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READY STEADY NEVER LOOK BACK
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(1)
あまり気のりはしなかった。
それでも「数が足りなくて困ってるの。別に無理やり付き合わせるとかしないから」と友達に説得されてしょうがなくついてきた。
しかし彼氏を作る気がない、お酒を楽しむ趣味もない、それに私は……
「へえ、やっぱりイタリア人って美人が多いんだな!」
彼はそう言って一人興奮していた。
「だろ?俺の彼女に頼んで特上の女性を選んでもらったんだ。どの子が好みだ?」
私の友達の彼氏のアントニオがそう言ってワインを飲んでいた。
彼らは皆プロのサッカー選手。
国内でも強豪のチームでそれなりの年棒を稼いでいる”優良物件”だそうだ。
それが私が一番いやな理由なんだけど。
私はサッカー選手が嫌いだ。
イタリアの恋人と称された有名選手も親が倒れて稼業を継ぐためにサッカーを引退した。
私の兄はサッカーで故障を重ねて戦力外通告を受けて失踪した。
サッカーに打ち込むあまり大切な人を蔑ろにする男が嫌いだった。
そして一人テンションの高い日本人の背番号がかつての兄の背番号だった。
多田誠司。
たかだか玉蹴りの為にはるばる日本からやってきた選手。
しかしその実力はチームの中でもトップクラスで常にチームを先導しているらしい。
この男もサッカーに魅入って日本に家族を置いてきた愚かな男。
こんな奴の為には呼び出されたのか?
考えるだけでイライラする。
酒も飲まずにどうしてそんなに楽しんでいられるの?
え?
酒を飲んでいない?
どうして?
「あの、あなたどうしてお酒飲まないの?」
「へ?」
彼は不思議そうな顔をしていた。
「だって俺未成年だし。問題を起こすなって言われてるから」
「誠司、お前いくつだっけ?」
FIFAの規定上18歳未満は海外移籍は無理なはず。
「だから18だけど?」
日本ではそうなのか?
アントニオが誠司の背中をたたいている。
「日本はいくつからなんだ?この国じゃ小学生から飲んでる奴いるぞ?」
「いや、日本の友達も高校生で飲んでる奴いたけど母さんが絶対やめろ!っていうからさ」
移籍祝いの時に飲ませてもらったくらいだと誠司は言う。
「心配しなくていいよ。イタリアじゃ18歳以上ならお酒もたばこもいいから」
私が教えると「まじかよ!?」と驚いてた。
「どうする、ワイン頼むか?」
「ワインて結構やばいって聞いたんだよな」
初めて飲む人には確かにきついかも。
だけどアントニオがそんな言い分聞くはずがない。
「大人の階段ってやつだ。とりあえず飲んどけ。そのうち慣れる」
そう言って誠司の分のワインを注文する。
「でもさ、お前飲酒はダメって言い張ってたのに風俗は行くんだな」
「日本は風俗は18歳で入れるんだ」
だからイタリアなら大丈夫だろ?
何を根拠にこの男は言ってるのかさっぱり分からなかった。
「実はさ、彼が問題なのよ」
友達が教えてくれた。
母国の父親に「デリヘル呼ぶのにイタリア語でどう言うんだ?」と相談していたらしい。
それを見た母親が激怒した。
姉や妹からも散々言われたらしい。
「まさか、この男と付き合えと?」
「いや、パオラが嫌なら無理には言わない」
友達がそう言う。
それを聞いていた誠司が訪ねてきた。
「君パオラって言うの?俺多田誠司」
「知ってる」
この都市に住んでいて知らない者はいないほどの人気のある選手だった。
そんな彼でも勝てない男がいるらしい。
片桐冬吾。
彼のいるチームとの一戦は彼の存在を大いにアピールしていた。
たった一回のカウンターで試合を決定づけた。
「次は絶対リベンジしてやるけどな」
そう意気込んでいた。
「なあ、パオラ。俺たちに協力してくれないか?」
「どういう意味?」
「友達から聞いてないのか?」
「何も聞いてない」
「……まあ、聞いてたら来るわけないか」
そう言ってアントニオは笑っていた。
彼は真面目だから酒を飲めないと思っていた。
だけど女遊びが酷いらしい。
そのうち問題を起こすかもしれない。
そんな誠司の監視役を私に任せてみたいらしい。
そんな話を聞いて私が乗ると思ったの?
しかし誠司は違うことを考えていたらしい。
「ひょっとしてパオラは無理やり連れてこられた?」
勘は鋭いみたいだ。
「ええ、人数合わせでいいから来てほしいって」
「人数合わせって事は付き合ってる人いるんだ」
「そんなのいない!私は男が嫌いなの!」
「わかった。悪かったね」
そんなにあっさり引き下がるの?
「でもさ、俺に酒を勧めといてパオラは飲まないってずるくない?」
別に付き合うとかそう言うの無しにして楽しもうよ。
「あ、パオラは飲めない性質?」
「馬鹿にしないで!酒くらいどうってことない!」
そう言ってワインを注文する。
「ああ、無理しないでもいいよ。ジュースで盛り上がれる奴知ってるから」
「無理なんかしてない」
そう言ってグラスに注がれたワインを一気に飲み干す。
「さすがすごいな」
「日本人はちみちみ飲むのが好みなの?」
「初めてだから控えておかないと醜態曝せないしな」
風俗に通ってる時点で充分曝してるじゃない。
「パオラ、驚いただろ?」
アントニオが聞いてた。
彼が言うにはサッカーをしているときとしていない時のギャップが酷いらしい。
サッカーをやる時はまじめなのにオフになるとふざけだす。
そんな男なら見た目もイタリア人女性の目線からしても悪くない。
別に私じゃなくてもいいんじゃないか?
アントニオに言っていた。
「それもまた不思議なんだ」
「え?」
誠司は風俗には通うけどどういうわけか彼女を作ろうとしない。
だから監督が「いい加減彼女でも作ったらどうだ?」とアドバイスするほど。
「彼女作ったら遊べないじゃないですか」
監督にそう言ったらしい。
それでアントニオに頼んだのか。
風俗と彼女に大きな違いをもっているらしい。
「イタリアでは聞いたことないけど、日本には割り切りって言葉があるんだ」
はした金で女を雇い短い時間女を抱く。
単なる売春。
誠司がイタリアに着いてまず調べたそうだ。
それで父親にあんなことを聞いたのね。
「それなら別に彼女でもいいんじゃないの?」
「だめだろ」
「どうして?」
私が聞くと誠司は答えた。
「父さんが言ってたんだ。風俗と恋人は別物」
その言葉をよく考えていなかったから誠司が大きな間違いを犯した。
「風俗はまさに遊びだろ?彼女で遊んだら神様から罰が当たる」
だから彼女とはまじめに向き合いたい。
「だったら、風俗に通うのからやめたほうがいいんじゃないか?」
アントニオが聞くと誠司は笑った。
「日本ではさ、若いうちに遊んでおけって格言があるんだ」
意外と日本の中でも誠司くらいの歳では遊びと恋は別らしい。
もちろんそれを理解してない女性を相手にすると面倒なことになる。
誠司くらいの有名人ならなおさらだ。
だから彼女は作らない。
彼はそう言っていた。
「仮にイタリアで恋人を作ったとしても俺はずっと一緒にいられるわけじゃない」
いつか祖国に帰る時が来る。
そう友達と約束したから。
その時に彼女をイタリアに残しておくことになる。
そんなの可哀そうだし、俺もつらい。
同じ理由で日本でも彼女を作らなかった。
その話を聞いた時に彼が何かを抱えていることに気づいてしまった。
「なんか俺の話ばかりしているけど、パオラの話は聞かせてくれないのか?」
そう言ってごまかしていた。
「何が聞きたいの?」
「どうして男が嫌いなんだ?」
「……彼女を大事にしないから」
「ってことは捨てられた事あるのか?」
私ほどの美人を捨てるなんてとんでもない。
彼はそう言って笑っていた。
それが私の勘に触った。
「私は彼氏なんて作ったことがない!だってそういう男ばかりじゃない!」
そう言って席を立つと店を出た。
悔しくて泣いていた。
誠司にだけは見せたくない。
だけど夜に一人で女性が泣いていたら格好のカモととらえる男もいる。
「どうしたの?よかったら一緒に飲みながら話しない?」
そう言って私の手を掴もうとすると別の男がその手首をつかんだ。
「ごめん、俺が彼女を怒らせたんだよね。後は俺に任せてよ」
「なんだお前どこから来た?」
「地元って言っても分からないだろ?面倒なことになるとアントニオにも迷惑かけるから許してもらえないかな?」
そんな風に言ってるけど彼の力は本物らしい。
誠司に手首を握りしめられている男が痛そうにしていた。
「お前はよそ者だから分からないけどここじゃ女一人にするなんて愚かな真似はしないぞ。気をつけろ」
そう言って男たちは去って行った。
「で、何があったの?」
「え?」
「男関係でトラブルあったんじゃないのか?」
ああ、そう勘違いをしていたのね。
思ったほど悪い男ではないらしい。
なら話しても問題ないんだろう。
だってさっきの話を聞いていたら少なくとも彼女を蔑ろにするような男ではなさそうだ。
「ちょっとついてきて」
私はそう言うと店に戻って友達に伝えた。
「私ちょっと誠司と2人で話がしたいから先行くね。ごめん」
「パ、パオラ大丈夫!?」
「毒はなさそうだし」
そう言うと誠司と一緒に店を出る。
「悪い、風俗以外の店知らないんだ。なんか感じのいいバーとか知ってる?」
「一つ聞いてもいいかな?」
「どうした?」
「誠司は寮生活?」
大体レギュラー入りした人は家を借りたり建てたりするけど。
「ああ、近くのアパートに住んでる」
さっきも言ったけどそんなに長い期間滞在するつもりでもないから。
「じゃ、そこでいい」
「え?」
「誠司の家に連れて行ってよ」
そこなら邪魔は入らないでしょ?
「お、俺はそんなつもりでパオラと話をしたわけじゃ……」
「見くびらないで、そんな危険がある男の家に一人で行くほど軽い女じゃない」
百歩譲っても誠司なら……。
そんな風に思っていた。
(2)
突然の来客に対応できるほど俺は部屋を掃除してるわけじゃなかった。
冬吾が羨ましがりそうな生活をしていた。
外で食べてくるから食器とかは全くない。
家で料理でも習っておけばよかったかな。
あと掃除もろくにしてないから埃がすごい。
脱ぎ散らかした着替えが散乱している。
そんな男の一人暮らしの状況を初めて見てパオラはびっくりしていた。
「これじゃどんなにいい彼女が出来ても無理じゃないの?」
「……作るつもりないって言ったろ?」
そう言って笑うと、パオラはため息をついて片づけを始めた。
慣れてるな。
彼氏は作ったことがないと言ってたけど、どうなんだろう?
「私の兄でもここまでは酷くなかったよ」
「兄さん?」
「うん、兄がいたの」
「いたって?」
パオラは片付けると買ってきた飲み物とつまみをテーブルに並べた。
「じゃあ、私の話を聞かせてあげる。私最初誠司が嫌いだった」
「遊び人だから?」
「遊び人だって知ったのは今日だよ」
パオラがそう言って笑う。
「他に理由があるのか?」
「誠司がサッカー選手だから」
「イタリア人はサッカー好きじゃないのか?」
「日本人は皆スモウが好きって言われたらどう思う?」
なるほどね。
「で、理由があるのか?」
「私の兄がサッカー選手だった」
俺と同じチームでプレイをしていた。
俺と同じ背番号のユニフォームをしていた。
ただそれだけ。
「今は何をしているんだ?」
「今はいない」
え?
「どういうこと?」
パオラが説明した。
期待の新人だった。
だけど何度も足を故障していた。
プロのサッカーなんてどこの国でも同じだろうけど、大体がリーグ戦。
リーグ戦で勝ち残って決勝トーナメントに進出する。
何が言いたいかというとどの試合も大事な試合。
何度も故障をして使えない選手がレギュラーに入れるほど甘い世界じゃない。
彼はベンチウォーマーになり、そしてシーズンが終わると戦力外通告を受けた。
それまで脚光を浴びていたパオラの兄のショックが大きかったのだろう。
そのまま行方をくらました。
パオラの家はそれなりに裕福な家らしい。
さすがに核兵器を所有しているような家ではないけど。
だから必死にパオラも兄を探した。
そして見つけたのは路地裏で注射器を持って倒れている兄の亡骸だった。
それがパオラがサッカーを憎む理由?
ちょっと違うようだ。
「サッカーを恨んでるとかそんなんじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「サッカーに夢中になって失意してそしていなくなっていく……サッカー選手は自分の家族とかを軽視してるんじゃないかって」
「なるほどな……俺から一つだけ言わせてもらっていいか?」
「何か文句があるの?」
「違うよ」
「気にしないでいいよ。心のどこかでサッカー選手を憎んでるんだから」
「そうじゃないだろ?」
「え?」
パオラが俺の顔を見ていた。
俺は一言言った。
「自分を責めるのが辛いからサッカーに八つ当たりしてるだけだろ?」
そんな兄を支えてやれなかった自分を責め続けてきたんじゃないのか?
自分がどうして兄の悩みに気づいてやれなかったのか?
失踪するまで相手にしてくれないと拗ねているだけで、兄の悩みに気づくことが出来なかった。
もっと早く気づいてやれたんじゃないのか?
そんな風に自分を責めて耐えきれないからサッカーを憎んでる。
俺にはそういう風に聞こえたとパオラに伝えた。
パオラは俺を睨む。
「私がサッカーを憎むのは筋が違うといいたいの?」
「違うよ」
「じゃあ、何が言いたいの!?」
「もういい加減自分を許してやれよ」
サッカーが無かったらパオラの兄は幸せにしていたかもしれない。
サッカーでの挫折がパオラの兄の人生を狂わせたんだろ。
それは間違いないよ。
でもそれだけの事だ。
選手なら誰だって事故や挫折と隣り合わせなんだ。
それでも実績で存在意義を示さなければならない。
誰だって不安なんだ。
だからラフプレーをしきりに仕掛けてくるK国の人間を嫌うんだ。
フランスの名選手を骨折させるほどのラフプレーだ。
W杯の調整試合で起きた事だ。
そんな奴らと一緒で俺だっていつ何があるかわからない。
皆が俺のプレーを称賛してるわけじゃない。
俺の脱落を望む奴だっているはずだ。
それが生き残りをかけた試合ってやつだ。
そんな中でパオラの兄はサッカーを失った。
誰も優しい声なんてかけるわけがない残酷な世界。
それはサッカーだけじゃなくてどの世界だって同じだろ?
パオラが上手く兄を支えてやればよかったかもしれない。
もっと周りにパオラの兄を支える存在があれば今頃パオラの兄も楽しく笑っていたかもしれない。
でも、そうならなかった。
たったそれだけの事。
だからもう終わりなんだ。
いつまでも兄の事で自分を責めるのを止めろ。
俺はパオラの兄じゃないからどう思ってるのか知らない。
だけど、日本ではこんな言葉があるんだ。
死者は生き残った者が自分の事で後悔してる限り絶対に成仏できない。
死んだ者が望むのは復讐や恨みではなく幸せに生きてくれること。
もう十分悔やんだろ?
そろそろ忘れてもいいんじゃないか。
兄のいない世界を受け入れろ。
それがパオラの兄の望みだと思う。
「……あんたさ。絶対モテたでしょ?」
「それがさ、ちょっと色々やりすぎてね」
「何をやったのよ?」
「それを話すにはちょっと時間がないかな?」
いい加減帰らないとパオラの両親も心配するんじゃないか?
「日本はそんなに甘えん坊が多いの?」
門限があるような家じゃない。
さっきの店でも言ったけど飲酒もたばこも許される大人だ。
それにこんな夜遅くに外にいた方が危険だ。
「それは俺が送るよ」
「で、誠司は一人で戻ってくるの?」
それもそうだな。
しかし……。
「俺が危険だとは思わないのか?」
「誠司が危険な人間だとしたら、そんな事絶対言わないと思う」
確かにな。
「じゃあ、とりあえずシャワー浴びてこいよ」
そう言って交互に風呂に入る。
俺が風呂から出るとパオラはベッドの中にいた。
じゃあ、俺は床で寝るか。
適当に場所を見つけてごろりとするとパオラは不思議そうに聞いた。
「何してるの?」
「パオラがベッド使ってるから床で寝ようと思って」
暖房くらいつけてるさ。
「お風呂に入ったのにこんな汚い床にごろ寝する神経を疑うんだけど」
じゃあ、ソファにするか?
あまり変わりないけど。
するとパオラがくすっと笑った。
「今日は一晩大丈夫なんだから、誠司の話を聞かせてよ」
その意味を察してしまった俺はベッドに入る
「俺イタリア人の抱き方なんて知らないぞ?」
「日本の男性はそんな意地悪言うの?」
パオラは今まで恋人がいなかった。
作ろうとしなかった。
だから男と夜を過ごすなんて初めてだとパオラが言った。
「大体、風俗行ってたんじゃないの?」
「あのさあ、風俗だからって女と寝るわけじゃないんだ」
「そんな解説いらないから日本での作法ってやつ教えてよ」
「……本当にいいのか?」
「本当に意地悪だね」
パオラはそう言って笑う。
そんなパオラを包んで話を始めた。
「本当にろくでもない男に私は遭遇したのね」
「今更嫌だって言っても遅いからな」
男の性欲を舐めるなよ。
「……嘘つき」
パオラはそう言って微笑んでいた。
(3)
朝目が覚めると人の体温を感じていた。
誠司が私を包んでいる。
ぼーっとしながらもなんとなく思い出してきた。
急に恥ずかしくなってきた。
でも、私が動くと誠司が気づく。
「あ、おはよう」
「お、おはよう」
そんな様子を見て誠司は笑う。
「いや、イタリア人ってすごいんだな」
「馬鹿!!」
「ごめんごめん」
この男の考えていることはよくわからない。
だけど一つだけ確信したことがある。
本当に恋人を大事にする人なんだという事は分かった。
それは過去を悔やんだ末に導き出した結果だと説明していた。
「もう彼女に寂しい思いはさせたくない」
そんな風に思っている。
だから日本に戻るまで恋人を作るつもりはないんだろう。
だけどそんな誠司を恋の神様は見守っていたのだろう。
私に微笑んでくれただけかもしれないけど。
そんな事を考えながら服着て朝食くらい作ってやろうと思って冷蔵庫を開けた。
さすがに呆れた。
ジュースと水しか入ってない。
冷食すら入っていなかった。
まあ、イタリアでは日本ほどあまり冷食に興味がないからか。
それにしても自分で何か作ろうとか思わないのだろうか?
「この時間ならカフェ開いてるだろ?そこで朝食とろうぜ」
「その前に誠司にお願いがある」
「なんだそれ?」
「合鍵が欲しい」
「なんで?」
「……私は売春婦じゃない」
私の初めてを預けたのだから責任取って。
「俺は、将来……」
「日本の女性ってそんなに寂しがり屋なのに行動しようと思わないの?」
「どういう意味だ?」
「……もし誠司が帰国するまで誠司と関係が続いていたら……私がついていくから心配いらない」
そのかわり永遠の証を示してほしい。
「俺と付き合ってもろくなことないぞ?」
「昨夜誠司は自分で言ってた」
後悔は先に立たない。
だから振り向くな。
「……わかったよ」
「だから鍵貸してよ」
この空っぽの冷蔵庫を埋め尽くしてやる。
掃除くらいしてあげる。
その代わり私もここで暮らす。
「それ親に挨拶とかしないで大丈夫なのか?」
「親には私から伝えておくから後日挨拶にきてくれたらいいよ」
イタリアでは40過ぎても結婚せずに同棲なんて事があるんだから。
「わかった。じゃ、とりあえず飯食い行こうぜ」
誠司が言う。
片桐冬吾達片桐家は腹をすかせたままだと世界を壊しかねないくらいなんだと言った。
ジャパニーズジョークなんだろうか?
部屋を出ると誠司を呼び止めた。
「どうした?」
「昨夜はありがとう」
ずっと一人で苦しんでいたのを助けてくれのは誠司だけ。
気づかせてくれたのは誠司だけ。
だから私は誠司だけのものになりたい。
「……俺の方こそありがとう」
「私何かした?」
「いや……本当に剃ってるんだな。初めて見たよ」
風俗嬢だけだと思ってたと説明した。
私は誠司の言葉の意味を知ると急に恥ずかしくなる。
「馬鹿!!」
それが誠司なりの照れ隠しだと気付くのにそんなに時間がかからなかった。
もう私を抑える物はない。
誠司が私に幸運をくれる。
だからもう迷わない、振り向かない。
飛び出す時は今だ。行こう!
あまり気のりはしなかった。
それでも「数が足りなくて困ってるの。別に無理やり付き合わせるとかしないから」と友達に説得されてしょうがなくついてきた。
しかし彼氏を作る気がない、お酒を楽しむ趣味もない、それに私は……
「へえ、やっぱりイタリア人って美人が多いんだな!」
彼はそう言って一人興奮していた。
「だろ?俺の彼女に頼んで特上の女性を選んでもらったんだ。どの子が好みだ?」
私の友達の彼氏のアントニオがそう言ってワインを飲んでいた。
彼らは皆プロのサッカー選手。
国内でも強豪のチームでそれなりの年棒を稼いでいる”優良物件”だそうだ。
それが私が一番いやな理由なんだけど。
私はサッカー選手が嫌いだ。
イタリアの恋人と称された有名選手も親が倒れて稼業を継ぐためにサッカーを引退した。
私の兄はサッカーで故障を重ねて戦力外通告を受けて失踪した。
サッカーに打ち込むあまり大切な人を蔑ろにする男が嫌いだった。
そして一人テンションの高い日本人の背番号がかつての兄の背番号だった。
多田誠司。
たかだか玉蹴りの為にはるばる日本からやってきた選手。
しかしその実力はチームの中でもトップクラスで常にチームを先導しているらしい。
この男もサッカーに魅入って日本に家族を置いてきた愚かな男。
こんな奴の為には呼び出されたのか?
考えるだけでイライラする。
酒も飲まずにどうしてそんなに楽しんでいられるの?
え?
酒を飲んでいない?
どうして?
「あの、あなたどうしてお酒飲まないの?」
「へ?」
彼は不思議そうな顔をしていた。
「だって俺未成年だし。問題を起こすなって言われてるから」
「誠司、お前いくつだっけ?」
FIFAの規定上18歳未満は海外移籍は無理なはず。
「だから18だけど?」
日本ではそうなのか?
アントニオが誠司の背中をたたいている。
「日本はいくつからなんだ?この国じゃ小学生から飲んでる奴いるぞ?」
「いや、日本の友達も高校生で飲んでる奴いたけど母さんが絶対やめろ!っていうからさ」
移籍祝いの時に飲ませてもらったくらいだと誠司は言う。
「心配しなくていいよ。イタリアじゃ18歳以上ならお酒もたばこもいいから」
私が教えると「まじかよ!?」と驚いてた。
「どうする、ワイン頼むか?」
「ワインて結構やばいって聞いたんだよな」
初めて飲む人には確かにきついかも。
だけどアントニオがそんな言い分聞くはずがない。
「大人の階段ってやつだ。とりあえず飲んどけ。そのうち慣れる」
そう言って誠司の分のワインを注文する。
「でもさ、お前飲酒はダメって言い張ってたのに風俗は行くんだな」
「日本は風俗は18歳で入れるんだ」
だからイタリアなら大丈夫だろ?
何を根拠にこの男は言ってるのかさっぱり分からなかった。
「実はさ、彼が問題なのよ」
友達が教えてくれた。
母国の父親に「デリヘル呼ぶのにイタリア語でどう言うんだ?」と相談していたらしい。
それを見た母親が激怒した。
姉や妹からも散々言われたらしい。
「まさか、この男と付き合えと?」
「いや、パオラが嫌なら無理には言わない」
友達がそう言う。
それを聞いていた誠司が訪ねてきた。
「君パオラって言うの?俺多田誠司」
「知ってる」
この都市に住んでいて知らない者はいないほどの人気のある選手だった。
そんな彼でも勝てない男がいるらしい。
片桐冬吾。
彼のいるチームとの一戦は彼の存在を大いにアピールしていた。
たった一回のカウンターで試合を決定づけた。
「次は絶対リベンジしてやるけどな」
そう意気込んでいた。
「なあ、パオラ。俺たちに協力してくれないか?」
「どういう意味?」
「友達から聞いてないのか?」
「何も聞いてない」
「……まあ、聞いてたら来るわけないか」
そう言ってアントニオは笑っていた。
彼は真面目だから酒を飲めないと思っていた。
だけど女遊びが酷いらしい。
そのうち問題を起こすかもしれない。
そんな誠司の監視役を私に任せてみたいらしい。
そんな話を聞いて私が乗ると思ったの?
しかし誠司は違うことを考えていたらしい。
「ひょっとしてパオラは無理やり連れてこられた?」
勘は鋭いみたいだ。
「ええ、人数合わせでいいから来てほしいって」
「人数合わせって事は付き合ってる人いるんだ」
「そんなのいない!私は男が嫌いなの!」
「わかった。悪かったね」
そんなにあっさり引き下がるの?
「でもさ、俺に酒を勧めといてパオラは飲まないってずるくない?」
別に付き合うとかそう言うの無しにして楽しもうよ。
「あ、パオラは飲めない性質?」
「馬鹿にしないで!酒くらいどうってことない!」
そう言ってワインを注文する。
「ああ、無理しないでもいいよ。ジュースで盛り上がれる奴知ってるから」
「無理なんかしてない」
そう言ってグラスに注がれたワインを一気に飲み干す。
「さすがすごいな」
「日本人はちみちみ飲むのが好みなの?」
「初めてだから控えておかないと醜態曝せないしな」
風俗に通ってる時点で充分曝してるじゃない。
「パオラ、驚いただろ?」
アントニオが聞いてた。
彼が言うにはサッカーをしているときとしていない時のギャップが酷いらしい。
サッカーをやる時はまじめなのにオフになるとふざけだす。
そんな男なら見た目もイタリア人女性の目線からしても悪くない。
別に私じゃなくてもいいんじゃないか?
アントニオに言っていた。
「それもまた不思議なんだ」
「え?」
誠司は風俗には通うけどどういうわけか彼女を作ろうとしない。
だから監督が「いい加減彼女でも作ったらどうだ?」とアドバイスするほど。
「彼女作ったら遊べないじゃないですか」
監督にそう言ったらしい。
それでアントニオに頼んだのか。
風俗と彼女に大きな違いをもっているらしい。
「イタリアでは聞いたことないけど、日本には割り切りって言葉があるんだ」
はした金で女を雇い短い時間女を抱く。
単なる売春。
誠司がイタリアに着いてまず調べたそうだ。
それで父親にあんなことを聞いたのね。
「それなら別に彼女でもいいんじゃないの?」
「だめだろ」
「どうして?」
私が聞くと誠司は答えた。
「父さんが言ってたんだ。風俗と恋人は別物」
その言葉をよく考えていなかったから誠司が大きな間違いを犯した。
「風俗はまさに遊びだろ?彼女で遊んだら神様から罰が当たる」
だから彼女とはまじめに向き合いたい。
「だったら、風俗に通うのからやめたほうがいいんじゃないか?」
アントニオが聞くと誠司は笑った。
「日本ではさ、若いうちに遊んでおけって格言があるんだ」
意外と日本の中でも誠司くらいの歳では遊びと恋は別らしい。
もちろんそれを理解してない女性を相手にすると面倒なことになる。
誠司くらいの有名人ならなおさらだ。
だから彼女は作らない。
彼はそう言っていた。
「仮にイタリアで恋人を作ったとしても俺はずっと一緒にいられるわけじゃない」
いつか祖国に帰る時が来る。
そう友達と約束したから。
その時に彼女をイタリアに残しておくことになる。
そんなの可哀そうだし、俺もつらい。
同じ理由で日本でも彼女を作らなかった。
その話を聞いた時に彼が何かを抱えていることに気づいてしまった。
「なんか俺の話ばかりしているけど、パオラの話は聞かせてくれないのか?」
そう言ってごまかしていた。
「何が聞きたいの?」
「どうして男が嫌いなんだ?」
「……彼女を大事にしないから」
「ってことは捨てられた事あるのか?」
私ほどの美人を捨てるなんてとんでもない。
彼はそう言って笑っていた。
それが私の勘に触った。
「私は彼氏なんて作ったことがない!だってそういう男ばかりじゃない!」
そう言って席を立つと店を出た。
悔しくて泣いていた。
誠司にだけは見せたくない。
だけど夜に一人で女性が泣いていたら格好のカモととらえる男もいる。
「どうしたの?よかったら一緒に飲みながら話しない?」
そう言って私の手を掴もうとすると別の男がその手首をつかんだ。
「ごめん、俺が彼女を怒らせたんだよね。後は俺に任せてよ」
「なんだお前どこから来た?」
「地元って言っても分からないだろ?面倒なことになるとアントニオにも迷惑かけるから許してもらえないかな?」
そんな風に言ってるけど彼の力は本物らしい。
誠司に手首を握りしめられている男が痛そうにしていた。
「お前はよそ者だから分からないけどここじゃ女一人にするなんて愚かな真似はしないぞ。気をつけろ」
そう言って男たちは去って行った。
「で、何があったの?」
「え?」
「男関係でトラブルあったんじゃないのか?」
ああ、そう勘違いをしていたのね。
思ったほど悪い男ではないらしい。
なら話しても問題ないんだろう。
だってさっきの話を聞いていたら少なくとも彼女を蔑ろにするような男ではなさそうだ。
「ちょっとついてきて」
私はそう言うと店に戻って友達に伝えた。
「私ちょっと誠司と2人で話がしたいから先行くね。ごめん」
「パ、パオラ大丈夫!?」
「毒はなさそうだし」
そう言うと誠司と一緒に店を出る。
「悪い、風俗以外の店知らないんだ。なんか感じのいいバーとか知ってる?」
「一つ聞いてもいいかな?」
「どうした?」
「誠司は寮生活?」
大体レギュラー入りした人は家を借りたり建てたりするけど。
「ああ、近くのアパートに住んでる」
さっきも言ったけどそんなに長い期間滞在するつもりでもないから。
「じゃ、そこでいい」
「え?」
「誠司の家に連れて行ってよ」
そこなら邪魔は入らないでしょ?
「お、俺はそんなつもりでパオラと話をしたわけじゃ……」
「見くびらないで、そんな危険がある男の家に一人で行くほど軽い女じゃない」
百歩譲っても誠司なら……。
そんな風に思っていた。
(2)
突然の来客に対応できるほど俺は部屋を掃除してるわけじゃなかった。
冬吾が羨ましがりそうな生活をしていた。
外で食べてくるから食器とかは全くない。
家で料理でも習っておけばよかったかな。
あと掃除もろくにしてないから埃がすごい。
脱ぎ散らかした着替えが散乱している。
そんな男の一人暮らしの状況を初めて見てパオラはびっくりしていた。
「これじゃどんなにいい彼女が出来ても無理じゃないの?」
「……作るつもりないって言ったろ?」
そう言って笑うと、パオラはため息をついて片づけを始めた。
慣れてるな。
彼氏は作ったことがないと言ってたけど、どうなんだろう?
「私の兄でもここまでは酷くなかったよ」
「兄さん?」
「うん、兄がいたの」
「いたって?」
パオラは片付けると買ってきた飲み物とつまみをテーブルに並べた。
「じゃあ、私の話を聞かせてあげる。私最初誠司が嫌いだった」
「遊び人だから?」
「遊び人だって知ったのは今日だよ」
パオラがそう言って笑う。
「他に理由があるのか?」
「誠司がサッカー選手だから」
「イタリア人はサッカー好きじゃないのか?」
「日本人は皆スモウが好きって言われたらどう思う?」
なるほどね。
「で、理由があるのか?」
「私の兄がサッカー選手だった」
俺と同じチームでプレイをしていた。
俺と同じ背番号のユニフォームをしていた。
ただそれだけ。
「今は何をしているんだ?」
「今はいない」
え?
「どういうこと?」
パオラが説明した。
期待の新人だった。
だけど何度も足を故障していた。
プロのサッカーなんてどこの国でも同じだろうけど、大体がリーグ戦。
リーグ戦で勝ち残って決勝トーナメントに進出する。
何が言いたいかというとどの試合も大事な試合。
何度も故障をして使えない選手がレギュラーに入れるほど甘い世界じゃない。
彼はベンチウォーマーになり、そしてシーズンが終わると戦力外通告を受けた。
それまで脚光を浴びていたパオラの兄のショックが大きかったのだろう。
そのまま行方をくらました。
パオラの家はそれなりに裕福な家らしい。
さすがに核兵器を所有しているような家ではないけど。
だから必死にパオラも兄を探した。
そして見つけたのは路地裏で注射器を持って倒れている兄の亡骸だった。
それがパオラがサッカーを憎む理由?
ちょっと違うようだ。
「サッカーを恨んでるとかそんなんじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「サッカーに夢中になって失意してそしていなくなっていく……サッカー選手は自分の家族とかを軽視してるんじゃないかって」
「なるほどな……俺から一つだけ言わせてもらっていいか?」
「何か文句があるの?」
「違うよ」
「気にしないでいいよ。心のどこかでサッカー選手を憎んでるんだから」
「そうじゃないだろ?」
「え?」
パオラが俺の顔を見ていた。
俺は一言言った。
「自分を責めるのが辛いからサッカーに八つ当たりしてるだけだろ?」
そんな兄を支えてやれなかった自分を責め続けてきたんじゃないのか?
自分がどうして兄の悩みに気づいてやれなかったのか?
失踪するまで相手にしてくれないと拗ねているだけで、兄の悩みに気づくことが出来なかった。
もっと早く気づいてやれたんじゃないのか?
そんな風に自分を責めて耐えきれないからサッカーを憎んでる。
俺にはそういう風に聞こえたとパオラに伝えた。
パオラは俺を睨む。
「私がサッカーを憎むのは筋が違うといいたいの?」
「違うよ」
「じゃあ、何が言いたいの!?」
「もういい加減自分を許してやれよ」
サッカーが無かったらパオラの兄は幸せにしていたかもしれない。
サッカーでの挫折がパオラの兄の人生を狂わせたんだろ。
それは間違いないよ。
でもそれだけの事だ。
選手なら誰だって事故や挫折と隣り合わせなんだ。
それでも実績で存在意義を示さなければならない。
誰だって不安なんだ。
だからラフプレーをしきりに仕掛けてくるK国の人間を嫌うんだ。
フランスの名選手を骨折させるほどのラフプレーだ。
W杯の調整試合で起きた事だ。
そんな奴らと一緒で俺だっていつ何があるかわからない。
皆が俺のプレーを称賛してるわけじゃない。
俺の脱落を望む奴だっているはずだ。
それが生き残りをかけた試合ってやつだ。
そんな中でパオラの兄はサッカーを失った。
誰も優しい声なんてかけるわけがない残酷な世界。
それはサッカーだけじゃなくてどの世界だって同じだろ?
パオラが上手く兄を支えてやればよかったかもしれない。
もっと周りにパオラの兄を支える存在があれば今頃パオラの兄も楽しく笑っていたかもしれない。
でも、そうならなかった。
たったそれだけの事。
だからもう終わりなんだ。
いつまでも兄の事で自分を責めるのを止めろ。
俺はパオラの兄じゃないからどう思ってるのか知らない。
だけど、日本ではこんな言葉があるんだ。
死者は生き残った者が自分の事で後悔してる限り絶対に成仏できない。
死んだ者が望むのは復讐や恨みではなく幸せに生きてくれること。
もう十分悔やんだろ?
そろそろ忘れてもいいんじゃないか。
兄のいない世界を受け入れろ。
それがパオラの兄の望みだと思う。
「……あんたさ。絶対モテたでしょ?」
「それがさ、ちょっと色々やりすぎてね」
「何をやったのよ?」
「それを話すにはちょっと時間がないかな?」
いい加減帰らないとパオラの両親も心配するんじゃないか?
「日本はそんなに甘えん坊が多いの?」
門限があるような家じゃない。
さっきの店でも言ったけど飲酒もたばこも許される大人だ。
それにこんな夜遅くに外にいた方が危険だ。
「それは俺が送るよ」
「で、誠司は一人で戻ってくるの?」
それもそうだな。
しかし……。
「俺が危険だとは思わないのか?」
「誠司が危険な人間だとしたら、そんな事絶対言わないと思う」
確かにな。
「じゃあ、とりあえずシャワー浴びてこいよ」
そう言って交互に風呂に入る。
俺が風呂から出るとパオラはベッドの中にいた。
じゃあ、俺は床で寝るか。
適当に場所を見つけてごろりとするとパオラは不思議そうに聞いた。
「何してるの?」
「パオラがベッド使ってるから床で寝ようと思って」
暖房くらいつけてるさ。
「お風呂に入ったのにこんな汚い床にごろ寝する神経を疑うんだけど」
じゃあ、ソファにするか?
あまり変わりないけど。
するとパオラがくすっと笑った。
「今日は一晩大丈夫なんだから、誠司の話を聞かせてよ」
その意味を察してしまった俺はベッドに入る
「俺イタリア人の抱き方なんて知らないぞ?」
「日本の男性はそんな意地悪言うの?」
パオラは今まで恋人がいなかった。
作ろうとしなかった。
だから男と夜を過ごすなんて初めてだとパオラが言った。
「大体、風俗行ってたんじゃないの?」
「あのさあ、風俗だからって女と寝るわけじゃないんだ」
「そんな解説いらないから日本での作法ってやつ教えてよ」
「……本当にいいのか?」
「本当に意地悪だね」
パオラはそう言って笑う。
そんなパオラを包んで話を始めた。
「本当にろくでもない男に私は遭遇したのね」
「今更嫌だって言っても遅いからな」
男の性欲を舐めるなよ。
「……嘘つき」
パオラはそう言って微笑んでいた。
(3)
朝目が覚めると人の体温を感じていた。
誠司が私を包んでいる。
ぼーっとしながらもなんとなく思い出してきた。
急に恥ずかしくなってきた。
でも、私が動くと誠司が気づく。
「あ、おはよう」
「お、おはよう」
そんな様子を見て誠司は笑う。
「いや、イタリア人ってすごいんだな」
「馬鹿!!」
「ごめんごめん」
この男の考えていることはよくわからない。
だけど一つだけ確信したことがある。
本当に恋人を大事にする人なんだという事は分かった。
それは過去を悔やんだ末に導き出した結果だと説明していた。
「もう彼女に寂しい思いはさせたくない」
そんな風に思っている。
だから日本に戻るまで恋人を作るつもりはないんだろう。
だけどそんな誠司を恋の神様は見守っていたのだろう。
私に微笑んでくれただけかもしれないけど。
そんな事を考えながら服着て朝食くらい作ってやろうと思って冷蔵庫を開けた。
さすがに呆れた。
ジュースと水しか入ってない。
冷食すら入っていなかった。
まあ、イタリアでは日本ほどあまり冷食に興味がないからか。
それにしても自分で何か作ろうとか思わないのだろうか?
「この時間ならカフェ開いてるだろ?そこで朝食とろうぜ」
「その前に誠司にお願いがある」
「なんだそれ?」
「合鍵が欲しい」
「なんで?」
「……私は売春婦じゃない」
私の初めてを預けたのだから責任取って。
「俺は、将来……」
「日本の女性ってそんなに寂しがり屋なのに行動しようと思わないの?」
「どういう意味だ?」
「……もし誠司が帰国するまで誠司と関係が続いていたら……私がついていくから心配いらない」
そのかわり永遠の証を示してほしい。
「俺と付き合ってもろくなことないぞ?」
「昨夜誠司は自分で言ってた」
後悔は先に立たない。
だから振り向くな。
「……わかったよ」
「だから鍵貸してよ」
この空っぽの冷蔵庫を埋め尽くしてやる。
掃除くらいしてあげる。
その代わり私もここで暮らす。
「それ親に挨拶とかしないで大丈夫なのか?」
「親には私から伝えておくから後日挨拶にきてくれたらいいよ」
イタリアでは40過ぎても結婚せずに同棲なんて事があるんだから。
「わかった。じゃ、とりあえず飯食い行こうぜ」
誠司が言う。
片桐冬吾達片桐家は腹をすかせたままだと世界を壊しかねないくらいなんだと言った。
ジャパニーズジョークなんだろうか?
部屋を出ると誠司を呼び止めた。
「どうした?」
「昨夜はありがとう」
ずっと一人で苦しんでいたのを助けてくれのは誠司だけ。
気づかせてくれたのは誠司だけ。
だから私は誠司だけのものになりたい。
「……俺の方こそありがとう」
「私何かした?」
「いや……本当に剃ってるんだな。初めて見たよ」
風俗嬢だけだと思ってたと説明した。
私は誠司の言葉の意味を知ると急に恥ずかしくなる。
「馬鹿!!」
それが誠司なりの照れ隠しだと気付くのにそんなに時間がかからなかった。
もう私を抑える物はない。
誠司が私に幸運をくれる。
だからもう迷わない、振り向かない。
飛び出す時は今だ。行こう!
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