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3rdSEASON
雨降って地固まる
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(1)
今日は土曜日。
天気は雨。
家でのんびりできる……。
寝てても愛莉に邪魔されず……。
「冬夜!いい加減起きなさい!少しは愛莉ちゃんの相手してあげなさい!愛莉ちゃん暇だからって家事してるわよ!休日なのに」
母さんから起こされた。
……それがあった。
いつもは休日は愛莉を外に出して家事をさせないようにする任務があったのだが、今日は雨で出かけるの中止といったばかりに……。
やれやれと起き上がると部屋を掃除している愛莉を抱きしめる。
「お掃除の邪魔しちゃダメ~」
「愛莉は旦那様の相手をしてくれないのかい?」
「うぅ……困った旦那様ですね~」
顔は全然困ってないけど。
「じゃあ、この部屋だけお掃除する~」
じゃあ、その間寝とくか……。
ぽかっ
「相手してって言っておきながら寝ちゃうの!?信じられない」
「だって部屋の掃除の邪魔しちゃ悪いだろ?」
「洗濯ものをとってくるとかあるでしょ!?」
「僕のはともかく愛莉のは分からないよ」
「毎日見ていて分からないって信じられない!」
「じゃあ、今度から分かるようにじっくり見とくよ……」
ぽかっ
「愛莉ちゃん。洗濯すんだからここに置いとくわよ」
母さんが洗濯物入れを持って部屋に置いて戻って行った。
これで寝られるな。
「うぅ……そこに座って!」
愛莉が示すのはベッドの上だ。言われたとおりにベッドの上に座る。
すると愛莉はラジオをかけながら掃除を再開する。
「冬夜君は家事をやらせたらダメな旦那様だね」
「?」
「私が全部家事を担当しなくちゃ……」
「……幻滅した?」
愛莉は首を振る。
「ううん、やりがいが出てきた。冬夜君は私がいないとダメなんだって」
「誠だって似たようなもんだろ?」
「そうだね~、神奈から聞いた話だと」
FMラジオの音と静音モーターの静かな音だけが僕の部屋を支配する。
「愛莉、終わったら青い鳥行こうか?」
「ブーッで~す。これ終わったら洗濯物片さなくちゃ」
「愛莉家事は……」
「洗濯しちゃったんだもの仕方ないじゃない」
まあ、それもそうか。
愛莉は掃除を終えるとラジオを消してテレビをつけた。
愛莉はそれを見ながらアイロンをかけ始めた。
そんな様子をぼーっと見てる僕。寝ると愛莉に怒られるし。
「何してるの?」
「へ?」
「お掃除終わったよ~」
「?」
「こっちに来てよ」
愛莉は手招きする。
愛莉に言われるがままクッションの上に座る。
「梅雨が明ければ夏だね~」
「そうだな」
「今年の夏休みはどこに行く?」
行ってみたいところはあるけど、渡辺班のスケジュール次第だろうな。
「行きたいところはあるんだけど」
「どこ~?」
「樹海」
「ほえ?」
「富士の樹海」
愛莉はアイロンを手から離す。
「冬夜君私なにか至らないことあった!?」
「へ?」
「何か悩みがあるなら私に相談してよ!思いつめないで!私じゃ頼りにならない!?」
「落ち着いて愛莉!別に何もないよ?」
「だってそんなところ行きたいなんて余程思い詰めてるんじゃないの?」
「愛莉……勘違いしてる。まず死にたいなんて思ったこと無いから」
「本当に?」
「可愛いお嫁さんを悲しませるようなことはしないよ」
「じゃあ、何で行きたいって言ったの?」
「凄く綺麗なところらしくて、ツアーもあるらしいんだよね」
愛莉は落ち着きを戻したのか、アイロンがけを再開した。
「愛莉が持つ印象は昔やってたドラマが発端らしいんだよね。普通に自然の綺麗なところらしいよ」
「そうなんだ」
「今年行ってみない?」
「嫌だ」
「え?」
「だって、そんな事言っても心霊スポットとかあるらしいじゃん。私そういうの苦手なの知ってるでしょ!」
「じゃあ、僕一人で」
ぽかぽかっ
「絶対にそんなところに一人で行かせないんだから!ていうかお嫁さん残して一人旅って酷くない?」
そう言うと思ったよ。
「じゃあ、愛莉行きたいところある?」
「う~ん……」
愛莉は悩んでいる。
「あ、いいこと思いついた」
「?」
「京都と滋賀県行こうよ」
京都は分かるけど滋賀県?
「滋賀になにかあるの?」
「琵琶湖一周!一回してみたかったんだよね!」
「なるほどね」
たまには愛莉の希望を叶えてあげるのもいいだろう。
「じゃあ、夏はそれにしようか」
「わ~い」
そうこう話してる間に愛莉のアイロンがけが終わったらしい。丁寧にたたんでしまう愛莉。
それをじーっと見てた。
うん、やっぱり愛莉普段は青系のが多いな……
ぽかっ
「何見てるの?冬夜君やっぱり誠君化してるよ!また内緒で何か話してるでしょ!?」
「してないよ!最近誠部活で忙しいみたいだし」
「うぅ……じゃあ見せて!」
「僕の下着なら毎日見てるだろ?」
「バカ!そうじゃなくて冬夜君のスマホ!」
「なんで?」
「誠君と何話してるか検閲します!」
「……マジで?」
愛莉は僕を睨んでる。僕は黙ってスマホを差し出す。
愛莉は男子会のログと誠との会話ログをチェックする。
愛莉は赤面して……。
「冬夜君!!」
愛莉の声が部屋に響き渡った。
(2)
「冬夜の馬鹿が!」
俺は頭を抱えた。
「どうしたんだ誠?」
神奈は全裸をタオルケットで身を包んで起き上がった。
そんな神奈に見とれていたいが今はそれどころじゃない。
そんな時神奈のスマホが鳴った。
恐らく遠坂さんからだろう。
「朝から誰だ?」
「神奈!」
「どした……!?」
俺は神奈を抱き寄せる。そしてキスをする。神奈の気をそらさないと!
「神奈今日は朝陽がまぶしいなあ」
「今物凄い雨降ってるぞ?」
本当だ、雨音がはっきりと聞こえてくる。
「お前何隠してるな?」
ギクッ!
こうなったら……。
俺は神奈を押し倒す。
「神奈、愛してる……」
「ああ、分かってる。それとスマホと何か関係あるのか?」
「特にない。スマホなんて忘れて俺と……」
「……先にスマホだな」
俺のしょぼい抵抗も空しく、神奈はスマホを見る。
そして俺の顔を見る、神奈は笑っていた。
「誠、スマホ見せてみ?」
「神奈俺は我慢できないんだ……」
「見せろ」
神奈の笑顔が怖い。
大人しくスマホを差し出す。
神奈はためらいなく男子会と冬夜との会話ログを見る。
しばらくじっと見ている神奈。そして俺の顔を見る。
顔は笑っている。笑っているが、それがかえって怖い。
ごつん。
「この馬鹿は!トーヤを洗脳してたのか!?」
「洗脳とか人聞き悪い言い方やめてくれ」
「ログを見てたら明らかにお前が扇動してるじゃないか!」
「最初の方見ただろ?『どうやってプレイ覚えたんだ?』って……それで色々教えてやっただけだよ」
「あの馬鹿愛莉の下着を見てにやけるようになったらしいじゃないか!」
「それは、俺も聞いた」
あいつは分かっていない。下着コーナーくらいで一々動じてるようではだめだ。真の紳士は隠れている下着を妄想するんだ!
「トーヤの奴最近色気づいてきたって愛莉悩んでるぞ」
それは喜ばしい事じゃないのか?別に風俗に行ってるわけでもないし。
「亜依にも伝えないとな、『瑛大のスマホチェックしろ』って……」
桐谷君、すまん。不可抗力だ。
「ていうか……『女子会』で流した方が速いな」
そう言ってスマホを操作する神奈。
するとなぜか、俺のスマホがなる。
「誠君……災難だったな」
神奈が俺のスマホをばっちり見てる。
「俺は大丈夫です。皆は?」
「多田君と瑛大は一回青い鳥に来い!説教してやる!」
「うちのイッシーに変な事吹き込まないで頂戴!」
うわあ……皆怒ってるなぁ。
女子会のチャットも大炎上のようだ。
今度の月曜日は大荒れになりそうだ。
(3)
喫茶店青い鳥。
私と瑛大。神奈と多田君が同じテーブルにいた。
それを取り囲むかのように配置する皆。
「さて、と……どうするかだな……」
神奈がそう言うと大体の女性陣が次々と不満をぶつけていた。
自分の彼氏まで巻き込んでくれるな!という不満だ。
「かずさんは見てないですよね?」
「昨日も言ったろ?見てないって信じてくれよ」
「全く興味が無いというのも困ったものだけどね」
晶はため息を吐いている。
「ただのエロならまだ許す。二人共離れていて寂しい夜だってあるだろう?でもお前たちのは度を超えてる」
神奈がそう言うと二人はただ黙っていた。
「ああ、折角皆集まったんだし話したい事があるんだが……」
「今取り込み中!!」
渡辺君が話題を変えようとするが私がそうはさせない。
渡辺君は「まいったな」といった顔をしている。
「二人だけで盛り上がるなら良い。男子でそう言う話で盛り上がるのも仕方ないかもしれない、でも問題はトーヤに悪影響が出ている事だ」
片桐君は何も聞いていないのかの如く。ナポリタンを食べている。自分が話題の中心の一人なのだとも知らずに。
「冬夜がそこまで変わっていたとは知らなかったよ。それは謝る」
「誠が謝ることじゃないだろ?悪いのは僕なんだし」
本当に分かっているのだろうか片桐君は。
「トーヤもトーヤだ!よりによって愛莉になんてことを要求してるんだ!?」
「別に何も要求してないよ。ただ興味があったから見てただけ。それも悪いって言うなら謝るしかないけど?」
「けど?」
私が聞き返した?
「それって悪い事なの?僕の場合だけどじゃあ、愛莉以外の女性ならいいわけ?」
ぽかっ
「いいわけないでしょ!冬夜君の馬鹿!」
普段からあの勘が働いてたらいいのにね。片桐君は。
「前から思ってたんだけどさ、女性陣はどうしてそう騒ぐわけ?誰かが浮気したってならともかく動画見てただけでしょ?」
「あのね、自分の大切な人が変な動画見て妙なことしてるのを見つけたときのショックは女性にしかわからない」
「愛莉からも同じ事言われた。確かにわからない。だから、愛莉を大事にしてる。愛莉からも大事にされてるって実感ある。だからそう言う気分になったら愛莉に甘えてる」
愛莉は恥ずかしそうに下を向いてる。
「あのね、片桐君は愛莉と同じ家で過ごしてるから分からないと思うけど、私達離れてるんだよ?」
「俺からも言わせてくれ、別府からわざわざ来たんだから……」
檜山先輩が口を開いた。
「くだんねーよ、たかだかエロ動画見たくらいで。ここまで騒ぎ立てる程の事かよ」
「春樹先輩も見てるんですか~。……なんか幻滅なんですけど」
「俺は見てねーよ。言ったろ?お前以外の女に興味は無いって」
そう言って檜山先輩は笑った。
「見てない男の人はいいんです~。問題は見てる男なんだから~」
「見てる人も見てない人も同じだよ。別に女優に惚れてるわけでもないんだし。要は他人のお弁当が美味しく見えるだけでしょ?」
また片桐君のごはんの話が始まった。
「他の人のお弁当が気になったり、食べてる料理が気になったりするよね?愛莉はそれを食べさせてくれる。お弁当も他人のが気になったときあるけど、愛莉はおすそ分けされるのを黙認してくれる。でもやっぱり愛莉のお弁当が一番美味しいんだ。他のメニューに目移りするけど愛莉は許してくれるよ?その代わり愛莉にも分けてあげたりする。愛情ってそういうものなんじゃないの?」
「お弁当や、おかずなら誰も目くじら立てないわよ。一緒にしないで」
「同じだと思うよ?だって好きだったらそれを作ってあげようって思うでしょ?カンナだって誠の要求叶えようと努力してるんでしょ?」
「……まあ、少しくらいは」
「愛莉は一緒に見ようって言ってくれた。愛莉も熱心に見てる。僕がどんなのに興味あるのか分析してくれてる」
「つまり男の要求を受け入れろっていうの?」
私が片桐君に聞くと、片桐君は神奈を見て言った。
「それはカンナに聞いた方がいいんじゃない?」
片桐君が言うと神奈は言った。
「妥協点を探してるかな……これは無理。このくらいなら大丈夫って」
「男もみんなパートナーのトリセツ一生懸命作ってるよ。仮にも彼女っていうなら彼氏の扱い方理解してあげたらいいんじゃない?」
「私も冬夜君の言う通りだと思う」
愛莉が口を開いた。
「冬夜君は私の扱い方一生懸命上書きしてくれてる。偶に衝突するけど、それでも冬夜君が私を想って言ってくれてるんだってわかると許せちゃうの」
「ちょっと愛莉最初に問題にしたのは愛莉だよ」
私は愛莉に言った。
「うん、冬夜君に変な事教えないでって怒ったけど冬夜君すぐ理解してくれたよ。これはダメなんだって。そうやってお互い分かり合っていくものなんじゃないかな?自分の主張もちゃんと言えばわかってくれるよ」
「お互いに本音で話しあえ……か」
私がそう呟く。
「とはいえ、誠君と桐谷君のやったことは許せませんね。女性としては」
「それは冬夜が……」
「誠君、二人で作っていくんだよ。そこに余計な入れ知恵入れられたら誰だって怒るよ」
「じゃあ、遠坂さんどうしたらいいんだい?」
「これからしばらくは男性は彼女にスマホを検閲してもらう事かな?」
「まじかよー!」
瑛大が悲鳴を上げた。
「瑛大!あんたのが一番キモかったんだからね!」
「それは偏見だよ!」
「やかましい!」
そう言うと皆が笑っていた。
もうわだかまりは消えていた。
「話が一段落済んだところで話題を変えたいんだが……」
渡辺君が言うと片桐君が遮った。
「話題を変える必要はない。次は高階先輩なんだから」
「えっ?」
私は高階先輩を見る。
高階先輩は険しい表情で片桐君を見ていた。
(4)
「次は高階先輩なんだから」
そう言われた時私はどきっとした。
私を説得するつもり?
私は思わずガムをかむ。
「これだけ言ったらわかるよね?僕の言いたい事?」
「さっぱりわからないわね」
嘘だ、本当は気づいてる。
構わず片桐君は話を続ける。
「本音をぶつけてやっと分かり合えることってあると思うよ」
「私の本音」
「愛莉に聞いたよ?高階先輩の気持ち」
「それは……」
「親に決められたから?今でもそう言える?」
言葉に詰まった。
逃げるな。
その一言が私を変えた。
しかしその言葉が言い出せない。
「言わなきゃ伝わらないよ?」
遠坂さんがそう言う。
確かにそうかもしれない。
「勇気だして!」
遠坂さんに励まされた。
私は精一杯の事を啓介に伝える。
「啓介……、もう終わりにしましょう」
「何を言い出すんだ。そもそも深雪とは何とも」
「その一言が私の心を痛めつけてたことを貴方は知らない。仕方ないわ、私自身隠していたんだから。仕方ないんだって。けど今は違う」
「喋ったのか……俺との関係を……」
「黙っている理由が無くなったから」
「お前は理解ある女だと思っていたんだがな」
「理解しているふりをしていただけだと気づかされた。そしてそれは我慢している必要は無いんだって気づかされた」
「約束を反故にしたら深雪の病院がどうなるかくらいわかってるんだろうな」
「それがあなたに出来るの?」
「な……?」
「あなたも気づいてるんでしょう?認めたくないみたいだけど。私に出来る事はそれを認めさせること」
「その必要はないよ」
片桐君がそう言った。
「西松君は気づいてる。男なら当然だ。自分の要求を率なくこなしてくれたんだから。彼女の健気さなんてわかっているだろう?」
彼も私に惹かれていた?
「そろそろお終いにしない?。お互いの気持ちが分かったところで勝負にならないでしょ?」
啓介は黙っている。
「ちゃんと言わないと分からないみたいだから言うね。私はあなたを慕っている。そう、好きよ。今までつらかった。もうあなたが他の女性を口説くのを見ているのはつらい」
啓介は何も言わない。
「西松!先輩は自分の気持ちを認めたぞ。ちゃんと自分の気持ちを伝えたぞ。答えてやれよ!」
音無さんが啓介にそう言う。西松はまだ何も言わない。
「西松君。今逃げたら私たちは絶対にあなたを受け入れない。逃げているただの卑怯者だとあなたを蔑むよ」
遠坂さんがそう静かに語ると、啓介はようやく重い口を開いた。
「最初から勝負になっていなかったという事か……。僕には深雪がいる。こんな事なら深雪を切り札につかうんじゃなかった」
「ごまかさないでちゃんと高階先輩に応えてあげて!」
「そうだな、俺もも深雪の事が好きなのかもしれない」
「『かもしれない』じゃないでしょ!ちゃんと言って」
「……好きだ。今まで辛い気持ちにさせてごめん」
私は啓介に抱き着いていた。
「お互いやっと素直になれたね」
啓介は私を抱き返す。
「そうみたいだな……。今まで辛い思いをさせてすまなかった。俺も辛かったのかもしれないな」
親が決めたカップリングでも長年一緒にいれば愛情が芽生えることがある。
それに気づくのが遅かっただけ。渡辺班がいなければ一生気づかないで惨めな生活を過ごしていたのかもしれない。
ぱちぱち……。
片桐君が笑って拍手する。
それは皆に伝わって私たちは祝福される。
「よかったね、高階先輩」
遠坂さんがそう言うと私は遠坂さんを抱きしめていた。
「ありがとう遠坂さん、あなた達のお蔭よ」
「最後は高階先輩が行動した結果ですよ。私たちは背中を押しただけ……渡辺班は背中を押してやるのが役目」
「俺の負けだ……。なんでもいう事を聞くよ」
啓介がそう言うと渡辺君がにやりと笑った。
「何でもするって言ったな?絶対に高階先輩を幸せにしてやれ。それがお前に課せられた罰ゲームだ」
「……わかりました。皆さんすいませんでした。」
「謝るな馬鹿!せっかくの祝福ムードが台無しだ!」
音無さんがそう言うと皆笑っている。
私の初恋はこうして幸せな結末をむかえるのでした。
結末なんかじゃない、ここからが本当の始まり。
今まで歪んんで絡み合ったイ針金を一本ずつ解いていかなけれならない。
時間がかかるかもしれない。
「寄りたいところがあるんだがいいか?」
啓介が突然言い出した。
「別にいいけどどこに行くの?」
啓介は黙って車を走らせる。
街中にある駐車場に車を止めそして宝石専門店に入る。
「彼女に合う指輪が欲しいんですが」
彼が選んだのは中央にダイヤモンドが飾られたエンゲージリング。
彼はそれを買うとその場で私にプレゼントしてくれた。
「今までの罪滅ぼしだ。受け取ってくれないか?」
「いやよ」
私は即答した。
「罪滅ぼしに求婚されて。喜ぶ女性なんていないわよ。今日は私たちの記念日。お互いの気持ちに気づけた記念日。それでいいじゃない」
「深雪……、結婚しよう」
「はい……」
私が彼から指輪の入った箱を受け取る時微かに手が震えていた。
やっとたどり着いた幸せ。
それはとても身近なところにあった。そういうものなのかもしれない。
渡辺班の恋のおまじないは至ってシンプル。
悩めるカップルを後押しするだけの恋の魔法。
それはこのダイヤモンドのように永遠に輝き続けるのだろう。
知らないうちに原石を磨き続けていたのかもしれない。
それを気づかせてくれたのが渡辺班。
ありがとう。
今こんなに幸せです。
そう、心の中で彼らに願うのでした。
絶対に幸せになるからね。そう彼らに誓っていた。
(5)
「う~ん」
「どうしたんだい愛莉?」
愛莉は帳簿をつけながら悩んでいる。
「今日は冬夜君を叱ってもらうはずだったのにいつの間にか西松君のプロポーズのお手伝いに変わってるのが不思議でさ」
「それが渡辺班なんだろ?」
「今日のは冬夜君がしかけてたんだよ」
「そうかな?」
「うん、冬夜君そう言う流れを作るのが上手いよ」
てかプロポーズ?
「冬夜君本当にスマホみないんだね?渡辺班見てみてよ」
スマホを見てみると高階さんの指にはめられた綺麗な指輪。
ああ、西松君成功したんだ。
そこまでは計算してなかった。
「おめでとう」とメッセージを送る。
「片桐先輩のお蔭です。ありがとうございます」と返ってきた。
「冬夜君は不思議だよ。人の恋は成就させるのが上手いのに。自分の恋は全然だめ」
「愛莉ともうまくやれてるつもりだよ?」
「いつになったら私をお嫁さんにしてくれるんですか?」
「それは……」
僕が言いかけると愛莉が抱き着いてくる。
「なんてね。冬夜君はいつも私の事を考えてくれてる。偶に変な道に走るけど私の事を考えてくれてる。わかってるよ」
愛莉はそう言って嬉しそうにしている。
愛莉を引き離すと愛莉が寂しそうにしている。
僕は部屋を出る。
そしてジュースとマグカップを用意してくる。
愛莉は体育座りしてしょんぼりしている。そんな愛莉に優しく声をかけてやる。
「ジュースだけど祝杯をしよう?」
愛莉の顔に笑顔がもどる。
「うん!」
愛莉のマグカップにペットボトルのジュースを注いでやると自分のマグカップにもジュースを注ぐ。
「私がやってあげるのに~」
「誰がやってもいしょだろ?」
「まあ、そうだけど」
愛莉がマグカップを手に取るとかちんと鳴らす。
そしてそれを一気に飲み干すと愛莉がペットボトルを手にしている。
「はいどうぞ」
愛莉は僕のマグカップにジュースを注ぐ。
「ありがとう」
「いえいえ」
そうしてテレビを見る。
自然と愛莉の肩を抱いていた。愛莉も僕に寄りそう。
深夜番組が始まる頃になると僕たちはテレビを消して、ベッドに入り。照明を落とす。
愛莉は僕を抱くようにして眠りにつく。
僕も瞼を閉じる。
雨はやんでいた。
明日の朝には虹がかかっている事だろう。
彼等の心には虹がかかっている事だろう。
雨振って地固まるように、彼等の心の絆は強い物になっている事だろう。
それは彼がプレゼントした指輪のように永遠の輝きを放っているのだろう。
その石言葉が示すように。
辿り着いたんだね。遠回りしたけど。
彼等に祝福を送っていた。
今日は土曜日。
天気は雨。
家でのんびりできる……。
寝てても愛莉に邪魔されず……。
「冬夜!いい加減起きなさい!少しは愛莉ちゃんの相手してあげなさい!愛莉ちゃん暇だからって家事してるわよ!休日なのに」
母さんから起こされた。
……それがあった。
いつもは休日は愛莉を外に出して家事をさせないようにする任務があったのだが、今日は雨で出かけるの中止といったばかりに……。
やれやれと起き上がると部屋を掃除している愛莉を抱きしめる。
「お掃除の邪魔しちゃダメ~」
「愛莉は旦那様の相手をしてくれないのかい?」
「うぅ……困った旦那様ですね~」
顔は全然困ってないけど。
「じゃあ、この部屋だけお掃除する~」
じゃあ、その間寝とくか……。
ぽかっ
「相手してって言っておきながら寝ちゃうの!?信じられない」
「だって部屋の掃除の邪魔しちゃ悪いだろ?」
「洗濯ものをとってくるとかあるでしょ!?」
「僕のはともかく愛莉のは分からないよ」
「毎日見ていて分からないって信じられない!」
「じゃあ、今度から分かるようにじっくり見とくよ……」
ぽかっ
「愛莉ちゃん。洗濯すんだからここに置いとくわよ」
母さんが洗濯物入れを持って部屋に置いて戻って行った。
これで寝られるな。
「うぅ……そこに座って!」
愛莉が示すのはベッドの上だ。言われたとおりにベッドの上に座る。
すると愛莉はラジオをかけながら掃除を再開する。
「冬夜君は家事をやらせたらダメな旦那様だね」
「?」
「私が全部家事を担当しなくちゃ……」
「……幻滅した?」
愛莉は首を振る。
「ううん、やりがいが出てきた。冬夜君は私がいないとダメなんだって」
「誠だって似たようなもんだろ?」
「そうだね~、神奈から聞いた話だと」
FMラジオの音と静音モーターの静かな音だけが僕の部屋を支配する。
「愛莉、終わったら青い鳥行こうか?」
「ブーッで~す。これ終わったら洗濯物片さなくちゃ」
「愛莉家事は……」
「洗濯しちゃったんだもの仕方ないじゃない」
まあ、それもそうか。
愛莉は掃除を終えるとラジオを消してテレビをつけた。
愛莉はそれを見ながらアイロンをかけ始めた。
そんな様子をぼーっと見てる僕。寝ると愛莉に怒られるし。
「何してるの?」
「へ?」
「お掃除終わったよ~」
「?」
「こっちに来てよ」
愛莉は手招きする。
愛莉に言われるがままクッションの上に座る。
「梅雨が明ければ夏だね~」
「そうだな」
「今年の夏休みはどこに行く?」
行ってみたいところはあるけど、渡辺班のスケジュール次第だろうな。
「行きたいところはあるんだけど」
「どこ~?」
「樹海」
「ほえ?」
「富士の樹海」
愛莉はアイロンを手から離す。
「冬夜君私なにか至らないことあった!?」
「へ?」
「何か悩みがあるなら私に相談してよ!思いつめないで!私じゃ頼りにならない!?」
「落ち着いて愛莉!別に何もないよ?」
「だってそんなところ行きたいなんて余程思い詰めてるんじゃないの?」
「愛莉……勘違いしてる。まず死にたいなんて思ったこと無いから」
「本当に?」
「可愛いお嫁さんを悲しませるようなことはしないよ」
「じゃあ、何で行きたいって言ったの?」
「凄く綺麗なところらしくて、ツアーもあるらしいんだよね」
愛莉は落ち着きを戻したのか、アイロンがけを再開した。
「愛莉が持つ印象は昔やってたドラマが発端らしいんだよね。普通に自然の綺麗なところらしいよ」
「そうなんだ」
「今年行ってみない?」
「嫌だ」
「え?」
「だって、そんな事言っても心霊スポットとかあるらしいじゃん。私そういうの苦手なの知ってるでしょ!」
「じゃあ、僕一人で」
ぽかぽかっ
「絶対にそんなところに一人で行かせないんだから!ていうかお嫁さん残して一人旅って酷くない?」
そう言うと思ったよ。
「じゃあ、愛莉行きたいところある?」
「う~ん……」
愛莉は悩んでいる。
「あ、いいこと思いついた」
「?」
「京都と滋賀県行こうよ」
京都は分かるけど滋賀県?
「滋賀になにかあるの?」
「琵琶湖一周!一回してみたかったんだよね!」
「なるほどね」
たまには愛莉の希望を叶えてあげるのもいいだろう。
「じゃあ、夏はそれにしようか」
「わ~い」
そうこう話してる間に愛莉のアイロンがけが終わったらしい。丁寧にたたんでしまう愛莉。
それをじーっと見てた。
うん、やっぱり愛莉普段は青系のが多いな……
ぽかっ
「何見てるの?冬夜君やっぱり誠君化してるよ!また内緒で何か話してるでしょ!?」
「してないよ!最近誠部活で忙しいみたいだし」
「うぅ……じゃあ見せて!」
「僕の下着なら毎日見てるだろ?」
「バカ!そうじゃなくて冬夜君のスマホ!」
「なんで?」
「誠君と何話してるか検閲します!」
「……マジで?」
愛莉は僕を睨んでる。僕は黙ってスマホを差し出す。
愛莉は男子会のログと誠との会話ログをチェックする。
愛莉は赤面して……。
「冬夜君!!」
愛莉の声が部屋に響き渡った。
(2)
「冬夜の馬鹿が!」
俺は頭を抱えた。
「どうしたんだ誠?」
神奈は全裸をタオルケットで身を包んで起き上がった。
そんな神奈に見とれていたいが今はそれどころじゃない。
そんな時神奈のスマホが鳴った。
恐らく遠坂さんからだろう。
「朝から誰だ?」
「神奈!」
「どした……!?」
俺は神奈を抱き寄せる。そしてキスをする。神奈の気をそらさないと!
「神奈今日は朝陽がまぶしいなあ」
「今物凄い雨降ってるぞ?」
本当だ、雨音がはっきりと聞こえてくる。
「お前何隠してるな?」
ギクッ!
こうなったら……。
俺は神奈を押し倒す。
「神奈、愛してる……」
「ああ、分かってる。それとスマホと何か関係あるのか?」
「特にない。スマホなんて忘れて俺と……」
「……先にスマホだな」
俺のしょぼい抵抗も空しく、神奈はスマホを見る。
そして俺の顔を見る、神奈は笑っていた。
「誠、スマホ見せてみ?」
「神奈俺は我慢できないんだ……」
「見せろ」
神奈の笑顔が怖い。
大人しくスマホを差し出す。
神奈はためらいなく男子会と冬夜との会話ログを見る。
しばらくじっと見ている神奈。そして俺の顔を見る。
顔は笑っている。笑っているが、それがかえって怖い。
ごつん。
「この馬鹿は!トーヤを洗脳してたのか!?」
「洗脳とか人聞き悪い言い方やめてくれ」
「ログを見てたら明らかにお前が扇動してるじゃないか!」
「最初の方見ただろ?『どうやってプレイ覚えたんだ?』って……それで色々教えてやっただけだよ」
「あの馬鹿愛莉の下着を見てにやけるようになったらしいじゃないか!」
「それは、俺も聞いた」
あいつは分かっていない。下着コーナーくらいで一々動じてるようではだめだ。真の紳士は隠れている下着を妄想するんだ!
「トーヤの奴最近色気づいてきたって愛莉悩んでるぞ」
それは喜ばしい事じゃないのか?別に風俗に行ってるわけでもないし。
「亜依にも伝えないとな、『瑛大のスマホチェックしろ』って……」
桐谷君、すまん。不可抗力だ。
「ていうか……『女子会』で流した方が速いな」
そう言ってスマホを操作する神奈。
するとなぜか、俺のスマホがなる。
「誠君……災難だったな」
神奈が俺のスマホをばっちり見てる。
「俺は大丈夫です。皆は?」
「多田君と瑛大は一回青い鳥に来い!説教してやる!」
「うちのイッシーに変な事吹き込まないで頂戴!」
うわあ……皆怒ってるなぁ。
女子会のチャットも大炎上のようだ。
今度の月曜日は大荒れになりそうだ。
(3)
喫茶店青い鳥。
私と瑛大。神奈と多田君が同じテーブルにいた。
それを取り囲むかのように配置する皆。
「さて、と……どうするかだな……」
神奈がそう言うと大体の女性陣が次々と不満をぶつけていた。
自分の彼氏まで巻き込んでくれるな!という不満だ。
「かずさんは見てないですよね?」
「昨日も言ったろ?見てないって信じてくれよ」
「全く興味が無いというのも困ったものだけどね」
晶はため息を吐いている。
「ただのエロならまだ許す。二人共離れていて寂しい夜だってあるだろう?でもお前たちのは度を超えてる」
神奈がそう言うと二人はただ黙っていた。
「ああ、折角皆集まったんだし話したい事があるんだが……」
「今取り込み中!!」
渡辺君が話題を変えようとするが私がそうはさせない。
渡辺君は「まいったな」といった顔をしている。
「二人だけで盛り上がるなら良い。男子でそう言う話で盛り上がるのも仕方ないかもしれない、でも問題はトーヤに悪影響が出ている事だ」
片桐君は何も聞いていないのかの如く。ナポリタンを食べている。自分が話題の中心の一人なのだとも知らずに。
「冬夜がそこまで変わっていたとは知らなかったよ。それは謝る」
「誠が謝ることじゃないだろ?悪いのは僕なんだし」
本当に分かっているのだろうか片桐君は。
「トーヤもトーヤだ!よりによって愛莉になんてことを要求してるんだ!?」
「別に何も要求してないよ。ただ興味があったから見てただけ。それも悪いって言うなら謝るしかないけど?」
「けど?」
私が聞き返した?
「それって悪い事なの?僕の場合だけどじゃあ、愛莉以外の女性ならいいわけ?」
ぽかっ
「いいわけないでしょ!冬夜君の馬鹿!」
普段からあの勘が働いてたらいいのにね。片桐君は。
「前から思ってたんだけどさ、女性陣はどうしてそう騒ぐわけ?誰かが浮気したってならともかく動画見てただけでしょ?」
「あのね、自分の大切な人が変な動画見て妙なことしてるのを見つけたときのショックは女性にしかわからない」
「愛莉からも同じ事言われた。確かにわからない。だから、愛莉を大事にしてる。愛莉からも大事にされてるって実感ある。だからそう言う気分になったら愛莉に甘えてる」
愛莉は恥ずかしそうに下を向いてる。
「あのね、片桐君は愛莉と同じ家で過ごしてるから分からないと思うけど、私達離れてるんだよ?」
「俺からも言わせてくれ、別府からわざわざ来たんだから……」
檜山先輩が口を開いた。
「くだんねーよ、たかだかエロ動画見たくらいで。ここまで騒ぎ立てる程の事かよ」
「春樹先輩も見てるんですか~。……なんか幻滅なんですけど」
「俺は見てねーよ。言ったろ?お前以外の女に興味は無いって」
そう言って檜山先輩は笑った。
「見てない男の人はいいんです~。問題は見てる男なんだから~」
「見てる人も見てない人も同じだよ。別に女優に惚れてるわけでもないんだし。要は他人のお弁当が美味しく見えるだけでしょ?」
また片桐君のごはんの話が始まった。
「他の人のお弁当が気になったり、食べてる料理が気になったりするよね?愛莉はそれを食べさせてくれる。お弁当も他人のが気になったときあるけど、愛莉はおすそ分けされるのを黙認してくれる。でもやっぱり愛莉のお弁当が一番美味しいんだ。他のメニューに目移りするけど愛莉は許してくれるよ?その代わり愛莉にも分けてあげたりする。愛情ってそういうものなんじゃないの?」
「お弁当や、おかずなら誰も目くじら立てないわよ。一緒にしないで」
「同じだと思うよ?だって好きだったらそれを作ってあげようって思うでしょ?カンナだって誠の要求叶えようと努力してるんでしょ?」
「……まあ、少しくらいは」
「愛莉は一緒に見ようって言ってくれた。愛莉も熱心に見てる。僕がどんなのに興味あるのか分析してくれてる」
「つまり男の要求を受け入れろっていうの?」
私が片桐君に聞くと、片桐君は神奈を見て言った。
「それはカンナに聞いた方がいいんじゃない?」
片桐君が言うと神奈は言った。
「妥協点を探してるかな……これは無理。このくらいなら大丈夫って」
「男もみんなパートナーのトリセツ一生懸命作ってるよ。仮にも彼女っていうなら彼氏の扱い方理解してあげたらいいんじゃない?」
「私も冬夜君の言う通りだと思う」
愛莉が口を開いた。
「冬夜君は私の扱い方一生懸命上書きしてくれてる。偶に衝突するけど、それでも冬夜君が私を想って言ってくれてるんだってわかると許せちゃうの」
「ちょっと愛莉最初に問題にしたのは愛莉だよ」
私は愛莉に言った。
「うん、冬夜君に変な事教えないでって怒ったけど冬夜君すぐ理解してくれたよ。これはダメなんだって。そうやってお互い分かり合っていくものなんじゃないかな?自分の主張もちゃんと言えばわかってくれるよ」
「お互いに本音で話しあえ……か」
私がそう呟く。
「とはいえ、誠君と桐谷君のやったことは許せませんね。女性としては」
「それは冬夜が……」
「誠君、二人で作っていくんだよ。そこに余計な入れ知恵入れられたら誰だって怒るよ」
「じゃあ、遠坂さんどうしたらいいんだい?」
「これからしばらくは男性は彼女にスマホを検閲してもらう事かな?」
「まじかよー!」
瑛大が悲鳴を上げた。
「瑛大!あんたのが一番キモかったんだからね!」
「それは偏見だよ!」
「やかましい!」
そう言うと皆が笑っていた。
もうわだかまりは消えていた。
「話が一段落済んだところで話題を変えたいんだが……」
渡辺君が言うと片桐君が遮った。
「話題を変える必要はない。次は高階先輩なんだから」
「えっ?」
私は高階先輩を見る。
高階先輩は険しい表情で片桐君を見ていた。
(4)
「次は高階先輩なんだから」
そう言われた時私はどきっとした。
私を説得するつもり?
私は思わずガムをかむ。
「これだけ言ったらわかるよね?僕の言いたい事?」
「さっぱりわからないわね」
嘘だ、本当は気づいてる。
構わず片桐君は話を続ける。
「本音をぶつけてやっと分かり合えることってあると思うよ」
「私の本音」
「愛莉に聞いたよ?高階先輩の気持ち」
「それは……」
「親に決められたから?今でもそう言える?」
言葉に詰まった。
逃げるな。
その一言が私を変えた。
しかしその言葉が言い出せない。
「言わなきゃ伝わらないよ?」
遠坂さんがそう言う。
確かにそうかもしれない。
「勇気だして!」
遠坂さんに励まされた。
私は精一杯の事を啓介に伝える。
「啓介……、もう終わりにしましょう」
「何を言い出すんだ。そもそも深雪とは何とも」
「その一言が私の心を痛めつけてたことを貴方は知らない。仕方ないわ、私自身隠していたんだから。仕方ないんだって。けど今は違う」
「喋ったのか……俺との関係を……」
「黙っている理由が無くなったから」
「お前は理解ある女だと思っていたんだがな」
「理解しているふりをしていただけだと気づかされた。そしてそれは我慢している必要は無いんだって気づかされた」
「約束を反故にしたら深雪の病院がどうなるかくらいわかってるんだろうな」
「それがあなたに出来るの?」
「な……?」
「あなたも気づいてるんでしょう?認めたくないみたいだけど。私に出来る事はそれを認めさせること」
「その必要はないよ」
片桐君がそう言った。
「西松君は気づいてる。男なら当然だ。自分の要求を率なくこなしてくれたんだから。彼女の健気さなんてわかっているだろう?」
彼も私に惹かれていた?
「そろそろお終いにしない?。お互いの気持ちが分かったところで勝負にならないでしょ?」
啓介は黙っている。
「ちゃんと言わないと分からないみたいだから言うね。私はあなたを慕っている。そう、好きよ。今までつらかった。もうあなたが他の女性を口説くのを見ているのはつらい」
啓介は何も言わない。
「西松!先輩は自分の気持ちを認めたぞ。ちゃんと自分の気持ちを伝えたぞ。答えてやれよ!」
音無さんが啓介にそう言う。西松はまだ何も言わない。
「西松君。今逃げたら私たちは絶対にあなたを受け入れない。逃げているただの卑怯者だとあなたを蔑むよ」
遠坂さんがそう静かに語ると、啓介はようやく重い口を開いた。
「最初から勝負になっていなかったという事か……。僕には深雪がいる。こんな事なら深雪を切り札につかうんじゃなかった」
「ごまかさないでちゃんと高階先輩に応えてあげて!」
「そうだな、俺もも深雪の事が好きなのかもしれない」
「『かもしれない』じゃないでしょ!ちゃんと言って」
「……好きだ。今まで辛い気持ちにさせてごめん」
私は啓介に抱き着いていた。
「お互いやっと素直になれたね」
啓介は私を抱き返す。
「そうみたいだな……。今まで辛い思いをさせてすまなかった。俺も辛かったのかもしれないな」
親が決めたカップリングでも長年一緒にいれば愛情が芽生えることがある。
それに気づくのが遅かっただけ。渡辺班がいなければ一生気づかないで惨めな生活を過ごしていたのかもしれない。
ぱちぱち……。
片桐君が笑って拍手する。
それは皆に伝わって私たちは祝福される。
「よかったね、高階先輩」
遠坂さんがそう言うと私は遠坂さんを抱きしめていた。
「ありがとう遠坂さん、あなた達のお蔭よ」
「最後は高階先輩が行動した結果ですよ。私たちは背中を押しただけ……渡辺班は背中を押してやるのが役目」
「俺の負けだ……。なんでもいう事を聞くよ」
啓介がそう言うと渡辺君がにやりと笑った。
「何でもするって言ったな?絶対に高階先輩を幸せにしてやれ。それがお前に課せられた罰ゲームだ」
「……わかりました。皆さんすいませんでした。」
「謝るな馬鹿!せっかくの祝福ムードが台無しだ!」
音無さんがそう言うと皆笑っている。
私の初恋はこうして幸せな結末をむかえるのでした。
結末なんかじゃない、ここからが本当の始まり。
今まで歪んんで絡み合ったイ針金を一本ずつ解いていかなけれならない。
時間がかかるかもしれない。
「寄りたいところがあるんだがいいか?」
啓介が突然言い出した。
「別にいいけどどこに行くの?」
啓介は黙って車を走らせる。
街中にある駐車場に車を止めそして宝石専門店に入る。
「彼女に合う指輪が欲しいんですが」
彼が選んだのは中央にダイヤモンドが飾られたエンゲージリング。
彼はそれを買うとその場で私にプレゼントしてくれた。
「今までの罪滅ぼしだ。受け取ってくれないか?」
「いやよ」
私は即答した。
「罪滅ぼしに求婚されて。喜ぶ女性なんていないわよ。今日は私たちの記念日。お互いの気持ちに気づけた記念日。それでいいじゃない」
「深雪……、結婚しよう」
「はい……」
私が彼から指輪の入った箱を受け取る時微かに手が震えていた。
やっとたどり着いた幸せ。
それはとても身近なところにあった。そういうものなのかもしれない。
渡辺班の恋のおまじないは至ってシンプル。
悩めるカップルを後押しするだけの恋の魔法。
それはこのダイヤモンドのように永遠に輝き続けるのだろう。
知らないうちに原石を磨き続けていたのかもしれない。
それを気づかせてくれたのが渡辺班。
ありがとう。
今こんなに幸せです。
そう、心の中で彼らに願うのでした。
絶対に幸せになるからね。そう彼らに誓っていた。
(5)
「う~ん」
「どうしたんだい愛莉?」
愛莉は帳簿をつけながら悩んでいる。
「今日は冬夜君を叱ってもらうはずだったのにいつの間にか西松君のプロポーズのお手伝いに変わってるのが不思議でさ」
「それが渡辺班なんだろ?」
「今日のは冬夜君がしかけてたんだよ」
「そうかな?」
「うん、冬夜君そう言う流れを作るのが上手いよ」
てかプロポーズ?
「冬夜君本当にスマホみないんだね?渡辺班見てみてよ」
スマホを見てみると高階さんの指にはめられた綺麗な指輪。
ああ、西松君成功したんだ。
そこまでは計算してなかった。
「おめでとう」とメッセージを送る。
「片桐先輩のお蔭です。ありがとうございます」と返ってきた。
「冬夜君は不思議だよ。人の恋は成就させるのが上手いのに。自分の恋は全然だめ」
「愛莉ともうまくやれてるつもりだよ?」
「いつになったら私をお嫁さんにしてくれるんですか?」
「それは……」
僕が言いかけると愛莉が抱き着いてくる。
「なんてね。冬夜君はいつも私の事を考えてくれてる。偶に変な道に走るけど私の事を考えてくれてる。わかってるよ」
愛莉はそう言って嬉しそうにしている。
愛莉を引き離すと愛莉が寂しそうにしている。
僕は部屋を出る。
そしてジュースとマグカップを用意してくる。
愛莉は体育座りしてしょんぼりしている。そんな愛莉に優しく声をかけてやる。
「ジュースだけど祝杯をしよう?」
愛莉の顔に笑顔がもどる。
「うん!」
愛莉のマグカップにペットボトルのジュースを注いでやると自分のマグカップにもジュースを注ぐ。
「私がやってあげるのに~」
「誰がやってもいしょだろ?」
「まあ、そうだけど」
愛莉がマグカップを手に取るとかちんと鳴らす。
そしてそれを一気に飲み干すと愛莉がペットボトルを手にしている。
「はいどうぞ」
愛莉は僕のマグカップにジュースを注ぐ。
「ありがとう」
「いえいえ」
そうしてテレビを見る。
自然と愛莉の肩を抱いていた。愛莉も僕に寄りそう。
深夜番組が始まる頃になると僕たちはテレビを消して、ベッドに入り。照明を落とす。
愛莉は僕を抱くようにして眠りにつく。
僕も瞼を閉じる。
雨はやんでいた。
明日の朝には虹がかかっている事だろう。
彼等の心には虹がかかっている事だろう。
雨振って地固まるように、彼等の心の絆は強い物になっている事だろう。
それは彼がプレゼントした指輪のように永遠の輝きを放っているのだろう。
その石言葉が示すように。
辿り着いたんだね。遠回りしたけど。
彼等に祝福を送っていた。
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