邪気眼侍

橋本洋一

文字の大きさ
上 下
19 / 28

さくらの覚悟 其ノ参

しおりを挟む
「もう一度、幸子さんに会わせてください。お願いします」

 竹野家へ赴いたさくらは誠意ある態度で、竹野典安と幸江の二人に頼み込んだ。
 二人はどうして幸子の祈祷にこだわっているのは判然としなかった。
 だから典安は「娘のために、祈祷を熱心にしてくれるのはありがたい」と困った顔で言う。

「しかし、君やご両親の祈祷でも上手くいかなかった。これ以上やっても娘が傷つくだけだと思うんだが」
「……あたしは、本当の意味で幸子さんに向き合っていませんでした」

 さくらは神妙な顔で応じた。
 自分の不備と至らなさを自覚するように、後悔するように――
 そして真に幸子と対話するために言う。

「呪われていると決めつけて。普通じゃないと怯えてしまって。だけど、それに臆して幸子さんの内面を見ていなかったんです」
「内面、ですか。外見ではなく?」

 母の幸江がおそるおそる訊ねる。
 家族とはいえ異形の姿で生まれた娘に対し、彼女もまた向き合っていなかったのだ。
 それは幸江の責任だったが誰も責めることなどできない。
 それほど、変わった姿なのだ――幸子は。

「ええ。外見がおかしい人なんて、世の中にはたくさんいるのに。それにつられて酷く幸子さんを傷つけてしまった。初対面のあたしが怖がるほど、幸子さんを傷つけることはないのに」
「さくらさん……」
「どうか。あたしに機会をください。彼女を助ける手助けがしたいんです」

 最後に深く頭を下げて――さくらは懇願した。
 典安と幸江は、どうしてそこまで娘を救おうとしてくれるのかが分からなかった。
 でもしんしんと伝わってくる助けたいという思い。
 心を打たれない親はいなかった。

「分かりました。それでは案内します」
「いえ。ご厚意はありがたいのですが、あたし一人で会います」
「……本気ですか?」

 さくらは真っすぐ、困惑している典安と幸江に言った。
 それは存外、晴れやかな表情だった。

「そうでないと、幸子さんの本音が聞けませんから」


◆◇◆◇


「何しに来たのよ……いんちき巫女」
「……まずは自己紹介しましょうか」

 敵意を込めた眼でさくらを睨む真っ白な肌と髪、真っ赤な眼をした少女――幸子。
 さくらは「あたしはさくらって言うのよ」と真面目に言った。

「決していんちき巫女だなんて名前じゃあないわ」
「ふん……」
「あたしがここに来た理由は、あなたと話したいのよ、幸子さん」

 それを聞いた幸子はせせら笑う。
 くだらない洒落でも聞いたような反応だ。

「私と話す? 生まれてからこんなところに閉じ込められている私に、話せることは無いわ」
「そうね。まずはそこから話しましょう。幸子さんは――」
「気安く呼ばないで。たかが巫女風情のくせに」

 出鼻をくじく言葉を言われても、さくらは「あなたは幸子さんでしょう?」と余裕をもって返す。

「それとも別の呼び名で呼んでほしいの?」
「……幸子さん、でいいわ」
「ありがとう。それじゃさっきの続きだけど、幸子さんは外に出たいと思わないの?」

 幸子は面倒くさそうに「出たいと思わないわ」と素っ気なく答えた。
 さくらは「それはどうして?」と問う。

「外が怖いの? それとも……そんな見た目だから?」
「…………」
「もし外が怖くなければ、一緒に出てみない?」

 さくらの言葉に、幸子は苛立ちを覚えた。
 外に出ることなど、叶わないと、分かっているはずなのに――

「ふざけないで。こんな異形な姿で外なんか出られないわ」
「やっぱり。怖いから出られないわけじゃない。見た目が理由なのね」

 幸子は聞こえるように舌打ちをした。
 地下中に反響してしばらく続く。

「それじゃあ話は簡単よ。見た目を変えればいい」
「……この呪いを解くことができなかった、あなたが言えるの?」

 見せびらかすように、幸子は自分の白い肌を見せる。
 大きく赤い眼も見開いてやる。

「まさか、前のときは本気じゃなかった……ていうオチじゃないわよね?」
「それこそまさかよ。あたしは真剣に祈祷したし祝詞を唱えたわ」
「じゃあ誰が私の呪いを――」
「そこなのよ。幸子さんとご両親が勘違いしているのは」

 幸子の言葉を遮るように、さくらは言い放った。

「――あなたは呪われていない」
「…………」

 さくらの言葉に、幸子は長い間反応ができなかった。
 前提をひっくり返すような真実だったからだ。

「どういう、ことなの?」
「あたしとあたしの両親が祈祷して祝詞を唱えて、呪いが解けないわけがないわ」

 さらりと言うさくら。
 それでも幸子の混乱は解けない。

「だからあなたは呪われていないの。あなたの肌が真っ白で髪の毛も真っ白で、真っ赤な眼をしているのは、あなたの個性なのよ」
「個性……?」
「この世に生まれてくる人間で、同一なものは存在しない。ゆえに変わった人間が生まれることもある……これはとある邪気眼侍の受け売りだけどね」

 さくらは幸子に分かりやすく言う。

「だからあなたが閉じ込められる理由なんてない。だって呪われていないのだから」
「で、でも! この見た目が治るわけじゃあないでしょ!」

 幸子は縋るように、さくらに詰め寄った。
 格子に手をかけて、大きく揺らす。

「どうすればいいのよ! いつか呪いが解けると思って、過ごしてきたのに! まともになれなかったら――」

 真っ赤な眼から大粒の涙が溢れ出す。
 同時に本音も吐露してしまう。

「――外に出られないじゃない!」

 幸子の心からの言葉に、さくらはにっこりと笑った。
 これなら救えると思ったからだ。

「外に出られるわ。あなたが望めばね」
「えっ……?」
「あたしはあなたの見た目を治すことはできないけど、改めることはできるわ」

 そしてさくらはその場に正座して、頭を下げた。
 呆然としている幸子に対し、誠意を込めて言った。

「お願い。あたしを信じて。必ず外に出してあげるから」
「何を、しているの?」
「あなたが想像するほど、外は綺麗なものではないわ。だけど、怖いものでもない。だから信じてほしい」

 さくらを見下ろす形になっている幸子。
 涙を流しながらゆっくりと座り込む。

「信じていいの……? 絶対に外に出られる……?」

 さくらは顔を上げて、安心させるように笑った。

「ええ! 絶対に外に出られるようにするわ!」


◆◇◆◇


 さくらの行動は迅速だった。
 まずは典安と幸江に幸子が呪われていないことを告げた。
 そしてまともな見た目になれば外に出てもいいとも言う。

「本当に、娘は呪われていないのか?」

 震える声で典安は言う。
 隣に居た幸江は呆然としている。

「ええ。そのための準備をしてきます。あたしに任せてください」

 二人は自信を持ったさくらの言葉を信じた。
 それからさくらは万屋の二人に用意させた。
 さくらの伝手では集められないものがあったからだ。

 そうして、再び地下に降りたさくらは、座敷牢に入り幸子をまともに直す。
 真っ白の髪を墨で染める。
 これで傍目からは美しい艶やかな髪に見える。
 次に真っ白の肌におしろいを塗った。
 特注のおしろいで、普通の肌色のものだ。
 若干、色が白い程度に肌は落ち着いた。
 そして最後に、べっ甲で作った茶色の眼鏡をかけた。
 鏡面も茶色なので真っ赤な眼が隠れる。

 そうして出来上がった、幸子のまともな姿。
 鏡を見せると「本当に私なの?」と驚いた。

 幸子はさくらと手をつないで、地下から外に出る。
 時刻は昼間だった。眩い太陽が照らす中、幸子は――外に出た。

「……どう? 外に出た感想は?」

 しばらく黙り込んでしまった幸子。
 しかし眼鏡の外に流れる涙は、嬉しさからだった。

「澄んだ空気。明るい光。青い空と流れる風……どれも地下にはないものよ」

 二人の後ろには典安と幸江が立っていた。
 二人とも娘が外に出られたことに感激していた。

「さあ! 行くわよ!」

 幸子と一緒に歩き出すさくら。

「ど、どこに行くの?」
「ふふふ。江戸で一番の変人を見に行くの!」

 さくらは愉快そうに笑っていた。

「その人見たら、自分が変わっているなんて、二度と思わないわよ!」

 幸子はさくらの笑い声につられて、にっこりと笑い返す。

「うふふ。それ、いいわね!」

 さくらと幸子は江戸の町を歩いていく。
 もう幸子は外へ出られる。
 何の気兼ねもなく、自由になったのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

時代小説の愉しみ

相良武有
歴史・時代
 女渡世人、やさぐれ同心、錺簪師、お庭番に酌女・・・ 武士も町人も、不器用にしか生きられない男と女。男が呻吟し女が慟哭する・・・ 剣が舞い落花が散り・・・時代小説の愉しみ

猿の内政官の孫 ~雷次郎伝説~

橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官シリーズの続きです。 天下泰平となった日の本。その雨竜家の跡継ぎ、雨竜秀成は江戸の町を遊び歩いていた。人呼んで『日の本一の遊び人』雷次郎。しかし彼はある日、とある少女と出会う。それによって『百万石の陰謀』に巻き込まれることとなる――

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

異・雨月

筑前助広
歴史・時代
幕末。泰平の世を築いた江戸幕府の屋台骨が揺らぎだした頃、怡土藩中老の三男として生まれた谷原睦之介は、誰にも言えぬ恋に身を焦がしながら鬱屈した日々を過ごしていた。未来のない恋。先の見えた将来。何も変わらず、このまま世の中は当たり前のように続くと思っていたのだが――。 <本作は、小説家になろう・カクヨムに連載したものを、加筆修正し掲載しています> ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。 ※この物語は、「巷説江戸演義」と題した筑前筑後オリジナル作品企画の作品群です。舞台は江戸時代ですが、オリジナル解釈の江戸時代ですので、史実とは違う部分も多数ございますので、どうぞご注意ください。また、作中には実際の地名が登場しますが、実在のものとは違いますので、併せてご注意ください。

処理中です...