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3rdSEASON
手を伸ばして私に触れて
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(1)
「そっち気をつけてー」
今日は神奈の引越しの日。
私は、お手伝いに来てた。
あと来てたのは誠くんと桐谷君と亜依だけ。
今日引っ越すのは神奈だけじゃない。
花菜と恵美も引っ越すらしい。
恵美と石原君は大晦日の前から引っ越し先を探していた。
そっちにも渡辺班が手伝いに行ってる。
冬夜君は部活に出ていた。
お手伝いと言っても本当に細かな作業だけで、大まかなのは業者がやっていた。
神奈の両親も引っ越しが決まっていた。
音無から百舌鳥には性は変更らしい。
もっとも神奈は多田に変わるわけだけど
既に婚姻届はだしたらしい。
本当に今年は結婚ラッシュだ。
荷物をトラックに詰め込み終わるとアパートから新居へと移住する。
神奈はあまり感涙に浸ることは無かった。
引っ越しには慣れているんだろう。
誠君の車で移動する。
「手伝わせてゴメンな、愛莉」
「良いの、気にしないで、でも大丈夫なの?」
「バイトの量も増やしたし、誠も深夜バイトするらしいから」
「それ誠君大丈夫なの?」
「寝る時間は確保してるらしいよ」
誠君もやる気なんだな。
もっとも神奈に指輪を渡すときもバイトしてたみたいだけど。
「遠坂さん達も籍だけいれちゃえばいいのに」
誠君が言う。
「冬夜君が自立してからって言ってきかないから。それに冬夜君今バスケで大変だし」
「ああ、そっか。それどころじゃないか」
業者よりも先に着くと誠君の部屋の整理から始まる。
神奈の持ってくる家具を置くスペースを考えなければならない。
入らない家具はこの際捨てることにした。
そうして業者がくると家具を置く場所を指示する。
荷解きは後にして、神奈が引っ越し蕎麦を用意してくれた。
「今日は皆ありがとう」
「ありがとうな皆」
神奈と誠がそう言うとそばを食べ始める。
「亜依たちは引越ししないの?」
「大学遠くなるからね、それに……」
「それに?」
「瑛大が自立するまでは今のままでいいやって思ってね」
桐谷君は親の仕送りだけで生活してるらしい。
「け、結婚してくれたら僕も働くよ」
「だったら今すぐバイト探せ。それでうまくいくようだったら考えてやる」
亜依が言うとみんな笑ってた。
帰りは誠君たちに送ってもらう。
「愛莉、今日は本当にありがとうな。助かったよ」
「私殆どなにもしてないよ。神奈」
「遠坂さん達が引っ越すときは手伝うよ」
「ありがとう」
冬夜君と2人で生活する日。
そんな日が来るんだろうか?
先の事を考えて居ても仕方がない。
目の前の問題を片付けて行こう。
冬夜君は今大変だ。私が支えてあげなくちゃ。
大変と言えば、酒井君達だ。
挙式は3月に行うらしい。
猛ピッチで準備を進めてる。
式場の確保は親がしてくれたらしい。
ウェディングプランナーと相談しているらしい。
招待状配るから住所教えて欲しいとメッセージが来ていた。
渡辺班で一番に挙式するのは酒井君たちになりそうだ。
家についた。
「じゃあ、二人共お幸せにね」
「ありがとう、また新年会の時に」
「うん」
そう言って二人は走り去っていった。
私は冬夜君の家に戻る。
冬夜君はまだ帰ってない。
帰ってないうちにぱぱっと家事済ませちゃおう。
部屋の掃除をしてる間に洗濯機を回して洗濯・乾燥が終わればたたんで、アイロンをかけて……。
ご飯の仕度もしなくちゃ。
車で買い物に行って今日のメニューを考えながら買い物して帰ると、冬夜君の両親が帰ってきてた。
「あら?今日は何にするの?」
「おでんにしようと思って」
「じゃあ、おばさんも手伝おうかな?」
「大丈夫ですよ、帰って来たばかりで疲れてるでしょうし」
「愛莉ちゃん一人に家事を任せるわけにもいかないから。それに二人で料理するって案外楽しいのよ」
それは私にもわかる気がする。
そうして二人でおでんの仕込みを始める。
あとは煮込むだけ。
弱火でコトコトに混みながら冬夜君の帰りを待つ。
19時を回る頃帰ってきた。
「おかえりなさ~い」
冬夜君を元気よく迎える。けど……
「ただいま……」
冬夜君の様子がおかしい。
何かあったのかな?
後で聞いてみよう。
ご飯を食べ終わると冬夜君がお風呂に入ってる間に片づけを済ませて私もお風呂に入る。
部屋に酎ハイをもっていってテーブルの上に置き私は髪の乾燥を始める。
冬夜君はゲームをしてる。
けど、私が乾燥を終える頃にはゲームを止めてテレビを見始めていた。
「ゲームしていてよかったのに」
冬夜君は何も言わずに酎ハイを飲む。
勢いよく飲み干す。
ぷはっ吐息を漏らすともう一本とキッチンに向かう。
「私取ってくるから」
今日の冬夜君は何か落ち込んでいるようだった。
数本持って部屋に戻ると冬夜君はテレビを見ていた。
私に気がつくと「ありがとう」と言って飲み物を受け取る。
少しは落ち着きを取り戻したのだろうか。飲むピッチが普通になる。
「冬夜君、何があったの?」
私が聞くと冬夜君は話始めた。
「僕の考えが甘いのかな……?」
冬夜君は深くため息を吐くと話し始めた。
(2)
体育館に向かうと皆先に練習を始めていた。
僕も練習に混ざろうとすると、監督が「片桐はコートの外でストレッチしてろ!」と言う。
言われたとおりにストレッチをすると、「そこで見学してろ」という。
レギュラー組と補欠組が5対5で練習していた。
別のコートでは女子バスケ部が練習している。
練習をぼーっと見ていると佐倉さんがやってきた。
「何してるんですか?」
「何って……」
監督に見学してろって言われたから……。
「……先輩昨日何してたんですか?」
「何ってトレーニングはちゃんとしてたよ?」
「……皆さんは昨日ちゃんと練習してましたよ?」
「練習は来れる日だけで良いって話だったじゃないか」
「いつまでもシックスマンでいいと思ってるんじゃないでしょうね?」
シックスマンって……フル出場させるって言ったのは誰だよ?
「天才さんはいつでもコートに入れると高をくくってるんだろうよ」
水島君がそう言ってやってきた。
休憩時間に入ったらしい。
「佐倉、こいつに何いても無駄だ。自分の居場所はちゃんと用意されてある。そう上から目線で俺達を見てるんだろうよ」
カチンときた。
「別にやりたくてやってるわけじゃないんだけど?」
パシッ
佐倉さんに頬を叩かれた。
「やる気が無いなら帰ってください!皆の練習の邪魔です!そんな考えじゃ代表合宿行っても通用しませんよ!」
「水島、練習再開だ!コートに戻れ!」
監督が指示すると水島君はコートに戻って行った。
「先輩の最大の欠点はやる気のなさです!自分は大丈夫。自分はいつでもスターティングメンバーに入れる。そう思ってるんじゃないですか?」
どっちかっていうと、スタメンに居たくないんだけどね。疲れるし……。
「今日はそこでじっと練習を見ててください。……考え方変えないと代表合宿でも同じ目にあいますよ」
やれやれ、こうなるからイヤなんだ。スポーツをやるのは。
いつからスポ根ものになったんだ?
ぼんやりと練習の光景を見ていた。
みんな必死に汗を流している。
水島君は、ロングスリーを必死に打ってるが全く入らない。
リングに嫌われているようだ。
それでも必死にルーズボールに食らいついて必死にパスをもらって俺が俺がとアピールしている。
だけどそんなに焦っていたらプレーも上手くいくはずがなく。
次第に誰もパスをしなくなる。
そして笛が鳴る。
「佐(たすく)!!片桐と替われ」
さっき僕の出番は無いと言ったのは嘘だったのか?
この監督もころころ意見が変わるな。
僕は軽く屈伸すると水島君と交代しようとする。だが……。
「監督、俺はまだやれます!やらせてください!」
だけど監督は聞く耳を持たない。
「片桐!何ぼさっとしている!早くコートに入れ!」
「監督!!」
水島君の悲痛の訴えも空しく監督には届かない。
「佐、焦り過ぎだ。プレーが乱れてる。まずコートを離れて冷静になれ」
赤井君がそう言って宥める。
僕は見るに堪えなかったのか。
「監督、今日足の膝の調子悪いんで休ませてください」
そう言うと水島君が僕を睨みつける。
「俺に同情したつもりか?いいよな!才能あるやつはいつでも優遇されて。いつでもスタメンの椅子が用意されてると思ってるんだろうよ!」
そう言って体育館を出ていった。
木元先輩が後を追おうとしたが、監督がそれを止める。
「和哉!放っておけ!自分のポジションにつけ!冬夜も言い訳してないでさっさと準備しろ!」
今日に限ってやけに仕事してるな監督。
練習が終わった後皆で水島君を探した。
水島君は体育館裏で一人練習していた。
誰が付けたのか分からないバスケットに向かって一人シュート練習する水島君。
スタメンのメンバーはそこに集まると座った。
「一年の頃はよくここで練習したよな?」
藤間君が語る。
「コートは2年以上のレギュラーが独占してて練習する場所なかったもんな」
「バスケットつけたときは流石に怒られたけどな」
そう言って吉良君が笑う。
「同情ならいらねーぞ。俺は実力でスタメンを取って見せる」
「つまらない意地を張るな。みんな同じ気持ちで練習してるんだ。俺達だけにでも弱音はけよ」
そう言うはシックスマン的存在の黒田君。
「俺だって控えで終わるつもりは毛頭ない。いつかはスタメンに入るつもりだ」
皆スタメンに憧れてるんだな。
そういう感情を持ったことが無い僕には理解し難い感情だった。
「焦らなくてもいい。そのうちお前の出番は来る。お前はオールラウンダーなんだ。他のポジションが回ってくることだってある」
木元先輩が説得する。
「自分のプレイを見失うな。お前の持ち味を生かせ。お前の持ち味はなんだ?」
すると水島君はすっと立ち上がりシュートを打つ。
ボールはゴールにすっと入る。
それを見て木元先輩は言った。
「それでいいんだ。うちのチームはインサイドに弱い。アウトサイドからのシュートが必ず生きてくる。お前のディフェンスだって誰にも負けていない。きっと出番はくる」
「要は自分の持ち味を生かせってことだろ?1年の連中にも3P得意な奴はいるんだ。そいつらに今の居場所奪われるなよ」
そう言って赤井君は立ち去って行った。
「あいつ……」
後を追おうとする水島君を木元先輩が止めた。
「恭太だって苦悩してるんだ。2m越えてるセンターだって1年にはいる。そいつらにポジション奪われない様に必死なんだよ。こっそりウエイトトレーニングしたりな」
「そうだったのか……」
「みんなそうさ。自分のポジションを守るので精一杯なんだ。お前だけじゃない自分の役割を理解しろ」
木元先輩の説得が功を奏したのか水島君は落ち着きを取り戻す。
皆自分のポジションを守るのに精一杯か……。
僕には理解できない感情だった。
「皆の意識が変わったのは片桐君……君のお蔭だよ。勝ちにこだわるようになった。自分も片桐君のように活躍したい。そう思うようになったんだ。その結果ポジション争いという結果に至ったんだけどね」
「僕には理解できません。楽しくバスケやれたらいいんじゃないですか?」
そんなに勝ちにこだわらなくても。
「天才には理解できねーよ。俺たちが一生努力しても届かない位置にいるんだからな」
水島君が言う。
「代表でも俺達の代表として頑張って来てくれ」
木元先輩がそう言う。
僕はただ頷くしかなかった。
そしてそれは迷いに変わる。自分の考えが間違っているのか。勝たなければ意味が無いのか?
不本意ながら生存競争に巻き込まれていくのであった。
(3)
「なるほどね~」
愛莉は話を黙って聞いていた。
「冬夜君は、サッカーの時もそうだったよね。何でも自分の責任に押し付けられて嫌気が指したって言ってた」
「ああ、そうだな」
「今もそうなの?」
愛莉が問いかける。
僕は今嫌気がさしてるんじゃないかと。
「嫌気はさしてないよ。ただ重圧に耐えるのがきついなって……」
「耐えなくていいじゃん」
愛莉は呆気なく答えを出した。
「でも……」
「人間出来る事には限界があるんだよ。バスケだってチームプレイなんだし一人じゃできることに限界あるよ」
愛莉のいう事は一理ある。人一人に出来る事なんてたかだか知れてる。その上限値が低いか高いかの差くらいだ。その差もそんなに変わらない。
「だったら、開き直っちゃおうよ。どんなに期待されても出来ないことは出来ません!って。その代わり流されないで、ぶれないで。冬夜君はいつもの冬夜君であり続ければいいんだから」
「そうだな……」
「それでも迷ったら……また私に話して。相談相手になることくらいしかできないから」
「それだけでも助かってるよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
やれるだけのことはやれ……か。
他人からどういわれようとやれる事だけやる。
それでいい。
その結果が成果につながるなら。
「うーん……」
愛莉が悩んでいる?どうしたんだろう?
愛莉はゲームをしていた。
中ボスだ、もうそこまで進んでいたんだね。
「これ途中で固くなって、で強い攻撃でみんな死んじゃうの」
「それにはコツがあるんだよ」
愛莉からコントローラーを渡されるとPT編成をちょっと変える。
そして挑戦すると編成を変えながら攻撃していく。
するとあっという間に倒していた。
「すごい、うんと強くしたのに全然勝てなかったのに簡単に倒しちゃった」
「ああ、凄く強くしてたね」
よくまあここまで成長させたもんだと褒めたいよ。
「ゲームと一緒だよ。私には倒せない敵も冬夜君ならあっという間に片付けちゃう。それを才能と一言で皆片付けてるだけ。本当は努力してるのにね」
「なるほどな……」
「冬夜君は特殊技能持ちすぎだけどね。それをやる気出したから多分限界突破ってやつだよ」
「愛莉にも使えたらいいのにな。特殊技能」
「いつも使ってるじゃない」
愛莉はにこりと笑って耳打ちする。
……よくそういう事を恥ずかしげもなく言えるな。
「冬夜、ちょっといい?」
母さんだ。
「どうしたの?」
「明日買い物に行くから冬夜ついてきなさい」
「買い物?」
「あんたリクルートスーツで成人式行くの?」
ああ、なるほどね。
「麻耶さん、私も行きます」
「ええ、いいわよ」
「わ~い」
「愛莉は振袖とか選ばなくていいのか?」
「そんなのもう注文してるもん」
そういうものなのか。
愛莉の振り袖姿か。
さぞ可愛らしい姿なんだろうな。
「冬夜君も並んで写真撮ろうね?」
「愛莉……僕に早起きしろっていうのか?」
「正確には起きてろ!かな」
愛莉はそう言って笑っていた。
成人式か……。
どうせ渡辺班で騒ぐんだろうな。
新年会もやるって言ってたし、バスケ部の新年会もある。
大忙しだな。
後期の期末もある。
それも考えないとな。
考えると色々出てくる。
一つずつ片づけて行こう。
そう決めたのだった、
(4)
「石原君や、これはどこにおけばいいんだい?」
「あ、それはそっちの部屋にお願いします」
今日は恵美と僕の引越しの日。
音無……多田神奈さんの引越しの日と被ったけど。渡辺班が手伝いに来てくれた。
大体の事は業者さんがやってくれたけど。
「でも、なんで2LDKなわけ?1LDKで十分じゃないの?」
家を買った志水……酒井晶さんに言われたくないけど。
その疑問にとんでもない回答をする恵美。
「なんでって、子供が出来たら部屋一ついるでしょ?」
「恵美もう子供出来たの!?」
「いや、まだだけど……でも双子って事もあり得るわね。子供出来たらまた引越しね」
学生の間は考えなくてもいいから!
手伝いに来てくれたのは酒井夫妻渡辺夫妻西松夫妻に一ノ瀬さんと中島君。
業者もいたのであっという間に荷物は運び終わった。
「みなさん、助かりました。あとの荷解きは二人でするので蕎麦でも食べてください」
そういって、出前を取っておいたざるそばを食べる。
そばを食べ終えると業者は帰り、皆も「じゃあ、ごゆっくり」と帰る。
それから二人で優先順位を決めて荷解きをしていく。
ゆっくりしていたら時計は20時を回っていた。
「そろそろお腹空いてきたね」
「近所のチャンポン屋さんにでもいきましょうか?」
「チャンポンとかでいいの?昼も麺類だったでしょ」
「……じゃあファミレスにする?」
「そうだね」
そう言ってファミレスで夕食を済ませて帰ると、お風呂に入って再び荷解きをする。
自室の分は済んであった。
あとはキッチンとリビングの分だけだ。
キッチンは恵美担当。僕はリビングを担当した。
荷解きが終わった時は日付が変わっていた。
「もう疲れたし寝ようか」
「そうね」
二人共寝室に入るとベッドに寝ようとする。
が、恵美はベッドの上に正座すると急に頭を下げる。
「不束者ですが、今日からよろしくお願いします」
僕も慌てて正座する。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
「じゃ、寝よっか」
そう言って今度はちゃんと布団の中に入る恵美。
その後に僕が入る。
緊張する。これが結婚初夜というやつだろうか?
恵美を見る。すやすやと寝ている。
ホッとした半面寂しくもあった。
でも恵美も疲れているのだろう。
今夜は寝させてあげよう。
「イッシー……って読み方はもう良くないわよね?」
寝てたんじゃなかったのか?
「呼び方なんてどうでもいいよ。呼びやすい呼び方で」
「望さん……でいいかしら?」
「さんはいらないよ」
「じゃあ……望……大好きよ」
「ありがとう恵美……僕も大好きだよ」
2人で言うと笑い合っていた。
「今更何ってかんじよね」
だよね。
「私達は式はいつにしたい?」
「卒業してからじゃ……だめ?」
「望が望むなら……それでいいわよ」
「ありがとう」
「他の人達とも相談しないとね。結婚式が被ったりしたら大変」
「そうだね」
その後も色々語りながら夜を過ごし……そして眠りについた。
(5)
「新名さん、そのUSBメモリに今日の必要なファイル入れておいて」
「はい!」
「あと、書類もまとめておいて。あいさつ回りも兼ねてだから用意してある菓子折りも忘れずに」
「わかりました」
椎名さんの指示で動く。
その合間に真鍋君を見る。
真鍋君もPCを操作しながら原田さんの指示に対応する。
「あけましておめでとうございます……の者ですが」
「新名さん業者の人来た。応接に案内して。あとお茶の準備」
「はい」
応接に案内して給湯室でお茶を準備していると友坂主任が話しかけてきた。
「接客は慣れてる?どこかでバイトでもしてた?」
「うちの家業の手伝いをしてました」
「そう、思ったより良く動いてくれて助かるわ」
「ありがとうございます」
「ところであなたが話に上ってた人?」
話?
「ほら、真鍋君の事が好きだとか……」
がちゃん!
お茶碗を落してしまった。
「す、すいません」
片づけを手伝ってくれる友坂主任。
「いいのよ、それよりお客さん待たせたら悪いわ。早く行って」
「はい」
別の茶碗にお茶を入れ給湯室を後にする。
応接室には原田さんと椎菜さんあとお客さんが来ていた。
3人にお茶を渡す。
「ちょうどいい、紹介しておきますね。今年からうちでアシスタントしてもらってる新名です」
椎菜さんがそう言うと礼をする。
「新名です。よろしくお願いします」
「新名さん、ここはいいからさっきの作業の続きお願い」
「はい」
礼をして応接を出る。
作業をしていると真鍋君が話しかけてきた。
「上手くやれてるみたいじゃない。心配いらなかったみたいだね」
「ありがとう」
仕事中に私語は良くないと思った私は素っ気なく挨拶して作業に集中する。
「時に聞くけどさ、女性ってどんな話が好みなのかな?」
「どんなって?」
「いや……社長と話してるとさ、何を話しても素っ気なくてさ……俺って嫌われてるのかなって思って」
「つまり社長と仲良くできてないと」
「うっ……そうなるかな?」
「そんなの人それぞれだよ。趣味とか調べて適当に話題振ってみたらいいんじゃない?」
「そういうの女性同士で聞き出した方が早いだろ?聞いておいてほしくてさ」
「……男性には話せない話だってあるよ」
「そうなのか?」
「真鍋君!昨日頼んでおいた図面できてる!?」
友坂主任が呼んでいる。
「あ、出来てます。サーバーにコピーしてあります」
そう言って友坂主任のところに向かって言った。
「コピーだとどのファイルが正しいのか分からなくなるから移動しておきなさいって言ったでしょ!」
「そうでした、すいません」
実は丹下先生に聞いたことがある。
「聡美の奴は好きな人といるとあまりしゃべらなくてさ、ただ隣にいるだけで幸せってタイプなんだろうな」
真鍋君にはおしえてやるもんか!
自分で気付け!!
帰りは原田さんと3人になる。
まず大抵私を送ってから原田さんを送るみたいだ。
原田さんと二人きりになりたいんだろう。
原田さんはそれを嫌がってるそぶりを見せない。
つまりそういう仲にまで進展したのか?
3人でいる時間は原田さんは私に話しかけてくる。
「仕事はなれた?」
「徐々に覚えて行けばいいから」
そんな話だ。
たまには悪戯してやろう。
「原田さん再婚はされないんですか?まだお若いのに」
「え?……多分まだなんじゃないかしら」
「てことは相手はいるんですか」
その時真鍋君の方をちらっと見るのを見逃さなかった。
「そうね……いるわよ」
「いるんだ。いいなぁ~」
「真鍋君信号!!」
原田さんが叫ぶ。
「す、すいません」
「……運転にはきをつけて」
真鍋君は動揺したようだ。
そして私の家に着く。
「じゃあ、また明日」
「はい、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
そう言って二人を乗せたバンは走り去っていく。
家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って部屋にもどると椎名さんに電話をしていた。
「もしもし」
椎菜さんの声だ。聞くとホッとする。
さっきのいきさつを椎名さんに話した。椎名さんに話してどうにかなるものでもないと思うけど。
「なるほどね……」
椎菜さんはしっかり話を聞いてくれた。
「で、君は諦めるわけ?」
「え?」
「それで君は挫けるわけ?」
言葉につまった。もう勝ち目がないんじゃないか?そう感じたのは事実だった。
「焦ることはない。まだ2日しか見てないんだろ?」
優しい言葉を選んだつもりなのだろうが今の私には残酷な言葉としか受け取れなかった。
「どうしてそんな事言うんですか?」
「え?」
「2日も見てたら二人の仲の良さくらい分かります!」
プッ……。
どう考えても私が身勝手過ぎる。
謝りの電話入れようかなと思った時メッセージが届いた。
「ごめん、ちょっと意地悪し過ぎたかな。今度お詫びにどこか連れて行くよ」
口実作るためにわざと言った?
そう思うなら断ればいい。
でも私は……。
「じゃあ、遊園地行きたいです」
「OK、今度の日曜日で良いかな?」
「はい」
何でそんな事言ったんだろう?
渡辺班に相談してみる。
「それってもう真鍋君の事吹っ切れてるんじゃないの?認めたくないみたいだけど」
そういう事なのかな……。
あきらめるもんか!
そう言う気持ちが薄れていくのは感じた。
ああ、勝ち目無いなって。
私は泣いていた。
(6)
「冬夜君おはよう……ってあれ?」
いない。
外はまだ暗い。
部屋を飛び出す。
靴が無い。
外に出る。
車はある。
どこに行ったのだろう?
「あれ?愛莉どうしたの?」
汗だくになって、息を切らせながら冬夜君が戻ってきた。
「冬夜君がいないからどこ行ったんだろう?って思って」
「なるほどね」
「お嫁さんを置いて遊びに行ったりしないって約束したろ?」
「じゃあ、なにしてたの?」
「ちょっとジョギングしてた」
「どうして?」
「……先にシャワー浴びて良いかな。風邪引いちゃうし」
「うん、その間にご飯作ってるね」
「ありがとう」
そう言って二人で家に戻る。
朝食の準備をすると冬夜君がシャワーを浴びてきた。
バスケ部のジャージ姿だ。
「いただきます」
そう言って朝食を食べる冬夜君に話しかける。
「で、どうしてジョギングなんて始めたの?」
あんなに嫌がってたのに。
「40分フルに動くスタミナつけたいと思って。少しでもね」
「それならこの前フルに動いてたじゃない?」
「あの試合は佐倉さんの作戦のお蔭だよ。もっとアグレッシブに動こうと思ったらスタミナまだ足りないよ」
「冬夜君、40分フルに出る気になったの?」
「やる以上は本気でやらないと他の人に失礼だと思ったから」
冬夜君はそう言うとご飯を食べ終える。
「さてと……大学行くかな」
「未だ休みだよ。部活も昼からって……」
「佐倉さんに頼んで体育館開けてもらうように頼んでおいた」
そうか、冬夜君もやる気になったんだな。
嬉しくもあり寂しくもある。
「今夜新年会だろ?それに行く事考えたら今からでも遅いくらいだ」
「……あとでお弁当持って行くね」
「ありがとう、ついでにスポーツ飲料買っておいてくれないかな」
「わかった」
そう言って冬夜君は家を出た。
付き合って初めてスポーツに真面目に向き合う冬夜君。
どんな素敵なプレイを見せてくれるのだろう?
今から楽しみだ。
「そっち気をつけてー」
今日は神奈の引越しの日。
私は、お手伝いに来てた。
あと来てたのは誠くんと桐谷君と亜依だけ。
今日引っ越すのは神奈だけじゃない。
花菜と恵美も引っ越すらしい。
恵美と石原君は大晦日の前から引っ越し先を探していた。
そっちにも渡辺班が手伝いに行ってる。
冬夜君は部活に出ていた。
お手伝いと言っても本当に細かな作業だけで、大まかなのは業者がやっていた。
神奈の両親も引っ越しが決まっていた。
音無から百舌鳥には性は変更らしい。
もっとも神奈は多田に変わるわけだけど
既に婚姻届はだしたらしい。
本当に今年は結婚ラッシュだ。
荷物をトラックに詰め込み終わるとアパートから新居へと移住する。
神奈はあまり感涙に浸ることは無かった。
引っ越しには慣れているんだろう。
誠君の車で移動する。
「手伝わせてゴメンな、愛莉」
「良いの、気にしないで、でも大丈夫なの?」
「バイトの量も増やしたし、誠も深夜バイトするらしいから」
「それ誠君大丈夫なの?」
「寝る時間は確保してるらしいよ」
誠君もやる気なんだな。
もっとも神奈に指輪を渡すときもバイトしてたみたいだけど。
「遠坂さん達も籍だけいれちゃえばいいのに」
誠君が言う。
「冬夜君が自立してからって言ってきかないから。それに冬夜君今バスケで大変だし」
「ああ、そっか。それどころじゃないか」
業者よりも先に着くと誠君の部屋の整理から始まる。
神奈の持ってくる家具を置くスペースを考えなければならない。
入らない家具はこの際捨てることにした。
そうして業者がくると家具を置く場所を指示する。
荷解きは後にして、神奈が引っ越し蕎麦を用意してくれた。
「今日は皆ありがとう」
「ありがとうな皆」
神奈と誠がそう言うとそばを食べ始める。
「亜依たちは引越ししないの?」
「大学遠くなるからね、それに……」
「それに?」
「瑛大が自立するまでは今のままでいいやって思ってね」
桐谷君は親の仕送りだけで生活してるらしい。
「け、結婚してくれたら僕も働くよ」
「だったら今すぐバイト探せ。それでうまくいくようだったら考えてやる」
亜依が言うとみんな笑ってた。
帰りは誠君たちに送ってもらう。
「愛莉、今日は本当にありがとうな。助かったよ」
「私殆どなにもしてないよ。神奈」
「遠坂さん達が引っ越すときは手伝うよ」
「ありがとう」
冬夜君と2人で生活する日。
そんな日が来るんだろうか?
先の事を考えて居ても仕方がない。
目の前の問題を片付けて行こう。
冬夜君は今大変だ。私が支えてあげなくちゃ。
大変と言えば、酒井君達だ。
挙式は3月に行うらしい。
猛ピッチで準備を進めてる。
式場の確保は親がしてくれたらしい。
ウェディングプランナーと相談しているらしい。
招待状配るから住所教えて欲しいとメッセージが来ていた。
渡辺班で一番に挙式するのは酒井君たちになりそうだ。
家についた。
「じゃあ、二人共お幸せにね」
「ありがとう、また新年会の時に」
「うん」
そう言って二人は走り去っていった。
私は冬夜君の家に戻る。
冬夜君はまだ帰ってない。
帰ってないうちにぱぱっと家事済ませちゃおう。
部屋の掃除をしてる間に洗濯機を回して洗濯・乾燥が終わればたたんで、アイロンをかけて……。
ご飯の仕度もしなくちゃ。
車で買い物に行って今日のメニューを考えながら買い物して帰ると、冬夜君の両親が帰ってきてた。
「あら?今日は何にするの?」
「おでんにしようと思って」
「じゃあ、おばさんも手伝おうかな?」
「大丈夫ですよ、帰って来たばかりで疲れてるでしょうし」
「愛莉ちゃん一人に家事を任せるわけにもいかないから。それに二人で料理するって案外楽しいのよ」
それは私にもわかる気がする。
そうして二人でおでんの仕込みを始める。
あとは煮込むだけ。
弱火でコトコトに混みながら冬夜君の帰りを待つ。
19時を回る頃帰ってきた。
「おかえりなさ~い」
冬夜君を元気よく迎える。けど……
「ただいま……」
冬夜君の様子がおかしい。
何かあったのかな?
後で聞いてみよう。
ご飯を食べ終わると冬夜君がお風呂に入ってる間に片づけを済ませて私もお風呂に入る。
部屋に酎ハイをもっていってテーブルの上に置き私は髪の乾燥を始める。
冬夜君はゲームをしてる。
けど、私が乾燥を終える頃にはゲームを止めてテレビを見始めていた。
「ゲームしていてよかったのに」
冬夜君は何も言わずに酎ハイを飲む。
勢いよく飲み干す。
ぷはっ吐息を漏らすともう一本とキッチンに向かう。
「私取ってくるから」
今日の冬夜君は何か落ち込んでいるようだった。
数本持って部屋に戻ると冬夜君はテレビを見ていた。
私に気がつくと「ありがとう」と言って飲み物を受け取る。
少しは落ち着きを取り戻したのだろうか。飲むピッチが普通になる。
「冬夜君、何があったの?」
私が聞くと冬夜君は話始めた。
「僕の考えが甘いのかな……?」
冬夜君は深くため息を吐くと話し始めた。
(2)
体育館に向かうと皆先に練習を始めていた。
僕も練習に混ざろうとすると、監督が「片桐はコートの外でストレッチしてろ!」と言う。
言われたとおりにストレッチをすると、「そこで見学してろ」という。
レギュラー組と補欠組が5対5で練習していた。
別のコートでは女子バスケ部が練習している。
練習をぼーっと見ていると佐倉さんがやってきた。
「何してるんですか?」
「何って……」
監督に見学してろって言われたから……。
「……先輩昨日何してたんですか?」
「何ってトレーニングはちゃんとしてたよ?」
「……皆さんは昨日ちゃんと練習してましたよ?」
「練習は来れる日だけで良いって話だったじゃないか」
「いつまでもシックスマンでいいと思ってるんじゃないでしょうね?」
シックスマンって……フル出場させるって言ったのは誰だよ?
「天才さんはいつでもコートに入れると高をくくってるんだろうよ」
水島君がそう言ってやってきた。
休憩時間に入ったらしい。
「佐倉、こいつに何いても無駄だ。自分の居場所はちゃんと用意されてある。そう上から目線で俺達を見てるんだろうよ」
カチンときた。
「別にやりたくてやってるわけじゃないんだけど?」
パシッ
佐倉さんに頬を叩かれた。
「やる気が無いなら帰ってください!皆の練習の邪魔です!そんな考えじゃ代表合宿行っても通用しませんよ!」
「水島、練習再開だ!コートに戻れ!」
監督が指示すると水島君はコートに戻って行った。
「先輩の最大の欠点はやる気のなさです!自分は大丈夫。自分はいつでもスターティングメンバーに入れる。そう思ってるんじゃないですか?」
どっちかっていうと、スタメンに居たくないんだけどね。疲れるし……。
「今日はそこでじっと練習を見ててください。……考え方変えないと代表合宿でも同じ目にあいますよ」
やれやれ、こうなるからイヤなんだ。スポーツをやるのは。
いつからスポ根ものになったんだ?
ぼんやりと練習の光景を見ていた。
みんな必死に汗を流している。
水島君は、ロングスリーを必死に打ってるが全く入らない。
リングに嫌われているようだ。
それでも必死にルーズボールに食らいついて必死にパスをもらって俺が俺がとアピールしている。
だけどそんなに焦っていたらプレーも上手くいくはずがなく。
次第に誰もパスをしなくなる。
そして笛が鳴る。
「佐(たすく)!!片桐と替われ」
さっき僕の出番は無いと言ったのは嘘だったのか?
この監督もころころ意見が変わるな。
僕は軽く屈伸すると水島君と交代しようとする。だが……。
「監督、俺はまだやれます!やらせてください!」
だけど監督は聞く耳を持たない。
「片桐!何ぼさっとしている!早くコートに入れ!」
「監督!!」
水島君の悲痛の訴えも空しく監督には届かない。
「佐、焦り過ぎだ。プレーが乱れてる。まずコートを離れて冷静になれ」
赤井君がそう言って宥める。
僕は見るに堪えなかったのか。
「監督、今日足の膝の調子悪いんで休ませてください」
そう言うと水島君が僕を睨みつける。
「俺に同情したつもりか?いいよな!才能あるやつはいつでも優遇されて。いつでもスタメンの椅子が用意されてると思ってるんだろうよ!」
そう言って体育館を出ていった。
木元先輩が後を追おうとしたが、監督がそれを止める。
「和哉!放っておけ!自分のポジションにつけ!冬夜も言い訳してないでさっさと準備しろ!」
今日に限ってやけに仕事してるな監督。
練習が終わった後皆で水島君を探した。
水島君は体育館裏で一人練習していた。
誰が付けたのか分からないバスケットに向かって一人シュート練習する水島君。
スタメンのメンバーはそこに集まると座った。
「一年の頃はよくここで練習したよな?」
藤間君が語る。
「コートは2年以上のレギュラーが独占してて練習する場所なかったもんな」
「バスケットつけたときは流石に怒られたけどな」
そう言って吉良君が笑う。
「同情ならいらねーぞ。俺は実力でスタメンを取って見せる」
「つまらない意地を張るな。みんな同じ気持ちで練習してるんだ。俺達だけにでも弱音はけよ」
そう言うはシックスマン的存在の黒田君。
「俺だって控えで終わるつもりは毛頭ない。いつかはスタメンに入るつもりだ」
皆スタメンに憧れてるんだな。
そういう感情を持ったことが無い僕には理解し難い感情だった。
「焦らなくてもいい。そのうちお前の出番は来る。お前はオールラウンダーなんだ。他のポジションが回ってくることだってある」
木元先輩が説得する。
「自分のプレイを見失うな。お前の持ち味を生かせ。お前の持ち味はなんだ?」
すると水島君はすっと立ち上がりシュートを打つ。
ボールはゴールにすっと入る。
それを見て木元先輩は言った。
「それでいいんだ。うちのチームはインサイドに弱い。アウトサイドからのシュートが必ず生きてくる。お前のディフェンスだって誰にも負けていない。きっと出番はくる」
「要は自分の持ち味を生かせってことだろ?1年の連中にも3P得意な奴はいるんだ。そいつらに今の居場所奪われるなよ」
そう言って赤井君は立ち去って行った。
「あいつ……」
後を追おうとする水島君を木元先輩が止めた。
「恭太だって苦悩してるんだ。2m越えてるセンターだって1年にはいる。そいつらにポジション奪われない様に必死なんだよ。こっそりウエイトトレーニングしたりな」
「そうだったのか……」
「みんなそうさ。自分のポジションを守るので精一杯なんだ。お前だけじゃない自分の役割を理解しろ」
木元先輩の説得が功を奏したのか水島君は落ち着きを取り戻す。
皆自分のポジションを守るのに精一杯か……。
僕には理解できない感情だった。
「皆の意識が変わったのは片桐君……君のお蔭だよ。勝ちにこだわるようになった。自分も片桐君のように活躍したい。そう思うようになったんだ。その結果ポジション争いという結果に至ったんだけどね」
「僕には理解できません。楽しくバスケやれたらいいんじゃないですか?」
そんなに勝ちにこだわらなくても。
「天才には理解できねーよ。俺たちが一生努力しても届かない位置にいるんだからな」
水島君が言う。
「代表でも俺達の代表として頑張って来てくれ」
木元先輩がそう言う。
僕はただ頷くしかなかった。
そしてそれは迷いに変わる。自分の考えが間違っているのか。勝たなければ意味が無いのか?
不本意ながら生存競争に巻き込まれていくのであった。
(3)
「なるほどね~」
愛莉は話を黙って聞いていた。
「冬夜君は、サッカーの時もそうだったよね。何でも自分の責任に押し付けられて嫌気が指したって言ってた」
「ああ、そうだな」
「今もそうなの?」
愛莉が問いかける。
僕は今嫌気がさしてるんじゃないかと。
「嫌気はさしてないよ。ただ重圧に耐えるのがきついなって……」
「耐えなくていいじゃん」
愛莉は呆気なく答えを出した。
「でも……」
「人間出来る事には限界があるんだよ。バスケだってチームプレイなんだし一人じゃできることに限界あるよ」
愛莉のいう事は一理ある。人一人に出来る事なんてたかだか知れてる。その上限値が低いか高いかの差くらいだ。その差もそんなに変わらない。
「だったら、開き直っちゃおうよ。どんなに期待されても出来ないことは出来ません!って。その代わり流されないで、ぶれないで。冬夜君はいつもの冬夜君であり続ければいいんだから」
「そうだな……」
「それでも迷ったら……また私に話して。相談相手になることくらいしかできないから」
「それだけでも助かってるよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
やれるだけのことはやれ……か。
他人からどういわれようとやれる事だけやる。
それでいい。
その結果が成果につながるなら。
「うーん……」
愛莉が悩んでいる?どうしたんだろう?
愛莉はゲームをしていた。
中ボスだ、もうそこまで進んでいたんだね。
「これ途中で固くなって、で強い攻撃でみんな死んじゃうの」
「それにはコツがあるんだよ」
愛莉からコントローラーを渡されるとPT編成をちょっと変える。
そして挑戦すると編成を変えながら攻撃していく。
するとあっという間に倒していた。
「すごい、うんと強くしたのに全然勝てなかったのに簡単に倒しちゃった」
「ああ、凄く強くしてたね」
よくまあここまで成長させたもんだと褒めたいよ。
「ゲームと一緒だよ。私には倒せない敵も冬夜君ならあっという間に片付けちゃう。それを才能と一言で皆片付けてるだけ。本当は努力してるのにね」
「なるほどな……」
「冬夜君は特殊技能持ちすぎだけどね。それをやる気出したから多分限界突破ってやつだよ」
「愛莉にも使えたらいいのにな。特殊技能」
「いつも使ってるじゃない」
愛莉はにこりと笑って耳打ちする。
……よくそういう事を恥ずかしげもなく言えるな。
「冬夜、ちょっといい?」
母さんだ。
「どうしたの?」
「明日買い物に行くから冬夜ついてきなさい」
「買い物?」
「あんたリクルートスーツで成人式行くの?」
ああ、なるほどね。
「麻耶さん、私も行きます」
「ええ、いいわよ」
「わ~い」
「愛莉は振袖とか選ばなくていいのか?」
「そんなのもう注文してるもん」
そういうものなのか。
愛莉の振り袖姿か。
さぞ可愛らしい姿なんだろうな。
「冬夜君も並んで写真撮ろうね?」
「愛莉……僕に早起きしろっていうのか?」
「正確には起きてろ!かな」
愛莉はそう言って笑っていた。
成人式か……。
どうせ渡辺班で騒ぐんだろうな。
新年会もやるって言ってたし、バスケ部の新年会もある。
大忙しだな。
後期の期末もある。
それも考えないとな。
考えると色々出てくる。
一つずつ片づけて行こう。
そう決めたのだった、
(4)
「石原君や、これはどこにおけばいいんだい?」
「あ、それはそっちの部屋にお願いします」
今日は恵美と僕の引越しの日。
音無……多田神奈さんの引越しの日と被ったけど。渡辺班が手伝いに来てくれた。
大体の事は業者さんがやってくれたけど。
「でも、なんで2LDKなわけ?1LDKで十分じゃないの?」
家を買った志水……酒井晶さんに言われたくないけど。
その疑問にとんでもない回答をする恵美。
「なんでって、子供が出来たら部屋一ついるでしょ?」
「恵美もう子供出来たの!?」
「いや、まだだけど……でも双子って事もあり得るわね。子供出来たらまた引越しね」
学生の間は考えなくてもいいから!
手伝いに来てくれたのは酒井夫妻渡辺夫妻西松夫妻に一ノ瀬さんと中島君。
業者もいたのであっという間に荷物は運び終わった。
「みなさん、助かりました。あとの荷解きは二人でするので蕎麦でも食べてください」
そういって、出前を取っておいたざるそばを食べる。
そばを食べ終えると業者は帰り、皆も「じゃあ、ごゆっくり」と帰る。
それから二人で優先順位を決めて荷解きをしていく。
ゆっくりしていたら時計は20時を回っていた。
「そろそろお腹空いてきたね」
「近所のチャンポン屋さんにでもいきましょうか?」
「チャンポンとかでいいの?昼も麺類だったでしょ」
「……じゃあファミレスにする?」
「そうだね」
そう言ってファミレスで夕食を済ませて帰ると、お風呂に入って再び荷解きをする。
自室の分は済んであった。
あとはキッチンとリビングの分だけだ。
キッチンは恵美担当。僕はリビングを担当した。
荷解きが終わった時は日付が変わっていた。
「もう疲れたし寝ようか」
「そうね」
二人共寝室に入るとベッドに寝ようとする。
が、恵美はベッドの上に正座すると急に頭を下げる。
「不束者ですが、今日からよろしくお願いします」
僕も慌てて正座する。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
「じゃ、寝よっか」
そう言って今度はちゃんと布団の中に入る恵美。
その後に僕が入る。
緊張する。これが結婚初夜というやつだろうか?
恵美を見る。すやすやと寝ている。
ホッとした半面寂しくもあった。
でも恵美も疲れているのだろう。
今夜は寝させてあげよう。
「イッシー……って読み方はもう良くないわよね?」
寝てたんじゃなかったのか?
「呼び方なんてどうでもいいよ。呼びやすい呼び方で」
「望さん……でいいかしら?」
「さんはいらないよ」
「じゃあ……望……大好きよ」
「ありがとう恵美……僕も大好きだよ」
2人で言うと笑い合っていた。
「今更何ってかんじよね」
だよね。
「私達は式はいつにしたい?」
「卒業してからじゃ……だめ?」
「望が望むなら……それでいいわよ」
「ありがとう」
「他の人達とも相談しないとね。結婚式が被ったりしたら大変」
「そうだね」
その後も色々語りながら夜を過ごし……そして眠りについた。
(5)
「新名さん、そのUSBメモリに今日の必要なファイル入れておいて」
「はい!」
「あと、書類もまとめておいて。あいさつ回りも兼ねてだから用意してある菓子折りも忘れずに」
「わかりました」
椎名さんの指示で動く。
その合間に真鍋君を見る。
真鍋君もPCを操作しながら原田さんの指示に対応する。
「あけましておめでとうございます……の者ですが」
「新名さん業者の人来た。応接に案内して。あとお茶の準備」
「はい」
応接に案内して給湯室でお茶を準備していると友坂主任が話しかけてきた。
「接客は慣れてる?どこかでバイトでもしてた?」
「うちの家業の手伝いをしてました」
「そう、思ったより良く動いてくれて助かるわ」
「ありがとうございます」
「ところであなたが話に上ってた人?」
話?
「ほら、真鍋君の事が好きだとか……」
がちゃん!
お茶碗を落してしまった。
「す、すいません」
片づけを手伝ってくれる友坂主任。
「いいのよ、それよりお客さん待たせたら悪いわ。早く行って」
「はい」
別の茶碗にお茶を入れ給湯室を後にする。
応接室には原田さんと椎菜さんあとお客さんが来ていた。
3人にお茶を渡す。
「ちょうどいい、紹介しておきますね。今年からうちでアシスタントしてもらってる新名です」
椎菜さんがそう言うと礼をする。
「新名です。よろしくお願いします」
「新名さん、ここはいいからさっきの作業の続きお願い」
「はい」
礼をして応接を出る。
作業をしていると真鍋君が話しかけてきた。
「上手くやれてるみたいじゃない。心配いらなかったみたいだね」
「ありがとう」
仕事中に私語は良くないと思った私は素っ気なく挨拶して作業に集中する。
「時に聞くけどさ、女性ってどんな話が好みなのかな?」
「どんなって?」
「いや……社長と話してるとさ、何を話しても素っ気なくてさ……俺って嫌われてるのかなって思って」
「つまり社長と仲良くできてないと」
「うっ……そうなるかな?」
「そんなの人それぞれだよ。趣味とか調べて適当に話題振ってみたらいいんじゃない?」
「そういうの女性同士で聞き出した方が早いだろ?聞いておいてほしくてさ」
「……男性には話せない話だってあるよ」
「そうなのか?」
「真鍋君!昨日頼んでおいた図面できてる!?」
友坂主任が呼んでいる。
「あ、出来てます。サーバーにコピーしてあります」
そう言って友坂主任のところに向かって言った。
「コピーだとどのファイルが正しいのか分からなくなるから移動しておきなさいって言ったでしょ!」
「そうでした、すいません」
実は丹下先生に聞いたことがある。
「聡美の奴は好きな人といるとあまりしゃべらなくてさ、ただ隣にいるだけで幸せってタイプなんだろうな」
真鍋君にはおしえてやるもんか!
自分で気付け!!
帰りは原田さんと3人になる。
まず大抵私を送ってから原田さんを送るみたいだ。
原田さんと二人きりになりたいんだろう。
原田さんはそれを嫌がってるそぶりを見せない。
つまりそういう仲にまで進展したのか?
3人でいる時間は原田さんは私に話しかけてくる。
「仕事はなれた?」
「徐々に覚えて行けばいいから」
そんな話だ。
たまには悪戯してやろう。
「原田さん再婚はされないんですか?まだお若いのに」
「え?……多分まだなんじゃないかしら」
「てことは相手はいるんですか」
その時真鍋君の方をちらっと見るのを見逃さなかった。
「そうね……いるわよ」
「いるんだ。いいなぁ~」
「真鍋君信号!!」
原田さんが叫ぶ。
「す、すいません」
「……運転にはきをつけて」
真鍋君は動揺したようだ。
そして私の家に着く。
「じゃあ、また明日」
「はい、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
そう言って二人を乗せたバンは走り去っていく。
家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って部屋にもどると椎名さんに電話をしていた。
「もしもし」
椎菜さんの声だ。聞くとホッとする。
さっきのいきさつを椎名さんに話した。椎名さんに話してどうにかなるものでもないと思うけど。
「なるほどね……」
椎菜さんはしっかり話を聞いてくれた。
「で、君は諦めるわけ?」
「え?」
「それで君は挫けるわけ?」
言葉につまった。もう勝ち目がないんじゃないか?そう感じたのは事実だった。
「焦ることはない。まだ2日しか見てないんだろ?」
優しい言葉を選んだつもりなのだろうが今の私には残酷な言葉としか受け取れなかった。
「どうしてそんな事言うんですか?」
「え?」
「2日も見てたら二人の仲の良さくらい分かります!」
プッ……。
どう考えても私が身勝手過ぎる。
謝りの電話入れようかなと思った時メッセージが届いた。
「ごめん、ちょっと意地悪し過ぎたかな。今度お詫びにどこか連れて行くよ」
口実作るためにわざと言った?
そう思うなら断ればいい。
でも私は……。
「じゃあ、遊園地行きたいです」
「OK、今度の日曜日で良いかな?」
「はい」
何でそんな事言ったんだろう?
渡辺班に相談してみる。
「それってもう真鍋君の事吹っ切れてるんじゃないの?認めたくないみたいだけど」
そういう事なのかな……。
あきらめるもんか!
そう言う気持ちが薄れていくのは感じた。
ああ、勝ち目無いなって。
私は泣いていた。
(6)
「冬夜君おはよう……ってあれ?」
いない。
外はまだ暗い。
部屋を飛び出す。
靴が無い。
外に出る。
車はある。
どこに行ったのだろう?
「あれ?愛莉どうしたの?」
汗だくになって、息を切らせながら冬夜君が戻ってきた。
「冬夜君がいないからどこ行ったんだろう?って思って」
「なるほどね」
「お嫁さんを置いて遊びに行ったりしないって約束したろ?」
「じゃあ、なにしてたの?」
「ちょっとジョギングしてた」
「どうして?」
「……先にシャワー浴びて良いかな。風邪引いちゃうし」
「うん、その間にご飯作ってるね」
「ありがとう」
そう言って二人で家に戻る。
朝食の準備をすると冬夜君がシャワーを浴びてきた。
バスケ部のジャージ姿だ。
「いただきます」
そう言って朝食を食べる冬夜君に話しかける。
「で、どうしてジョギングなんて始めたの?」
あんなに嫌がってたのに。
「40分フルに動くスタミナつけたいと思って。少しでもね」
「それならこの前フルに動いてたじゃない?」
「あの試合は佐倉さんの作戦のお蔭だよ。もっとアグレッシブに動こうと思ったらスタミナまだ足りないよ」
「冬夜君、40分フルに出る気になったの?」
「やる以上は本気でやらないと他の人に失礼だと思ったから」
冬夜君はそう言うとご飯を食べ終える。
「さてと……大学行くかな」
「未だ休みだよ。部活も昼からって……」
「佐倉さんに頼んで体育館開けてもらうように頼んでおいた」
そうか、冬夜君もやる気になったんだな。
嬉しくもあり寂しくもある。
「今夜新年会だろ?それに行く事考えたら今からでも遅いくらいだ」
「……あとでお弁当持って行くね」
「ありがとう、ついでにスポーツ飲料買っておいてくれないかな」
「わかった」
そう言って冬夜君は家を出た。
付き合って初めてスポーツに真面目に向き合う冬夜君。
どんな素敵なプレイを見せてくれるのだろう?
今から楽しみだ。
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