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2ndSEASON
片桐冬夜
しおりを挟む(1)
「冬夜君おっはよ~」
抱き着く愛莉を受け止める僕。
そのくらいの力は僕にもある。
いつも通りの愛莉チェック。
髪、良い匂いがする。なお香水はつけてない。
服装、いつも通りの制服。
顔、うっすら化粧をしている。しないほうが好きだけど言うと怒るので言わない。
……うん、いつも通りだ。
「綺麗だよ」
「ありがと~」
最近毎朝お決まりのバードキス。
毎朝よくも飽きないな。
僕もだけど。
「そろそろ行こっか?」
十分スキンシップを楽しんだところでそう言うと彼女は満面の笑みでうなずく。
リビングにはカンナが待っていた。
「オッストーヤ」
「おはようカンナ」
カンナの機嫌はいい?
あのあとなんかいい事あったのだろうか?
県総体サッカーは伊田高の優勝で終わった。
これでインターハイの出場権は得たわけだ。
それはカンナの夏休みはカンナ一人で過ごすことになる。
寂しくはないのか?
「ああ、どうせバイト三昧だしな」
と、やけに明るいカンナ。
やっぱり何かあったのか?
「どうした神奈、あのあと何かいいことあったの~?」
直球すぎるだろ愛莉。
「まあな、色々あったわけさ」
「何があったの~?」
朝ごはんを食べながら聞き耳を立てる。
「トーヤの前では秘密だよ」
え?
「嘘嘘、ただ誠と二人だけの秘密ってのも悪くないと思ってな」
「ええ~いいなぁ~」
愛莉が羨ましそうに言ってる。
愛莉はこっちを見て言う。
「私たちも二人だけの秘密ってあるかなあ~」
だいたい愛莉が暴露してるんだが。
「……今言ったら秘密にならないだろ?」
「あ、そっか。そうだよね」
「あんなことまで暴露しといて今更何の秘密があるんだよ」
「へ?」
「ば、馬鹿……」
そう言って両親の顔を見る。
話を聞いていたようだ。
「ま、まあ認めてるが……」
「気をつけなさいよ。愛莉ちゃんも」
「は~い」
分かっているのかいないのか元気に答える愛莉。
これが親と彼女の会話か。
「ところで冬夜君時間!」
時計を指差す。
やばい!
慌てて準備する。
「変わらないわねぇ……」
母さんが呆れた様子で言ってた。
(2)
「おはよう、伊集院さん」
「伊集院さん、今日もお綺麗ですね」
挨拶をしてくる、男子に微笑み返しする。
鬱陶しい。
内心そう思ってた。
高校生活に恋愛なんて必要ない。勉強の邪魔だ。
そう思っていた。
しかし入学して最初のテストで屈辱を受ける。
今まで初めて二位に転落していた。
一位の名前には遠坂愛莉。
どれだけ勉強しているんだろう?
幸い同じクラスだ。
彼女を観察していた。
すると、どうだろう。
まったく復習すらせず、休み時間の度に「冬夜君~」って片桐君の席に向かってる。
どうやら昼のお弁当も彼の分を作っているらしく一緒に食べてるらしい。
二人のいちゃつき具合を冷やかす生徒もいたけど、全く効き目がない。
それどころか、逆に喧嘩をしたり、さらにいちゃつく始末。
普段ぼーっとしている彼からは想像もつかない、光景だった。
彼は不良なの?
普段のぼーっとしているところを見るとそうは見えない。
とらえどころのない性格。
いつの間にか彼に興味を持っていた。
言っとくけど別に好意をもってるわけではない。
何となく興味を持っただけ。
片桐冬夜
高1。
趣味特になし
特技サッカー(部活はしてない)
彼女あり。
だが彼女より食べ物の方に興味があるようだ。
成績、中の上。
まあ、可もなく不可もなくといったところか。
彼と同じ中学の男子から聞いた情報。
「何?片桐に気があるの?」
邪推する男子。
「そんなんじゃないですよ」
笑顔で返す。
ますます、遠坂さんがつきあってる理由が分からない。
やはり、片桐君と親しい人物に聞くしかないか。
(3)
「トーヤの良いところ?」
音無さんが聞き返した。
私は頷く。
「そうだなぁ、良くも悪くも何もないよ」
へ?
「不器用だし、やる気ないし、誰にでもへらへらしてるし」
ダメ男の典型的なタイプじゃない。
「何より彼女よりも食い物を優先するしな。付き合ってる方としては最悪だな」
最悪……。
好きになる要素ゼロじゃない。
そんな事を考えてると音無さんはにやりと笑った。
「そう言ったら好きになるところなんて全然ないだろ?」
全くない。
「でもさ、そこにある要素が加わるだけで全く変わってくるんだよ」
ある要素ってなに?
「普通ならできないことをやってのけるところかな」
……?
「あんまりトーヤに構わないほうがいいぜ。今あいつに下手に関わって惚れても愛莉がいるからな……」
「そんなことは絶対あり得ませんから」
悪い所を並べておきながら、惚れるかもしれないから気をつけろって意味が分からない。
そんな男のどこを好きになれるわけ?
うーん……。
本人に直接聞いてみるのが一番かな?
「冬夜君のいいところ?」
遠坂さんに直撃してみた。
「う~ん……、難しいな~」
え?
「いざ聞かれてみるとないんだよね~。食べる事しか頭にないし。やる気はないし。何でも嫌々やってる感じがするし。不器用だし。鈍いし……」
あなた自分の彼氏を良くそこまでこき下ろせるわね。
少しは擁護してあげてもいいんじゃない?
「じゃあ、なぜ好きになったの?」
「え?」
「あなた片桐君と付き合ってるんでしょ?好きで付き合ってるんじゃないの?」
「大好き」
彼女は満面の笑みで答える。
「ダメな男に惚れこむパターン?」
「そんなことないも~ん」
「じゃあ、どこに惚れたって言うの?」
「ほんの些細な事がきっかけかな。でも付き合ってるからこそ見えてくる部分もあるんだよね。さっき言ったダメなところも含めて全部が好きな理由かな?」
「答えになってないわ」
「晶ちゃんも恋をしてみたらわかるよ。理屈じゃないんだよ。数式みたいに答えは出ない」
「そんなことに時間を割いてる余裕はありません」
「そっか~、まあ晶ちゃんには晶ちゃんの価値観があるよね。うん」
遠坂さんは一人で納得してるが、私には全く理解できない。
ダメなところもひっくるめて好き?
それって彼氏って色眼鏡を通してるからそう見えてるってこと?
ダメじゃない。
理屈じゃない。数式みたいに明確な答えはない。
それは他の人からも散々聞かされてきたこと。
些細な事がきっかけ?
それって不運な事じゃないの?
私には理解できそうにない事に思えた。
(4)
美術の時間。
美術室でデッサンの授業を受けている時だった。
担当の先生がいない間に男子の間で悪ふざけが始まる。
黒木君の背中に「バカです」とかいた紙が貼られる。
黒木君は剥がそうとするが貼った張本人の竹下君が「剥がすんじゃねーよ」と言わんばかりに威圧する。
誰も何も言わない。
その後ろにいた片桐君はめんどくさそうに頭を掻いている。
私も見てみぬふりをした。
下らないことに関わってる暇はない。
その時片桐君は立ち上がった。
そして黒木君に近づくと「へえ、黒木君絵上手いんだねぇ」と言いながら背中の張り紙をぺりっと剥がした。
「片桐何やってんだてめえ!」
竹下君が立ちあがり怒鳴る。
「ああ、これ竹下君のなんだ。返すわ」
そう言って竹下君の背中にぺたり。
激高した竹下君は片桐君の絵を取りあげ、くしゃくしゃに丸めてごみ箱に捨てた。
片桐君は無言でそれを拾い、綺麗に広げ絵を描き始める。
余計な事をしなければいいのに。
そうなることくらい予想ついたでしょ?
授業の終わりに絵を提出した時、当然片桐君は怒られる。
ぼーっとした目でお叱りを受けてる。
黒木君が何かを言おうとすると、彼に向かって右手の人差し指を立て指を振る。
その仕草のせいでさらにお叱りが長引くのだが。
授業が終わると黒木君が片桐君に礼を言うが、めんどくさそうに聞いてる。
そんなに面倒な事ならしなきゃいいのに……。
私はそんな彼に直接聞いてみた。
「どうして黒木君を助けるような真似したの?恰好つけたつもり?だとしたら、相当な馬鹿ね」
片桐君はしばらく考えた後、答えた。
「誰かを助けるのに理由が……いてぇ!」
遠坂さんが片桐君の頭を小突く。
「映画や漫画の台詞を言うのは止めなさいって言ったよね!」
「映画でも漫画でもないよ!」
「じゃあ何!?」
「……ゲーム」
小声で言う片桐君。
「……変わらねーよ」
呆れた様子で言う音無さん。
「心配したんだからね。また竹下君に逆らうような真似して……目をつけられたら大変だってわかってたでしょ?」
「仕方ないだろ。体が自然に動いてた……あ、これはオリジナルだからね!」
どうでもいいことを主張する片桐君。
「わかんないだろ?」
音無さんが私に話しかけてきた。
「ええ、全然わからないわ。ただの馬鹿じゃない」
「ああ、ただの馬鹿だよ。傍から見たらな。面倒くさそうにしてる割には、割にあわないことをやってるんだ」
「……それが良いところと言いたいの」
「それは人それぞれ受け止め方が違うだろうな。ただ愛莉の心には響いたんだろ?」
「理解し難いわ」
「それでいいよ。トーヤは誰かの為にやってるんじゃない。誰かの気を引きたいが為にやってるわけじゃない。自分が思うがままに動いてるだけだから」
「……やけに褒めるのね?音無さんもそんな片桐君が好きだったわけ?」
「……振られたけどな」
そう言って笑う音無さん。
自分の思うがままに行動する。そこに理屈や理由はない。
損得関係なく自然と行動してる。
じゃあ、何を考えて何を思って行動してるの?
この先もそうやって生きていくの?
私は片桐君に聞いていた。
「片桐君。あなたいつか自分の身を滅ぼすわよ。少しは後先考えてこうどうしなさいよ。何を考えて、何を思って生きてるの?」
片桐君は首をかしげる。
「特に何も考えてないけど。……破滅しても愛莉だけは居てくれるって信じてるから」
「ちょ、ちょっと何言ってるのよ」
遠坂さんが動揺してる。
片桐君をぽかぽかと叩く。
「痛いっ!ちょっといい事言ったと思ったんだけど!」
「破滅なんて縁起でも悪い事言わないで!!……私がいるから破滅なんて絶対させないんだから」
この二人はこれからもずっとこんな感じなんだろうか?
良く言い合ってる場面を目にするが、いつも楽しそうだ。
この二人には他人には理解し難い深い絆で結ばれているんだろう。
それが好き……ってこと?
……ちょっとだけ理解できた気がする。
そして私にもちょっとだけ興味がわいてきた。
片桐君はあり得ないけど私にもそんな相手があらわれるのだろうか?
「ちょっと羨ましいって思ったろ?」
音無さんが聞いてきた。
「まあ、ちょっとだけね」
私はそう返す。
ちょっとどころじゃないけど。
そしてもう一つ興味が湧いた。
「ねえ、片桐君?」
私は二人ではしゃいでる片桐君に声をかける。
「何?」
「遠坂さんが片桐君を好きになった理由はなんとなくわかった気がするの。でもあなたが遠坂さんを好きになった理由に興味が湧いて来たわ。何?」
「ちょ、ちょっと晶ちゃん」
遠坂さんが割って入る。
今更隠す事じゃないでしょ?
「うーん……大体は愛莉が僕を好きになった理由と同じ気がする。昔憧れてた、で付き合ってる間にますます好きになった」
けろっと言う片桐君。
「うぅ……冬夜君私といる時はそんな事一つもいってくれないのに」
「いつも言ってるじゃん。『大好きだよ』って……いてぇ!」
「バカあ!今言わなくていいでしょ!」
よくわからないけど共通することはお互いを知ることでますます絆が深まることがあるということか。
確かに答えはでないかもしれない。
遠坂さんにはかなわないかもしれない。
こんなに自分を理解してくれてる人がいるんだもの。
私の前にもこんな人が現れないかしら。
二人を見て、初めて恋というものに興味を持ち始めた。
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