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3rdSEASON
黄蝶
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(1)
春暮るる今日この頃。
相変わらずの日々を送っていた。
変わったことと言えば、渡辺班のメンバーにも春の訪れと共に新メンバーが追加された事。
色々問題をも持ち込んできたけど、今のところは順調にやれてる。
愛莉との仲も何の問題もない……といいたいところだが、春の嵐に若干乱された事もあった。
でもそれは些細な事。
愛莉との繋がりの強さを改めて実感できる事件でしかなかった。
愛莉も僕も揺るぐことなく続いてる。
「冬夜君朝だよ~」
今日も春の妖精さんのような声が聞こえてくる。
そんな心地よい響きが気持ちよくてもう少しだけ寝ていようと悪戯心が湧くもので寝たふりをしてみた。
愛莉が体を揺さぶる。大丈夫生きてるから。そんな心配そうな声をしないで。
愛莉は僕の胸に耳を当てる。
「よかった、生きてる」
そりゃ人間そんな突然死んだりしないよ。
再び愛莉が僕の名前を呼んでる。
そろそろ起きてやろうかな……?
「ふ~ん、そう来ますか……それなら!」
北風と太陽作戦かな?
いいよ、今日は気分が良いし休日なんだからおいで。しっかり受け止めてあげるから。
あれ?なんか布団めくってるぞ。しかも中に入ってきて……。
「冬夜君に『北風と太陽作戦』は通用しないの知ってるも~ん。今日は休日だから朝からイチャイチャするの~」
「ちょ!愛莉!それはやばい!」
「その気にさせたの冬夜君だからね。素直に起きない冬夜君がわるいんだも~ん」
愛莉能天気に「~」ってやってる場合じゃないぞ。母さん来たらどうするんだ!
ほら、足跡が聞こえてきた。
愛莉から離れようとするが、愛莉はしっかり僕に抱き着いている。
「そんなに嫌がらなくてもいいでしょ!」
「そういうわけじゃないって!」
「麻耶さんだって分かってるよ。今更じゃない!」
「そういう問題じゃないだろ!?」
「冬夜!素直に愛莉ちゃんのいう事をききなさ……い?」
母さんがやってきた。
驚いているのだろうか?動きがかたまっている。
「かあさん、違うんだこれは!!」
「私が浮気相手みたいな言い方しなくてもいいじゃない!」
母さんは踵を返すとドアを閉め。下へ降りて行った。
「これで問題ないね?」
いや、大いにあるだろう
この日の昼食までの時間母さんとの空気が気まずかった。
(2)
今日は渡辺班の新歓コンパと、連休の予定について打ち合わせするらしい。
うちと別のキャンパス、大学からもメンバーが集まるらしいから楽しみだ。
その時間までバイトをする。
バイトと行っても、ゼミの先生に頼まれたことをする仕事。
先生の名前は丹下修司。頼りになる先生だ。
この日は先生の同居人の引越しの手伝い。
時間給も割といい。
真鍋君と一緒に、慎重に運ぶ。
先生は30にして、未だ独身だという。優しくて見た目もいいのにわからないもんだ。
それにしても、なんか家具が女性ものっぽいけど……、まさか先生同棲始めるんだろうか?
そんな話をしていると、小さな女の子が白いつば付き帽子とワンピースを着て自分で持てるものを一生懸命運んでる。
その姿を見て一瞬ドキッとした。そうなると体は自然にその子に近づいていた。
「小さいのに無理しなくていいよ。運んであげる」
そういうと箱を受け取る。女の子は俯いたまま顔を上げようとしない。恥ずかしいのかな?余計なことしたかな?
「海未は竹本達と同い年だぞ」
丹下先生はそう言うと海未と呼ばれた少女を紹介した。
「彼女の名前は木下海未。芸大に今年入学したれっきとした18歳だ」
僕と真鍋君は息をのんだ。
こんなに小さな可愛い子が18歳!?
「先生ひょっとしてロリコン……」
ぼこっ
真鍋は丹下先生にどつかれた。
「海未は俺の従妹だ。変な勘ぐりはよせ」
気のせいだろうか?そう言うと海未ちゃんがなんか寂し気な表情を一瞬見せたような。
ただの直感だけど……彼女恋してる?
その胸の内に秘められた恋はいつになったら明かされるのだろう?
初めはそんな気持ちで見ていた。なぜか心がきしむ音が聞こえた。
「竹本!ぼーっとしてんな!」
真鍋に言われて作業に戻る。でもどうしても一生懸命に自分の荷物を整理してる彼女に目がいってしまう。
「竹本……海未に手をだしたらわかってるよな?」
笑顔で僕の頭を掴む丹下先生。
「海未ちゃん、手伝いに来たよ!」
そう言って身長が高くてスリムで栗色の髪を伸ばした女性がやってきた。
彼女の名前は新名未来。海未ちゃんの親友らしい。彼女も真鍋君を見る目が恋する乙女のそれだった。
僕にはまだ恋人はいない。想い人もいない。渡辺班は花山さんとどうにかしようという魂胆らしいけどいくらなんでも無理だろう。
正直期待はしていなかった。彼女の目もまた片桐君にむいていたのだが。でもそれは海未ちゃんや新名さんのそれとは違っていた。
悪戯心がそうさせているような感じだった。
しかし片桐君を思うあまり素の自分をだしすぎだ。その事を花山さんに伝えたら水をかけられた。
それ以来僕を見る視線はきつい。本当にどうにかなるの?
「よし、あらかた片付いたな。そば注文してある。食って行けよ」
「ありがとうございます」
僕達は一つのテーブルを囲んでそばを啜る。
「新名さん達はどこの学部何ですか?」
真鍋君が尋ねると新名さんが答えた。
「私達芸短大に通ってるの」
「へえ、すごいねえ」
「大したことないです。周りが凄い人達ばっかりで、彼女も凄い人たちの一人なんですよ」
そう言って新名さんは海未ちゃんを見る。
「へえ、是非とも見てみたいな」
僕がそう言うと、彼女は部屋に案内してくれた。
僕と真鍋君は息をのんだ。
美術館にでも並んでいるんじゃないかというレベルの見事な油彩だった。
こんな華奢な子が書いてるとは誰も思わないだろ。
言葉が出ない。
「大したことないでしょ?」
僕達はただ首を振った。
「すごいよ、素人目に見ても分る……」
真鍋君がそう言うと僕もうなずいた。
「本当はちゃんとした芸術大学に行かせたかったんだけど地元が良いって言ってきかなくてね」
丹下先生がそう言うと海未ちゃんは下を向く。
その姿を見て心が抉られる思いを覚えた。
なぜなら時折丹下先生に魅せるその仕草は恋する乙女のそれだったから。
「真鍋君達は丹下先生のゼミなんですよね?」
「そうだよ、竹本は機械いじりが得意だからそっちに行けばいいのにと思ったんだけどね」
話題は僕に切り替わったようだ。
「建築の方が就職先が有利かな?と思ってさ。それに趣味は仕事にしないほうがいい。って誰かが言ってたし」
「そうなんだ……私絵を描くのが好きだけどな」
海未ちゃんがそう言うと俯いてしまった。
「でも海未ちゃんの才能だったら。美術家として大成するよ。間違いない」
真鍋君がフォロー入れる。
「ありがとう。でもそんな大したものじゃないから」
その透き通った声がジワリと心に沁みる。
その後も4人で話をしていると、丹下先生が来た。
「二人共ありがとう。これ今日の給料。今日は助かったよありがとうな」
これで用が済んだだろ?とっとと帰れと言わんばかりの丹下先生。
僕達は丹下先生の家を出た。
「二人共綺麗だったな」
真鍋君がそう漏らす。
そう綺麗だった。強く印象に残っていた。彼女の作品と同様に。
僕の春の果は早くも訪れようとしていた。
(3)
「それじゃ、乾杯!」
そう言って宴はスタートした。
今回は焼肉屋さん。総勢20名の大宴会だった。
「冬夜君~好きな物言って。取ってあげる~」
「冬夜君の好きなものは私知ってるもん~。私が取るから問題ないよ~。ね?冬夜君」
「あ、ああそうだな」
花山さんと愛莉の戦いの火ぶたも切って落とされたようだ。
そんな愛莉に言い寄る西松君。
「遠坂さんの分は僕がとってあげますよ」
「冬夜君が取ってくれるからご心配なく」
愛莉はサラダが好きだったな、もっと肉も食えばいいのに。そう思いながらサラダバーに行った。もちろん自分の分も持って行った。
戻ると僕の席に西松君が座っている。
愛莉が困った顔してる。ここはビシッと言わないとダメかな?
「そこ僕の席なんだけど?」
「籍なんてどこでもいいでしょう?」
西松君はとぼけた顔して言う。
「冬夜君は私のとなりに着たらいいよ~」
そう言って隣の席が空席なのをアピールする花山さん。
「でも愛莉のサラダ持ってきたし……」
ひょいっと、西松君が僕の持ってきた皿をとり愛莉に渡す。愛莉はそれを見て笑う。
「やっぱり私の隣は冬夜君じゃないとだめみたいね?冬夜君の皿だよそれ?気づかない?レタスしか入ってないことに。冬夜君はレタスしか食べないんだよ。それに冬夜君は和風ドレッシング、私はゴマダレドレッシングって決まってるの~」
「好き嫌いをする男はダメだと思うんですけどね」
「ダメなところをひっくるめて好きだからいいの。お肉も冬夜君用にとってるものだし、ほら、チェンジ。花山さんの隣空いてるらしいよ」
「西松、しつこい男はもっと駄目だと思うんだがな」
カンナも愛莉の味方のようだ。
「そーだそーだ。しつこい奴は嫌われるぞ」
美嘉さんが言うと、渋々席を譲る西松君。
だがさほど問題はない。花山さんの隣は愛莉の正面なんだから。
わかめスープを飲み干し肉と共にご飯を食べ終えると、呼び出しのボタンを押す。肉も無くなって来たしちょうどいいだろう。
「冬夜君、カシスオレンジって興味あったよね?頼んでみよう?ノンアルコールもあるし。ちょうどいいよ」
愛莉覚えてたんだな。
「愛莉はそれにしなよ、僕はこのノンアルコール梅酒ってのが気になるからそれにするよ」
「じゃ、少し飲ませてね♪私も飲ませてあげるから♪」
係の人がやってくる。
「すいません、黒毛和牛特上カルビ5人前とホルモン5人前タンを5人前……」
ぽかっ
「冬夜君時間はあるんだからゆっくり食べよ?」
「……それからご飯大盛りとわかめスープとカシスオレンジノンアルとノンアル梅酒ロックで」
ロック……、一度行ってみたかった単語なんだよね。
「遠坂さんはアルコールはダメなのかい?一度飲んでみると良い」
「未成年にアルコールを勧めるのはどうかと思いますけど、それに初めてお酒を飲むのは冬夜君と二人っきりでって決めてるし」
「ほんとうに冬夜君にべったりなんですね~、鬱陶しくないですか~そういうの?」
「僕がお酒飲めないからって愛莉の気づかいだと思ってるけど?」
「皆素面のうちに言っておきたい事があるから聞いてくれ」
一同は渡辺君に注目する。
「連休の前半は空けておいてくれ、また合宿やるぞ。場所は江口さんの別荘」
「あそこに20人も入るのか?」
「さらに大きい別荘があるらしいんだ」
「元々は社員の研修用で作ったから余裕はあるわよ。ただ今回は男性と女性に別れて寝るようにしてるけど」
江口さんが付け足す。
「ま、まさかまた調教なんてことはないですよね?」
酒井君が聞く。
「そういう要望があるならそうするけど?」
「い、いや結構です」
「合宿か~楽しみですね~冬夜君。これを機に一気に仲良くなんてことも……」
「無いから」
花山さんの可能性を一蹴した。
「女性の誘いを断るとは、随分片桐先輩も余裕みせますね」
「じゃあ、西松君が花山さんと仲良くなればいいんじゃない?」
「僕も一途なんでね、今は遠坂さん以外に好きになれない」
「私も一途だから冬夜君以外に好きになれないからごめんなさい」
愛莉がすかさず返す。
「あのう、合宿って何するんですか?」
竹本君が聞いてきた。
「何って……特に何も?BBQくらいするんじゃないかな?」
「皆でわいわいやるんだよ~」
僕と愛莉が説明する。
「楽しそうですね、いいなあ……」
「いいなあって竹本君来ないの?」
「行きますよ?バイトの予定は空けてます」
「じゃ、問題ないじゃないか。一緒に楽しもう……」
「冬夜君焼くお肉無くなったけどもういいの?」
愛莉がそう言ってくるときは「余計な事は言うな」ってサインだ。黙って注文するメニューを選ぶ。
「すいません黒毛和牛特上カルビと……愛莉飲み物いるか?」
「カシスオレンジおかわり~」
「あ、私もお願いします~」
「俺もお願いしようかな」
「僕もお願いします」
4人が飲み物を注文した。
「竹本君、今日なにかあったでしょ~」
「え、何もないですよ」
「隠しても駄目。顔に出てるよ~」
「大したことじゃないんです、本当に……」
「てことは何かあったわけだね?」
愛莉はこの手の尋問は上手い。
「あっ!」と慌てて口を手で押さえるがもう遅い。
「何でもいいから話してみなよ。相談には乗るから……」
愛莉がそう言うと、竹本君はしばらく考えて、そして語りだした。
「甘い!甘いぞ竹本!!」
そう叫んだのは美嘉さんだった。
「私も美嘉と同意見だな。竹本その海未ちゃんて子好きなんだろ」
「それはわかりません!」
「いや、私の勘だと好きに違いない!!」
「私も神奈の意見に賛成だ!気になってるってことはそうなんだよ!ダメもとで行かないとダメだ!」
暴論にもほどがあるだろう。
だけど二人のテーブルには白い泡の残ったジョッキが空になっておいてある。
ごめん、僕には手助けできそうにない。
「先生の監視も厳しいんです。下手に手を出せませんよ。連絡先すら交換してもらえないんですよ」
「芸短大か……亜依どうにかならないか?」
「おっけー、そういう事なら任せて。私に不可能は無いわ」
前にも言ったが指原さんの情報網はどうなっているんだ?
「あのさ……花山さんの事忘れてない?」
僕が助け舟を出したつもりだった。
「そんなのあとあと、竹本の意思が最優先だろ?」
神奈に軽くあしらわれる。
「私を滑り止めに使うなんて、随分余裕なんですね~」
「花本さんの事って何事ですか~?」
咲良さんが、質問した。そうか説明してなかったな。
「実はね、ゲームをしているのよ」
江口さんが説明する。
「ゲーム?」
咲良さんが聞き返す。
「そうよ?あのね……」
「そんな馬鹿な賭け事してたんですか~?」
咲良さんは驚いているようだ。
「馬鹿げたゲームだけど、思い知らせるのはこれが一番なの。竹本君が他の女性を好きになるのは想定外だったけど、それはそれで好都合だわ」
「まるで私が竹本君を好きになる前提の話みたいですけど、それないですから~」
花本さんが鼻で笑う。
「ゲームはまだ始まったばかり、どうなるか終わるまで分からないわよ?あなたも片桐君を落とせるつもりでいるんでしょう?」
「そうですよ~」
そうですよ~って言われて落とされる愚かな男がどれだけいるだろうか?まあ、そういうのが彼女の取り巻きなんだろうけど。
どうしてこの手の自信家は今から落としますからね~と宣言しておいて、落とせるって自信が湧くのだろう?
その根拠を教えて欲しいものだ。
「咲!!あんた片桐君を落とすと思わせておいてうちの瑛大に手を出すの止めてくれない!全部瑛大がゲロしたぞ!」
指原さんからダメ出しがはいるが、花山さんは何とも思ってないようだ。
「だってそういうルールだったでしょ?『誰でもいいから落としてみろ』って。だったら、瑛大君でも問題ないんじゃないですか~?それとも指原さんは自信ないんですか~?」
それ認める時点で僕を落とすのは無理でしょ。口が軽くなって何言ってるか分かってないのだろうか?
「指原さん、花山さんの言うことが正論だ。それで自爆してるのも分かってないようだがな。少しは瑛大を信じてやってくれ」
渡辺君がそう言うとまだ何か言いたげだったが、素直に引き下がる指原さん。
「花山さん、君さ……」
僕が何かを言いかけたとき愛莉が口の中に好い加減に妬き上がったカルビを放り込む。そのあとそっと耳打ちする。
「彼女完全に油断して素をだしてる。この会の目的解ってないみたい」
目的?そんなのあったの?
「花山さんと咲良さんの本性を曝け出す。それが目的みたい。さっき渡辺君から聞いたの。それみたら皆さすがに興が覚めるでしょ?」
ああ、なるほどね。
咲良さんは指原さんと桐谷君の壮烈な争奪戦を繰り広げている。
「ああ、遠坂さん。このあと2次会行くんだよね?」
西松君が突然愛莉に質問すると愛莉は普通に聞く。
「行くけどどうかしたの?」
「良かったら、その時に二人っきりで話がしたいのですが……」
「お断りします」
即答する愛莉。だが、彼も大人しく引き下がらない。西松君は僕に向かって話しかける。
「片桐先輩。1時間だけ遠坂さんを貸して欲しいんだけど……。彼女が僕に靡かない自信があるなら断る理由もないですよね?」
僕は少し考えてから答えた。
「確かに断る理由はないね……」
愛莉が僕の腕を掴む。だけど僕は続ける。
「でも受ける理由もないよね?仮にも婚約者である愛莉をその愛莉を口説き落とそうとする男と二人っきりにさせる馬鹿もいないと思うけど?」
「それって一時間でどうにかなる可能性を否定出来てるわけじゃないってことですよね?」
「君って頭悪いね。愛莉によけいな無断な苦労をさせたくないって単純な理由だよ。そんなことも解らないの?」
「二人の絆ってものを信じるのなら。僕の提案を拒否する理由がわからないんですが」
どこまで頭が悪いんだろう?
そんな安い挑発に乗る馬鹿がどこにいる?
何より愛莉をそんなくだらない遊戯に巻き込むことが許せなかった。
その時後ろから僕の両肩を押える男がいた。渡辺君だ。
「ハハハ冬夜もちゃんと分かってるんだな。安い挑発に乗らないあたりさすがだ。乗る必要ないぞ」
「正志の言う通りだ。とーやは大人しく見えるがこういう時はちゃんと淑女を守る騎士だからな。そんな手には乗らないぞ」
渡辺君と美嘉さんが言う。
「随分と皆さん片桐先輩の肩をもつんですね。これじゃ僕一人悪者みたいだ」
「そういうルールだと分かっていると思っていたんだがね」
「私に言い寄る男の人ってみんなそうなんだよね。肝心かなめの部分が解ってない人多すぎだよ」
愛莉がため息交じりに言う。
渡辺君が西松君に言う。
「大方君は渡辺班に入って引っ掻き回したいだけだったかもしれんが、こう見えて皆結束が固いんだ。花山さんにも言えることだけど」
「渡辺の言う通りだな。西松の周りの女性は簡単に靡いてくれたかもしれんが渡辺班の女性はそうはいかないぞ」
カンナが言うと、西松君はのこめかみに血管が浮き出ている気がしたけど、多分気のせいじゃないだろう。彼はそれっきり黙ってしまった。
花山さんもそうだ、憎々し気にカンナを睨みつけている。
そんな素性を曝け出すから周りの男性陣も冷ややかな目で彼女を見た後自分のパートナーと仲良く肉をつつき合う。
「まあ、時間はたっぷりあるわ。じっくりと屈辱感を味わいなさないな。私も人の事言えないけどね」
志水さんがそう言うと、ラストオーダーの時間が来た。
志水さんは注文をすると酒井君と話しながら肉を食べる。
「ま、まだ負けを認めたわけじゃないんだからね」
そんな花山さんの言葉を気に掛けることもなく。
気まずいテーブルと化した僕達の席。
愛莉は気を止めることなく肉を焼いては僕の取り皿に入れてくれてる。
「冷めないうちに食べろって冬夜君いつも言ってるよね」
「愛莉の言う通りだね」
僕は肉を食べる。そんな光景をどんな気持ちで見ていたのだろう?西松君と花山さんは飲み物を飲みながら僕達を見詰めていた。
(4)
焼肉が終わると次はカラオケ屋だ。
さすがに20人部屋のあるカラオケ屋は少ないだろう……。
「20人くらいならあの店使えるんじゃないか?正志」
「う、うむ使えないことは無いが……」
何か問題のある店なのだろうか?
「半分ずつにわかれたらいいんじゃないの?」
僕がそう言うと、それもそうだなとカラオケ屋に移動し。部屋割をする。
僕と愛莉、神奈と誠、渡辺君と美嘉さん、志水さんと酒井君、竹本君と咲良さんの10人と残りの10人に割り振った。
花山さんと西松君が抗議をするが、却下された。
「言ったろ?二人対渡辺班なんだ」と渡辺君がすんなりいう。
「あまりにも不公平じゃない!?そんなに私たちが怖いの?」と花山さんが言うと、「一々断らないといけない相手の気持ちも考えろ」とカンナが言う。
「それにしてもトーヤよく言った。やっぱり愛莉は幸せ者だよ」
カンナがそう漏らすと美嘉さんも僕を褒める。
「とーやは本当に騎士だよな。ちゃんと淑女の扱いをわきまえてる」
「おいおい、まるで俺がわきまえてないみたいじゃないか美嘉」
「神奈もだぞ、俺だって……」
「誠はわきまえてないだろ」
「そうだな、わきまえてない!」
二人に指摘され落ち込む誠。
本当は単純に二人にするのが怖かっただけかもしれない。愛莉の事は信じている。でも西松君も何をしてくるか分からない。そんな危険な目に愛莉を合わすわけにはいかない。そうでなくても一度会わせているんだから。
「それでもいいんだよ?」
愛莉が僕の顔を覗き込むように見るとそう言った。
「……愛莉は僕の事を他人の心がわかる凄い人って言うけど、愛莉だって読めてるんじゃないのか?」
「私は冬夜君だけしかわからないもん」
そう言って僕の腕にしがみ付く。
「冬夜君と私は一心同体だよ。だからお互いに分かるの。きっと冬夜君が私に対して思ってる事を私も思ってるから気にしないで」
「と、いうと?」
「実を言うと花山さんに冬夜君が口説かれてる時、冬夜君が落ちちゃうんじゃないかって不安になるの。冬夜君を信じてないわけじゃないんだけど……」
なるほど、そういうことか。
「仕方ないさ。それが恋愛ってもんだ」
渡辺君は陶器に入れられた飲み物をくいっと飲みながら言う。
「いつ何があってひび割れてしまうか分からない。だからお互いに大切にするんだろ?お互いに大事に思うんだろ?そういうものだ」
そんな貴重な物なんだな。雑に扱っていた自分を恥ずかしく思う。
「誠は私の事をプラスチック程度にしか思ってないだろうけどな」と神奈が笑う。
「そんなことないぞ、最近はこれでも丁寧に扱っているつもりなんだけど」と誠が言うと「分かってるよ」と神奈が言う。
「正志も優しーぞ。私はどうかわからないけどな……」
美嘉さんがそう言って沈み込んでしまうと「俺は大切にされてる方だと思うけどな」と渡辺君が優しく言えば「そうか」と美嘉さんの笑顔がよみがえる。
「君、よく見ると可愛いね!ねね、彼女いないって言ってたけど私なんでどう?」
「ど、どうって言われても……」
先程まで桐谷君にべったりだった、咲良さんが竹本君に言い寄っている。
「止めるか」
「……そうですね」
渡辺君と誠がそう言うと二人は立ち上がり竹本君達のところに行く。
「ねえ冬夜君?」
「なんだい愛莉」
「私も大切にされてることわかるよ。私も冬夜君の事大切にしてるから」
「知ってるよ」
「だから、冬夜君がイヤって思ったことははっきり言って良いんだよ?言って欲しいな?」
「わかったよ」
「わ~い」
子猫のように膝の上にじゃれつく愛莉。
春の陽気を残したまま時節は次へと移行する。
春暮るる今日この頃。
相変わらずの日々を送っていた。
変わったことと言えば、渡辺班のメンバーにも春の訪れと共に新メンバーが追加された事。
色々問題をも持ち込んできたけど、今のところは順調にやれてる。
愛莉との仲も何の問題もない……といいたいところだが、春の嵐に若干乱された事もあった。
でもそれは些細な事。
愛莉との繋がりの強さを改めて実感できる事件でしかなかった。
愛莉も僕も揺るぐことなく続いてる。
「冬夜君朝だよ~」
今日も春の妖精さんのような声が聞こえてくる。
そんな心地よい響きが気持ちよくてもう少しだけ寝ていようと悪戯心が湧くもので寝たふりをしてみた。
愛莉が体を揺さぶる。大丈夫生きてるから。そんな心配そうな声をしないで。
愛莉は僕の胸に耳を当てる。
「よかった、生きてる」
そりゃ人間そんな突然死んだりしないよ。
再び愛莉が僕の名前を呼んでる。
そろそろ起きてやろうかな……?
「ふ~ん、そう来ますか……それなら!」
北風と太陽作戦かな?
いいよ、今日は気分が良いし休日なんだからおいで。しっかり受け止めてあげるから。
あれ?なんか布団めくってるぞ。しかも中に入ってきて……。
「冬夜君に『北風と太陽作戦』は通用しないの知ってるも~ん。今日は休日だから朝からイチャイチャするの~」
「ちょ!愛莉!それはやばい!」
「その気にさせたの冬夜君だからね。素直に起きない冬夜君がわるいんだも~ん」
愛莉能天気に「~」ってやってる場合じゃないぞ。母さん来たらどうするんだ!
ほら、足跡が聞こえてきた。
愛莉から離れようとするが、愛莉はしっかり僕に抱き着いている。
「そんなに嫌がらなくてもいいでしょ!」
「そういうわけじゃないって!」
「麻耶さんだって分かってるよ。今更じゃない!」
「そういう問題じゃないだろ!?」
「冬夜!素直に愛莉ちゃんのいう事をききなさ……い?」
母さんがやってきた。
驚いているのだろうか?動きがかたまっている。
「かあさん、違うんだこれは!!」
「私が浮気相手みたいな言い方しなくてもいいじゃない!」
母さんは踵を返すとドアを閉め。下へ降りて行った。
「これで問題ないね?」
いや、大いにあるだろう
この日の昼食までの時間母さんとの空気が気まずかった。
(2)
今日は渡辺班の新歓コンパと、連休の予定について打ち合わせするらしい。
うちと別のキャンパス、大学からもメンバーが集まるらしいから楽しみだ。
その時間までバイトをする。
バイトと行っても、ゼミの先生に頼まれたことをする仕事。
先生の名前は丹下修司。頼りになる先生だ。
この日は先生の同居人の引越しの手伝い。
時間給も割といい。
真鍋君と一緒に、慎重に運ぶ。
先生は30にして、未だ独身だという。優しくて見た目もいいのにわからないもんだ。
それにしても、なんか家具が女性ものっぽいけど……、まさか先生同棲始めるんだろうか?
そんな話をしていると、小さな女の子が白いつば付き帽子とワンピースを着て自分で持てるものを一生懸命運んでる。
その姿を見て一瞬ドキッとした。そうなると体は自然にその子に近づいていた。
「小さいのに無理しなくていいよ。運んであげる」
そういうと箱を受け取る。女の子は俯いたまま顔を上げようとしない。恥ずかしいのかな?余計なことしたかな?
「海未は竹本達と同い年だぞ」
丹下先生はそう言うと海未と呼ばれた少女を紹介した。
「彼女の名前は木下海未。芸大に今年入学したれっきとした18歳だ」
僕と真鍋君は息をのんだ。
こんなに小さな可愛い子が18歳!?
「先生ひょっとしてロリコン……」
ぼこっ
真鍋は丹下先生にどつかれた。
「海未は俺の従妹だ。変な勘ぐりはよせ」
気のせいだろうか?そう言うと海未ちゃんがなんか寂し気な表情を一瞬見せたような。
ただの直感だけど……彼女恋してる?
その胸の内に秘められた恋はいつになったら明かされるのだろう?
初めはそんな気持ちで見ていた。なぜか心がきしむ音が聞こえた。
「竹本!ぼーっとしてんな!」
真鍋に言われて作業に戻る。でもどうしても一生懸命に自分の荷物を整理してる彼女に目がいってしまう。
「竹本……海未に手をだしたらわかってるよな?」
笑顔で僕の頭を掴む丹下先生。
「海未ちゃん、手伝いに来たよ!」
そう言って身長が高くてスリムで栗色の髪を伸ばした女性がやってきた。
彼女の名前は新名未来。海未ちゃんの親友らしい。彼女も真鍋君を見る目が恋する乙女のそれだった。
僕にはまだ恋人はいない。想い人もいない。渡辺班は花山さんとどうにかしようという魂胆らしいけどいくらなんでも無理だろう。
正直期待はしていなかった。彼女の目もまた片桐君にむいていたのだが。でもそれは海未ちゃんや新名さんのそれとは違っていた。
悪戯心がそうさせているような感じだった。
しかし片桐君を思うあまり素の自分をだしすぎだ。その事を花山さんに伝えたら水をかけられた。
それ以来僕を見る視線はきつい。本当にどうにかなるの?
「よし、あらかた片付いたな。そば注文してある。食って行けよ」
「ありがとうございます」
僕達は一つのテーブルを囲んでそばを啜る。
「新名さん達はどこの学部何ですか?」
真鍋君が尋ねると新名さんが答えた。
「私達芸短大に通ってるの」
「へえ、すごいねえ」
「大したことないです。周りが凄い人達ばっかりで、彼女も凄い人たちの一人なんですよ」
そう言って新名さんは海未ちゃんを見る。
「へえ、是非とも見てみたいな」
僕がそう言うと、彼女は部屋に案内してくれた。
僕と真鍋君は息をのんだ。
美術館にでも並んでいるんじゃないかというレベルの見事な油彩だった。
こんな華奢な子が書いてるとは誰も思わないだろ。
言葉が出ない。
「大したことないでしょ?」
僕達はただ首を振った。
「すごいよ、素人目に見ても分る……」
真鍋君がそう言うと僕もうなずいた。
「本当はちゃんとした芸術大学に行かせたかったんだけど地元が良いって言ってきかなくてね」
丹下先生がそう言うと海未ちゃんは下を向く。
その姿を見て心が抉られる思いを覚えた。
なぜなら時折丹下先生に魅せるその仕草は恋する乙女のそれだったから。
「真鍋君達は丹下先生のゼミなんですよね?」
「そうだよ、竹本は機械いじりが得意だからそっちに行けばいいのにと思ったんだけどね」
話題は僕に切り替わったようだ。
「建築の方が就職先が有利かな?と思ってさ。それに趣味は仕事にしないほうがいい。って誰かが言ってたし」
「そうなんだ……私絵を描くのが好きだけどな」
海未ちゃんがそう言うと俯いてしまった。
「でも海未ちゃんの才能だったら。美術家として大成するよ。間違いない」
真鍋君がフォロー入れる。
「ありがとう。でもそんな大したものじゃないから」
その透き通った声がジワリと心に沁みる。
その後も4人で話をしていると、丹下先生が来た。
「二人共ありがとう。これ今日の給料。今日は助かったよありがとうな」
これで用が済んだだろ?とっとと帰れと言わんばかりの丹下先生。
僕達は丹下先生の家を出た。
「二人共綺麗だったな」
真鍋君がそう漏らす。
そう綺麗だった。強く印象に残っていた。彼女の作品と同様に。
僕の春の果は早くも訪れようとしていた。
(3)
「それじゃ、乾杯!」
そう言って宴はスタートした。
今回は焼肉屋さん。総勢20名の大宴会だった。
「冬夜君~好きな物言って。取ってあげる~」
「冬夜君の好きなものは私知ってるもん~。私が取るから問題ないよ~。ね?冬夜君」
「あ、ああそうだな」
花山さんと愛莉の戦いの火ぶたも切って落とされたようだ。
そんな愛莉に言い寄る西松君。
「遠坂さんの分は僕がとってあげますよ」
「冬夜君が取ってくれるからご心配なく」
愛莉はサラダが好きだったな、もっと肉も食えばいいのに。そう思いながらサラダバーに行った。もちろん自分の分も持って行った。
戻ると僕の席に西松君が座っている。
愛莉が困った顔してる。ここはビシッと言わないとダメかな?
「そこ僕の席なんだけど?」
「籍なんてどこでもいいでしょう?」
西松君はとぼけた顔して言う。
「冬夜君は私のとなりに着たらいいよ~」
そう言って隣の席が空席なのをアピールする花山さん。
「でも愛莉のサラダ持ってきたし……」
ひょいっと、西松君が僕の持ってきた皿をとり愛莉に渡す。愛莉はそれを見て笑う。
「やっぱり私の隣は冬夜君じゃないとだめみたいね?冬夜君の皿だよそれ?気づかない?レタスしか入ってないことに。冬夜君はレタスしか食べないんだよ。それに冬夜君は和風ドレッシング、私はゴマダレドレッシングって決まってるの~」
「好き嫌いをする男はダメだと思うんですけどね」
「ダメなところをひっくるめて好きだからいいの。お肉も冬夜君用にとってるものだし、ほら、チェンジ。花山さんの隣空いてるらしいよ」
「西松、しつこい男はもっと駄目だと思うんだがな」
カンナも愛莉の味方のようだ。
「そーだそーだ。しつこい奴は嫌われるぞ」
美嘉さんが言うと、渋々席を譲る西松君。
だがさほど問題はない。花山さんの隣は愛莉の正面なんだから。
わかめスープを飲み干し肉と共にご飯を食べ終えると、呼び出しのボタンを押す。肉も無くなって来たしちょうどいいだろう。
「冬夜君、カシスオレンジって興味あったよね?頼んでみよう?ノンアルコールもあるし。ちょうどいいよ」
愛莉覚えてたんだな。
「愛莉はそれにしなよ、僕はこのノンアルコール梅酒ってのが気になるからそれにするよ」
「じゃ、少し飲ませてね♪私も飲ませてあげるから♪」
係の人がやってくる。
「すいません、黒毛和牛特上カルビ5人前とホルモン5人前タンを5人前……」
ぽかっ
「冬夜君時間はあるんだからゆっくり食べよ?」
「……それからご飯大盛りとわかめスープとカシスオレンジノンアルとノンアル梅酒ロックで」
ロック……、一度行ってみたかった単語なんだよね。
「遠坂さんはアルコールはダメなのかい?一度飲んでみると良い」
「未成年にアルコールを勧めるのはどうかと思いますけど、それに初めてお酒を飲むのは冬夜君と二人っきりでって決めてるし」
「ほんとうに冬夜君にべったりなんですね~、鬱陶しくないですか~そういうの?」
「僕がお酒飲めないからって愛莉の気づかいだと思ってるけど?」
「皆素面のうちに言っておきたい事があるから聞いてくれ」
一同は渡辺君に注目する。
「連休の前半は空けておいてくれ、また合宿やるぞ。場所は江口さんの別荘」
「あそこに20人も入るのか?」
「さらに大きい別荘があるらしいんだ」
「元々は社員の研修用で作ったから余裕はあるわよ。ただ今回は男性と女性に別れて寝るようにしてるけど」
江口さんが付け足す。
「ま、まさかまた調教なんてことはないですよね?」
酒井君が聞く。
「そういう要望があるならそうするけど?」
「い、いや結構です」
「合宿か~楽しみですね~冬夜君。これを機に一気に仲良くなんてことも……」
「無いから」
花山さんの可能性を一蹴した。
「女性の誘いを断るとは、随分片桐先輩も余裕みせますね」
「じゃあ、西松君が花山さんと仲良くなればいいんじゃない?」
「僕も一途なんでね、今は遠坂さん以外に好きになれない」
「私も一途だから冬夜君以外に好きになれないからごめんなさい」
愛莉がすかさず返す。
「あのう、合宿って何するんですか?」
竹本君が聞いてきた。
「何って……特に何も?BBQくらいするんじゃないかな?」
「皆でわいわいやるんだよ~」
僕と愛莉が説明する。
「楽しそうですね、いいなあ……」
「いいなあって竹本君来ないの?」
「行きますよ?バイトの予定は空けてます」
「じゃ、問題ないじゃないか。一緒に楽しもう……」
「冬夜君焼くお肉無くなったけどもういいの?」
愛莉がそう言ってくるときは「余計な事は言うな」ってサインだ。黙って注文するメニューを選ぶ。
「すいません黒毛和牛特上カルビと……愛莉飲み物いるか?」
「カシスオレンジおかわり~」
「あ、私もお願いします~」
「俺もお願いしようかな」
「僕もお願いします」
4人が飲み物を注文した。
「竹本君、今日なにかあったでしょ~」
「え、何もないですよ」
「隠しても駄目。顔に出てるよ~」
「大したことじゃないんです、本当に……」
「てことは何かあったわけだね?」
愛莉はこの手の尋問は上手い。
「あっ!」と慌てて口を手で押さえるがもう遅い。
「何でもいいから話してみなよ。相談には乗るから……」
愛莉がそう言うと、竹本君はしばらく考えて、そして語りだした。
「甘い!甘いぞ竹本!!」
そう叫んだのは美嘉さんだった。
「私も美嘉と同意見だな。竹本その海未ちゃんて子好きなんだろ」
「それはわかりません!」
「いや、私の勘だと好きに違いない!!」
「私も神奈の意見に賛成だ!気になってるってことはそうなんだよ!ダメもとで行かないとダメだ!」
暴論にもほどがあるだろう。
だけど二人のテーブルには白い泡の残ったジョッキが空になっておいてある。
ごめん、僕には手助けできそうにない。
「先生の監視も厳しいんです。下手に手を出せませんよ。連絡先すら交換してもらえないんですよ」
「芸短大か……亜依どうにかならないか?」
「おっけー、そういう事なら任せて。私に不可能は無いわ」
前にも言ったが指原さんの情報網はどうなっているんだ?
「あのさ……花山さんの事忘れてない?」
僕が助け舟を出したつもりだった。
「そんなのあとあと、竹本の意思が最優先だろ?」
神奈に軽くあしらわれる。
「私を滑り止めに使うなんて、随分余裕なんですね~」
「花本さんの事って何事ですか~?」
咲良さんが、質問した。そうか説明してなかったな。
「実はね、ゲームをしているのよ」
江口さんが説明する。
「ゲーム?」
咲良さんが聞き返す。
「そうよ?あのね……」
「そんな馬鹿な賭け事してたんですか~?」
咲良さんは驚いているようだ。
「馬鹿げたゲームだけど、思い知らせるのはこれが一番なの。竹本君が他の女性を好きになるのは想定外だったけど、それはそれで好都合だわ」
「まるで私が竹本君を好きになる前提の話みたいですけど、それないですから~」
花本さんが鼻で笑う。
「ゲームはまだ始まったばかり、どうなるか終わるまで分からないわよ?あなたも片桐君を落とせるつもりでいるんでしょう?」
「そうですよ~」
そうですよ~って言われて落とされる愚かな男がどれだけいるだろうか?まあ、そういうのが彼女の取り巻きなんだろうけど。
どうしてこの手の自信家は今から落としますからね~と宣言しておいて、落とせるって自信が湧くのだろう?
その根拠を教えて欲しいものだ。
「咲!!あんた片桐君を落とすと思わせておいてうちの瑛大に手を出すの止めてくれない!全部瑛大がゲロしたぞ!」
指原さんからダメ出しがはいるが、花山さんは何とも思ってないようだ。
「だってそういうルールだったでしょ?『誰でもいいから落としてみろ』って。だったら、瑛大君でも問題ないんじゃないですか~?それとも指原さんは自信ないんですか~?」
それ認める時点で僕を落とすのは無理でしょ。口が軽くなって何言ってるか分かってないのだろうか?
「指原さん、花山さんの言うことが正論だ。それで自爆してるのも分かってないようだがな。少しは瑛大を信じてやってくれ」
渡辺君がそう言うとまだ何か言いたげだったが、素直に引き下がる指原さん。
「花山さん、君さ……」
僕が何かを言いかけたとき愛莉が口の中に好い加減に妬き上がったカルビを放り込む。そのあとそっと耳打ちする。
「彼女完全に油断して素をだしてる。この会の目的解ってないみたい」
目的?そんなのあったの?
「花山さんと咲良さんの本性を曝け出す。それが目的みたい。さっき渡辺君から聞いたの。それみたら皆さすがに興が覚めるでしょ?」
ああ、なるほどね。
咲良さんは指原さんと桐谷君の壮烈な争奪戦を繰り広げている。
「ああ、遠坂さん。このあと2次会行くんだよね?」
西松君が突然愛莉に質問すると愛莉は普通に聞く。
「行くけどどうかしたの?」
「良かったら、その時に二人っきりで話がしたいのですが……」
「お断りします」
即答する愛莉。だが、彼も大人しく引き下がらない。西松君は僕に向かって話しかける。
「片桐先輩。1時間だけ遠坂さんを貸して欲しいんだけど……。彼女が僕に靡かない自信があるなら断る理由もないですよね?」
僕は少し考えてから答えた。
「確かに断る理由はないね……」
愛莉が僕の腕を掴む。だけど僕は続ける。
「でも受ける理由もないよね?仮にも婚約者である愛莉をその愛莉を口説き落とそうとする男と二人っきりにさせる馬鹿もいないと思うけど?」
「それって一時間でどうにかなる可能性を否定出来てるわけじゃないってことですよね?」
「君って頭悪いね。愛莉によけいな無断な苦労をさせたくないって単純な理由だよ。そんなことも解らないの?」
「二人の絆ってものを信じるのなら。僕の提案を拒否する理由がわからないんですが」
どこまで頭が悪いんだろう?
そんな安い挑発に乗る馬鹿がどこにいる?
何より愛莉をそんなくだらない遊戯に巻き込むことが許せなかった。
その時後ろから僕の両肩を押える男がいた。渡辺君だ。
「ハハハ冬夜もちゃんと分かってるんだな。安い挑発に乗らないあたりさすがだ。乗る必要ないぞ」
「正志の言う通りだ。とーやは大人しく見えるがこういう時はちゃんと淑女を守る騎士だからな。そんな手には乗らないぞ」
渡辺君と美嘉さんが言う。
「随分と皆さん片桐先輩の肩をもつんですね。これじゃ僕一人悪者みたいだ」
「そういうルールだと分かっていると思っていたんだがね」
「私に言い寄る男の人ってみんなそうなんだよね。肝心かなめの部分が解ってない人多すぎだよ」
愛莉がため息交じりに言う。
渡辺君が西松君に言う。
「大方君は渡辺班に入って引っ掻き回したいだけだったかもしれんが、こう見えて皆結束が固いんだ。花山さんにも言えることだけど」
「渡辺の言う通りだな。西松の周りの女性は簡単に靡いてくれたかもしれんが渡辺班の女性はそうはいかないぞ」
カンナが言うと、西松君はのこめかみに血管が浮き出ている気がしたけど、多分気のせいじゃないだろう。彼はそれっきり黙ってしまった。
花山さんもそうだ、憎々し気にカンナを睨みつけている。
そんな素性を曝け出すから周りの男性陣も冷ややかな目で彼女を見た後自分のパートナーと仲良く肉をつつき合う。
「まあ、時間はたっぷりあるわ。じっくりと屈辱感を味わいなさないな。私も人の事言えないけどね」
志水さんがそう言うと、ラストオーダーの時間が来た。
志水さんは注文をすると酒井君と話しながら肉を食べる。
「ま、まだ負けを認めたわけじゃないんだからね」
そんな花山さんの言葉を気に掛けることもなく。
気まずいテーブルと化した僕達の席。
愛莉は気を止めることなく肉を焼いては僕の取り皿に入れてくれてる。
「冷めないうちに食べろって冬夜君いつも言ってるよね」
「愛莉の言う通りだね」
僕は肉を食べる。そんな光景をどんな気持ちで見ていたのだろう?西松君と花山さんは飲み物を飲みながら僕達を見詰めていた。
(4)
焼肉が終わると次はカラオケ屋だ。
さすがに20人部屋のあるカラオケ屋は少ないだろう……。
「20人くらいならあの店使えるんじゃないか?正志」
「う、うむ使えないことは無いが……」
何か問題のある店なのだろうか?
「半分ずつにわかれたらいいんじゃないの?」
僕がそう言うと、それもそうだなとカラオケ屋に移動し。部屋割をする。
僕と愛莉、神奈と誠、渡辺君と美嘉さん、志水さんと酒井君、竹本君と咲良さんの10人と残りの10人に割り振った。
花山さんと西松君が抗議をするが、却下された。
「言ったろ?二人対渡辺班なんだ」と渡辺君がすんなりいう。
「あまりにも不公平じゃない!?そんなに私たちが怖いの?」と花山さんが言うと、「一々断らないといけない相手の気持ちも考えろ」とカンナが言う。
「それにしてもトーヤよく言った。やっぱり愛莉は幸せ者だよ」
カンナがそう漏らすと美嘉さんも僕を褒める。
「とーやは本当に騎士だよな。ちゃんと淑女の扱いをわきまえてる」
「おいおい、まるで俺がわきまえてないみたいじゃないか美嘉」
「神奈もだぞ、俺だって……」
「誠はわきまえてないだろ」
「そうだな、わきまえてない!」
二人に指摘され落ち込む誠。
本当は単純に二人にするのが怖かっただけかもしれない。愛莉の事は信じている。でも西松君も何をしてくるか分からない。そんな危険な目に愛莉を合わすわけにはいかない。そうでなくても一度会わせているんだから。
「それでもいいんだよ?」
愛莉が僕の顔を覗き込むように見るとそう言った。
「……愛莉は僕の事を他人の心がわかる凄い人って言うけど、愛莉だって読めてるんじゃないのか?」
「私は冬夜君だけしかわからないもん」
そう言って僕の腕にしがみ付く。
「冬夜君と私は一心同体だよ。だからお互いに分かるの。きっと冬夜君が私に対して思ってる事を私も思ってるから気にしないで」
「と、いうと?」
「実を言うと花山さんに冬夜君が口説かれてる時、冬夜君が落ちちゃうんじゃないかって不安になるの。冬夜君を信じてないわけじゃないんだけど……」
なるほど、そういうことか。
「仕方ないさ。それが恋愛ってもんだ」
渡辺君は陶器に入れられた飲み物をくいっと飲みながら言う。
「いつ何があってひび割れてしまうか分からない。だからお互いに大切にするんだろ?お互いに大事に思うんだろ?そういうものだ」
そんな貴重な物なんだな。雑に扱っていた自分を恥ずかしく思う。
「誠は私の事をプラスチック程度にしか思ってないだろうけどな」と神奈が笑う。
「そんなことないぞ、最近はこれでも丁寧に扱っているつもりなんだけど」と誠が言うと「分かってるよ」と神奈が言う。
「正志も優しーぞ。私はどうかわからないけどな……」
美嘉さんがそう言って沈み込んでしまうと「俺は大切にされてる方だと思うけどな」と渡辺君が優しく言えば「そうか」と美嘉さんの笑顔がよみがえる。
「君、よく見ると可愛いね!ねね、彼女いないって言ってたけど私なんでどう?」
「ど、どうって言われても……」
先程まで桐谷君にべったりだった、咲良さんが竹本君に言い寄っている。
「止めるか」
「……そうですね」
渡辺君と誠がそう言うと二人は立ち上がり竹本君達のところに行く。
「ねえ冬夜君?」
「なんだい愛莉」
「私も大切にされてることわかるよ。私も冬夜君の事大切にしてるから」
「知ってるよ」
「だから、冬夜君がイヤって思ったことははっきり言って良いんだよ?言って欲しいな?」
「わかったよ」
「わ~い」
子猫のように膝の上にじゃれつく愛莉。
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