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白拍子、極道に伝言を頼む

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 銀蔵一家の親分、銀十蔵と会うのはそう難しいことではない。
 彼がケツを持っている店で会わせてほしいと頼めば子分が現れる。その者から居所を聞き出せばいい。

 まつりと興江は彼が知っている銀蔵一家のケツモチの店、蕎麦屋に赴いて前述のとおりにした。すると現れたのはまつりと諍いのあった二人のごろつきだった。怪我は治っているらしく、以前と変わらない様子だった。

「何の用だこの野郎!」
「てめえにやられたこと忘れてねえぞ!」
「あれ? もう一方いらっしゃいませんでしたか?」
「二郎の奴は別件でいねえんだ馬鹿野郎!」
「そうですか。では親分さんのところへ案内してください」
「は! なんで俺らが――」

 そんな義理はないとばかりに断ろうとしたごろつきに素早く近づいて、腕の関節を決めるまつり。上がる悲鳴を無視して「お願いします」と酷く冷えた声音で言う。

「私、今ちょっと余裕ないです。骨の一本や二本折っても構わないって気分なんですよ」
「いででで! わ、分かった! 分かったから!」

 もう一人のごろつきは手を出せなかった。まつりの気迫に慄いていたからだ。
 二人はまつりへの反抗心を失ってしまった。
 興江は腕組みをしながら恐ろしい娘だと思っていた。
 その後、二人はまつりと興江を銀十蔵が乗っている屋形船まで案内した。

「なんで屋形船なんですか?」
「大事な話をするときはいつもそうなんだ。邪魔が入りにくいらしい」

 一転して素直になったしまったごろつき。ことの一軒が無ければ吹き出してしまうだろうと、興江はどこか冷静な目でやりとりを見ていた。
 ごろつきの一人が屋形船にいる銀十蔵にお伺いを立てて、それが快諾されるとまつりと興江は船に乗り込んだ。

「おう、お二人さん。景気の悪い顔してやがって。何か悪いことでもあったのかよ?」

 豪華な料理と高価な酒と楽しんでいた銀十蔵。大事な話は彼に良い条件で終わっているらしく、鷹揚に突然の訪問を受け入れた。
 まつりは正座、興江は胡坐で相対する。

「いきなりですが、人斬りについて教えてください」
「……物騒な話だな。人斬り? ああ、今話題のか。教えるも何も一切知らん」
「この辺り一帯を仕切っているあなたが何一つ知らない? 嘘ですね」

 理由を添えて嘘だと看破するまつり。
 失礼な態度をたしなめる興江が何も言わず、まつりに任せているのを不思議に思った銀十蔵。

「嘘なんてついていねえよ」
「私、人斬りと会ったことがあります。そのとき彼、言っていました。『なかなかできるようだな。あいつが言っていた』とそして私のことを『白拍子』だと知っていました」

 彼女の目に静かな怒りが浮かんでいる。
 銀十蔵は忍ばせているドスをこっそり確かめた。

「私のことを白拍子だと知っているのは、興江殿とことさん、光帯太夫とあなたです。それから私が強いと知っているのは興江殿とことさんとあなたです。そして、私が人斬りに殺されてもいいと思っていたのはあなただけです――親分さん」

 銀十蔵は穴が開くほどまつりと興江を見つめた。
 どのように言い逃れすればいいのか考える。
 今後の展開を予想して、彼の出した結論は――

「なんだ。舞だけじゃなくて頭も凄く回るんだな」

 ――あっさりと認めることだった。

「……っ! この野郎!」
「まあ待て、興江さん。俺は人斬りに市井の人間を殺せなんて言ってねえ。ありゃあいつの趣味さ」
「随分と悪趣味ですね」
「同感だよ……あいつとの付き合いは二年ほど前からだ」

 ぱんと手を叩く銀十蔵。
 子分の一人が煙管箱を持ってきた。丁寧に火を点けて煙管を吸って紫煙を吐き出す。ようやく落ち着いたのかゆっくりと語り出す。

「あいつは初め、用心棒として雇った。当時は腕のいい若い衆をそれなりの地位に出世させていた。だから俺の護衛役がいなくなっちまったんだ。今考えると馬鹿だったな。そんで仲介役を通してあいつを雇った」
「その仲介役は?」
「知らん。いつの間にかいなくなった。江戸から逃げたか、誰かに消されたんだろ」

 裏の世界の血生臭い話を聞いても、興江の怒りは消えることなく燃えていた。

「あいつはとてつもなく腕の立つ野郎でな。俺を襲ってきた連中、十人相手に勝っちまったこともある。そのうち物足りなくなったのか『金さえ払えば殺しも請け負う』って言い出した」
「親分さんは受け入れたんですか?」
「ああ。でかいシノギになりそうだったからな。あいつに渡す金の五倍はふんだくれる。それに……殺したい相手を殺せるってのは、いわば高級品が大特価で手に入るのと一緒だ」

 興江は「じゃあことや他の犠牲者たちは、誰かに頼まれて殺されたのか?」と鋭く問う。
 もしそうだとしたら、ことは誰に依頼されて――

「いや、違うぜ。ことって名は依頼書にはなかった。俺は全部覚えているんだ」

 銀十蔵はきっぱりと否定した。
 では何故――と訊こうとしたまつりを遮って、親分は言う。

「さっきも言ったろ。市井の人間を斬るのはあいつの趣味だって。あんたらの知り合いはたまたま出会って殺されたんだ」

 興江は銀十蔵の言葉を理解するのに時間がかかった。しかし意味が分かると怒りが急激に頂点まで達した。目の奥が真紅に染まる。映る景色が血のように真っ赤に彩られた。勢いよく立ち上がろうとして――控えていた子分たちに止められる。頭と身体を料理と酒が置かれた机に押し付けられた興江は「ちくしょう!」と悪態をついた。

「血の気が多いじゃねえか。もしかしてことは女でお前さんの想い人だったりしたのか? だとしたら気の毒だった」
「てめえ! 気の毒だったで終わらせるんじゃねえ! ことがどんだけ苦しんで死んだのか、分かっているのかこら!」
「……そちらのまつりさんも同じ気持ちか?」

 冷酒の盃を飲みながら極道の親分は淡々と問う。
 まつりは「はっきり申し上げれば」と努めて冷静に答えた。

「吐き気がするほどの邪悪ですね、あなたと人斬りがやっていることは。願わくば生きていたことを後悔するような、口に出すのもおぞましいやり方で痛めつけたいです」
「少女らしい残酷な言い草だな。それならやるか?」
「いいえ。あなたにはまだ、やってほしいことがあります」

 ここに来るまでに、まつりはことを考えた。
 彼女のためにできることは何か。
 復讐は自己満足に過ぎない。
 死者の無念を生きている者が晴らすのは道理がおかしい。
 だからまつりはことのためではなく、別の理由で戦わなければいけなかった。

「その人斬りと果し合いがしたいです」
「ああん? 果し合い? 正気かよあんた」

 まつりが真剣な顔だったので、冗談ではないと分かった銀十蔵。
 だから気が確かかと疑ってしまった。

「私は正気です。ここで戦わないと前に進めない」
「ふうん。酔狂だねえ」
「人斬りに言ってもらいたい条件があります。それを受けてくれれば――」

 まつりは挑むような目つきで言う。

「きっと信じられないくらいの快楽と充実感を得られますよとお伝えください」


◆◇◆◇


「なるほど面白そうだ。条件を言え」

 銀十蔵の屋敷。深夜近く。
 子分を五人控えさせて親分は乃村征士郎に「三つです」と告げた。

「一つ、勝負は一か月後の楽芸神社の森にて行なう。一つ、その間は人斬りを禁じること。一つ、勝者は敗者の言うことに従う」
「無難な条件だが疑問がある。何故一か月ほど時間を置く?」

 征士郎の問いに銀十蔵は「刀を打ってもらう期間らしいです」と答えた。

「つまり――真剣勝負に挑む前の下準備ですな」
「合点がいった。俺に異存はない。それで受けると伝えろ」

 銀十蔵はにやりと笑って「承知しました先生」と言う。
 正直、昔と違って今の征士郎には手を焼いていた。それをまつりが始末するのならそれでよし。征士郎が勝っても今まで通りの付き合いをすればいいと思っていた。

「ああ、そうだ。親分さんよ、俺からも一つ訊きたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「どうして白拍子に俺とあんたがつながっていると分かったんだ?」

 銀十蔵は「先生が言った言葉から推測したらしいです」と眉をひそめた。
 こと細かく説明すると征士郎は「今度から気をつけよう」と言う。

「しかし疑問がもう一つ生まれたな……」
「はあ。なんでしょうか?」
「どうしてあんたは――俺との関係を簡単に認めたんだ?」

 凄まじい殺気。
 銀十蔵がのけ反る――避けきれずに左目を真っ二つに斬られた。

「――っ!?」
「て、てめえ! よくも親分を!」
「……約束は守る」

 血ぶるいして刀を鞘に納める征士郎。
 いきり立つ若い衆を前に彼は言った。

「人斬りは一か月の間しない。あの娘がここまで企んでいたのか分からない。しかし命拾いしたな、親分さん」

 左目で押さえながら銀十蔵は「……あのお嬢ちゃんにしてやられたな」と口元を歪ませた。

「てめえら、手を出すなよ。殺されちまうぞ」
「し、しかし――」
「なあ親分さんよ。今日で俺たちの関係、終わりにしようや。別に構わねえだろ?」

 どくどくと流れる血。激しい苦痛に耐えながら銀十蔵は「そうだな」と言う。

「できることなら、あの白拍子の娘と相打ちになってもらいてえよ」
「素直だな。ま、あんたの願いは半分だけ叶えられる……あの娘は死ぬからだ」

 征士郎はあくまでも自然に座を抜けた。
 子分たちの拙い治療を受けながら銀十蔵は呟いた。

「どっちが勝つにしろ、とんでもないことが起こるな……」
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