3 / 24
汚れた仕事
しおりを挟む
ラットの仕事の手伝いをする――セリアの提案はラットとスフィア、双方に受け入れられた。一回の仕事につき、三割の依頼料を助手代として受け取るという契約をジークの立会いで結ぶ。またジークが細やかな条件を補足した――スフィアにとってかなり有利な条件だった。
一つ、依頼料に達するまで助手を続けること。依頼料に達した時点で契約は終わりとする。
一つ、スフィアのミスで依頼が失敗してしまっても、違約金などは発生しないこと。
この二つの条件をラットは渋々受け入れた。ジークやセリアの圧力によるものである。明らかに二人はスフィア寄りだった。ジークは同情で、セリアは厚意で彼女に味方した。
契約書に血判し、これで二人の間には奇妙な雇用関係が生まれた。すかさずスフィアはさっそく仕事がしたいとラットに訴えた。
「待て。今日の仕事はない」
「そう。案外暇人なのね」
「……三日後に仕事がある。それまで酒場の床掃除でもしてろ」
告げるや否や、空になったコップをジークに手渡すラット。これで何杯目なのかとスフィアは呆れた。しかし酒好きの飲んだくれにしか見えないラットに頼るしかない自分が恥ずかしいとは思わなかった。生来、人に頼む――命じることを当然とする生活をしていた彼女の悪癖だった。
スフィアは三日後まで酒場で働くことになった。セリアが「働かざる者は食うべからずだよ!」とおせっかいをしてきたからだ。金は五十ゴールドの他にも持っていたが、安心して眠れる寝床などエンドタウンにはほとんどない。だから酒場ルーモアの二階を間借りしていたのだが、宿賃の代わりに働くのはスフィアの予想外だった。
接客や掃除、料理や会計などしたことがない彼女にとって、覚えることは多かったが、聡明な彼女は順々に仕事を覚えた。その様子を見ていたジークは不思議に思う。身のこなしや所作を見る限り、相当躾けられたと推測できる。訓練ではなく、礼儀作法の一環として教えられたものだ。結構良いところのお嬢様か、もしかすると小大名家のお姫様ではないかとジークは疑った。
推測は間違っておらず、むしろ正解に近いところをかすめていたのだが、ジーク自身、そんなわけがないと断じていた。高貴な出の女がわざわざエンドタウンに来て人殺しを頼むわけがない。度胸すらないだろう。そう思い直して、ジークは水洗いしたコップを拭いた。
スフィアの穏やかな生活は奇跡的に三日後まで続いた。そして唐突に終わりを告げる。ラットが酒場に来て、スフィアに「仕事だ。行くぞ」と端的に命じたのだ。客の前にジョッキを置いたスフィアは「え、ええ。今すぐ行くわ」とエプロンを脱いだ。
「それじゃ、セリアさん。行ってくるわね」
「うん! 行ってらっしゃい!」
元気よく見送るセリアの高い声に手を振りながら、酒場の外で待つラットの元に向かう。
ラットは空を見上げながら煙草を吸っていた。
「あら。あなたも吸うのね」
「まあな。お前さんは吸わないよな」
そう言って煙草を地面に捨て、足で踏みつけて消すラット。
スフィアは「別に構わないわよ」と肩を竦めた。
「匂いも嫌いじゃないわ」
「いや。吸わないやつの前では吸わないようにしているんだ」
「……意外と気を使うのね」
ラットは「昔の友人との約束なだけだ」とスフィアに言うでもなく呟いた。
「さっさと行くぞ。なるべく依頼人を待たせたくない」
「その依頼人って誰よ」
「シュミット家のご隠居だ」
流石にその家名は知っているようで目を大きくさせ、息を飲むスフィア。そして歩き出すラットに食ってかかるように「あなた何者なの?」と問い詰めた。
「シュミット家って将軍の従属大名の中でもかなり上位の、セントラル指折りの名家じゃない。どうして?」
「一度下働きを請けたら、ご隠居に気に入られてな。以来の付き合いだ」
まともに説明する気はないらしく、ラットはそれ以上何も口にしなかった。
納得のできないスフィアだったが、同時に情報屋から仕入れたことが本当だと確信する。依頼を確実に遂行させる仕事人、ラット。三年前、突如エンドタウンに現れてから様々な依頼をこなし、その全てを成功に収めた伝説の男。自身は有名ではないと嘯いていたが、仕事を頼むなら彼しかいないと太鼓判を押されていた。
「歩いて行くの?」
歩幅が違うので自然と早足になるスフィア。早いペースだからすぐにバテてしまいそうだった。
ラットは前方の小屋を指差して「馬屋に預けた馬がある」と素っ気無く言う。
「お前の分の馬もある。乗れないことはないな?」
「乗れるけど。でももし乗れなかったら――」
「お前だけ歩いて行くことになったな。俺は後ろに人を乗せん」
「……前言撤回。あなた、気遣いの欠片もないのね」
二人は馬に乗ってエンドタウンを出て、北へと向かう。しばらく獣道を走り続けて、ようやく舗装された道に着く。そこから、さらに北へ駆けるとシュミット家の城と城下町が見えた。城下町にある、衛生的な馬屋に馬を預けて、往来の多い大通りを抜けて、城門へと移動する。
城門には鍛え抜かれた門番が二人ほどいた。ラットの姿を見るなり「お待ちしておりました」と揃って槍を立杖させる。
「そちらの女性は?」
「新しく雇った助手だ。害はない」
「了解いたしました。ご隠居様がいつもの部屋で待つようにと」
何度も訪れているのだろう、慣れたように城内を歩くラット。スフィアはあまり周りをきょろきょろ見ないように、ラットの背中だけを見て歩く。
待つように言われた部屋は小さな和室だった。折り目正しく正座するラットに違和感を覚えながら、自分も同じく正座で待つスフィア。ご隠居らしき老人が来たのはだいぶ時間が経ってからのことだった。
「ああ、すまんのう。この歳になると時間にルーズになるんや」
上座にどかりと座ったのは、小柄な老人だった。傍には護衛のために武士が二人ついている。老人は総白髪で禿げていた。皺が深く顔中に刻まれていて、それが渋さを醸し出している。細目で口には白い顎鬚を生やしていた。そんな老人が煙草をふかせながら、目の前に座っている。
セントラル特有の訛りで親しげにスフィアに笑いかける老人。
「うん? そこの嬢ちゃんは始めましてやな」
「はい。スフィアと申します。助手としてこの場に同席させていただきます。よろしくお願いいたします」
「なかなか礼儀正しい子や。ラットが助手にするのも分かるで」
老人はにやにや笑いながら自分の名を告げる。
「シュミット家先代当主、オニオ・シュミットや。以後よろしゅうな」
スフィアは息を飲んだ。オニオ・シュミットは一昔前の英雄であった。それこそラットが霞んでしまうほどの伝説――英雄譚を作ってきた傑物だ。
動揺を隠しきれなかったが、オニオは構わず「それで仕事なんやけど」と話を進める。
「実はシュミット家の家老の嫡男を追って捕らえてほしいんや。お前なら簡単やろ?」
「……詳しい話を聞きましょう」
「せやな。その家老の嫡男、どうやら城下町で辻斬りやっとったんや」
夜の闇に乗じて人斬りをした家老の息子。武士とはいえ立派な罪である。
「そんで、家老に裁くから連れてこい言うたんやけど、護送途中で逃げてしもうたんや。その際、五人斬り殺しとる」
「刀は取り上げなかったのですか?」
「もちろん取り上げたわ。でもな、その嫡男悪知恵が働くんか知らんけど、事前にごろつきを雇っとったんや。その数は八人ほどやと報告があがっとる」
オニオは困ったように頬を掻いていたが、その指を止めてラットに「辻斬りで六人死んだ」と真剣な面持ちで言う。
「あの阿呆、次期家老として、えろう我が侭に育てられとったんやな。それは悪ないけど、人の命を奪ったらあかん。自分の快楽のために人殺すなんて、人以下の鬼畜や! そうは思わんか!」
次第に興奮してきたのか、オニオの語気が荒くなる。スフィアは表情を変えないラットと交互に見ながら、不安そうにしている。
「あのボケナスに、おどれのした報いを受けさせんと、死んだ十一人の魂は浮かばれん! それができひんのなら、わしらは武士を名乗れん! 民を守れんのに何が大名じゃボケが!」
「……ご隠居。涎が」
ラットの冷静すぎる指摘で頭を冷やしたのか、落ち着くオニオ。
「ああ、すまんの。ヒートアップしてもうた」
「それで、俺たちはその男を捕らえるのですね? 殺すのではなく」
「ああ。斬首にしたる。士分やから拷問できひんのは残念や。でも死ぬ前におどれのしたことを後悔させるわ」
ラットは「承りました」と平伏した。老人の怒りに放心していたスフィアも慌てて同じようにする。
「その者の名と所在は?」
「プルス・エクスナーや。ごろつきたちと城下町の西の宿場町におる」
「報酬は?」
「三十ゴールド。これでどうや?」
「十分です。他のごろつきはどうしましょうか?」
「ボンクラ捕まえるのに邪魔なら斬り捨ててもええ。後処理はこっちがやる」
「……委細承知。さっそく行って参ります」
ラットはすっと立ち上がった。今度はスフィアも慌てずに立ち上がれた。
「……息子――当主は件の家老に甘くてな。そもそも息子の教育係がそやつやった」
「その件の家老は、断罪しないのですか?」
ラットが何気なく訊いた問いにオニオは「阿呆言うな」と笑った。
「子の罪を親が贖うのは、おかしな話やで」
「…………」
「ま、止めてもあの律義者の家老は自害するやろけどな。それは仕方ないことや」
ラットはそれ以上、何も訊かず、何も言わずに部屋から出て行った。スフィアもそれに続いた。
城の廊下を歩く二人は無言だった。話せる依頼ではなかったし、互いに思うところがあったからだ。
「ねえ、ラット。これがあなたの仕事なの?」
ようやく話せるようになったのは、二人が馬に乗って城下町を出たときだった。既に日が暮れかけている。
「ああ。汚れ仕事だろう?」
「…………」
「嫌なら帰っていいぞ」
スフィアは首を横に振る。それだけはできないと言わんばかりだった。
「ううん。行くよ。私だって、人殺しを依頼したいんだから。目を逸らしちゃいけないんだと思う」
ラットはその瞳を覗いた。
覚悟を決めた、美しくも悲しい瞳だった。
「……勝手にしろ」
黄昏に染まる道を馬で駆け出す二人。
暗闇を背負いながら、西をひた走る――
一つ、依頼料に達するまで助手を続けること。依頼料に達した時点で契約は終わりとする。
一つ、スフィアのミスで依頼が失敗してしまっても、違約金などは発生しないこと。
この二つの条件をラットは渋々受け入れた。ジークやセリアの圧力によるものである。明らかに二人はスフィア寄りだった。ジークは同情で、セリアは厚意で彼女に味方した。
契約書に血判し、これで二人の間には奇妙な雇用関係が生まれた。すかさずスフィアはさっそく仕事がしたいとラットに訴えた。
「待て。今日の仕事はない」
「そう。案外暇人なのね」
「……三日後に仕事がある。それまで酒場の床掃除でもしてろ」
告げるや否や、空になったコップをジークに手渡すラット。これで何杯目なのかとスフィアは呆れた。しかし酒好きの飲んだくれにしか見えないラットに頼るしかない自分が恥ずかしいとは思わなかった。生来、人に頼む――命じることを当然とする生活をしていた彼女の悪癖だった。
スフィアは三日後まで酒場で働くことになった。セリアが「働かざる者は食うべからずだよ!」とおせっかいをしてきたからだ。金は五十ゴールドの他にも持っていたが、安心して眠れる寝床などエンドタウンにはほとんどない。だから酒場ルーモアの二階を間借りしていたのだが、宿賃の代わりに働くのはスフィアの予想外だった。
接客や掃除、料理や会計などしたことがない彼女にとって、覚えることは多かったが、聡明な彼女は順々に仕事を覚えた。その様子を見ていたジークは不思議に思う。身のこなしや所作を見る限り、相当躾けられたと推測できる。訓練ではなく、礼儀作法の一環として教えられたものだ。結構良いところのお嬢様か、もしかすると小大名家のお姫様ではないかとジークは疑った。
推測は間違っておらず、むしろ正解に近いところをかすめていたのだが、ジーク自身、そんなわけがないと断じていた。高貴な出の女がわざわざエンドタウンに来て人殺しを頼むわけがない。度胸すらないだろう。そう思い直して、ジークは水洗いしたコップを拭いた。
スフィアの穏やかな生活は奇跡的に三日後まで続いた。そして唐突に終わりを告げる。ラットが酒場に来て、スフィアに「仕事だ。行くぞ」と端的に命じたのだ。客の前にジョッキを置いたスフィアは「え、ええ。今すぐ行くわ」とエプロンを脱いだ。
「それじゃ、セリアさん。行ってくるわね」
「うん! 行ってらっしゃい!」
元気よく見送るセリアの高い声に手を振りながら、酒場の外で待つラットの元に向かう。
ラットは空を見上げながら煙草を吸っていた。
「あら。あなたも吸うのね」
「まあな。お前さんは吸わないよな」
そう言って煙草を地面に捨て、足で踏みつけて消すラット。
スフィアは「別に構わないわよ」と肩を竦めた。
「匂いも嫌いじゃないわ」
「いや。吸わないやつの前では吸わないようにしているんだ」
「……意外と気を使うのね」
ラットは「昔の友人との約束なだけだ」とスフィアに言うでもなく呟いた。
「さっさと行くぞ。なるべく依頼人を待たせたくない」
「その依頼人って誰よ」
「シュミット家のご隠居だ」
流石にその家名は知っているようで目を大きくさせ、息を飲むスフィア。そして歩き出すラットに食ってかかるように「あなた何者なの?」と問い詰めた。
「シュミット家って将軍の従属大名の中でもかなり上位の、セントラル指折りの名家じゃない。どうして?」
「一度下働きを請けたら、ご隠居に気に入られてな。以来の付き合いだ」
まともに説明する気はないらしく、ラットはそれ以上何も口にしなかった。
納得のできないスフィアだったが、同時に情報屋から仕入れたことが本当だと確信する。依頼を確実に遂行させる仕事人、ラット。三年前、突如エンドタウンに現れてから様々な依頼をこなし、その全てを成功に収めた伝説の男。自身は有名ではないと嘯いていたが、仕事を頼むなら彼しかいないと太鼓判を押されていた。
「歩いて行くの?」
歩幅が違うので自然と早足になるスフィア。早いペースだからすぐにバテてしまいそうだった。
ラットは前方の小屋を指差して「馬屋に預けた馬がある」と素っ気無く言う。
「お前の分の馬もある。乗れないことはないな?」
「乗れるけど。でももし乗れなかったら――」
「お前だけ歩いて行くことになったな。俺は後ろに人を乗せん」
「……前言撤回。あなた、気遣いの欠片もないのね」
二人は馬に乗ってエンドタウンを出て、北へと向かう。しばらく獣道を走り続けて、ようやく舗装された道に着く。そこから、さらに北へ駆けるとシュミット家の城と城下町が見えた。城下町にある、衛生的な馬屋に馬を預けて、往来の多い大通りを抜けて、城門へと移動する。
城門には鍛え抜かれた門番が二人ほどいた。ラットの姿を見るなり「お待ちしておりました」と揃って槍を立杖させる。
「そちらの女性は?」
「新しく雇った助手だ。害はない」
「了解いたしました。ご隠居様がいつもの部屋で待つようにと」
何度も訪れているのだろう、慣れたように城内を歩くラット。スフィアはあまり周りをきょろきょろ見ないように、ラットの背中だけを見て歩く。
待つように言われた部屋は小さな和室だった。折り目正しく正座するラットに違和感を覚えながら、自分も同じく正座で待つスフィア。ご隠居らしき老人が来たのはだいぶ時間が経ってからのことだった。
「ああ、すまんのう。この歳になると時間にルーズになるんや」
上座にどかりと座ったのは、小柄な老人だった。傍には護衛のために武士が二人ついている。老人は総白髪で禿げていた。皺が深く顔中に刻まれていて、それが渋さを醸し出している。細目で口には白い顎鬚を生やしていた。そんな老人が煙草をふかせながら、目の前に座っている。
セントラル特有の訛りで親しげにスフィアに笑いかける老人。
「うん? そこの嬢ちゃんは始めましてやな」
「はい。スフィアと申します。助手としてこの場に同席させていただきます。よろしくお願いいたします」
「なかなか礼儀正しい子や。ラットが助手にするのも分かるで」
老人はにやにや笑いながら自分の名を告げる。
「シュミット家先代当主、オニオ・シュミットや。以後よろしゅうな」
スフィアは息を飲んだ。オニオ・シュミットは一昔前の英雄であった。それこそラットが霞んでしまうほどの伝説――英雄譚を作ってきた傑物だ。
動揺を隠しきれなかったが、オニオは構わず「それで仕事なんやけど」と話を進める。
「実はシュミット家の家老の嫡男を追って捕らえてほしいんや。お前なら簡単やろ?」
「……詳しい話を聞きましょう」
「せやな。その家老の嫡男、どうやら城下町で辻斬りやっとったんや」
夜の闇に乗じて人斬りをした家老の息子。武士とはいえ立派な罪である。
「そんで、家老に裁くから連れてこい言うたんやけど、護送途中で逃げてしもうたんや。その際、五人斬り殺しとる」
「刀は取り上げなかったのですか?」
「もちろん取り上げたわ。でもな、その嫡男悪知恵が働くんか知らんけど、事前にごろつきを雇っとったんや。その数は八人ほどやと報告があがっとる」
オニオは困ったように頬を掻いていたが、その指を止めてラットに「辻斬りで六人死んだ」と真剣な面持ちで言う。
「あの阿呆、次期家老として、えろう我が侭に育てられとったんやな。それは悪ないけど、人の命を奪ったらあかん。自分の快楽のために人殺すなんて、人以下の鬼畜や! そうは思わんか!」
次第に興奮してきたのか、オニオの語気が荒くなる。スフィアは表情を変えないラットと交互に見ながら、不安そうにしている。
「あのボケナスに、おどれのした報いを受けさせんと、死んだ十一人の魂は浮かばれん! それができひんのなら、わしらは武士を名乗れん! 民を守れんのに何が大名じゃボケが!」
「……ご隠居。涎が」
ラットの冷静すぎる指摘で頭を冷やしたのか、落ち着くオニオ。
「ああ、すまんの。ヒートアップしてもうた」
「それで、俺たちはその男を捕らえるのですね? 殺すのではなく」
「ああ。斬首にしたる。士分やから拷問できひんのは残念や。でも死ぬ前におどれのしたことを後悔させるわ」
ラットは「承りました」と平伏した。老人の怒りに放心していたスフィアも慌てて同じようにする。
「その者の名と所在は?」
「プルス・エクスナーや。ごろつきたちと城下町の西の宿場町におる」
「報酬は?」
「三十ゴールド。これでどうや?」
「十分です。他のごろつきはどうしましょうか?」
「ボンクラ捕まえるのに邪魔なら斬り捨ててもええ。後処理はこっちがやる」
「……委細承知。さっそく行って参ります」
ラットはすっと立ち上がった。今度はスフィアも慌てずに立ち上がれた。
「……息子――当主は件の家老に甘くてな。そもそも息子の教育係がそやつやった」
「その件の家老は、断罪しないのですか?」
ラットが何気なく訊いた問いにオニオは「阿呆言うな」と笑った。
「子の罪を親が贖うのは、おかしな話やで」
「…………」
「ま、止めてもあの律義者の家老は自害するやろけどな。それは仕方ないことや」
ラットはそれ以上、何も訊かず、何も言わずに部屋から出て行った。スフィアもそれに続いた。
城の廊下を歩く二人は無言だった。話せる依頼ではなかったし、互いに思うところがあったからだ。
「ねえ、ラット。これがあなたの仕事なの?」
ようやく話せるようになったのは、二人が馬に乗って城下町を出たときだった。既に日が暮れかけている。
「ああ。汚れ仕事だろう?」
「…………」
「嫌なら帰っていいぞ」
スフィアは首を横に振る。それだけはできないと言わんばかりだった。
「ううん。行くよ。私だって、人殺しを依頼したいんだから。目を逸らしちゃいけないんだと思う」
ラットはその瞳を覗いた。
覚悟を決めた、美しくも悲しい瞳だった。
「……勝手にしろ」
黄昏に染まる道を馬で駆け出す二人。
暗闇を背負いながら、西をひた走る――
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、pixivにも投稿中。
※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。
※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる