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4thSEASON
隠せない始まりを
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(1)
「冬夜君、朝だよ~」
愛莉が朝の訪れを告げると僕は目を覚ます。
もっとも愛莉は目を覚まさないでいて欲しそうだったが。
その証拠に起き上がろうとすと僕の胸のあたりにしがみ付いて離さない。
上目遣いで訴える愛莉。
そんな愛莉の頭を撫でて言ってやる。
「ジョギングの時間だろ?」
「うぅ……」
愛莉は口を尖らせながらも渋々と僕を解放してくれる。
僕が着替えを始めると愛莉も着替え始める。
そして毎朝の日課をこなす。
日課をこなすとシャワーを浴びて朝食を食べ、たまには僕がと愛莉がシャワーを浴びてる間にコーヒーを入れて部屋に持って行く。
愛莉がシャワーから戻ってくればその香ばしい匂いに気がついて、嬉しいのか僕に抱き着いてくる。
「髪乾かさないと風邪引いちゃうよ?」
「うぅ……冬夜君は優しいのか意地悪なのかわかんないよ」
愚痴をこぼしながら愛莉は化粧台の前でドライヤーで髪を乾かす。
その間にニュースを見る。
相変わらずなニュースを見ながらスマホを弄っていれば、愛莉が戻ってきて抱きつく。
そんな愛莉の肩を抱いてやると、愛莉は満足してカフェオレを飲みだす。
「ねえ冬夜君?」
「どうしたの?」
「私思ったんだけどさ~……」
こういう時の愛莉の思うことは大抵ろくなことが無い。
今日もいつも通りだった。
「『冬夜君』って呼び方そろそろ変えた方がいいんじゃないかな?」
「どうして?」
「だってさ。もう夫婦同然の生活してるんだよ?いつまでも冬夜君っておかしいよ」
「別に僕は構わないけど……他にどんな呼び方があるの?」
「『冬夜さん』とか『冬夜』とか……」
そんなに変わらない気がしたのは僕だけだろうか?
そんな僕の反応に不満を感じたのかどうかは分からないけど愛莉の提案はエスカレートしていった。
「やっぱり『あなた』とか『ダーリン』とか『旦那様』とかの方が良い?」
最後のは誠なら喜びそうな気がする。
それはさておいて、さすがに結婚してないのにダーリンは早すぎやしないか?
「愛莉、今まで通りでいいんじゃないか?」
「でも……今はいいけど結婚したら『冬夜君』は絶対変だよ」
「女子グルでもいいから聞いてみたら結婚してる人に旦那の事はなんて呼んでるの?って……」
「わかった~」
愛莉はスマホを手に取ってメッセージを打っている。
そしてその反応を待っている。
その間も愛莉へのスキンシップは怠らない。
「もう邪魔しちゃだめだよ」とか言いながら嫌がるそぶりを見せない愛莉。
反応が返って来たらしい。
「名前呼び捨てにしてる」「今まで通り」「善君って呼んでる」等大体みんな同じ回答。
「な?言ったろ?」と言うと愛莉は渋々納得したようだ。
どう説明したら納得するだろう。
「愛莉ちゃん」
愛莉の名前を呼んでみた。
愛莉は驚いてる。
「今どう思った?」
「どうしたの突然!?って思った」
「慣れないことをするとそうなるよ。今まで通りが一番だって」
「うぅ……」
未だに悩む愛莉の体を抱きしめる。
「愛莉が思うように呼べばいいよ。でも愛莉がどう呼ぼうと僕は僕だよ。愛莉のものだ」
「……わかった~」
僕の言葉に納得したのか抱かれていることに喜んでるのか分からないけど、愛莉は僕を抱き返す。
「あ、冬夜君そろそろ時間だよ!」
愛莉に言われて時計を見る。確かにそろそろ準備しないと間に合わないな。
今日は皆で遊園地に遊びに行く日だ。
主に公生と奈留さんの為にセッティングしたようなものだけど。
奈留さんは公生からあの晩告白を受けたらしい。
で奈留さんはそれを受け入れたと。
「こりゃ2人の為にイベントつくってやらねーとな!」と美嘉さんは言う。
「まあ、二人で街ブラデートはやばいしやっぱり私達もついて行った方がいいよな」と神奈が言う。
こうして暇なメンバーが集まって遊園地に行くことになった。
大方の目的は2人のいちゃつきを見て冷やかしたいだけだろうと思ったけど。
「まあ、中学生の夏休みの思い出を作ってやるのも悪くないな」と渡辺君は言う。
「それなら、湖でキャンプするのもありじゃね?」と誠が提案すると皆賛成した。
僕が荷物を積んでる間に愛莉の準備が終わる。
そして家を出る。
「あの2人仲良くなってるかな~?」
「もともと仲良かったみたいだし大丈夫だろ」
「でも中学生だよまだ。色々あるんじゃないかな~?」
「愛莉は何かあった?」
「うぅ……冬夜君といっぱい喧嘩した」
それは今でもだろ?
「それって思いだしたくないもの?」
「ううん、どれも大切な思い出だよ」
「じゃ、問題ないじゃん」
「……そうだね!」
僕の意図を理解したのか愛莉は納得したようだ。
2人の事は2人で解決するしかない。
どうしても迷っていたら僕達が介入してやればいい。
でも押しつけは良くない。
あの二人の未来は2人で決める事だから。
(2)
望と私は私の実家に奈留と公生を迎えに行った。
ついでに望は私の両親に挨拶をする。
望と両親が話していると2人は準備を済ませたようだ。
望の運転で私たちは遊園地に向かう。
「エンペラーの所在は突き止めましたか?」
公生が聞いてきた。
「今調査してるところよ。警察も動いている。しばらくすれば捕まるわ」
「そうですか……」
「でもあなたが気にする事じゃないのよ?」
「え?」
「もうあなた達は高橋グループとは縁のない世界で生活するの。いつまでも過去にこだわっていてもしょうがないわ」
「しかし気がかりがあって……」
「もしそう言うのがあるなら私達に相談すると良い。あなた達が関わることじゃない。マスコミはまだあなた達を追及するでしょう。それだけの事をしたのだから仕方ない。でもそれに縛られる必要なんてどこにもない」
「わかりました」
「で、気がかりな点ってんですか?」
望が聞いた。
「エンペラーはエゴイストが抱えていた大勢の顧客リストを持っています。それがどこかに流出したと噂を聞いて」
「顧客リスト?」
「サークルの常連みたいなものです。中にはそういうのが好きな連中もいますから」
「君たちは持ってないの?」
「エゴイストの活動自体には関与してませんから」
「なるほどね……」
私と望は相談した。
その結果「放っておいて問題ないだろう」と結論付けた。
こんな話ばかりしてても仕方ない。
望は別の話題を振った。
「2人とも遊園地は初めて?」
「はい」
「乗り物とか大丈夫?」
「そこまで子供じゃないです」
奈留が言った。
「精一杯楽しむと良いよ」
「ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。皆こういうことが大好きな仲間なんだ」
「そうなんですね……」
2人ともまだ戸惑っているようだ。
当たり前の楽しみを今までしたことが無かったのだから仕方ない。
これから徐々に慣らしていけばいい。
それが本来のユニティの活動なのだから。
(3)
俺達がついた時には皆もう揃っていた。
来たのは冬夜先輩、遠坂先輩、渡辺夫妻、多田夫妻、桐谷夫妻、石原夫妻、酒井夫妻、公生と奈留。
みんな揃うと券売機で券を買う。
フリーパスのチケットを買うと腕に輪っかをつけられ入場ゲートをくぐる。
石原夫妻と公生と奈留は一緒に行動。後は自由になった。
「春奈はきたことあるっすか?」
「ないわ」
「じゃあ、俺のおすすめのアトラクションに行くっす」
いくつかの乗り物に乗った。
待ち時間の間は「こんな子供が乗るようなもので楽しめるの?」と言っていた春奈も「もう一回乗ろう」とはしゃいでた。
お化け屋敷にも挑戦した。
春奈にも怖い物があった。
その雰囲気と突然現れる仕掛けに驚いて俺に抱き着いていた。
「作り物っすよ」
「……上手くできてるわね」
お化け屋敷を出た頃には春奈はくたびれていた。
レストランで昼食がてら休憩を入れる。
春奈に席を確保してもらって注文を取りに行く。
注文の品をもって席に戻ると春奈が窓の外を見ていた。
窓の外に映るのは楽しそうに腕を組んで歩くカップル。
春奈も女性なんだ。
ああいうのに憧れるんだと思った。
「お待たせっす」
「あ、おかえり」
寂しそうだった彼女の表情は笑顔に変わる。
昼食を食べた後再びアトラクションを巡る。
そのとき勇気を出して左腕で春奈の右腕に組み付く。
春奈は驚いていた。
そして戸惑っていた。
でもやがて笑顔に変わって春奈の方から組み付いてきた。
「大体一通り回ったけどどうするっすか?」
「そうね……お土産買って帰りたいけど……あれにもう一回乗りたい」
春奈がそういうとその乗り物に乗ってそして入場ゲート付近のお土産屋さんに行こうとした時だった。
彼女はまだ何か躊躇っている。
「どうしたっすか?」
「いえ……何も無いわ」
春奈が何を見ていたのかはしっかり見てた。
「時間はまだたっぷりあるっすよ。行こう」
「え?」
春奈の腕を掴むとメリーゴーランドに並ぶ。
「……私の事子供だと思ったでしょ?」
「そんな事無いっすよ。ただやっぱり女性なんだなって」
短い時間だけど夢の時間を共有する。
「小さいときの夢だったの、テレビで観たメリーゴーランド。いつか男性と一緒に乗りたいって。ふと思い出してた」
「初めてだったんっすね」
「そうよ」
そんな彼女の可愛い要求を満たした後出口に向かう。
すると彼女が足を止める。
「不公平」
へ?
春奈は時計を見る。
「まだ時間はある」
そう言うと俺の腕を掴んで歩き出す。
どこに行こうというのだろう?
俺たちは観覧車に乗っていた。
「晴斗の彼女と行きたかった場所なんでしょ?」
そう言って春奈は笑う。
「どうしてわかったんすか?」
「最近晴斗の考えてる事が分かるようになった」
笑顔の春奈と一緒に観覧車に乗って、お土産屋によって。大きなぬいぐるみを買って出る。
「そんな大きな熊のぬいぐるみどうするんすか?」
そう聞くと春奈は頬を赤く染めていた。
聞いたら悪かったのかな?
「言っても笑わない?」
俺は頷くしかできなかった。
「これあなたに似てるでしょ?」
「俺が熊にっすか?」
「ええ?こんなに可愛くは無いけど」
「それと何か関係あるんすか?」
「……あなたがいない夜に……」
「へ?」
「あなたがいない夜に抱いて寝ようと思って!」
それは幸せな熊だな。
やはり春奈は女性なんだ。
ちょっとくすっと笑ってしまった。
すると春奈の機嫌を損ねてしまったようだ。
「笑わないって約束した!」
「さーせんっす!」
そう言って謝る俺を笑ってみている春奈。
二人で腕を組んで遊園地を出る。
出口では皆が待っていた。
「おせーぞ晴斗!」
「さーせん!」
「罰として全員分のテント設営な」
「マジっすか!?」
「嘘に決まってるだろ?」
渡辺先輩がそう言ってくれた。
桐谷先輩は一杯お土産を買ってる。
亜依先輩が頭を抱えてた。
ああ、特撮物のコーナーあったもんな。ここ。
(4)
「悠馬!そろそろ行くよ」
「ああ、分かってる」
僕は車を出す。
「地元民なら一度行っておくと良い」
先輩たちが勧めるホテルの予約を取ってあった。
リゾートホテルで中にはプールや温泉がある。
ホテルに着くとチェックインの手続きをして、部屋に入る。
広々していた。
海側の部屋だったので別府湾が一望できる。
「悠馬!準備出来たら早く行こう!」
「あ、ああ。ちょっと待って!」
どうしたんだろう、咲の機嫌が悪いみたいだ。
プールに行くと咲が水着姿で待っていた。
ピンクのフリルのついたビキニを着ている。
「綺麗だよ」
精一杯褒めたつもりだった。
「……あんたちゃんと見てる?」
「見てるよ」
先は僕の顔を両手でつかむ。
「ちゃんと見てよ!」
白い肌にピンクのビキニとても綺麗だ。
何かあるんだろうか?
分からなかった?
「折角だから遊ぼう!」
「そうだね」
時折感じる咲の視線。
僕何か悪いことした?
プールを出ると食事をする。
「美味しいね」
「そうね……」
素っ気ない咲の返事。
このまま気まずいまま旅行を終えるのは嫌だ。
「ごめん咲。僕達結婚したのに先輩たちみたいにうまく咲の気持ちを読めなくて。何が原因なのか分からないけど謝るから機嫌直してよ。折角の楽しい旅行が台無しだ」
「……すいません!!」
咲は店の人を呼ぶ。
「ワインを二つお願いします」
「咲!?」
「目一杯楽しむって言ったの悠馬だよ。私デザートとってくる!」
そう言って席を立つ咲。
本当に何があったんだ?
その後も咲の様子は変わらない。
とりあえず温泉に入る。
夜景を見ながらぼーっと考える。
倦怠期ってやつなんだろうか?
サプライズが足りなかった?
僕達このまま終わってしまうんだろうか?
どうやら僕の方が先に出たらしく咲を待つ。
その間にスマホで相談する。
片桐君が笑ってた。
「いつもの竹本君で大丈夫だから安心して」と片桐先輩は言う。
いつも通りのはずなのに彼女の機嫌を悪くしてるのは気のせいだというんだろうか?
スマホでやり取りしてるといつの間にか出てきた咲から頭を小突かれる。
「旅行中くらいスマホやめなよ!」
そう言ってスマホを取りあげられた。
部屋に戻るとテレビを見てる。
テレビを見てる時時折笑ってはいるけど、やっぱり様子が変だ。
僕と目が合うと目を逸らす。
夜も更けてそろそろ寝ようとベッドに入ると咲がやっと口を聞いてくれた。
「私より先に寝るわけ?」
「あ、ごめん。もう疲れたから寝ようかなって」
「私と一緒で疲れた?」
「あ、いや。そう言うつもりで言ったんじゃ……」
「本当に私の中に入ってくるのを拒絶してるみたいだね」
「上手く入り込めないんだ」
「わかったわよ。私からその閉じてる扉開いてあげるわ」
咲が首を振る。
「脱げ」
へ?
「先ず浴衣脱げ」
下手に反抗しても怒らせるだけだと思ったから素直に脱いだ。
「次にベッドに横になれ」
そう言いながらも自分も浴衣を脱ぐ咲。
咲は浴衣を脱ぎ終えるとベッドに横になった僕に跨ってマッサージを始める。
「こんなに逞しい体になるまで、こんなにはっきりドカタ焼けするまで日中働いて……その理由が私と旅行したいって……」
「だから深夜は控えたろ?」
「そんなの関係ない!!」
咲の怒ってる理由はわかった。
「分かったよ……僕が悪かった……ごめん」
「悪かった?ごめん?……何もわかってないじゃない!」
咲が叫んでる。
うつ伏せだけど泣いてることくらい分かる。
「私が怒ってるように見えるのは私のせいなの。そんなになるまで必死に働いてこんな素敵な旅行をプレゼントしてくれて嬉しくて……でもここで喜んだらまた悠馬無理するんじゃないか?って不安で素直になれない私がいけないの」
咲はマッサージを止めて僕に抱き着いてる。
「ねえ?私はどうしたら悠馬に恩返しができる?私に出来る事は何?こんな事しか思いつかない」
「恩返しなんて必要ないよ。だってこれが咲への恩返しなんだから」
「え?」
「咲は学校に通いながらバイトしながら僕もバイトしてるからって家事まで負担してる。その恩返し。咲にくつろげる時間をプレゼントしたくて」
「……そこまで言うなら私も言わせてもらう。それだけじゃ足りない、まだ足りないものがある」
「それはなに?」
咲の抱きしめる腕に力が入る。背中に胸が押し付けられる。
「悠馬に甘える時間が欲しい。滅多に二人きりの時間なんてないんだし」
「咲……離れて」
「え?」
戸惑いながらも僕から離れる咲。
仰向けになり起き上がると咲を抱きしめる。
「これでいい?」
「……うん。ありがとうね。ごめんね。私こんなに不器用な女だったかな。つくづく嫌になる」
「そんな咲を愛してる」
「ありがとう。私も愛してるよ」
その晩は咲の愛をたっぷりと受け入れた。
それが咲への恩返しになるならと。
(5)
その晩は大いに騒いだ。
肉と星と月と。
酒の肴はいくらでもあった。
話題も尽きることのないくらいあった。
それでも夜が更けると自然とみんな就寝する。
疲れていたんだろう。
僕と愛莉と石原夫妻と公生と奈留は残って火の番をしていた。
「みんなつかれちゃったんだね~」と愛莉
「そりゃあれだけ騒げは疲れるわよ」と恵美さん。
「公生と奈留は大丈夫?」と石原君が2人の心配をする。
「楽しくてテンション上がっちゃって眠れないんですよ」と公生は言う。
「それに、奈留の寝顔見るまでは起きてようかと」
「……馬鹿」
「それはそんなに慌てなくてもいつか見せてくれるよ」
「そうね。慌てなくても見れるわ。いつかきっと」
僕が言うと恵美さんがそう言って奈留を見て笑う。
「私はそんなガードの緩い女じゃありません」
「あら?彼の前でくらいガード緩めないと疲れるわよ。逆に彼の前でだけ甘えてればいいの」
「……ついていけません。先に寝ます。おやすみなさい」
「おやすみ~」
愛莉はそう言って先にテントに入った奈留を見守る。
「あれでいいのかな?」
公生が聞くと愛莉がくすっと笑った。
「あのくらいの年頃だとそうなのかもしれないね。先に寝ちゃうってことは寝顔を見ても良いよって事でしょ」
「まあ、そうですよね」
ちなみに愛莉の時はそんなことは一度もなかった。いきなり一緒のベッドに寝るくらいの勢いだった。
「それは冬夜君が行動に移してくれないから仕方なかっただけじゃない」
「へえ、片桐君そうだったんだ」
「そうだったんですね片桐君」
「大変だったんだよ、彼女に突然キスされたり一緒に寝ようって言われたり下着姿になられたり」
「余計なことは言わなくていいの!」
「……大変だったんですね。片桐君」
石原君なら分かってくれると思ってたよ。
「公生はそうなったらだめよ。ちゃんと自分から押してあげないと。ね?片桐君」
恵美さんは僕に話を振る。
「そうだね、ちょっとまだ抵抗あるみたいだけど公生には心開いてるみたいだよ。いつでも待ってるみたいな」
「……じゃあ、僕もそろそろ寝ます」
「ごゆっくり~」
公生も奈留の寝てるテントに入っていった。
「じゃ、保護者の私達もそろそろ寝るとしますか?」
「おやすみ片桐君」
そう言って石原夫妻もテントに入っていった。
「冬夜君は寝ないの?」
「ああ、まだ残ってるから」
そう言ってドリンクの缶を振る。
「ねえ冬夜君」
愛莉がテントの中に入ると懐中電灯を持ってきた。
「一度やってみたかったんだ」
愛莉の意図をくみ取った僕は火を消す。
闇に包まれ懐中電灯の明かりだけを頼りに湖の周囲の探索する。
「変なのでないよね?」
「この辺りでそういう話を聞いたことはあるよ。この湖よりもうちょっと先にいった木の話なんだけど……」
「やだ~!冬夜君の意地悪!」
ぽかっ
よく怖いのに夜道を歩こうって気になったな。
「なんかさ、バサッと出てきて『きゃっ、冬夜君怖~いってやってみたいんだよね』」
愛莉がそんな事言うもんだから。
わき道から猫が飛び出してきた。
「きゃっ」
愛莉は望み通り僕の腕にしがみ付く。
宵闇の中目が光ってる動物はそのまま反対側の茂みへ入っていく。
「望み叶って良かったね」
ぽかっ
「うぅ……やっぱり今の冬夜君は意地悪だ」
そんな愛莉と手を繋いで足下を照らしながら湖を一周する。
「明日の朝もう一回散歩しよ?」
「いいけど、ジョギングじゃなくていいの?」
「私自転車持ってきてないもん」
「わかった、いいよ」
「じゃ、今夜は早く寝ないとね」
テントに戻る際に愛莉はもじもじしてる。
「どうしたの?」
「トイレに行きたいんだけど……」
「行って来ればいいじゃない?」
「虫さんとかいて怖いの」
だからといって僕が一緒について行ったら完全に犯罪だぞ。
「夜に照明がついてるんだからしょうがないよ」
「……ここで待っててくれる?」
「ああ、ちゃんと待ってるよ」
「一人で帰ったりしたら駄目だからね」
そう言って愛莉はお手洗いに行った。
「あれ?片桐君達じゃない?」
桐谷夫妻と酒井夫妻だ。どうしたんだろ?
「どうしたの?こんな時間に」
「片桐くんこそどうしたのこんな時間にいなくなってるし」
亜依さんが聞いてきた。
「いや、愛莉のトイレ待ち」
「ああ、私達もなんか怖くてさ、こういうトイレなんかいそうじゃん」
「僕だって嫌だよ、虫とかでかいのいるしさ」
「瑛大それでも男か!」
「男だって怖いもんあるよ、な?酒井君」
「そ、そうだね?」
酒井君も付き添い?
「これも訓練だって言われてね」
夜の警護ってわけか。
愛莉がお手洗いから出てくる。
「あ、晶に亜依じゃんどうしたの?」
「ちょっと飲み過ぎてね。もよおしたのよ」
「なるほどね」
3人は話している。
その後晶さんと亜依さんがお手洗いにいって戻ってくるとテントに戻る。
すると石原君が一人で火を起こしていた。
「石原君どうしたの?」
「ああ、日頃の訓練の癖が出ちゃってね。どうしても見張ってないと落ち着かないんだ」
徹底的にしごかれてるわけね。
黒いパーカーにカーゴパンツをはいた石原君の雄姿はばっちり映像を取られていた。
格闘戦ならともかくまさか拳銃持った男にまで対処するとはね。ましてや相手はプロだったそうだし。
「偶々ですよ」
偶々で銃弾を避けるなんて芸当無理だから。
「向けてる銃口と引き金を引くタイミングさえ把握したら案外簡単ですよ」
軽く言ってのける石原君。
女性陣は先に寝てる。
「石原君はずっと起きてるの?」
「過眠くらいは取りますよ。敵意を感じるくらいはできるから」
やっぱり君は凄いよ石原君。
「じゃあ、僕達は普通に寝るから。後よろしく」
「任せてください」
テントに入ると愛莉は起きていた。
寝てなかったの?
「一人でテントで寝るなんて無理だよ~」
「……わかったよ」
愛莉の隣に寝そべってタオルケットをかける」
「朝一人で出かけるなんて駄目だからね?」
「ちゃんと起こしてやるから」
「だめ!」
「?」
「冬夜君は私が起こすの!」
難しいお嫁さんだ。
またトリセツ更新しないとな。
「じゃあそろそろ寝ようか?」
「うんおやすみ」
「おやすみ」
愛莉は僕の腕にしがみ付いて寝付いた。
石原君はまだ起きてるようだ。
時々残ってるドリンクを飲みながら待機してる。
外が暗くなる。
石原君が火を消したようだ。
仮眠を取るんだろう。
月明かりも届かぬ宵闇の中静かに眠る愛莉。
その寝息を子守歌代わりに聞きながら僕も眠りについた。
もうすぐ夏が終わる。
奈留と公生も新学期から新しい学校での生活が始まる。
その前に想い出を。
女性陣はその想い出の地を決めていたようだ。
「奈留ちゃんなら絶対気に入るって」
その一言で嫌な予感がした。
まあ、公生ならうまくやるだろう。
また明日ねってよく考えなくて笑顔で言ったその後、また明日ねって言える君が居てくれるって気づく。
君が居てくれるから信じていられる、信じられてる。
公生と奈留もそんな境地に発つことがあるだろう。
そう遠くは無いなそんな気がした。
「冬夜君まだ寝ないの?」
眠そうに愛莉が言ってる。
「もう寝るよ、明日早いんだろ」
「うん」
「おやすみ愛莉」
「ふぁ~い」
愛莉はまた寝入った。
僕もそろそろ寝るか。
おやすみなさい。良い夢を。
エゴイストとの闘争が終わり平穏が訪れた。
不安な事はある。それでも前に進もう。
そう思った夏の終わりの夜の事だった。
「冬夜君、朝だよ~」
愛莉が朝の訪れを告げると僕は目を覚ます。
もっとも愛莉は目を覚まさないでいて欲しそうだったが。
その証拠に起き上がろうとすと僕の胸のあたりにしがみ付いて離さない。
上目遣いで訴える愛莉。
そんな愛莉の頭を撫でて言ってやる。
「ジョギングの時間だろ?」
「うぅ……」
愛莉は口を尖らせながらも渋々と僕を解放してくれる。
僕が着替えを始めると愛莉も着替え始める。
そして毎朝の日課をこなす。
日課をこなすとシャワーを浴びて朝食を食べ、たまには僕がと愛莉がシャワーを浴びてる間にコーヒーを入れて部屋に持って行く。
愛莉がシャワーから戻ってくればその香ばしい匂いに気がついて、嬉しいのか僕に抱き着いてくる。
「髪乾かさないと風邪引いちゃうよ?」
「うぅ……冬夜君は優しいのか意地悪なのかわかんないよ」
愚痴をこぼしながら愛莉は化粧台の前でドライヤーで髪を乾かす。
その間にニュースを見る。
相変わらずなニュースを見ながらスマホを弄っていれば、愛莉が戻ってきて抱きつく。
そんな愛莉の肩を抱いてやると、愛莉は満足してカフェオレを飲みだす。
「ねえ冬夜君?」
「どうしたの?」
「私思ったんだけどさ~……」
こういう時の愛莉の思うことは大抵ろくなことが無い。
今日もいつも通りだった。
「『冬夜君』って呼び方そろそろ変えた方がいいんじゃないかな?」
「どうして?」
「だってさ。もう夫婦同然の生活してるんだよ?いつまでも冬夜君っておかしいよ」
「別に僕は構わないけど……他にどんな呼び方があるの?」
「『冬夜さん』とか『冬夜』とか……」
そんなに変わらない気がしたのは僕だけだろうか?
そんな僕の反応に不満を感じたのかどうかは分からないけど愛莉の提案はエスカレートしていった。
「やっぱり『あなた』とか『ダーリン』とか『旦那様』とかの方が良い?」
最後のは誠なら喜びそうな気がする。
それはさておいて、さすがに結婚してないのにダーリンは早すぎやしないか?
「愛莉、今まで通りでいいんじゃないか?」
「でも……今はいいけど結婚したら『冬夜君』は絶対変だよ」
「女子グルでもいいから聞いてみたら結婚してる人に旦那の事はなんて呼んでるの?って……」
「わかった~」
愛莉はスマホを手に取ってメッセージを打っている。
そしてその反応を待っている。
その間も愛莉へのスキンシップは怠らない。
「もう邪魔しちゃだめだよ」とか言いながら嫌がるそぶりを見せない愛莉。
反応が返って来たらしい。
「名前呼び捨てにしてる」「今まで通り」「善君って呼んでる」等大体みんな同じ回答。
「な?言ったろ?」と言うと愛莉は渋々納得したようだ。
どう説明したら納得するだろう。
「愛莉ちゃん」
愛莉の名前を呼んでみた。
愛莉は驚いてる。
「今どう思った?」
「どうしたの突然!?って思った」
「慣れないことをするとそうなるよ。今まで通りが一番だって」
「うぅ……」
未だに悩む愛莉の体を抱きしめる。
「愛莉が思うように呼べばいいよ。でも愛莉がどう呼ぼうと僕は僕だよ。愛莉のものだ」
「……わかった~」
僕の言葉に納得したのか抱かれていることに喜んでるのか分からないけど、愛莉は僕を抱き返す。
「あ、冬夜君そろそろ時間だよ!」
愛莉に言われて時計を見る。確かにそろそろ準備しないと間に合わないな。
今日は皆で遊園地に遊びに行く日だ。
主に公生と奈留さんの為にセッティングしたようなものだけど。
奈留さんは公生からあの晩告白を受けたらしい。
で奈留さんはそれを受け入れたと。
「こりゃ2人の為にイベントつくってやらねーとな!」と美嘉さんは言う。
「まあ、二人で街ブラデートはやばいしやっぱり私達もついて行った方がいいよな」と神奈が言う。
こうして暇なメンバーが集まって遊園地に行くことになった。
大方の目的は2人のいちゃつきを見て冷やかしたいだけだろうと思ったけど。
「まあ、中学生の夏休みの思い出を作ってやるのも悪くないな」と渡辺君は言う。
「それなら、湖でキャンプするのもありじゃね?」と誠が提案すると皆賛成した。
僕が荷物を積んでる間に愛莉の準備が終わる。
そして家を出る。
「あの2人仲良くなってるかな~?」
「もともと仲良かったみたいだし大丈夫だろ」
「でも中学生だよまだ。色々あるんじゃないかな~?」
「愛莉は何かあった?」
「うぅ……冬夜君といっぱい喧嘩した」
それは今でもだろ?
「それって思いだしたくないもの?」
「ううん、どれも大切な思い出だよ」
「じゃ、問題ないじゃん」
「……そうだね!」
僕の意図を理解したのか愛莉は納得したようだ。
2人の事は2人で解決するしかない。
どうしても迷っていたら僕達が介入してやればいい。
でも押しつけは良くない。
あの二人の未来は2人で決める事だから。
(2)
望と私は私の実家に奈留と公生を迎えに行った。
ついでに望は私の両親に挨拶をする。
望と両親が話していると2人は準備を済ませたようだ。
望の運転で私たちは遊園地に向かう。
「エンペラーの所在は突き止めましたか?」
公生が聞いてきた。
「今調査してるところよ。警察も動いている。しばらくすれば捕まるわ」
「そうですか……」
「でもあなたが気にする事じゃないのよ?」
「え?」
「もうあなた達は高橋グループとは縁のない世界で生活するの。いつまでも過去にこだわっていてもしょうがないわ」
「しかし気がかりがあって……」
「もしそう言うのがあるなら私達に相談すると良い。あなた達が関わることじゃない。マスコミはまだあなた達を追及するでしょう。それだけの事をしたのだから仕方ない。でもそれに縛られる必要なんてどこにもない」
「わかりました」
「で、気がかりな点ってんですか?」
望が聞いた。
「エンペラーはエゴイストが抱えていた大勢の顧客リストを持っています。それがどこかに流出したと噂を聞いて」
「顧客リスト?」
「サークルの常連みたいなものです。中にはそういうのが好きな連中もいますから」
「君たちは持ってないの?」
「エゴイストの活動自体には関与してませんから」
「なるほどね……」
私と望は相談した。
その結果「放っておいて問題ないだろう」と結論付けた。
こんな話ばかりしてても仕方ない。
望は別の話題を振った。
「2人とも遊園地は初めて?」
「はい」
「乗り物とか大丈夫?」
「そこまで子供じゃないです」
奈留が言った。
「精一杯楽しむと良いよ」
「ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。皆こういうことが大好きな仲間なんだ」
「そうなんですね……」
2人ともまだ戸惑っているようだ。
当たり前の楽しみを今までしたことが無かったのだから仕方ない。
これから徐々に慣らしていけばいい。
それが本来のユニティの活動なのだから。
(3)
俺達がついた時には皆もう揃っていた。
来たのは冬夜先輩、遠坂先輩、渡辺夫妻、多田夫妻、桐谷夫妻、石原夫妻、酒井夫妻、公生と奈留。
みんな揃うと券売機で券を買う。
フリーパスのチケットを買うと腕に輪っかをつけられ入場ゲートをくぐる。
石原夫妻と公生と奈留は一緒に行動。後は自由になった。
「春奈はきたことあるっすか?」
「ないわ」
「じゃあ、俺のおすすめのアトラクションに行くっす」
いくつかの乗り物に乗った。
待ち時間の間は「こんな子供が乗るようなもので楽しめるの?」と言っていた春奈も「もう一回乗ろう」とはしゃいでた。
お化け屋敷にも挑戦した。
春奈にも怖い物があった。
その雰囲気と突然現れる仕掛けに驚いて俺に抱き着いていた。
「作り物っすよ」
「……上手くできてるわね」
お化け屋敷を出た頃には春奈はくたびれていた。
レストランで昼食がてら休憩を入れる。
春奈に席を確保してもらって注文を取りに行く。
注文の品をもって席に戻ると春奈が窓の外を見ていた。
窓の外に映るのは楽しそうに腕を組んで歩くカップル。
春奈も女性なんだ。
ああいうのに憧れるんだと思った。
「お待たせっす」
「あ、おかえり」
寂しそうだった彼女の表情は笑顔に変わる。
昼食を食べた後再びアトラクションを巡る。
そのとき勇気を出して左腕で春奈の右腕に組み付く。
春奈は驚いていた。
そして戸惑っていた。
でもやがて笑顔に変わって春奈の方から組み付いてきた。
「大体一通り回ったけどどうするっすか?」
「そうね……お土産買って帰りたいけど……あれにもう一回乗りたい」
春奈がそういうとその乗り物に乗ってそして入場ゲート付近のお土産屋さんに行こうとした時だった。
彼女はまだ何か躊躇っている。
「どうしたっすか?」
「いえ……何も無いわ」
春奈が何を見ていたのかはしっかり見てた。
「時間はまだたっぷりあるっすよ。行こう」
「え?」
春奈の腕を掴むとメリーゴーランドに並ぶ。
「……私の事子供だと思ったでしょ?」
「そんな事無いっすよ。ただやっぱり女性なんだなって」
短い時間だけど夢の時間を共有する。
「小さいときの夢だったの、テレビで観たメリーゴーランド。いつか男性と一緒に乗りたいって。ふと思い出してた」
「初めてだったんっすね」
「そうよ」
そんな彼女の可愛い要求を満たした後出口に向かう。
すると彼女が足を止める。
「不公平」
へ?
春奈は時計を見る。
「まだ時間はある」
そう言うと俺の腕を掴んで歩き出す。
どこに行こうというのだろう?
俺たちは観覧車に乗っていた。
「晴斗の彼女と行きたかった場所なんでしょ?」
そう言って春奈は笑う。
「どうしてわかったんすか?」
「最近晴斗の考えてる事が分かるようになった」
笑顔の春奈と一緒に観覧車に乗って、お土産屋によって。大きなぬいぐるみを買って出る。
「そんな大きな熊のぬいぐるみどうするんすか?」
そう聞くと春奈は頬を赤く染めていた。
聞いたら悪かったのかな?
「言っても笑わない?」
俺は頷くしかできなかった。
「これあなたに似てるでしょ?」
「俺が熊にっすか?」
「ええ?こんなに可愛くは無いけど」
「それと何か関係あるんすか?」
「……あなたがいない夜に……」
「へ?」
「あなたがいない夜に抱いて寝ようと思って!」
それは幸せな熊だな。
やはり春奈は女性なんだ。
ちょっとくすっと笑ってしまった。
すると春奈の機嫌を損ねてしまったようだ。
「笑わないって約束した!」
「さーせんっす!」
そう言って謝る俺を笑ってみている春奈。
二人で腕を組んで遊園地を出る。
出口では皆が待っていた。
「おせーぞ晴斗!」
「さーせん!」
「罰として全員分のテント設営な」
「マジっすか!?」
「嘘に決まってるだろ?」
渡辺先輩がそう言ってくれた。
桐谷先輩は一杯お土産を買ってる。
亜依先輩が頭を抱えてた。
ああ、特撮物のコーナーあったもんな。ここ。
(4)
「悠馬!そろそろ行くよ」
「ああ、分かってる」
僕は車を出す。
「地元民なら一度行っておくと良い」
先輩たちが勧めるホテルの予約を取ってあった。
リゾートホテルで中にはプールや温泉がある。
ホテルに着くとチェックインの手続きをして、部屋に入る。
広々していた。
海側の部屋だったので別府湾が一望できる。
「悠馬!準備出来たら早く行こう!」
「あ、ああ。ちょっと待って!」
どうしたんだろう、咲の機嫌が悪いみたいだ。
プールに行くと咲が水着姿で待っていた。
ピンクのフリルのついたビキニを着ている。
「綺麗だよ」
精一杯褒めたつもりだった。
「……あんたちゃんと見てる?」
「見てるよ」
先は僕の顔を両手でつかむ。
「ちゃんと見てよ!」
白い肌にピンクのビキニとても綺麗だ。
何かあるんだろうか?
分からなかった?
「折角だから遊ぼう!」
「そうだね」
時折感じる咲の視線。
僕何か悪いことした?
プールを出ると食事をする。
「美味しいね」
「そうね……」
素っ気ない咲の返事。
このまま気まずいまま旅行を終えるのは嫌だ。
「ごめん咲。僕達結婚したのに先輩たちみたいにうまく咲の気持ちを読めなくて。何が原因なのか分からないけど謝るから機嫌直してよ。折角の楽しい旅行が台無しだ」
「……すいません!!」
咲は店の人を呼ぶ。
「ワインを二つお願いします」
「咲!?」
「目一杯楽しむって言ったの悠馬だよ。私デザートとってくる!」
そう言って席を立つ咲。
本当に何があったんだ?
その後も咲の様子は変わらない。
とりあえず温泉に入る。
夜景を見ながらぼーっと考える。
倦怠期ってやつなんだろうか?
サプライズが足りなかった?
僕達このまま終わってしまうんだろうか?
どうやら僕の方が先に出たらしく咲を待つ。
その間にスマホで相談する。
片桐君が笑ってた。
「いつもの竹本君で大丈夫だから安心して」と片桐先輩は言う。
いつも通りのはずなのに彼女の機嫌を悪くしてるのは気のせいだというんだろうか?
スマホでやり取りしてるといつの間にか出てきた咲から頭を小突かれる。
「旅行中くらいスマホやめなよ!」
そう言ってスマホを取りあげられた。
部屋に戻るとテレビを見てる。
テレビを見てる時時折笑ってはいるけど、やっぱり様子が変だ。
僕と目が合うと目を逸らす。
夜も更けてそろそろ寝ようとベッドに入ると咲がやっと口を聞いてくれた。
「私より先に寝るわけ?」
「あ、ごめん。もう疲れたから寝ようかなって」
「私と一緒で疲れた?」
「あ、いや。そう言うつもりで言ったんじゃ……」
「本当に私の中に入ってくるのを拒絶してるみたいだね」
「上手く入り込めないんだ」
「わかったわよ。私からその閉じてる扉開いてあげるわ」
咲が首を振る。
「脱げ」
へ?
「先ず浴衣脱げ」
下手に反抗しても怒らせるだけだと思ったから素直に脱いだ。
「次にベッドに横になれ」
そう言いながらも自分も浴衣を脱ぐ咲。
咲は浴衣を脱ぎ終えるとベッドに横になった僕に跨ってマッサージを始める。
「こんなに逞しい体になるまで、こんなにはっきりドカタ焼けするまで日中働いて……その理由が私と旅行したいって……」
「だから深夜は控えたろ?」
「そんなの関係ない!!」
咲の怒ってる理由はわかった。
「分かったよ……僕が悪かった……ごめん」
「悪かった?ごめん?……何もわかってないじゃない!」
咲が叫んでる。
うつ伏せだけど泣いてることくらい分かる。
「私が怒ってるように見えるのは私のせいなの。そんなになるまで必死に働いてこんな素敵な旅行をプレゼントしてくれて嬉しくて……でもここで喜んだらまた悠馬無理するんじゃないか?って不安で素直になれない私がいけないの」
咲はマッサージを止めて僕に抱き着いてる。
「ねえ?私はどうしたら悠馬に恩返しができる?私に出来る事は何?こんな事しか思いつかない」
「恩返しなんて必要ないよ。だってこれが咲への恩返しなんだから」
「え?」
「咲は学校に通いながらバイトしながら僕もバイトしてるからって家事まで負担してる。その恩返し。咲にくつろげる時間をプレゼントしたくて」
「……そこまで言うなら私も言わせてもらう。それだけじゃ足りない、まだ足りないものがある」
「それはなに?」
咲の抱きしめる腕に力が入る。背中に胸が押し付けられる。
「悠馬に甘える時間が欲しい。滅多に二人きりの時間なんてないんだし」
「咲……離れて」
「え?」
戸惑いながらも僕から離れる咲。
仰向けになり起き上がると咲を抱きしめる。
「これでいい?」
「……うん。ありがとうね。ごめんね。私こんなに不器用な女だったかな。つくづく嫌になる」
「そんな咲を愛してる」
「ありがとう。私も愛してるよ」
その晩は咲の愛をたっぷりと受け入れた。
それが咲への恩返しになるならと。
(5)
その晩は大いに騒いだ。
肉と星と月と。
酒の肴はいくらでもあった。
話題も尽きることのないくらいあった。
それでも夜が更けると自然とみんな就寝する。
疲れていたんだろう。
僕と愛莉と石原夫妻と公生と奈留は残って火の番をしていた。
「みんなつかれちゃったんだね~」と愛莉
「そりゃあれだけ騒げは疲れるわよ」と恵美さん。
「公生と奈留は大丈夫?」と石原君が2人の心配をする。
「楽しくてテンション上がっちゃって眠れないんですよ」と公生は言う。
「それに、奈留の寝顔見るまでは起きてようかと」
「……馬鹿」
「それはそんなに慌てなくてもいつか見せてくれるよ」
「そうね。慌てなくても見れるわ。いつかきっと」
僕が言うと恵美さんがそう言って奈留を見て笑う。
「私はそんなガードの緩い女じゃありません」
「あら?彼の前でくらいガード緩めないと疲れるわよ。逆に彼の前でだけ甘えてればいいの」
「……ついていけません。先に寝ます。おやすみなさい」
「おやすみ~」
愛莉はそう言って先にテントに入った奈留を見守る。
「あれでいいのかな?」
公生が聞くと愛莉がくすっと笑った。
「あのくらいの年頃だとそうなのかもしれないね。先に寝ちゃうってことは寝顔を見ても良いよって事でしょ」
「まあ、そうですよね」
ちなみに愛莉の時はそんなことは一度もなかった。いきなり一緒のベッドに寝るくらいの勢いだった。
「それは冬夜君が行動に移してくれないから仕方なかっただけじゃない」
「へえ、片桐君そうだったんだ」
「そうだったんですね片桐君」
「大変だったんだよ、彼女に突然キスされたり一緒に寝ようって言われたり下着姿になられたり」
「余計なことは言わなくていいの!」
「……大変だったんですね。片桐君」
石原君なら分かってくれると思ってたよ。
「公生はそうなったらだめよ。ちゃんと自分から押してあげないと。ね?片桐君」
恵美さんは僕に話を振る。
「そうだね、ちょっとまだ抵抗あるみたいだけど公生には心開いてるみたいだよ。いつでも待ってるみたいな」
「……じゃあ、僕もそろそろ寝ます」
「ごゆっくり~」
公生も奈留の寝てるテントに入っていった。
「じゃ、保護者の私達もそろそろ寝るとしますか?」
「おやすみ片桐君」
そう言って石原夫妻もテントに入っていった。
「冬夜君は寝ないの?」
「ああ、まだ残ってるから」
そう言ってドリンクの缶を振る。
「ねえ冬夜君」
愛莉がテントの中に入ると懐中電灯を持ってきた。
「一度やってみたかったんだ」
愛莉の意図をくみ取った僕は火を消す。
闇に包まれ懐中電灯の明かりだけを頼りに湖の周囲の探索する。
「変なのでないよね?」
「この辺りでそういう話を聞いたことはあるよ。この湖よりもうちょっと先にいった木の話なんだけど……」
「やだ~!冬夜君の意地悪!」
ぽかっ
よく怖いのに夜道を歩こうって気になったな。
「なんかさ、バサッと出てきて『きゃっ、冬夜君怖~いってやってみたいんだよね』」
愛莉がそんな事言うもんだから。
わき道から猫が飛び出してきた。
「きゃっ」
愛莉は望み通り僕の腕にしがみ付く。
宵闇の中目が光ってる動物はそのまま反対側の茂みへ入っていく。
「望み叶って良かったね」
ぽかっ
「うぅ……やっぱり今の冬夜君は意地悪だ」
そんな愛莉と手を繋いで足下を照らしながら湖を一周する。
「明日の朝もう一回散歩しよ?」
「いいけど、ジョギングじゃなくていいの?」
「私自転車持ってきてないもん」
「わかった、いいよ」
「じゃ、今夜は早く寝ないとね」
テントに戻る際に愛莉はもじもじしてる。
「どうしたの?」
「トイレに行きたいんだけど……」
「行って来ればいいじゃない?」
「虫さんとかいて怖いの」
だからといって僕が一緒について行ったら完全に犯罪だぞ。
「夜に照明がついてるんだからしょうがないよ」
「……ここで待っててくれる?」
「ああ、ちゃんと待ってるよ」
「一人で帰ったりしたら駄目だからね」
そう言って愛莉はお手洗いに行った。
「あれ?片桐君達じゃない?」
桐谷夫妻と酒井夫妻だ。どうしたんだろ?
「どうしたの?こんな時間に」
「片桐くんこそどうしたのこんな時間にいなくなってるし」
亜依さんが聞いてきた。
「いや、愛莉のトイレ待ち」
「ああ、私達もなんか怖くてさ、こういうトイレなんかいそうじゃん」
「僕だって嫌だよ、虫とかでかいのいるしさ」
「瑛大それでも男か!」
「男だって怖いもんあるよ、な?酒井君」
「そ、そうだね?」
酒井君も付き添い?
「これも訓練だって言われてね」
夜の警護ってわけか。
愛莉がお手洗いから出てくる。
「あ、晶に亜依じゃんどうしたの?」
「ちょっと飲み過ぎてね。もよおしたのよ」
「なるほどね」
3人は話している。
その後晶さんと亜依さんがお手洗いにいって戻ってくるとテントに戻る。
すると石原君が一人で火を起こしていた。
「石原君どうしたの?」
「ああ、日頃の訓練の癖が出ちゃってね。どうしても見張ってないと落ち着かないんだ」
徹底的にしごかれてるわけね。
黒いパーカーにカーゴパンツをはいた石原君の雄姿はばっちり映像を取られていた。
格闘戦ならともかくまさか拳銃持った男にまで対処するとはね。ましてや相手はプロだったそうだし。
「偶々ですよ」
偶々で銃弾を避けるなんて芸当無理だから。
「向けてる銃口と引き金を引くタイミングさえ把握したら案外簡単ですよ」
軽く言ってのける石原君。
女性陣は先に寝てる。
「石原君はずっと起きてるの?」
「過眠くらいは取りますよ。敵意を感じるくらいはできるから」
やっぱり君は凄いよ石原君。
「じゃあ、僕達は普通に寝るから。後よろしく」
「任せてください」
テントに入ると愛莉は起きていた。
寝てなかったの?
「一人でテントで寝るなんて無理だよ~」
「……わかったよ」
愛莉の隣に寝そべってタオルケットをかける」
「朝一人で出かけるなんて駄目だからね?」
「ちゃんと起こしてやるから」
「だめ!」
「?」
「冬夜君は私が起こすの!」
難しいお嫁さんだ。
またトリセツ更新しないとな。
「じゃあそろそろ寝ようか?」
「うんおやすみ」
「おやすみ」
愛莉は僕の腕にしがみ付いて寝付いた。
石原君はまだ起きてるようだ。
時々残ってるドリンクを飲みながら待機してる。
外が暗くなる。
石原君が火を消したようだ。
仮眠を取るんだろう。
月明かりも届かぬ宵闇の中静かに眠る愛莉。
その寝息を子守歌代わりに聞きながら僕も眠りについた。
もうすぐ夏が終わる。
奈留と公生も新学期から新しい学校での生活が始まる。
その前に想い出を。
女性陣はその想い出の地を決めていたようだ。
「奈留ちゃんなら絶対気に入るって」
その一言で嫌な予感がした。
まあ、公生ならうまくやるだろう。
また明日ねってよく考えなくて笑顔で言ったその後、また明日ねって言える君が居てくれるって気づく。
君が居てくれるから信じていられる、信じられてる。
公生と奈留もそんな境地に発つことがあるだろう。
そう遠くは無いなそんな気がした。
「冬夜君まだ寝ないの?」
眠そうに愛莉が言ってる。
「もう寝るよ、明日早いんだろ」
「うん」
「おやすみ愛莉」
「ふぁ~い」
愛莉はまた寝入った。
僕もそろそろ寝るか。
おやすみなさい。良い夢を。
エゴイストとの闘争が終わり平穏が訪れた。
不安な事はある。それでも前に進もう。
そう思った夏の終わりの夜の事だった。
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