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3rdSEASON
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(1)
その日はバイトだった。
そしていつも通りやってくる、中島君。
「せっかくの連休なのにどこにも行かないのかい?」
「流石に5連休全部遊びに行くほど金無いよ。善幸はどっか行くの?」
「まあ、明日からちょっとしたサークルみたいなもので集まりがあってね」
「サークル!?お前サークル入ったのか?どこのサークルだよ?」
「サークルっていうかグループかな。インカレの」
元々は高校の友達の集まりだったらしいと付け足した。
「なるほどな、善幸も交友関係広げてるんだな」
そう言って中島君はコーヒーをすする。
「私も入ったんですよ。そのグループに」
そう言ってきたのは一ノ瀬さん。
彼氏がいると思っていたけど実はいないっていうのは調査済み。
僕が調査したわけじゃない。
花見の時にお話しした”渡辺班”というグループの一人、指原さんが調査した。
別に頼んだ覚えはないんだけど。
それまで他人に対して特に興味はなかったんだけど片桐君と接触して以来色んな人と巡り合う。
その巡り合わせがよかったのか悪かったのか、僕は一ノ瀬さんに告白をする羽目になった。
片桐君に言わせると、「僕は君を崖から突き落とすよ」ということらしいが。
同じ落とされるのなら今夜のうちに告白しても良いんじゃないかと思った。
しかし「パスはするから」という言葉に甘えた方が良いかもしれない。
一人で暴走して、ドン引きされるのもなんだし。多分そういう環境を作ってくれるという意味なんだろうから甘えておくことにしよう。
もうゴールを守るキーパーはいないのだから。
一ノ瀬さんは僕を見るとニコッと笑って他のお客さんのところに行く。
その気配を察したのか、中島君は僕に囁いた。
「一ノ瀬さんの彼女ってお前なのか?」
「違うよ」
まだね。
僕は浮かれていた。
渡辺班というのは人を強引にカップリングさせるのが得意なグループらしい。
主に渡辺君と指原さんが先導しているらしいのだけど。
次々とおもちゃを見つけてはカップリングさせていくんだろうな。。
彼女なんて面倒くさいものだと思っていたけど、一ノ瀬さんなら問題ない。バイト先一緒だし主な目的と彼女を両立できる良い環境だ。
失敗したら目も当てられないけど。
あとシフトも露骨に合わせるとオーナーに感づかれるだろうな。どうしたものか?
成功することを前提に一人幸せ気分に浸っていると、その空気を一瞬で吹き飛ばす存在が現れた。
カランカラン。
扉が開く。
「いらっしゃいま……せ?」
黒いカバンを持ち、薄いピンクのワンピースを着た女性が立っていた。
「おお!」
中島君は感嘆の声を上げる。
「ここで間違いないようね?」
その女性は中島君の隣に座る。
「志水さんも、この店良く来るの?」
「今日来たのが初めてよ、彼がこの店でバイトしてるというのを聞いてね」
昨日の今日ですよ。
よく覚えてますね。
確かにまた明日と入ってたけど本当に来るとは……。
「ご注文をお伺いしてもよろしいですか?」
「そうね……レモンティーを頂こうかしら」
「かしこまりました」
そう言って注文を厨房に伝える。
「誰?あの人?」
そうか一ノ瀬さんはキャンパス違うから知らないよね。
「志水さん、そうだな、入学式の時に宣誓やってた人って言えばわかるかな?」
「ああ、あの志水さんね。聞いた事ある。クイーンなんでしょ?」
「そう言われてるね……」
「紅茶できたぞー」
亮介さんがそう言うのでトレーにティーカップを乗せて志水さんの所に運ぶ。
「お待たせしました」
僕がそう言うと、志水さんはティーカップを手に取り口に運び、一啜り。
「あら、美味しい」
そうでしょうそうでしょう。うちのレモンティーはニルギリから取り寄せたクセのない茶葉を使ってるんだから。
「こちらの方は?」
志水さんはレモンティーを呑みながら左に座ってる中島君を指していった。
「中島君、サッカーをやってる。昨日の新歓コンパのときにいたでしょ?」
すぐに逃亡をはかった薄情者だけど。
「サッカー……なるほどね。よろしくね。中島君」
「よろしくお願いします」
僕はさっきから気になっていた事を切りだした。
「ところで今日はどうしたんだい?店に来るとは聞いてなかったけど」
「だって、大学休みだもの。あなたに会いに来るとしたらここか家しかないじゃない」
まあ、そうだね。連休明けまで待てないのかという疑問は残るけど。
「会いたいから会いに来たの。いけないかしら」
「会いたいという理由がすごく希薄なんだけど」
「随分意地が悪いのね。好きな人に逢いにきたらいけないの?」
「はあ?」
「はい?」
僕と中島君は驚きの声を上げた、
「好きな……人?」
一ノ瀬さんの表情が固まる。
違うんだ一ノ瀬さん。これには深い事情が……。
「一ノ瀬さん、誤解しないで。あくまでも【志水さんが好きな人】だからね!?僕から好きなんてただの一度も言ってないからね」
「あら?結構ぐさりとくる事言うのね。私が好きといって断った男なんていないわよ?言ったこともないけど」
じゃあ、僕が断固拒否してあげるよ。その自信を根底から崩してあげたいね。
だけど僕は。
「僕が志水さんと付き合うなんて言った覚え一度もないんだけど」
「だからそれを言いに来たの。きちんと伝えないといけないと思って」
彼女の口角が上がっている。底意地の悪い女性なんだな。
「生憎と僕は今バイト中でね、そんな話を聞いてる時間はないよ」
「じゃあ、待ってる。いつ終わるの?」
「終わったら明日の準備しないといけないから、そんな暇ないんだごめんね」
寧ろ付き合うつもりはないからごめんというべきだったのかもしれない。
「明日の準備?明日何があるの?」
落ち込んでいた一ノ瀬さんが復活した。
タイミングが悪すぎる。
「酒井君は私たちと湯布院の別荘に行くんです!」
「別荘?酒井君別荘持ってるの?」
持ってるほど裕福ならバイトなんてしないよ。
「渡辺班というグループに所属していて、そこの人が持ってるって!」
そんなに対抗意識燃やさなくていいよ一ノ瀬さん。って一ノ瀬さん白状しすぎ。お口にチャックしないと……。
「面白そうね。そのグループに私も入れてもらおうかしら?」
「ああ、俺も入れて欲しいかも」
中島君はサッカー部入ってるでしょ。
あ、サークルは掛け持ちOKなのか……ていうか身内で作ったグループみたいなものだしね。
「無理だよ、紹介制みたいなものがあってね。皆が良いって言わないとダメみたいなんだ……」
「じゃあ、私を紹介してちょうだい」
そんな水と油を混ぜるような真似できるわけないでしょ。
然し彼女の眉間にしわが寄る。
「グループって言ってもメッセージのやり取りが主体で偶にみんなで集まったりするくらいだよ」
「私が入ったらまずい理由でもあるの?」
まずい理由を言ったら諦めてくれるのかな?
僕は片桐君と違って判断力に乏しい、そしてミスる。
この日ミスってしまった。一番大事な時に。
「ほら、江口さんいるしさ」
言ってしまった。
「江口さん……?」
志水さんの顔がますます険しくなる。そして禍々しいオーラが漂ってきている。
「江口さんの別荘って言ってたよね。そういえば」
「江口さんの別荘……聞き捨てならないわね。それは」
露骨に対抗意識だしてますね。
そんな人紹介できるわけないでしょ。
「遅くなりました~すいません~」
バイトの交代の娘が入ってきた。
大島さんだ、同じ大学の同じ経済学部に通ってる。
「バイト終わりみたいね。さっさと着替えてきなさいな」
「わ、私先に上がっていいかな?」
一ノ瀬さん?
聞くよりも早く一ノ瀬さんは更衣室に向かう。
「じゃあ、もう少し待たせてもらおうかしら」
僕は着替えて店を出た。
中島君は志水さんのただならぬオーラに圧倒されてさっさと帰ってしまった。
「さてと、じゃあ紹介してもらおうかしら?」
「聞くだけ聞いてみるよ」
そう言ってスマホを取り出しメッセージグループにメッセージを送る。
「志水さんがグループに入りたいと言ってるんだけどダメだよね?」
「志水さん!?」と、渡辺君。
「それはまずいでしょ!」と指原さん
やっぱりね、ダメだよね。江口さんいるし無理だよね?そう思っていた矢先……
「いいんじゃない?私は歓迎するわよ?」と、江口さんが言う。
「ちょっと何言ってるの!?」と、指原さんが慌ててる。
「いいじゃない、大方酒井君目当てなんでしょうけど、屈辱を味わわせるにはちょうどいい機会だわ」
ああ、いけない方向に話しが言ってしまった。
「グループに招待しなさい。これは命令よ」
その行為には大きな抵抗がある。
メッセージグループに入れるにはまず、IDを取得しないといけない。当然僕のIDも相手に知れ渡ってしまう。それは一番避けたい行為なんだけど……。
「私も賛成、志水さんに思いっきり屈辱を味わわせるチャンスじゃないか?」
音無さんまで……。
「面白そうだな。紹介しろよ」
多田君、君は味方だと思っていたのに。多田君を口火に次々と参加させろの連呼が。
片桐君と遠坂さんはスマホを見てないらしい。何の返事もなかった。
「これで、参加できるわね」
勝ち誇る志水さん。
僕は渋々志水さんとメッセージIDを交換する。
そして志水さんをグループに招待した。
「急に割り込んだみたいでごめんなさい。明日面白い事をやるってきいたものだから」
志水さんがそうコメントすると。
「度胸だけは認めてあげるわ。でもその余裕明後日迄もつかしら?」と江口さんからのコメント。
「いつまでも持つわよ。だって彼とメッセージID交換したもの」
「ブロックされない様に気をつける事ね」
そんな度胸ありません。
志水さんは江口さんのコメントを無視して僕に言う。
「ありがとう、やっと大学生活が面白くなってきたわ」
凄く歪んだ思考回路ですね。
僕は、折角バラ色になりかけた大学生活を真っ青に塗りつぶされた気分ですよ。
「明日はどこで待ち合わせすればいいの?」
「えーと、12時に湯布院の道の駅で」
「じゃあ、その時間に間に合うようにあなたの家に行けばいいのね?」
「あ、僕は片桐君に送ってもらうので」
「片桐君、ああ、あの人ね。わかったわ」
分かったって何が?
「何時に迎えに来るの?」
へ?
「だから片桐君は何時に迎えに来るの?」
「10時半です、でも自分で行った方が速いし快適なのではないかと」
「彼と一緒に行くって素敵な事じゃない」
「さっきから思ってたんだけどどうして僕が君の彼氏になってるわけ?」
「あら?私振られたの?初恋だったのに」
「本当に恋してないでしょ?ただの江口さんに対する対抗意識でしょ?そんなのに人を巻き込まないで欲しいんだけど」
「そうね……わかったわ」
分かってくれたのか、意外と理解力あるんだね。
「先ずはあなたを落とす事から始めないといけないのね」
落とすって……。その前にあなたの取り巻きに締め落とされちゃいますよ。
「私が本気だって認めさせるまでつきまとうから、そのつもりで」
ああ、あんなことするんじゃ無かった。
(2)
車の中は険悪なムードに包まれていた。
「随分と狭い車ね」とか
「どうして高速乗らないの?」とか、言いたい放題の志水さん。
愛莉がどす黒いオーラを出している。
後ろの二人は気まずい空気丸出しだし、愛莉の機嫌を取ることから始めるか。
「愛莉さっき買った飴とって」
「え?」
愛莉は飴玉をバッグから取り出す。
「両手塞がってるしカーブ多いからお願い」
言ってる意味を理解したのか、愛莉の黒いオーラが若干和らぐ。
「しょうがないなあ。はい、あーん」
もうひと押しかな。
「愛莉ナビお願い」
「ナビはついてるでしょ?」
「前見てなきゃでしょ?」
「本当にしょうがないんだから……このまま道なりで大丈夫だよ」
「ありがとう」
愛莉の頭を撫でてやる。
「わ~い、なんかいつもより優しい」
凄く機嫌がよくなった。
「二人は凄く仲がいいんだね」
酒井君が、話に混ざってきた。
「そりゃ6年も付き合ってればね」
「婚約者だからね~」
ここで否定しようものならまた機嫌を損ねるからやめておこう。
その時後ろで志水さんが鞄から何か取り出してるのに気づいた。
飴玉だ。
包みを取って、酒井君の口に押し当てる。
「な、どうしたの急に?」
慌てる酒井君。
「だって、恋人ってそういうものなんでしょ?」
さらりととんでもない事言ったぞ今。
「酒井君は一ノ瀬さんと付き合うんだもんね」
愛莉が援護する。
「そ、そうなれるといいですね」
左側にいる志水さんを気にしながら答える酒井君。
「あら?一ノ瀬さんて昨日の人?」
「そうですね」
「ふーん、なるほどね……」
その時志水さんの瞳の奥が怪しい光を放つのを僕は見逃さなかった。
「他人の恋路を邪魔するとかそういうのは良くないと思うよ」
僕は志水さんに言った。
「だけど私の恋路を邪魔しているのは一ノ瀬さんよ?」
「……志水さん、今日集まるのはね、酒井君が一ノ瀬さんに告るのを支援するために集まったんだよ」
「それは聞いてなかったわ。なるほど、それで屈辱ね……」
愛莉の話を聞いて口角をあげる志水さん。
「ま、まあ、メッセージID聞けただけでも満足ですし。あれから毎日やりとりしてるんで」
「へえ、すごいじゃない!」
酒井君の話を聞いて褒める愛莉。
その時気づいてしまった。自分のスマホを見て寂し気にする志水さんに。ひょっとして演技かもしれないけど、気になって仕方ない。
「冬夜君着いたよ~」
「あ、ああ」
僕達は目的地にたどり着いた。
(3)
道の駅に着くと、渡辺君たちが既に待っていた。
「どうもお世話になります。志水と申します」
志水さんは、渡辺君に礼をする。
「ああ、聞いてるよ。今日は楽しくやろう」
「はい、楽しくですね……」
なんだろう?なんか違和感を感じる。何か企んでる?イヤな予感がした。
他の皆も集まってきた。恵美も黒い高級車……じゃなくて石原君の車できたみたい。
「じゃあ、皆移動しようか?近くの瓦ソバ屋で飯食ってそれから江口さんの別荘に向かうぞ」
渡辺君がそう言うと皆車に乗り込む。
そして出発した。
恵美の別荘に着くとまず部屋の割り当て。
全室ツインのベッドがついてある。
志水さんと一ノ瀬さんは同じ部屋になってもらい、酒井君一人だけ一室を割り当てられた。
それにしてもどれだけ広いんだこの別荘。
みんな自分の部屋に荷物を置くと広いリビングに集まる。
「じゃあ、皆初めての人もいるし自己紹介していこうか」
渡辺君が言うと皆自己紹介のタイム。
自己紹介が終わると皆夕食の準備まで自分の部屋に集まる。
酒井君は私たちの部屋に来ていた。
「大変なことになったね、酒井君」
「本当ごめんなさい。余計な事を言ったばかりに」
「本当に来るだなんて誰も想像できないよ、しかたないさ」
冬夜君と酒井君が話してる。
「どうする?今日は一旦保留にして遊ぶだけにしとくか?今の酒井君ならいつでも告れるだろ?」
「どうですかね~早くしちゃわないと、志水さんの暴走が止まらないと思うんですよね」
二人が悩んでいると外が騒がしい。
「酒井~!酒井はどこだ!!」
「隠れてないで出てこい!!」
神奈と美嘉さんの声だ。
冬夜君が部屋を出る。
「お、トーヤ。酒井見なかったか?」
「今日は酒井を調教するんだろ!?」
調教って……。
「酒井君は僕の部屋にいる……うわっ!」
神奈は立ちふさがる冬夜君を押しのけ酒井君に迫る。
そして腕を掴むと引きずり出す。
「恵美!!連れてきたぞ!」
私も外に出ると恵美と新條さんが一緒に立っていた。
「最初の目的、忘れてないわよね?新條、始めてちょうだい」
「かしこまりました。君、これに着替えて別棟の道場に来い」
別棟……道場……?
酒井君が受け取ったのは柔道着だった。
「あ、あの。これと根性を叩き直すのとどう関係が」
「先ずは思いっきり汗を流すと同時に、そのだらけきった精神を鍛えなおす!」
新條さんがそう言うと半ば強制的に着替えさせられ、受け身の練習だけ受け後は投げられっぱなし。
これは酷い……。
投げられてる酒井君が可哀そうになってきた。
「悔しいか!悔しいと思え!まずはそこからだ!女性から投げられて悔しいと思わないやつなんていないだろ!」
なんか理論がめちゃくちゃだ。
スポ根ものなのかな?
2時間近く投げられボロボロになった酒井君にタオルを渡したのは、一ノ瀬さんだった。
「お疲れ様、大変だったね」
「ほ、本当にしごきですね……」
「酒井!これで終わりじゃないぞ!着替えたら食堂にくるんだ」
新條さんに言われると酒井君は再び本棟に向かい着替えて食堂に向かう。
「ここから先は一ノ瀬さんにも協力してもらおうかな?」
「は、はい?」
食堂には何人かメイドが待機してる。
私達は壁際に立って見学していた。
食堂に二人では言ってきてからが本番だ。
「違う!そこは、女性優先だ!」
びしっ!
「ナプキンは料理を注文してから広げるんだ!」
ばしっ!
「カラトリーは外側から使っていくのがマナーだ!」
びしっ!
逐一チェックを入れていく新條さん。
あざだらけになってるだろうなぁ。
「いいなあ、料理食べられて」
ぽかっ
「冬夜君も一緒にレッスン受けたら?そしたら食べられるよ?」
私がそう言うと新條さんが。
「君もレッスンを受けたいのか?」
と、聞いてきた。
冬夜君は慌てて首を振る。
その後も場所を駐車場、ホール等、場所を変えマナーのレッスンが続く。
逐一指摘されては鞭で叩かれる。
私達はそれを見てるだけ。
石原君は目を閉じ耳を塞いでる。
石原君が怖がっていたのはこれだったのね。
志水さんはそれを苦々し気にみてた。
今日は酒井さんと一ノ瀬さんの為のイベントだからね~。
夕方志水さんは電話をしていた。
30分くらいして迎えのリムジンが現れる。
「あら?泊っていくのではなくて?」
江口さんが言うと無言で、リムジンは走り出した。
「これで部屋割変更だな」
渡辺君が言う。
え?
「そうね、酒井君、一ノ瀬さんの部屋に移りなさい」
恵美が指示する。
反論しようものなら、新條さんの鞭がまってる。
大人しく従う酒井君。
ま、まだ付き合ってないのにそれは早いんじゃないかな!?
「大丈夫、寝るまでにはその問題は無くなるから」
亜依がそう言うので、ああそういう事かと一人で納得してた。
男性陣が外でBBQの準備をしている間、私たちはキッチンで野菜とかを切ってる。
女性6人が立ってもまだ余裕のあるキッチン。
主に動いてるのは、神奈と美嘉さん、あと練習する恵美。
私達はサポートしてる。
あ、一ノ瀬さんはコメを研いで炊飯器をセットしてる。
「穂乃果、酒井君はどう?」
亜依が聞いてる。
「うん、今日ので少し男らしくなったかな?」
「明日にはさらにしごくからもっと素敵になってるわよ」
恵美がそう言う。
本当に酒井君が可哀そうになってきた。
「今で十分なんだけどな……あっ!」
慌てて自分の口を手で押さえる一ノ瀬さん。
「いいんだよ。それでないと困るから。でももっと男らしくなるならそれに越したことは無いじゃない?」
私は一ノ瀬さんにそう言った。
「今夜が楽しみだね。お風呂の時に教えてね」
亜依がそう言うと「何を?」と聞き返した。
「今夜ね、酒井君から素敵な言葉を聞かせてくれるはずだよ」
亜依はそう言った。
「え?どういう意味?」
「どうして?今日のセッティングしたと思う?」
「もしかして……」
やっと気づいたようだ。
「穂乃果には迷惑な話かもしれないけど。彼……穂乃果に気があるみたいなんだよね」
「うそ……やだ……マジ……?」
今から泣いてたら本番大変だよ?
「だからその結果聞かせてね」
「結果聞かせてって……もう分かってるでしょ!」
そうだよね、でもちゃんと確かめたいから。
「それにしても志水さんは傑作だったわね」
恵美は大満足だったらしい。
「そこまで読んでのあのレッスンだったの?」
私が恵美に聞くと恵美は首を振って言った。
「最初から予定していたのよ?わざわざ飛び入って来たのは彼女よ」
なるほどね~。
「酒井君大丈夫かな?」
「愛莉、心配し過ぎだぞ。あのくらいで根を上げるならどの道長続きしねーよ」
「通過儀礼ってやつだな、うちのグループの」
私が心配すると神奈と美嘉さんがそう言った。
「何ならうちの誠にも受けさせたいくらいだ」
「うちの瑛大にもお願いしようかな」と亜依。
誠君は絶対喜びそうな気がするのは気のせいだろうか?
(4)
「なんだか、志水さんには申し訳ない事しましたね」
酒井君がそう言った。
「気にしなくていいよ、酒井君が一ノ瀬さんを選ぶって事は遅かれ早かれそうなるんだから」
僕は木炭に火を起こしながらそう言った。
「そうだぞ、酒井君。そんな事考えてる暇あったら、今夜の台詞でも考えて置いたらどうだ?」
渡辺君がテーブルを用意しながら言う。
「こ、今夜ですか?」
酒井君が驚いてる。
「酒井君、何のために今日呼んだと思ってるの?言ったよね、僕は崖から突き落とすって」
「で、でもまだ知合ってそんなに日が経ってないんですよ。ましてやメッセージID知ってから3日ですよ?」
「向こうから聞いてきたんだろ?十分脈ありだよ」と、渡辺君。
「君はまだ日をおいてるし、バイトで一か月は一緒だったんだろ?まだましだよ。僕なんかいきなり告白されてたよ」と石原君。
「このグループって思ってたよりすっごいスパルタなんですね」
「心当たりがいるやついるなら入れてもいいぞ!」
「あのレッスンを受けさせたい奴ならいますね。サッカーやってるけど」
「まあ気が向いたらいつでも相談に乗るぞ」
そう言うと、渡辺君はにやりと笑った。
火がついた。
こっちは準備OK。
女性陣はどうなってるんだろう?
「おお、火がついてるな」
カンナがそう言うと、後から女性陣がぞろぞろとやってきた。
肉や野菜。それにたくさんのおにぎり。後は冷たい飲み物。
皆飲み物を手に取り、渡辺君が音頭を取る。
「酒井君、お疲れ様でした!酒井君の未来を祝って乾杯!」
もう出来てることになってるのね。
「乾杯!!」
肉肉肉!!
ぽかっ
「ちゃんと野菜も取らないとダメだよ」
愛莉は僕の取り皿に野菜を入れていく。
「恵美!何飲んでるの!?」
「この前飲んだでしょ、平気平気」
「いや、そういう問題じゃなくてさ」
江口さんに注意できるようになったとは石原君も見違えたな。まあ、あのしごきを受けたならそうだよね。
「神奈、飲み過ぎないようにな」
「今夜は祝杯なんだいいだろ!」
「明日また頭痛で動けなくなっても知らないぞ」
誠も大変だな。
「瑛大、そんなに一度に口に入れると……」
「うぐぐ……」
「ほら言わんこっちゃない。いっぱいあるんだからゆっくり食べなよ」
指原さんが、桐谷君の世話をしてる。この二人も落ち着いたようだな。
「美嘉、そんなに肉を焼かなくてもゆっくり焼けよ」
「なんでだ?皆がっついて行かないとダメだぞ!BBQだぞ!」
「まあ、そうだが。時間制限があるわけじゃないんだ。ゆっくり食べさせろよ」
「誠以外は草食系過ぎるんだよ。こんだけ美人がそろってるんだからもっとガッといけよ!熱くなれよ!」
「お前……また飲んでるな」
言いたい事は分かるけど……。
ふと思う。
ソロで入ってきてもいつの間にかカップリングが出来る不思議なグループ。
まあ、若干2名の仕業だけど。
でも、幸せのサークルなんじゃないのか?
元々幸せに入ってきたペアもいるけど。
僕達を含めて。
気がついたら酒井君と一ノ瀬さんの姿がいない。
辺りを探す……いた。
酒井君が何か言っている。
一ノ瀬さんが抱き着く。
ああ、上手くいったんだね。
おめでとう。
「酒井君、よかったね」
愛莉が話しかけてくる。
「そうだな」
これで6組目か。
随分と大所帯になったものだ……。
そういえば志水さんはどうしたんだろ?
ふとグループメッセージを見る。
「今日は大人しく引き下がるわ。次はこうはいかないわよ」
そのメッセージを見て笑った。
「どうしたの?」
そう言う愛莉にメッセージを見せる。
愛莉もくすっと笑う。
「渡辺君」
「どうした冬夜?」
「今日の罪滅ぼしってわけじゃないけど、志水さんにも彼氏探してあげたら?」
「……その必要はないんじゃないのか?あの人は自分で探すだろ?」
それもそうか。
僕は夜空を見上げる。
満天の星空が見えた。
その日はバイトだった。
そしていつも通りやってくる、中島君。
「せっかくの連休なのにどこにも行かないのかい?」
「流石に5連休全部遊びに行くほど金無いよ。善幸はどっか行くの?」
「まあ、明日からちょっとしたサークルみたいなもので集まりがあってね」
「サークル!?お前サークル入ったのか?どこのサークルだよ?」
「サークルっていうかグループかな。インカレの」
元々は高校の友達の集まりだったらしいと付け足した。
「なるほどな、善幸も交友関係広げてるんだな」
そう言って中島君はコーヒーをすする。
「私も入ったんですよ。そのグループに」
そう言ってきたのは一ノ瀬さん。
彼氏がいると思っていたけど実はいないっていうのは調査済み。
僕が調査したわけじゃない。
花見の時にお話しした”渡辺班”というグループの一人、指原さんが調査した。
別に頼んだ覚えはないんだけど。
それまで他人に対して特に興味はなかったんだけど片桐君と接触して以来色んな人と巡り合う。
その巡り合わせがよかったのか悪かったのか、僕は一ノ瀬さんに告白をする羽目になった。
片桐君に言わせると、「僕は君を崖から突き落とすよ」ということらしいが。
同じ落とされるのなら今夜のうちに告白しても良いんじゃないかと思った。
しかし「パスはするから」という言葉に甘えた方が良いかもしれない。
一人で暴走して、ドン引きされるのもなんだし。多分そういう環境を作ってくれるという意味なんだろうから甘えておくことにしよう。
もうゴールを守るキーパーはいないのだから。
一ノ瀬さんは僕を見るとニコッと笑って他のお客さんのところに行く。
その気配を察したのか、中島君は僕に囁いた。
「一ノ瀬さんの彼女ってお前なのか?」
「違うよ」
まだね。
僕は浮かれていた。
渡辺班というのは人を強引にカップリングさせるのが得意なグループらしい。
主に渡辺君と指原さんが先導しているらしいのだけど。
次々とおもちゃを見つけてはカップリングさせていくんだろうな。。
彼女なんて面倒くさいものだと思っていたけど、一ノ瀬さんなら問題ない。バイト先一緒だし主な目的と彼女を両立できる良い環境だ。
失敗したら目も当てられないけど。
あとシフトも露骨に合わせるとオーナーに感づかれるだろうな。どうしたものか?
成功することを前提に一人幸せ気分に浸っていると、その空気を一瞬で吹き飛ばす存在が現れた。
カランカラン。
扉が開く。
「いらっしゃいま……せ?」
黒いカバンを持ち、薄いピンクのワンピースを着た女性が立っていた。
「おお!」
中島君は感嘆の声を上げる。
「ここで間違いないようね?」
その女性は中島君の隣に座る。
「志水さんも、この店良く来るの?」
「今日来たのが初めてよ、彼がこの店でバイトしてるというのを聞いてね」
昨日の今日ですよ。
よく覚えてますね。
確かにまた明日と入ってたけど本当に来るとは……。
「ご注文をお伺いしてもよろしいですか?」
「そうね……レモンティーを頂こうかしら」
「かしこまりました」
そう言って注文を厨房に伝える。
「誰?あの人?」
そうか一ノ瀬さんはキャンパス違うから知らないよね。
「志水さん、そうだな、入学式の時に宣誓やってた人って言えばわかるかな?」
「ああ、あの志水さんね。聞いた事ある。クイーンなんでしょ?」
「そう言われてるね……」
「紅茶できたぞー」
亮介さんがそう言うのでトレーにティーカップを乗せて志水さんの所に運ぶ。
「お待たせしました」
僕がそう言うと、志水さんはティーカップを手に取り口に運び、一啜り。
「あら、美味しい」
そうでしょうそうでしょう。うちのレモンティーはニルギリから取り寄せたクセのない茶葉を使ってるんだから。
「こちらの方は?」
志水さんはレモンティーを呑みながら左に座ってる中島君を指していった。
「中島君、サッカーをやってる。昨日の新歓コンパのときにいたでしょ?」
すぐに逃亡をはかった薄情者だけど。
「サッカー……なるほどね。よろしくね。中島君」
「よろしくお願いします」
僕はさっきから気になっていた事を切りだした。
「ところで今日はどうしたんだい?店に来るとは聞いてなかったけど」
「だって、大学休みだもの。あなたに会いに来るとしたらここか家しかないじゃない」
まあ、そうだね。連休明けまで待てないのかという疑問は残るけど。
「会いたいから会いに来たの。いけないかしら」
「会いたいという理由がすごく希薄なんだけど」
「随分意地が悪いのね。好きな人に逢いにきたらいけないの?」
「はあ?」
「はい?」
僕と中島君は驚きの声を上げた、
「好きな……人?」
一ノ瀬さんの表情が固まる。
違うんだ一ノ瀬さん。これには深い事情が……。
「一ノ瀬さん、誤解しないで。あくまでも【志水さんが好きな人】だからね!?僕から好きなんてただの一度も言ってないからね」
「あら?結構ぐさりとくる事言うのね。私が好きといって断った男なんていないわよ?言ったこともないけど」
じゃあ、僕が断固拒否してあげるよ。その自信を根底から崩してあげたいね。
だけど僕は。
「僕が志水さんと付き合うなんて言った覚え一度もないんだけど」
「だからそれを言いに来たの。きちんと伝えないといけないと思って」
彼女の口角が上がっている。底意地の悪い女性なんだな。
「生憎と僕は今バイト中でね、そんな話を聞いてる時間はないよ」
「じゃあ、待ってる。いつ終わるの?」
「終わったら明日の準備しないといけないから、そんな暇ないんだごめんね」
寧ろ付き合うつもりはないからごめんというべきだったのかもしれない。
「明日の準備?明日何があるの?」
落ち込んでいた一ノ瀬さんが復活した。
タイミングが悪すぎる。
「酒井君は私たちと湯布院の別荘に行くんです!」
「別荘?酒井君別荘持ってるの?」
持ってるほど裕福ならバイトなんてしないよ。
「渡辺班というグループに所属していて、そこの人が持ってるって!」
そんなに対抗意識燃やさなくていいよ一ノ瀬さん。って一ノ瀬さん白状しすぎ。お口にチャックしないと……。
「面白そうね。そのグループに私も入れてもらおうかしら?」
「ああ、俺も入れて欲しいかも」
中島君はサッカー部入ってるでしょ。
あ、サークルは掛け持ちOKなのか……ていうか身内で作ったグループみたいなものだしね。
「無理だよ、紹介制みたいなものがあってね。皆が良いって言わないとダメみたいなんだ……」
「じゃあ、私を紹介してちょうだい」
そんな水と油を混ぜるような真似できるわけないでしょ。
然し彼女の眉間にしわが寄る。
「グループって言ってもメッセージのやり取りが主体で偶にみんなで集まったりするくらいだよ」
「私が入ったらまずい理由でもあるの?」
まずい理由を言ったら諦めてくれるのかな?
僕は片桐君と違って判断力に乏しい、そしてミスる。
この日ミスってしまった。一番大事な時に。
「ほら、江口さんいるしさ」
言ってしまった。
「江口さん……?」
志水さんの顔がますます険しくなる。そして禍々しいオーラが漂ってきている。
「江口さんの別荘って言ってたよね。そういえば」
「江口さんの別荘……聞き捨てならないわね。それは」
露骨に対抗意識だしてますね。
そんな人紹介できるわけないでしょ。
「遅くなりました~すいません~」
バイトの交代の娘が入ってきた。
大島さんだ、同じ大学の同じ経済学部に通ってる。
「バイト終わりみたいね。さっさと着替えてきなさいな」
「わ、私先に上がっていいかな?」
一ノ瀬さん?
聞くよりも早く一ノ瀬さんは更衣室に向かう。
「じゃあ、もう少し待たせてもらおうかしら」
僕は着替えて店を出た。
中島君は志水さんのただならぬオーラに圧倒されてさっさと帰ってしまった。
「さてと、じゃあ紹介してもらおうかしら?」
「聞くだけ聞いてみるよ」
そう言ってスマホを取り出しメッセージグループにメッセージを送る。
「志水さんがグループに入りたいと言ってるんだけどダメだよね?」
「志水さん!?」と、渡辺君。
「それはまずいでしょ!」と指原さん
やっぱりね、ダメだよね。江口さんいるし無理だよね?そう思っていた矢先……
「いいんじゃない?私は歓迎するわよ?」と、江口さんが言う。
「ちょっと何言ってるの!?」と、指原さんが慌ててる。
「いいじゃない、大方酒井君目当てなんでしょうけど、屈辱を味わわせるにはちょうどいい機会だわ」
ああ、いけない方向に話しが言ってしまった。
「グループに招待しなさい。これは命令よ」
その行為には大きな抵抗がある。
メッセージグループに入れるにはまず、IDを取得しないといけない。当然僕のIDも相手に知れ渡ってしまう。それは一番避けたい行為なんだけど……。
「私も賛成、志水さんに思いっきり屈辱を味わわせるチャンスじゃないか?」
音無さんまで……。
「面白そうだな。紹介しろよ」
多田君、君は味方だと思っていたのに。多田君を口火に次々と参加させろの連呼が。
片桐君と遠坂さんはスマホを見てないらしい。何の返事もなかった。
「これで、参加できるわね」
勝ち誇る志水さん。
僕は渋々志水さんとメッセージIDを交換する。
そして志水さんをグループに招待した。
「急に割り込んだみたいでごめんなさい。明日面白い事をやるってきいたものだから」
志水さんがそうコメントすると。
「度胸だけは認めてあげるわ。でもその余裕明後日迄もつかしら?」と江口さんからのコメント。
「いつまでも持つわよ。だって彼とメッセージID交換したもの」
「ブロックされない様に気をつける事ね」
そんな度胸ありません。
志水さんは江口さんのコメントを無視して僕に言う。
「ありがとう、やっと大学生活が面白くなってきたわ」
凄く歪んだ思考回路ですね。
僕は、折角バラ色になりかけた大学生活を真っ青に塗りつぶされた気分ですよ。
「明日はどこで待ち合わせすればいいの?」
「えーと、12時に湯布院の道の駅で」
「じゃあ、その時間に間に合うようにあなたの家に行けばいいのね?」
「あ、僕は片桐君に送ってもらうので」
「片桐君、ああ、あの人ね。わかったわ」
分かったって何が?
「何時に迎えに来るの?」
へ?
「だから片桐君は何時に迎えに来るの?」
「10時半です、でも自分で行った方が速いし快適なのではないかと」
「彼と一緒に行くって素敵な事じゃない」
「さっきから思ってたんだけどどうして僕が君の彼氏になってるわけ?」
「あら?私振られたの?初恋だったのに」
「本当に恋してないでしょ?ただの江口さんに対する対抗意識でしょ?そんなのに人を巻き込まないで欲しいんだけど」
「そうね……わかったわ」
分かってくれたのか、意外と理解力あるんだね。
「先ずはあなたを落とす事から始めないといけないのね」
落とすって……。その前にあなたの取り巻きに締め落とされちゃいますよ。
「私が本気だって認めさせるまでつきまとうから、そのつもりで」
ああ、あんなことするんじゃ無かった。
(2)
車の中は険悪なムードに包まれていた。
「随分と狭い車ね」とか
「どうして高速乗らないの?」とか、言いたい放題の志水さん。
愛莉がどす黒いオーラを出している。
後ろの二人は気まずい空気丸出しだし、愛莉の機嫌を取ることから始めるか。
「愛莉さっき買った飴とって」
「え?」
愛莉は飴玉をバッグから取り出す。
「両手塞がってるしカーブ多いからお願い」
言ってる意味を理解したのか、愛莉の黒いオーラが若干和らぐ。
「しょうがないなあ。はい、あーん」
もうひと押しかな。
「愛莉ナビお願い」
「ナビはついてるでしょ?」
「前見てなきゃでしょ?」
「本当にしょうがないんだから……このまま道なりで大丈夫だよ」
「ありがとう」
愛莉の頭を撫でてやる。
「わ~い、なんかいつもより優しい」
凄く機嫌がよくなった。
「二人は凄く仲がいいんだね」
酒井君が、話に混ざってきた。
「そりゃ6年も付き合ってればね」
「婚約者だからね~」
ここで否定しようものならまた機嫌を損ねるからやめておこう。
その時後ろで志水さんが鞄から何か取り出してるのに気づいた。
飴玉だ。
包みを取って、酒井君の口に押し当てる。
「な、どうしたの急に?」
慌てる酒井君。
「だって、恋人ってそういうものなんでしょ?」
さらりととんでもない事言ったぞ今。
「酒井君は一ノ瀬さんと付き合うんだもんね」
愛莉が援護する。
「そ、そうなれるといいですね」
左側にいる志水さんを気にしながら答える酒井君。
「あら?一ノ瀬さんて昨日の人?」
「そうですね」
「ふーん、なるほどね……」
その時志水さんの瞳の奥が怪しい光を放つのを僕は見逃さなかった。
「他人の恋路を邪魔するとかそういうのは良くないと思うよ」
僕は志水さんに言った。
「だけど私の恋路を邪魔しているのは一ノ瀬さんよ?」
「……志水さん、今日集まるのはね、酒井君が一ノ瀬さんに告るのを支援するために集まったんだよ」
「それは聞いてなかったわ。なるほど、それで屈辱ね……」
愛莉の話を聞いて口角をあげる志水さん。
「ま、まあ、メッセージID聞けただけでも満足ですし。あれから毎日やりとりしてるんで」
「へえ、すごいじゃない!」
酒井君の話を聞いて褒める愛莉。
その時気づいてしまった。自分のスマホを見て寂し気にする志水さんに。ひょっとして演技かもしれないけど、気になって仕方ない。
「冬夜君着いたよ~」
「あ、ああ」
僕達は目的地にたどり着いた。
(3)
道の駅に着くと、渡辺君たちが既に待っていた。
「どうもお世話になります。志水と申します」
志水さんは、渡辺君に礼をする。
「ああ、聞いてるよ。今日は楽しくやろう」
「はい、楽しくですね……」
なんだろう?なんか違和感を感じる。何か企んでる?イヤな予感がした。
他の皆も集まってきた。恵美も黒い高級車……じゃなくて石原君の車できたみたい。
「じゃあ、皆移動しようか?近くの瓦ソバ屋で飯食ってそれから江口さんの別荘に向かうぞ」
渡辺君がそう言うと皆車に乗り込む。
そして出発した。
恵美の別荘に着くとまず部屋の割り当て。
全室ツインのベッドがついてある。
志水さんと一ノ瀬さんは同じ部屋になってもらい、酒井君一人だけ一室を割り当てられた。
それにしてもどれだけ広いんだこの別荘。
みんな自分の部屋に荷物を置くと広いリビングに集まる。
「じゃあ、皆初めての人もいるし自己紹介していこうか」
渡辺君が言うと皆自己紹介のタイム。
自己紹介が終わると皆夕食の準備まで自分の部屋に集まる。
酒井君は私たちの部屋に来ていた。
「大変なことになったね、酒井君」
「本当ごめんなさい。余計な事を言ったばかりに」
「本当に来るだなんて誰も想像できないよ、しかたないさ」
冬夜君と酒井君が話してる。
「どうする?今日は一旦保留にして遊ぶだけにしとくか?今の酒井君ならいつでも告れるだろ?」
「どうですかね~早くしちゃわないと、志水さんの暴走が止まらないと思うんですよね」
二人が悩んでいると外が騒がしい。
「酒井~!酒井はどこだ!!」
「隠れてないで出てこい!!」
神奈と美嘉さんの声だ。
冬夜君が部屋を出る。
「お、トーヤ。酒井見なかったか?」
「今日は酒井を調教するんだろ!?」
調教って……。
「酒井君は僕の部屋にいる……うわっ!」
神奈は立ちふさがる冬夜君を押しのけ酒井君に迫る。
そして腕を掴むと引きずり出す。
「恵美!!連れてきたぞ!」
私も外に出ると恵美と新條さんが一緒に立っていた。
「最初の目的、忘れてないわよね?新條、始めてちょうだい」
「かしこまりました。君、これに着替えて別棟の道場に来い」
別棟……道場……?
酒井君が受け取ったのは柔道着だった。
「あ、あの。これと根性を叩き直すのとどう関係が」
「先ずは思いっきり汗を流すと同時に、そのだらけきった精神を鍛えなおす!」
新條さんがそう言うと半ば強制的に着替えさせられ、受け身の練習だけ受け後は投げられっぱなし。
これは酷い……。
投げられてる酒井君が可哀そうになってきた。
「悔しいか!悔しいと思え!まずはそこからだ!女性から投げられて悔しいと思わないやつなんていないだろ!」
なんか理論がめちゃくちゃだ。
スポ根ものなのかな?
2時間近く投げられボロボロになった酒井君にタオルを渡したのは、一ノ瀬さんだった。
「お疲れ様、大変だったね」
「ほ、本当にしごきですね……」
「酒井!これで終わりじゃないぞ!着替えたら食堂にくるんだ」
新條さんに言われると酒井君は再び本棟に向かい着替えて食堂に向かう。
「ここから先は一ノ瀬さんにも協力してもらおうかな?」
「は、はい?」
食堂には何人かメイドが待機してる。
私達は壁際に立って見学していた。
食堂に二人では言ってきてからが本番だ。
「違う!そこは、女性優先だ!」
びしっ!
「ナプキンは料理を注文してから広げるんだ!」
ばしっ!
「カラトリーは外側から使っていくのがマナーだ!」
びしっ!
逐一チェックを入れていく新條さん。
あざだらけになってるだろうなぁ。
「いいなあ、料理食べられて」
ぽかっ
「冬夜君も一緒にレッスン受けたら?そしたら食べられるよ?」
私がそう言うと新條さんが。
「君もレッスンを受けたいのか?」
と、聞いてきた。
冬夜君は慌てて首を振る。
その後も場所を駐車場、ホール等、場所を変えマナーのレッスンが続く。
逐一指摘されては鞭で叩かれる。
私達はそれを見てるだけ。
石原君は目を閉じ耳を塞いでる。
石原君が怖がっていたのはこれだったのね。
志水さんはそれを苦々し気にみてた。
今日は酒井さんと一ノ瀬さんの為のイベントだからね~。
夕方志水さんは電話をしていた。
30分くらいして迎えのリムジンが現れる。
「あら?泊っていくのではなくて?」
江口さんが言うと無言で、リムジンは走り出した。
「これで部屋割変更だな」
渡辺君が言う。
え?
「そうね、酒井君、一ノ瀬さんの部屋に移りなさい」
恵美が指示する。
反論しようものなら、新條さんの鞭がまってる。
大人しく従う酒井君。
ま、まだ付き合ってないのにそれは早いんじゃないかな!?
「大丈夫、寝るまでにはその問題は無くなるから」
亜依がそう言うので、ああそういう事かと一人で納得してた。
男性陣が外でBBQの準備をしている間、私たちはキッチンで野菜とかを切ってる。
女性6人が立ってもまだ余裕のあるキッチン。
主に動いてるのは、神奈と美嘉さん、あと練習する恵美。
私達はサポートしてる。
あ、一ノ瀬さんはコメを研いで炊飯器をセットしてる。
「穂乃果、酒井君はどう?」
亜依が聞いてる。
「うん、今日ので少し男らしくなったかな?」
「明日にはさらにしごくからもっと素敵になってるわよ」
恵美がそう言う。
本当に酒井君が可哀そうになってきた。
「今で十分なんだけどな……あっ!」
慌てて自分の口を手で押さえる一ノ瀬さん。
「いいんだよ。それでないと困るから。でももっと男らしくなるならそれに越したことは無いじゃない?」
私は一ノ瀬さんにそう言った。
「今夜が楽しみだね。お風呂の時に教えてね」
亜依がそう言うと「何を?」と聞き返した。
「今夜ね、酒井君から素敵な言葉を聞かせてくれるはずだよ」
亜依はそう言った。
「え?どういう意味?」
「どうして?今日のセッティングしたと思う?」
「もしかして……」
やっと気づいたようだ。
「穂乃果には迷惑な話かもしれないけど。彼……穂乃果に気があるみたいなんだよね」
「うそ……やだ……マジ……?」
今から泣いてたら本番大変だよ?
「だからその結果聞かせてね」
「結果聞かせてって……もう分かってるでしょ!」
そうだよね、でもちゃんと確かめたいから。
「それにしても志水さんは傑作だったわね」
恵美は大満足だったらしい。
「そこまで読んでのあのレッスンだったの?」
私が恵美に聞くと恵美は首を振って言った。
「最初から予定していたのよ?わざわざ飛び入って来たのは彼女よ」
なるほどね~。
「酒井君大丈夫かな?」
「愛莉、心配し過ぎだぞ。あのくらいで根を上げるならどの道長続きしねーよ」
「通過儀礼ってやつだな、うちのグループの」
私が心配すると神奈と美嘉さんがそう言った。
「何ならうちの誠にも受けさせたいくらいだ」
「うちの瑛大にもお願いしようかな」と亜依。
誠君は絶対喜びそうな気がするのは気のせいだろうか?
(4)
「なんだか、志水さんには申し訳ない事しましたね」
酒井君がそう言った。
「気にしなくていいよ、酒井君が一ノ瀬さんを選ぶって事は遅かれ早かれそうなるんだから」
僕は木炭に火を起こしながらそう言った。
「そうだぞ、酒井君。そんな事考えてる暇あったら、今夜の台詞でも考えて置いたらどうだ?」
渡辺君がテーブルを用意しながら言う。
「こ、今夜ですか?」
酒井君が驚いてる。
「酒井君、何のために今日呼んだと思ってるの?言ったよね、僕は崖から突き落とすって」
「で、でもまだ知合ってそんなに日が経ってないんですよ。ましてやメッセージID知ってから3日ですよ?」
「向こうから聞いてきたんだろ?十分脈ありだよ」と、渡辺君。
「君はまだ日をおいてるし、バイトで一か月は一緒だったんだろ?まだましだよ。僕なんかいきなり告白されてたよ」と石原君。
「このグループって思ってたよりすっごいスパルタなんですね」
「心当たりがいるやついるなら入れてもいいぞ!」
「あのレッスンを受けさせたい奴ならいますね。サッカーやってるけど」
「まあ気が向いたらいつでも相談に乗るぞ」
そう言うと、渡辺君はにやりと笑った。
火がついた。
こっちは準備OK。
女性陣はどうなってるんだろう?
「おお、火がついてるな」
カンナがそう言うと、後から女性陣がぞろぞろとやってきた。
肉や野菜。それにたくさんのおにぎり。後は冷たい飲み物。
皆飲み物を手に取り、渡辺君が音頭を取る。
「酒井君、お疲れ様でした!酒井君の未来を祝って乾杯!」
もう出来てることになってるのね。
「乾杯!!」
肉肉肉!!
ぽかっ
「ちゃんと野菜も取らないとダメだよ」
愛莉は僕の取り皿に野菜を入れていく。
「恵美!何飲んでるの!?」
「この前飲んだでしょ、平気平気」
「いや、そういう問題じゃなくてさ」
江口さんに注意できるようになったとは石原君も見違えたな。まあ、あのしごきを受けたならそうだよね。
「神奈、飲み過ぎないようにな」
「今夜は祝杯なんだいいだろ!」
「明日また頭痛で動けなくなっても知らないぞ」
誠も大変だな。
「瑛大、そんなに一度に口に入れると……」
「うぐぐ……」
「ほら言わんこっちゃない。いっぱいあるんだからゆっくり食べなよ」
指原さんが、桐谷君の世話をしてる。この二人も落ち着いたようだな。
「美嘉、そんなに肉を焼かなくてもゆっくり焼けよ」
「なんでだ?皆がっついて行かないとダメだぞ!BBQだぞ!」
「まあ、そうだが。時間制限があるわけじゃないんだ。ゆっくり食べさせろよ」
「誠以外は草食系過ぎるんだよ。こんだけ美人がそろってるんだからもっとガッといけよ!熱くなれよ!」
「お前……また飲んでるな」
言いたい事は分かるけど……。
ふと思う。
ソロで入ってきてもいつの間にかカップリングが出来る不思議なグループ。
まあ、若干2名の仕業だけど。
でも、幸せのサークルなんじゃないのか?
元々幸せに入ってきたペアもいるけど。
僕達を含めて。
気がついたら酒井君と一ノ瀬さんの姿がいない。
辺りを探す……いた。
酒井君が何か言っている。
一ノ瀬さんが抱き着く。
ああ、上手くいったんだね。
おめでとう。
「酒井君、よかったね」
愛莉が話しかけてくる。
「そうだな」
これで6組目か。
随分と大所帯になったものだ……。
そういえば志水さんはどうしたんだろ?
ふとグループメッセージを見る。
「今日は大人しく引き下がるわ。次はこうはいかないわよ」
そのメッセージを見て笑った。
「どうしたの?」
そう言う愛莉にメッセージを見せる。
愛莉もくすっと笑う。
「渡辺君」
「どうした冬夜?」
「今日の罪滅ぼしってわけじゃないけど、志水さんにも彼氏探してあげたら?」
「……その必要はないんじゃないのか?あの人は自分で探すだろ?」
それもそうか。
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