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流れ星
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(1)
「それじゃ、乾杯」
渡辺さんがあいさつすると僕たちは料理を食べていた。
日本に帰国して最初に待っていたのは母さんの説教だった。
「他に何か言うことなかったのか?」
神奈さんが言うけど他に話せそうなことはなかった。
未成年だから飲酒なんてテレビで言えるわけないし、誠司が行くって言ってた場所も絶対やばいと思ったし。
「馬鹿!冬吾!!」
誠司が慌てて僕を止めるけど神奈さんは見逃さなかった。
「ほう?誠司はどこに行ってたんだ?」
神奈さんが聞くと観念して話す。
試合で勝って盛り上がると大体行ってる場所。
誠司は逃げ出そうとするけどしっかり神奈さんが誠司の手を掴んでいた。
「お前は……そんなことをしていたのか?」
神奈さんが誠司を睨みつける。
すると誠さんが仲裁する。
「待て、誠司だって頑張ったんだ。少しくらい褒美にいいだろ?渡辺君だって紗理奈が高校生の頃から飲酒認めてたじゃないか」
飲酒はいいけどそういう店はダメってのは理屈が通らないだろ?
誠さんがそう主張する。
「紗理奈は飲酒しても風俗には行ってないぞ!」
美嘉さんが言う。
「そりゃ女性が行く店じゃないだろ!」
「誠司、あんたそういうのは卒業したんじゃなかったの?」
泉が言う。
「試合に勝ったんだから少しくらいはめ外してもいいだろ?」
「風俗に行くことのどこが少しなのか説明してみろ!」
「あんたまさか冬吾も誘ったりしてないでしょうね?」
実は誘われていた。
瞳子がいるから無理と断ったけど。
今は黙っておいた方がいいだろう。
そこは誠司も分かってるみたいだ。
「そんなことしねーって。冬吾だって彼女いるんだから行くわけないだろ」
俺は彼女がいないからいいだろという誠司の主張。
「お前まさかそれが目的で彼女いらないとか言ってるんじゃないだろうな?」
まあ、そうなるよな。
「違うって!父さんが言ってたんだ。彼女と風俗は別物だって」
風俗店でしてもらうサービスを彼女に要求できないと誠司が言う。
「馬鹿!誠司!!」
誠さんが慌ててるがすでに遅い。
「誠は自分の息子に何馬鹿なことを吹き込んでるんだ!?」
神奈さんの怒りは誠さん達に向かった。
神奈さんだけでなくて亜依さんや恵美さん達にも伝染していく。
対象も桐谷さんや遊に広がった。
「お前らは子供を何だと思ってるんだ!」
僕も例外じゃなかった。
「冬吾君は行ってないよね?」
瞳子が聞いてくると首を振った。
不思議でしょうがなかったんだ。
誠司たちが遊びに行くのは止められないのになぜか僕が食べ歩きしようとすると止められる。
一人で不用意な外出は禁止されてた。
ただでさえ僕の顔は有名になってるから危険だと説得されてホテルの夕食で我慢して部屋で瞳子とメッセージをしてた。
「冬吾も少しは学習しなよ。毎度のことでしょ。相手の選手の事とか試合の事とか話すことあるでしょ?」
冬莉が言う。
でも……
「誠司がそれじゃ面白くないだろ?っていうから」
「ば、馬鹿。冬吾お前いい加減にしろ!」
誠司が怒っているけどそんな事関係なかった。
「お前は冬吾に何を吹き込んでるんだ!?」
「冬吾を巻き込むのは止めて!」
母さん達が激怒している。
祝勝会だったはずなのに僕たちはずっと叱られていた。
それでも瞳子は「お疲れ様。すごいね」と褒めてくれる。
祝勝会が終ると2次会は当然なかった。
誠さんが「褒美にいいところ連れて行ってやる」といったけど断っておいた。
誠司にも止めといた方がいいと言ったのだが「怒られただけじゃつまらないだろ?」とか余計なことを言う。
それを聞いていた瞳子が「冬吾君を変なところに誘うのやめてください!」と叫ぶ。
それを聞いた神奈さんがまた怒り出す。
「お前らは家に強制連行だ!帰ってこなかったら帰る家がないと思え!」
そして家に帰って風呂に入る。
もともとまっすぐ家に帰ってくるはずだった。
父さんと話したい事があったから。
「どうしたんだい?海外に行くのは父さんは反対はしないよ?」
風俗の事は父さんもあまり知らない。
調べるだけで母さんがへそを曲げるらしい。
「そうじゃなくて違う話」
「何かあるの?」
「父さんも昔金メダルを取ったんだよね?」
どんな気分だった?
父さんは答えた。
「それは教えてもいいけど、きっと冬吾とは違うと思うよ?」
「どうして?」
「冬吾はまだ道の途中だろ?」
父さんはそこがゴールだから違うと思うよ。
「それでも気持ちがいいだろ?」
「うん!」
「でも浮かれるのは今夜だけにしておきなさい」
まだ満足するにははやいだろ?
父さんの言うとおりだ。
まだ僕は満足してはいけない。
もっともっと高みを目指さなければならない。
「ま、父親としては自慢の息子と一杯飲みたいくらいだけどね」
「冬夜さんいけません。冬吾はまだ未成年です」
渡辺さんですら「親の前で堂々と飲むな」と言うくらいだから親と飲み交わすなんて絶対だめだと母さんが言った。
話が終ると部屋に戻って僕は寝ることにした。
僕たちはまだ夢の途中。
道はまだ続く。
そして次の目標の為に僕達が日本で過ごす時間は残りわずかとなっていた。
(2)
私たちはその日呼び出された。
逃げることは沖田浩二達が許さなかった。
高校の近くに廃工場がある。
その跡地に呼び出されてた。
呼び出したのは神谷十郎。
理由は私達がSHに入ったから。
雲雀たちは私に付き合う必要はないと言ったけど……。
「ここまで来たらどこまでもお前の側にいてやる」
他の剣太や有紀も同じだった。
大勢の十郎の手下が私達を囲んでいる。
それだけ海外から招いたのだろう。
中には小学生もいた。
日本人ではなかったけど。
どこまでやれる?
それだけを考えていた。
「呼ばれた理由はわかってるね?」
十郎が言う。
私は無言でうなずいた。
「自分たちだけぬるい世界に逃げ出そうなんて虫が良すぎるね」
「私がリベリオンを抜けた理由は十郎さんが一番知ってるんじゃないの?」
「何のことかな?」
「とぼけないで」
念のために雲雀や剣太のことも調べてもらった。
案の定十郎の名前が浮上してきた。
今まで散々利用しておいてよく言えた物だ。
「これまでお前たちの生活を支援してやったのは誰だ?その恩も忘れるのか?」
「そうなる環境に追いやったのはあなたじゃないですか!」
「……どうせお前らは役に立たない。恩を仇で返すというなら……」
十郎は部下に合図する。
「成実は指示を出し続けてくれ。戦闘は俺たちが受け持つ」
雲雀が言う。
これだけ数的不利を覆すには手段がない。
しかしその反撃の猶予すら十郎は与えてくれなかった、
全員が銃をこちらに向ける。
雲雀の力でもこれだけの人間を一度には無理だ。
そして十郎も銃をこちらに向ける。
「半端な覚悟だとどのみち長生きしないよ。どうせならここでゴミくずらしく死んでいけ」
どう判断すればいいかわからない。
ここまで不利な状況は初めてだ。
「皆ごめん」
私は泣いていた。
「こいつらの為に泣くのはやめろ。精々笑ってやるといい」
そう言って雲雀が手をつないでくれる。
その時だった。
数台の車がこの場所に乱入してくる。
増援?
しかし十郎も予想外の事態みたいだ。
車から下りてきたのは片桐空と翼と陽葵と菫に結、石原天音と大地。
天音が十郎を無視して私達に近づいて私のおでこをこつんと叩いて笑う。
「こういう言葉知ってるか?”抜け駆けすんなこのアマ”だ」
「で、でも……」
「おい翼!」
天音が翼に声をかけると翼は結に私たちの側にいるように指示を出す。
「おい、勝手なことしてるとそのガキから殺すぞ」
十郎がそう言って銃口を結に向ける。
だけど空は余裕を見せていた。
「うちの息子は怒らせると怖いぞ?妙な真似はしない方がいい」
「あまり大人を舐めるなよ。クソガキ」
そう言って十郎が銃を撃とうとした時だった。
結がそれに気づいて十郎を睨みつける。
すると十郎の動きが止まった。
十郎だけじゃない。
私達を囲む人間の殆どが身動きが取れないか、その場で座り込んで気を失っていた。
「……がっでむ」
結がそう言うと天音は冬夜の頭を撫でた。
「冬夜も気に入ったか?その言葉」
「天音、僕の息子にそういう言葉教えないで欲しいんだけど」
「教えたのは私じゃない、結莉だろ」
「愛莉が聞いたら怒られるのは絶対天音だよ」
「結だって使う場所くらいわかってるだろう。な?」
「お前ら……この数で勝てると思ってるのか?」
十郎が言うと空はにやりと笑う。
「あまり僕のグループを舐めるなよ。チンピラ」
空が言うと特殊なフィールドを展開する。
自分たちは能力は使いたい放題だけど相手には一切使わせない能力「ステイシス」
結の一睨みで、空がチンピラと称した連中は反撃することすら許されなかった。
身動きすら取れなくなる。
空が天音達に合図する。
「無抵抗な連中を袋叩きにするのはあまり好きじゃないけど楽なのはいいですね」
善明がそう言って片っ端から殴り飛ばしていく。
水奈たちも続いて一方的な暴力が始まった。
「天音!何やってるの?」
「何ってライフル構えてるんだけど」
「ヒロインが殺人って恋愛小説の話じゃないよ」
「今更だろそんなの」
どうせ銃はこいつらのもんだ。
仲間割れを始めたということにしとけばいい。
そう言って天音はためらうことなくライフルを撃ち始める。
ただ幼稚園児のヘンゼルとグレーテルは残しておいた。
「菫たちが怒り出すだろうからな」
「天音、やるんだったらさっさと始末して。銃声なんて聞かれたら警察来るでしょ」
翼が指示する。
「あ、それがあったか」
そして天音が銃を撃ち尽くすと大地に弾倉の変え方を聞いていた。
「説明してる時間も惜しいからほかの奴の銃使ったら?」
「それもそうだな」
そう言って銃を投げ捨てて他の奴から銃を奪う。
そして少し考えるとライフルで男を殴り倒した。
「こっちの方が性に合ってるかもしれない」
そう言ってにやりと笑う天音の顔は死神以外の何物にも見えなかっただろう。
一方陽葵と菫はヘンゼルとグレーテルに近づいた。
「ごめんね。一度くらいガチンコで勝負したかったけど……まあ、警告だと思って」
登園出来るくらいには手加減してあげると言って殴り飛ばすと平等に痛めつける。
空は十郎の前に出る。
「何度も警告はした。これ以上は無駄だろうから始末してやる」
「これで終わりだと思うなよ」
「当たり前だ。この程度で済ますつもりはない」
空の顔を見るのが怖いくらいまで徹底的につぶしてやる。
空がそう言うと陽葵に合図する。
菫は能力を使う。
菫の能力は”奈落”
文字通り深淵の闇へと飲み込む能力。
ヘンゼルとグレーテルと十郎達以外は全員この場から消えた。
「いいか?お前の言う通り僕たちは父さんたちに比べたらガキだ。だから手加減は一切しない」
そう言うと天音の車に乗るように言われて乗り込みその場を後にした。
(3)
冬吾から様子がおかしいと聞いて、茜に頼んで放課後成実たちが向かった先を特定してもらった。
場所が分かれば何をするかくらいわかる。
相手は本物らしいから結を連れていく。
世界で一番安全な場所は結の側だ。
そして結を怒らせた相手は碌な結末をむかえない。
こんなやり方じゃ天音が不満をこぼすだろうけど、成実さん達の身の安全を最優先した。
そして無事4人を救出してファミレスに集まっていた。
「まず、5人の面倒は私が見ます」
奈留さんが言う。
「いいの?」
「恵美さんはまだ子供いるでしょ?私は暇を持て余してるし」
自分の過去を振り返ったら他人事に思えなかったらしい。
運命がどこかで狂っていたら今の成実たちのように奈留さんがなっていたかもしれない。
「じゃあ、戸籍変える?」
恵美さんがそう聞くと5人共首を振った。
この名前が自分たちの人生の目印だから。
皆が忘れてもこの5人の物語はその名前と共につながっていくだろうから。
ただ、住所だけは変える。
あいつらが何をしてくるかわからない。
「で、ほかの連中はどうするんだ?」
「わからない」
誠さんが聞くと翼が答えた。
一緒に誘ってみることも考えたけどそれじゃ意味がない。
自分たちのやっていることの無意味さを自分で思い知るしかない。
父さんもそう言っていたから間違いないだろう。
それから恵美さんと誠さんがリベリオンの内情を聞いていた。
大体のことはこっちがつかんだ情報とさほど違いはなかった。
一番聞きたかった能力者の情報は成実達にもわからないらしい。
「とにかくあらゆる戦力を日本に呼び込んでいるみたいです」
あの双子の殺人鬼もそんな連中の仲間だ。
「しかしお前ら兵隊なしでもそんな連中を追い返すのか」
神奈さんが言っていた。
多分陽葵と菫と結がいれば全部片付くかもしれない。
その最も強い結は。
「はい、結。お疲れ様」
「あーん」
ぱくっ。
そんな結と茉奈のやりとりを見ていた。
「人は見た目に騙されたらいけないというけど、結が一番危険だとは絶対気づかないだろうな」
神奈さんが言う。
「聞いたわよ。結があの言葉を言ったんでしょ?」
「ああ、結莉の真似をしたみたいだな」
「何をのんきなこと言ってるの!?もともとは天音の責任でしょうが」
「茉莉達に比べたらましだろ?」
「結莉だって私と変わらないよ」
「勝手に何ほざいてんだこの糞アマ!その口に鉛の弾ぶち込まれたいのか!?」
結莉が立ち上がって怒り出す。
「結莉、今は食事中だ」
「うぅ……」
さすがの結莉でも結に逆らおうとは思わないらしい。
母さんみたいな反応するんだな。
「この後どう出ると思ってるんだい?うちの指揮官様は」
「公生、それなんだけど……」
父さんはそう言って僕を見る。
「そろそろ指揮権を息子に預けようと思うんだけど」
「へ?」
「空は空の王なんだろ?」
十分に経験も得たはずだ。
そんな経験社会で何の役にもたたないけど。
「じゃ、王様。この先はどう考えてるのかな?」
公生さんが僕に聞いてきた。
さすがに父さんたちを相手には難しいな。
「そんなに緊張しないでいい。自分なりのやり方くらいあるだろ」
父さんがアドバイスをくれた。
僕が相手なら……。
「馬鹿正直に真っ向勝負なんて馬鹿な真似は多分しないと思う」
「だろうね」
相手がギャングだろうがマフィアだろうが数をそろえてきても奈落に放り込んでしまえば終わる。
ちなみに最大収容人数なんてものはない。
無制限に広がる空間。
だとしたら一人ずつ仕留めていくか。
それも多分無駄だと悟っているだろう。
その気があるならもうやってるはず。
恵美さんの兵隊の護衛くらいしかなかったのだから。
「成実、相手は海外から増援してるんだね?」
「はい、日本の奴らは使い物にならないって言ってたから」
父さんが言ってたはず。
戦争はドンパチする前にほとんど決まってる。
勝ちの状況を計算して準備しなさい。
だとすると相手がどんな人間を日本に放り込んでくるか知る必要がある。
茜たちは入国する人間に網を張っているけどもっと効果的な方法が出来た。
「翼、茜に連絡して成実さんのスマホでも経由してリベリオンの情報を掴めないか聞いてくれないか?」
「まあ、それをやっておくべきだろうね」
翼はそう言いながら茜に連絡している。
「でも私のIPはすでにはじかれてる」
「茜たちはその弾かれてるアドレスを調べるの」
翼が説明した。
そこがリベリオンのサーバーだから。
後はその中に出入りしている別のメンバーを特定する。
もっとも浩二達のIPを特定するのもありかもしれないけど。
「ああ、茜と協力してしっかり捕まえてある」
誠さんが言った。
あいつらは挨拶するくらいの余裕があるらしい。
それが命取りになると気付きもしないのだろう。
成実のスマホを捕獲した時から始まっていた。
匿名のスマホだったけどそんなの関係ない。
ネットの外の事は恵美さんの網の目を搔い潜る事が難しいくらいだ。
「で、私たちはどうすればいいんだ?」
「時間をくれてやろう」
「え?」
驚いたのは美希だけじゃないみたいだ。
「空、せっかくこっちが先手を取ったんだ。ここはガンガン攻めていくべきだろ!」
天音が言う。
「そう、こっちが勝って優勢だから」
無理に押す必要はない。
「調子に乗って対策も無しに仕掛けていい相手じゃないってことですね」
大地は理解したみたいだ。
向こうは今頃打つ手を必死に探しているだろうし、さらなる増援を待っているだろう。
しかし向こうも混乱している。
どんな戦力を持ってこようと片っ端から食ってしまう僕たちの能力。
だからどう仕掛けるか悩んでるはず。
その機を狙って力づくでねじ伏せるのも手だと思うけど、結はともかく陽葵の能力は後手向きだ。
相手の能力を確認しないと奪い取ることが出来ない。
だからあの双子の能力も奪うことが出来ないでいた。
どんな能力を持っているか知らないけど成実達を危険にさらす真似はしたくなかった。
こっちから仕掛けるとなったら向こうは最初の一手で決める何かを隠し持ってるだろう。
それを使う前に力づくで抑え込むことは不可能じゃない。
だけど相手の規模もまだわかっていない。
何度も仕掛けてつぶす羽目になるかもしれない。
それを始めたら最後自分たちの手を使い切るまで消耗していく。
相手の規模は僕達より巨大だ。
そのことを忘れちゃいけない。
しかけるなら相手が手を使い切ってボロを出した時だ。
少なくとも今じゃない。
皆に説明して父さんを見る。
父さんはにっこり笑って言った。
「それが賢明だろうね。何を仕掛けてこようと対処できるけどまともに仕掛けて勝てる相手じゃない」
「さすがは片桐君が後継者に選んだだけのことはあるね」
公生さんが言った。
「しかし、それだけじゃないんだろ?」
父さんは物足りないようだった。
あまり皆に言わない方がいいと思ったんだけど。
「何かあるのか?空」
天音が聞いてきた。
「情報は共有しておいた方がいいんじゃないか?後になって黙ってましたじゃすまない事態になるかもしれない」
父さんだってこんな規模の敵は初めてだからわからないけど、空の不安はちゃんと伝えておいた方がいいと父さんは言う。
「不安ってなんだ?」
水奈が聞いた。
「守りに徹しても結局こっちも対応していくはめになる」
こっちも手持ちのカードを切るしかない。
どっちにしろ持久戦は避けたい。
一度に無理やり手札を公開させてねじ伏せてしまえたらいいんだけど、そこまで馬鹿じゃないだろう。
増援も増えるばかりだ。
どこかで攻めに転じる必要がある。
「そんなの簡単じゃないか?」
水奈が言う。
「次にあの野郎が姿を現した時に首を刈ってやればいいって事だろ?」
「水奈、それで済むなら空がとっくにしてる」
何度も顔を見てるんだからと翼が言った。
「だけどその前提には一つ条件がある……ってことだよね?空」
翼が言うと僕が頷いた。
それをする前に確かめておきたい。
それは神谷十郎が本当にリーダーなのか?
「裏にまだ何かいるかもしれないってことか?」
誠さんが言うとうなずいた。
それだけ巨大な規模のグループが動いている。
本当に十郎の指揮だけで動いてるのか確かめる必要がある。
十郎が出て来ているうちに。
十郎一人くらいどうにでもなる。
しかし十郎がリーダーじゃなかった場合事態は最悪な状況になる。
また再び相手の素性を探すことから始めなければいけない。
そんなの面倒だし、第一常に命を狙われてるなんて状況皆が耐えられるはずがない。
「それで黙っていたのか」
学が言うとうなずいた。
「結局戦いは我慢比べなんです。先に動いた方が不利になる。かといって待っているだけでも消耗する」
結局勝敗のカギは僕の判断だと大地が言う。
相手の強さが分かればそれに合った攻撃一回で全部つぶせばいい。
九州がエリアなら九州全土をたたけばいい。
しかし世界が相手だとそうはいかない。
外交的な問題も出てくる。
そんなの気にしないのが大地と善明の家だろうけど。
核兵器で皆殺しにしてやるとか絶対言い出す。
全滅させるのが手っ取り早い。
だけどそれだけ攻撃したら相手にも反抗心と意地が生まれる。
そうなったら厄介だ。
だから一撃ですべてを終わらせる。
そのためにまず必要なのは情報だ。
相手を丸裸にするくらいはしておきたい。
「空の言う通りだろうね。その一撃も多分空は用意しているんだろう」
父さんが言う。
隠し事は出来ないか。
「空、そんなのあるなら早く出せよ」
「天音は話を聞いてた?空が欲しいのはその標的の情報」
それさえあれば空はためらうことなくカードを切る。
翼は僕の言葉を覚えていたらしい。
「私たちはジョーカーを何枚も準備している」
だから叩き潰すのは簡単。
だけど一撃で致命傷を負わせたいから情報が欲しい。
「そう言うことだよね?空」
翼が言うとうなずいた。
「まあ、そうね。さすがに全部使ってしまうのはもったいないわね」
「一国くらいなら使っても”原発が事故った”で済ませられるものね」
恵美さんと晶さんが言う。
やっぱり使うつもりだったんだ。
「恵美、それはダメだよ。環境問題だってあるんだから」
「一発くらいならどうってことないでしょ?一発ですべて終わらせることが出来る」
そりゃただの企業が核ミサイル持ってますなんて言ったらどんな相手でも恐れるだろうな。
そういや父さんが言ってたっけ。
核兵器を使いたい晶さんが相手だと愛国心の強い中華マフィアは絶対に手が出せない。
手を出したら最後、祖国が滅びるって。
日中問題なんて恵美さん達には関係ない。
やる気ならやってやる。
いつもそう思ってるらしい。
「恵美さん、空の一撃は多分核よりも質が悪いから大丈夫」
「片桐君どういうこと?」
「空は息子から力を貰ったんだろう」
「え?」
翼が慌てて僕の顔を見る。
「空、まさかそれって……」
翼が聞くとにこりと笑った。
何発もミサイル撃つのも面倒だ。
文字通り一撃で終わらせてやる。
地球を火の海に変えてやる。
「まさに空の一撃か」
学がため息をつく。
「皆もう気づいてると思うけど、現状は自分たちが優位だってことを忘れてはいけない」
父さんが言う。
詰めの寸前まで来ている。
だけど最後の確認だけしておかないといけない。
相手がいくら増援を呼ぼうと苦し紛れの一手でしかない。
空は持ち札が減ると言っているけどそんな事にはならない。
だって陽葵が片っ端から奪っていくんだから。
同時に手札を増やしているんだ。
だから相手の苦し紛れの一撃に注意していたらいい。
全ての判断は空がするはずだ。
ずいぶんプレッシャーをかけてくるな。
「お前子供にもう少し優しくしてやったらどうだ?」
渡辺さんが言う。
「僕の後を継ぐらしいからね。このくらいはやってもらわないと困る」
「よくわかんねーけど、勝ったも同然ってことだよな!これは今夜は盛り上がるぞ!」
「美嘉!お前明日仕事だろうが!」
「つれねーこと言うな正志!こんな盛り上がる夜はそんなにねーぞ!」
「母さんの言うとおりだ!私もビール!!」
「紗理奈やめとけ。お前お腹に赤ちゃんいるんだろ?」
珍しく天音が止めていた。
大方結莉達の面倒見ないといけないから飲めないから道連れにするつもりなんだろう。
「私は大丈夫だ!焼酎がいい!」
「水奈も子供を寝かしつけてからだ!」
大体学は車で来てるから飲めないのにそんな拷問するつもりか。
「くそ……こんなことならタクシーで来るんだった」
「そうじゃないだろこのバカ娘!自分の子供の面倒くらいちゃんとしろ」
「……水奈はそれで飲むのやめてくれるんだ。学がうらやましいよ」
なずなが漏らした。
まさか……。
遊と天を見る。
すっかり酔っぱらって騒いでる。
ここファミレスだぞ?
「なずな……ごめん」
「いいんです。もう慣れてるから」
「おい!成実と言ったか!?お前彼氏いるのか?」
「あ、その話いいね。いないなら相談に乗るわよ」
美嘉さんと亜依さんが成実に絡みだした。
「彼氏はいます。いつも助けてもらってる」
恥ずかしそうに成実が語る。
「で、どこまで行ったんだ?そういう話最近あまりしてなくてさ。成実、お前歳いくつだ?」
「18です」
「なら、大丈夫だ!おい、彼氏とやらも一緒に飲め!ビール持ってきてください」
「美嘉!いい加減にしろ!未成年に飲酒を勧めるんじゃない!」
「いいじゃねーか!紗理奈なんて中学生の頃から飲んでたぞ」
「それを認める親がどこの世界にいるんだ!」
「美嘉さん私からもお願いします。陽葵達が興味を持ったら手に負えない」
「私達は別のお願いがあるんだけど」
菫が言った。
「なんだそれ?」
美嘉さんが聞く。
「彼氏ほしいからいい男いないかな?」
「お、そういう話ならおばさんも混ざるぞ」
神奈さんと亜依さんが加わる。
「どういう子がいいの?」
亜依さんが聞くと菫たちはそろって答えた。
「パパみたいな人」
悪気はないんだろう。
「菫は善明みたいな根性無しがいいの?」
「そういう事なら晶、私達の出番ね。誰でもいいから適当に男を捕まえてきなさい
あとは恵美さん達が徹底的に訓練してやるらしい。
善明は笑うしかなかった。
子供たちもいい加減寝る時間だしと言って解散した。
家に帰ると比呂と結を風呂に入れると2人は勝手に寝る。
「私も幸運だったのかな?」
「どうして?」
「旦那様を手に入れることが出来たから」
そう言って僕に抱き着く美希。
「だったらその幸運を分けてよ」
「どうすればいい?」
聞いてくる美希の顔はもう答えを知っているようだった。
「それじゃ、乾杯」
渡辺さんがあいさつすると僕たちは料理を食べていた。
日本に帰国して最初に待っていたのは母さんの説教だった。
「他に何か言うことなかったのか?」
神奈さんが言うけど他に話せそうなことはなかった。
未成年だから飲酒なんてテレビで言えるわけないし、誠司が行くって言ってた場所も絶対やばいと思ったし。
「馬鹿!冬吾!!」
誠司が慌てて僕を止めるけど神奈さんは見逃さなかった。
「ほう?誠司はどこに行ってたんだ?」
神奈さんが聞くと観念して話す。
試合で勝って盛り上がると大体行ってる場所。
誠司は逃げ出そうとするけどしっかり神奈さんが誠司の手を掴んでいた。
「お前は……そんなことをしていたのか?」
神奈さんが誠司を睨みつける。
すると誠さんが仲裁する。
「待て、誠司だって頑張ったんだ。少しくらい褒美にいいだろ?渡辺君だって紗理奈が高校生の頃から飲酒認めてたじゃないか」
飲酒はいいけどそういう店はダメってのは理屈が通らないだろ?
誠さんがそう主張する。
「紗理奈は飲酒しても風俗には行ってないぞ!」
美嘉さんが言う。
「そりゃ女性が行く店じゃないだろ!」
「誠司、あんたそういうのは卒業したんじゃなかったの?」
泉が言う。
「試合に勝ったんだから少しくらいはめ外してもいいだろ?」
「風俗に行くことのどこが少しなのか説明してみろ!」
「あんたまさか冬吾も誘ったりしてないでしょうね?」
実は誘われていた。
瞳子がいるから無理と断ったけど。
今は黙っておいた方がいいだろう。
そこは誠司も分かってるみたいだ。
「そんなことしねーって。冬吾だって彼女いるんだから行くわけないだろ」
俺は彼女がいないからいいだろという誠司の主張。
「お前まさかそれが目的で彼女いらないとか言ってるんじゃないだろうな?」
まあ、そうなるよな。
「違うって!父さんが言ってたんだ。彼女と風俗は別物だって」
風俗店でしてもらうサービスを彼女に要求できないと誠司が言う。
「馬鹿!誠司!!」
誠さんが慌ててるがすでに遅い。
「誠は自分の息子に何馬鹿なことを吹き込んでるんだ!?」
神奈さんの怒りは誠さん達に向かった。
神奈さんだけでなくて亜依さんや恵美さん達にも伝染していく。
対象も桐谷さんや遊に広がった。
「お前らは子供を何だと思ってるんだ!」
僕も例外じゃなかった。
「冬吾君は行ってないよね?」
瞳子が聞いてくると首を振った。
不思議でしょうがなかったんだ。
誠司たちが遊びに行くのは止められないのになぜか僕が食べ歩きしようとすると止められる。
一人で不用意な外出は禁止されてた。
ただでさえ僕の顔は有名になってるから危険だと説得されてホテルの夕食で我慢して部屋で瞳子とメッセージをしてた。
「冬吾も少しは学習しなよ。毎度のことでしょ。相手の選手の事とか試合の事とか話すことあるでしょ?」
冬莉が言う。
でも……
「誠司がそれじゃ面白くないだろ?っていうから」
「ば、馬鹿。冬吾お前いい加減にしろ!」
誠司が怒っているけどそんな事関係なかった。
「お前は冬吾に何を吹き込んでるんだ!?」
「冬吾を巻き込むのは止めて!」
母さん達が激怒している。
祝勝会だったはずなのに僕たちはずっと叱られていた。
それでも瞳子は「お疲れ様。すごいね」と褒めてくれる。
祝勝会が終ると2次会は当然なかった。
誠さんが「褒美にいいところ連れて行ってやる」といったけど断っておいた。
誠司にも止めといた方がいいと言ったのだが「怒られただけじゃつまらないだろ?」とか余計なことを言う。
それを聞いていた瞳子が「冬吾君を変なところに誘うのやめてください!」と叫ぶ。
それを聞いた神奈さんがまた怒り出す。
「お前らは家に強制連行だ!帰ってこなかったら帰る家がないと思え!」
そして家に帰って風呂に入る。
もともとまっすぐ家に帰ってくるはずだった。
父さんと話したい事があったから。
「どうしたんだい?海外に行くのは父さんは反対はしないよ?」
風俗の事は父さんもあまり知らない。
調べるだけで母さんがへそを曲げるらしい。
「そうじゃなくて違う話」
「何かあるの?」
「父さんも昔金メダルを取ったんだよね?」
どんな気分だった?
父さんは答えた。
「それは教えてもいいけど、きっと冬吾とは違うと思うよ?」
「どうして?」
「冬吾はまだ道の途中だろ?」
父さんはそこがゴールだから違うと思うよ。
「それでも気持ちがいいだろ?」
「うん!」
「でも浮かれるのは今夜だけにしておきなさい」
まだ満足するにははやいだろ?
父さんの言うとおりだ。
まだ僕は満足してはいけない。
もっともっと高みを目指さなければならない。
「ま、父親としては自慢の息子と一杯飲みたいくらいだけどね」
「冬夜さんいけません。冬吾はまだ未成年です」
渡辺さんですら「親の前で堂々と飲むな」と言うくらいだから親と飲み交わすなんて絶対だめだと母さんが言った。
話が終ると部屋に戻って僕は寝ることにした。
僕たちはまだ夢の途中。
道はまだ続く。
そして次の目標の為に僕達が日本で過ごす時間は残りわずかとなっていた。
(2)
私たちはその日呼び出された。
逃げることは沖田浩二達が許さなかった。
高校の近くに廃工場がある。
その跡地に呼び出されてた。
呼び出したのは神谷十郎。
理由は私達がSHに入ったから。
雲雀たちは私に付き合う必要はないと言ったけど……。
「ここまで来たらどこまでもお前の側にいてやる」
他の剣太や有紀も同じだった。
大勢の十郎の手下が私達を囲んでいる。
それだけ海外から招いたのだろう。
中には小学生もいた。
日本人ではなかったけど。
どこまでやれる?
それだけを考えていた。
「呼ばれた理由はわかってるね?」
十郎が言う。
私は無言でうなずいた。
「自分たちだけぬるい世界に逃げ出そうなんて虫が良すぎるね」
「私がリベリオンを抜けた理由は十郎さんが一番知ってるんじゃないの?」
「何のことかな?」
「とぼけないで」
念のために雲雀や剣太のことも調べてもらった。
案の定十郎の名前が浮上してきた。
今まで散々利用しておいてよく言えた物だ。
「これまでお前たちの生活を支援してやったのは誰だ?その恩も忘れるのか?」
「そうなる環境に追いやったのはあなたじゃないですか!」
「……どうせお前らは役に立たない。恩を仇で返すというなら……」
十郎は部下に合図する。
「成実は指示を出し続けてくれ。戦闘は俺たちが受け持つ」
雲雀が言う。
これだけ数的不利を覆すには手段がない。
しかしその反撃の猶予すら十郎は与えてくれなかった、
全員が銃をこちらに向ける。
雲雀の力でもこれだけの人間を一度には無理だ。
そして十郎も銃をこちらに向ける。
「半端な覚悟だとどのみち長生きしないよ。どうせならここでゴミくずらしく死んでいけ」
どう判断すればいいかわからない。
ここまで不利な状況は初めてだ。
「皆ごめん」
私は泣いていた。
「こいつらの為に泣くのはやめろ。精々笑ってやるといい」
そう言って雲雀が手をつないでくれる。
その時だった。
数台の車がこの場所に乱入してくる。
増援?
しかし十郎も予想外の事態みたいだ。
車から下りてきたのは片桐空と翼と陽葵と菫に結、石原天音と大地。
天音が十郎を無視して私達に近づいて私のおでこをこつんと叩いて笑う。
「こういう言葉知ってるか?”抜け駆けすんなこのアマ”だ」
「で、でも……」
「おい翼!」
天音が翼に声をかけると翼は結に私たちの側にいるように指示を出す。
「おい、勝手なことしてるとそのガキから殺すぞ」
十郎がそう言って銃口を結に向ける。
だけど空は余裕を見せていた。
「うちの息子は怒らせると怖いぞ?妙な真似はしない方がいい」
「あまり大人を舐めるなよ。クソガキ」
そう言って十郎が銃を撃とうとした時だった。
結がそれに気づいて十郎を睨みつける。
すると十郎の動きが止まった。
十郎だけじゃない。
私達を囲む人間の殆どが身動きが取れないか、その場で座り込んで気を失っていた。
「……がっでむ」
結がそう言うと天音は冬夜の頭を撫でた。
「冬夜も気に入ったか?その言葉」
「天音、僕の息子にそういう言葉教えないで欲しいんだけど」
「教えたのは私じゃない、結莉だろ」
「愛莉が聞いたら怒られるのは絶対天音だよ」
「結だって使う場所くらいわかってるだろう。な?」
「お前ら……この数で勝てると思ってるのか?」
十郎が言うと空はにやりと笑う。
「あまり僕のグループを舐めるなよ。チンピラ」
空が言うと特殊なフィールドを展開する。
自分たちは能力は使いたい放題だけど相手には一切使わせない能力「ステイシス」
結の一睨みで、空がチンピラと称した連中は反撃することすら許されなかった。
身動きすら取れなくなる。
空が天音達に合図する。
「無抵抗な連中を袋叩きにするのはあまり好きじゃないけど楽なのはいいですね」
善明がそう言って片っ端から殴り飛ばしていく。
水奈たちも続いて一方的な暴力が始まった。
「天音!何やってるの?」
「何ってライフル構えてるんだけど」
「ヒロインが殺人って恋愛小説の話じゃないよ」
「今更だろそんなの」
どうせ銃はこいつらのもんだ。
仲間割れを始めたということにしとけばいい。
そう言って天音はためらうことなくライフルを撃ち始める。
ただ幼稚園児のヘンゼルとグレーテルは残しておいた。
「菫たちが怒り出すだろうからな」
「天音、やるんだったらさっさと始末して。銃声なんて聞かれたら警察来るでしょ」
翼が指示する。
「あ、それがあったか」
そして天音が銃を撃ち尽くすと大地に弾倉の変え方を聞いていた。
「説明してる時間も惜しいからほかの奴の銃使ったら?」
「それもそうだな」
そう言って銃を投げ捨てて他の奴から銃を奪う。
そして少し考えるとライフルで男を殴り倒した。
「こっちの方が性に合ってるかもしれない」
そう言ってにやりと笑う天音の顔は死神以外の何物にも見えなかっただろう。
一方陽葵と菫はヘンゼルとグレーテルに近づいた。
「ごめんね。一度くらいガチンコで勝負したかったけど……まあ、警告だと思って」
登園出来るくらいには手加減してあげると言って殴り飛ばすと平等に痛めつける。
空は十郎の前に出る。
「何度も警告はした。これ以上は無駄だろうから始末してやる」
「これで終わりだと思うなよ」
「当たり前だ。この程度で済ますつもりはない」
空の顔を見るのが怖いくらいまで徹底的につぶしてやる。
空がそう言うと陽葵に合図する。
菫は能力を使う。
菫の能力は”奈落”
文字通り深淵の闇へと飲み込む能力。
ヘンゼルとグレーテルと十郎達以外は全員この場から消えた。
「いいか?お前の言う通り僕たちは父さんたちに比べたらガキだ。だから手加減は一切しない」
そう言うと天音の車に乗るように言われて乗り込みその場を後にした。
(3)
冬吾から様子がおかしいと聞いて、茜に頼んで放課後成実たちが向かった先を特定してもらった。
場所が分かれば何をするかくらいわかる。
相手は本物らしいから結を連れていく。
世界で一番安全な場所は結の側だ。
そして結を怒らせた相手は碌な結末をむかえない。
こんなやり方じゃ天音が不満をこぼすだろうけど、成実さん達の身の安全を最優先した。
そして無事4人を救出してファミレスに集まっていた。
「まず、5人の面倒は私が見ます」
奈留さんが言う。
「いいの?」
「恵美さんはまだ子供いるでしょ?私は暇を持て余してるし」
自分の過去を振り返ったら他人事に思えなかったらしい。
運命がどこかで狂っていたら今の成実たちのように奈留さんがなっていたかもしれない。
「じゃあ、戸籍変える?」
恵美さんがそう聞くと5人共首を振った。
この名前が自分たちの人生の目印だから。
皆が忘れてもこの5人の物語はその名前と共につながっていくだろうから。
ただ、住所だけは変える。
あいつらが何をしてくるかわからない。
「で、ほかの連中はどうするんだ?」
「わからない」
誠さんが聞くと翼が答えた。
一緒に誘ってみることも考えたけどそれじゃ意味がない。
自分たちのやっていることの無意味さを自分で思い知るしかない。
父さんもそう言っていたから間違いないだろう。
それから恵美さんと誠さんがリベリオンの内情を聞いていた。
大体のことはこっちがつかんだ情報とさほど違いはなかった。
一番聞きたかった能力者の情報は成実達にもわからないらしい。
「とにかくあらゆる戦力を日本に呼び込んでいるみたいです」
あの双子の殺人鬼もそんな連中の仲間だ。
「しかしお前ら兵隊なしでもそんな連中を追い返すのか」
神奈さんが言っていた。
多分陽葵と菫と結がいれば全部片付くかもしれない。
その最も強い結は。
「はい、結。お疲れ様」
「あーん」
ぱくっ。
そんな結と茉奈のやりとりを見ていた。
「人は見た目に騙されたらいけないというけど、結が一番危険だとは絶対気づかないだろうな」
神奈さんが言う。
「聞いたわよ。結があの言葉を言ったんでしょ?」
「ああ、結莉の真似をしたみたいだな」
「何をのんきなこと言ってるの!?もともとは天音の責任でしょうが」
「茉莉達に比べたらましだろ?」
「結莉だって私と変わらないよ」
「勝手に何ほざいてんだこの糞アマ!その口に鉛の弾ぶち込まれたいのか!?」
結莉が立ち上がって怒り出す。
「結莉、今は食事中だ」
「うぅ……」
さすがの結莉でも結に逆らおうとは思わないらしい。
母さんみたいな反応するんだな。
「この後どう出ると思ってるんだい?うちの指揮官様は」
「公生、それなんだけど……」
父さんはそう言って僕を見る。
「そろそろ指揮権を息子に預けようと思うんだけど」
「へ?」
「空は空の王なんだろ?」
十分に経験も得たはずだ。
そんな経験社会で何の役にもたたないけど。
「じゃ、王様。この先はどう考えてるのかな?」
公生さんが僕に聞いてきた。
さすがに父さんたちを相手には難しいな。
「そんなに緊張しないでいい。自分なりのやり方くらいあるだろ」
父さんがアドバイスをくれた。
僕が相手なら……。
「馬鹿正直に真っ向勝負なんて馬鹿な真似は多分しないと思う」
「だろうね」
相手がギャングだろうがマフィアだろうが数をそろえてきても奈落に放り込んでしまえば終わる。
ちなみに最大収容人数なんてものはない。
無制限に広がる空間。
だとしたら一人ずつ仕留めていくか。
それも多分無駄だと悟っているだろう。
その気があるならもうやってるはず。
恵美さんの兵隊の護衛くらいしかなかったのだから。
「成実、相手は海外から増援してるんだね?」
「はい、日本の奴らは使い物にならないって言ってたから」
父さんが言ってたはず。
戦争はドンパチする前にほとんど決まってる。
勝ちの状況を計算して準備しなさい。
だとすると相手がどんな人間を日本に放り込んでくるか知る必要がある。
茜たちは入国する人間に網を張っているけどもっと効果的な方法が出来た。
「翼、茜に連絡して成実さんのスマホでも経由してリベリオンの情報を掴めないか聞いてくれないか?」
「まあ、それをやっておくべきだろうね」
翼はそう言いながら茜に連絡している。
「でも私のIPはすでにはじかれてる」
「茜たちはその弾かれてるアドレスを調べるの」
翼が説明した。
そこがリベリオンのサーバーだから。
後はその中に出入りしている別のメンバーを特定する。
もっとも浩二達のIPを特定するのもありかもしれないけど。
「ああ、茜と協力してしっかり捕まえてある」
誠さんが言った。
あいつらは挨拶するくらいの余裕があるらしい。
それが命取りになると気付きもしないのだろう。
成実のスマホを捕獲した時から始まっていた。
匿名のスマホだったけどそんなの関係ない。
ネットの外の事は恵美さんの網の目を搔い潜る事が難しいくらいだ。
「で、私たちはどうすればいいんだ?」
「時間をくれてやろう」
「え?」
驚いたのは美希だけじゃないみたいだ。
「空、せっかくこっちが先手を取ったんだ。ここはガンガン攻めていくべきだろ!」
天音が言う。
「そう、こっちが勝って優勢だから」
無理に押す必要はない。
「調子に乗って対策も無しに仕掛けていい相手じゃないってことですね」
大地は理解したみたいだ。
向こうは今頃打つ手を必死に探しているだろうし、さらなる増援を待っているだろう。
しかし向こうも混乱している。
どんな戦力を持ってこようと片っ端から食ってしまう僕たちの能力。
だからどう仕掛けるか悩んでるはず。
その機を狙って力づくでねじ伏せるのも手だと思うけど、結はともかく陽葵の能力は後手向きだ。
相手の能力を確認しないと奪い取ることが出来ない。
だからあの双子の能力も奪うことが出来ないでいた。
どんな能力を持っているか知らないけど成実達を危険にさらす真似はしたくなかった。
こっちから仕掛けるとなったら向こうは最初の一手で決める何かを隠し持ってるだろう。
それを使う前に力づくで抑え込むことは不可能じゃない。
だけど相手の規模もまだわかっていない。
何度も仕掛けてつぶす羽目になるかもしれない。
それを始めたら最後自分たちの手を使い切るまで消耗していく。
相手の規模は僕達より巨大だ。
そのことを忘れちゃいけない。
しかけるなら相手が手を使い切ってボロを出した時だ。
少なくとも今じゃない。
皆に説明して父さんを見る。
父さんはにっこり笑って言った。
「それが賢明だろうね。何を仕掛けてこようと対処できるけどまともに仕掛けて勝てる相手じゃない」
「さすがは片桐君が後継者に選んだだけのことはあるね」
公生さんが言った。
「しかし、それだけじゃないんだろ?」
父さんは物足りないようだった。
あまり皆に言わない方がいいと思ったんだけど。
「何かあるのか?空」
天音が聞いてきた。
「情報は共有しておいた方がいいんじゃないか?後になって黙ってましたじゃすまない事態になるかもしれない」
父さんだってこんな規模の敵は初めてだからわからないけど、空の不安はちゃんと伝えておいた方がいいと父さんは言う。
「不安ってなんだ?」
水奈が聞いた。
「守りに徹しても結局こっちも対応していくはめになる」
こっちも手持ちのカードを切るしかない。
どっちにしろ持久戦は避けたい。
一度に無理やり手札を公開させてねじ伏せてしまえたらいいんだけど、そこまで馬鹿じゃないだろう。
増援も増えるばかりだ。
どこかで攻めに転じる必要がある。
「そんなの簡単じゃないか?」
水奈が言う。
「次にあの野郎が姿を現した時に首を刈ってやればいいって事だろ?」
「水奈、それで済むなら空がとっくにしてる」
何度も顔を見てるんだからと翼が言った。
「だけどその前提には一つ条件がある……ってことだよね?空」
翼が言うと僕が頷いた。
それをする前に確かめておきたい。
それは神谷十郎が本当にリーダーなのか?
「裏にまだ何かいるかもしれないってことか?」
誠さんが言うとうなずいた。
それだけ巨大な規模のグループが動いている。
本当に十郎の指揮だけで動いてるのか確かめる必要がある。
十郎が出て来ているうちに。
十郎一人くらいどうにでもなる。
しかし十郎がリーダーじゃなかった場合事態は最悪な状況になる。
また再び相手の素性を探すことから始めなければいけない。
そんなの面倒だし、第一常に命を狙われてるなんて状況皆が耐えられるはずがない。
「それで黙っていたのか」
学が言うとうなずいた。
「結局戦いは我慢比べなんです。先に動いた方が不利になる。かといって待っているだけでも消耗する」
結局勝敗のカギは僕の判断だと大地が言う。
相手の強さが分かればそれに合った攻撃一回で全部つぶせばいい。
九州がエリアなら九州全土をたたけばいい。
しかし世界が相手だとそうはいかない。
外交的な問題も出てくる。
そんなの気にしないのが大地と善明の家だろうけど。
核兵器で皆殺しにしてやるとか絶対言い出す。
全滅させるのが手っ取り早い。
だけどそれだけ攻撃したら相手にも反抗心と意地が生まれる。
そうなったら厄介だ。
だから一撃ですべてを終わらせる。
そのためにまず必要なのは情報だ。
相手を丸裸にするくらいはしておきたい。
「空の言う通りだろうね。その一撃も多分空は用意しているんだろう」
父さんが言う。
隠し事は出来ないか。
「空、そんなのあるなら早く出せよ」
「天音は話を聞いてた?空が欲しいのはその標的の情報」
それさえあれば空はためらうことなくカードを切る。
翼は僕の言葉を覚えていたらしい。
「私たちはジョーカーを何枚も準備している」
だから叩き潰すのは簡単。
だけど一撃で致命傷を負わせたいから情報が欲しい。
「そう言うことだよね?空」
翼が言うとうなずいた。
「まあ、そうね。さすがに全部使ってしまうのはもったいないわね」
「一国くらいなら使っても”原発が事故った”で済ませられるものね」
恵美さんと晶さんが言う。
やっぱり使うつもりだったんだ。
「恵美、それはダメだよ。環境問題だってあるんだから」
「一発くらいならどうってことないでしょ?一発ですべて終わらせることが出来る」
そりゃただの企業が核ミサイル持ってますなんて言ったらどんな相手でも恐れるだろうな。
そういや父さんが言ってたっけ。
核兵器を使いたい晶さんが相手だと愛国心の強い中華マフィアは絶対に手が出せない。
手を出したら最後、祖国が滅びるって。
日中問題なんて恵美さん達には関係ない。
やる気ならやってやる。
いつもそう思ってるらしい。
「恵美さん、空の一撃は多分核よりも質が悪いから大丈夫」
「片桐君どういうこと?」
「空は息子から力を貰ったんだろう」
「え?」
翼が慌てて僕の顔を見る。
「空、まさかそれって……」
翼が聞くとにこりと笑った。
何発もミサイル撃つのも面倒だ。
文字通り一撃で終わらせてやる。
地球を火の海に変えてやる。
「まさに空の一撃か」
学がため息をつく。
「皆もう気づいてると思うけど、現状は自分たちが優位だってことを忘れてはいけない」
父さんが言う。
詰めの寸前まで来ている。
だけど最後の確認だけしておかないといけない。
相手がいくら増援を呼ぼうと苦し紛れの一手でしかない。
空は持ち札が減ると言っているけどそんな事にはならない。
だって陽葵が片っ端から奪っていくんだから。
同時に手札を増やしているんだ。
だから相手の苦し紛れの一撃に注意していたらいい。
全ての判断は空がするはずだ。
ずいぶんプレッシャーをかけてくるな。
「お前子供にもう少し優しくしてやったらどうだ?」
渡辺さんが言う。
「僕の後を継ぐらしいからね。このくらいはやってもらわないと困る」
「よくわかんねーけど、勝ったも同然ってことだよな!これは今夜は盛り上がるぞ!」
「美嘉!お前明日仕事だろうが!」
「つれねーこと言うな正志!こんな盛り上がる夜はそんなにねーぞ!」
「母さんの言うとおりだ!私もビール!!」
「紗理奈やめとけ。お前お腹に赤ちゃんいるんだろ?」
珍しく天音が止めていた。
大方結莉達の面倒見ないといけないから飲めないから道連れにするつもりなんだろう。
「私は大丈夫だ!焼酎がいい!」
「水奈も子供を寝かしつけてからだ!」
大体学は車で来てるから飲めないのにそんな拷問するつもりか。
「くそ……こんなことならタクシーで来るんだった」
「そうじゃないだろこのバカ娘!自分の子供の面倒くらいちゃんとしろ」
「……水奈はそれで飲むのやめてくれるんだ。学がうらやましいよ」
なずなが漏らした。
まさか……。
遊と天を見る。
すっかり酔っぱらって騒いでる。
ここファミレスだぞ?
「なずな……ごめん」
「いいんです。もう慣れてるから」
「おい!成実と言ったか!?お前彼氏いるのか?」
「あ、その話いいね。いないなら相談に乗るわよ」
美嘉さんと亜依さんが成実に絡みだした。
「彼氏はいます。いつも助けてもらってる」
恥ずかしそうに成実が語る。
「で、どこまで行ったんだ?そういう話最近あまりしてなくてさ。成実、お前歳いくつだ?」
「18です」
「なら、大丈夫だ!おい、彼氏とやらも一緒に飲め!ビール持ってきてください」
「美嘉!いい加減にしろ!未成年に飲酒を勧めるんじゃない!」
「いいじゃねーか!紗理奈なんて中学生の頃から飲んでたぞ」
「それを認める親がどこの世界にいるんだ!」
「美嘉さん私からもお願いします。陽葵達が興味を持ったら手に負えない」
「私達は別のお願いがあるんだけど」
菫が言った。
「なんだそれ?」
美嘉さんが聞く。
「彼氏ほしいからいい男いないかな?」
「お、そういう話ならおばさんも混ざるぞ」
神奈さんと亜依さんが加わる。
「どういう子がいいの?」
亜依さんが聞くと菫たちはそろって答えた。
「パパみたいな人」
悪気はないんだろう。
「菫は善明みたいな根性無しがいいの?」
「そういう事なら晶、私達の出番ね。誰でもいいから適当に男を捕まえてきなさい
あとは恵美さん達が徹底的に訓練してやるらしい。
善明は笑うしかなかった。
子供たちもいい加減寝る時間だしと言って解散した。
家に帰ると比呂と結を風呂に入れると2人は勝手に寝る。
「私も幸運だったのかな?」
「どうして?」
「旦那様を手に入れることが出来たから」
そう言って僕に抱き着く美希。
「だったらその幸運を分けてよ」
「どうすればいい?」
聞いてくる美希の顔はもう答えを知っているようだった。
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