姉妹チート

和希

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女神

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(1)

 今日から僕達は新しい練習場で練習する。
 指導するのは誠司の父さん。
 誠司の父さんは僕達の実力を知ってる。
 しかし他の大人は知らない。
 まずはその自信をへし折る。
 そんな意味もあったのだろう。
 現時点のレギュラーメンバーとの試合形式の練習をする事になった。
 僕は外でベンチに座っていた。
 誠司達は芝生のフィールドに感動している。
 ちょっとうらやましかった。
 そして練習が始まる。
 上級生との練習は那奈瀬のクラブの練習で慣れている。
 多少の当たりで誠司はふらついたりしない。
 足して隼人達にパスを出す。
 しかしやはりセレクションに通ってきた事もある。
 ゴールに中々結びつかない。
 だけどこちらのディフェンスはしっかり機能してた。
 暖人の指示が的確だ。
 ゲームは膠着していた。

「どうだ?出てみたいか?」

 誠司の父さんが聞いてきた。

「はい、出てみたいです」

 僕が答えると誠司の父さんが「体少し温めておきなさい」という。
 僕はベンチから立ち上がると少し身体をほぐしていた。
 誠司の視野は広い。
 そんな僕の様子を見ながら試合をコントロールしていた。
 準備が整うと誠司に合図を送る。
 それを見た誠司がすぐにボールを外に出して試合を止める。
 劉也と交代してフィールドに入る。
 プレイが再開される。
 皆の邪魔にならないようにボールから離れた場所でその感触を確かめる。
 やっぱり結構足を取られるみたいだ。
 キックの力も微調整が必要かな?
 そんな僕を見て外にいる皆は笑っていた。
 他のコーチ陣も誠司の父さんに何か言ってる。
 無視して今はフィールドに慣れていた。
 大体把握出来た頃誠司が来る。

「そろそろいいか?」
「うん、いいよ」

 それが僕と誠司のサイン。
 攻守が切り替わり伽夜がボールを誠司に送ると僕は飛び出す。
 誠司がパスを出すのが分かった。
 誠司はいつもいい所にいいタイミングで出してくる。
 僕が一々ボールを確認しなくていいタイミングでボールが来る。
 僕はそれに合わせて抜け道を探る。
 ゴール左はじ中段くらいの高さ。
 ボール2個分くらいの空きを見つける。
 一度見つけたら視線をそらさない。
 ボール2個分もあれば回転をかける必要はない。
 ボールは見なくても僕の左足がボールに接触する瞬間を狙って飛んでくる。
 ちゃんと利き足まで把握してくれてる誠司ならではの芸当だった。
 力強くボールを押し出す。
 ボールは僕のマークについた選手の脇を通ってまっすぐ飛んでいく。
 他の選手も反応できない速度で飛ぶ。
 そしてキーパーからはDFが壁になって見えない。
 僅かな隙間を縫って現れたボールに慌ててパンチングをするキーパー。
 だけど無回転シュートはブレるから片手では捕えきれない。
 長い間膠着していた試合が傾いた瞬間だった。
 僕の存在を無視できなくなった相手はマークを増やす。
 だけどその分生じる隙を誠司は見逃さない。
 僕へボールを渡す手段は誠司からじゃなくてもいい。
 隼人や研也からでも大した誤差は無い。
 そういう風に誠司が何手も先を読んでパスを送るから。
 スペースに飛び込んだりノーマークを作ってパスを受け取る。
 ボールを受け取ったらあとは関係ない。
 マークをフェイントで振り切ったりフェイントで作り出した空間を使ってシュートを打ったり隼人たちにボールを送る。
 踵でパスしたリ相手の股を抜いてパスを送るのは隼人たちなら感づいて受け取ってくれると信じているから。
 もちろん隼人達だって人間だからミスをする。
 僕と違って最初からプレイをしているのだから、ない方がおかしい。
 謝る隼人達に「まだチャンスはあるよ」と励ます。
 やっぱり試合は楽しい。
 サッカーは楽しい。
 そして30分を過ぎた頃誠司の父さんが練習を止めた。
 僕一人にかき回されたレギュラーは息を切らしている。
 指導陣達は相談していた。
 僕は誠司達と初めて芝生のフィールドを駆け回った感想を話していた。
 そして長い相談の末誠司の父さんが告げた。
 現行のレギュラーで今シーズンは戦うと決断したらしい。
 ただし僕達にもチャンスはあった。
 僕や誠司、隼人と伽夜は控えに入れてもらえた。
 誠司達3人はフル出場もあり得るそうだ。
 だけど僕はスタメンでは出さない。
 誠司の父さんとコーチ陣の長い相談の末の結論だった。
 後日僕達に新しい青いユニフォームが渡された。
 3年生がユニフォームをもらえるなんてすごい事だ。
 僕のユニフォームには10番がつけられていた。
 誰もその事に異議を唱える者はいなかった。

「お前のプレイに皆期待してるからな」

 誠司の父さんが言う。
 異議があるならプレイで示せ。
 僕は自分のプレイで主張してみせた。
 実力だけが評価される世界がここにはあった。

(2)

「何でさっき俺にパスくれなかったんだよ!」

 都賀克斗が北條克斗に文句を言っている。
 また始まった。
 練習中はよくある事だ。

「桐翔のDFが若干距離を置いてた。中をガチガチに固められてるんだから当然外に出すだろ?」

 北條が淡々と説明する。

「俺に何枚DFがつこうが振り切る自信はあるからパス出せよ。外より中から打った方が確実に得点で切るだろ!」
「確率の問題なら、猶更桐翔だろ?3Pの精度は高いんだから」
「だから言ったじゃないか。ゴール下は俺一人いればいいんだからお前ももっと外でボールを受け取る努力をしろと」

 山沢哲人が言う。

「いい加減意地を張ってないでロングシュート練習しろよ。今みたいに中固められたらおまえ槻山と交代させられるぞ」

 霧山高人が都賀を揶揄う。
 よくある事。

「俺はただ遠くから打てば3点もらえるって発想が気に入らねーんだよ!」

 この間3年の先輩はシュート練習をしていた。
 平行線の不毛な討論は監督が止めるまで続く。
 俺達は今鶴高校のレギュラーというポジションを1年のインターハイが終わった後から獲得していた。
 もちろん実力で。
 去年のインターハイは惜しくも予選で敗れたけど今年は勝ち抜く自信があった。
 俺達なら勝てる。
 練習ではこうやって互いのプレイをダメ出ししあって口論になることが日常茶飯事だったけどプレイ中は不思議と息が合う。
 1人1人がベストを尽くすことが最高のチームプレイを産み出すことを知っているから。
 その為にこうやってあーだこーだと揉めている。
 監督も理解していたから敢えて口出ししない。

「桐翔!お前もだぞ、接触プレイ避けて外からしか打たないなんて楽してんじゃねーよ!」

 俺に飛び火してきた。
 別に楽してるわけじゃなないんだけどな。

「馬鹿みたいにゴール下にこだわってるといつかスタメン外されるぞ」
「霧山もディフェンスばっかしてねーでオフェンスに参加しろよ!」
「俺は自分の仕事をやってるだけ。都賀にとやかく言われる筋合いはない」
「そろそろ次の練習にいくぞ」

 監督が言うと皆黙って次の練習をする。
 フォーメーションの確認やら色々だ。
 確認だけだけど。
 さっきも言ったけど皆メンバーの動きを理解している。
 そして状況を冷静に判断してゲームを作り出すのが2年ながらにしてキャプテンになった北條克斗。
 北條のパスは常に前に前に皆を引っ張るようなプレイ。
 プライベートでは極めて友好的でも試合中は別人だ。
 俺のパスを受け取れないならお前はチームに要らない。
 そんなパスを送り続ける。
 もちろん自ら決定的な場面を作り出すこともある。
 今の今鶴高校バスケ部を作り出したのは北條の力だ。
 中学の時はいなかった仲間が今ここに集まった。
 全国制覇も夢じゃない。
 今からワクワクしていた。

「水島!ディフェンスサボるな!ダンク出来るからってディフェンスサボる奴にパスは出さないからな!」

 北條の激が飛ぶ。

「悪い悪い。今からするよ」

 そんなバスケ付の毎日を俺達は送っていた。
 もちろん授業を受けるし寮もない。
 練習が終わると皆家に帰る。
 そして家に帰ると恋人の神田春海にメッセージを送る。

「連休は何やってる?」
「ごめん。前半の午前中は合宿があって……」
「バスケに夢中になるのはいいけど、彼女を放ってたら別の相手さがしちゃうかもよ」
「悪いと思ってる!後半の3連休……いや、その後の土日のどっちかに休み取るから!映画でも観に行かないか?」
「それでいいよ。高校生で連休だからって変に肩の力入れなくていい」

 お泊り旅行なんて絶対にないんだから。

「小遣い少し貰えば泊りに行くくらい」
「そんな必要ないでしょ?私の家に泊まりに来ればいいよ。一泊くらいどうってことない」
「いいのか?」

 色々とまずいんじゃないのか?

「まずいような事してくれるの?別に今さらでしょ?」
「じゃあ、土日に泊まりってことで」
「おっけ~楽しみにしてる」

 勉強に部活に恋愛と忙しい日々を過ごしていた。

(3)

「あれ?槻山もか?」
「霧山も呼び出された?

 俺と槻山は放課後呼び出された。
 レギュラーを奪われた上級生の仕業か?
 それにしてもなぜ俺達だけ?
 そんな事を相談していると2人の女子がやって来た。
 有明雪乃と牛田有紗。
 雪乃は俺の前に、有紗は槻山の前に立つ。
 何が起ころうとしているのかさっぱり分からない。

「付き合ってください」

 2人とも息の合ったプレイをみせる。
 そして今も二人申し合わせたかのように同時に言った。
 多分それぞれの目の前に立っている相手が対象なんだろう。

「なんで俺達なの?他の奴に比べたら大して活躍してないぞ?おこぼれに預かろうとしてるのか?」

 槻山が言った。
 確かに槻山はシックスマン……控えだ。
 俺はレギュラーだけど他の4人には彼女がいた。
 あまりものに手を出したって普通は考えるだろう。

「そんな事無い!」

 またもや二人もぴったし息の合ったセリフだった。
 だけどここからは一人ずつ話してくれるようだ。

「雪乃から話しなよ」

 有紗が言う。

「わかった……。素人目には霧山君のプレイは地味だけど凄く重要なポジションだと思う」

 雪乃が説明を始めた。
 水島の派手なプレイに隠れてしまうけど、地味なプレイながらも堅実に点を重ねていく都賀とは全く逆の立場。
 相手が勢いづいて攻勢に出ようとしたとき確実に相手のポイントガードを抑えて攻撃の芽を潰す縁の下の力持ち。
 そんな俺の渋いプレイに心を奪われたそうだ。
 俺達は口は悪いし、態度も横暴だけどそれに見合った練習を積み重ねてそして自分の立場を築いている。
 褒められて悪い気はしないが……。

「霧山はそうかもしれないけどじゃあ俺はどうなんだ?有紗」

 槻山が聞くと有紗は話し始めた。

「槻山君は今鶴高校男バスにとって奥の手だと思います」

 インサイドが強い一方3Pを打てるのは水島と北條だけ。
 2人の連携を潰されてインサイドを固められたらスタメンだけでは厳しい。
 そんな時に槻山の精度の高い3Pが活かされる。
 バスケはバランスが重要。
 そしてメンタル面に若干問題がある都賀の頭を冷やす為にも槻山の存在は欠かせない。
 俺と同様にプライドと口が悪い一方、謙虚に練習を積極的にやる。
 傍から見たら地味なディフェンスの練習も真面目に取り組んでいて、俺ほどじゃないけどディフェンスも上手い。
 2人がいるから水島や都賀が乱れても男バスは大崩れしない。
 2人は必死に俺達を褒めていた。
 そんな俺達が好きなんだと言っていた。
 別に2人が嫌いなわけじゃない。
 子供じみた感情が悪戯に2人を困らせようとする。
 だけどこんなに必死になって自分の気持ちを曝け出す2人に心打たれた。
 特に付き合ってる女子がいるわけじゃない。
 だったら付き合ってもいいんじゃないか。
 しかし部活しか知らない俺達に異性と交際なんてできるのか?
 すると槻山が言った。

「恋愛にかまけて部活を疎かにするような奴とは付き合えない」

 やっぱり素直じゃない奴だ。

「そ、そんな事無い!部活もちゃんと真面目にやるから」

 そんな事言わせなくてもこの2人なら大丈夫だって事くらいわかるだろ?
 まあ、槻山の考えも分からなくはないが。

「じゃあ、証明してみせろよ」
「証明?」
「今度のインターハイ予選きっちり勝って遊んでないってこと証明しろよ。そしたら考えてやる」
「本当?」
「俺は嘘はついたことはねーよ」
「わかった!約束だからね!霧山君もそれでいい?」

 俺は今この場で交際を受けてもいいんだけど槻山の企みに興味があったので乗ることにした。

「ああ、約束する」

 2人は喜んでいた。
「じゃ、練習に戻ろう」と2人は体育館に戻っていった。

「なんであんな約束したんだ?」

 俺は槻山に聞いていた。

「願掛けだよ」
「願掛け?」
「この世界の恋愛の神様は勝利の女神なんだそうだ」
「なるほどな」

 こう言っておけば予選敗退なんて無様な結果はないだろう。
 そう思ったからあんな約束をした。

「2人とも早く行こうよ!」

 雪乃達が呼んでいる。
 俺達は体育館に向かう。
 そしておまじないは功を奏した。
 おつりがくるくらいの結果を出すことになる。
 サッカーの伊田高、バスケの今鶴、テニスの防府、水泳の上野丘、バドミントンの城科。 
 今年も高校総体は地元が暴れる年となったようだ。
 いずれ甲子園も地元の黄金時代が訪れるだろう。
 愛という名の理想を掲げ立ち向かう。
 勝利者は戦い続ける。
 だが孤独じゃない。
 常に誰かが見守っていてくれるのだろう。
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