姉妹チート

和希

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Breezy?

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(1)

「しかしこれ以上あんな土地を買い取るのに予算つかえませんよ」

 だったら買わなきゃいいじゃん。
 そんな一言を言いたくなるくらい退屈な会議時間。
 会社にいる間はだいたいこんな感じ。
 まだ新年度が始まったばかりだから他の企業のおっさんが挨拶に来たりする。
 俺から行かないといけないなんて話はない。
 秘書に確認してもそんなスケジュールはないと言われた。
 でもなんか繭に言われたような気がするんだけど思い出せない。
 毎日が社長室と会議室の往復で社長室に出入りするのは秘書以外にいない。
 トイレに行きたいと通路を歩いてるとおっさんが礼をする。
 色んな意味で俺の顔は知れ渡っている。
 多分この本社にいる人間で俺の顔を知らない奴なんていないだろう。
 世の中には社長にあったことすらないなんて企業沢山あるのに。
 まあ、知らないなんて奴いたら多分俺の知らないところで処分されてるんだろうな。
 で、今は会議中。
 企業が倒産して廃ビルになっている土地を買って新しくアミューズメント施設を作ろうという話。
 なぜか先月から廃ビルのオーナーがごねて話が出た時の3倍近くになってるらしい。
 買わなきゃいいじゃん。
 どうせ誰も欲しがらないだろう。
 なんでうちが目をつけたのか分からないくらいどうでもいい場所だった。
 そんなしょうもない話も定時になれば俺は帰らなきゃいけない。
 今は15時。
 そろそろおっさんたちが焦りを見せる。
 そんな時に女性社員が入ってきた。
 ほら、社長室の前に設置されてる受付の人いるじゃん。
 あの人。

「社長。お客様が見えてますけど、どういたしましょう?」
「そんなの後にしろ!今は大事な会議中だぞ!」

 どうでもいいような気がするのは俺だけか?
 それよりお客様という言葉に反応した。
 どうでもいい企業のじじいとかならまず受付が拒否する。
 それをわざわざ相談したという事は。
 何か嫌な予感がする。
 俺は肝心な何かを忘れてないか?

「それ誰?」
「社長、今はそれどころでは……」

 そんなものやっぱりどうでもよかった。

「酒井リゾートの会長がお見えですけど……」
「すぐに社長室に通して!」
「しかし会議は?」
「そんなにふっかけて来るなら買わなきゃいいだろ!」

 どうせそんな大して影響ないだろ!?
 善明を門前払いしたらこのビルが廃ビルになるぞ!
 急いで社長室に戻ると善明がソファに腰掛けていた。
 俺を見るとゆっくりと立ってにこりと笑った。

「少しは慣れたかい?苦戦してるようだけど」

 俺はすぐに土下座した。
 繭から言われていたことを忘れていた。

「如月グループと酒井リゾートは同業者みたいなものだから一度お兄様に挨拶しておいた方がいいですよ」

 善明がわざわざ出向いたなんて知れたら俺は破門される!
 やばいぞどうする?

「ああ、気分転換にちょっと散歩してくると佐瀬さんには伝えてあるから心配しないでいいよ」

 俺がちゃんと挨拶をしたという事にしておくと佐瀬さんにお願いしたらしい。
 善明も善明の父さんも他人の人生の破滅を望む人間じゃない。
 如月家と酒井家が戦争なんてことになったら大惨事を作る。

「ごめん、なんかスケジュール組んでもらってたんだけど……忘れてて」

 今朝繭に聞いていつ行こうかなと考えてたのをいきなり会議で忘れてた。
 
「就任早々大変みたいだね」
「多分大したことじゃないと思うんだけど」
「何があったんだい?」

 善明の顔つきが変わった。
 仕事する人間の表情だった。
 今、廃墟を買うのに「そんな大金出せるかボケ」というのを何時間もかけて悩んでるだけだと説明した。

「……他にも似たような件なかったかい?」

 善明が聞いてきた。
 秘書に確認する。
 適当に聞き流してたから覚えてなかった。
 結構な場所で起きてるらしい。
 でもなんでそんな事聞くんだろう。

「そうだね、天も仕事らしいことをするかい?」
「どういう意味?」
「ここから先は事業の相談だ」
「時間大丈夫なの?」
「今日は用件だけ伝えるよ」

 何だろう?
 話は簡単だった。
 酒井リゾートでも同じような事が起こってるらしい。
 土地の買収、テナントの出店、ありとあらゆる買取事案で問題が多発している。
 如月グループの3割くらいがアミューズメント部門。
 同じところにいくつも作ってもしょうがない。
 適当に若者が立ち寄れそうな場所を探して買い取って新店舗を展開する。
 県外は父さんがやるからとりあえず地元だけど任せると言われていた。
 競合相手の酒井リゾートの会長は善明だ。
 だから交渉も楽だろうと考えたのだろう。
 今日立ち寄ったのは俺に挨拶しておきたかったのもあるけど、ひょっとしてと思ったらしい。
 どうやらごねている背後に違法な何かが動いてる様だと善明が言っていた。
 それは善明が調べて対処するから無茶な金額を吹っ掛けられたら跳ねのければいい。
 馬鹿な真似をしている正体を突き詰めてから対策を考えよう。
 善明はそれだけ言って帰っていった。
 
「いい加減帰らないと怪しまれるからね」
 
 善明が帰ると、すぐに会議室に行って「この件は白紙!」とだけ言って家に帰って来た。
 すると繭が玄関で仁王立ちしていた。
 時間は間に合ってるはずだけど。

「天!あなた何やってるの!?」

 へ?

「何もしてないよ」
「だから大事になってるんでしょ!」
「どういう事?」

 繭はとりあえず僕を家に入れて着替えさせながら説明した。
 間が悪かった。
 善明が俺の様子を見に来たように繭の母さんが善明の様子を見に来た。
 当然いない。
 佐瀬さんは「気分転換に外出してます」と言われたとおりに答えた。
 しかし時間がかかり過ぎた。
 母親に問い詰められて俺に挨拶に言っていたと白状する。
 当然のように母親は激怒する。

「年下の癖に随分舐めた真似するわね!」

 そんなに破滅したいならさせてやる。
 善明と繭の父さんが必死に宥めたらしい。

「まだ社会に出て一月も立ってないんだ。これから覚えていく段階だから穏便にすませておくれ」

 繭の父さんが必死に説得して事なきを得たらしい。
 
「と、いうわけだから急いで」
「何を?」
「私の実家に行かないと。母様に謝罪くらいしておかないとまた大変ですよ!」

 そう言って繭の実家に行って繭の母親に必死に頭を下げる。
 母さん達も駆けつけていた。

「まあ、まだ子供なら仕方ないわね」
 
 悲劇は免れたようだ。

「それにしても気になるわね……」

 繭の母親も気になるらしい。
 何の理由で買取を妨害しているのか。
 ごねてる相手を一個ずつ潰すのも面倒だと判断したらしい。
 それは酒井リゾートで調べると善明が言った。
 どうやらまだSHの機嫌を損ねようとする馬鹿がいるらしい。

(2)

 今日は朝から書類を読んでいた。
 秘書にも手伝ってもらっていた。
 気になることがあったから、善明に任せっぱなしなのもあれだから自分である程度調べてみる気になった。
 そんなに難しい事じゃない。
 あまりにもふざけた値段を吹っ掛けてくるのだから「ふざけんな」で契約破棄すればいい。
 そんなの俺にだって分かる。
 しかしそれが出来ない。
 なぜだ?
 それを確かめる為に昨日の会議を議事録を読んでいた。
 しょうもないくらい事に結構時間を費やしていたので1日の会議でやたら長いから秘書にも手伝ってもらった。
 すると予想通りだった。
 一人の重役がやけに粘っている。
 ここを買わないとヤバい。
 そんな事をずっと言い続けている。
 その人について秘書に聞いてみた。
 割と真面目な人らしい。
 それなりにまともな判断が出来る人がどうしてこんなバカげた契約でごねるのか不思議だと言った。
 俺に出来るのはここまでだ。
 善明に電話する。
 その人物について洗って欲しいとお願いしていた。
 
「そういう調査なら大地の方がいいかもしれないね」

 酒井リゾートにも不審な人物がいたから一緒に調べてもらうと言った。
 しかし少し急いで調べる必要があったみたいだ。
 会議で時間を稼ぐ必要があったみたいだ。
 
「今社長は取り込み中で……きゃあ!」

 受付の子の悲鳴が聞こえた。
 俺と秘書はドアを見る。
 するとさっき気になった重役が受付の子の首筋にナイフを当てて捕まえていた。
 そんなに切羽つまった状況なのだろうか?

「昨日の契約をもう一度考え直してくれませんか?」

 さっきも言ったけどその重役は割と真面目な人間だ。
 こんな真似をする馬鹿じゃない。

「何があったのか事情を説明しなさい。そんな馬鹿な真似はすぐにやめなさい」
 
 秘書が代弁する。

「こっちも時間がないんだ……お前みたいなひよっこに俺の気持ちが分かるはずがない」

 まあ、正直全然わかんないけど。

「落ち着け、そんな事をしても会社は動かないぞ」

 取りあえず事情を教えろ。
 場合によっては力になる。
 そうは言うけど男は余程切羽つまっているらしい。

「あまり大人をなめるな……俺だって家庭がかかってるんだ。こんな女一人くらい」

 家庭?

「気持ちはわかるけど、だからと言って関係ない女性を人質にするのはよくないね」
「誰だ!?」

 いつの間にか背後にいた空が男が気づく前に刃物を取り上げていた。

「馬鹿な考えは止めろ。そんな事をしても状況は変わらないよ」

 空が男にそういう。
 男はその場に膝を崩していた。
 空は事情を聞いているのか?
 
「天も知らないの?地元の情報なら親ならすぐに手に入れて来るよ」

 酒井リゾートが動いたということは4大グループが気づいていたという事。
 大地に知らせた時にはすでに江口グループは如月グループの人間の情報くらい掴んでいた。
 目の前にいる男は妻と子供を攫われたらしい。
 ふざけた値段で廃ビルを買取させろ。でなければ妻子の命は保証しない。
 だから必死だった。
 しかし俺が白紙にしろと命じた時点で男は焦った。
 それでこんな真似をしていた。
 
「子供だけの事件で済ませておけばいいのに、会社を巻き込んだらもう僕達以上の人間が動き出す」

 茜が調べようとした時には既に水奈の父さんが動いていた。
 そしてその背後に原川組がいた事を突き止めていた。
 連日酒井リゾートと如月グループにむちゃな商談を持ち掛けていたのは全て原川組が絡んでいた。

「気になるから様子を見に行ってあげて」

 空の父さんがそう言うから尋ねて来たらしい。
 4大グループには共通した絶対のルールがある。
 片桐家に無礼な真似は許さない。
 だからあっさりと社長室まで案内してくれた。
 そして今に至る。
 空は男に向かって言った。

「悲観する事はないよ。すでにどこで拉致しているか父さん達が把握してるから」

 そうなったらもうお手上げだ。
 親が手加減なんてするはずがない。
 その日のうちに救出され行方不明者が少し増えた。
 しかし原川組というのは余程ドMなんだろう。
 まだ、やられ足りないらしい。
 SHの制裁では満足できないようだ。
 渡辺班が動き出したらもう俺達が出る幕はない。
 容赦ない報復が待っているだろう。

「天も大変みたいだね」
「退屈で死にそうだったから丁度良かったけど」

 その重役に責を問う真似はしなかった。
 しかし男自信が責任を感じて辞表を提出した。
 心配しなくても子会社辺りに再就職先はあるだろう。
 今年も忙しい事になりそうだと空と話をしていた。

(3)

「じゃ、乾杯」

 私は勤め先の歓迎会に出席していた。
 大学を卒業するとどうしようか悩んだ末地元に戻ることにした。
 だから就職先も地元に決めていた。
 将門と別れて以来彼氏は作っていない。
 合コンとかにも参加したけどアメリカ人とハーフというだけで邪な考えを持つ男ばかりが回りに付きまとう。
 ある意味嫌気がさしていた。
 SHも抜けている。
 地元に帰っても友達はそんなにいない。
 勤め先でならどうかな?
 そう思って参加したけどやはり金髪で青い瞳が気になるらしい。
 一人浮いた存在になっていた。
 アメリカにも支社があるらしい。
 最後の手段はそこに転属願を出そうかと悩んでいた。

「春山さん、どうして一人で飲んでるの?」

 そう言って声をかけて来た人物がいる。
 桜咲弓弦。
 私と同じ新入社員だ。

「あまり知り合いがいないから」
「知り合いを作る為に参加したんじゃないの?」

 こういう会社の飲み会は強制参加という暗黙の了解があると母さんから聞いたけど。
 
「どうして桜咲さんは一人なの?」
「いや、一人じゃなかったよ」

 同僚と飲んでいて孤立している私が気になったから来たらしい。

「じゃ、友達と飲んでいたらいいじゃない」
「それなら春山さんも来なよ」

 そう言って私を桜咲さんの友達の集団に連れていく。
 
「お前入社早々口説いてるんじゃねーよ」
「先手必勝って言うだろ」

 そんな話をしていた。
 すると質問が集中する。
 どこの国から来たの?
 大学どこだった?
 彼氏は?
 趣味は?
 大学の合コンのようなノリで話しかけてくる桜咲さんの友達。
 そういう雰囲気は慣れているので大丈夫。

「で、弓弦のどこが気に入ったの?」
 
 誰かが聞いていた。

「別にまだそんな関係じゃないよ」
「じゃあ、俺彼氏に立候補してもいい?」
「お前順番守れよ!」
「弓弦はもう失敗してるからいいだろ?」
「勝手に決めるな!」

 楽しかった。
 久しぶりにこんな気分に慣れた。
 そんな様子を見ている私に桜咲さんが言う。

「な?これからずっと一緒に仕事をしていくんだから友達多い方がいいだろ?」

 それは学生時代と変わらない。
 休日には皆と遊びに行ったりするんだ。

「お前ら何新人だけで楽しんでるんだ?少しは先輩に挨拶とかしないのか」

 男がそう言ってジョッキを持ってやってきた。

「さーせん」
 
 そう言ってみんな笑っている。
 男が座ると私を見つける。

「へえ、随分綺麗な女性だな。名前は?」
「春山リリーです」
「俺桐谷遊。よろしく。メッセージのID教えてくれない?……って春山?」

 私を知っているのだろうか?
 桐谷先輩はスマホで連絡している。

「やっぱりそうだった。恋と同級生だろ?」

 桐谷先輩はSHの人間だった。

「たまには恋に連絡してやってくれ。結構心配してたから」
「すいません」
「で、今は彼氏いるの?」
「いえ……」
「桐谷先輩いきなり抜け駆けはずるいっすよ。大体先輩結婚して子供もいるじゃないですか?」
「ばーか、偉い人が言ってたぞ。浮気は文化だって」

 浮気という言葉に嫌悪感を出してしまった。
 すぐにそれを隠す。
 しかし弓弦はそれを見逃さなかった。
 2次会はカラオケ。
 
「おまえら、この歌は覚えておけ!」

 そう言って随分間抜けな歌を歌う。
 こんな歌を歌って女性を口説くのは無理じゃないのか?
 しかしお酒の入ったこの席では皆笑い転げている。
 問題はそこじゃなかった。
 女性がとあるグループの歌を歌いだす。
 出産して今育休中の女性がボーカルのグループ。
 そのグループの事はよく知っている。
 ギタリストの事も……
 まだその曲を聴いていて平静でいられるほど私も大人じゃなかった。 
 たまらず部屋を出る。
 一人で泣いていると「これ使う?」と桜咲さんがハンカチを差し出した。

「なんか思い出の歌だったとか?」

 その曲を聞いて飛び出したんだからそう思ったんだろう。

「違います」
「……ひょっとして恋人がいない理由だったりする?」

 勘の鋭い人だな。
 この人なら話してもいいか。

「話が長くなってもいいですか?」

 私が言うと桜咲さんは部屋の扉を開けて言った。

「悪い俺ら先に帰るわ」
「なんでだよ?」
「桜咲さん怒らせちゃったみたいで、謝らないといけないから」
「お前何やってんだ!」

 桐谷先輩が言って笑ってる。

「お前連休明けに春山さん辞表とか言ったら許さないからな」
「大丈夫です」
「じゃ、さっさといけ!」

 そう言われて桜咲さんが扉を閉めるという。

「じゃ、行こっか?」
「どこにですか?」
「2人で飲まない?」

 そういう話なんだろ?
 桜咲さんが笑って言った。
 府内町にあるバーに入っていた。
 桜咲さんはビール、私はカクテルを頼む。

「じゃ、話を聞かせてくれる」
「はい……」

 私は話を始めた。
 さっき女性社員が歌っていたフレーズのギタリスト増渕将門と交際していた事。
 大学に進学して間もない頃に突然別れを切り出された事。
 理由は私じゃなかった。
 将門が東京にいって秋吉麻里の異変に気付いた。
 秋吉麻里は山本喜一を庇ってSHを抜けた。
 だけど彼氏には信じてもらえなかった。
 それどころか麻里の彼氏が浮気していた。
 当然別れた。
 その後の麻里の曲は悲しい歌ばかり。
 まだ10代なのだから仕方ないだろう。
 そしてそんな麻里を将門は放っておけなかった。
 何か麻里にしてやれることはないか。
 そんな事を考えているうちに将門の心は麻里が占めるようになった。
 そんな状態で私と付き合えない。
 だから別れよう。
 そして私と別れて麻里と付き合いだした。
 結婚して出産したこともニュースで知ってる。
 SHを抜けた私は地元でどこに居場所を見つけたらいい?
 そんな悩みを抱えて生きていた。

「浮気なんてさいてーだな」

 そんな私に同情する言葉を彼は口にしなかった。

「いい彼氏だったんだな」

 私は桜咲さんの顔を見る。

「中途半端な気持ちで付き合っていたらそれこそ浮気だろ?それは春山さんに対して悪いと思ったんじゃないのか?」

 人の心はいつどういう風に変わるか分からない。
 変わってしまった物はしょうがない。
 我慢して生きていく歳ではない。
 いくらでもチャンスなんてある。
 その証拠に今春山さんはそんなに怒っていないみたいだ。
 ただ、フラれたという事実を受け止められないだけ。
 次に踏み出せないでいるだけ。
 春山さんに必要なのは復讐とか同情とかじゃなくて気持ちを整理する時間。
 きっと素敵な人に出会えるよ。
 ずっと立ち止まってる必要も時間もない。
 20を過ぎたら時間は加速する。
 
 止まるんじゃねぇぞ。

 春山さんも大丈夫。
 神様は乗り越えられない試練は与えない。
 だから頑張れ。

「じゃ、話は分かった。皆には内緒にしとくよ。帰ろうか」
「待ってください」
「どうしたの?」
「私1次会の時から気になってたんだけど……」

 桜咲さんばかり質問して私には何も聞かせてくれない。

「何か聞きたい事あるの?」
「あります」
「んじゃ聞くよ。どうしたの?」
「桜咲さんは今付き合ってる女性いるんですか?」
「へ?」

 いたら春山さんに声をかけるなんて無謀な事しないよと桜咲さんは笑う。

「桜咲さんの好きな女性のタイプってどんな人ですか?」
「そうだな……あまり見た目は気にしないかな」

「ただいま」って言った時「おかえり」って優しく言ってくれるような人がいいらしい。

「彼女がいたことは?」
「あったよ」

 でも大学生の恋愛だ。
 些細な事で喧嘩したり浮気がバレたり別れる原因なんていくらでもある。
 彼女と大学が一緒だからいいというわけでもない。
 
「私に合わせて同じ大学なんて馬鹿じゃないの?」

 そんな事で喧嘩する事もある。
 大学に行けば新たな出会いなんていくらでもある。
 桜咲さんはそんな経験を重ねて来たらしい。

「じゃ、お願いを一つ聞いてくれませんか?」
「何?」

 私はにこりと笑って答えた。

「私と付き合ってもらえませんか?」

 私の話を聞いてくれて、私の心をよく理解してくれる。
 私にどうするべきかさらりと示してくれる。
 そこに私を口説くという気配は全く見せなかった。
 そんな人にもう一度だけ私を預けてみたい。
 重いと思われるかな。

「まじで?いいの?春山さんモテそうだからもっといい男と付き合えるんじゃね?」
「そもそもいい男の基準ってどこにあるんですか?」
「……それもそっか」

 桜咲さんは分かってくれた。

「私の事リリーでいいですよ」

 桜咲さんなら社内でそれをやったらまずい事くらい弁えているだろう。
 私も弓弦って呼ぶから。

「分かった」

 そう言って店を出る。

「春山さんどうする?どの辺に住んでる?タクシー代くらい出すけど?」
「私実家だから」
「そっか、じゃあ、タクシー代出すよ」
「それもったいないと思うんですけど?」
「え?」

 女性の扱いに慣れていると思ったらそうでもないらしい。

「弓弦は一人暮らし?」
「そうだけど?」
「私やってみたかったんだよね」

 彼の家に泊る。

「い、いきなりそうくるの?」
「だめ?」
「いや、俺的にはかなり棚ぼたなんだけど」
「じゃあ、いいよ」

 そういう弓弦に抱きついてキスをする。

「やっぱりハーフだから積極的なの?」

 驚いたらしい。
 私はにやりと笑う。

「そうですよ。だから今夜は観念してくださいね」

 大丈夫、唯一人心を許した人にだけだから。
 他の人には触られるのも嫌なくらい。

「そうなんだ」
「ええ……」

 私だってまだ20ちょっとの年。
 いくらでもチャンスはあるという。
 でも私はこのチャンスだけでいい。
 このチャンスだけは手に入れたいと願った。
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