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2ndSEASON
だって、後で泣きたくなんかないから
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放課後。
石原君を囲んでいわゆる渡辺班は集まっていた。
理由は連休前半に届いた謎のメッセージ。
「恵美を傷つけた……」
一体何があったというのか……?
その江口さんも集まりに参加していた。
指原さんも江口さんに聞いてみたらしい。
「何があったの?」と。
だけど「そういうことを詮索するのはどうかと思うけど」とにこりと笑うだけで何があったのかは話してくれない。
で、らちがあかないから石原君を直接呼びだしたというわけ。
江口さんは相変わらず何も言わない。
石原君もたまに江口さんを見るだけで、うつむいたまま何も言わない。
「イッシー黙ってないでなんか言えよ!何があったんだよ!?あんなメッセージよこして」
桐谷君がしびれを切らしたのか石原君に言ってる。
「ごめんなさい……」
今日何回も石原君のその言葉は聞いた。
「謝るようなことしたのか?」
カンナが言う。
「取り返しのつかないことをしてしまいました」
「……イッシーが謝ることじゃないのよ?誘ったのは私だし」
平然と言う江口さん。
新しい情報が手に入った。
取り返しのつかない事。
誘ったのは江口さん。
連休。
傷つけた。
察しの良い人は分かったのだろうか?
渡辺君が言い出した。
「なるほどな……、イッシー。そんなに気にする事じゃないぞ。多分ここにいるみんなやっていることだ。高校生だしそのくらいあっても何の不思議もない」
僕たちもやっていること?
気にする事じゃない?
「まだ高校生ですよ!それに江口さんの家は……」
「イッシー!その話は言わないって約束した」
「恵美、もう隠し事は無しにしよう?」
愛莉が、江口さんに言う。
「イッシーこの際全部ゲロっちゃいなよ。その方が楽になるよ……」
指原さんが優しく言う。
江口さんは、また固く口を閉ざす。
「石原君も江口さんも何があったのかは知らないけど、そんなんじゃご飯も美味しく食べれないよ」
僕が尋ねると江口さんが答えた。
「私は美味しく食べれてるわよ。イッシーが一人落ち込んでいるだけ」
「わ、私はこれ以上無理に聞かないほうが良いと思うよ。イッシーも喋りたくないみたいだし」
愛莉が突然石原君の援護に回った。
「確かにこれ以上追及するのは良くないかもしれないな」と、渡辺君。
じゃあ、なんでわざわざ集まったんだ?
皆が納得してる中一人取り残された気分。
「イッシーが喋らないのなら私から話してもいいけど」
突然、江口さんが言いだした。
驚くイッシー。
僕も驚いた。
多分皆もだろう。
「恵美、無理に言わなくてもいいんだよ?凄くデリケートなことだし」
やっぱり皆察しがついてるようだ。
でも江口さんはクスリと笑うという。
「さっき渡辺君が言ってたでしょ?『皆やってる事だ』って。イッシーが言えないなら私が説明するわ、若干名分かってない人もいるみたいだし」
江口さんは僕の顔を見てる。
「でもさっき嫌がってたじゃん」と指原さん。
「家の事をあまり大っぴらにしたくなかっただけ。ここにいる人なら言っても良いかなって。どう?イッシー」
江口さんは石原君の顔を見てる。
石原君が重い口を開いた。
「恵美が話すくらいなら、僕が話すよ。こういうのって男子が言うべきだと思うし」
「こらぁ、お前たちいつまで教室に残ってるんだ。用が無いなら早く帰りなさい!」
隣のクラスの担任だ。
「場所を変えるか……、ファストフード店でいいよな?」
渡辺君が提案する。
僕は断然うどん屋さんを推すね、今からなら空いてるし……。
ぽかっ!
まだ何も言ってないのに……。
「今日は石原君の話を聞くんだから、うどんはまた今度ね」
愛莉がエスパーになったようだ。
(2)
それは図書館でデートしてた後の事だった。
恵美に連れられたのは駅から3駅先の駅だった。
駅に着くと恵美はスマホで電話をかける。
15分くらい待つと黒塗りの高級車が江口さんの前でぴたりと止まった。
運転手は若い女性の人だった。
ポロシャツにジーパンという服装だった。
運転手は車を降りると後部座席のドアを開ける。
恵美は「どうぞ」と僕に車に乗るように勧める。
言われるがままに車に乗ると恵美が乗り、車は走りだす。
「お嬢様、言ってくれれば駅までお迎えに上がりますのに……、日頃の通学も……」
「目立つのは嫌なのよ。それに電車に揺られるのも悪くないわよ。新條」
お嬢様!?
今起きている事態が上手くのみこめない。
恵美に良い所があると言われて、電車で3駅移動して黒塗りの高級車にのせられて……。
「恵美、良かったらこれからどこに行くのか教えてくれないかな?」
「着けば分かるわ……」
そう言って恵美は黙っていた。
着いた先は白く高い壁に囲まれた。巨大な豪邸だった。
新條と呼ばれた女性がリモコンを操作すると門が開く。
門を通ってさらに2,3分したところで車は止まった。
とてつもなく大きな家。うちの学校の敷地くらいはあるんじゃないかな?
「こ、ここは……」
「見てわからない?我が家よ」
唖然とする僕。
そんな僕を見て新條さんが一言
「先程から気になっていたのですが、此方の方が以前から話されていた……」
「そうよ、石原望君。丁重にもてなしてね」
「はっ!」
そう言って新條さんは僕を見て礼をする。
「挨拶が遅れました。私お嬢様の秘書を務めております新條恵梨香と申します。今後ともよろしくお願いします」
ひ、秘書!?
「ひ、秘書ってあの秘書ですよね?」
質問の意味が自分でもよくわからない。
「正確に言えばお嬢様のお世話係といったところでしょうか」
17歳にして秘書って……、恵美は実はアイドルか何かなの?
「多分、イッシーが思ってる事とは全然違うわよ。私そういうのに興味ないし。行きましょ」
「どこへ?」
「家に来たんだもの、親に挨拶するのは当然だと思わない?」
いきなり家に連れてこられて、親に挨拶するの?
そういう準備全然できてないんだけれど。
扉を開くとホールが広がっていた……なんてことはなかった。
ただ、僕の部屋くらいはあるんじゃないかなくらいの玄関ホールが広がっていた。
靴を脱いで用意されてあるスリッパをはき、恵美に連れられるがまま3Fへ上がる。
3Fの最奥の部屋にこの家の主、恵美の父親の部屋があるという。
中から怒鳴り声が聞こえる。
機嫌はあまりよろしくなさそうだ。
「取り込み中みたいね。後にしましょう」
そう言って恵美は自分の部屋に案内してくれた。
木目調のフローリングに白で統一された調度品。
ベッドの上には天幕が設置されてある。
何もかもが漫画で見るような光景に唖然とする僕。
「適当に座って。ああ、そうね……」
何か思いついたのか、スマホで新條さんを呼び出す。
「新條、早急にイッシーの寝間着を用意して」
はい?
「あの、恵美。僕ひょっとして……」
「光栄に思いなさい、この家に泊めるのはイッシーが初めてよ」
もはや逃げることはできなかった。
そんな状況で落ち着いて勉強するどころではなく。
いや、むしろ勉強に集中すべきなんだろう。
素数を数えると良いと言ってたし。
暫くたって、恵美は部屋を出て行った。
女子の部屋に一人取り残された。
落ち着かない。
だめだ、勉強に集中。
しかし、ほのかに漂うフローラルな香り。
集中できない。
やがて恵美が帰ってきた。
「今ちょうど時間が空いたみたい。イッシーついてきて」
そうして、恵美の父親と対面することになった。
重そうなドアが開けられるとその威圧感が漂ってくる、
奥の大きな机の向こう側に豪華な椅子に腰かける、人物こそが恵美の父親だった。
「お父様、前に話した、私の交際相手。石原望君、です」
毅然とした態度で父親に臨む恵美。
お父様と呼ばれた人物の眉が動いた。
「ど、どうもはじめまして……石原です」
「ふむ、君がそうか。初めまして。恵美の父親です」
恵美の父親はガタイがいい。
洋画でよく見るよね。スーツの下にマッチョな体を隠してる。
それに加えて物静かそうな顔に潜む、威圧的なオーラ。
あのお父様レベルカンストしてませんか?
「娘から話は大体聞いてる。気まぐれで恵美を選んだそうだな」
そんな事言ったの!?
通りで僕を見る視線が痛い。
心臓を貫かれてしまいそうだよ。
「す、すいません」
もう、僕の声はかすれている。
だめだ、なんか庭に埋められそうな勢いだ。
それから恵美と父親が何か話している。
耳に上手く入ってこない。
「で、どうだね?父親にあってみた感想は?」
はい?
「恵美が男を連れてくるとは予想外だったからね、交際したというのも初めてだし。私は戸惑っているよ。依然見たテレビで言っていたんだが『娘が彼氏を連れてきたらまずクビを締める』と……」
「お父様それはダメ。彼窒息する前に首の骨が折れてしまうわ」
「そうかそうか、しかし男親というのはそういうものだよ」
親子の会話とは思えない物騒なやりとり。
この家桜の木があったけど、実は下に恵美に手を出した男の死体とか埋まってないか?
「あ、イッシー言うの忘れてたけど、うちの父親実業家なの。地元では有名な企業の代表取締役をやっているわ。決してや〇ざとかじゃないから」
思っててもそんな事言っちゃいけませんよ恵美。
「ハハハ、娘にそういう事言われると父さんも傷つくぞ」
「恵美!?彼氏さんを連れてきたって聞いたけど!」
親子の団欒?に混ざる一人の女性。
黒いスーツに白い襟シャツ。
髪は肩まで伸びた茶髪。
「おお、弥生。今その彼氏さんと話をしていたところだ」
「お母様、今日は家に帰ってなさったんですね」
「新條から連絡を受けてね、飛んで帰ってきたところよ」
お母様は僕を一瞥する。
「ふーん、まあ真面目そうな少年ね。それだけでつまらなそうな人間だけど」
結構厳しい事言うんですね。
「その通りですわ、お母様。とても頼りがいの無いつまらない男ですのよ」
恵美、泣くぞ僕。
「そんな男をどうして好きになったの?」
「彼の目です。彼の目は見てくれの私を貫いて中身まで見てくれた。理由はそれだけです。それだけで十分なの」
「なるほどね。あなたの目を信じるわ。ところで石原君でしたっけ?気まぐれでうちの娘を選んだそうだけど?あなたがうちの娘と付き合うメリットはあるの?」
今返答に困っている。
返答次第では本当に埋められるぞ……。
「メリットは……無いです」
僕の返答に驚く3人。
やっちゃったかな?
本当に埋められそうだな。
「どういう意味だね?石原君」
父親のオーラが膨れ上がり稲光すら見えてきたよ。
「恵美さんとはメリットとかデメリットとか損得勘定無しに付き合ってきました。最初は気紛れだったかもしれないけど、今は違います。等身大の僕を受け入れてくれる。こんな幸せに思えたことはありません」
思いつく限りの事を言った。
幸いにも父親の逆鱗に触れることは無かったようだ。
オーラが少し弱まる。
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力強く頷いた。
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「亭主を調教するのも嫁の務め……恵美はわかってるみたいね」
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「あなたの人を見る目は確か見たいね」
母親が笑う。
父親が立ち上がると僕の肩を掴む。
うわあ、このまま潰されそう。
「娘は母親に似て……押しが強いところがあるが、悪い娘ではない。よろしく頼む」
今の会話聞いてましたか?
押しが強いで済む程度の会話でしたか?
ていうか娘を頼むってまるで婚約したような言い方やめてください……。
「は、はは……よろしくお願いします」
これが僕の精一杯だった。
「お嬢様、用意しました」
新條さんがドアをノックして言う。
「ご苦労、私の部屋に置いておいて」
「承知しました」
新條さんが立ち去る。
「何を新條に用意させたの?」
母親が尋ねる。
「彼の寝間着、彼今日家に泊まっていくから」
今それを言うの!?
折角いい空気で終わろうとしていたのに。
ほら、また父親が放電してるよ。
父親の瞳は1万ボルトはあるね。
「泊るとは……もうそういう仲なのかね」
ごめんなさい、帰ります。あと、肩痛いです。
必死に首を振る僕を無視して恵美は微笑んだ。
「これからなるのよ」
ああ、僕もうこれから死地へ向かうんだね。
「アナタ。高校生だものそのくらい当然だわ。娘の初めての相手にはちょうどいいと思うけど。あなたも初めてなんでしょ?」
今まで未経験でよかった。
「いえ、実は彼女が泊まりに来たときにやったんですよ!」とか言おうものなら間違いなく土の中だね。
そういえば恵美、宿泊先を指原さん家にしてたんだっけ?
「実は彼の家に泊まった事あるんだけど、彼の家大所帯でとても声をあげられるような状態じゃなかったから。でも、シャツに下着姿ってマニュアル通りの恰好で寝てたんだけど、彼全然リアクション無くて。私魅力ないのかしら?」
why!?
なんで今そんなカミングアウトするの!?
肩潰されそうです。なんか汗ばんでますよ。
「娘に魅力が無い!?」
そんなことないです、僕がチキンなだけなんです。
ああ、帰りたい!
「部屋には防音が施されてるわ。天幕もついてるし思う存分致しなさい」
それ母親の言葉じゃないですよ!?
片桐君の苦労、今ちょっとわかった気がする。
「アナタも彼困ってるでしょ?そのくらいにしときなさい」
「う、うむ」
僕は解放された。
「石原君?さっき言った通りよ。うちの娘をよろしくね」
よろしく何なんですか?
(3)
その後ディナーを一緒にしてお風呂に入って……。
お風呂に一緒に入ってきたときはびっくりした。
お風呂もものすごく広いけど彼女はなぜか密着してきたんだ。
湯船にタオルを入れるのはマナー違反って知ってるよ。
だから……健全な男子ならわかるよね。
恵美はそれを見て満足気に笑う。
「よかった、私に魅力が無いわけでも、あなたが(自主規制)なわけでもないのね」
のぼせそうになった。
「でも一つだけ良いかしら?イッシー」
「なんだい?」
「こんな真似をするのはこれまでも、これから先もあなただけよ」
もう一生の伴侶を得たような発言やめてください。
これから何があるか分からないんですよ。
何があるかわからないか……。
だからこそラーメンは冷めないうちに食べるんだね?
「でも、突然家に招待してくれたんだい?」
僕が恵美に尋ねると恵美は意外な答えを返してきた。
「後で泣きたくないから……かな?」
「え?」
「1日が終わる度に、「今日も無事に終わった」と胸をなでおろすのではく、諦めずに頑張ろう。そうすれば、何処へでも続く道ができる、未来に繋がっていくよ。……あなた風に言えば『ラーメンはのびないうちに食え』になるのかしら」
「別に今日でなくてもよかったんじゃ……」
そしたら用意くらい……用意……あっ!
「ごめん、今夜は恵美の期待に添えられそうにない」
風呂を出て髪を乾かす恵美に白状した。
「どうして?さっきは反応してたじゃない?」
ジットリした目線で僕を見つめる恵美。
「その誘ってくれるのは大変光栄なんだけど……用意してないんだ」
図書館に勉強しに行くのに持って行く人いる?
普段から持ち歩いているほどイケメンでもない。
「その心配ならいらないわ」
そう言って新條さんに電話する恵美。
「新條、今からゴム買ってきて頂戴。髪をまとめるゴムじゃないわよ。石原君が使うゴム。え?サイズ?」
恵美は僕にサイズを訪ねてくる。
当然知るわけない。
「分からないから全部買ってきてちょうだい」
新條さんが買ってきて恵美に渡す。
恵美はそれを僕に渡す。
今日はシャツに下着姿ではない。
パジャマを着ている。
僕も用意された寝間着を着ていた。
取りあえず二人で勉強をしている。
日を跨ぐ時間になりかけた頃、恵美の方から動いた。
「そろそろ寝ましょうか。明日もあるし」
恵美がベッドに誘導するのをふらふらとついて行く。
そして天幕が下ろされ……。
ってわけにはいかなかった。
ゴムの使い方が分からない。
慌ててスマホで検索する。
スマホを見ながら必死でつけようとする。
失敗して何個も無駄にしながら。
焦れったいと思ったのか、恵美がとんでもない事を言い出した。
僕の腕を掴みさらりと言う。
「……もうつけなくていいから」
いや、それはダメでしょ。
と、いう僕の訴えも空しく……。
な、わけないでしょ!
裸で土下座してその日は勘弁してもらえた。
(4)
「もしかとは思っていたがお前もトーヤと同じ道を歩いたか」
カンナがオレンジジュースを飲みながらそう呟いた。
何で僕の話が今出てくるんだ。
「え!?片桐君もミスったの!?もしかしてまだ未経験!?」
女子が大声で言う台詞じゃないと思うよ指原さん。
ほら注目の的になってる。
「石原君、ドンマイ。冬夜君は4回目でやっとできたよ」
愛莉が、石原君を優しく慰める。
その慰め方はどうかと思うが。
「トーヤお前3回も愛莉の好意を無にしたのか」
ほらカンナが話題を変えようとしてる。
「イッシーなら次にはできるわよ……ね?イッシー。連休後半にもまたお出で」
江口さんが言うと石原君は顔色が青ざめている。
よほど恐怖だったんだろうな。
「でさ、『恵美を傷つけた……』って結局なんだったの?」
僕がそう言うと、皆の視線を集める。
当然冷たい視線。
「冬夜君……冬夜君も石原君と同じ気持ちだったんじゃなかったの?本当に分かってないの?」
愛莉まで冷たい口調だ。
「まあ、私は気にしてないわよ」
江口さんは気にも止めてないようだ。
「片桐君てスポーツしてる時とそうでない時の差が激しすぎるよ」
「トーヤはこういう奴なんだ亜依……」
指原さんとカンナは呆れている。
「冬夜は少し女子の気持ちも考えてやらないとな」
そう言って笑う渡辺君。
「遠坂さんがこんな薄情な片桐にずっと付き合って来たのか……」
桐谷君がそう言うと「ううん」と首を横に振る。
「冬夜君私の気持ちは気づいてくれるみたいだから。不思議とね」
愛莉はそう言ってにこりと笑う。
偶に全く分からない時あるけどね。
「じゃあ、話も聞いてすっきりしたところで、そろそろ帰るか。冬夜の腹も膨れたところみたいだし」
渡辺君が僕のハンバーガーの包み紙で一杯になってるのを見て言う。
「ああ!最初は3個だけって言ったのにいつの間に!?」
愛莉が、石原君の話に夢中になってる間にだよ。
「夕食はうどんでも食べて帰ってあげようかと思ったのに……無しだからね!」
そういう事は先に言ってくれよ。
(5)
「石原君残念だったね」
「次にはできるだろ……」
「そうだね、冬夜君とは違って準備してるみたいだしね」
「棘のある言い方だな」
冬夜君は私の隣で食器を拭いてくれてる。
「でも結局傷つけたってなんだったんだ?」
まだ言ってる……。
本気で分からないの?
う~ん……。
「もしさ、私が上手にオムライス作れたとして……」
「?」
「冬夜君が玉子アレルギーで食べれないとして……、じゃあ、今から普通のチキンライス作り直すって言ったらどう思う?」
「なんか申し訳ないなって……あ、そういう事?」
「うん、これが多分一番冬夜君に分かりやすいかなって」
「なるほどね~」
食べ物に例えると分かりやすいのかな?
「材料にも申し訳ないよね!」
全然分かってなかった?
……逆に興味湧いてきたぞ。
「冬夜君初めての夜覚えてる?」
「え?」
忘れたって言ったら殴るぞ!
「お、覚えているよ」
なんか怪しいけど。ま、いっか。
「あの時失敗したってすごく落ち込んでたけど、そこに私はいたのかな?」
「……ああ!」
本当に世話の焼ける人だ。
「石原君も同じだよ?恵美が折角お膳立てしてくれたのに、チャンスをものにできなかった。しかも付けなくていいまで言わせちゃったんだよ?同じ男性としてどう思う?」
「なるほど、それで『傷つけた』か……」
やっと理解できたみたいだ。
「さて、お風呂入って勉強しよっ!」
「そうだな……ってまさか」
「女子の好意を無駄にしない!」
今日は大人しく従った冬夜君でした。
勉強してる最中に何を思ったのかスマホを触りだす冬夜君。
「どうしたの?」
「ちょっと石原君に……これでよしっと!」
「なんて送ったの?」
私は冬夜君のスマホの画面を覗く。
「同じ恥をかくなら派手にやれ!」
どういう意味?
私は首を傾げて冬夜君の顔を見る。
「どうせ誰も見てないんだ、こそこそするより派手にやったほうが良い。そう思った方がリラックスできるから……」
「……恵美は見てると思うけど?」
「江口さんは失敗した石原君をちゃんと受け止めてくれてるんだろ?愛莉が僕が何度もヘマしても受け入れてくれたように」
「まあ、そうだね……」
「だったら、思い切って踏み出していった方が良いに決まってるよ。例えダメだったとしても次があるよ」
随分無責任な言い方だけど……言いたい事は分かるよ。
冬夜君とも長い道のりだったもんね。
安全圏ばかりを求めて日々を過ごすより、一日が終わった時に「今日もよく頑張ったね」と自分を認めてあげられるような生き方をしよう……か。
「うん、理解できた」
「?」
「冬夜君もたまにいいこというんだね」
「……サッカーやってた時に監督から言われたことなんだけどね」
「それであのスタイル?」
「うん」
じゃあ、今日も派手に恥をかいてね?
私は以前誠君からもらったDVDをプレーヤーに挿れる。
「ちょ!!まだ勉強時間!!」
「お勉強だよ~冬夜君毎晩同じパターンなんだもん。あれだけ言っても変えてくれないから」
じゃあ、他の見せた方が早いでしょ?
どうしてだろう?
大好きな人とこういうの見ると、恥ずかしい気持ちとは反対に。
冬夜君の顔を見て目で訴える。
気付いて、冬夜君。
冬夜君は私を見ると察してくれたようだ。
そしてそのまま……。
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