぶれたな皇帝」
「その名で二度と俺を呼ぶな」
「……また来ます」
そう言って給油を終えた車に乗り込み去って行った。
「お前さっきエンペラーと言っていたな?」
「ああ、俺には関係ないが?」
「だよな、お前の車じゃ峠は無理だよな……」
何の話だ?
「……なんかあったんですか?」
「いや、エンペラーと名乗る走り屋集団が来てな……それでどう対応したらいいか悩んでる『蒼い閃光』はだめだし」
「あの山ならラリー屋がコーチしてるチームがあったのでは?」
「車の基本性能が違うんだよ。素人はわかってないな」
蒼い閃光はスペックなんて問題にしなかったはずだが。
「でも頼るしかないよな。レッドブルに」
「そうだな」
車に翼でもついてそうな名前だな。
しかしスティンガーか……
三沢や公生の所にも言ってるかもしれない。
一度確認する必要があるな。
そんな時スマホが鳴った。
メッセージ着信だ。
みてみる。
今夜21時にファミレスに集合。
香織もバイト終わってる時間だ。
相談してみるか。
(3)
「公生待った?」
「いや、そんなに待ってないよ」
「ならよかった」
「ところで聞きたいんだけど……」
「なに?
「どうしてこんなところで待ち合わせする必要があるの?」
ここは学校の昇降口。
下校時間になると人の行き来が多い場所。
奈留の考えてる事はよくわからない。
「一回してみたい事があって……」
「それはなんだい?」
「ほら、テレビで渋谷のハチ公前と人混みの中で待ち合わせするじゃない?」
「してるね」
「どんな感じなんだろうって」
本当に奈留の考えてる事は分からない。
女性って皆そんなものなんだろうか?
「で、どうだった?」
「探すのに苦労した」
「だろうね」
「うーん、どこがいいのかな?」
「教室の前だと悪いの?」
「それだと中には気分を害する人がいるみたいで」
受験シーズンなのにあなた何考えてるんですか!?と怒られたらしい。
そんなのただの僻みだからほっとけばいいのに。
ちなみに僕も奈留も学年トップの成績をとってる。
学校の授業なんて簡単すぎて欠伸がでるよ。
とはいえ、昔みたいにまた危険な駆け引きをするのはもうたくさんだけどね。
もう前みたいに周囲を警戒する必要が無いのでSPとかはついてない。
送迎も雨の時にお願いするくらいでこんないい天気の時は二人で手を繋いで帰ってる。
途中にファストフード店があるからそこで買い食いしたりするくらい。
本屋があるから本を買って帰ったりとか。
手をつなぐという行為に特別な意味はないけど、奈留が喜ぶから繋いでいる。
そうして今日もに向かうと大きな車が止まっていた。
高級車だ。
黒いスーツを着た人間がグラサンをつけて立っている。
僕達に用があるのは容易く想像ついた。
僕達が校門を抜けようとすると男に囲まれた。
奈留は平静を保っている。
良くも悪くもこういう状況には慣れてる。
「何の用?」
僕から切り出した。
「あなたがウォーロックですね?」
「悪いけど人違いだね。その名前はもう捨てた」
「ちょっと話があるのですがついて来てもらえませんか?」
無理矢理にでも聞かせようって腹積もりらしい。
相手はその筋のものだ。
この近距離で何をされるか分かったもんじゃない。
それに騒ぎを起こすのは得策じゃないと僕は判断した。
「いいよ。ただし奈留は関係ない」
「公生!ダメ!」
慌てる奈留を落ち着かせながら耳打ちする。
「この事をすぐに恵美に知らせて。大丈夫、相手の素性は大体わかってる」
「何者?」
「第3のグループだよ」
「……わかった」
そうすると僕は男たちの高級車の後部座席に乗った。
後部座席には片桐先輩たちくらいの年の男が座っていた。
車は動き出す。
立ちすくむ奈留。
すぐに行動に出たらしい。
鞄からスマホを取り出す姿が見えた。
「で、何の用なの?」
「君の力を借りたい。ウォーロック」
「何に協力すればいいの?」
「簡単な事だよ。エゴイストを復活させたい」
「無理だね。そんな馬鹿馬鹿しい事に力を貸す気は毛頭ない」
「そう言うと思ったよ。さっきの女性ポープだったかな?」
「奈留に何する気?」
「君の返答次第だよ。公生君」
「僕達の事をどこまで知ってるの?君は」
「どういう意味だい?」
落ち着け僕。ここで挑発に乗ったら足下見られる。
「その調子だと僕達の事よく分かってないようだね」
「と、いうと?」
「そんな脅しには屈しないよ?」
「このまま君を攫って行くことも可能だよ?」
「それは無理だね」
「無理?」
男の表情が変わった。
余裕が消え去っていた。焦りさえ見える。
「僕達をただの子供の集団と侮っているのがまず原因1」
「おかしいな、信号が全然変わらない」
「何をしている。迂回路を使え」
誠君の手腕は衰えてないらしい。もう捕獲してるようだ。
「次に子供だと思ってスマホを持たせっぱなしにしていた事。電源も切らさずにね」
黒い四駆の大きな車が迫ってくる。
窓から飛び出すのは石原君。
「最後に渡辺班はやられたら倍返しでやり返すということ」
そう言いながら僕は身を低くして衝撃に備える。
前に出た四駆から石原君はコインを投げつける。
ガラスにひびが入って視界が悪くなる。
慌てて車を止める男。
急ブレーキで止めたため隣の男は思いっきり運転手の座席に頭を打ちつける。
「最近は後部座席もシートベルト着用が義務らしいよ。気を付けてね」
そう言って素早く車を降りる。
助手席に座っていた男が僕を捕まえようとしたがその瞬間意識を失った。
その後ろには石原君が立っていた。
「公生大丈夫?」
「大丈夫だよ。相変わらず見事な手腕だ」
「ありがとう。帰ろう」
そう言って石原君の車で家に帰る。
家に帰ると奈留が待っていた。
「公生!!」
感動の再会シーンかとおもいきや……。
パシッ
叩かれた。
「どうしてあんな無茶するの!何かあったら私どうしたらいいの?」
奈留は泣いてる。
「奈留は無事だった?」
「私の事より自分の心配をして、お願いだから!公生の欠点だよ!」
「公生、どういう理由があれ女の子を泣かせるのは罪よ」
恵美さんがいう。
「何があったのかは今夜皆が集まるから詳しく聞くわ。今は奈留の相手をしてあげなさい」
恵美さん達はそう言うと「また夜迎えに来るからと言って帰っていった。
「奈留……悪かったよ……でも麗しの君を巻き込みたくなかった」
「私はもう落ちぶれた君よ」
「そうだね、言い方を変えなくちゃいけないね……愛しい君を守りたかった」
「あなたはいつまでも勇敢な騎士よ。そんな大切な騎士を案ずる私の気持ちも分かって。私あなたを失いたくない」
「分かった」
奈留の頭を撫でてやる。
「……スティンガーと名乗ったそうよ」
いつもの奈留の声だ。
「やっぱりね」
「亀梨君の所にも頻繁に勧誘に来てるみたい」
くだらない争いに巻き込まれることになるのか?
もう二度とないと思っていたのに。
片桐君の事を考えるとあまり大ごとにはできない。
何か手立てを考えているのだろうか指揮官様は。
(4)
「じゃあ、まずは亀梨君から話を聞こうか?」
渡辺君が言う。
亀梨君がいうにはここ一週間になってずっとバイト先のSSに通い詰めてるらしい。
スティンガーの頭になって欲しい。三度栄光を掴みたくないか?そう話を持ち掛けてるらしい。
当然亀梨君は断った。しかし、森園さんを人質にされると身動きが取れなくなる。そこで恵美さんに相談を持ち掛けたらしい。
次に花菜さん。
花菜さんの主婦友の間で噂になってるやり目サークルの存在。
噂になるほどだ。誰も入ろうとせず抜けようとする者もいて衰退する一方だという。
誠の放ったウィルスはやはり機能していたんだ。
頭である須藤グループが失墜して頭を失った彼等はそのまま死を待つのみ。
彼等を救えるのは、エゴイストの頭脳だった公生と亀梨君の復帰。
そして今日ついに公生に取引を持ち掛けた。
「まさか今さらそんなくだらない喧嘩に乗るってわけじゃないだろうな?」
檜山先輩が言う。
「俺も同感だ。皆もう大事な時期だ。折角内々定とってるこの時期にやることじゃない」
木元先輩も言う。
「冬夜、俺も同じ考えだ。お前の五輪もかかっている。今不祥事を起こせば絶対にお前の道は途絶える!」
渡辺君も乗り気ではないらしい。
「わかってるよ。そこで誠の出番なんだ」
僕が答えた。
「誠、話を始めてくれ」
誠が話を始める。
太陽の騎士団はIRISの全容が解明されたことによって全体像が暴かれそして誠が見つけたあのサイトで各企業の重鎮が失墜した。
地元銀行も膿だった太陽の騎士団のメンバーに対して檜山先輩の父が攻勢をかけ追い詰めてるらしい。
高橋グループも須藤グループも壊滅。地元の企業は大きなダメージを負っている。
そして、ドラゴンこと須藤太我が失墜し息子こと賢者も追われることになった。
新生したスティンガーも頭を失い混乱してる最中抜け出す者も出てきている。
何より痛いのは亀梨君と公生が作り出したシステムが完全に崩壊したこと。
もはや、ただのやり目サークルと化した彼等は悪評が広がり規模を拡大するどころか衰退する一方だという。
「と、いうわけ。今さら僕達が手を出すまでもない」
「でも公生君達と亀梨君達は危険なんじゃない?」
愛莉が聞いてきた。
「そこで愛莉の出番ってわけ?」
「ほえ?」
誠がUSBメモリを愛莉に渡す。
「これは?」
「現状のスティンガーの組織図と構成メンバー全員のリスト。余程混乱してるんだろうな。こんなものサーバーに放置したまま逃げ出してたぜ」
誠はそう言ってにやりと笑う。
「これをパパさんに渡せばいいんだね?」
「ああ、そうしたらおじさんが後は処理してくれる」
「わかった~」
愛莉はUSBメモリーをバッグにしまう。
「これで完全に壊滅か?」
美嘉さんが聞くと僕はうなずいた。
「届かなかった賢者にやっと手が届いた。チェックメイトだ」
「じゃあ、今夜は前祝だな!」
美嘉さんが言うとみんな盛り上がっている。
「冬夜君、私落ち着かなくて……」
愛莉の言いたい事は分かる。
「分かってるよ。今からおじさんに私に行こう?」
「うん」
「と、いうわけで渡辺君僕たちは先に帰るよ」
「そうか、じゃあまたな」
「うん、それじゃまた」
そして帰ると愛莉の家に寄る。
愛莉パパがいるのは愛莉が電話で確認済み。
愛莉ママにリビングに案内されると愛莉パパが待っている。
愛莉はUSBメモリを渡す。
「……最後まで君達の世話になったな。君達には被害の無いように隠密に一気に検挙するつもりだ」
「はい」
「……愛莉。先に片桐さんの家に帰りなさい」
「え、でも冬夜君は?」
「……冬夜君と話したい事がある」
「冬夜君隠し事しないから私がいてもいなくても一緒だよ」
それに今さら愛莉抜きの話ってなんだろう?
「愛莉ちゃん。男同士積もる話もあるのよ~今は二人っきりにしてあげようね~」
「うぅ……冬夜君あまり遅くなったらダメだよ」
「……心配ない」
「大丈夫だって」
「わかった~」
愛莉はそう言って一人僕の家に帰っていった。
愛莉ママが二つのコップとビール瓶を用意する。
「それじゃ、ごゆっくり~」
そう言って愛莉ママも寝室に入って行った。
「……まあ、飲みなさい」
「はい」
愛莉パパにビールを注がれると僕も愛莉パパのコップにビールを注ぐ。
「乾杯」
コップをカチンと鳴らすと愛莉パパは一気に飲みほす。
おかわりを注ごうとすると「ここから先は無礼講で行こう」という。
「……夢だったんだ」
へ?
「愛莉が『冬夜君のお嫁さんになるの~』と言ってた時からの夢だったんだ。冬夜君と二人で酒を交わすことがね」
そう言う事か。
父さんも前に言ってたっけ。息子と二人で酒を飲むのが夢だって。
「おじさんは男の子がほしかったんだけどね。愛莉と言う宝物を手に入れたはいいが、息子と言うものはくれなかったよ」
「それは愛莉も言ってました」
「だから愛莉の娘婿と二人で酒を酌み交わすことを夢見たよ。まさか片桐さんの息子さんとは思わなかったけどね。運命と言う奴なんだろうな」
そう言いながらも「どんどん飲みなさい」と酒を注いでくれる愛莉パパ。
その後も愛莉パパの話を聞いていた。娘の自慢話。僕と愛莉のやり取りを愛莉から聞いていた事。全部を話してくれてた。
「パパさん~そろそろ日が変わるわ~その辺にしとかないとあなたも仕事だし冬夜君も学校でしょう~?」
「む……もうそんな時間か?時間を取らせて悪かったね」
「いえ、ありがとうございまいた。またお盆にでも挨拶に伺います」
「ああ、娘をよろしく頼むよ」
「じゃあ、愛莉ちゃんによろしくね~」
愛莉ママに見送られ家に帰る。
すると愛莉が玄関で仁王立ちしていた。
「うぅ……遅くならないようにって言ったのに午前様ですか?」
「ああ、ごめんごめん」
「うわっお酒臭い。パパさん冬夜君に飲ませたの?」
「愛莉パパの夢だったらしいよ」
「ほえ?」
「とりあえずお風呂入ってくるね」
「うん、足下気を付けてね」
脱衣所にはタオルと僕の着替えが用意されていた。
風呂に入ると着替えて、酎ハイを二缶持って部屋に戻る。
それを見た愛莉は「まだ飲むの!?」と驚いていた。
「愛莉は一滴も飲んでないだろ?僕だけ楽しんで愛莉を待たせた罰ゲームだよ」
「……うん!」
愛莉と二人で酎ハイを飲みながらテレビを見る。
深夜で面白い番組がなかったからケーブルでアニメチャンネルにして適当にアニメを見る。
「パパさんとどんなお話してたの~?」
愛莉が聞くと笑って答える?
「愛莉の昔話」
「ほえ?」
「愛莉が小6の頃から僕の事をどう思ってるのか。じっくり聞かせてくれたよ」
「うぅ……すぐに忘れなさい!」
頭をぽかぽか叩く愛莉。
愛莉でも恥ずかしがる事あるんだな。
「愛莉の事まで忘れちゃうかもだぞ?」
ちょっと意地悪言ってやった。
「うぅ……冬夜君の意地悪~」
「愛莉本当は知ってたんじゃないのか?」
「何を?」
「おじさん昔からの夢だって言ってたぞ。僕と酒飲むの」
「そうなの?」
「うん小さい時から愛莉が僕のお嫁さんになるって言いだした頃からの夢だったって」
「あ、言ってたかも……てかそんな話もしてたの?」
「まあね」
「聞いた事今すぐ全部話しなさい!」
愛莉の機嫌はご立腹のようだ。
僕は布団に入る。
「あ、逃げちゃだめ~」
「愛莉もおいで。ベッドの中でたっぷり聞かせてやるから」
「……うん」
愛莉がベッドに入ると照明を消す。
そして愛莉を抱きしめおじさんから聞いた話を一つずつ聞かせてやった。
それは子守歌のように聞こえたみたいで、やがて寝息を立てていた。
愛莉の頭をさすってやる。
愛莉は僕にしがみ付く。
酔いもあったのか、愛莉のぬくもりを感じながら僕も眠りについた。
人生で一番暑い夏が訪れる。
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