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To the Victory
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(1)
その日、日本中が盛り上がっていた。
冬吾君と誠司君達がもたらした青い奇跡。
日本はW杯の決勝という舞台に立っていた。
当然のように冬吾君の両親に「一緒に応援してやってくれないか?」と誘われた。
もうすでに酔っぱらっている瑛大さん達。
奥さんの亜依さんはあきれている。
なのに誠さんはあまり飲まずに冬吾君のお父さんとモニターを見ながら何か話していた。
どうしてなのか聞いてみた。
「さすがに息子の晴れ姿だからな。しっかり応援してやるよ」
「誠がそんな事いうなんて珍しいな」
神奈さんも驚いていた。
相手はフランス。
優勝経験もある国だ。
冬吾君よりも若い才能ある選手がいる。
日本はベスト16までが精いっぱいだった。
当然楽な試合なんて一つもなかった。
もうすでに力を使い果たしたんじゃないかというような事を言う解説者もいた。
「それは無いから大丈夫」
冬吾君に応援メッセージを送った時に聞いたらそう答えた。
「むしろテンションは今までで最高だよ」
そう言って笑っていた。
「無理はしないでね」
「まだまだ働いて瞳子に楽させないといけないからね」
「期待してるよ」
そんな話を冬吾君のお父さん達としていた。
「あの子も瞳子を予約か」
冬吾君のお父さんは笑っていた。
「まあ、テンションが高いのは間違いなさそうだけど」
神奈さんがそう言ってため息を吐いている。
「何かあったのか?」
冬吾君のお父さんが神奈さんに聞いていた。
「あの馬鹿私と誠を間違えてメッセージ送って来たよ」
「なんて?」
「……俺優勝したら風俗行くんだ!ってな」
神奈さんはそう言って誠さんを睨む。
「多分それなさそうだから心配するな」
「なんでだ?」
誠さんが言うと神奈さんが言う。
誠さんにはその話の続きを知っていたらしい。
浮かれて彼女のパオラさんに言ったらしい。
そしたら意外な答えが返って来た。
「あ、そう。病気には気を付けてね」
私に移されたらたまらない。
「い、行ってもいいのか?」
「日本人の彼女には行かせてもらえないの?」
「普通怒るんじゃないのか?」
「どうして?」
誠司の事はある程度の事は分かって来た。
ただ風俗で遊んでくるだけでしょ?
絶対に本気にならない。
金まで払ってるんだから浮気ですらない。
どうして怒る必要があるの?
風俗嬢と同レベルで私を見ていたの?
「イタリア人はそう考えるのか?」
「そういう恋愛の相談をしたことないから分からないけど、私はそう思う」
サッカー一筋で他に趣味が無い兄がサッカーを失った時、絶望の中にいて、そしてすべてを断った。
そんな風になるくらいなら何か一つや二つ趣味があった方がいい気がする。
さすがに私がいるのに他の女と寝るなんてことは嫌だけど、今私は誠司の側にいない。
誠司が帰って来た時にお祝いしてあげるのがやっとだ。
だから本当に優勝できたならそのくらいは我慢するよ。
パオラさんは本当に誠司君の理解者なんだ。
だからそのパオラさんを裏切るような真似は絶対にしないと誠司君が誠さんに伝えたらしい。
「なるほどな……私も誠にそうしてやればよかったのかな」
神奈さんは悩んでいる。
「ちょっと待って。神奈はそれでいいかもしれないけど、私はどうしたらいいの!?」
亜依さんがそう言って自分の旦那を指差している。
「まあ、今夜試合が終わったら付き合ってやるよ。亜依の場合はまず初恋をミスったよな」
「やっぱりそうか。もう少し、まじめに選べばよかった」
「で、でも仕方ないよ。だって初恋の人と結婚するって事の方が珍しいんだから」
学生時代の青春の1ページくらいにしか普通は考えない。
穂乃果さんがそう言っていた。
「で、冬吾はどうなの?」
冬莉が聞いてきた。
「……愚痴ってた」
私はそう言って笑った。
理由は簡単。
遠征先で美味しい物を食べようと調べてはいるもののマネージャーにしっかり監視されていて好きなものを食べれないらしい。
「冬吾らしいね」
冬吾が勝ったら美味しいご当地ラーメンを送ってやろう。
冬莉はそう言って笑っていた。
「天!いい加減にしなさい!いつも立場を考えてと言ってるじゃないですか!?」
「社長だから騒いだらいけないって決まりはないだろ!?」
繭さんが怒っている。
理由はすぐにわかった。
真っ白なTシャツに赤い丸。
多分日の丸だろう。
そして全身青色に塗ってあった。
遊さんや粋さんも同じだ。
天さんは地元4大企業の一角を担う存在。
その社長がこんな格好してるのを見られたら大事だ。
ここには繭さんのお母さんの晶さんもいる。
しかし晶さんは笑っていた。
「そうなるだろうと思ってこのパーティに招待する人も限定しておいたから大丈夫よ」
渡辺班とSHだけにしておいたらしい。
「んじゃ、誠も湿っぽい話は抜きにして盛り上がろうぜ!」
「お前は今日何しに来たと思ってるんだ!」
瑛大さんと亜依さんのやりとりはいつもの事だと愛莉さんから聞いていた。
「あ、選手が出てきた」
翼が言うと皆静かにスクリーンを見ていた。
(2)
「冬吾、今日勝ったら俺が奢ってやる」
江崎さんがそう言って僕の背中を叩いていた。
「江崎さん止めた方がいいっすよ。こいつに奢ったら金がいくらあっても足りない」
誠司がそう言う。
すると監督が言った。
「皆ここまでよく頑張ってくれた。俺としては十分やったと思う……」
「そういうのやめた方がいいっすよ。もっと貪欲に優勝狙うしかないでしょ」
誠司が言う。
海外では「精一杯頑張った」なんて賞賛はどうでもいい。
必要なのは結果。
せっかく決勝まで残ったんだ。
当然勝ちに行くしかない。
「不思議だな。お前たちが言うと出来るような気がするんだ」
村木さん達が言う。
最初から負ける事を考えて試合なんてしない。
その後の事を考えた。
「誠司、いつでも準備しときなよ」
「いいのか?美味しい所を俺がいただくってことだぞ?」
「誠司が提案したのに今さらビビったなんて言わせないからね」
「まあ、ビビってるとしたら試合が終わった後の事かな」
「しっかり決めなよ」
「んじゃ、先に幸せをかみしめてくるわ」
負けることは全く考えていないようだ。
「そろそろ時間だ。行こうか」
そう言うと控室を出る。
整列してフィールドに出るとおなじみの曲が流れている。
子供たちと手を繋いでフィールドに立つ。
いよいよ試合が始まる。
こんなところでもたついてる場合はない。
心の中で相手に宣告する。
さあ、お前の罪を数えろ。
(3)
それは一瞬の出来事だった。
観客もざわついていた。
相手にしてみたら思いもよらない一発だったのだろう。
すぐに試合を再開するかと思ったらしばらく立ち尽くしていた。
相手は多分ミスはしてない。
フリーキックで冬吾君のシュートのコースを限定していた。
その先には文字通り体を張って止めるつもりのキーパーが待ち構えている。
冬吾君達はお父さん達に言われていたらしい。
同じ手が何度も通用すると思うな。
だから裏をかいた。
冬吾君と誠司君2人が蹴る姿勢になる。
もちろんそれで戸惑うはずがない。
蹴るのは絶対に冬吾君だ。
相手はそう思い込んでいたのだろう。
今までだってずっとそうだったのだから。
しかしこの試合初めてのフリーキックは誠司君が蹴った。
それはシュートではなかった。
相手守備陣がしっかり築いた壁の前に転がす。
誠司君が蹴ると同時に守備陣が飛び上がる。
それが誠司君と冬吾君の狙いだった。
転がったボールをすぐに冬吾君が押し出す。
誰もが予想していなかった壁の隙間。それはキックした後に飛び上がった壁の足元。
ぽっかり空いたスペースに吸い込まれるようにボールが転がって行ってゴールに入る。
それが日本の先制点だった。
「誠司はあの手この手といろいろ考えているね」
「冬夜は知らないだろう。あいつ最近悩んでるんだ」
「何かあったの?」
「サッカーの事を考えるのは結構だけど少しは恋人に構ってよって言われたってさ」
「誠司がか!?」
神奈さんも愛莉さんも驚いてた。
それだけ必死だったんだ。
女遊びしか考えてないと思っていた誠司君が全くの変貌ぶりだった。
絶対に負けない。
気っとあの2人はずっとその事を考えている。
負けてもいい試合なんてあるはずない。
そんな気のゆるみを見せたら食われる。
そんな世界であの2人は自分の存在意義を示しているのだろう。
イタリアで培った経験を誠司君はしっかり生かしていた。
先取した一点を死守する守備。
もちろん攻められっぱなしでいるわけがない。
冬吾君が相手陣に立っている限り絶対に全員攻撃なんて真似出来ない。
そんなそぶりを見せると誠司君がボールを前線に大きく蹴る。
冬吾君の存在自体が相手にとって脅威なんだ。
冬吾君を一人にしたらありえない事をやってのけるのは世界中で知られている事。
だからこの試合にも常にマークがついていた。
この1点を死守したら勝てる。
だけどそんなに冬吾君は甘くなかった。
常に止めを刺すべく一撃を狙っていた。
(4)
試合終盤に来て冬吾が動き出した。
「僕にボールをよこせ」
そんなサインを送ってくる。
どっちが司令塔なのか分からないじゃねーか。
そう思いながらボールを受け取るとすぐに冬吾にボールを渡す。
冬吾にマークがついてるのは分かってる。
だけど冬吾の0からの加速は誰にも追いつけない。
少し先に運ぶだけでいい。
しかしその時冬吾がボールを受け取ってこっちをしっかり見ている。
「天使とダンスするよ」
そんなメッセージを送って来た。
背筋が凍った。
冬吾はこの試合に止めを刺すつもりだ。
それは俺の出番が来たことを意味する。
「今がチャンスだ。全員上がれ!」
そう言うとDFだけを残して全員上がる。
その頃には冬吾は相手陣のコーナーに到着していた。
そして冬吾が俺を見るとすぐにクロスを上げる。
冬吾のクロスほど恐ろしい物はない。
冬吾を研究してないチームが相手ならまず間違いなく決めてくる。
しかし相手は冬吾を研究している。
キーパーが少し前に出てボールをつかみ取ろうとしていた。
しかし今回の冬吾のボールは少し違う。
いつもなら高めのボールをあげてクロスかシュートか見分けがつかないようにするのに、地面すれすれを飛んでいた。
何をする気だ?
とっさにボールが来たから対応できなかったなんてマヌケな事は絶対に言えない。
対応?
俺はとっさにゴール前に出来たスペースを見つける。
見つけると同時にすぐに飛び込む。
思ったとおりだった。
お前が司令塔やった方がいいんじゃないのか?
そう思いたくなるようなキックだった。
冬吾の放ったボールは失速して地面に落ちると思った。
普通なら相手がトラップできただろう。
しかしボールはその前に芝生のくぼみに落ちて相手の前方に跳ねてくる。
そしてまさにその位置に俺が走りこんでいた。
冬吾からのプレゼントだ。
相手のキーパーからはボールが見えないだろう。
こういう時何か言うんだったな。
「いつから冬吾はシュートしか打たないと錯覚していた?」
俺は丁寧に相手キーパーの反対側のスペースにボールを蹴りこむ。
ボールは見事にゴールに入った。
日本の待望の追加点。
もう残り時間もアディショナルタイムに入っている。
だけどそのアディショナルタイムで逆転される試合だってあることを知っている。
抱き合って喜ぼうとする仲間に指示を飛ばす。
冬吾も叫んでいた。
「喜ぶのは試合が終わってからだ!」
ほとんど時間の残ってない状況での追加点。
相手も焦って全員で攻撃しようとする。
しかし冬吾がそれを許さない。
ここで僕を自由にしたらどうなっても知らないよ?
そんな風な気構えで相手陣に立っている。
ボールを受け取った時の冬吾の恐怖はさっき味わっているだろう。
冬吾がいる限り思い切って攻め込めない。
こっちは2点を守るだけでいい。
だけど隙あればもう1点奪ってやる。
流れが完全に日本に傾いていた。
最後はキーパーが大きくクリアして長い笛が鳴る。
日本の初優勝。
そんな奇跡をわずか20歳の冬吾がもたらした。
皆が泣いて喜んで抱き合う。
冬吾は相手の10番とユニフォームの交換をする。
冬吾はフランス語も覚えたのだろう。
何か話をしていた。
そのまま閉会式が始まり俺がトロフィーを受け取って高く掲げる。
インタビュアーが冬吾に集まるが冬吾は俺に譲ってくれた。
決勝点を決めたのは俺だからそんなに問題はない。
ついにこの時が来たんだ。
冬吾の父さんも同じ気持ちだったのかな?
この一言をどれだけ待ちわびたか。
「では多田選手。この試合の感想を」
「その前に一言いいですか?」
「どうぞ」
俺は深呼吸して言った。
「パオラ!愛してる!結婚してくれ!!」
後で監督たちにめちゃくちゃ怒られた。
「歴史的な瞬間をお前のプロポーズの場面に勝手にするな」
戦友たちはそう言って笑っていた。
(5)
最初はみんな不安に包まれていた。
「その前に一言いいですか?」
それは冬夜がオリンピックで金メダル取った後の記者会見で言った一言だったから。
まさか誠司まで?
それは次の瞬間に吹き飛んだ。
その代わり神奈が怒っている。
「あの馬鹿は……」
「神奈……なんとなく気持ちはわかる。冬吾がいつもそうだったから」
愛莉さんがそう神奈に声をかけている。
「誠の息子らしいプロポーズだったな」
冬夜がそう言って笑っている。
「俺はあそこまで派手なプロポーズしてないぞ」
「でも誠があの場所に立つことがあったら考えたんじゃないのか?」
「プロポーズはどうだか知らないけど愛してるくらいは言うかな」
「ふざけるな!」
神奈に小突かれた。
「トーヤ達はそれで気持ちがすっきりするかもしれないけど、プロポーズを受ける方の身にもなれ」
ただでさえ大好きな恋人からプロポーズされるだけで嬉しくて涙が出るのに。
「そういや学は普通のプロポーズだったな」
水奈がそう言う。
「すまない、俺には特技が無いから無理だ」
「いや、なんか誠司の奴が凄いなってだけで、別にあれをしてほしいとは思わないよ」
当たり前の様に恋をして当たり前の様に結婚してそして子供を育む。
それだけでも水奈は十分だと話していた。
「それに学は家事が出来るから特技が無いとかないだろ?」
「それを水奈が言うんじゃない。まさか私の娘でここまで育児の出来ない奴とは思わなかったぞ!」
「ま、まだ幼稚園児だからいいだろ!?」
「あのまま優菜と愛菜が小学生になったらどうなるかくらい水奈でもわかるだろ!?」
「ま、まってくれ神奈さん。結莉は普通に大人しくなったぞ!」
天音が抗議する。
しかし愛莉さんが天音を睨みつける。
「……で、茉莉はどうなの?PTAでの事件は恵美や翼から聞いてるわよ?」
「あ、あれは相手が挑発してきたんだからしょうがないだろ!」
「子供はそうだったとしても天音までムキになってどうするのですか!?」
「子供を守るのが母親だって愛莉が言ってたじゃないか!」
「意味が違うでしょ!どこの世界に喧嘩を売る母親がいるんですか!」
「それはあのババアに言え!」
「あ、愛莉ちゃん。美希からも聞いてる。あれはあのおばさんが悪いの。天音ちゃんが悪いわけじゃない」
大体最初に庇うのは大地の役目でしょ!
恵美さんがそう言って大地をしかりつけると石原君が大地を庇っている。
「しかし大丈夫なのか?」
冬夜が聞いてきた。
「何が?」
「相手はイタリア人なんだろ?イタリアに残るとか言い出さないのか?」
冬夜が心配していた。
「それはねーよ」
パオラさんは自分で言ったそうだ。
恋人と一緒になるために祖国を離れるなんて普通なんじゃないの?
そうでもして一緒にいたいと思うことが愛しているという事じゃないの?
欧州では当たり前なのだろう。
それが近いか遠いかだけ。
だから心配するな。
パオラさんは誠司を一人野放しにしてる方が不安らしい。
誠司が浮気をするとかは絶対ないと信じてる。
ただ、サッカーで挫折した時に支えてあげる人が必要でそれがパオラさんだと思っているらしい。
そんな恋人なら誠司も変わるんだな。
「……私もそうしてやればよかったか?」
神奈が聞いていた。
「神奈には一番大変な時に支えてくれたよ」
それは高校サッカーの時。
あの時に神奈がいなかったら今の俺は存在してないかもしれない。
だからあの不倫疑惑を起こした時は本気で後悔した。
馬鹿な事をしたと本気で今でも反省している。
「それはもう過ぎた事だから気にするな」
俺も立派な息子を持つことが出来てよかったな。
神奈はそう労ってくれる。
「それは神奈の努力だろ」
「どうだろうな。あのバカ娘を見てるとどうも自信がない」
そう言って天音と一緒に愛莉さんから注意を受けている水奈を見ていた。
だけど冬夜の心配はそうじゃないらしい。
「パオラさんてイタリアの女性なんだろ?」
「当たり前だろ」
「誠は色々気になる事があるんじゃないのか?」
例えば胸の大きさとか体形のよさとか肌の綺麗さとか。
冬夜も男なんだな。
俺は笑って答えた。
「海外では衛生に悪いから剃ってるらしいぜ」
「そうなんだ。誠司から聞いた?」
「ああ、あいつ結構色々教えてくれる」
パオラさんも初めての恋で分からないから誠司が優しくリードしたらしい……
ぽかっ。
「誠君は冬夜さんに変な事吹き込まないで!」
「ま、待ってくれ。今のは冬夜から聞いてきたんだ!」
「トーヤもいい加減にしろ!お前らは自分の子供になんてことを吹き込むつもりだ!?」
「ま、待て神奈。その理屈はおかしい?」
「どういう意味だ?」
「その理屈だと俺は水奈の行動にも興味を示すべきじゃないのか?」
「現に示していただろう!馬鹿が!」
「死んでもお前には教えねーよ」
水奈まで敵に回った。
しかしそこで今までと違う展開が待っていた。
不思議そうに冬莉が水奈を見ている。
「どうしたんだ?」
「いえ、多田家はそうなんだと思って……」
「どういう意味だ?」
神奈が聞いていた。
片桐家の娘は母親から父親を奪い取ろうと必死になるらしい。
それは陽葵と菫も変わらないらしい。
羨ましい娘を持ったな。
そんな様子を見ていた空の息子の結が料理を食べながら茉奈を見た。
「どうしたの?」
「茉奈は学と寝たいのか?」
「家は狭いから優翔と寝てるの」
大きくなったら優菜と愛菜と一緒の部屋になるそうだ。
「優翔と寝ると何かあるのか?」
「へ?」
寝てる間に何があるんだ?
それが結の疑問だった。
相変わらず片桐家の息子の性格してるな。
「結は美希と寝たりしないのか?」
「僕はもう一人で寝れるよ」
結は絶対に意味がわかってない。
「結、恋人と寝るのは怖いからじゃないんだ」
「天音!余計な事を冬夜に吹き込まないで!」
美希が天音を注意している。
しかし結は全く分かってない。
「母さんと寝るのはダメだけど、恋人と寝るのはいいの?」
「もう少し結が大きくなったら説明してあげる」
「……わかった」
翼がそういうと食事に戻る結と茉奈。
「多分美希も苦労しますよ」
「大地の時もそうだったから……」
頭を悩ませる母親。
その一方で……
「結は子作りの方法知らないのか?」
「まだお子様だからそうなんだろ?」
茉莉と菫がそう言っているのを愛莉さんや恵美さんは聞き逃さなかった。
もちろん天音も。
「ま、まさかあなた達……」
愛莉さんが言葉を失っている。
「あ、愛莉!落ち着け!これには理由があるんだ!」
天音が必死に説明する。
単純だ。
結莉や茉莉をお風呂に入れているのは大地だった。
そうすると否応なしに男と女の体の違いに気づく。
それを聞かれて説明した。
ただそれだけの話。
だからやっかいだった。
「あなた達小学生に何を教えてるの!?」
「恵美さんだって恋人がいるなら早めに教えておけって言ってたじゃないか!」
茜からも聞いたらしい。
中には気持ちいいからって理由だけでゴムを用意しない男がいる。
だから女性も準備しておいた方がいい。
ちなみに誠司はそんな馬鹿な真似はしない。
ちゃんと子供が出来ても育てられるような環境が出来るまでは我慢しろ。
したいならさっさと結婚しろと言っておいた。
……まさかあいつそのためにプロポーズを急いだ?
「どこの世界にゴムを常備してる小学生がいるんですか!?」
愛莉さんが怒っている。
この後恵美さんと愛莉さんはやはり天音の教育は恐ろしいと思ったのだろう。
出来る限りどちらかが天音の家に通うようになったそうだ。
「俺たちの子供たちは順調に親を模倣していくんだろうな」
「他人事だと思うな正志!正文は生まれた時からすでに規格外だったぞ!」
正俊の妻の夏樹は「本当に死ぬかと思った」と話していたそうだ。
美嘉さんも頭を抱えている。
ちなみに誠司のプロポーズはちゃんと受けてくれたらしい。
「あんな仕方卑怯だよ。断るにも断れないじゃない」
「断る気だった?」
「そんなわけないでしょ?ありがとう」
そんな風に幸せになったそうだ。
その晩盛大に騒いでいた。
これからしばらくの間、日本サッカーは黄金時代を迎える事になる。
だけどW杯ですら冬吾と誠司にとっては通過点に過ぎないんだそうだ。
その日、日本中が盛り上がっていた。
冬吾君と誠司君達がもたらした青い奇跡。
日本はW杯の決勝という舞台に立っていた。
当然のように冬吾君の両親に「一緒に応援してやってくれないか?」と誘われた。
もうすでに酔っぱらっている瑛大さん達。
奥さんの亜依さんはあきれている。
なのに誠さんはあまり飲まずに冬吾君のお父さんとモニターを見ながら何か話していた。
どうしてなのか聞いてみた。
「さすがに息子の晴れ姿だからな。しっかり応援してやるよ」
「誠がそんな事いうなんて珍しいな」
神奈さんも驚いていた。
相手はフランス。
優勝経験もある国だ。
冬吾君よりも若い才能ある選手がいる。
日本はベスト16までが精いっぱいだった。
当然楽な試合なんて一つもなかった。
もうすでに力を使い果たしたんじゃないかというような事を言う解説者もいた。
「それは無いから大丈夫」
冬吾君に応援メッセージを送った時に聞いたらそう答えた。
「むしろテンションは今までで最高だよ」
そう言って笑っていた。
「無理はしないでね」
「まだまだ働いて瞳子に楽させないといけないからね」
「期待してるよ」
そんな話を冬吾君のお父さん達としていた。
「あの子も瞳子を予約か」
冬吾君のお父さんは笑っていた。
「まあ、テンションが高いのは間違いなさそうだけど」
神奈さんがそう言ってため息を吐いている。
「何かあったのか?」
冬吾君のお父さんが神奈さんに聞いていた。
「あの馬鹿私と誠を間違えてメッセージ送って来たよ」
「なんて?」
「……俺優勝したら風俗行くんだ!ってな」
神奈さんはそう言って誠さんを睨む。
「多分それなさそうだから心配するな」
「なんでだ?」
誠さんが言うと神奈さんが言う。
誠さんにはその話の続きを知っていたらしい。
浮かれて彼女のパオラさんに言ったらしい。
そしたら意外な答えが返って来た。
「あ、そう。病気には気を付けてね」
私に移されたらたまらない。
「い、行ってもいいのか?」
「日本人の彼女には行かせてもらえないの?」
「普通怒るんじゃないのか?」
「どうして?」
誠司の事はある程度の事は分かって来た。
ただ風俗で遊んでくるだけでしょ?
絶対に本気にならない。
金まで払ってるんだから浮気ですらない。
どうして怒る必要があるの?
風俗嬢と同レベルで私を見ていたの?
「イタリア人はそう考えるのか?」
「そういう恋愛の相談をしたことないから分からないけど、私はそう思う」
サッカー一筋で他に趣味が無い兄がサッカーを失った時、絶望の中にいて、そしてすべてを断った。
そんな風になるくらいなら何か一つや二つ趣味があった方がいい気がする。
さすがに私がいるのに他の女と寝るなんてことは嫌だけど、今私は誠司の側にいない。
誠司が帰って来た時にお祝いしてあげるのがやっとだ。
だから本当に優勝できたならそのくらいは我慢するよ。
パオラさんは本当に誠司君の理解者なんだ。
だからそのパオラさんを裏切るような真似は絶対にしないと誠司君が誠さんに伝えたらしい。
「なるほどな……私も誠にそうしてやればよかったのかな」
神奈さんは悩んでいる。
「ちょっと待って。神奈はそれでいいかもしれないけど、私はどうしたらいいの!?」
亜依さんがそう言って自分の旦那を指差している。
「まあ、今夜試合が終わったら付き合ってやるよ。亜依の場合はまず初恋をミスったよな」
「やっぱりそうか。もう少し、まじめに選べばよかった」
「で、でも仕方ないよ。だって初恋の人と結婚するって事の方が珍しいんだから」
学生時代の青春の1ページくらいにしか普通は考えない。
穂乃果さんがそう言っていた。
「で、冬吾はどうなの?」
冬莉が聞いてきた。
「……愚痴ってた」
私はそう言って笑った。
理由は簡単。
遠征先で美味しい物を食べようと調べてはいるもののマネージャーにしっかり監視されていて好きなものを食べれないらしい。
「冬吾らしいね」
冬吾が勝ったら美味しいご当地ラーメンを送ってやろう。
冬莉はそう言って笑っていた。
「天!いい加減にしなさい!いつも立場を考えてと言ってるじゃないですか!?」
「社長だから騒いだらいけないって決まりはないだろ!?」
繭さんが怒っている。
理由はすぐにわかった。
真っ白なTシャツに赤い丸。
多分日の丸だろう。
そして全身青色に塗ってあった。
遊さんや粋さんも同じだ。
天さんは地元4大企業の一角を担う存在。
その社長がこんな格好してるのを見られたら大事だ。
ここには繭さんのお母さんの晶さんもいる。
しかし晶さんは笑っていた。
「そうなるだろうと思ってこのパーティに招待する人も限定しておいたから大丈夫よ」
渡辺班とSHだけにしておいたらしい。
「んじゃ、誠も湿っぽい話は抜きにして盛り上がろうぜ!」
「お前は今日何しに来たと思ってるんだ!」
瑛大さんと亜依さんのやりとりはいつもの事だと愛莉さんから聞いていた。
「あ、選手が出てきた」
翼が言うと皆静かにスクリーンを見ていた。
(2)
「冬吾、今日勝ったら俺が奢ってやる」
江崎さんがそう言って僕の背中を叩いていた。
「江崎さん止めた方がいいっすよ。こいつに奢ったら金がいくらあっても足りない」
誠司がそう言う。
すると監督が言った。
「皆ここまでよく頑張ってくれた。俺としては十分やったと思う……」
「そういうのやめた方がいいっすよ。もっと貪欲に優勝狙うしかないでしょ」
誠司が言う。
海外では「精一杯頑張った」なんて賞賛はどうでもいい。
必要なのは結果。
せっかく決勝まで残ったんだ。
当然勝ちに行くしかない。
「不思議だな。お前たちが言うと出来るような気がするんだ」
村木さん達が言う。
最初から負ける事を考えて試合なんてしない。
その後の事を考えた。
「誠司、いつでも準備しときなよ」
「いいのか?美味しい所を俺がいただくってことだぞ?」
「誠司が提案したのに今さらビビったなんて言わせないからね」
「まあ、ビビってるとしたら試合が終わった後の事かな」
「しっかり決めなよ」
「んじゃ、先に幸せをかみしめてくるわ」
負けることは全く考えていないようだ。
「そろそろ時間だ。行こうか」
そう言うと控室を出る。
整列してフィールドに出るとおなじみの曲が流れている。
子供たちと手を繋いでフィールドに立つ。
いよいよ試合が始まる。
こんなところでもたついてる場合はない。
心の中で相手に宣告する。
さあ、お前の罪を数えろ。
(3)
それは一瞬の出来事だった。
観客もざわついていた。
相手にしてみたら思いもよらない一発だったのだろう。
すぐに試合を再開するかと思ったらしばらく立ち尽くしていた。
相手は多分ミスはしてない。
フリーキックで冬吾君のシュートのコースを限定していた。
その先には文字通り体を張って止めるつもりのキーパーが待ち構えている。
冬吾君達はお父さん達に言われていたらしい。
同じ手が何度も通用すると思うな。
だから裏をかいた。
冬吾君と誠司君2人が蹴る姿勢になる。
もちろんそれで戸惑うはずがない。
蹴るのは絶対に冬吾君だ。
相手はそう思い込んでいたのだろう。
今までだってずっとそうだったのだから。
しかしこの試合初めてのフリーキックは誠司君が蹴った。
それはシュートではなかった。
相手守備陣がしっかり築いた壁の前に転がす。
誠司君が蹴ると同時に守備陣が飛び上がる。
それが誠司君と冬吾君の狙いだった。
転がったボールをすぐに冬吾君が押し出す。
誰もが予想していなかった壁の隙間。それはキックした後に飛び上がった壁の足元。
ぽっかり空いたスペースに吸い込まれるようにボールが転がって行ってゴールに入る。
それが日本の先制点だった。
「誠司はあの手この手といろいろ考えているね」
「冬夜は知らないだろう。あいつ最近悩んでるんだ」
「何かあったの?」
「サッカーの事を考えるのは結構だけど少しは恋人に構ってよって言われたってさ」
「誠司がか!?」
神奈さんも愛莉さんも驚いてた。
それだけ必死だったんだ。
女遊びしか考えてないと思っていた誠司君が全くの変貌ぶりだった。
絶対に負けない。
気っとあの2人はずっとその事を考えている。
負けてもいい試合なんてあるはずない。
そんな気のゆるみを見せたら食われる。
そんな世界であの2人は自分の存在意義を示しているのだろう。
イタリアで培った経験を誠司君はしっかり生かしていた。
先取した一点を死守する守備。
もちろん攻められっぱなしでいるわけがない。
冬吾君が相手陣に立っている限り絶対に全員攻撃なんて真似出来ない。
そんなそぶりを見せると誠司君がボールを前線に大きく蹴る。
冬吾君の存在自体が相手にとって脅威なんだ。
冬吾君を一人にしたらありえない事をやってのけるのは世界中で知られている事。
だからこの試合にも常にマークがついていた。
この1点を死守したら勝てる。
だけどそんなに冬吾君は甘くなかった。
常に止めを刺すべく一撃を狙っていた。
(4)
試合終盤に来て冬吾が動き出した。
「僕にボールをよこせ」
そんなサインを送ってくる。
どっちが司令塔なのか分からないじゃねーか。
そう思いながらボールを受け取るとすぐに冬吾にボールを渡す。
冬吾にマークがついてるのは分かってる。
だけど冬吾の0からの加速は誰にも追いつけない。
少し先に運ぶだけでいい。
しかしその時冬吾がボールを受け取ってこっちをしっかり見ている。
「天使とダンスするよ」
そんなメッセージを送って来た。
背筋が凍った。
冬吾はこの試合に止めを刺すつもりだ。
それは俺の出番が来たことを意味する。
「今がチャンスだ。全員上がれ!」
そう言うとDFだけを残して全員上がる。
その頃には冬吾は相手陣のコーナーに到着していた。
そして冬吾が俺を見るとすぐにクロスを上げる。
冬吾のクロスほど恐ろしい物はない。
冬吾を研究してないチームが相手ならまず間違いなく決めてくる。
しかし相手は冬吾を研究している。
キーパーが少し前に出てボールをつかみ取ろうとしていた。
しかし今回の冬吾のボールは少し違う。
いつもなら高めのボールをあげてクロスかシュートか見分けがつかないようにするのに、地面すれすれを飛んでいた。
何をする気だ?
とっさにボールが来たから対応できなかったなんてマヌケな事は絶対に言えない。
対応?
俺はとっさにゴール前に出来たスペースを見つける。
見つけると同時にすぐに飛び込む。
思ったとおりだった。
お前が司令塔やった方がいいんじゃないのか?
そう思いたくなるようなキックだった。
冬吾の放ったボールは失速して地面に落ちると思った。
普通なら相手がトラップできただろう。
しかしボールはその前に芝生のくぼみに落ちて相手の前方に跳ねてくる。
そしてまさにその位置に俺が走りこんでいた。
冬吾からのプレゼントだ。
相手のキーパーからはボールが見えないだろう。
こういう時何か言うんだったな。
「いつから冬吾はシュートしか打たないと錯覚していた?」
俺は丁寧に相手キーパーの反対側のスペースにボールを蹴りこむ。
ボールは見事にゴールに入った。
日本の待望の追加点。
もう残り時間もアディショナルタイムに入っている。
だけどそのアディショナルタイムで逆転される試合だってあることを知っている。
抱き合って喜ぼうとする仲間に指示を飛ばす。
冬吾も叫んでいた。
「喜ぶのは試合が終わってからだ!」
ほとんど時間の残ってない状況での追加点。
相手も焦って全員で攻撃しようとする。
しかし冬吾がそれを許さない。
ここで僕を自由にしたらどうなっても知らないよ?
そんな風な気構えで相手陣に立っている。
ボールを受け取った時の冬吾の恐怖はさっき味わっているだろう。
冬吾がいる限り思い切って攻め込めない。
こっちは2点を守るだけでいい。
だけど隙あればもう1点奪ってやる。
流れが完全に日本に傾いていた。
最後はキーパーが大きくクリアして長い笛が鳴る。
日本の初優勝。
そんな奇跡をわずか20歳の冬吾がもたらした。
皆が泣いて喜んで抱き合う。
冬吾は相手の10番とユニフォームの交換をする。
冬吾はフランス語も覚えたのだろう。
何か話をしていた。
そのまま閉会式が始まり俺がトロフィーを受け取って高く掲げる。
インタビュアーが冬吾に集まるが冬吾は俺に譲ってくれた。
決勝点を決めたのは俺だからそんなに問題はない。
ついにこの時が来たんだ。
冬吾の父さんも同じ気持ちだったのかな?
この一言をどれだけ待ちわびたか。
「では多田選手。この試合の感想を」
「その前に一言いいですか?」
「どうぞ」
俺は深呼吸して言った。
「パオラ!愛してる!結婚してくれ!!」
後で監督たちにめちゃくちゃ怒られた。
「歴史的な瞬間をお前のプロポーズの場面に勝手にするな」
戦友たちはそう言って笑っていた。
(5)
最初はみんな不安に包まれていた。
「その前に一言いいですか?」
それは冬夜がオリンピックで金メダル取った後の記者会見で言った一言だったから。
まさか誠司まで?
それは次の瞬間に吹き飛んだ。
その代わり神奈が怒っている。
「あの馬鹿は……」
「神奈……なんとなく気持ちはわかる。冬吾がいつもそうだったから」
愛莉さんがそう神奈に声をかけている。
「誠の息子らしいプロポーズだったな」
冬夜がそう言って笑っている。
「俺はあそこまで派手なプロポーズしてないぞ」
「でも誠があの場所に立つことがあったら考えたんじゃないのか?」
「プロポーズはどうだか知らないけど愛してるくらいは言うかな」
「ふざけるな!」
神奈に小突かれた。
「トーヤ達はそれで気持ちがすっきりするかもしれないけど、プロポーズを受ける方の身にもなれ」
ただでさえ大好きな恋人からプロポーズされるだけで嬉しくて涙が出るのに。
「そういや学は普通のプロポーズだったな」
水奈がそう言う。
「すまない、俺には特技が無いから無理だ」
「いや、なんか誠司の奴が凄いなってだけで、別にあれをしてほしいとは思わないよ」
当たり前の様に恋をして当たり前の様に結婚してそして子供を育む。
それだけでも水奈は十分だと話していた。
「それに学は家事が出来るから特技が無いとかないだろ?」
「それを水奈が言うんじゃない。まさか私の娘でここまで育児の出来ない奴とは思わなかったぞ!」
「ま、まだ幼稚園児だからいいだろ!?」
「あのまま優菜と愛菜が小学生になったらどうなるかくらい水奈でもわかるだろ!?」
「ま、まってくれ神奈さん。結莉は普通に大人しくなったぞ!」
天音が抗議する。
しかし愛莉さんが天音を睨みつける。
「……で、茉莉はどうなの?PTAでの事件は恵美や翼から聞いてるわよ?」
「あ、あれは相手が挑発してきたんだからしょうがないだろ!」
「子供はそうだったとしても天音までムキになってどうするのですか!?」
「子供を守るのが母親だって愛莉が言ってたじゃないか!」
「意味が違うでしょ!どこの世界に喧嘩を売る母親がいるんですか!」
「それはあのババアに言え!」
「あ、愛莉ちゃん。美希からも聞いてる。あれはあのおばさんが悪いの。天音ちゃんが悪いわけじゃない」
大体最初に庇うのは大地の役目でしょ!
恵美さんがそう言って大地をしかりつけると石原君が大地を庇っている。
「しかし大丈夫なのか?」
冬夜が聞いてきた。
「何が?」
「相手はイタリア人なんだろ?イタリアに残るとか言い出さないのか?」
冬夜が心配していた。
「それはねーよ」
パオラさんは自分で言ったそうだ。
恋人と一緒になるために祖国を離れるなんて普通なんじゃないの?
そうでもして一緒にいたいと思うことが愛しているという事じゃないの?
欧州では当たり前なのだろう。
それが近いか遠いかだけ。
だから心配するな。
パオラさんは誠司を一人野放しにしてる方が不安らしい。
誠司が浮気をするとかは絶対ないと信じてる。
ただ、サッカーで挫折した時に支えてあげる人が必要でそれがパオラさんだと思っているらしい。
そんな恋人なら誠司も変わるんだな。
「……私もそうしてやればよかったか?」
神奈が聞いていた。
「神奈には一番大変な時に支えてくれたよ」
それは高校サッカーの時。
あの時に神奈がいなかったら今の俺は存在してないかもしれない。
だからあの不倫疑惑を起こした時は本気で後悔した。
馬鹿な事をしたと本気で今でも反省している。
「それはもう過ぎた事だから気にするな」
俺も立派な息子を持つことが出来てよかったな。
神奈はそう労ってくれる。
「それは神奈の努力だろ」
「どうだろうな。あのバカ娘を見てるとどうも自信がない」
そう言って天音と一緒に愛莉さんから注意を受けている水奈を見ていた。
だけど冬夜の心配はそうじゃないらしい。
「パオラさんてイタリアの女性なんだろ?」
「当たり前だろ」
「誠は色々気になる事があるんじゃないのか?」
例えば胸の大きさとか体形のよさとか肌の綺麗さとか。
冬夜も男なんだな。
俺は笑って答えた。
「海外では衛生に悪いから剃ってるらしいぜ」
「そうなんだ。誠司から聞いた?」
「ああ、あいつ結構色々教えてくれる」
パオラさんも初めての恋で分からないから誠司が優しくリードしたらしい……
ぽかっ。
「誠君は冬夜さんに変な事吹き込まないで!」
「ま、待ってくれ。今のは冬夜から聞いてきたんだ!」
「トーヤもいい加減にしろ!お前らは自分の子供になんてことを吹き込むつもりだ!?」
「ま、待て神奈。その理屈はおかしい?」
「どういう意味だ?」
「その理屈だと俺は水奈の行動にも興味を示すべきじゃないのか?」
「現に示していただろう!馬鹿が!」
「死んでもお前には教えねーよ」
水奈まで敵に回った。
しかしそこで今までと違う展開が待っていた。
不思議そうに冬莉が水奈を見ている。
「どうしたんだ?」
「いえ、多田家はそうなんだと思って……」
「どういう意味だ?」
神奈が聞いていた。
片桐家の娘は母親から父親を奪い取ろうと必死になるらしい。
それは陽葵と菫も変わらないらしい。
羨ましい娘を持ったな。
そんな様子を見ていた空の息子の結が料理を食べながら茉奈を見た。
「どうしたの?」
「茉奈は学と寝たいのか?」
「家は狭いから優翔と寝てるの」
大きくなったら優菜と愛菜と一緒の部屋になるそうだ。
「優翔と寝ると何かあるのか?」
「へ?」
寝てる間に何があるんだ?
それが結の疑問だった。
相変わらず片桐家の息子の性格してるな。
「結は美希と寝たりしないのか?」
「僕はもう一人で寝れるよ」
結は絶対に意味がわかってない。
「結、恋人と寝るのは怖いからじゃないんだ」
「天音!余計な事を冬夜に吹き込まないで!」
美希が天音を注意している。
しかし結は全く分かってない。
「母さんと寝るのはダメだけど、恋人と寝るのはいいの?」
「もう少し結が大きくなったら説明してあげる」
「……わかった」
翼がそういうと食事に戻る結と茉奈。
「多分美希も苦労しますよ」
「大地の時もそうだったから……」
頭を悩ませる母親。
その一方で……
「結は子作りの方法知らないのか?」
「まだお子様だからそうなんだろ?」
茉莉と菫がそう言っているのを愛莉さんや恵美さんは聞き逃さなかった。
もちろん天音も。
「ま、まさかあなた達……」
愛莉さんが言葉を失っている。
「あ、愛莉!落ち着け!これには理由があるんだ!」
天音が必死に説明する。
単純だ。
結莉や茉莉をお風呂に入れているのは大地だった。
そうすると否応なしに男と女の体の違いに気づく。
それを聞かれて説明した。
ただそれだけの話。
だからやっかいだった。
「あなた達小学生に何を教えてるの!?」
「恵美さんだって恋人がいるなら早めに教えておけって言ってたじゃないか!」
茜からも聞いたらしい。
中には気持ちいいからって理由だけでゴムを用意しない男がいる。
だから女性も準備しておいた方がいい。
ちなみに誠司はそんな馬鹿な真似はしない。
ちゃんと子供が出来ても育てられるような環境が出来るまでは我慢しろ。
したいならさっさと結婚しろと言っておいた。
……まさかあいつそのためにプロポーズを急いだ?
「どこの世界にゴムを常備してる小学生がいるんですか!?」
愛莉さんが怒っている。
この後恵美さんと愛莉さんはやはり天音の教育は恐ろしいと思ったのだろう。
出来る限りどちらかが天音の家に通うようになったそうだ。
「俺たちの子供たちは順調に親を模倣していくんだろうな」
「他人事だと思うな正志!正文は生まれた時からすでに規格外だったぞ!」
正俊の妻の夏樹は「本当に死ぬかと思った」と話していたそうだ。
美嘉さんも頭を抱えている。
ちなみに誠司のプロポーズはちゃんと受けてくれたらしい。
「あんな仕方卑怯だよ。断るにも断れないじゃない」
「断る気だった?」
「そんなわけないでしょ?ありがとう」
そんな風に幸せになったそうだ。
その晩盛大に騒いでいた。
これからしばらくの間、日本サッカーは黄金時代を迎える事になる。
だけどW杯ですら冬吾と誠司にとっては通過点に過ぎないんだそうだ。
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