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3rdSEASON
一難去って
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(1)
「冬夜君朝ですよ~」
愛莉が耳元で囁く。
「……もう5分」
僕は布団を包み絶対に起きないという姿勢を見せる。
「うぅ……」
あの日以降愛莉はやっぱり少し控えめになったみたいだ。
強引な手段にはでない。
愛莉は部屋で何かをしてるようだ。
僕の耳に何かを点けられる。
ヘッドセットか?
爽やかなBGMが流れてきた。
朝の目覚めが気持ちよくなるBGMってやつか。
朝からクラシックとか聞いて気持ちよく起きるどこか爆睡しちゃうよね。
まあ、何聞いても眠いものは眠いんだけど。
……段々音量がでかくなっていく。
無視できない大きさになってきた。
「愛莉五月蠅い!!」
僕はヘッドホンを外し上身を起こす。
「わ~い、起きた~♪」
「起きた~♪」じゃないだろ。まったく……。
前言撤回する。愛莉は通常運行にもどったようだ。
それが良い事なのか悪い事なのかは別として。
「起きたらお着換えの時間ですよ~」
僕を介護老人のように扱うんじゃない。
僕は着替えると部屋を出る。
食事のあと準備をして部屋に戻る。
今日はのんびりできる時間がある。
あの日以降変わった事。
愛莉が二人の時間の時もゲームすることを許してくれるようになったこと。
愛莉も自分の時間を持つようになったこと。
その時間に付き合ってと言われれば付き合う。
はたから見たらただのデートだけど。
変わらない事。
佐倉さんからのメッセージが頻繁に来ること。
相変わらずバスケの動画を送ってくる。
それを渡辺班のグループにも送信するようになった。
極力見ない様にしていたんだけど、やはりうまい人のプレーには惹かれるものがあって、どうしても見てしまう。
愛莉はその事に干渉しなくなった。
まだ気にしてるのかな?
皆凄い中、PGの人も凄いんだけどやはりSFの人に目がいってしまう。
僕よりも背が高くてプレイスタイルも全然違う。
こんな人と一度やってみたいな。
それが現実になるとは思ってもみなかった。
「そろそろ時間だよ~」
愛莉がそう言うとバッグを手にして家を出る。
大学に着くとまっすぐ棟に向かう。
2限目を受けるとすぐに昼休み。
カンナと一緒にお弁当を食べていると毎日のイベント。
「片桐先輩!」
佐倉さんが弁当を二つ持ってくる。
一応愛莉の様子を見る。
愛莉は余裕の笑みで佐倉さんに挨拶してる。
多分大丈夫だろう。
「はい、片桐先輩どうぞ」
差し出された弁当を食べる。
「先輩、今日の動画みました?」
「見たよ、皆凄かったけど。特に凄かったのは4番かな」
「ああ、澤選手ですね。あの人のボールさばきと采配は凄いです。あとお勧めは7番の藍井選手かな?」
「ああ、SFの人だね。同い年なんだって?」
「先輩と同い年なんですよ。張り合いあるでしょ?」
「張り合うつもりはないけどね?」
「そうも言ってられませんよ。くすっ」
どういう意味だろう?
その事を聞こうとしたときカンナの様子がおかしいのに気づいた。
「藍井だって……?」
「カンナ知ってるのか?」
カンナもバスケファンなのかな?
「佐倉、その動画私にも見せてくれないか?」
「神奈どうしたの?」
愛莉は知らないらしい。
「え?渡辺班にも載せましたけど?」
そう言うとカンナは、スマホを取り出しメッセージを見る。
俊敏な動きと鋭いパス回しをする4番。
その4番のパスを空中で受け取りアリウープを決める選手がいた。
カンナはその7番の選手に注目する。
「彩……」
(2)
佐倉に教えられて見た動画には確かに彩が映っていた。
「彩……」
「音無先輩藍井彩選手を知ってるんですか?」
佐倉が聞いてきた。
「中学の時の友達」
私が好きだった人。
そうか……バスケ続けてたんだな。
「凄い人と知り合いなんですね!この人今ユニバーシアードで活躍してるんですよ!」
「そうなのか……」
彩頑張ってるんだな……。
「へえ、カンナの友達だったんだ」
「知らなかった。凄いね神奈」
トーヤと愛莉がそう言う。
「……私この彩に振られたんだ」
「え?」
愛莉の表情が暗くなる。
「中1の時の話だ。気にすんな!」
暗い話題にしてしまったな。
すると佐倉が突然言い出した。
「今度皆で会いに行きませんか?片桐先輩の応援も兼ねて」
「は?」
「へ?」
「ほえ?」
トーヤの応援ってどういうことだ?
「今度地元でユニバシアードの強化試合があるんですよ。その相手が地元大学で……」
ユニバシアードの代表選手が地元にやってくる、その強化試合の相手がうちの大学。で、冬夜の参加を条件に人数分のチケットをもらったらしい。
「何考えてんだ!」
私は佐倉にどなった。
「だってこうでもしないと先輩バスケしてもらえないでしょ?」
何の悪びれもなく言う佐倉。
そんな佐倉の手を取って学食を出ようとする私。
「今すぐチケット返しにいくぞ」
「もう約束したんだから無理ですよ」
「頭下げてでも約束をなかったことにしてもらうんだよ!」
そんなの愛莉の前で言わせるな!
ただでさえ愛莉ここ最近様子が変だったんだし。
「待って神奈!」
私を呼び止めたのは愛莉だった。
「愛莉?」
「冬夜君の意見も聞いてみようよ……冬夜君はどうする?どうしたい?」
愛莉が冬夜に聞いていた。
冬夜は考え込んでる。
愛莉はにこりと笑って冬夜に言った。
「この7番の人と試合してみたいんでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「だったら出てあげようよ。私なら平気だから」
「……いいのか?」
「カッコいいところ見せてね」
「全然やってないから分かんないぞ?」
「冬夜君だったら大丈夫だよ」
愛莉はそう言ってトーヤの背中を叩く。
こうしてトーヤの試合出場は決まった。
試合に出れるのかどうかは分からないけど。
次の日トーヤと私たちはバスケ部が練習している体育館に向かう。
練習着を着てバッシュを履き、その感触を確かめるトーヤ。
「まさか、片桐君と同じコートに立てる日が来るとはね……夢みたいだよ」
「そんな大げさですよ。木元先輩。木元先輩のポジションは?」
「PGだよ」
「お、期待の新人が来たな!全員集合」
私たちはコートの外で見学していた。
取りあえずはトーヤの実力を見たいらしい。
レギュラー組に混ざって試合形式の練習になった。
「片桐君だったか?希望のポジションとかあるか?」
「どこでもいいですよ?」
「片桐くんだったらSFでいいと思います」
木元先輩がそう言うとSFになった。
ジャンプボールが放られ試合開始。
相手ボールになる。
トーヤたちはマンツーマンディフェンスだった。
トーヤの実力が見たいとトーヤの相手にボールが渡る。
それが間違いだった。
トーヤのディフェンスにドリブルで突破したらいいのか、パスを回すべきかシュートを打つべきか分からない相手。
バイオレーションを取られる。
そしてトーヤ達の攻撃。
難なくハーフラインを超えると先輩はトーヤの目を見てボールを放る。
冬夜はそのボールの行き先を知っていたかのように走り出し跳躍する。
空中でボールを受け取るとそのままアリウープ。
愛莉と佐倉は嬉しそうにはしゃいでた。
10分間トーヤのワンマンライブが続き練習は終了。
「……凄い逸材だな」
コーチがそう言う。
その後相手の戦術を研究して対応策の練習をする。
試合の日が楽しみだ。
(3)
それは突然だった。
一本の電話。
現場にヘルプがでた。
出張していた担当者が過労で倒れたらしい。
納期は年内。
陣頭指揮を執る者が早急にいるらしい。
「私がいくわ……」
社長が、そういう。
「社長は県内の仕事溜まってるでしょう。そっちに回ってください。私がいきます」
「友坂さんのチームもいっぱいいっぱいのはずよ指揮を執る者が必要だわ」
社内は騒然となる。
誰が出張に行くか。
自然と俺が挙手してた。
「いいの?あなた来月」
「仕事の方が大事なんで」
ついてないな、折角彼女と仲良くなれたのに……。
事務所を出て電話をする。
「はい、新名です。どうかしましたか?」
「ごめん、突然出張になった。多分年内に帰ってこれないかも」
「……仕事ならしょうがないですよ。お体気をつけてくださいね」
「ああ、帰ったらお詫びに何かご馳走するよ」
「楽しみに待ってます」
建物の外に設けられた喫煙所に行ってタバコを吸う。
しかたないよな、いつもの事だ。
「良かったんですか?新名さんと仲良くなれるチャンスだったんですよ」
真鍋君が背後から声をかける。
「社会人の辛さってやつさ。君もこうならないうちに早く手を打つんだね。俺の事気にかけてる暇ないでしょ?」
「俺は……」
「俺がいないうちに新名さんを落すもよし、社長と仲良くなるのもよし。自分に悔いが残らない様に過ごすんだね」
「椎名さんはあるんですか?悔い」
「さあね。俺にも若い時があったさ。若気の至りってのもあるさ……真鍋君を見てると昔の俺を思い出すんだ。青春、思い込み、まちがった自信、熱血、情けなさ、未練、青臭さ……いろんなものを持っていた」
「……俺も先輩みたいになれますか?」
「そう思ってる時点でだめなんだよ。まあ、まだ若い君に行ってもわからないか」
そう言って俺は笑う。
「そろそろ戻ろう」
そう言って俺は事務所に戻った。
地元で残ってある仕事を片付けて、飛行機のチケットを朝一で予約し、宿泊先の手配をして帰宅する。
地元に大切なものを残して俺は飛び立った。
(4)
履き慣れないバスケットシューズ。
初めて着る真新しいユニフォーム。背番号は15番。
そして初めて立つコート。
観客席には観客がつめかけている。
愛莉たちはアリーナ席でみているはずだ。
緊張?興奮?期待感?
色んなものが押し寄せてくる。
どうせ僕なんか誰も見ていない。
どうせ恥かくなら派手にやれ。
そう言い聞かせて円陣を組む。
「勝て!とは言わない。地元大の意地を見せてやろう!」
コーチがそう言うと皆で「おお!」と叫ぶ。
僕はベンチに座る。
緊張する先輩たち。
相手は慣れているらしくて余裕すらうかがえる。
軽いウォーミングアップ程度にしか考えていないんだろう?
もしくは戦術の確認?
どっちでもいい。
やれる事をやるだけだ。
試合が始まる瞬間を待つ。
始まった。
相手の攻勢が続くが、自チームも精一杯の抵抗をしている。
1Qが終わる頃には10-30の劣勢。
このままいけば負ける。
だが相手は手を緩める様子はない。
最後までレギュラーメンバーでやるようだ。
「片桐君次のクォーターからいけるか?」
コーチが言うと僕は準備を始めた。
クォーターが終わる頃には15-45にまで点差が広がっていた。
(5)
皆が騒ぎ出す。
冬夜君がベンチから立ち上がった。
試合は相手の圧倒的優勢で1Q終わったけど、冬夜君が入ることを考えたらハンデみたいなものだよね?
神奈は相手の7番の選手に見とれてる。隣に誠君いるんだよ?
「冬夜君の出番来たみたいだよ!」
神奈に言うと「あ、そうか」と言って冬夜君を見る。
審判の笛がなると冬夜君が7番の選手と交代する。
冬夜君が味方にコーチからの指示を伝えると、それぞれのマークにつく。
冬夜君は4番の人が相手のようだ。
こういう時の冬夜君の動きはすごい、瞬きしてる余裕すら与えてくれない。
4番の人がボールをもった途端から冬夜君のプレイは始まる。相手にパスかドリブルかを選択させないディフェンス。
このままだと5秒たってしまう。
相手はドリブルをしようとボールを地面につけようとしたときだった。
狙っていたかの如く素早くボールを弾く、そしてそのボールの行き先を予測していたかの如くルーズボールに向かって走り出す。
その勢いに乗ってドリブルをし、相手エリアに入ったとほぼ同時にシュートを放つ。
相手も焦っていたのだろう。冬夜君に背後から接触する。ボールはゴールに入り、さらにフリースローを1投許され一気に4点をもぎ取る。
地元にいる人なら知ってる。でも相手は冬夜君の事を全く知らない。その油断が命取りだった。
エンドラインから4番にパスを渡そうとした瞬間を冬夜君は逃さない。スティールしてそのままシュートに持って行く。
4番以外の人にパスを渡す。けど11番の人が3Pを打つも駆け付けた冬夜君がブロックする。
味方がボールを保持するとすぐに冬夜君がパスを受け取りシュートを決める。
あっというまに冬夜君が15得点追いかけたところでタイムアウトがかかる。
タイムアウトが終わると冬夜君のマークが10番に変わる。
冬夜君が「ディフェンスの上手な人」と褒めてた人だ。
冬夜君よりも背が高い、というか皆冬夜君より背が高いんだけど。
冬夜君並のディフェンスをする。冬夜君は低い姿勢でドリブルを続ける。
後ろから4番がスティールしにきた。冬夜君は後ろに目でもついてるのだろうか、右手でドリブルしていたのを左手に持ち替えスティールを躱す。その際後ろに下がりながら。そのままクイックモーションで3Pを打つ。ディフェンスはスティールしようとした人に邪魔されてブロックに入れない。味方にスクリーンされる状態だった。
そのボールは高い軌道で弧を描きゴールに吸い込まれる。
渡辺班は皆盛り上がっている。佐倉さんも呆然としている。
相手も何度かゴールを決めるが冬夜君の3Pを止めない限り点差は縮まる一方。
相手は冬夜君に覆いかぶさるようにディフェンスする。そんなディフェンスしてたら……。
冬夜君はさらに低い姿勢で相手の懐に飛び込む。半歩でも前に出たら冬夜君の狙い通りフリースローラインから跳躍する。2人のブロックがついたが、なんとトリプルクラッチで二人を躱してダンク。ここまで来ると観客の歓声は代表選手から冬夜君へと向けられていた。
動揺する代表選手たち。こんな状況を誰が予想しようか。私は期待していたけど。
冬夜君にダブルチームで挑む代表チーム。
冬夜君は視線をゴールに向ける。シュートかと思って一人が飛ぶ。もう一人はフェイントに備えていたのだろう。だけど飛んだ方が不運だった。飛んだ方の懐を掻い潜ってシュート。もう冬夜君だけの為にある様な試合展開となった。
最後の作戦か、トリプルチームで冬夜君に備える。
そんなに割いてたら……。
冬夜君はフリーになった味方を見逃しはしない。ノーモーションでパスを出す。
受け取った相手も慌ててたが、冬夜君が「シュート早く!」と言うとシュートを決める。
3Qが終わる頃には80-50と完全に試合をひっくり返していた。
でも、そこまでだった。
日頃の運動不足もあったのだろう。
冬夜君はコーチにバツ印を出すとメンバーチェンジ。
しかし相手の心を挫いたのだろうか。バスケットボールはメンタルが重要だという。
相手のシュートやパスに精彩を欠き、またPGは冬夜君相手に5ファールをして退場。そのまま逃げ切り100-80で奇跡の大勝をしてみせた。
はしゃぐ私達。
「本当に冬夜の奴なんでもありだな。サッカー部じゃなくて良かったよ」と誠君は言う。
「ほら言ったでしょ!片桐先輩活き活きしてた!」と佐倉さん。
「トーヤまた勧誘がすごくなるんじゃね?」と神奈が心配してる。
大丈夫、冬夜君の進路は冬夜君に任せよう。
私はそれを応援するだけ、支えるだけ。
「皆で冬夜を祝いにいこうぜ!」と神奈が言う。
皆控室に向かった。
(6)
控室では盛り上がっていた。
「片桐君、今からでも遅くはない、バスケ部に入らないか?練習は時間が空いた時にきてくれるだけでいい」
僕は返答に悩んだ。
僕が部活を始めたら愛莉は一人残される。
そんな真似はしたくない。
でもバスケをしていて楽しいと思ったのも事実だ。
「……少し考えさせてください」
愛莉と相談しよう。
着替えてから更衣室を出ると皆が待ち構えている。
称賛の言葉が次々と投げかけられる。
そんな中ただ笑顔で立っている愛莉。
「愛莉……後で相談あるんだけどいいかな?」
「バスケしたくなった?」
「ちょっとだけね」
「いいよ、私の事なら気にしないで。私もバスケ部入るから」
「え?」
「マネージャーって必要なんでしょ?それなら冬夜君の側にいれるし」
「私もバスケ部入ります。近くで応援したいから」
盛り上がるバスケ部員たち。
そんな中黒いジャージを着た集団が渡辺班の皆の中を割って入ってきた。
「君にはしてやられたよ。いつからバスケやってたの?」
4番の人が尋ねてきた。
「試合をするのは今日が初めてです」
「初めてであのプレイをするのかすごいな、今日は完敗だよ」
そんな話をしてる中カンナが一人のプレーヤーと話していた。
相手の7番の人だ。
「彩……久しぶりだな」
「神奈か、中学生ぶりか?」
「その、ゆかりとは続いてるのか?」
「ああ、大学が東京に戻ったから」
「そうか、それならよかった」
「あの時はお前の気持ち考えてなかった。ごめん」
「いいんだ。あ、紹介するよ。私の彼の誠。サッカーやってる。あと、そこにいる15番がトーヤ、私の友達だ」
「トーヤ?」
彩と呼ばれた男は僕に近づく。
「数字の上では完敗だ。認めるよ、一緒にチーム組めるの楽しみにしてる」
「彩もういいだろ?そろそろ行くぞ。じゃあまた会おう」
そう言うと、黒い集団は去って言った、
また会おう?
嫌な予感しかしない。
その嫌な予感は当たった。
ちょっと背の高い男の人がやってくる。
「君いくつ?」
「19歳です」
「もっと大きな舞台でプレイしてみたくないかな?」
事実上のスカウトだ。
これがあるからスポーツはやりたくないんだ。
「あまり考えてないです」
「……また改めて連絡する。よく考えていてくれ」
「考えてますよ、大学で単位落としたくないから無理です」
「君なら大学に行かなくてもプロで食っていくことくらいできると思うが」
「そこまで考えてないので」
男の人は何も言わずに立ち去って行った。
「トーヤ流石に勿体ないだろ今の話!」
「高校の時にも言ったけど、愛莉との生活が優先だから」
僕はしたい事をしてるだけ。そう伝えると皆分かってくれたようだ。
「今日の試合だけでも満足だよ。ありがとう。片桐君。こんな気持ちは初めてだ。この後皆で打ち上げしようって話なんだけどどうだい?」
「あ、僕遠慮します。もう体がくたくたなんで」
飲めないし……。
「そうか、また機会があったら参加してくれ」
そう言ってバスケ部の皆も帰って行った。
「帰りは、誠頼んでいいかな?」
「あ、ああ。で、結局どうするんだ?バスケ部」
「助っ人程度なら考えるよ」
「そうか……」
毎日はしたくないな。
試合の緊張が解けて重くなった体を引きずるようにして帰路についた。
(7)
冬夜君は車の中で熟睡していた
余程疲れていたのだろう。
私の膝を枕にして眠っている。
「トーヤの奴もったいないよな。せっかくの才能を無駄にし過ぎだ」
「神奈、その話冬夜君の前では絶対したら駄目だよ?」
「わかってるよ」
冬夜君が部活をやりたがらない理由は唯一つ。
私がいるから……。
散々悩んだけど、もう揺るがない。
冬夜君に甘えよう。
冬夜君のしたいようにさせてあげよう。
それが冬夜君と私の絆の証なら。
私は冬夜君から離れない様にするだけ。
冬夜君もそれを望んでいる。
車は家に着く。
冬夜君を起こす。
「ああ、家に帰ってきたのね」
「そうだよ~」
「ファミレスにでも寄るのかと思った」
「豚肉買っていたのがあるの」
「?」
「スタミナつける為に生姜焼きでも作ってあげる」
冬夜君の表情が明るくなる。
一杯作って冬夜君に食べさせてあげるんだ。
ご飯を食べてシャワーを浴びた後。冬夜君をマッサージしてあげた。
マッサージしながら今日のニュースを見る。
スポーツニュースは大体冬夜君の事でもちきりだった。
インタビューから逃げるように帰ってきた冬夜君なのであまり冬夜君の言葉は聞けなかったけど。
「いつからバスケ始められたんですか?」
「今日からです」
「え?」
「試合に出たのは今日が初めてです」
「じゃあ、これから活躍されるですね」
「そういうの考えてないです」
「プロになりたいとかそういうのは……」
「ないですね」
こんな調子だ。
そしてマスコミは情報収集が早い。
冬夜君がサッカーでもスーパープレイをしていたことをすぐにかぎつける。
また、マスコミに囲まれた生活を送るんだろうな。
「やれやれだな」
冬夜君がテレビを消す。
「後悔してる?」
私は冬夜君に聞いてみた。
「いや、楽しかったよ」
「じゃ、バスケ部入る?」
「試合にたまに出るくらいなら良いかなって思ったけど部費とかもったいないよなって」
私はくすっと笑っていた。
冬夜君らしい考えだ。
「試合に誘われたら。また考えるさ」
「そうだね」
「今日は疲れたから取りあえず寝るよ」
「は~い」
照明を落としてベッドの中に入る。
暮秋の夜のことだった。
今年もあと2か月となった。
「冬夜君朝ですよ~」
愛莉が耳元で囁く。
「……もう5分」
僕は布団を包み絶対に起きないという姿勢を見せる。
「うぅ……」
あの日以降愛莉はやっぱり少し控えめになったみたいだ。
強引な手段にはでない。
愛莉は部屋で何かをしてるようだ。
僕の耳に何かを点けられる。
ヘッドセットか?
爽やかなBGMが流れてきた。
朝の目覚めが気持ちよくなるBGMってやつか。
朝からクラシックとか聞いて気持ちよく起きるどこか爆睡しちゃうよね。
まあ、何聞いても眠いものは眠いんだけど。
……段々音量がでかくなっていく。
無視できない大きさになってきた。
「愛莉五月蠅い!!」
僕はヘッドホンを外し上身を起こす。
「わ~い、起きた~♪」
「起きた~♪」じゃないだろ。まったく……。
前言撤回する。愛莉は通常運行にもどったようだ。
それが良い事なのか悪い事なのかは別として。
「起きたらお着換えの時間ですよ~」
僕を介護老人のように扱うんじゃない。
僕は着替えると部屋を出る。
食事のあと準備をして部屋に戻る。
今日はのんびりできる時間がある。
あの日以降変わった事。
愛莉が二人の時間の時もゲームすることを許してくれるようになったこと。
愛莉も自分の時間を持つようになったこと。
その時間に付き合ってと言われれば付き合う。
はたから見たらただのデートだけど。
変わらない事。
佐倉さんからのメッセージが頻繁に来ること。
相変わらずバスケの動画を送ってくる。
それを渡辺班のグループにも送信するようになった。
極力見ない様にしていたんだけど、やはりうまい人のプレーには惹かれるものがあって、どうしても見てしまう。
愛莉はその事に干渉しなくなった。
まだ気にしてるのかな?
皆凄い中、PGの人も凄いんだけどやはりSFの人に目がいってしまう。
僕よりも背が高くてプレイスタイルも全然違う。
こんな人と一度やってみたいな。
それが現実になるとは思ってもみなかった。
「そろそろ時間だよ~」
愛莉がそう言うとバッグを手にして家を出る。
大学に着くとまっすぐ棟に向かう。
2限目を受けるとすぐに昼休み。
カンナと一緒にお弁当を食べていると毎日のイベント。
「片桐先輩!」
佐倉さんが弁当を二つ持ってくる。
一応愛莉の様子を見る。
愛莉は余裕の笑みで佐倉さんに挨拶してる。
多分大丈夫だろう。
「はい、片桐先輩どうぞ」
差し出された弁当を食べる。
「先輩、今日の動画みました?」
「見たよ、皆凄かったけど。特に凄かったのは4番かな」
「ああ、澤選手ですね。あの人のボールさばきと采配は凄いです。あとお勧めは7番の藍井選手かな?」
「ああ、SFの人だね。同い年なんだって?」
「先輩と同い年なんですよ。張り合いあるでしょ?」
「張り合うつもりはないけどね?」
「そうも言ってられませんよ。くすっ」
どういう意味だろう?
その事を聞こうとしたときカンナの様子がおかしいのに気づいた。
「藍井だって……?」
「カンナ知ってるのか?」
カンナもバスケファンなのかな?
「佐倉、その動画私にも見せてくれないか?」
「神奈どうしたの?」
愛莉は知らないらしい。
「え?渡辺班にも載せましたけど?」
そう言うとカンナは、スマホを取り出しメッセージを見る。
俊敏な動きと鋭いパス回しをする4番。
その4番のパスを空中で受け取りアリウープを決める選手がいた。
カンナはその7番の選手に注目する。
「彩……」
(2)
佐倉に教えられて見た動画には確かに彩が映っていた。
「彩……」
「音無先輩藍井彩選手を知ってるんですか?」
佐倉が聞いてきた。
「中学の時の友達」
私が好きだった人。
そうか……バスケ続けてたんだな。
「凄い人と知り合いなんですね!この人今ユニバーシアードで活躍してるんですよ!」
「そうなのか……」
彩頑張ってるんだな……。
「へえ、カンナの友達だったんだ」
「知らなかった。凄いね神奈」
トーヤと愛莉がそう言う。
「……私この彩に振られたんだ」
「え?」
愛莉の表情が暗くなる。
「中1の時の話だ。気にすんな!」
暗い話題にしてしまったな。
すると佐倉が突然言い出した。
「今度皆で会いに行きませんか?片桐先輩の応援も兼ねて」
「は?」
「へ?」
「ほえ?」
トーヤの応援ってどういうことだ?
「今度地元でユニバシアードの強化試合があるんですよ。その相手が地元大学で……」
ユニバシアードの代表選手が地元にやってくる、その強化試合の相手がうちの大学。で、冬夜の参加を条件に人数分のチケットをもらったらしい。
「何考えてんだ!」
私は佐倉にどなった。
「だってこうでもしないと先輩バスケしてもらえないでしょ?」
何の悪びれもなく言う佐倉。
そんな佐倉の手を取って学食を出ようとする私。
「今すぐチケット返しにいくぞ」
「もう約束したんだから無理ですよ」
「頭下げてでも約束をなかったことにしてもらうんだよ!」
そんなの愛莉の前で言わせるな!
ただでさえ愛莉ここ最近様子が変だったんだし。
「待って神奈!」
私を呼び止めたのは愛莉だった。
「愛莉?」
「冬夜君の意見も聞いてみようよ……冬夜君はどうする?どうしたい?」
愛莉が冬夜に聞いていた。
冬夜は考え込んでる。
愛莉はにこりと笑って冬夜に言った。
「この7番の人と試合してみたいんでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「だったら出てあげようよ。私なら平気だから」
「……いいのか?」
「カッコいいところ見せてね」
「全然やってないから分かんないぞ?」
「冬夜君だったら大丈夫だよ」
愛莉はそう言ってトーヤの背中を叩く。
こうしてトーヤの試合出場は決まった。
試合に出れるのかどうかは分からないけど。
次の日トーヤと私たちはバスケ部が練習している体育館に向かう。
練習着を着てバッシュを履き、その感触を確かめるトーヤ。
「まさか、片桐君と同じコートに立てる日が来るとはね……夢みたいだよ」
「そんな大げさですよ。木元先輩。木元先輩のポジションは?」
「PGだよ」
「お、期待の新人が来たな!全員集合」
私たちはコートの外で見学していた。
取りあえずはトーヤの実力を見たいらしい。
レギュラー組に混ざって試合形式の練習になった。
「片桐君だったか?希望のポジションとかあるか?」
「どこでもいいですよ?」
「片桐くんだったらSFでいいと思います」
木元先輩がそう言うとSFになった。
ジャンプボールが放られ試合開始。
相手ボールになる。
トーヤたちはマンツーマンディフェンスだった。
トーヤの実力が見たいとトーヤの相手にボールが渡る。
それが間違いだった。
トーヤのディフェンスにドリブルで突破したらいいのか、パスを回すべきかシュートを打つべきか分からない相手。
バイオレーションを取られる。
そしてトーヤ達の攻撃。
難なくハーフラインを超えると先輩はトーヤの目を見てボールを放る。
冬夜はそのボールの行き先を知っていたかのように走り出し跳躍する。
空中でボールを受け取るとそのままアリウープ。
愛莉と佐倉は嬉しそうにはしゃいでた。
10分間トーヤのワンマンライブが続き練習は終了。
「……凄い逸材だな」
コーチがそう言う。
その後相手の戦術を研究して対応策の練習をする。
試合の日が楽しみだ。
(3)
それは突然だった。
一本の電話。
現場にヘルプがでた。
出張していた担当者が過労で倒れたらしい。
納期は年内。
陣頭指揮を執る者が早急にいるらしい。
「私がいくわ……」
社長が、そういう。
「社長は県内の仕事溜まってるでしょう。そっちに回ってください。私がいきます」
「友坂さんのチームもいっぱいいっぱいのはずよ指揮を執る者が必要だわ」
社内は騒然となる。
誰が出張に行くか。
自然と俺が挙手してた。
「いいの?あなた来月」
「仕事の方が大事なんで」
ついてないな、折角彼女と仲良くなれたのに……。
事務所を出て電話をする。
「はい、新名です。どうかしましたか?」
「ごめん、突然出張になった。多分年内に帰ってこれないかも」
「……仕事ならしょうがないですよ。お体気をつけてくださいね」
「ああ、帰ったらお詫びに何かご馳走するよ」
「楽しみに待ってます」
建物の外に設けられた喫煙所に行ってタバコを吸う。
しかたないよな、いつもの事だ。
「良かったんですか?新名さんと仲良くなれるチャンスだったんですよ」
真鍋君が背後から声をかける。
「社会人の辛さってやつさ。君もこうならないうちに早く手を打つんだね。俺の事気にかけてる暇ないでしょ?」
「俺は……」
「俺がいないうちに新名さんを落すもよし、社長と仲良くなるのもよし。自分に悔いが残らない様に過ごすんだね」
「椎名さんはあるんですか?悔い」
「さあね。俺にも若い時があったさ。若気の至りってのもあるさ……真鍋君を見てると昔の俺を思い出すんだ。青春、思い込み、まちがった自信、熱血、情けなさ、未練、青臭さ……いろんなものを持っていた」
「……俺も先輩みたいになれますか?」
「そう思ってる時点でだめなんだよ。まあ、まだ若い君に行ってもわからないか」
そう言って俺は笑う。
「そろそろ戻ろう」
そう言って俺は事務所に戻った。
地元で残ってある仕事を片付けて、飛行機のチケットを朝一で予約し、宿泊先の手配をして帰宅する。
地元に大切なものを残して俺は飛び立った。
(4)
履き慣れないバスケットシューズ。
初めて着る真新しいユニフォーム。背番号は15番。
そして初めて立つコート。
観客席には観客がつめかけている。
愛莉たちはアリーナ席でみているはずだ。
緊張?興奮?期待感?
色んなものが押し寄せてくる。
どうせ僕なんか誰も見ていない。
どうせ恥かくなら派手にやれ。
そう言い聞かせて円陣を組む。
「勝て!とは言わない。地元大の意地を見せてやろう!」
コーチがそう言うと皆で「おお!」と叫ぶ。
僕はベンチに座る。
緊張する先輩たち。
相手は慣れているらしくて余裕すらうかがえる。
軽いウォーミングアップ程度にしか考えていないんだろう?
もしくは戦術の確認?
どっちでもいい。
やれる事をやるだけだ。
試合が始まる瞬間を待つ。
始まった。
相手の攻勢が続くが、自チームも精一杯の抵抗をしている。
1Qが終わる頃には10-30の劣勢。
このままいけば負ける。
だが相手は手を緩める様子はない。
最後までレギュラーメンバーでやるようだ。
「片桐君次のクォーターからいけるか?」
コーチが言うと僕は準備を始めた。
クォーターが終わる頃には15-45にまで点差が広がっていた。
(5)
皆が騒ぎ出す。
冬夜君がベンチから立ち上がった。
試合は相手の圧倒的優勢で1Q終わったけど、冬夜君が入ることを考えたらハンデみたいなものだよね?
神奈は相手の7番の選手に見とれてる。隣に誠君いるんだよ?
「冬夜君の出番来たみたいだよ!」
神奈に言うと「あ、そうか」と言って冬夜君を見る。
審判の笛がなると冬夜君が7番の選手と交代する。
冬夜君が味方にコーチからの指示を伝えると、それぞれのマークにつく。
冬夜君は4番の人が相手のようだ。
こういう時の冬夜君の動きはすごい、瞬きしてる余裕すら与えてくれない。
4番の人がボールをもった途端から冬夜君のプレイは始まる。相手にパスかドリブルかを選択させないディフェンス。
このままだと5秒たってしまう。
相手はドリブルをしようとボールを地面につけようとしたときだった。
狙っていたかの如く素早くボールを弾く、そしてそのボールの行き先を予測していたかの如くルーズボールに向かって走り出す。
その勢いに乗ってドリブルをし、相手エリアに入ったとほぼ同時にシュートを放つ。
相手も焦っていたのだろう。冬夜君に背後から接触する。ボールはゴールに入り、さらにフリースローを1投許され一気に4点をもぎ取る。
地元にいる人なら知ってる。でも相手は冬夜君の事を全く知らない。その油断が命取りだった。
エンドラインから4番にパスを渡そうとした瞬間を冬夜君は逃さない。スティールしてそのままシュートに持って行く。
4番以外の人にパスを渡す。けど11番の人が3Pを打つも駆け付けた冬夜君がブロックする。
味方がボールを保持するとすぐに冬夜君がパスを受け取りシュートを決める。
あっというまに冬夜君が15得点追いかけたところでタイムアウトがかかる。
タイムアウトが終わると冬夜君のマークが10番に変わる。
冬夜君が「ディフェンスの上手な人」と褒めてた人だ。
冬夜君よりも背が高い、というか皆冬夜君より背が高いんだけど。
冬夜君並のディフェンスをする。冬夜君は低い姿勢でドリブルを続ける。
後ろから4番がスティールしにきた。冬夜君は後ろに目でもついてるのだろうか、右手でドリブルしていたのを左手に持ち替えスティールを躱す。その際後ろに下がりながら。そのままクイックモーションで3Pを打つ。ディフェンスはスティールしようとした人に邪魔されてブロックに入れない。味方にスクリーンされる状態だった。
そのボールは高い軌道で弧を描きゴールに吸い込まれる。
渡辺班は皆盛り上がっている。佐倉さんも呆然としている。
相手も何度かゴールを決めるが冬夜君の3Pを止めない限り点差は縮まる一方。
相手は冬夜君に覆いかぶさるようにディフェンスする。そんなディフェンスしてたら……。
冬夜君はさらに低い姿勢で相手の懐に飛び込む。半歩でも前に出たら冬夜君の狙い通りフリースローラインから跳躍する。2人のブロックがついたが、なんとトリプルクラッチで二人を躱してダンク。ここまで来ると観客の歓声は代表選手から冬夜君へと向けられていた。
動揺する代表選手たち。こんな状況を誰が予想しようか。私は期待していたけど。
冬夜君にダブルチームで挑む代表チーム。
冬夜君は視線をゴールに向ける。シュートかと思って一人が飛ぶ。もう一人はフェイントに備えていたのだろう。だけど飛んだ方が不運だった。飛んだ方の懐を掻い潜ってシュート。もう冬夜君だけの為にある様な試合展開となった。
最後の作戦か、トリプルチームで冬夜君に備える。
そんなに割いてたら……。
冬夜君はフリーになった味方を見逃しはしない。ノーモーションでパスを出す。
受け取った相手も慌ててたが、冬夜君が「シュート早く!」と言うとシュートを決める。
3Qが終わる頃には80-50と完全に試合をひっくり返していた。
でも、そこまでだった。
日頃の運動不足もあったのだろう。
冬夜君はコーチにバツ印を出すとメンバーチェンジ。
しかし相手の心を挫いたのだろうか。バスケットボールはメンタルが重要だという。
相手のシュートやパスに精彩を欠き、またPGは冬夜君相手に5ファールをして退場。そのまま逃げ切り100-80で奇跡の大勝をしてみせた。
はしゃぐ私達。
「本当に冬夜の奴なんでもありだな。サッカー部じゃなくて良かったよ」と誠君は言う。
「ほら言ったでしょ!片桐先輩活き活きしてた!」と佐倉さん。
「トーヤまた勧誘がすごくなるんじゃね?」と神奈が心配してる。
大丈夫、冬夜君の進路は冬夜君に任せよう。
私はそれを応援するだけ、支えるだけ。
「皆で冬夜を祝いにいこうぜ!」と神奈が言う。
皆控室に向かった。
(6)
控室では盛り上がっていた。
「片桐君、今からでも遅くはない、バスケ部に入らないか?練習は時間が空いた時にきてくれるだけでいい」
僕は返答に悩んだ。
僕が部活を始めたら愛莉は一人残される。
そんな真似はしたくない。
でもバスケをしていて楽しいと思ったのも事実だ。
「……少し考えさせてください」
愛莉と相談しよう。
着替えてから更衣室を出ると皆が待ち構えている。
称賛の言葉が次々と投げかけられる。
そんな中ただ笑顔で立っている愛莉。
「愛莉……後で相談あるんだけどいいかな?」
「バスケしたくなった?」
「ちょっとだけね」
「いいよ、私の事なら気にしないで。私もバスケ部入るから」
「え?」
「マネージャーって必要なんでしょ?それなら冬夜君の側にいれるし」
「私もバスケ部入ります。近くで応援したいから」
盛り上がるバスケ部員たち。
そんな中黒いジャージを着た集団が渡辺班の皆の中を割って入ってきた。
「君にはしてやられたよ。いつからバスケやってたの?」
4番の人が尋ねてきた。
「試合をするのは今日が初めてです」
「初めてであのプレイをするのかすごいな、今日は完敗だよ」
そんな話をしてる中カンナが一人のプレーヤーと話していた。
相手の7番の人だ。
「彩……久しぶりだな」
「神奈か、中学生ぶりか?」
「その、ゆかりとは続いてるのか?」
「ああ、大学が東京に戻ったから」
「そうか、それならよかった」
「あの時はお前の気持ち考えてなかった。ごめん」
「いいんだ。あ、紹介するよ。私の彼の誠。サッカーやってる。あと、そこにいる15番がトーヤ、私の友達だ」
「トーヤ?」
彩と呼ばれた男は僕に近づく。
「数字の上では完敗だ。認めるよ、一緒にチーム組めるの楽しみにしてる」
「彩もういいだろ?そろそろ行くぞ。じゃあまた会おう」
そう言うと、黒い集団は去って言った、
また会おう?
嫌な予感しかしない。
その嫌な予感は当たった。
ちょっと背の高い男の人がやってくる。
「君いくつ?」
「19歳です」
「もっと大きな舞台でプレイしてみたくないかな?」
事実上のスカウトだ。
これがあるからスポーツはやりたくないんだ。
「あまり考えてないです」
「……また改めて連絡する。よく考えていてくれ」
「考えてますよ、大学で単位落としたくないから無理です」
「君なら大学に行かなくてもプロで食っていくことくらいできると思うが」
「そこまで考えてないので」
男の人は何も言わずに立ち去って行った。
「トーヤ流石に勿体ないだろ今の話!」
「高校の時にも言ったけど、愛莉との生活が優先だから」
僕はしたい事をしてるだけ。そう伝えると皆分かってくれたようだ。
「今日の試合だけでも満足だよ。ありがとう。片桐君。こんな気持ちは初めてだ。この後皆で打ち上げしようって話なんだけどどうだい?」
「あ、僕遠慮します。もう体がくたくたなんで」
飲めないし……。
「そうか、また機会があったら参加してくれ」
そう言ってバスケ部の皆も帰って行った。
「帰りは、誠頼んでいいかな?」
「あ、ああ。で、結局どうするんだ?バスケ部」
「助っ人程度なら考えるよ」
「そうか……」
毎日はしたくないな。
試合の緊張が解けて重くなった体を引きずるようにして帰路についた。
(7)
冬夜君は車の中で熟睡していた
余程疲れていたのだろう。
私の膝を枕にして眠っている。
「トーヤの奴もったいないよな。せっかくの才能を無駄にし過ぎだ」
「神奈、その話冬夜君の前では絶対したら駄目だよ?」
「わかってるよ」
冬夜君が部活をやりたがらない理由は唯一つ。
私がいるから……。
散々悩んだけど、もう揺るがない。
冬夜君に甘えよう。
冬夜君のしたいようにさせてあげよう。
それが冬夜君と私の絆の証なら。
私は冬夜君から離れない様にするだけ。
冬夜君もそれを望んでいる。
車は家に着く。
冬夜君を起こす。
「ああ、家に帰ってきたのね」
「そうだよ~」
「ファミレスにでも寄るのかと思った」
「豚肉買っていたのがあるの」
「?」
「スタミナつける為に生姜焼きでも作ってあげる」
冬夜君の表情が明るくなる。
一杯作って冬夜君に食べさせてあげるんだ。
ご飯を食べてシャワーを浴びた後。冬夜君をマッサージしてあげた。
マッサージしながら今日のニュースを見る。
スポーツニュースは大体冬夜君の事でもちきりだった。
インタビューから逃げるように帰ってきた冬夜君なのであまり冬夜君の言葉は聞けなかったけど。
「いつからバスケ始められたんですか?」
「今日からです」
「え?」
「試合に出たのは今日が初めてです」
「じゃあ、これから活躍されるですね」
「そういうの考えてないです」
「プロになりたいとかそういうのは……」
「ないですね」
こんな調子だ。
そしてマスコミは情報収集が早い。
冬夜君がサッカーでもスーパープレイをしていたことをすぐにかぎつける。
また、マスコミに囲まれた生活を送るんだろうな。
「やれやれだな」
冬夜君がテレビを消す。
「後悔してる?」
私は冬夜君に聞いてみた。
「いや、楽しかったよ」
「じゃ、バスケ部入る?」
「試合にたまに出るくらいなら良いかなって思ったけど部費とかもったいないよなって」
私はくすっと笑っていた。
冬夜君らしい考えだ。
「試合に誘われたら。また考えるさ」
「そうだね」
「今日は疲れたから取りあえず寝るよ」
「は~い」
照明を落としてベッドの中に入る。
暮秋の夜のことだった。
今年もあと2か月となった。
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