優等生と劣等生

和希

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3rdSEASON

バトンタッチ

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(1)

「冬夜君朝だよ」

愛莉の声で目を覚ます。
ベッドから出ると着替え始める。
愛莉と家を出るといつもの公園に向かう。
軽くストレッチすると走り出す。
1時間くらい走ったところで愛莉から終わりを告げられ、家に戻る。
シャワーを浴びて準備をすると朝食が出来てる。
愛莉がシャワーを浴びてる間ネットを見る。
そう言えばオリンピック代表強化合宿の招待もきてたんだった。
来月末の連休3日間に行われるらしい。
顔ぶれはユニバーシアードとそんなに変わらないらしい。
その事は愛莉にも伝えてる。

「夢にまた一歩近づいたね」

愛莉は喜んでくれた。
この一歩で挫けてたら話にならないんだけど。
来年度は忙しくなる。
李相佰盃もあるし、そして春季大会もある。
8月にはユニバーシアード大会があるし、アジア選手権もある。
アジア選手権で勝たないとその時点でオリンピックの夢は絶たれてしまう。

「しょうがないよ、冬夜君が決めたことだから」と愛莉は言ってくれる。

とにかく、3年と4年の休みはこれまでのように遊びに行く暇は無いという事。
愛莉はその事を受け入れてくれた。
履修科目もその事を考慮して決めてくれるらしい。

愛莉がマグカップをもって戻ってきた。
コーヒーを飲みながらニュースを見る。
時間になると荷物を持って家を出る。
試合会場となる医学部のキャンバスに向かった。



会場の更衣室で着替えるとコートに出る。
女バスが練習している。
先に女バスの試合からやるらしい。
女バスの監督が指示を飛ばしてる。

「片桐先輩こっち!」

佐倉さんが2階から手招きしている。
僕と愛莉は2階へ向かった。

(2)

女子の試合は無難に進んだ。
相手がゾーンを組む間も与えない速攻。
相手のディフェンスを軽々と抜き去る羽海野さんのドライブ。
精度の高い村川さんの3P。
ゴール下の支配率の高い小島さん。
速攻の形に持って行く夏川さん。
そしてポイントゲッターの藤堂さん。
誰を見ても相手よりも格上だった。
実力差をまざまざと見せつける。
相手の応援も空しく大差をつけての女バスの圧勝。
控室の前に移動すると蒼汰と村川さんがハイタッチする。

「3P見事だったよ」
「ありがとう、蒼汰君は出ないんだっけ?」
「うん、今日は木元先輩がいるから俺はお休み」
「悪いな、出番を取ってしまって」

そう言って木元先輩が話に混ざる。

「実力でも先輩の方が上だからしかないっす。ベンチから勉強させてもらいます」
「相手のPGも見とけ、お前と同い年だ。必ず対戦するときあるんだから」
「了解っす」

恭太も小島さんに話をしている。

「見事なプレイだった」
「あ、ありがとう。恭太も頑張って」
「ああ、負けてられないからな」

夏川さんが男バス全員に向かって言う。

「私達はきっちり勝ってみせた。次は男バスの番だよ」

真司が夏川さんに言う。

「きっちり見とけよ、俺達の試合」
「応援してるからね」
「頼んだ」

真司と夏川さんが握手すると僕たちは控室に入る。
監督は来ていない。
春休みを満喫してるようだ。
佐倉さんが今日の戦術の確認をする。
お弁当を食べながらそれぞれが聞いてる。
確認が終わると円陣を組む。

「今日は木元先輩の為にも絶対勝ちますよ!」

佐倉さんがそう言うと「おう!」と皆が掛け声を出す。

「勝って今日は祝勝会っすよ!」

蒼汰がそう言う。

「蒼汰は村川と二人っきりで祝勝会した方がいいんじゃないのか?」

真司がそう言うとどっと笑う。

「そういうのは別の日にやるからいいっす!今日は木元先輩の送別会もあるんだし」
「蒼汰は飲み会の為にバスケやってるのか?」

恭太がそう聞く。

「そ、そんなことないっすよ!でも勝った時くらい騒ぎたいじゃないっすか!」
「藤間先輩遊びに来てるんじゃないですからね!」

佐倉さんからのチェックが入る。

「わ、わかってますって!」
「皆さんも分かってるでしょうね!?負けたら今日は反省会してもらいますからね!」
「絶対負けられなくなってきたな」

知ってる?それ言うと負けちゃうフラグなんだよ?

(3)

「遠坂さんに木元さん来てたんだね」

女バスの夏川さんが2階にやってきた。

「夏川さんお疲れ様」

女バスの一年が垂れ幕を飾っている。

「メッセージ見ましたか?」
「メッセージ?」

夏川さんが自分のスマホを取り出すと……。

「あはっ。男バスには頑張ってもらわないとだね」

そう言って夏川さんが笑っていた。
女バスのみんなと話していると男バスの皆がコートに入ってきてシュート練習を始める。
冬夜君のシュートは相変わらず適当に打っているように見えるけど全部ゴールに入っている。
しかし適当なシュートフォームを佐倉さんは見逃さない。

「片桐先輩真面目にやって!」

冬夜君は真面目に打ち出す。

「そう言えば片桐君五輪代表の強化合宿にも呼ばれたんだって?」
「厳密にいえばアジア選手権の代表なんだけどね」

私は花菜に答えた。

「それってもう完全に日本代表入りじゃない。すごくない?」

藤堂さんが驚いている。

「本人は『休みが減った~』ってなげいてますけどね」

私がそう言うとみんな笑っている。
シュート連取が終わると皆ベンチに座る。スタメンの5人は立って佐倉さんの支持を仰ぐ。

「いよいよだね」

夏川さんの言う通り試合前の整列が始まった。
坊主頭の相手の人が冬夜君を挑発してる。
冬夜君は軽くあしらってるように見えた。
大丈夫かな?すぐ熱くなっちゃうからな。

ジャンプボールが始まる。相手のセンターがボールを弾く。
そのボールは相手の4番に向かうのを冬夜君がカットする。
冬夜君はそのままドリブルする。
低姿勢のドリブルで二人を躱しフリースローラインから跳躍しそのままダンク。

「ディフェンスすぐに戻って!」

佐倉さんの指示が飛ぶ。
皆戻ってゾーンを組む。
低姿勢で冬夜君を片腕でガードしドリブルする相手の7番。
相手のセンターがローポストに入ってパスを待つ。
そんなパス冬夜君相手にしちゃだめだよ。
冬夜君は跳躍してパスをカットしルーズボールに飛びつく。
7番も慌ててルーズボールに向かうが。冬夜君の方が一歩早かった。
そのまま相手7番を振り切って3Pを打つ。
みんなやっちゃうんだね。
後ろからブロックに跳ぼうとして冬夜君に接触。
4Pプレイを見事に収めてみせる。
7番はどう冬夜君を攻めていいのかわからない。
無理もない。尽くパスを読まれドリブルで突破する隙を与えず、身長差を活かした高いパスすら冬夜君はカットしてしまう。
堪らず4番がパスを受け取りに行く。
そんな4番にボールを渡そうとすることすら冬夜君は見逃さない。
ボールを宙に弾き飛ばす冬夜君、二人が飛び上がって取ろうとするのをあざ笑うように冬夜君は飛び上がって誰よりも高い位置でボールをキャッチする。
4番と7番がディフェンスに着くが冬夜君は迷わず右にパスをだす。
そのボールをフリーになっていた木元先輩がキャッチする。木元先輩がボールを相手コートに運び込む。
木元先輩には6番がつく。6番は恐らく挑発したのだろう、木元先輩はふっと笑って3Pを打ったかのようにみえた。
が、そのボールを冬夜君が空中で受け取る。
慌ててブロックに跳ぶセンターの上からダンクする。
そこで相手チームはタイムアウトをとる。

試合再開の後冬夜君に5番6番7番がつく。
3人も付けちゃったら2人フリーになるんだよ?
パスを受け取りに来たのにいつ気づいたか多分相手も分からなかったのだろう。
冬夜君は視線を向けることなくノーモーションでパスを出す。
木元先輩がパスを受け取ってカバーに来た4番がディフェンスにつく前に青山君にパスを出す。
センターの人は赤井君のスクリーンを受けてブロックに入れない。
フリーでシュートを打つ青山君。

「両サイドを狙え!」

相手監督の指示通りサイドからのペネトレイトを試みる7番。
冬夜君の届かない位置からのシュートは成功率が高いけど……それも佐倉さんの読み通り。
相手シュートが決まるとすぐにボールを中に入れてハーフラインを越えた冬夜君に早くパスを出す木元先輩。
冬夜君はボールを受け取るとその場で相手ディフェンスが着く前に3Pを打つ。
この日の冬夜君の3P成功率は100%だった。
佐倉さんの言っていた通り相手に3ポイントはいない。
佐倉さんの提案したランアンドガンは見事に成功し。冬夜君の3Pが決まり放題となった。
大差をつけて第2Qを終える。

「男バス凄くない!?圧倒的じゃない!」

藤堂さんが言う通りシーソーゲームにはなっているものの2Pと3P……下手すれば4Pの差がじわりじわりと聞いてくる。
しかも相手の攻撃は限定的になってきている為100%決まってるわけじゃない。
木元先輩が上手く4番を押さえてるお蔭かもしれないけど赤井先輩も身長差をものともせず体を張って守ってる。
第3Qにはいると相手はまたDFを変えてきた。
木元先輩に2枚のディフェンスを入れて冬夜君には5番がついているだけ。
冬夜君をマンツーで抑えるなんて無理だよ。
だって日本一のディフェンスすら軽く突破するんだよ?
日本一のトリプルチームすら躱す冬夜君だよ?
案の定冬夜君が木元先輩のボールを受けると後ろから追いかけてきた5番のわきを突いて後ろを向いたままパスを出す。
吉良さんがパスを受け取って残り二人のうち空いた方にパスを出しゴールを決める。
第4Qでは最後の作戦に打って出た。
ハーフコートプレスに切り替えて冬夜君にとにかく3Pを打たせない作戦。
トリプルチームで冬夜君にドリブルを許さない。でも冬夜君には普通じゃないパスセンスがある。
そしてそのパスを受け取る側も長い時間練習を重ねてきて慣れている。
何より無駄なのは相手のゴールが決まった後の速攻を潰せないのが大きな要因だった。
最終局面に入ると冬夜君に振り回されていた相手チームは疲れが見え始め、それはシュート成功率にも影響する。
地元大チームは最後まで攻め続け大差での勝利となった。

「やったね愛莉!」
「やったね花菜!」

私たち二人が抱き合うと花菜が泣く。

「どうしたの花菜?」
「ありがとうね、うちの主人の最後に見事な花を添えてくれて」
「木元先輩も頑張ったよ、ほら拍手してあげよう」
「うん」

私達の観客席の前に集まって礼をする皆を拍手する私達。
冬夜君は私を見ると親指を立てて腕をあげる。
その後相手チームのベンチ前に向かって行った。


(4)

「君はすごいな」

相手の監督に言われた言葉。

「どうも」
「多分君を止める選手は日本にはいないだろう」
「どうですかね」

相手の監督は僕の肩を叩く。

「来週からの韓国遠征楽しみにしてる。世界を体感してくるといい」
「はい、ありがとうございました」

礼をすると自分たちのベンチに戻って控室に戻る。
控室では大盛り上がりだった。

「もう佐倉が監督でいいんじゃないっすか!?今日の指揮冴えまくり」
「最終局面まで見事に読んでたな」

蒼汰と恭太がそう言うと佐倉さんが蒼汰にプレッシャーをかける。

「今日は木元先輩だったけど今度からは藤間先輩が担う役割なんですからね。皆にボールを運ばないといけない大役任せますよ」
「ひぇ~」
「赤井先輩は見事でした。思った以上に相手センターを抑えてくれました」
「リバウンド率は冬夜の方が高いんじゃないのか?ってくらいだったけどな」
「それは今後の課題ですね。吉良先輩とボックスアウトを如何にできるか……」
「まあ、難しい事は抜きにして今夜は騒ぎましょう!」

蒼汰がそう言う。

「じゃあ、俺達着替えてくるから」

真司が言うと「汗しっかり処理してくださいよ」と佐倉さんが言う。

皆が出ると僕は佐倉さんに言う。

「今日のMVPは間違いなく佐倉さんだよ。見事な予想と指示だった」
「そんな事無いです片桐先輩に頼りっぱなしの作戦だったし。足とか大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫」
「じゃあ、先輩も早く着替えて。今夜は騒ぐんでしょ?」
「そうだったね」

そう言って僕も更衣室に向かった。
着替えながら、皆と喋る。

「それにしても冬夜はなんでもありだな。3枚ディフェンスがついたと思ったら突然パス出すんだもんな」

SGってそういう役割らしいよ。

「リバウンドまで飛ばれたら俺の仕事ないじゃないか」

恭太がそう言って笑う。

「ポストプレイまではこなせないよ」

僕がそう言うと恭太の表情が険しくなる。

「皆には済まないと思ってる」
「?」
「冬夜もそうだが、祐樹も真司もゴール下って選択肢を完全に潰されてた。ゴール下のシュートは殆ど決められてたし」

恭太が謝ると、真司が言う。

「それを言ったらみんな同じだよ。冬夜が引き付けてくれたから俺達が自由に動けた。冬夜がいなかったらと思うとぞっとするよ」

木元先輩も言う

「真司の言う通りだ、俺も上手くパス出せなかった。でも俺達だから冬夜のパスを受け取れたんだ。他の奴らには受け取れないさ。そこは自信持っていいと思う」
「しけた話はやめにしないっすか!?今日は木元先輩を送り出す日ですよ。パーッと行きましょう」

そう言って皆着替えると更衣室を出ると女バスの皆と愛莉と花菜さんが待っていた。

「かずさんお疲れ様。これみんなからかずさんにって」

花菜さんが花束を木元先輩に渡す。
その後に佐倉さんがボールを手渡す。

「今日の試合のボールです」

ボールには皆が書いたメッセージがある。

「ありがとう、これからの地元大バスケ部の未来冬夜に預けて良いか?」
「……任されました」

木元先輩と握手する。

「じゃあ、パーッとやりましょう!佐倉。打ち上げの会場は……」
「ちゃんと準備してあります」
「さすが有能なマネージャーは違うね!」

そう言って僕たちは打ち上げの会場に向かった。

(5)

焼き肉屋で。
肉肉肉肉肉!!
とにかく肉を食いまくった。
焼く順番?関係ないね。

「冬夜君ちゃんと火を通してから食べないとダメ!」

ぽかっ

愛莉が取り皿に入れた肉を食べていく。

「あとご飯もおかわり!!」
「先輩暴飲暴食はだめです!体調管理出来てないじゃないですか!?」
「今日はパーッとやるんだろ?固い事言うなよ」

僕の食欲は佐倉さんにも止められない。
僕達のテーブルには愛莉、木元夫妻、佐、佐倉さんがいた。

「冬夜の食いっぷり見てるとこっちまで腹いっぱいになるぜ」
「佐はビールばっかり飲んでないで少しは肉食べないとダメ」

そう言って佐倉さんが佐の取り皿に肉を置く。

「カルビ5人前!!」

ぽかっ

「いい加減にしなさい!」

愛莉に怒られた。

「かずさんお疲れ様」
「ありがとう、花菜」

2人で乾杯する木元夫妻。

「こっちも負けてられるか!!ホルモン10人前!」

蒼汰が叫んでる。
そういう勝負なら受けて立つぞ!

「じゃあこっちは豚ロース……」

愛莉の視線が怖い。
にっこり笑ってるけど怖い。

「……6人前でお願いします、あとごはんとわかめスープおかわり」
「佐倉!二次会はどうするんだ!?」
「ありません!今日はゆっくり疲れを取ってください!」
「なんだよそれ!」
「春季大会優勝したら2次会付きだってよ」
「ちょっと佐勝手に決めない!」
「いいじゃないか?モチベーション上げるにはちょうどいいだろ?」
「そういう問題ですか?」
「まあ、硬い事言うなって。それと約束覚えてるよな?」
「約束?」
「ほら、勝ったら初めての夜を過ごすって約束したろ?」

そんな約束してたんだね。
4人でにやにやと佐たちを見る。

「佐が勝手に言ってただけでしょ!私は良いって言ってない」
「じゃあ、ダメなのか」
「そ、それは……」
「佐、あんまり大事なマネージャーを虐めるなよ?」

真司がそう言う。

佐倉さんが佐に何か耳打ちする。

「ははっ、分かったよ」
「佐、佐倉なんて言ったんだ?」

蒼汰が聞く。

「佐、秘密にして!」
「別に隠すようなことじゃないだろ?」
「良いから秘密にしてて!」
「佐、彼女の言う事には従った方が良いぞ。後が怖い」
「それって誰の事いってるのかな?冬夜君」
「だ、誰でも似たようなもんだろ?」
「お前でも苦手な事ってあるんだな?」

そりゃ誰にだって弱点はあるよ。



肉を食べ終わるとみんな解散する。

「2次会にカラオケ行こうぜ!」

蒼汰が言うと何人か賛同した。
僕と愛莉、佐と佐倉さん、恭太と小島さんは家に帰ることにした。

「じゃあ、冬夜。また週末に」

木元夫妻が言う。
あ、週末にまた集まるんだったね。
僕の壮行会だと言ってたね。

「じゃあね~」

みんな解散する。
僕達も家に帰る。
あ、僕は飲んでないよ。ウーロン茶飲んだらいくら食べても大丈夫って聞いてたから。

「木元先輩も卒業か~」

愛莉が誰にともなく言う。

「次は韓国と3連戦か」

李相佰盃ってのがあるらしいけどやる意味あるの?

「冬夜君なら大丈夫だよね?」
「だといいな」
「怪我しない様にだけ気をつけてね」
「わかった」
「じゃあ今日はゆっくり家でやすもうね」
「そうだね」

そうして、僕達は家に帰っていった。

(6)

カラオケで騒ぐ中、かずさんと二人で飲む。

「こうして騒いでいられるのもあとわずかか……」
「そう言って社会人になったら歓迎会とかあるんでしょ」
「まあ、あるだろうね」
「片桐君がこれないから五月の連休は微妙かな……」
「片桐君無しでもやるよきっと」

多分皆で応援する会とかするんだろうな。

「俺も顔出せたら顔出すよ。花菜は俺に遠慮せず遊んで来い」
「いいの?」
「2,3日なら一人でも大丈夫だよ。花菜も主婦業と学生生活で大変なんだし少しは羽のばさないと」
「うん。ねえ、かずさん」
「どうした?」
「今どんな気持ち?」
「え?」
「ほら、片桐君たちにバトンタッチした後の気分ってどうなんだろう?って」
「そうだなあ……」

かずさんは考えている。

「なんかやりつくした感はあるかな?後は任せた!みたいな」
「そっかぁ」
「今日気持ちよく勝てたせいもあるかもな」
「じゃあ、片桐君にお礼だね」
「そうだな」
「何二人でひそひそ話してるんですか!?」

藤間君がやってくる。

「木元先輩も歌いましょうよ!ガンガン盛り上がりましょう!」
「そうだな。端末貸してくれ」

かずさんに端末が渡される。

「奥さんも一緒にどうです?一緒にいちゃついちゃってください」
「じゃあ、あれ歌おうか?」
「いいね」

前奏が流れる。
私が歌いだしてかずさんが歌いだす。
皆静かに聞いていた。
私とかずさんの織りなす世界を……。

(7)

今夜佐は私の家に泊ることになった。
佐の家に寄って佐は着替え等を準備して私の家に行く。
私は家に帰るとシャワーを浴びた。
佐はテレビをつけてビールを飲んでいる。
シャワーを出ると交代で佐がシャワーを浴びる。
そして佐がシャワーを浴びると二人でテレビを見る。
テレビも深夜番組に変わる頃……。
佐の方から迫ってきた。
優しくそっと私の肩を抱いてきて、私が佐の顔を見ると佐の顔が私に近づいてくる。
私は目を閉じる。
生温かい感触が唇から感じる。
唇から感触が離れると。私はベッドに入る。
佐が私の体の上に重なる。

「あ、あの。初めてなので……」
「大丈夫だよ」

何が大丈夫なのか分からないけどその日、初めて経験した。



「どうだった?」
「……痛かったです」
「ごめん、優しくしたつもりだったんだが」
「気にしないで、後から気持ちよかったから」

私と佐は全裸で布団に入っている。
未だ体は密着したまま。
恥ずかしい。
でも離れたくない。
私は佐に抱きついていた。
佐はそんな私を受け止めてくれる。
皆タバコを吸ったりさっさとシャワーを浴びたりすると友達からは聞いていたけど佐は優しくしてくれる。
私が満足するまで側にいてくれた。
私がベッドから出ると佐は意地悪な事を言う

「何なら一緒に浴びるか?」

そっちがそういうなら……

「構いませんよ」

私の返事に戸惑う佐。

「ほらっ」

佐の腕を引っ張る。
2人でシャワーを浴びて服を着て再びベッドに入る。
無言の時間が続く。

「春季大会は佐の出番ありそうですね。李相佰盃ありますから片桐先輩呼ばれそうだし」

どうしてこんな時にバスケの話なんだろう?
私の話題も乏しいものだ。

「尚更負けられないな。冬夜一人のチームだと思われたくないしな」
「そうですね……ごめんなさい。こんなムードでバスケの話なんて自分ながら情けないです」
「気にすることはねーよ。俺だって似たようなものさ」
「佐は優しいね」
「そうか?」
「うん、私だけに優しくしてくださいね」
「わかったよ」

佐に抱きついていた。

「不思議です、初めて男の人に抱かれて緊張してるはずなのに相手が佐だとそれも消えてしまう」
「俺以外の男に同じ思いを抱かれたら困るよ」

そう言って佐は笑う。
時計は24時を回っていた。
でも明日はオフだ。
時間はまだある。
何を話そう?

「佐は私のどこが好きになったの?」
「わかんね」

え?

「桜子の話聞いていたら同情して、甲斐甲斐しいお前の姿にいつの間にか惹かれてた。桜子はどうなんだ?」
「佐の状況に過去の自分を重ねて同情したのかもしれない。あんな風に怒鳴ってしまったけど後悔はしてないよ。お蔭で今の二人がいるんだし」
「そうか……」
「佐は彼女いたの?」
「まあ、中学高校とバスケで活躍してた時はな、こう見えて人気あったから……」
「そこは嘘でもいないって言って欲しかったな」
「そんな嘘ついてもしょうがないだろ?」
「それもそうだね」
「桜子は俺が初めてなんだっけ?」
「そうだよ」
「大切にしないとな」
「ありがとう」

その後も佐の色んな事を聞いた。好きな選手。尊敬する選手。好きなバッシュのメーカー。好きなチーム。地元のチームは無くなってしまったけど。……バスケの事ばかりだ。
佐は私の話に答えてくれた。
反対に佐が質問してくる。

「あれが桜子の勝負下着なのか?」

へ?

「いや、態々家に帰ってまで着替えたいってそういう事じゃないのか?」

佐の馬鹿!
佐はニヤニヤ笑って私を見ている。
佐は偶に意地悪になる。

「他に聞きたい事無いのか?」
「好きな食べ物は?」
「肉かなやっぱり」
「でも今日あまり食べなかったじゃない?」
「冬夜と違って日頃から食事の管理もしてるんだよ」
「じゃあ、日頃から自炊を?」
「いや、コンビニで済ませてる」
「……今度から一緒にご飯食べましょう」
「え?」
「佐の食事の管理私がしてあげます」
「ありがとな」

そう言って夜の話は不思議と尽きることが無く、明け方まで話をしていた。

(8)

「ふぅ~、もう食えない」

そりゃあれだけ食べたらね。

「お風呂入っちゃわないと」
「ああ、行ってくる」

自分の着替えを用意して風呂に向かう冬夜君。
メッセージをみると渡辺班からたくさん来てた。

「今日の試合どうだった?」

私は返事を送る。

「すごかったよ!デジカメで撮影したから週末皆に見せるね」
「楽しみにしてるよ」

そんなやりとりをしてると冬夜君が戻ってきた。
交代で私がお風呂に入る。
部屋に戻ると冬夜君はベッドに横たわって眠っていた。
お腹満腹だからからかな?
それとも試合の疲れが出た?
冬夜君に布団をかぶせて私はテレビをつける。
今日はカクテルを飲む。
ニュースをやっていた。
練習試合だというのにこの騒ぎよう。
今年の日本代表はやってくれるでしょう。
解説者が語る。
冬夜君のプレイについて一つ一つ解説される。
中でも注目を引いたのは冬夜君の体格でボールハンドリングが上手な事。
冬夜君の身長でビハインド・ザ・バックが決まったら誰にも止められない。
次いではドリブルスピードの緩急のつけ方。
急加速急ブレーキをで相手ディフェンスを崩す様は見ていて驚くよりほかない。
他にも冬夜君の身長でエアウォークを決めたりジャンプシュートの精度が高くしかも超クイックモーションで打って時には高く弧を描くシュートを打つ。
日本バスケの神様だとか天才だとか称されているけど、冬夜君だって努力してないわけじゃない。
色んな動画を見て何度も何度も練習して身につけたテクニックもある。
才能の一言で片づけられない事だってあるんだ。

「ムキになってもしょうがないよ。言いたい奴に言わせておけばいいさ」

それはそうなんだけど……って、え?

冬夜君が後ろから抱きしめていた。

「まだ寝てなかったんだね」
「うん、見てたら夢中になってた」
「そろそろ寝よう?待ちくたびれたよ」
「さっきまで寝てたくせに~」
「愛莉がベッドに入るのを待っていたらうとうとしてたんだよ」
「疲れてる証拠だよ。今日はのんびりしないとね」
「うん、だから寝よう?」
「……は~い」

そしてベッドに入る。

「今日は勝ててよかったよ、負けたらどうしようかと思った」
「プレッシャー?」
「まあね、木元先輩の事もあるし、蒼汰は祝勝会の事しか考えてないし」
「木元先輩よかったね」
「そうだね」
「これからもバスケ続けるのかな?」
「社会人バスケやるって言ってた」

そういう道もあるんだね。
冬夜君はどんな道を考えているんだろう?
オリンピックで勝てなかったらプロになる。
地元にはプロチームは無い。
近くて熊本だ。
それでも試合でアウェイに行くこともある。

「冬夜君は育児は2人でしてくれるんだよね?」
「そのつもりだよ?どうしたの急に」
「プロになっちゃったら難しいんじゃないかと思って」
「五輪で勝てばいいんだから気にする必要ないよ」

冬夜君はそう言って笑う。
だけど私も世界ランクを調べた。
勝てるの?

「勝ってみせるよ。しっかり見てて。特等席用意しとくから」

そう言って冬夜君は笑う。
そんなにうまくいくのだろうか。
気にしてもしょうがない、信じよう。冬夜君の可能性に。
冬夜君に抱き着いて眠っていた。
アリーナを駆け回る冬夜君を夢見ながら。
冬夜君の挑戦は来週から始まる。
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