優等生と劣等生

和希

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2ndSEASON

紅葉の便り

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(1)

11月
秋も深まり、紅葉が木々を染める頃。
僕達は模試の対策に追われていた。
誠にいたっては僕達より一足早く、私立大学の強化スポーツ特別推薦入試を受けていた。
試験まであと2か月。
受験勉強も佳境に入る頃。

「冬夜君おはよう~いよいよ寒くなってきたね~」

僕はのっそり起き上がる。
寒さのせいか、頭がぼーっとするけど、寒さで一気に目が覚める。
ダメだ、寝よう!
だが、それを愛莉が許してくれるはずもなく、布団に包まろうとする僕を抱きとめる。

「ほら、これであったかいでしょ?起きた起きた」
「……愛莉。それでどうやって着替えろっていうんだ?」
「う、うぅ……。着替えたらしてあげるから」

ちょっと困ってる様子の愛莉。どんな仕草も一々可愛い。
愛莉が僕の目の前で着替えたんだ、僕も着替えて良いよね。
寝間着を脱ぎ制服を着ると、僕は未だに落ち込んでる愛莉をそっと抱いた。

「うん、確かに暖かい」
「本当!愛情で温められるんだね!」

愛莉の表情が一変して明るくなる。
恥ずかしいの?
愛莉の体温は確かに高い。
コートは脱いである。
風邪でも引いたか?
愛莉のおでこに僕のおでこをくっつけてみる。
熱はないみたいだ。
女子ってみんなこんなもんなんだろうか?
不思議なぬくもりを感じる。

「ねえ冬夜君」
「どうした?」

愛莉は僕から離れるという。

「ずっとこうしていたいんだけど……遅刻しちゃうよ?」

僕は時計を見た。
まずい。
愛莉を連れてダイニングに向かった。


愛莉の『花嫁修業』は続いているらしく未だに、朝食は愛莉が作っているらしい。
と、いっても朝食だ。
トーストとプレーンオムレツとサラダとスープくらいだが。

「美味しい?」と聞いてくる愛莉。

ここで、まずいと言えるのは某漫画の親子くらいなものだろう。

「美味しいよ、どんどんうちの味覚えてるね」
「わ~い。休みの日は夕食も作ってあげるね」
「愛莉ちゃん、本当にうちのお嫁さんになったみたいね」

母さんが食器を洗いながら言う。

「まだまだですよ~。冬夜君の好みの味しっかりおぼえなくちゃ」

洗濯に炊事、掃除までさせて母さんはもう姑気分か?

あの日以降愛莉の『花嫁修業』はエスカレートしてる。
勉強もしながらだけど。
愛莉倒れてしまわないか?

「愛莉、先は長いんだし、そんなに慌てなくても」
「待ってるって言ったでしょ。いつ受けてもいいように準備してなくちゃ」
「勉強と両立は難しいと思うぞ。せめて休みの日だけにするとか」
「それもそうね、休みの日は泊りに来ていいから」

さらりと凄い事言ってるぞ、母さん。

「愛莉ちゃん、受験勉強は大丈夫なのかい?」

父さんが愛莉に聞いていた。

「大丈夫ですよ~模試の結果も悪くなかったし」

Sクラスの連中にも負けてない愛莉だから大丈夫だろう。

「と、なると。後は冬夜次第か……冬夜はどうなんだ?受かりそうなのか?」
「3者面談では大丈夫ですって言われてるんですけどね」

母さんが代わって答えた。

「大丈夫ですよ、冬夜君最近勉強してる時没頭してるから。私がいくら誘惑しても気づいてすらもらえなくて」

親の前でいう事じゃないと思うぞ、愛莉。
僕は朝食を食べ終えると逃げるように洗面所に向かった。
身支度を整えるとダイニングに戻る。

「愛莉、そろそろいくぞ」
「は~い」

(2)

今月は毎週末模試がある。
そして月末には期末テストが待ってる。

「普段通りの勉強で大丈夫だよ」と愛莉はいうが、最近週末ろくに勉強してないぞ。

それでも愛莉の言う通り結果は悪くなかった。
不思議だ。
桐谷君も私立大には通りそうだ。
いわゆる渡辺班は皆合格ラインにいるらしい。
大学でも同じ面子で集まるのかな?
指原さんはキャンパスが違うらしいから一緒って事はないか。

「全員合格できそうだな」と、渡辺君は言う。

その割には最近浮かない顔をしている渡辺君。
何かあったのか?
聞いて良いのか悪いのか迷っていると、カンナが代わりに聞いていた。

「渡辺、最近浮かない顔してるけどどうした?」

意外にあっさりと答える渡辺君。

「ちょっと美嘉の事でな……」
「美嘉何かあったのか?」
「まあな……ちょっと親の事でな」

美嘉さんって結構お金持ちだったんだっけ?
街中の高層マンションの上層に住んでるって聞いたけど。

「まあ、複雑な関係でな。それもあって美嘉が荒れてるんだ。それで悩んでいてな」
「悩み……私で良ければ聞くぞ」

あまり立ち入った話は聞かないほうが良いと思うぞ。

「まあ、お前たちには話しても大丈夫か」

お前達って事は僕達も入ってるんだね。

「帰りにファストフード店でいいか?」
「私はそのままバイトに行けるから構わないけど?」
「私もいいよ」と、愛莉も聞く気満々の様だ。
「冬夜はどうする?」

渡辺君が聞いてきた。
聞くのは良いんだけど……。

ぽかっ!

「ファストフード店でいいよね?」

何でもお見通しのようで。

(3)

「ビッグな奴とダブチーセットと照り焼きとフィレオフィッシュとチキンフィレオで、ポテトつけてジュースはコーラで……」

ぽかっ

「何をしに来たのか分かってるのかな?冬夜君」
「愛莉僕の食欲は受け入れてくれるって……」
「私は冬夜君のその溢れんばかりの食欲を制御する役割があるの!」

そんな役割きいてないよ。

「トーヤはもう愛莉の尻に敷かれっぱなしだな」
「話は聞いてるぞ冬夜、お前遠坂さんにプロポーズ予告したんだってな。苦労しそうだな」

既に苦労してるよ。

「で、何があったの?」

ビッグな奴を押しつぶしながら渡辺君に聞いていた。

「ああ、俺高校卒業したら美嘉と同棲しようと思うんだ」

むせた。

「ど、同棲って急な話だね!?」
「生活費とかどうするんだ?」
「バイトするさ」

ちょっとだけ興味が湧いた。
同じことを、考えていたから。
愛莉と同棲。
ちょっとだけ夢見たこと
バイトの給料だけで出来るのかな?

「そんなに派手に遊ぶことはできないだろうけどな」
「何があったんだ?随分急な話だが……」

カンナが渡辺君に聞いていた。

「あいつの両親両者ともに不倫相手がいるんだ」

コーラ吹きそうになった。

「……それで?」

カンナは落ち着いて聞いている。
愛莉はポカーンとしている。
思考が追い付かないらしい。
こんな愛莉珍しいな。

「で、お互いのパートナーの家に入り浸っていてな。美嘉のことほったらかしなんだ。学費とかは払ってくれてるらしいし生活費も渡されているんだが、両親ともに帰ってこないことが多くてな。美嘉はあんな感じだし、ちょっと放っておけなくてな」
「なるほどな……」

カンナは黙って聞いていた。

「そんな事可能なの?」

僕が質問した。

「美嘉の親は勝手にしろって感じだしな。寧ろいないほうがお互い気が楽だと思ってる節もあるし。うちの親も認めてくれたよ」
「ってことは……」
「親権もへったくれもないからな、美嘉が自立したら即離婚だろうな」
「難しい話だね」

愛莉が一言漏らす。
そんな複雑な事情を抱えていたとはね。
あの明るさの裏にそんな影があったとは。

「それで毎日、美嘉の家に通ってるんだ。あいつ一人だと何するか分からないから」
「苦労してるんだな……美嘉も……渡辺も……」
「いつか報われる時が来ると信じてるさ」
「そうか……」

カンナはそれっきり黙ってしまった。
重苦しい空気に包まれる。

「おめでとう、渡辺君」

僕はそう言っていた。

「ちょっと、冬夜君何言ってるの!?」

愛莉が驚いてる。

「だって、結局は二人共愛し合って一緒に暮らすことを決断したんでしょ?祝福するべきだと思うけど」

寧ろ細やかながらも祝宴を上げたいくらいだ。

「トーヤ、お前ちゃんと話を聞いていたか?」

カンナがちょいとイラッと来てるみたいだ。
でも僕は続ける。

「僕は渡辺君が羨ましい。渡辺君を尊敬する。どんな事情であれ二人で暮らすってきめた渡辺君を。美嘉さんを養っていくって覚悟を決めた渡辺君を。僕にはまだ愛莉を養う自信が無い。いつか、その覚悟ができたら二人で暮らそうっておもうけど」
「と、冬夜君!?」

愛莉が慌ててる。

「お前もその気になっていたのか」

渡辺君が言うと僕はうなずく。

「だから『可哀そう』って同情するんじゃなくて『頑張れ』って励ますよ。少しでも光ある方へ向かうことを願って」
「ありがとうな」
「いや、僕の方こそありがとう」

参考になったよ。
すぐに実行に移す心の準備まではできてないけど、迷いをプラスの力に変えていこう。
ただ未来へと夢を乗せて……。

(4)

「すごいね~、渡辺君」

帰り道愛莉がそう話した。

「そうだね、それだけ切羽詰まったものがあるんだろうけど」

それでもすごい。
そしていかに自分がぬるま湯につかっているか思い知らされる。
一歩踏み出す勇気もない。
情けない。
渡辺君が本当に羨ましく思える。
輝いて見える。
どうする?
僕も愛莉と同棲するか?
苦しい生活になると思うけど、ちゃんと養っていけるか?
親に相談するべきか、それともまず愛莉?

ぽかっ

あ、また入ってたかな?

「今どうでもいい事悩んでたでしょう?」

そう言って愛莉はにこりと笑う。

「そんな顔してたよ」

どうでもいいのかな……?

「ほら、相談してごらん?」
「うーん、今夜家でいいかな?」
「いいよ、やった。やっと信頼してもらえたんだね。いつも一人で悩んで暴走するから。冬夜君」

妄想が暴走してる愛莉よりはマシだと思っていたけど。



「で、相談って何?」

愛莉はジュースを飲みながら、話を切り出した。

「実はさ、大学に行ったら……」
「バイトをして私と同棲がしたい?」

何だバレてるじゃん。

「でも、それはブー!で~す。りえちゃんやパパさんは応援してくれると思うけど。支援もしてくれると思うけど、それって今と変わらないじゃん」
「それを変えたくて言ってるんだけど」
「大方渡辺君に感化されたんだと思うけど、そんなに焦らなくていいんだよ。夜も一緒に過ごしたいときは一緒に過ごせるんだし。今は親に甘えよ?後で恩返しすればいいんだから」

うちの親も支援してくれるだろう。
いや、学費払ってもらう時点で支援してもらってるも同然だ。
自立と言って自立できてない。
それどころかさらに負担をかけることになる。

「情けなくてごめんね、愛莉」
「情けなくなんかないよ?独り立ちすると言っておきながら、全生活費親に負担してもらってる人もいるって聞いたし。情けないと思ってる時点で冬夜君はえらいよ」

愛莉はそう言って僕を抱きしめる。

「言ったよね『ずっと待ってる』って……焦らないで。ゆっくりでいいんだよ」

どこまでも優しい愛莉の声。

「じゃ、勉強しよっか?」

そう言って定位置に戻る愛莉。

「心配ばかりかけてごめんな」
「気持ちは冬夜君のお嫁さんのつもりでいるよ。私は冬夜君を支える役目でーす。冬夜君は私が支えるから心配しないで前に進んで。命ある限り、真心を尽くすことを誓います 私は、冬夜君を良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」

なんか本当に新婦の気持ちでいるな。

「僕も誓うよ」

自然と言葉が出てた。

「うん」

満面の笑みで頷く愛莉。
その時、僕のスマホの着信音が鳴った。

スマホを見る。

「悪い、一足先に大学受かったわ」

僕は愛莉にその事を伝える。
愛莉は喜びの声をあげる。

「おめでとう」と、一言送る。
「ありがとう」と返ってきた。

「次は私たちの番だね」と、愛莉はにこりと笑って言う。

そうだな、次は僕達の番だな。
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