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3rdSEASON
から紅の恋
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(1)
人恋しくて秋深し。
深秋の今日この頃、外も寒くなってきた。
「冬夜君朝だよ」
「今日は学祭の日だろ……パス」
「うぅ……一日くらい行ってみようよ」
「医学部の方で行ったからいいだろ」
「楽しいキャンパスライフって言ったの冬夜君だよ?」
せっかく学校休みなんだし行かなくても……。
「わかった……私だけ行くから離して!」
まずい、愛莉が拗ねてる。
「わかった、僕も行くから」
「ほんとに?」
「うん」
「じゃあ、準備しよっ!」
愛莉がそう言うので、愛莉を抱きしめている腕をほどいてやると愛莉はベッドから抜け出し着替えを始めた。
「冷えて来たね~」といいながら愛莉は下着姿で今日は何を着ていこうかと悩んでいる。
「う~ん、冬夜君はどっちがいいと思う?」
「どっちでも綺麗だよ」なんて言おうものならちゃんと見て!と怒られるので、仕方なくベッドから出ると愛莉の衣装選びに付き合ってやる。
スカートで行くかパンツスタイルで行くかで悩んでいるようだ。高校まではずっとスカートかワンピースしか着ていなかった彼女も、大学に通い始めて、正確に言うと旅行に行って以来スキニーパンツや、ワイドパンツなんかを履くようになった。
スニーカーとかも車に常備している。
赤いスカートを選んでやった。
「んじゃこっちにするね」と、着替え始める愛莉。
僕も着替えないとな。起き上がると適当に服を選び着替える。
着替え終える頃には愛莉は部屋を出ていた。
僕も後を追って部屋を出る。
女性の朝は忙しい。その通りだった。洗面所と僕の部屋を忙しなく往復する愛莉。僕はのんびりとリビングでコーヒーを飲む。
愛莉の準備をしてる間に、スマホを弄る。メッセージグルをのぞくとやっぱり僕と愛莉と志水さん以外は皆休んでる。
来週の土曜日に全集がかかってる。何かあるんだろうか?渡辺君から個人メッセージがきてた。
「例の作戦決行するぞ」
ああ、そろそろそういう時期か。
濃紅葉いろはにほへと、とは言うが、きっと綺麗に濃く赤朽葉していることだろう。
愛莉が部屋から戻ってくる。
愛莉から鍵を預かると。僕たちは家を出た。
(2)
大学に着くと一応は賑わっていた。
食べ物につられると
ぽかっ
とやられるのはお約束。
ライブステージのチケットは買ってないので各文化部の出し物等を見て回るだけだった。
ミスコンはどうやらやはり志水さんに決まったようだ。出来レースだろう……。
一通り回ったところでどうする?って愛莉に聞いていると「片桐君」呼び止められた。
振り返ると木元先輩と大島さんが立っていた。
「君たちも学祭を見に?」
「ええ、一応見ておこうって彼女が言うから」
そう言って愛莉をちらりと見る。愛莉は笑顔を保っている。
「僕達も折角だしと思ってね。滅多に会う機会がないから思い切って誘ってみたんだ」
なるほど、この様子なら作戦決行しなくてもいいんじゃないか?そうも思ったが、まあ念を押す意味もあるのだろう。
「もう見て回ったんですか?」
「うん、これからどうしようかと思ってたところなんだけど」
「良いところありますよ」
「本当か教えてくれると助かるんだけど」
「いいですよ」
僕はそう言うと駐車場に戻り案内した。
喫茶「青い鳥」
僕の馴染みの店。
店に入るとカランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ……今日は二人じゃないんだね?」
酒井君はそう言うと僕達を奥の席に案内した。奥の方が人が少なくて気兼ねなく話せるから。僕達は席につくと「いつもの」と注文する。
「片桐君はアイスにする?ホットにする?」と酒井君が聞いてきたので「ホットで」と答えた。
大島さんと木元先輩もそれぞれ注文する。
「お二人はまだ関係続いてるんですか?」
愛莉の質問はいつも直球だな。
「お陰様でね。気楽にお付き合いさせてもらってるよ」
「よかった~来週が楽しみですね」
愛莉も見ていたんだな。微笑む愛莉に首を傾げる木元先輩。
「それなんだけどさ、どこに行くのかも教えてもらってないんだけど、君たち知らないかい?」
「ああ、それは当日のお楽しみでって事で」
「とてもきれいなところですよ」
僕と愛莉が交互に言うと「そうか」とだけ木元先輩は答えた。
酒井君が注文の品を持ってくる。
その皿の量に驚く木元先輩。
「冬夜君はいつもこうなんですよ」と愛莉がため息を吐くが、嫌ってる節はない。ただ注文をこれ以上増やすと叩かれるので我慢してる。
「片桐君のお蔭でうちも商売繁盛だよ」と酒井君。
「酒井君。志水さんミスコングランプリとれたよ」と愛莉が言うと、酒井君は眉を動かす。
「それがどうかしたんですか?」と興味の無さげな酒井君。
「酒井君。少しは興味もってあげても……」と、あくまで志水さんの味方をする愛莉。
「いや、すごいなあとは思うけど。まあ当然だろうなって思うくらいで……」
「そうだよ、凄いんだよ!そんな凄い人に好かれてるんだよ!」と愛莉が切り込むも、「でも僕には関係ないですから」と軽くあしらわれる愛莉。
「うぅ……」
ちょっと愛莉が可哀そうになってきた。援護してやろうかな。
「酒井君の気持ちも分からないでもないけど、一度くらいつきあってみたらどうだい?それでも合わないならさよならすればいいんだし」
「一度食いついたら絶対に離れないですよあの人?」
「君に幻滅するって場合も考えられるじゃない。それに諦めもつくかもしれないし。もちろん酒井君の気持ちが変わることも」
「酒井君あのクイーンに好かれているのか?すごいなあ」
木元先輩が割り込んできた。
「かずさん。彼にもいろいろ事情があって……」
大島さんが興奮する木元先輩を宥める……ってかずさん!?
ああ、そういう愛称で呼び合う仲になってたんだね?
ますます作戦が楽しみになって来たね。
(3)
作戦決行日。
朝早くに出発した。
狭間インターのそばのコンビニで待ち合わせした。
志水さんと酒井君は車が大きな渡辺君の車に乗ってる。
皆が集合すると、僕、誠、渡辺君、指原さん、石原君、木元先輩、一ノ瀬さんの7台の車が並ぶ。
「じゃ、皆安全運転で。とりあえず九重ICまでいこう。その先のコンビニで一旦集合ということで。
渡辺君が言うと、皆車に乗り込む。僕達も車に乗り込んだ。
先頭をいくのは渡辺君。僕達は最後尾についた。
案の定皆どんどん先を急いで行ったが、気にすることなく景色を楽しみながら先を行く。
FMラジオを聞きながら、のんびりと走っていれば、愛莉が色々話しかけてくれる。
「もう紅葉の季節なんだね~」
「そうだな、行き先もさぞかし綺麗だろうな」
「うん!」
その後も、大学での話、木元先輩の話、学祭の話等話題が尽きることは無い。楽しいドライブとなった。
九重インターで降りると国道に入り少し戻ったところにコンビニはある。車を止めて、降りると開口一番美嘉さんに「おせーぞとーや」と言われた。
「いい意味でマイペースなんだよ」と、神奈が言う。「飛ばすときはすげーぞ」と付け足して。
補給を済ませた後、目的地へと向かう。
途中ダイナミックな断崖に、原生林が広がる、玖珠川の清流が長い年月をかけて作り上げた渓谷美。四季折々の表情が豊かで、秋の紅葉はとりわけ美しい九酔渓を登っていく。
道はうねるように曲がっており、馬力の無い車は遅いがスピードを合わせて車間距離を保つ。
「今日は車さんに無理させちゃだめだよ」
可愛いコドラはそう言って、念を押せば、僕は素直に従い制限速度で走っていく。
若葉マークがまだ取れない僕は、煽りに煽られるが、敢えてルームミラーは見ない。すると無謀な追い越しをかけようとする車もいるが、車間距離を保っている為間に入ることはできない。
やがて、道の途中から、渋滞が始まる。この時期だし仕方がない、それを踏まえて早く出たのだが、のんびりし過ぎたようだ。
「慌てなくても目的地は逃げないから、はい。サンドイッチ♪」
愛莉にサンドイッチを食べさせてもらう。後ろの車から見ればこのバカップルがと思うかもしれないが、今はそれを楽しむ余裕さえある。
途中店があるけど、寄っている暇はない、駐車場はすでに埋まっていた。
長い渋滞を抜けるとやっと目的地にたどり着く。
夢大吊橋に到着だ。
駐車して吊橋の入り口に行くとチケットを買う、往復券を買う。
「じゃあ、ここからは自由行動で向こう側で一度集まろう」
そう言うと各自橋を渡る。
「け、結構高いね」
愛莉は僕にしがみ付いている。そんな愛莉の歩幅に合わせてゆっくり歩く。時折滝などを見つけては写真を撮る愛莉。SNSにでもアップロードするんだろうな。
肝心の大島さん、木元先輩のカップルを探す。
「結構ゆれますね、大丈夫ですか花菜さん」
「私高い所平気だから」
「そうですか……情けない話ですが僕はちょっと苦手で」
「平気ですよ、気にしないで」
立場が逆だと思うがなんとかエスコートしている木元先輩。これならばっちりだろう。
「吊り橋効果作戦」
不安や恐怖を強く感じている時に一緒だった人に対し、恋愛感情を持ちやすくなる効果の事を吊橋理論・吊橋効果と言われている。
カナダの心理学者が吊橋を使って実験した結果を元に提唱した学説であるためそう呼ばれるようになったらしい。
愛莉が撮っているように震動の滝や鳴子川渓谷の原生林が広がりこの時期は紅葉で辺り一面木々が色を染めている。
360度の大パノラマは天空の散歩道と呼ばれるほどの絶景だった。
橋を渡り終えると皆が待っている。愛莉が写真を撮っている為大幅に遅れたようだ。
16人も集まれば集合写真も撮りたくなる。
みなで記念写真を撮ってもらう。
その後戻りながらみなツーショットで写真を撮ったり、景色を楽しむ。
吊橋を渡り終えると、皆がどうする?と相談する。その間にソフトクリームを買って食べれば、愛莉にぽかっとやられるのはお約束。
皆で行動するか、それとも解散するか。
最初の問題はそこにあった。16人もの大所帯で行動できるものなのか?それとも解散して各々好きに行動するべきか。
今日の課題は見事にクリアした。腕を組む微笑ましいカップルが一組出来ている。もう二人でも大丈夫だろう。
「みんなはこれからしたいことあるの?」
僕は質問していた。ちなみに僕はある。とりあえずお腹空いた。
「特にないんだよね~」
指原さんが言う。
「みんなで行動すればいいんじゃない?」と江口さんは言う。特に反対する理由もなかったので従った。
「みんなで行動するとしてどこに行くかだな」と渡辺君が考える。それなら僕に提案がある。
「飯田高原の方に抜けてみない?結構景色いいし」
「トーヤにしては珍しくまともな回答だな……何か魂胆があるんだろうけど」
それは偏見だよカンナ。
「大丈夫、冬夜君の目的はその先にあるハンバーグ屋さんだから。誤魔化されないんだからね」
「ピ、ピザも美味しいんだよ」
「結局食い物かよ……」
カンナが呆れた顔で言った。
「まあ、腹も減って来たしそれでいいと思うが皆はどうだ?」
渡辺君が言うと皆が頷いた。
店に着くとさすがに16人が一斉に座るのは無理があるので何組かに分れた。
僕のテーブルにはカンナと誠が座っている。
「ハンバーグセットとピザを……あとコーヒーとジュース……」
「私ウーロン茶だけでいいです」
「愛莉は食べないのか?具合悪いのか?」
「冬夜君からピザ分けてもらうからそれでいい」
「愛莉ピザ食べたいなら注文したらいいじゃないか?残ったら僕が食べてあげるから……」
ぽかっ
「一緒に食べようね」
大島さんと木元先輩は渡辺君たちと一緒に座っている。楽しそうに話をしていた。
そして当然の様に一緒に座ってる江口さんと石原君、志水さんと酒井君。
「ミスコンでグランプリとれたんですって?おめでとう」
「ありがとう、と言いたいところだけどなぜか空しいだけなの。私が欲しいのは名声なんかじゃない、もっとちっぽけな存在。それはなかなか靡いてくれない」
「必要なら調教してあげるわよ?」
「……お願いするかもしれないわね」
この頃志水さんが、やけに弱気だ。確かに可哀そうに思えてきた。
次の渡辺班の課題になるのかな?江口さんも協力的になってきたし。
だけど、酒井君が望んでない以上それはただの押し付けなんじゃないか?嫌がってるのに無理やりくっつけるのは何か違う気がする。
食わず嫌いは駄目だと言っては見たが、望んでもないものを食べさせたって美味しいと思うはずがない。
となると、まずは興味をそそるような香辛料が志水さんには必要なんじゃないだろうか?
酒井君にも変わる勇気が必要だと思うけど、志水さんを美味しそうだと思わせる何かが必要なんだと思う。それが何なのかは分からない。
なにせクイーンと言われる志水さんにすら興味を示さないほどこじらせているのだから。
「あ、ソフトクリームください」
他のみんなは上手くいってる。僕たちの目の前には問題だらけの日々。
愛莉と頭を寄せ合って考えてはいる。少しずつって言い聞かせて願い事を叶えていこうって。
「おい、トーヤ。また一人で世界にはいってるぞ」
カンナに言われてハッと気づいた。
「あ、ごめんつい……」
「何を考えていたの?」
愛莉が聞いてくる。
「たいしたことじゃないよ。志水さんと酒井君どうなるんだろう?って……」
「まあ、男としては最高のシチュエーションなんだけどな。酒井君自身の問題だろうな」
誠も僕と同じ考えを持っていたようだ。あの二人にはつり橋効果すら期待できなかった。
「押しても駄目なら引いてみるって手もあるけどな」
誠は食後のコーヒーを啜りながら答えた。
「それは無理だよ。志水さんきっと我慢できないと思う」
愛莉が言う。多分毎日青い鳥に足を運んで酒井君を見て帰る。それだけでもだいぶ抑えているんだろう。
「クリスマスに何か仕掛けてみるのもいいかもしれないね」
愛莉が提案する。それまでに酒井君の心のドアも開かせておく必要もあるけど。
「そろそろ行こうか?」
渡辺君が言うと皆がぞろぞろと会計を済ませていく。
店の外に出ると「さて、どうする?」と渡辺君が皆に聞いていた。
明日も休みだ。特に早く帰る必要もない。
「地元まで戻っていつもの店に集まるか?」
渡辺君が言うと皆僕と同じ考えだったらしく、誰も反対する者はいなかった。
「じゃ、地元まで帰るぞ」
そう言うと先頭には渡辺君たち、最後尾に僕たちが着き並んで帰って行った。
(3)
疑問に思う。
どうして僕と志水さんがワンセットになっているんだろう?
誰も止めてくれない。僕以外皆敵なんだろうか?
僕と志水さんをカップリングさせようとする意志は感じた。
そして自分を不思議に思う、それを嫌う自分が溶けて消えていくのを……。
しかし僕は今振られたばかりの傷心状態。そんな状態の自分を信じるわけにはいかない。
きっとどうかしてるんだ僕は。そう思い込むことにした。
だけど、少し志水さんを気の毒に思う自分もいる。
半面彼女がミス地元大学になったという重荷を感じる僕もいる。親衛隊なるサークルも出来上がる始末。
彼女と付き合うリスクに見合ったメリットが欲しい。
それは愛?
そんなチープな言葉なんかじゃない。
もっと真実味を帯びた何か。
言っておくけど愛を馬鹿にしてるわけじゃない、片桐君たちを見ると愛情というものを信じて見たくもある。
しかし志水さんのそれは狂気という二文字にしか思えない。
女性目線で見るとそれはひたむきな恋心になるらしいけど僕には凶行という二文字に化けて見えてしまう。
宣戦布告を受けた割には何もしてこない彼女。彼女なりに何か企んでいるのだろうか?
「今日は楽しかったわ。ありがとうね、渡辺君」
志水さんから「ありがとう」の言葉が放たれるとはおもわなかった。
「楽しかったならよかったよ。ところで酒井君とはどうだい?」
渡辺君が余計な事を聞く。すると彼女のトーンが落ちる。
「上手くいってるとは言い難いわね。悔しいけど」
「そうか、酒井的にはどうなんだ?志水さんに不満があるのか?」
渡辺君がまた、逃げ道の無い質問を投げかけてきた。
「不満は無いけど、だからといって満足してるとも言い難いですよね」
そもそも興味がない。平穏な時間が欲しい。そう思ってるだけなのに、どうしてこのグループは無理矢理カップリングさせようとするんだろうか?
答えは分かっている、「彼女と共に過ごす楽しい青春生活を」という一般的な価値観をおしつけてるだけにすぎない。だけど僕には必要のないものだということに気づいてくれない。
しかしそれを煩わしいと思ったことは一度もない。思うならとうの昔にこのグループを抜けている。
自分が何を求めているのか分からなくなる時がたまにある。意固地になっているだけなんだろうか?
「酒井!一度付き合ってみたらどうだ!?どうせ今フリーなんだろ?」
何度も失敗してズタボロになる様をみたいんですか?
あなた達の力をもってしてもどうにもならない事ってあるんですよ。
「一度振られたからっていつまでもくよくよしてたって仕方ないぞ!男ならガンガン攻めていかないと!」
無茶苦茶ノリで言ってますね?久世さん。その度に傷つく僕を気づかってはくれないんですか?
「いいのよ、美嘉さん。自分の力で振り向かせて見せるから」
健気な乙女を演じる志水さん。だけど僕を見る目はこれから獲物をどういたぶろうかというそれだった。見なかったことにしよう。
きっと弄ぶだけ弄んで飽きたらぽいっ。そんな腹積もりなんだろう。そんな彼女の悪戯に付き合ってる暇はない。暇だけど。
自分の領域はしっかり守りたい、だけどこのグループの居心地も捨てがたい。そんな相反する感情に僕は戸惑っていた。
「酒井、志水さんの何が気に入らないんだ?」
渡辺君がルームミラー越しに僕を見て尋ねる。気に入らない事なんかこれっぽっちもない。敢えて挙げるとしたらその彼女の視線に怯えているだけ。なんてことは死んでも言えない。
僕は志水さんを見る。志水さんと目が合う。志水さんも渡辺君の質問の答えが気になるようだ。興味津々に僕を見ている。
こういう時は一ノ瀬さんを理由にしよう。そうすれば丸く収まる。そう思った。
「気に入らないところなんてないですよ。ただ一ノ瀬さんとの一件もあって今は恋愛する気になれないんです」
こういえば取りあえずは放っておいてくれるだろう。まだ渡辺班を侮っていたようだ、
「だったら付き合えばいいじゃないか?失恋の傷を癒すには新しい恋が良いというじゃないか!」
それは暴論ですよ、渡辺君、否定はしませんけどね。ただ一つ問題があるとすれば、僕は確かに彼女に不満をもったことはないけど、彼女に恋をする要素も0なんですよ。
「好きになるかなんてそんなの些細なきっかけでどうなるか分からないんだ。とりあえず交際してみるのもありだと思うぞ。多田君が言ってたぞ「好きになるのに理由がいるかい?」って」
お言葉ですけどね、渡辺君。好きになるのに理由は必要じゃないかもしれないけど、好きにならなきゃいけない理由もないんですよ。
「ああ!もうじれったい!今日から二人付き合え!これはもう命令だ!拒めば絞める!」
うわあ、凄い暴論だ。なんか志水さんの思惑通りに事が運んでる気がするんですけど。
まあ、付き合ってることにしておいて何もしなければいいか。
その時はそう思ってた。これが致命的なミスだった。
(4)
「二組のカップルの成立を祝福して乾杯!!」
渡辺君がそういうと宴が始まった。
祝福されている気分は悪くない。
でも祝福されてるのは二組?
皆が疑問に思った。
「ああ、えーと。ありがとうございます」
酒井君がそういうとみんな納得してた。ああ、ついに交際する決意がついたんだなって。
「今日は代行頼むからゆっくり楽しもう」
かずはそういうと飲み始めた。
私も飲む。
祝杯って本当においしいんだね。
「今日はお疲れ様でした」
「いえ、私の方こそ楽しかったです。ありがとうございました」
「その言葉が何よりもうれしいよ」
そうして宴は時間を過ぎて行った。
「明日は休みだ、朝まで騒ぐぞ」
神奈ちゃんのテンションがめっちゃ上がってる。
「そうこなくちゃな!私も付き合うぞ!」
「美嘉は明日仕事だろ。早く寝るぞ!」
「何だよ正志。最近冷たいぞ!」
「神奈もだ!俺明日部活があるんだよ!」
「……まあ、美嘉がいないならつまんねーしいいや」
美嘉ちゃんと神奈ちゃん、それぞれのパートナーに諫められて大人しく引き下がる。
その代わり、酒井君の弄られ方が物凄かった。
「酒井もやっと腹くくったか!」
「いや、嵌められた気分ですね」
「いつまでもぐじぐじ言うな。いい加減腹決めろ!」
なるほど、強引にくっつけられたんだね。
でもそういうのも悪くないと思う。
こんな幸せな気分になれる日がいつかきっと来ると思うから。
自分に自信がないからあきらめるとかそういうのは無しにしよう。新しい自分を見つけてみよう。
かずのグラスが空になると新しく注文を取る私。
その時に急いで自分のグラスも空にする。
それがいけなかった。
足下がふらつく私。
みっともない私をかずに見られてしまった。幻滅されないかな?
でもかずは私を支えてくれる。
「そろそろ締めにしようか」
渡辺君がそう言うと宴は終わった。
タクシーに待ってもらい、部屋まで彼に連れられる。
「上がって行ってもいいよ」
部屋はきれいにしてある、誰に入られても恥ずかしくはない。
でも、かずは断った。
「まだそんな段階じゃないと思うから」
酔ってた勢いがあったのかもしれない。自分でも信じられない行動に出ていた。
かずと口づけを交わす。酔っていない時にしたかった……。
「それじゃ、おやすみ」
かずはそう言って部屋を出て行った。
「おやすみ、好きだよ」
そうかずにメッセージを送っていた。
「僕も好きだよ」
かずから打ち明けられた初めての言葉。私は浮かれていた。心地よい気分に酔いしれてそのまま眠りについていた。
(5)
「びっくりしたね」
愛莉がそう言うと僕は「そうだな」と相槌を打つ。
まさか、酒井君と志水さんまでくっつけちゃうとはね。もっと時間がかかるものだと思っていたけど。
「作戦、成功してよかったな」
僕がそういうと愛莉も満足気に頷いていた。
「ちょっとイメージした感じと違うけど結果オーライってことだよね」
「確かにそうだな」
雰囲気から察するに帰りの車の中で何かがあったんだろう。それは酒井君にとっていい事でもないかもしれないけど。
その証拠に酒井君は本心から喜んでるそぶりは見せなかった。
多分美嘉さん辺りに強引にくっつけられたんだろうな。
それが良かったのか悪かったのかは僕にもわからない。
ただ変化に向き合うことは大事だと思う。
いつまでも気にしていても仕方がない。
やれることをやるだけ。出来る事をするだけ。それがいつか報われると信じて。
トンネルを抜けると明かりが差すようにきっと長いトンネルを抜ける時は来るから。
時間も遅い、余り車が混むこともない。
橋を渡ると、右折し町の中を抜ける。
さらに細い道に入ると外灯もなく車の通りもさらに少なくなり、自分の車のヘッドライトの明かりだけになる。
家に着くとバックで駐車してエンジンを止める。
「愛莉着いたよ」
助手席に座った小さなコドラは「うん」と頷いて車を降りる。
一緒に家に入ると「ただいま」と言って部屋に入る。
「先に入っておいで」と僕が言うと愛莉は着替えを持って部屋を出る。
その間に自分の着替えも用意してテレビをつける。
暫く一人でのんびりしていると、愛莉が戻ってくる。それを見て僕は風呂場に向かう。
体を洗って湯船に浸かれば、全身の筋肉がほぐれる。
暫く浸って風呂を出てタオルで全身を拭くと服を着る。
部屋に戻ると愛莉がテーブルに突っ伏して寝ている。
「そんなところで寝ていたら風邪を引くよ?」と言うと、愛莉は「じゃあ、冬夜君にくっ付いてる~冬夜君あったかいもん」と抱きついてくる。
「分かったからベッドに行こう?」と言い、テレビを消して愛莉をベッドに誘導する。
自分もベッドに入ると明かりを消して眠りにつく。
愛莉の柔らかな感触を全身で受けながら、その温かさを感じながら。
僕がいて愛莉がいてそれだけで十分かな。
言葉がもし、もし紡げるなら、一緒に飛ばそう。
昨日までをちゃんと愛して、見たことのない景色を見よう。
人恋しくて秋深し。
深秋の今日この頃、外も寒くなってきた。
「冬夜君朝だよ」
「今日は学祭の日だろ……パス」
「うぅ……一日くらい行ってみようよ」
「医学部の方で行ったからいいだろ」
「楽しいキャンパスライフって言ったの冬夜君だよ?」
せっかく学校休みなんだし行かなくても……。
「わかった……私だけ行くから離して!」
まずい、愛莉が拗ねてる。
「わかった、僕も行くから」
「ほんとに?」
「うん」
「じゃあ、準備しよっ!」
愛莉がそう言うので、愛莉を抱きしめている腕をほどいてやると愛莉はベッドから抜け出し着替えを始めた。
「冷えて来たね~」といいながら愛莉は下着姿で今日は何を着ていこうかと悩んでいる。
「う~ん、冬夜君はどっちがいいと思う?」
「どっちでも綺麗だよ」なんて言おうものならちゃんと見て!と怒られるので、仕方なくベッドから出ると愛莉の衣装選びに付き合ってやる。
スカートで行くかパンツスタイルで行くかで悩んでいるようだ。高校まではずっとスカートかワンピースしか着ていなかった彼女も、大学に通い始めて、正確に言うと旅行に行って以来スキニーパンツや、ワイドパンツなんかを履くようになった。
スニーカーとかも車に常備している。
赤いスカートを選んでやった。
「んじゃこっちにするね」と、着替え始める愛莉。
僕も着替えないとな。起き上がると適当に服を選び着替える。
着替え終える頃には愛莉は部屋を出ていた。
僕も後を追って部屋を出る。
女性の朝は忙しい。その通りだった。洗面所と僕の部屋を忙しなく往復する愛莉。僕はのんびりとリビングでコーヒーを飲む。
愛莉の準備をしてる間に、スマホを弄る。メッセージグルをのぞくとやっぱり僕と愛莉と志水さん以外は皆休んでる。
来週の土曜日に全集がかかってる。何かあるんだろうか?渡辺君から個人メッセージがきてた。
「例の作戦決行するぞ」
ああ、そろそろそういう時期か。
濃紅葉いろはにほへと、とは言うが、きっと綺麗に濃く赤朽葉していることだろう。
愛莉が部屋から戻ってくる。
愛莉から鍵を預かると。僕たちは家を出た。
(2)
大学に着くと一応は賑わっていた。
食べ物につられると
ぽかっ
とやられるのはお約束。
ライブステージのチケットは買ってないので各文化部の出し物等を見て回るだけだった。
ミスコンはどうやらやはり志水さんに決まったようだ。出来レースだろう……。
一通り回ったところでどうする?って愛莉に聞いていると「片桐君」呼び止められた。
振り返ると木元先輩と大島さんが立っていた。
「君たちも学祭を見に?」
「ええ、一応見ておこうって彼女が言うから」
そう言って愛莉をちらりと見る。愛莉は笑顔を保っている。
「僕達も折角だしと思ってね。滅多に会う機会がないから思い切って誘ってみたんだ」
なるほど、この様子なら作戦決行しなくてもいいんじゃないか?そうも思ったが、まあ念を押す意味もあるのだろう。
「もう見て回ったんですか?」
「うん、これからどうしようかと思ってたところなんだけど」
「良いところありますよ」
「本当か教えてくれると助かるんだけど」
「いいですよ」
僕はそう言うと駐車場に戻り案内した。
喫茶「青い鳥」
僕の馴染みの店。
店に入るとカランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ……今日は二人じゃないんだね?」
酒井君はそう言うと僕達を奥の席に案内した。奥の方が人が少なくて気兼ねなく話せるから。僕達は席につくと「いつもの」と注文する。
「片桐君はアイスにする?ホットにする?」と酒井君が聞いてきたので「ホットで」と答えた。
大島さんと木元先輩もそれぞれ注文する。
「お二人はまだ関係続いてるんですか?」
愛莉の質問はいつも直球だな。
「お陰様でね。気楽にお付き合いさせてもらってるよ」
「よかった~来週が楽しみですね」
愛莉も見ていたんだな。微笑む愛莉に首を傾げる木元先輩。
「それなんだけどさ、どこに行くのかも教えてもらってないんだけど、君たち知らないかい?」
「ああ、それは当日のお楽しみでって事で」
「とてもきれいなところですよ」
僕と愛莉が交互に言うと「そうか」とだけ木元先輩は答えた。
酒井君が注文の品を持ってくる。
その皿の量に驚く木元先輩。
「冬夜君はいつもこうなんですよ」と愛莉がため息を吐くが、嫌ってる節はない。ただ注文をこれ以上増やすと叩かれるので我慢してる。
「片桐君のお蔭でうちも商売繁盛だよ」と酒井君。
「酒井君。志水さんミスコングランプリとれたよ」と愛莉が言うと、酒井君は眉を動かす。
「それがどうかしたんですか?」と興味の無さげな酒井君。
「酒井君。少しは興味もってあげても……」と、あくまで志水さんの味方をする愛莉。
「いや、すごいなあとは思うけど。まあ当然だろうなって思うくらいで……」
「そうだよ、凄いんだよ!そんな凄い人に好かれてるんだよ!」と愛莉が切り込むも、「でも僕には関係ないですから」と軽くあしらわれる愛莉。
「うぅ……」
ちょっと愛莉が可哀そうになってきた。援護してやろうかな。
「酒井君の気持ちも分からないでもないけど、一度くらいつきあってみたらどうだい?それでも合わないならさよならすればいいんだし」
「一度食いついたら絶対に離れないですよあの人?」
「君に幻滅するって場合も考えられるじゃない。それに諦めもつくかもしれないし。もちろん酒井君の気持ちが変わることも」
「酒井君あのクイーンに好かれているのか?すごいなあ」
木元先輩が割り込んできた。
「かずさん。彼にもいろいろ事情があって……」
大島さんが興奮する木元先輩を宥める……ってかずさん!?
ああ、そういう愛称で呼び合う仲になってたんだね?
ますます作戦が楽しみになって来たね。
(3)
作戦決行日。
朝早くに出発した。
狭間インターのそばのコンビニで待ち合わせした。
志水さんと酒井君は車が大きな渡辺君の車に乗ってる。
皆が集合すると、僕、誠、渡辺君、指原さん、石原君、木元先輩、一ノ瀬さんの7台の車が並ぶ。
「じゃ、皆安全運転で。とりあえず九重ICまでいこう。その先のコンビニで一旦集合ということで。
渡辺君が言うと、皆車に乗り込む。僕達も車に乗り込んだ。
先頭をいくのは渡辺君。僕達は最後尾についた。
案の定皆どんどん先を急いで行ったが、気にすることなく景色を楽しみながら先を行く。
FMラジオを聞きながら、のんびりと走っていれば、愛莉が色々話しかけてくれる。
「もう紅葉の季節なんだね~」
「そうだな、行き先もさぞかし綺麗だろうな」
「うん!」
その後も、大学での話、木元先輩の話、学祭の話等話題が尽きることは無い。楽しいドライブとなった。
九重インターで降りると国道に入り少し戻ったところにコンビニはある。車を止めて、降りると開口一番美嘉さんに「おせーぞとーや」と言われた。
「いい意味でマイペースなんだよ」と、神奈が言う。「飛ばすときはすげーぞ」と付け足して。
補給を済ませた後、目的地へと向かう。
途中ダイナミックな断崖に、原生林が広がる、玖珠川の清流が長い年月をかけて作り上げた渓谷美。四季折々の表情が豊かで、秋の紅葉はとりわけ美しい九酔渓を登っていく。
道はうねるように曲がっており、馬力の無い車は遅いがスピードを合わせて車間距離を保つ。
「今日は車さんに無理させちゃだめだよ」
可愛いコドラはそう言って、念を押せば、僕は素直に従い制限速度で走っていく。
若葉マークがまだ取れない僕は、煽りに煽られるが、敢えてルームミラーは見ない。すると無謀な追い越しをかけようとする車もいるが、車間距離を保っている為間に入ることはできない。
やがて、道の途中から、渋滞が始まる。この時期だし仕方がない、それを踏まえて早く出たのだが、のんびりし過ぎたようだ。
「慌てなくても目的地は逃げないから、はい。サンドイッチ♪」
愛莉にサンドイッチを食べさせてもらう。後ろの車から見ればこのバカップルがと思うかもしれないが、今はそれを楽しむ余裕さえある。
途中店があるけど、寄っている暇はない、駐車場はすでに埋まっていた。
長い渋滞を抜けるとやっと目的地にたどり着く。
夢大吊橋に到着だ。
駐車して吊橋の入り口に行くとチケットを買う、往復券を買う。
「じゃあ、ここからは自由行動で向こう側で一度集まろう」
そう言うと各自橋を渡る。
「け、結構高いね」
愛莉は僕にしがみ付いている。そんな愛莉の歩幅に合わせてゆっくり歩く。時折滝などを見つけては写真を撮る愛莉。SNSにでもアップロードするんだろうな。
肝心の大島さん、木元先輩のカップルを探す。
「結構ゆれますね、大丈夫ですか花菜さん」
「私高い所平気だから」
「そうですか……情けない話ですが僕はちょっと苦手で」
「平気ですよ、気にしないで」
立場が逆だと思うがなんとかエスコートしている木元先輩。これならばっちりだろう。
「吊り橋効果作戦」
不安や恐怖を強く感じている時に一緒だった人に対し、恋愛感情を持ちやすくなる効果の事を吊橋理論・吊橋効果と言われている。
カナダの心理学者が吊橋を使って実験した結果を元に提唱した学説であるためそう呼ばれるようになったらしい。
愛莉が撮っているように震動の滝や鳴子川渓谷の原生林が広がりこの時期は紅葉で辺り一面木々が色を染めている。
360度の大パノラマは天空の散歩道と呼ばれるほどの絶景だった。
橋を渡り終えると皆が待っている。愛莉が写真を撮っている為大幅に遅れたようだ。
16人も集まれば集合写真も撮りたくなる。
みなで記念写真を撮ってもらう。
その後戻りながらみなツーショットで写真を撮ったり、景色を楽しむ。
吊橋を渡り終えると、皆がどうする?と相談する。その間にソフトクリームを買って食べれば、愛莉にぽかっとやられるのはお約束。
皆で行動するか、それとも解散するか。
最初の問題はそこにあった。16人もの大所帯で行動できるものなのか?それとも解散して各々好きに行動するべきか。
今日の課題は見事にクリアした。腕を組む微笑ましいカップルが一組出来ている。もう二人でも大丈夫だろう。
「みんなはこれからしたいことあるの?」
僕は質問していた。ちなみに僕はある。とりあえずお腹空いた。
「特にないんだよね~」
指原さんが言う。
「みんなで行動すればいいんじゃない?」と江口さんは言う。特に反対する理由もなかったので従った。
「みんなで行動するとしてどこに行くかだな」と渡辺君が考える。それなら僕に提案がある。
「飯田高原の方に抜けてみない?結構景色いいし」
「トーヤにしては珍しくまともな回答だな……何か魂胆があるんだろうけど」
それは偏見だよカンナ。
「大丈夫、冬夜君の目的はその先にあるハンバーグ屋さんだから。誤魔化されないんだからね」
「ピ、ピザも美味しいんだよ」
「結局食い物かよ……」
カンナが呆れた顔で言った。
「まあ、腹も減って来たしそれでいいと思うが皆はどうだ?」
渡辺君が言うと皆が頷いた。
店に着くとさすがに16人が一斉に座るのは無理があるので何組かに分れた。
僕のテーブルにはカンナと誠が座っている。
「ハンバーグセットとピザを……あとコーヒーとジュース……」
「私ウーロン茶だけでいいです」
「愛莉は食べないのか?具合悪いのか?」
「冬夜君からピザ分けてもらうからそれでいい」
「愛莉ピザ食べたいなら注文したらいいじゃないか?残ったら僕が食べてあげるから……」
ぽかっ
「一緒に食べようね」
大島さんと木元先輩は渡辺君たちと一緒に座っている。楽しそうに話をしていた。
そして当然の様に一緒に座ってる江口さんと石原君、志水さんと酒井君。
「ミスコンでグランプリとれたんですって?おめでとう」
「ありがとう、と言いたいところだけどなぜか空しいだけなの。私が欲しいのは名声なんかじゃない、もっとちっぽけな存在。それはなかなか靡いてくれない」
「必要なら調教してあげるわよ?」
「……お願いするかもしれないわね」
この頃志水さんが、やけに弱気だ。確かに可哀そうに思えてきた。
次の渡辺班の課題になるのかな?江口さんも協力的になってきたし。
だけど、酒井君が望んでない以上それはただの押し付けなんじゃないか?嫌がってるのに無理やりくっつけるのは何か違う気がする。
食わず嫌いは駄目だと言っては見たが、望んでもないものを食べさせたって美味しいと思うはずがない。
となると、まずは興味をそそるような香辛料が志水さんには必要なんじゃないだろうか?
酒井君にも変わる勇気が必要だと思うけど、志水さんを美味しそうだと思わせる何かが必要なんだと思う。それが何なのかは分からない。
なにせクイーンと言われる志水さんにすら興味を示さないほどこじらせているのだから。
「あ、ソフトクリームください」
他のみんなは上手くいってる。僕たちの目の前には問題だらけの日々。
愛莉と頭を寄せ合って考えてはいる。少しずつって言い聞かせて願い事を叶えていこうって。
「おい、トーヤ。また一人で世界にはいってるぞ」
カンナに言われてハッと気づいた。
「あ、ごめんつい……」
「何を考えていたの?」
愛莉が聞いてくる。
「たいしたことじゃないよ。志水さんと酒井君どうなるんだろう?って……」
「まあ、男としては最高のシチュエーションなんだけどな。酒井君自身の問題だろうな」
誠も僕と同じ考えを持っていたようだ。あの二人にはつり橋効果すら期待できなかった。
「押しても駄目なら引いてみるって手もあるけどな」
誠は食後のコーヒーを啜りながら答えた。
「それは無理だよ。志水さんきっと我慢できないと思う」
愛莉が言う。多分毎日青い鳥に足を運んで酒井君を見て帰る。それだけでもだいぶ抑えているんだろう。
「クリスマスに何か仕掛けてみるのもいいかもしれないね」
愛莉が提案する。それまでに酒井君の心のドアも開かせておく必要もあるけど。
「そろそろ行こうか?」
渡辺君が言うと皆がぞろぞろと会計を済ませていく。
店の外に出ると「さて、どうする?」と渡辺君が皆に聞いていた。
明日も休みだ。特に早く帰る必要もない。
「地元まで戻っていつもの店に集まるか?」
渡辺君が言うと皆僕と同じ考えだったらしく、誰も反対する者はいなかった。
「じゃ、地元まで帰るぞ」
そう言うと先頭には渡辺君たち、最後尾に僕たちが着き並んで帰って行った。
(3)
疑問に思う。
どうして僕と志水さんがワンセットになっているんだろう?
誰も止めてくれない。僕以外皆敵なんだろうか?
僕と志水さんをカップリングさせようとする意志は感じた。
そして自分を不思議に思う、それを嫌う自分が溶けて消えていくのを……。
しかし僕は今振られたばかりの傷心状態。そんな状態の自分を信じるわけにはいかない。
きっとどうかしてるんだ僕は。そう思い込むことにした。
だけど、少し志水さんを気の毒に思う自分もいる。
半面彼女がミス地元大学になったという重荷を感じる僕もいる。親衛隊なるサークルも出来上がる始末。
彼女と付き合うリスクに見合ったメリットが欲しい。
それは愛?
そんなチープな言葉なんかじゃない。
もっと真実味を帯びた何か。
言っておくけど愛を馬鹿にしてるわけじゃない、片桐君たちを見ると愛情というものを信じて見たくもある。
しかし志水さんのそれは狂気という二文字にしか思えない。
女性目線で見るとそれはひたむきな恋心になるらしいけど僕には凶行という二文字に化けて見えてしまう。
宣戦布告を受けた割には何もしてこない彼女。彼女なりに何か企んでいるのだろうか?
「今日は楽しかったわ。ありがとうね、渡辺君」
志水さんから「ありがとう」の言葉が放たれるとはおもわなかった。
「楽しかったならよかったよ。ところで酒井君とはどうだい?」
渡辺君が余計な事を聞く。すると彼女のトーンが落ちる。
「上手くいってるとは言い難いわね。悔しいけど」
「そうか、酒井的にはどうなんだ?志水さんに不満があるのか?」
渡辺君がまた、逃げ道の無い質問を投げかけてきた。
「不満は無いけど、だからといって満足してるとも言い難いですよね」
そもそも興味がない。平穏な時間が欲しい。そう思ってるだけなのに、どうしてこのグループは無理矢理カップリングさせようとするんだろうか?
答えは分かっている、「彼女と共に過ごす楽しい青春生活を」という一般的な価値観をおしつけてるだけにすぎない。だけど僕には必要のないものだということに気づいてくれない。
しかしそれを煩わしいと思ったことは一度もない。思うならとうの昔にこのグループを抜けている。
自分が何を求めているのか分からなくなる時がたまにある。意固地になっているだけなんだろうか?
「酒井!一度付き合ってみたらどうだ!?どうせ今フリーなんだろ?」
何度も失敗してズタボロになる様をみたいんですか?
あなた達の力をもってしてもどうにもならない事ってあるんですよ。
「一度振られたからっていつまでもくよくよしてたって仕方ないぞ!男ならガンガン攻めていかないと!」
無茶苦茶ノリで言ってますね?久世さん。その度に傷つく僕を気づかってはくれないんですか?
「いいのよ、美嘉さん。自分の力で振り向かせて見せるから」
健気な乙女を演じる志水さん。だけど僕を見る目はこれから獲物をどういたぶろうかというそれだった。見なかったことにしよう。
きっと弄ぶだけ弄んで飽きたらぽいっ。そんな腹積もりなんだろう。そんな彼女の悪戯に付き合ってる暇はない。暇だけど。
自分の領域はしっかり守りたい、だけどこのグループの居心地も捨てがたい。そんな相反する感情に僕は戸惑っていた。
「酒井、志水さんの何が気に入らないんだ?」
渡辺君がルームミラー越しに僕を見て尋ねる。気に入らない事なんかこれっぽっちもない。敢えて挙げるとしたらその彼女の視線に怯えているだけ。なんてことは死んでも言えない。
僕は志水さんを見る。志水さんと目が合う。志水さんも渡辺君の質問の答えが気になるようだ。興味津々に僕を見ている。
こういう時は一ノ瀬さんを理由にしよう。そうすれば丸く収まる。そう思った。
「気に入らないところなんてないですよ。ただ一ノ瀬さんとの一件もあって今は恋愛する気になれないんです」
こういえば取りあえずは放っておいてくれるだろう。まだ渡辺班を侮っていたようだ、
「だったら付き合えばいいじゃないか?失恋の傷を癒すには新しい恋が良いというじゃないか!」
それは暴論ですよ、渡辺君、否定はしませんけどね。ただ一つ問題があるとすれば、僕は確かに彼女に不満をもったことはないけど、彼女に恋をする要素も0なんですよ。
「好きになるかなんてそんなの些細なきっかけでどうなるか分からないんだ。とりあえず交際してみるのもありだと思うぞ。多田君が言ってたぞ「好きになるのに理由がいるかい?」って」
お言葉ですけどね、渡辺君。好きになるのに理由は必要じゃないかもしれないけど、好きにならなきゃいけない理由もないんですよ。
「ああ!もうじれったい!今日から二人付き合え!これはもう命令だ!拒めば絞める!」
うわあ、凄い暴論だ。なんか志水さんの思惑通りに事が運んでる気がするんですけど。
まあ、付き合ってることにしておいて何もしなければいいか。
その時はそう思ってた。これが致命的なミスだった。
(4)
「二組のカップルの成立を祝福して乾杯!!」
渡辺君がそういうと宴が始まった。
祝福されている気分は悪くない。
でも祝福されてるのは二組?
皆が疑問に思った。
「ああ、えーと。ありがとうございます」
酒井君がそういうとみんな納得してた。ああ、ついに交際する決意がついたんだなって。
「今日は代行頼むからゆっくり楽しもう」
かずはそういうと飲み始めた。
私も飲む。
祝杯って本当においしいんだね。
「今日はお疲れ様でした」
「いえ、私の方こそ楽しかったです。ありがとうございました」
「その言葉が何よりもうれしいよ」
そうして宴は時間を過ぎて行った。
「明日は休みだ、朝まで騒ぐぞ」
神奈ちゃんのテンションがめっちゃ上がってる。
「そうこなくちゃな!私も付き合うぞ!」
「美嘉は明日仕事だろ。早く寝るぞ!」
「何だよ正志。最近冷たいぞ!」
「神奈もだ!俺明日部活があるんだよ!」
「……まあ、美嘉がいないならつまんねーしいいや」
美嘉ちゃんと神奈ちゃん、それぞれのパートナーに諫められて大人しく引き下がる。
その代わり、酒井君の弄られ方が物凄かった。
「酒井もやっと腹くくったか!」
「いや、嵌められた気分ですね」
「いつまでもぐじぐじ言うな。いい加減腹決めろ!」
なるほど、強引にくっつけられたんだね。
でもそういうのも悪くないと思う。
こんな幸せな気分になれる日がいつかきっと来ると思うから。
自分に自信がないからあきらめるとかそういうのは無しにしよう。新しい自分を見つけてみよう。
かずのグラスが空になると新しく注文を取る私。
その時に急いで自分のグラスも空にする。
それがいけなかった。
足下がふらつく私。
みっともない私をかずに見られてしまった。幻滅されないかな?
でもかずは私を支えてくれる。
「そろそろ締めにしようか」
渡辺君がそう言うと宴は終わった。
タクシーに待ってもらい、部屋まで彼に連れられる。
「上がって行ってもいいよ」
部屋はきれいにしてある、誰に入られても恥ずかしくはない。
でも、かずは断った。
「まだそんな段階じゃないと思うから」
酔ってた勢いがあったのかもしれない。自分でも信じられない行動に出ていた。
かずと口づけを交わす。酔っていない時にしたかった……。
「それじゃ、おやすみ」
かずはそう言って部屋を出て行った。
「おやすみ、好きだよ」
そうかずにメッセージを送っていた。
「僕も好きだよ」
かずから打ち明けられた初めての言葉。私は浮かれていた。心地よい気分に酔いしれてそのまま眠りについていた。
(5)
「びっくりしたね」
愛莉がそう言うと僕は「そうだな」と相槌を打つ。
まさか、酒井君と志水さんまでくっつけちゃうとはね。もっと時間がかかるものだと思っていたけど。
「作戦、成功してよかったな」
僕がそういうと愛莉も満足気に頷いていた。
「ちょっとイメージした感じと違うけど結果オーライってことだよね」
「確かにそうだな」
雰囲気から察するに帰りの車の中で何かがあったんだろう。それは酒井君にとっていい事でもないかもしれないけど。
その証拠に酒井君は本心から喜んでるそぶりは見せなかった。
多分美嘉さん辺りに強引にくっつけられたんだろうな。
それが良かったのか悪かったのかは僕にもわからない。
ただ変化に向き合うことは大事だと思う。
いつまでも気にしていても仕方がない。
やれることをやるだけ。出来る事をするだけ。それがいつか報われると信じて。
トンネルを抜けると明かりが差すようにきっと長いトンネルを抜ける時は来るから。
時間も遅い、余り車が混むこともない。
橋を渡ると、右折し町の中を抜ける。
さらに細い道に入ると外灯もなく車の通りもさらに少なくなり、自分の車のヘッドライトの明かりだけになる。
家に着くとバックで駐車してエンジンを止める。
「愛莉着いたよ」
助手席に座った小さなコドラは「うん」と頷いて車を降りる。
一緒に家に入ると「ただいま」と言って部屋に入る。
「先に入っておいで」と僕が言うと愛莉は着替えを持って部屋を出る。
その間に自分の着替えも用意してテレビをつける。
暫く一人でのんびりしていると、愛莉が戻ってくる。それを見て僕は風呂場に向かう。
体を洗って湯船に浸かれば、全身の筋肉がほぐれる。
暫く浸って風呂を出てタオルで全身を拭くと服を着る。
部屋に戻ると愛莉がテーブルに突っ伏して寝ている。
「そんなところで寝ていたら風邪を引くよ?」と言うと、愛莉は「じゃあ、冬夜君にくっ付いてる~冬夜君あったかいもん」と抱きついてくる。
「分かったからベッドに行こう?」と言い、テレビを消して愛莉をベッドに誘導する。
自分もベッドに入ると明かりを消して眠りにつく。
愛莉の柔らかな感触を全身で受けながら、その温かさを感じながら。
僕がいて愛莉がいてそれだけで十分かな。
言葉がもし、もし紡げるなら、一緒に飛ばそう。
昨日までをちゃんと愛して、見たことのない景色を見よう。
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