姉妹チート

和希

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君へ歌うブルース

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(1)

「ずるいよ栗ちゃん!私だって冬吾君が好きだもん!」

 僕は困惑していた。
 いつものように遊んでいたら突然赤西栗から告白をされた。
 悪戯とかそんなのではないらしい。
 僕は特に好きな人とかいないので、まあいいかと思っていたら思わぬ介入者が現れた。
 中山莉緒だ。
 所謂三角関係というやつだろうか?
 まだ幼稚園児なのに思わぬ展開に戸惑っていた。
 事態はさらにややこしくなる。
 中山莉緒といつも一緒にいる前田寛秀君が明らかに悲しそうな顔をしている。
 彼は莉緒が好きらしい。
 誠司はそんな僕を面白そうに見ている。
 自分だって赤西冴に告白されたくせに。
 突然告白されてどっちか選べと言われても困る。
 そして二人は口げんかになった。
 それを聞きつけた先生が止めに入る。
 そして原因を聞く。

「冬吾君はどっちを選ぶの?」

 こういう時「どっちでもいい」なんて答えは不適切だってことくらい分かる。

「考える時間をくれないかな?」

 多分最適解だと思う。
 少なくとも現状殻は免れた。
 だけどそれは問題を先送りにしただけだった。
 どっちが好きなの?
 正直に答えるならまだ人を好きになるという感情がわからない。
 理解できないでいた。
 だってまだ僕幼稚園児だよ?
 先生がお姉さんのように優しいから”好き”だと勘違いすることはあったけど、その程度の恋愛観だ。
 ちなみに誠司は告白を受け入れたらしい。
 だから今二人は手をつないで帰っている。

「冬吾君はどっちを選ぶの?」

 中山瞳子が聞いてきた。
 そして彼女の心に触れて知ってしまった。
 瞳子も僕の事が好きらしい。
 僕は3人の中から一人を選ばなくちゃいけない事になった。

「まだ分からない」

 無難な答えをだした。

「ちゃんと選んであげてね」

 瞳子はそう言った。
 それから家に帰ると昼寝の時間。
 昼寝が終わった後夕食までテレビを見てる。
 国営放送の番組を見ていた。
 民放はニュースとかばかりだから。
 正直政治とかニュースとかわからない。
 車が店に突っ込んだとか火事が起きたとか。
 近所で起きた騒ぎなら興味もつくけど県外の遠くはなれた場所での事。
 雪が自分の背よりも高く積もる。
 そんな不思議な情景もニュースでやってた。
 今はもっぱら来月頭の連休での帰省ラッシュがどうとかそんな話題だ。
 だから国営放送を見てる。
 たまに相撲を延々とやっていて面白くないけど。
 父さんが帰って来ると夕食の時間になる。
 夕食を食べながら今日の事を考えていた。
 余り長引かせるのもよくない。
 期待させるだけさせるのは残酷だと空兄さんが言ってた。

「冬吾。どうかしたの?今日は何か悩んでるみたいだけど」

 母さんが言う。
 少し考えて言った。

「父さんと母さん、お風呂入ったら相談したい事あるんだけどいいかな?」
「別にいいけど、冬夜さんも必要なの?」

 母さんが聞く。
 同じ男の父さんの意見も聞きたい。
 父さんは僕の顔をじっと見ている。
 そしてにこりと笑った。

「わかった。じゃあお風呂の後に話を聞かせてもらうよ」

 父さんの了解を得ると夕食を済ませて風呂に入ってリビングのソファに座る。
 母さん達も座った。

「で、どうしたの?」

 父さんが言う。
 僕は今日あった出来事を話した。

「冬吾はもてるのね」

 母さんが言う。
 悪い気はしなかった。
 でも返事をしないといけないと思うと気が重い。
 振った方が可哀そうだと思うから。

「でも二股をかけるのは母さんは許しませんよ」

 そんな事考えたことない。
 どっちを選べばいい?
 判断材料がなさすぎる。
 だけど父さんは僕の悩みを解決してくれた。

「冬吾は違う事を考えているんじゃないのか?」

 父さんは上手く僕の気持ちを読み取る。
 恐ろしいくらいに正確に読み取る。
 優しさに触れるとにじむような弱さを知ると誰かが言ってた。
 僕は彼女の心に触れてしまった。
 これ以上僕を困らせたくない。
 そんな気持ちで彼女は何も言わなかった。

「冬吾が今思ってる事をちゃんと伝えなさい。中途半端な優しさは切れ味の悪いナイフみたいなものだ」

 切れ味のいいナイフは傷の治りも早い。
 思い切ってちゃんと伝えなさい。
 それが父さんの回答だった。
 僕にはまだ早いと思ってたけど僕は恋に落ちていた。
 あの子の優しい気持ちに触れてしまった瞬間から。
 それが今の僕の気もち。

「わかった」
「結論はでたの?」

 母さんが聞くと僕は「うん」と答えた。

「じゃ、もう寝なさい。おやすみ」

 父さんが言うと僕は寝室に行って寝る。
 もし僕がスマホを持っていたなら今すぐ伝えてあげたかった。
 彼女は凄く寂しく思っているだろうから。
 次の日目を覚ますと制服に着替えてダイニングに行く。

「おはよう」

 朝食を準備している母さんがそう言った。
 僕は自分の指定席に座る。
 姉さんたちも降りて来た。
 皆揃うと朝食を食べる。
 その後準備をしていると水奈姉さんと誠司、それに純也兄さんたちがきた。
 いつもと違うのは、冴と栗がいること。
 姉さん達と一緒に幼稚園に行く。
 そして莉緒と栗と瞳子を呼び出す。
 何故か誠司と冴もいる。
 冬莉は部屋で空を眺めていた。

「もう結論出たの?」

 栗が言う。

「うん」
「どうして瞳子がいるの?」
「瞳子も当事者だから」

 瞳子は戸惑っていた。

「僕が好きなのは中山瞳子さんです」
 
 思い切って言った。
 
「ちょっとまってよ、瞳子は何も言ってないよ!その結論はおかしくない?」

 莉緒が言う。

「そうだよ、告白をしたのは莉緒と栗ちゃんだよ」

 瞳子が言った。

「知ってる、でも僕は瞳子を好きになった。僕とつきあってもらえませんか?」
「……どうして私なの?」

 瞳子が聞いた。

「分からない、昨日までは誰かを好きになるという気持ちが分からなかった。だけど突然瞳子の事ばかり考えるようになってた。それがきっと好きって感情なんだと理解したんだ」

 僕が言うと瞳子はじっと聞いていた。
 莉緒と栗も黙って聞いている。

「本当に私でいいの?後悔しない?二人は冬吾君の事好きって言ってくれてるんだよ?」
「瞳子は僕の事嫌い?」

 僕は瞳子に訪ねていた。
 答を知った上でだけど。
 やがて瞳子は泣き出した。
 さすがにその反応は考えてなかった。

「なんか二人に申し訳ない気がして……どうしたらいいか分からない」
「2人よりも僕は瞳子が好きになったんだ」

 だから瞳子の気持ちもきかせて。
 そんな気持ちに瞳子は答えてくれた。

「私も冬吾君の事好きだよ。でも私なんか相手にしてもらえないと思ってた。莉緒とかの方が私よりずっと冬吾君の事好きだと思ってたから」
「どっちの方が好きだとかそんなの関係ないよ。栗だって僕の事好きだって言ってくれた。きっと思いは同じだよ」
「じゃあ、どうして?」
「正直僕も分からない。でも今は瞳子が好きだ。それじゃだめ?」

 瞳子が莉緒と栗を見る。

「意外だった。瞳子はそんな素振り全然見せなかったから……まあ今回は仕方ないわね。冬吾君が選んだんだから」
「今日の所は大人しく引き下がるよ。でも諦めたわけじゃないから。これから先どうなるかわからないんだし。喧嘩だってするかもしれないし」

 莉緒と栗が言う。

「じゃあ、よろしく。瞳子」

 僕は瞳子に手を差し出す。
 瞳子は僕の手を握手する。

「みんな先に行っててくれないかな。流石に振られた後だから立て直す時間が欲しい」
「分かった」

 僕が言うと誠司たちもその場を立ち去る。
 その日僕も誠司たちと同じように瞳子と手をつないで帰った。

「ああ、瞳子と付き合う事にしたんだ?」

 僕と瞳子を見て冬莉がそう言った。
 僕達は好きだと確かめ合っただけ。
 それをこれからどう表現していけば良いのか分からない。
 デートに行けるわけでも無い、スマホもまだ持たせてもらえない。

「また明日」

 そう言って孤独で寂しい夜を迎える。
 瞳子もおなじなんだろうか?
 夕食の時に家族に話をしていた。
 そしたら母さんが答えてくれた。

「だから恋って大切なのよ」

 離れている時間互いの事を想うのも恋のうち。
 だから会える時間を大切にする。
 恋はそうやって温めていく物だと母さんは言う。
 その日風呂に入って冬莉と眠りにつく。

「ねえ冬吾」

 冬莉が話しかけてきた。

「どうしたの?」
「異性と付き合うって正直どんな感じ?」

 冬莉も少しは関心があったらしい。
 まあ、毎日ワイドショーやドラマを見ていたらそうもなるだろう。

「冷たい石が熱を帯びている感じ」
「……ふーん」

 理解したのか出来なかったのか分からないけど、冬莉はそう言って寝てしまった。
 次の日起きると朝の仕度をする。
 瞳子も迎えに来ていた。
 少し恥ずかしそうにしていた。
 一緒に幼稚園に行く。
 その瞬間の喜びを。
 出逢えた事の意味を噛みしめながら僕は歩いていた。

(2)

 その日莉緒は帰り道沈んでいた。
 幼稚園という狭い社会の中で莉緒に何があったかなんてすぐに広まっていく。
 それを揶揄う者もいた。
 俺と稲葉泰明は莉緒と帰っていた。
 4人で静かに帰っていた。
 莉緒になんて声をかけたらいいか分からなかった。

「じゃ、また明日ね」

 莉緒はそう言って家に入る。
 俺達も家に帰っていた。
 莉緒が困っている時は助けてやるのが俺の役割だと思っていた。
 だけどさすがに失恋した莉緒にどうすれば助けてやれるのかまではさすがにわからなかった。
 そんな答えがあるなら教えてほしい。
 だけど答えを見いだせないまま次の日が来た。
 莉緒の家に迎えに行く。
 莉緒と玲奈が出てきた。

「おはよう!」

 莉緒は元気なようだ。
 それが空元気だなんて気づけなかった。
 気づいたのは冬吾と瞳子が一緒に登園してきたとき。
 ふと見せる寂し気な顔。
 普通に考えたら失恋という事実を僅か1日で受け入れられるはずがない。
 彼女は一途に冬吾が好きだって事くらい俺にも分かった。
 俺もまた莉緒を好きでいたのだから。
 だけど同じことを泰明も考えていたようだ。
 今ならいける。
 そんな打算を考える年頃じゃない。
 ただ、莉緒を見ていられなかったのだろう。

「あんな奴の事なんて忘れてしまえ!」

 帰り道泰明は莉緒に言う。

「無理だよ、忘れられるはずがない」

 莉緒はそう言った。
 だけど泰明は諦めなかった。

「じゃあ、俺が忘れさせてやる!」

 泰明はそう言った。
 莉緒もその言葉の意味を理解できなかった。

「どうやって忘れさせてくれるの?」

 莉緒は泰明に言った。
 泰明が緊張している事くらい俺にも分かった。
 泰明は言う。

「恋の終わりは新しい恋の始まりだって何かで聞いた」

 莉緒の恋は未だ引きずってるだけだ。
 だから……。

「俺は莉緒が好きだ。俺と付き合ってくれ!」

 泰明は言う。
 だけど莉緒は首を振る。

「ごめん、私はまだ冬吾君の事を忘れられない。そんな気持ちで泰明と付き合うなんて無理だよ」

 泰明は諦めない。

「だから俺が忘れさせてやる。莉緒のそばには俺がいてやる。莉緒を悲しませる奴の事なんか忘れてしまえ!」

 いつもそばにいるから。
 泰明はそう言った。

「……まだ未練が残ってるかもしれない。ひょっとしたらって心のどこかで期待しているかもしれない。それでもいいの?」
「言ったろ?俺が全部吹き飛ばしてやる」

 莉緒が明日を生きるくらいにはあり得ない不条理は蹴飛ばしてやる。
 喜怒哀楽を共にしよう。

「……わかった。これからよろしくね。泰明」
「ありがとう!よろしく」

 泰明はそう言って喜んでいた。
 莉緒と別れた後もはしゃいでいた。
 俺は平静を装っていた。
 家に帰って眠りにつく。
 夕食を食べて風呂に入ってまた眠る。
 そして夢を見る。
 あの時俺が先に言っていたら。
 先に行動に移していたら。
 また違う未来が待っていたのかもしれない。
 手遅れじゃないかもしれない。
 今からでもまだ間に合う。
 でもそうする気にはなれなかった。
 困るのは莉緒だ。
 莉緒が幸せならそれでいい。
 次の日泰明と莉緒達を迎えに行く。
 莉緒は笑っていた。
 泰明と一緒に話をしながら幼稚園に向かう。
 そんな後姿を見て思う。
 どんな時でも莉緒が困っていたら俺が助ける。
 だけどあの時俺は何もしてやれなかった。
 だから泰明に譲ることにした。
 これから莉緒が困っていたら助けるのは泰明の役目だ。
 俺の役目は終わったんだ。
 肩の荷が下りた気分。
 だけどどこか寂しい気分。
 これが失恋という気持ちなんだろうか?
 でも未練とかそう言うのは全くない。
 もう恋なんてするもんか。
 そんな気持ちを抱く事もない。
 いつか俺にも新しい人が現れるだろう。
 その時はちゃんと気持ちを伝えよう。
 とりあえずそれまでは涙と向き合おう。
 連休前の辛く悲しい出来事だった。

(3)

「ねえ、父さん」
「どうした?誠司」

 それはほんの些細な疑問だった。
 暇な連休に考え事していて突然思ったこと。

「父さんはサッカーが上手くてカッコよくてモテるんだよね?」
「まあ、若い時はそうだったな。今でもそうか?」
「じゃあ、なんで母さんと姉さんには嫌われてるの?」

 それぼ僕の些細な疑問。
 いつだって二人に冷遇されてる父さんが不思議でしょうがなかった。
 父さんのファンならいくらでもいる。
 その人達と一緒になればよかったのに。
 まあ、母さんと一緒になってくれたから僕がいるんだけど。
 自慢じゃないけど僕もモテる方だと思う。
 父さんに似たんだろう。
 サッカーが上手いのも父さんの血だろう。
 それでも冬吾には勝てない。
 何をやっても冬吾に負ける。
 恋愛は別物だ。
 恋愛に勝ち負けはない。
 誰が誰を好きになろうとそれは個人の自由なのだから。
 だから不思議だった。
 どうしてこんなに嫌われてる母さんと結婚したんだろう?
 父さんは少し考えていた。
 いつもの明るい表情ではなく真剣な表情だ。
 そして父さんは静かに語り始めた。

「誠司、男には女には絶対に理解してもらえないロマンってものがあるんだ」
「ロマン?」
「そうだ、娘にはもちろん妻にも分かってもらえない夢に生きる者が男っていうものなんだ」

 父さんは真面目に話している。
 ちなみに今日はまだ飲んでいない。
 でも意味がさっぱり分からない。

「誠司にも分かる時が来るよ。娘が清楚なセーラ服に紺色のソックスを穿いてる姿がどれだけ眩しいか……いてぇ!」

 ごつん。

 母さんがお玉で父さんの頭を叩いた。

「この馬鹿!誠司に妙な事を吹き込むなって言っただろうが!」
「お、男同士にしか分からない話ってあるだろ?」
「お前の”男同士の話題”はろくでもないことだから却下だ!」

 父さんが僕には理解できない話を始めると必ずこうなる。
 そのとき姉さんが帰って来たみたいだ。

「あ~なんで休みの日にまで駆り出されなきゃならねーんだ。生徒会ってのは……」
「水奈ちょうどいい所に帰って来た」

 母さんが部屋に戻ろうとする姉さんを呼び止める。

「どうしたんだ?」
「ちょっと誠司を連れて散歩にでも行っててくれないか。この馬鹿と話がしたい」
「また何かやったのか?」
「まあな」
「しょうがないな。誠司、行くぞ」

 そう言って僕は姉さんに連れられて近くの公園に行った。
 姉さんは自販機でジュースを買ってくれた。
 それを飲みながらブランコに腰掛ける。

「……で、父さん何をやらかしたんだ?」

 姉さんが聞いた。
 僕は姉さんに何があったかを話した。

「あいつらしいな」

 話を聞いた姉さんはそう言った。

「姉さんはどうして父さんが嫌いなの?」

 僕は姉さんにも聞いてみた。

「今は嫌いじゃないよ」
「でも偶に父さんの事怒鳴りつけてたよ?」
「父さんは誠司に男のロマンって言ったんだよな?」
「うん」

 何のことかわからないけど。

「男同士でしか分かりあえないように女にも譲れないものってのがあるんだよ」

 やっぱり意味が分からない。

「……誠司は父さんの事好きか?」
「うん」
「どこが好きなんだ?」
「優しくて強くてかっこよくてサッカーがうまい所……姉さんもそうじゃないの?」
「そうだな、多分世の中の父さんのファンはそう思ってるだろうな」
「姉さんたちは違うの?」
「そりゃ、違うさ。世の中のファンよりもずっと近い所で父さんを見てきたんだから。良い所も悪い所も含めてな」
「悪い所あるの?」
「人間誰だって欠点があるだろ?誠司だって落ち着きがないところがあったり」
「だから嫌いなの?」
「言ったろ?今は嫌いじゃないって」
「どうしてそうなったの?」

 嫌いじゃなくなった理由が知りたい。
 興味があった。
 姉さんは笑いながら言った。

「見てしまったからかな。あいつの本当の優しさを」

 バレンタインデーの日に父さんに意地悪してカレールーを渡した時それを喜んで食べてたらしい。

「私から見たら父さんはどうしようもないド変態で娘を病的に愛している。本人が迷惑してると気づいてるのか気づいてないのかはわからないけど」

 姉さんから見たらそう映るのだろうか?

「だけど、愛し方を間違えてるけど父さんなりに私達を愛してるよ。その事には感謝しないとな」

 世の中には愛されずに生まれて育って。育つならまだいい、赤子のままトイレに捨てられるという悲惨な僅かな生涯を終える子だっている。
 愛されてる事が当たり前だと思ったら大間違い、それは奇跡の積み重ねなんだって姉さんは話してくれた。
 父さんと母さんが巡り逢った奇跡、二人が結ばれた運命、その二人の下にこの身を託され授かりし生命。
 どんなドラマが二人に会ったのかは分からないけど運命という名の奇跡の積み重ね。
 そして僕は夜明けの鐘を鳴らす。
 朝と夜の狭間を生きていく。
 だから二人に感謝しなくちゃいけない。

「もうそろそろいい時間かな?」

 姉さんは時計を見る。

「話も済んだし帰ろうか?」
「うん」

 帰り道姉さんに聞かれた。

「どうしてそんな事考えたんだ?」
「他人のお父さんの事悪く言うのはよくないけど、冬吾の父さんって見た目普通なのにどうして父さんは負けたんだろう?って」

 それを知れば僕が冬吾に勝つヒントが見つかるかもしれない。

「それはまたとんだ強敵を相手にしてるな」

 お姉ちゃんは笑ってた。

「言っとくが片桐家は強敵だぞ。私も負けた口だしな。母さんも負けたって言ってた」
「そうなんだ……」
「応援はするけど正々堂々と勝負するんだぞ。ただ足を引っ張り合うのは勝負でもなんでもないんだからな」
「うん」

 家に帰ると母さん達の話も終わっていたようだ。
 食事をすると部屋に戻り眠りにつく。
 冬吾にいつか勝ちたい。
 どれだけ祈れば天に届くだろう?
 願いは誰にも撃ち落とせない。

(4)

 誠司は水奈と出かけて行った。
 それを見送った神奈が俺を睨みつける。

「愛莉も言ってたしな。まずはお前の言い分を聞いてやる」

 神奈がそう言うと俺は言った。

「なあ、誠司に欠けている物って何だと思う?」
「は?前に言ったろ。誠司は真っすぐに育っているって」
「それなんだよ」
「ちゃんと説明しろ」

 俺は説明を始めた。
 誠司に欠けているもの、この物語に欠けているもの。
 それは面白みだ。
 どの家の子もそうだが皆特に欠点らしい欠点がない。
 精々勉強の優劣くらいだ。
 そこに物語はうまれるのか?
 もっとなにかアクセントが欲しいんじゃないのか?

「それと、誠司に妙な事を教え込むのとどう関係があるんだ?」
「だから、誠司にもっと人生の楽しみ方を教えてやろうと……」
「物語とやらの為に誠司を妙な世界に引きずり込もうとしてたのか!?」
「そういうキャラが一人くらいいても悪くないだろ?」
「あいつはまだ幼稚園児だぞ」
「ま、まあそうだな」

 幼稚園児でロリコンはさすがにヤバいな。

「しょうがない奴だな……」

 神奈はため息を吐く。

「……どうして誠司って名前にしたか教えようか?」
「ああ」

 そう言えば聞いてなかったな。

「誠の子供だからだよ」
「え?」
「誠のような男になって欲しい。そう思って命名した」

 でもさっき妙な癖をつけるなって。

「誠は自分の事を分かっていないんだな」

 神奈がそう言って語る。
 第一印象はイケメンのサッカー選手。引退した後もタレントとして道を歩めたんじゃないかというほどの。
 だが多くの人は知らない。俺の酒癖の悪さ、女癖の悪さ、娘に対する妄執。
 多くの人は知らない、怪我で挫折してサッカーの道を閉ざそうとした事、妊娠詐欺の被害にあって親から勘当されかけたこと。

「お前には良い所も悪い所もある。それを知っているのは私や水奈だけだ」
「誠司には良い所だけ受け継がせればいいってことか?」
「そうじゃねーよ。それだけだと誠の一部分しか見てない味のない子供になってしまう」

 言ってる意味がさっぱり分からない。

「誠だって挫折するときがあるんだ。でもそれを乗り越える強さがあった。誰かが言ってた『大きな壁は乗り越える力がある物にだけ与えられる』って」
「それは神奈がいたから……」
「誠司にだってもう彼女がいるよ。恵美の妹の娘さんらしい」

 世間て狭いもんだな。

「誠は私がいたから乗り越えられたと言っていたが、私だって誠に守ってもらってた。どんなに普段がだめなやつでもいざという時は頼りにしてる」

 そんな男になってほしいんだと神奈は言う。
 なるほどな……。

「誠は片付けも出来ない困った奴だ。それでも頼りにしてる。今だってちゃんと一家の大黒柱の役割こなしてるじゃねーか」

 普段は今のままでいい、だが時が来たらその誠の本質を子供達にみせてやれ。
 力まずともいい。今までやってこれたんだから普段通りでいいんだ。
 神奈の言いたい事が少しだけ分かった。

「じゃ、私夕食の仕上げがあるから誠は適当にテレビでも見てごろ寝してろ」

 神奈はそう言って夕飯の支度に戻る。
 ニュースでも見ながらソファに寝転がっていると夕食の匂いが漂ってくる。
 水奈と誠司も帰って来たようだ。
 夕飯を食べて風呂に入ると誠司を寝かしつける。

「誠司、お前もう彼女いるんだってな?」
「うん」
「一つだけアドバイスさせてくれないか?」
「わかった」
「絶対に彼女に逆らうな。喧嘩をしたって負けるのは自分なんだ」
「う、うん」
「そのかわり彼女が雨に濡れていたら黙って傘をさしてやれ」

 寒さで凍えないように温めてやれ。

「それが出来たらお前も一人前の男だ」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 誠司はそう言って目を閉じる。
 寝室を出ると神奈が待っていた。
 話を聞いていたようだ。

「お前も立派な事言えるじゃねーか」
「まあな」
「……今日はなんか飲みたい気分だ。誠も付き合え」
「わかった」

 しかし、恵美さんの妹の娘か。
 上手くいったとしたら俺と冬夜は遠縁になるのか。
 まだ考えるのは早いか。
 きっともっとはるか遠い未来の物語。
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