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3rdSEASON
私に下さい!
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(1)
船の音が気になるのかどうしても船に乗っている時は早起きしてしまう。
朝の空気を吸いたいところだけど愛莉は眠っている。
「愛莉起きて」
そう言って愛莉の唇にキスをすると愛莉は「うぅ……」と目を覚ます。
明らかにまだ眠そうだ。
「ちょっと外の空気吸ってくるね」
そう言うと目をぱっちり開ける。
「私も行く~」
そう言って下に降りると着替え始める。
やれやれと僕も着替えると梯子を下りる。
愛莉は着替え終えてブラシで髪を整えていた。
「愛莉寝なくて大丈夫か?」
「家に帰ったらたっぷり寝るから大丈夫」
「そうか」
「冬夜君も寝なきゃだめだよ!」
「僕は大丈夫だよ」
「ダメ!」
「昼間は眠くなくなるんだよ」
「私が添い寝してあげるから」
「愛莉が添い寝したいだけじゃないのか?」
ぽかっ
「また意地悪な事言うんだから~」
「とりあえず、外にでようか」
「うん」
そう言って展望デッキにでた。8月も終わりごろをむかえ日の出が遅れてきた。
まだ薄暗い空を見る、半そでだとちょっと肌寒い。
その時愛莉が抱き着いてきた。
「どうした?」
「冬夜君寒そうだから」
「?」
「私が温めてあげようと思って」
確かに温かい。女性の方が体温が低いと言われているらしいがそういう医学的な事は抜きにして温かい
単に気分の問題なんだろうか?愛莉の優しさが温かさに変わって伝わってるとかそういう話なのだろうか?
「もういいでしょ?冬夜君風邪引いちゃうよ?」
「そうだな、そろそろ戻るか?」
室内に戻ると荷物を整理してテレビを見ながら、到着の時間を待つ。
到着前になると荷物を持って部屋を出て車に移動。
誘導員の指示に従って船を出ると見慣れた景色が広がる。
それから車を止めると、愛莉の家に挨拶に行く。
「あら、愛莉ちゃんおかえりなさい~」
「りえちゃんただいま~」
「冬夜君お疲れ様~」
「……いえ。あ、これお土産です」
「まあ~気を使わなくてもいいのに~」
そうして、愛莉の家のリビング少し話をした後家に帰る。
「おかえりなさい。愛莉ちゃん届いてたわよ。お菓子ありがとうね」
「いつもお世話になってますから~」
ふらふらと部屋に戻る僕。
「ちょっと冬夜大丈夫なのかい?」
家に帰ったという安心感とずっと運転してきた疲労感が今頃になってやってきた。
「少し横になる……」
「つかれたろうし、そうしなさいな。愛莉ちゃんもゆっくりやすみなさい」
「は~い」
そうして僕たちは部屋のベッドに横になると眠りについた。
(2)
カランカラン。
ドアベルの音がなる。
中島君が来たじゃないかい。
やけに落ち込んでるね。
昨夜のあれが原因かな?
「穂乃果いる?」
「一ノ瀬さんは今準備中だよ?どうかしたのかい?」
「……善幸の悪い癖だぞ。知ってるくせによく言うぜ」
知ってるよ。無事解決したんだろ?なのになぜそんな落ち込んでいるのかが非常に興味あるんだけどね。
「一ノ瀬さんとは仲直りしたんだろ?どうして落ち込んでるんだい?」
「……あれから一夜明けただけだぜ、しかもその後初めて顔合わせるんだ。どんな顔していいかわからないだろ?」
「じゃあ、来なかったらいいんじゃないかい?」
「そうもいくかよ、明日から一緒に旅行だぜ?」
ああ、大阪に行くんだったね。夢の国よりは別世界の方がいいというわけかい。
片桐君も確か京都滋賀に行ったと聞いたけど、みんな関東より関西なのかね?単純に旅費の問題なんだろうか?
「酒井君、お客さんですか……あっ」
「穂乃果……」
一ノ瀬さんが出てくると中島君の表情がさらに神妙な顔つきになっていた。
「穂乃果、昨日はごめん……」
「私語は止められていますので」
確かに店のルールはそうだね。
でもこの店すでに渡辺班に占領されていて店の売り上げの3割ほどは渡辺班のものだから暗黙の了解でしているものだと思っていたけど。
ていうか昨日とかガンガン喋っていたよね。
「……じゃあ、独り言を言うよ。昨日は済まなかった」
「……」
「これからはもう行かないから」
「……」
「許してくれないかな?」
「……」
本当に暖簾に腕押しのようだ。何の反応もしない一ノ瀬さん。
因みに隣には晶ちゃんがいて中島君をジト目で見てる。
さすがに見かねて少し助け舟を出してみることに。
「そう言えば明日から大阪らしいね」
「ああ、新幹線で行く予定なんだ。切符は買ってある。朝6時に迎えに行けば間に合うはずだから……」
「あなた、そんな事言える立場なの?まだ立場を弁えてないんじゃなくて?」
ごめんよ、中島君。この人に睨まれたら僕は逆らえない。
「6時でいいですよ」
「穂乃果?」
「一ノ瀬さん?」
二人共呆気にとられる。
簡単にしゃべっちゃったよこの人……。
「ていうか何で最初にその話をしてくれなかったんですか?私過ぎたことをうじうじいう人嫌いです。嫌な気分を思い出させないで」
「あ、ああごめん」
「だから謝るのは止めて」
仮にも接客中に泣くのはどうかと思うよ。
「一ノ瀬さんや、ここは僕に任せてちょっと落ち着いてから来てよ」
「はい……すいません」
そう言うと一ノ瀬さんは控室に戻って行った。
それからしばらくして一ノ瀬さんは笑顔で戻ってきた。
「お客様先程は大変失礼しました」
無茶苦茶営業スマイルだ。まあ、営業してるんだから当たり前だけどね。
カランカラン。
新しいお客さんだ。
竹本君と花山さんだ。
「悠馬、あんたたまには私の車も運転して調整してよ」
「外車は乗ったこと無いから苦手なんだよ」
「私の車は右ハンドルです。ちゃんとみてないんだね」
「あ、いつものお願いします」
竹本君と花山さんは明日引っ越しして月曜日からは同棲するらしい。
地元に残ってる渡辺班は手伝いに行くことになってる。
「いらっしゃい、明日の打ち合わせでもするのかい?」
コーヒーとクリームソーダを運びながら二人に話をしていた。
「いや、これからうちの実家に咲を連れて行くところでして」
「ああ、顔合わせというやつだね」
やっぱり女性も緊張したりするのかい?
「そんな~結婚するわけじゃないし緊張するわけじゃないじゃないですか~」
そう言う花山さんの表情はやや硬い。
肩に力も入り過ぎてる。今からそんなんだといざ対面という時何も言えなくなるよ?竹本君からもリラックスさせてあげなさいな。
「咲の言う通りだよ、うちの親は大雑把な性格だから咲は心配しなくてもいいよ」
竹本君が言うと、咲さんが作り笑いをする。
「な、何いってるの悠馬君。私いつも通りですよ」
グラスを持つ手が震えている。こりゃ重症だね。
カランカラン。
今日は来客が多いね。
おや、久しぶりに片桐君と遠坂さんが来たよ。
「こんにちは~お久しぶり~」
「お久しぶり~いらっしゃいませ~」
遠坂さんと一ノ瀬さんが挨拶している。
片桐君はその間に僕に紙袋を渡す。
「これお土産、お店の人で食べて」
「わざわざありがとう」
「いつも渡辺班が世話になってるからこのくらいどうってことないよ」
それを持ってマスターに伝えると「ありがとうな!」とマスターが大声で言った。
「あれ?花山さんなんか顔色悪いけどどうしたの?」
片桐君が不思議そうに花山さんを見る。
「な、なんでもないですよ。あはは」
滅茶苦茶動揺してるじゃないですか。
「どうしたの?」
遠坂さんが花山さんに聞いてる。
「遠坂さんは冬夜君の家に挨拶に行った時どうでしたか?」
「挨拶?」
「ほら、同棲するときとかに挨拶に行くじゃないですか?」
「ああ、麻耶さんは小学生の時からの付き合いだったからそんなのなかった。私の両親も『早く婚姻届出しなさい』ってうるさいくらいだし。ね?冬夜君」
「ああ、そうだね……」
片桐君は苦笑している。そんな親もいるんだね。でも親から言われるとちょっとびっくりするよね。片桐君は違う意味で動揺したんだね。
「何々?二人共同棲するの?あ、そんな事書いてたね」
「は、はい。と、いっても悠馬君が家に引っ越すだけだけど」
「……花山さんリラックスした方がいいよ?多分大丈夫だよ。花山さん可愛いし、何よりお姫様だし」
お姫さまで言ったら絶対ダメだと思うんだけど、どうなんですかね?
「う~ん、冬夜君はどうしたらいいと思う?」
遠坂さんが片桐君に聞いてみた。
「僕も経験したこと無いから分かんないな。愛莉昔からうちの母さんと仲良かったろ?」
「そうだね~」
「竹本君の家族は何人家族なの?」
「母さんと義父さんの3人家族です」
「ええ、母さん僕が小さいときに父さんと死別して、それで高校くらいの時に今の義父さんと付き合いだしたんです。それまでは早く自立して母さんに楽させようって目的があったけど義父さんが現れてその目標もなくなって、自分は何をしたらいいんだろうと思っていました。でも今は咲の為に頑張らなきゃって思ってます」
「悠馬君の両親てどんなタイプ?」
「母さんは大人しい人、義父さんは本当に大雑把なんだ」
竹本君の母さんは看護師をしていて、義父さんが骨折で入院した時に知り合ったらしい。その時に一目ぼれして押しに押してゴールインしたんだとか。
「僕が彼女を連れて来るなんて電話で話した時はびっくりしてたけど、今は楽しみに待ってるよ」
「簡単に言ってくれるけど悠馬も私の家で緊張してたでしょ!」
「それでいいんだよ?」
「へ?」
「リラックスリラックス」
「私もそう思うな」
遠坂さんが言う。
「いつもの明るい花山さんでいいと思うよ」
この二人に聞いてよかったんだろうか?僕は若干不安になってきた。
カランカラン
渡辺夫妻がやってきた。
美嘉さんは中島君を見るなり「中島!お前ってやつは……」と中島君を問い詰める。
「その件はもう済んだ事だから、今はもう思い出したくないから」と一ノ瀬さんのフォローもあって問題なく終わる。
「ちょうどいい所に来た、美嘉先輩。美嘉先輩は渡辺先輩の親に会う時どうでした?」
花山さんが美嘉さんに聞くと美嘉さんの表情が曇った。
「大変だったよ……なれない礼儀に正座だろ?食事も喉を通らなかったよ」
「うわぁ……」
花山さんがさらに落ち込む。
「咲、本当に気にしなくていいから。義父さんの好きな羊羹も買ったし」
「う、うん」
この二人大丈夫なんだろうか?ちょっと不安だった。
(3)
悠馬の家は竹田の山の中にあった。
農業を営んでいるらしい。
農家の家らしく大きい家だった。
敷地には耕運機等が置かれてきた。
「おや、悠馬くんちのせがれやんか、元気しちょったん?」
近所のおじいちゃんが声をかけてくる。
悠馬が笑顔で返す。
アニメに出てきそうなのどかな農村だった。
悠馬が呼び鈴を押す。
「はーい、どちらさんですか?」
「母さん帰ったよ」
悠馬が言うとドタドタと音がする。
ガラガラっと戸が開く。
悠馬のお義父さんが出迎えてくれた。
「おお、悠馬おかえり」
「母さんは?」
「ああ、昨日ちょっと体調崩してな、今寝取る……」
言うより早く悠馬は家に上がっていた。
取り残される私と悠馬君のお義父さん。
ちょっと、一緒にいてくれないと気まずいじゃないの!
「あんたが、悠馬の彼女さん?」
「そそそ、そうです初めまして、本日はお招きいただきましてありがとうございます……」
はっきり、爽やかに答えたつもりだった。
お義父さんはにっこりと笑うと答えた。
「また随分なべっぴんさん連れて来たなぁ悠馬の奴。まあ、とりあえず上がりなさい」
「失礼します」
彼氏の家の戸はとても重く、敷居もものすごく高いと聞いたが案外普通だった。
悠馬のいる悠馬のお母さんの部屋に案内される。
「は、初めまして。竹本君とお付き合いさせていただいてます花山と言います。今日はお招きいただき……」
「あら、かわいらしい子ね。悠馬が初めて彼女を連れて来たというのにこんな姿でごめんなさいね」
「あの……具合大丈夫ですか?」
「ちょっと風邪気味なだけ、主人は大げさな人だから」
「紗耶香さんは無理をいつもするからなあ。たまには休めというのに。でもいつも悠馬の事心配してたぞ」
「ごめん……」
悠馬は母さんの手を取ってそう言っていた。
「夕食の準備しなきゃね。ちょっと待ってね。すぐに作るから」
そう言って立ち上がろうとする悠馬の母さんの肩を抑える悠馬。
「母さんはゆっくりしてて、店屋物でも頼むよ」
「それじゃあまりにも簡単すぎるでしょ」
「こういう時は俺を頼ってくれていいんだ。だてに独り暮らしをやってたわけじゃねえ!俺に任せてくれ。ちょっと買い物行ってくる。悠馬、紗耶香さんを頼むぞ」
そういって悠馬のお義父さんは出かけて行った。
「私も着替えるから居間で待ってて」
そう言われると悠馬は私を居間に案内してくれていた。
「母さんの体が前よりも小さく感じた」
ぼそっと言った一言。
「まだ半年も経ってないのに変だよな」
そう言って悠馬は笑う。
ふと気づいた。悠馬が私の手を握っていることに。
しばらくして悠馬のお母さんが居間に現れた、
「これ、つまらないものですけど」……と、地元の銘菓を渡す。
「ありがとうね。随分と綺麗な彼女さんを連れて来たわね」
「彼女大学では『お姫様』と呼ばれてるんだ」
「あら、そうなの。よくそんなお嬢さんとつきあえたね?」
悠馬め、余計な事を。
私は作り笑いするしかなかった。
それからお義父さんが帰ってきた。
ホットプレートを用意して焼肉の準備をする。
「こういう時はこれに限るよな!」と笑いながら。
肉をつつきながら話は続く。
こういう時は悠馬に肉をあげた方がいいんだろうか?
「竹本君、お肉焼けてるよ」
「あ、ありがとう」
「二人共仲良いねえ」
お義父さんに揶揄われる。悪い気分はしなかった。
「明日引っ越しをするんだったかな?」
お義父さんが聞いてきた。悠馬が答える。
「うん、明日要らない家電とか運ぶから」
「おお、倉庫は空けてるよ。ところで気になったんだが……二人が付き合うきっかけになったのは?」
「え?」
「いやあ、悠馬にしちゃあ高嶺の花だろ?どうして付き合うことになったのか気になってな」
「それは……」
悠馬は言葉に詰まった。
ゲームのことを話すべきかどうか悩んだのだろう?
私が代わって答えた。
「私が竹本君に一目惚れしました。それで告白してしばらくしてOKをもらえたんです」
嘘はついてない。
「しばらくしてOKもらえたって何か事情があったのか?」
「僕に好きな人いたんだ。その人に振られてちょっと冷却期間が欲しかったから」
「なるほど、弱ってる悠馬を狙たってわけだな」
まあ、当たっている。
「英二さん、そういう言い方は失礼よ?花山さんごめんなさいね」
お母さんが謝ってくれた。
「大丈夫です。言ってる事は当たってるし」
あの時打算的なものはあったのかもしれない。
でも気持ちに嘘はついてない。
お義父さんは3本目の缶ビールを開けていた。
「英二さん今日はあまり飲み過ぎない方が……」
お母さんが窘める。
しかしお義父さんは全く気にとめない。
「いいじゃないか紗耶香さん、二人の結婚の前祝だ」
ジュース吹きそうになった。
「何を言い出すんだよ、義父さん!」
「あれ?同棲するって事はそういう事じゃないのか!?」
「そうかもしれないけど順序があるだろ?まずは一緒に暮らして本当にそれが良いのか確認して……」
「確認して?」
「……彼女の気持ちを確認して。それから考えるよ」
その気持ちがないのに同棲しようなんて言う人がいるのは知ってるけど、私は違うぞ。
焼肉を食べて、それから色々聞かれて22時くらいになると、悠馬がそろそろ帰ると言い出した。
「なんでえ?今日は泊まっていくと思って布団用意していたのに」
「帰ってから引っ越しの最後の準備あるから」
「そうか、そりゃしょうがないな」
「じゃ、そろそろ行こうか。花山さん」
そう言って悠馬が立ち上がると、私も立ち上がる。
長時間正座していたので足がしびれていた。私は足がよろめいてバランスを崩し倒れそうになるところを悠馬に抱えられた。それが最初のミス。
「サンキュー、悠馬」
「悠馬?」
お母さんがそう聞きなおす2度目のミス。
「仲いいんじゃねーか!悠馬」
お義父さんがそういって笑いに変えてくれた。
少し照れている悠馬の笑顔。
3度目のミスが歩けない私を悠馬に支えられて歩くという失態をさらしたこと。
「ご、ごめんなさい」
やっぱりやってしまった。悠馬に恥かかせてしまった。自分を情けないと感じてしまう。
悠馬は優しく言う。
「大丈夫だよ、母さんたちを敵に回しても僕は咲のそばにいてあげるから」
「よく言った!それでこそ男ってなもんよ!なあ、紗耶香さん!」
お義父さんがそう言う。お母さんも優しい表情で言った。
「そうね……、これで安心だわ。悠馬にもちゃんとした彼女が出来たんだなって。仲良くね」
「ありがとうございます」
「また遊びにいらっしゃい」
そう言って僕達も家をでた。
「あ~焦った~。あんな経験もうたくさんだわ~」
「咲お疲れ。足大丈夫」
「ああ、やらかしてしまったって思った時にふっ飛んだわよ。そんなの」
「あとは引っ越すだけだね」
私の家に着く。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、また明日」
そう言って悠馬は自分のアパートに変えていった。
部屋に帰ると、先に部屋のスペースを作る。
大体の物はロフトにおけばいいか?
ロフトは殆ど使ってない。
そうしてシャワーを浴びて。テレビをみて、最後の一人の夜を送った。
(4)
「う~ん」
愛莉が悩んでる。
たぶんどうでもいい事なんだろうけど、無視することはまずいと思って聞いてみた。
「どうしたの?」
「親に挨拶か~。私したこと無いな~と思って」
「いまさらじゃない?それに簡単に挨拶してたよ。お世話になりますって……」
「それだけでいいのかな~?」
「親が良いって言ってんだからいいんじゃない?
「う~ん……」
愛莉はノートPCで帳簿をつけながら、まだ悩んでいる。
僕はこの前「愛莉をもらえませんか?」って挨拶した。
「そんなに気になるなら今からしとくかい?」
「え?」
「まだ両親起きてると思うけど」
「う、うん……こんな格好でいいかな?」
「問題ないんじゃない?」
本当にいまさらな感じするしね。
1階のリビングに行くと両親がテレビを見てる。
僕達が並んで話があるというと母さんがテレビを消した。
「どうしたんだ?突然」
「愛莉が言いたい事あるらしいよ」
「どうしたの愛莉ちゃん?」
母さんが怪訝そうに愛莉に尋ねる。
「……ください」
「え?」
「冬夜君を私に下さい!」
両親は愛莉の言葉に呆然とする。
愛莉その言い方は色々誤解を招くぞ。
「冬夜、あなた求婚でもしたのかい?」
「いや、まだしてないけど」
「じゃあ、突然どうしたんだい?」
そう思うよな。想定内の答えだった。
「今までちゃんと挨拶してなかったから、ちゃんと挨拶しようと思って」
愛莉がそう言うと両親はなるほどね、と納得したようだ。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。今まで通りでいいんだから」
「うちの冬夜に何か言われたのか?」
母さんと父さんがそういうと愛莉は首を振った。
「友達が、同棲するのに挨拶をするって言ってたからそれで私もしてなかったなと思って」
「そういう事ね……、でも二人の仲はもう分かってる事なんだから気にしなくてもいいのよ」
「世話になってるのはうちの冬夜だしな。愛莉ちゃんに甘えっぱなしで申し訳ない」
2人はそう言うとテレビを見だした。
「もういいだろ?行こう?」
愛莉にそう言うと愛莉は部屋に戻る。
その時母さんに冬夜はちょっと残りなさいと言われたので、残った。
「愛莉ちゃんは挨拶したけど、本来はあんたが先に遠坂さん宅に挨拶すべきなのよ?」
母さんがそういうと既にしたことを説明した。
「それならいいわ。愛莉ちゃんの事あんたに任せられてるんだからしっかり支えてやるのよ」
母さんはそう言うとテレビを見て笑いはじめる。
僕は部屋にもどった。
「麻耶さんなんて?」
「愛莉の家に挨拶はしたのか?ってさ」
「ごめんね、冬夜君が怒られるようなことになるとは思ってもなかった」
「怒られたわけじゃないからいいよ。気にしないで」
そう言って愛莉の隣に座ると頭を撫でてやる。
「そろそろ寝ようか。明日は竹本君の引越しの手伝いもあるし」
「そうだね」
そう言ってテレビを消して照明を落とすと二人でベッドに入る。
今日はまだ疲れが抜けきっておらず。二人共すぐに眠っていた。
弓張月の夜の事だった。
船の音が気になるのかどうしても船に乗っている時は早起きしてしまう。
朝の空気を吸いたいところだけど愛莉は眠っている。
「愛莉起きて」
そう言って愛莉の唇にキスをすると愛莉は「うぅ……」と目を覚ます。
明らかにまだ眠そうだ。
「ちょっと外の空気吸ってくるね」
そう言うと目をぱっちり開ける。
「私も行く~」
そう言って下に降りると着替え始める。
やれやれと僕も着替えると梯子を下りる。
愛莉は着替え終えてブラシで髪を整えていた。
「愛莉寝なくて大丈夫か?」
「家に帰ったらたっぷり寝るから大丈夫」
「そうか」
「冬夜君も寝なきゃだめだよ!」
「僕は大丈夫だよ」
「ダメ!」
「昼間は眠くなくなるんだよ」
「私が添い寝してあげるから」
「愛莉が添い寝したいだけじゃないのか?」
ぽかっ
「また意地悪な事言うんだから~」
「とりあえず、外にでようか」
「うん」
そう言って展望デッキにでた。8月も終わりごろをむかえ日の出が遅れてきた。
まだ薄暗い空を見る、半そでだとちょっと肌寒い。
その時愛莉が抱き着いてきた。
「どうした?」
「冬夜君寒そうだから」
「?」
「私が温めてあげようと思って」
確かに温かい。女性の方が体温が低いと言われているらしいがそういう医学的な事は抜きにして温かい
単に気分の問題なんだろうか?愛莉の優しさが温かさに変わって伝わってるとかそういう話なのだろうか?
「もういいでしょ?冬夜君風邪引いちゃうよ?」
「そうだな、そろそろ戻るか?」
室内に戻ると荷物を整理してテレビを見ながら、到着の時間を待つ。
到着前になると荷物を持って部屋を出て車に移動。
誘導員の指示に従って船を出ると見慣れた景色が広がる。
それから車を止めると、愛莉の家に挨拶に行く。
「あら、愛莉ちゃんおかえりなさい~」
「りえちゃんただいま~」
「冬夜君お疲れ様~」
「……いえ。あ、これお土産です」
「まあ~気を使わなくてもいいのに~」
そうして、愛莉の家のリビング少し話をした後家に帰る。
「おかえりなさい。愛莉ちゃん届いてたわよ。お菓子ありがとうね」
「いつもお世話になってますから~」
ふらふらと部屋に戻る僕。
「ちょっと冬夜大丈夫なのかい?」
家に帰ったという安心感とずっと運転してきた疲労感が今頃になってやってきた。
「少し横になる……」
「つかれたろうし、そうしなさいな。愛莉ちゃんもゆっくりやすみなさい」
「は~い」
そうして僕たちは部屋のベッドに横になると眠りについた。
(2)
カランカラン。
ドアベルの音がなる。
中島君が来たじゃないかい。
やけに落ち込んでるね。
昨夜のあれが原因かな?
「穂乃果いる?」
「一ノ瀬さんは今準備中だよ?どうかしたのかい?」
「……善幸の悪い癖だぞ。知ってるくせによく言うぜ」
知ってるよ。無事解決したんだろ?なのになぜそんな落ち込んでいるのかが非常に興味あるんだけどね。
「一ノ瀬さんとは仲直りしたんだろ?どうして落ち込んでるんだい?」
「……あれから一夜明けただけだぜ、しかもその後初めて顔合わせるんだ。どんな顔していいかわからないだろ?」
「じゃあ、来なかったらいいんじゃないかい?」
「そうもいくかよ、明日から一緒に旅行だぜ?」
ああ、大阪に行くんだったね。夢の国よりは別世界の方がいいというわけかい。
片桐君も確か京都滋賀に行ったと聞いたけど、みんな関東より関西なのかね?単純に旅費の問題なんだろうか?
「酒井君、お客さんですか……あっ」
「穂乃果……」
一ノ瀬さんが出てくると中島君の表情がさらに神妙な顔つきになっていた。
「穂乃果、昨日はごめん……」
「私語は止められていますので」
確かに店のルールはそうだね。
でもこの店すでに渡辺班に占領されていて店の売り上げの3割ほどは渡辺班のものだから暗黙の了解でしているものだと思っていたけど。
ていうか昨日とかガンガン喋っていたよね。
「……じゃあ、独り言を言うよ。昨日は済まなかった」
「……」
「これからはもう行かないから」
「……」
「許してくれないかな?」
「……」
本当に暖簾に腕押しのようだ。何の反応もしない一ノ瀬さん。
因みに隣には晶ちゃんがいて中島君をジト目で見てる。
さすがに見かねて少し助け舟を出してみることに。
「そう言えば明日から大阪らしいね」
「ああ、新幹線で行く予定なんだ。切符は買ってある。朝6時に迎えに行けば間に合うはずだから……」
「あなた、そんな事言える立場なの?まだ立場を弁えてないんじゃなくて?」
ごめんよ、中島君。この人に睨まれたら僕は逆らえない。
「6時でいいですよ」
「穂乃果?」
「一ノ瀬さん?」
二人共呆気にとられる。
簡単にしゃべっちゃったよこの人……。
「ていうか何で最初にその話をしてくれなかったんですか?私過ぎたことをうじうじいう人嫌いです。嫌な気分を思い出させないで」
「あ、ああごめん」
「だから謝るのは止めて」
仮にも接客中に泣くのはどうかと思うよ。
「一ノ瀬さんや、ここは僕に任せてちょっと落ち着いてから来てよ」
「はい……すいません」
そう言うと一ノ瀬さんは控室に戻って行った。
それからしばらくして一ノ瀬さんは笑顔で戻ってきた。
「お客様先程は大変失礼しました」
無茶苦茶営業スマイルだ。まあ、営業してるんだから当たり前だけどね。
カランカラン。
新しいお客さんだ。
竹本君と花山さんだ。
「悠馬、あんたたまには私の車も運転して調整してよ」
「外車は乗ったこと無いから苦手なんだよ」
「私の車は右ハンドルです。ちゃんとみてないんだね」
「あ、いつものお願いします」
竹本君と花山さんは明日引っ越しして月曜日からは同棲するらしい。
地元に残ってる渡辺班は手伝いに行くことになってる。
「いらっしゃい、明日の打ち合わせでもするのかい?」
コーヒーとクリームソーダを運びながら二人に話をしていた。
「いや、これからうちの実家に咲を連れて行くところでして」
「ああ、顔合わせというやつだね」
やっぱり女性も緊張したりするのかい?
「そんな~結婚するわけじゃないし緊張するわけじゃないじゃないですか~」
そう言う花山さんの表情はやや硬い。
肩に力も入り過ぎてる。今からそんなんだといざ対面という時何も言えなくなるよ?竹本君からもリラックスさせてあげなさいな。
「咲の言う通りだよ、うちの親は大雑把な性格だから咲は心配しなくてもいいよ」
竹本君が言うと、咲さんが作り笑いをする。
「な、何いってるの悠馬君。私いつも通りですよ」
グラスを持つ手が震えている。こりゃ重症だね。
カランカラン。
今日は来客が多いね。
おや、久しぶりに片桐君と遠坂さんが来たよ。
「こんにちは~お久しぶり~」
「お久しぶり~いらっしゃいませ~」
遠坂さんと一ノ瀬さんが挨拶している。
片桐君はその間に僕に紙袋を渡す。
「これお土産、お店の人で食べて」
「わざわざありがとう」
「いつも渡辺班が世話になってるからこのくらいどうってことないよ」
それを持ってマスターに伝えると「ありがとうな!」とマスターが大声で言った。
「あれ?花山さんなんか顔色悪いけどどうしたの?」
片桐君が不思議そうに花山さんを見る。
「な、なんでもないですよ。あはは」
滅茶苦茶動揺してるじゃないですか。
「どうしたの?」
遠坂さんが花山さんに聞いてる。
「遠坂さんは冬夜君の家に挨拶に行った時どうでしたか?」
「挨拶?」
「ほら、同棲するときとかに挨拶に行くじゃないですか?」
「ああ、麻耶さんは小学生の時からの付き合いだったからそんなのなかった。私の両親も『早く婚姻届出しなさい』ってうるさいくらいだし。ね?冬夜君」
「ああ、そうだね……」
片桐君は苦笑している。そんな親もいるんだね。でも親から言われるとちょっとびっくりするよね。片桐君は違う意味で動揺したんだね。
「何々?二人共同棲するの?あ、そんな事書いてたね」
「は、はい。と、いっても悠馬君が家に引っ越すだけだけど」
「……花山さんリラックスした方がいいよ?多分大丈夫だよ。花山さん可愛いし、何よりお姫様だし」
お姫さまで言ったら絶対ダメだと思うんだけど、どうなんですかね?
「う~ん、冬夜君はどうしたらいいと思う?」
遠坂さんが片桐君に聞いてみた。
「僕も経験したこと無いから分かんないな。愛莉昔からうちの母さんと仲良かったろ?」
「そうだね~」
「竹本君の家族は何人家族なの?」
「母さんと義父さんの3人家族です」
「ええ、母さん僕が小さいときに父さんと死別して、それで高校くらいの時に今の義父さんと付き合いだしたんです。それまでは早く自立して母さんに楽させようって目的があったけど義父さんが現れてその目標もなくなって、自分は何をしたらいいんだろうと思っていました。でも今は咲の為に頑張らなきゃって思ってます」
「悠馬君の両親てどんなタイプ?」
「母さんは大人しい人、義父さんは本当に大雑把なんだ」
竹本君の母さんは看護師をしていて、義父さんが骨折で入院した時に知り合ったらしい。その時に一目ぼれして押しに押してゴールインしたんだとか。
「僕が彼女を連れて来るなんて電話で話した時はびっくりしてたけど、今は楽しみに待ってるよ」
「簡単に言ってくれるけど悠馬も私の家で緊張してたでしょ!」
「それでいいんだよ?」
「へ?」
「リラックスリラックス」
「私もそう思うな」
遠坂さんが言う。
「いつもの明るい花山さんでいいと思うよ」
この二人に聞いてよかったんだろうか?僕は若干不安になってきた。
カランカラン
渡辺夫妻がやってきた。
美嘉さんは中島君を見るなり「中島!お前ってやつは……」と中島君を問い詰める。
「その件はもう済んだ事だから、今はもう思い出したくないから」と一ノ瀬さんのフォローもあって問題なく終わる。
「ちょうどいい所に来た、美嘉先輩。美嘉先輩は渡辺先輩の親に会う時どうでした?」
花山さんが美嘉さんに聞くと美嘉さんの表情が曇った。
「大変だったよ……なれない礼儀に正座だろ?食事も喉を通らなかったよ」
「うわぁ……」
花山さんがさらに落ち込む。
「咲、本当に気にしなくていいから。義父さんの好きな羊羹も買ったし」
「う、うん」
この二人大丈夫なんだろうか?ちょっと不安だった。
(3)
悠馬の家は竹田の山の中にあった。
農業を営んでいるらしい。
農家の家らしく大きい家だった。
敷地には耕運機等が置かれてきた。
「おや、悠馬くんちのせがれやんか、元気しちょったん?」
近所のおじいちゃんが声をかけてくる。
悠馬が笑顔で返す。
アニメに出てきそうなのどかな農村だった。
悠馬が呼び鈴を押す。
「はーい、どちらさんですか?」
「母さん帰ったよ」
悠馬が言うとドタドタと音がする。
ガラガラっと戸が開く。
悠馬のお義父さんが出迎えてくれた。
「おお、悠馬おかえり」
「母さんは?」
「ああ、昨日ちょっと体調崩してな、今寝取る……」
言うより早く悠馬は家に上がっていた。
取り残される私と悠馬君のお義父さん。
ちょっと、一緒にいてくれないと気まずいじゃないの!
「あんたが、悠馬の彼女さん?」
「そそそ、そうです初めまして、本日はお招きいただきましてありがとうございます……」
はっきり、爽やかに答えたつもりだった。
お義父さんはにっこりと笑うと答えた。
「また随分なべっぴんさん連れて来たなぁ悠馬の奴。まあ、とりあえず上がりなさい」
「失礼します」
彼氏の家の戸はとても重く、敷居もものすごく高いと聞いたが案外普通だった。
悠馬のいる悠馬のお母さんの部屋に案内される。
「は、初めまして。竹本君とお付き合いさせていただいてます花山と言います。今日はお招きいただき……」
「あら、かわいらしい子ね。悠馬が初めて彼女を連れて来たというのにこんな姿でごめんなさいね」
「あの……具合大丈夫ですか?」
「ちょっと風邪気味なだけ、主人は大げさな人だから」
「紗耶香さんは無理をいつもするからなあ。たまには休めというのに。でもいつも悠馬の事心配してたぞ」
「ごめん……」
悠馬は母さんの手を取ってそう言っていた。
「夕食の準備しなきゃね。ちょっと待ってね。すぐに作るから」
そう言って立ち上がろうとする悠馬の母さんの肩を抑える悠馬。
「母さんはゆっくりしてて、店屋物でも頼むよ」
「それじゃあまりにも簡単すぎるでしょ」
「こういう時は俺を頼ってくれていいんだ。だてに独り暮らしをやってたわけじゃねえ!俺に任せてくれ。ちょっと買い物行ってくる。悠馬、紗耶香さんを頼むぞ」
そういって悠馬のお義父さんは出かけて行った。
「私も着替えるから居間で待ってて」
そう言われると悠馬は私を居間に案内してくれていた。
「母さんの体が前よりも小さく感じた」
ぼそっと言った一言。
「まだ半年も経ってないのに変だよな」
そう言って悠馬は笑う。
ふと気づいた。悠馬が私の手を握っていることに。
しばらくして悠馬のお母さんが居間に現れた、
「これ、つまらないものですけど」……と、地元の銘菓を渡す。
「ありがとうね。随分と綺麗な彼女さんを連れて来たわね」
「彼女大学では『お姫様』と呼ばれてるんだ」
「あら、そうなの。よくそんなお嬢さんとつきあえたね?」
悠馬め、余計な事を。
私は作り笑いするしかなかった。
それからお義父さんが帰ってきた。
ホットプレートを用意して焼肉の準備をする。
「こういう時はこれに限るよな!」と笑いながら。
肉をつつきながら話は続く。
こういう時は悠馬に肉をあげた方がいいんだろうか?
「竹本君、お肉焼けてるよ」
「あ、ありがとう」
「二人共仲良いねえ」
お義父さんに揶揄われる。悪い気分はしなかった。
「明日引っ越しをするんだったかな?」
お義父さんが聞いてきた。悠馬が答える。
「うん、明日要らない家電とか運ぶから」
「おお、倉庫は空けてるよ。ところで気になったんだが……二人が付き合うきっかけになったのは?」
「え?」
「いやあ、悠馬にしちゃあ高嶺の花だろ?どうして付き合うことになったのか気になってな」
「それは……」
悠馬は言葉に詰まった。
ゲームのことを話すべきかどうか悩んだのだろう?
私が代わって答えた。
「私が竹本君に一目惚れしました。それで告白してしばらくしてOKをもらえたんです」
嘘はついてない。
「しばらくしてOKもらえたって何か事情があったのか?」
「僕に好きな人いたんだ。その人に振られてちょっと冷却期間が欲しかったから」
「なるほど、弱ってる悠馬を狙たってわけだな」
まあ、当たっている。
「英二さん、そういう言い方は失礼よ?花山さんごめんなさいね」
お母さんが謝ってくれた。
「大丈夫です。言ってる事は当たってるし」
あの時打算的なものはあったのかもしれない。
でも気持ちに嘘はついてない。
お義父さんは3本目の缶ビールを開けていた。
「英二さん今日はあまり飲み過ぎない方が……」
お母さんが窘める。
しかしお義父さんは全く気にとめない。
「いいじゃないか紗耶香さん、二人の結婚の前祝だ」
ジュース吹きそうになった。
「何を言い出すんだよ、義父さん!」
「あれ?同棲するって事はそういう事じゃないのか!?」
「そうかもしれないけど順序があるだろ?まずは一緒に暮らして本当にそれが良いのか確認して……」
「確認して?」
「……彼女の気持ちを確認して。それから考えるよ」
その気持ちがないのに同棲しようなんて言う人がいるのは知ってるけど、私は違うぞ。
焼肉を食べて、それから色々聞かれて22時くらいになると、悠馬がそろそろ帰ると言い出した。
「なんでえ?今日は泊まっていくと思って布団用意していたのに」
「帰ってから引っ越しの最後の準備あるから」
「そうか、そりゃしょうがないな」
「じゃ、そろそろ行こうか。花山さん」
そう言って悠馬が立ち上がると、私も立ち上がる。
長時間正座していたので足がしびれていた。私は足がよろめいてバランスを崩し倒れそうになるところを悠馬に抱えられた。それが最初のミス。
「サンキュー、悠馬」
「悠馬?」
お母さんがそう聞きなおす2度目のミス。
「仲いいんじゃねーか!悠馬」
お義父さんがそういって笑いに変えてくれた。
少し照れている悠馬の笑顔。
3度目のミスが歩けない私を悠馬に支えられて歩くという失態をさらしたこと。
「ご、ごめんなさい」
やっぱりやってしまった。悠馬に恥かかせてしまった。自分を情けないと感じてしまう。
悠馬は優しく言う。
「大丈夫だよ、母さんたちを敵に回しても僕は咲のそばにいてあげるから」
「よく言った!それでこそ男ってなもんよ!なあ、紗耶香さん!」
お義父さんがそう言う。お母さんも優しい表情で言った。
「そうね……、これで安心だわ。悠馬にもちゃんとした彼女が出来たんだなって。仲良くね」
「ありがとうございます」
「また遊びにいらっしゃい」
そう言って僕達も家をでた。
「あ~焦った~。あんな経験もうたくさんだわ~」
「咲お疲れ。足大丈夫」
「ああ、やらかしてしまったって思った時にふっ飛んだわよ。そんなの」
「あとは引っ越すだけだね」
私の家に着く。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、また明日」
そう言って悠馬は自分のアパートに変えていった。
部屋に帰ると、先に部屋のスペースを作る。
大体の物はロフトにおけばいいか?
ロフトは殆ど使ってない。
そうしてシャワーを浴びて。テレビをみて、最後の一人の夜を送った。
(4)
「う~ん」
愛莉が悩んでる。
たぶんどうでもいい事なんだろうけど、無視することはまずいと思って聞いてみた。
「どうしたの?」
「親に挨拶か~。私したこと無いな~と思って」
「いまさらじゃない?それに簡単に挨拶してたよ。お世話になりますって……」
「それだけでいいのかな~?」
「親が良いって言ってんだからいいんじゃない?
「う~ん……」
愛莉はノートPCで帳簿をつけながら、まだ悩んでいる。
僕はこの前「愛莉をもらえませんか?」って挨拶した。
「そんなに気になるなら今からしとくかい?」
「え?」
「まだ両親起きてると思うけど」
「う、うん……こんな格好でいいかな?」
「問題ないんじゃない?」
本当にいまさらな感じするしね。
1階のリビングに行くと両親がテレビを見てる。
僕達が並んで話があるというと母さんがテレビを消した。
「どうしたんだ?突然」
「愛莉が言いたい事あるらしいよ」
「どうしたの愛莉ちゃん?」
母さんが怪訝そうに愛莉に尋ねる。
「……ください」
「え?」
「冬夜君を私に下さい!」
両親は愛莉の言葉に呆然とする。
愛莉その言い方は色々誤解を招くぞ。
「冬夜、あなた求婚でもしたのかい?」
「いや、まだしてないけど」
「じゃあ、突然どうしたんだい?」
そう思うよな。想定内の答えだった。
「今までちゃんと挨拶してなかったから、ちゃんと挨拶しようと思って」
愛莉がそう言うと両親はなるほどね、と納得したようだ。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。今まで通りでいいんだから」
「うちの冬夜に何か言われたのか?」
母さんと父さんがそういうと愛莉は首を振った。
「友達が、同棲するのに挨拶をするって言ってたからそれで私もしてなかったなと思って」
「そういう事ね……、でも二人の仲はもう分かってる事なんだから気にしなくてもいいのよ」
「世話になってるのはうちの冬夜だしな。愛莉ちゃんに甘えっぱなしで申し訳ない」
2人はそう言うとテレビを見だした。
「もういいだろ?行こう?」
愛莉にそう言うと愛莉は部屋に戻る。
その時母さんに冬夜はちょっと残りなさいと言われたので、残った。
「愛莉ちゃんは挨拶したけど、本来はあんたが先に遠坂さん宅に挨拶すべきなのよ?」
母さんがそういうと既にしたことを説明した。
「それならいいわ。愛莉ちゃんの事あんたに任せられてるんだからしっかり支えてやるのよ」
母さんはそう言うとテレビを見て笑いはじめる。
僕は部屋にもどった。
「麻耶さんなんて?」
「愛莉の家に挨拶はしたのか?ってさ」
「ごめんね、冬夜君が怒られるようなことになるとは思ってもなかった」
「怒られたわけじゃないからいいよ。気にしないで」
そう言って愛莉の隣に座ると頭を撫でてやる。
「そろそろ寝ようか。明日は竹本君の引越しの手伝いもあるし」
「そうだね」
そう言ってテレビを消して照明を落とすと二人でベッドに入る。
今日はまだ疲れが抜けきっておらず。二人共すぐに眠っていた。
弓張月の夜の事だった。
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