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禁じられた戯れ 其ノ肆
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「ククク……随分とふざけた真似をしてくれるな……クソガキ共……」
さくらが目を閉じて、家族や神社の面々にごめんなさいをしていたとき、聞こえてきたのは――底冷えするような不気味な声だった。
「誰? ……どうしてここが?」
子供たちの困惑する声。
さくらが恐る恐る目を開けると、そこには件の邪気眼侍――桐野政明がいた。
暗い小屋の中、やせ細った幽鬼のように佇むその姿は怪談のようだった。
「死体を好んで見ていたのは、まだ理解できる……大人に知らせず、自分たちの嗜好品として楽しんでいたのも、百歩譲って許そう……しかしだ、快楽のために死体を作るなど許されざることだ……ましてや、咎無き者を用いて……!」
いつも飄々としている桐野だが、このときばかりは珍しく怒っていた。
さくらのような善人が殺されそうになったのが主な原因だが、身勝手で幼稚な考えで何の躊躇も無く殺人を犯そうとする、残忍な行ないにたとえようもない嫌悪を抱いていたのだ。
「貴様ら全員、地獄に送ってやろう……我が邪気眼で……!」
桐野がそう言い放った瞬間、小屋の扉が大きな音を立てて――破壊された。
土埃が舞い、皆が目を瞑った――視界が開けたとき、子供たちは驚愕した。
「なんで、どうして!?」
「まさか、蘇ったの!?」
「そんな、馬鹿なこと……!」
口々に戸惑いの声が上がる。
子供たちが各々持っていた、刃物などが手から落としてしまう。
無理も無いことだろう。何故ならば、壊れた扉の奥にいたのは――死んだはずの旅人だったからだ。
子供たちが何回、何十回と見続けていた、旅人そのものの姿をした男がそこにいた。
「ククク……我が邪気眼で地獄から呼び起こしたのだ……貴様らを迎えに来させるために!」
旅人は無言のまま、子供たちに近づく。
あまりの出来事に言葉が出ず、中には失禁する子供もいた。
「た、助けて!」
一人の子供が桐野に縋ってきた。
それを皮切りに次々と助けを求める声が出た。
「お願い、死にたくない!」
「あの死体みたいになりたくない!」
「うわあああん、お願いだよう!」
桐野は縋ってきた子供を無理やり立たせて、頬を思いっきり叩いた。
叩かれたところを手で押さえながら、呆然とする子供に桐野は無慈悲に言い放つ。
「――今更、もう遅い」
最後通告に似た言葉を聞いた子供たちは一様に力を失った。へなへなと崩れ落ちていく。
その後、遅れて桐野たちが呼んだ奉行所の役人たちが小屋に到着した。子供たちは抵抗もせずに連れていかれたことは言うまでもない。
◆◇◆◇
「旦那、よくもまあこんな手を思いつきましたね」
白骨化した旅人とまったく同じ格好をした弥助が、感心したように言う。
そう。子供たちを脅かしたのは弥助だったのである。
どうして旅人の服を知っていたのか――先ほどの姉妹に詳しく聞いていたからだ。
「ククク……子供騙しの策だが……子供相手には十分だろうよ……」
「そうですねえ。しかし、ガキたちは旅人の人相を知っていたはずでは?」
「一年前ならば覚えていただろう。だが腐っていく様子を楽しんでいたのだ。判然としない」
弥助は桐野がそこまで考えていたとは思わなかったので「はあ。流石ですわ」としか言えない。
ところで、二人は桜桃神社の境内にいて、本殿へ向かっていた。奉行所で事情を話した後、さくらに来てほしいと言われたのだ。
六人の子供たちは奉行所に身柄を拘束されている。死体を見たいという理由で少女を殺そうとしたのだ。未遂とはいえ、何らかの裁きが下ることは確実だろう。
「うん? そこにいるのは――あやめと母親じゃあないですかい?」
弥助が指さす方に、親子が抱き合っている光景が見えた。
母親は泣いているが、あやめのほうは虚ろな目でなすがままになっている。
本殿近くで感動的な再会をしていて、一見微笑ましく思えた。
「…………」
しかし、邪気眼侍の桐野政明だけが気づいていた。
誰もが目を背ける事実に、真っすぐ邪気眼を向けていた。
あやめはいつか、人を殺すだろう。
今ではないにしろ、少女を卒業するときには、人を殺そうとする。
それまでに自省する気持ちが芽生えれば良いのだが――
「……虚しきことよ」
「……? どうしたんですか、旦那?」
喜ばしいはずなのに、桐野だけが物悲しさを感じているのを不可解に思った弥助。
しかし桐野は何も言わず「さくらはどこだ?」と訊ねた。
「そうですね、呼び出しておいて姿見せないなんて――」
「おお! 御ふた方、ようこそ来てくださりました!」
桐野の怪しげな恰好が目に入ったのか、神主の道重がこちらに駆けてくる。
多少息切れしつつ「さくらのこと、聞きました」と言う。
「危ういところを助けていただき、誠にありがとうございます!」
「礼には及ばん。さくらの容態はどうだ?」
「今は奥で休んでおります。御ふた方を待っていたのですが、先ほど床に入ってしまい……」
弥助は「それじゃ、あっしたちは帰りますか」と気遣って言う。
桐野も「ゆっくり休むように伝えてくれ」と愁傷なことを述べた。
「ええ、しっかりと――」
「待って! あなたたち!」
弱っている身とは思えないほどの大声で、二人を呼び止めたのはさくらだった。
巫女の肩を借りてゆっくりと近づいてくる。
桐野と弥助は黙って待つ。
「……助けてくれて、ありがとう」
目を伏せながら、小さく呟くさくら。
桐野は「気にしなくてもいい」と手を振った。
「もしかすると、我が捕らえられたかもしれぬ」
「でも、結果はあたしの負けよ。もしあなたが来なかったら、死んでいたわ……」
自分で言って恐ろしくなったのか、身体が震えてしまうさくら。
隣の巫女が背中を撫でるが、どうしても止められない。
「ククク……愚かな。別に勝負ではない……」
桐野は不気味に笑いながら否定する。
弥助は旦那なりの気遣いだなと黙って見守っている。
「貴様が言っていたではないか。人を助けることは勝負云々ではないと」
「それは、そうだけど……じゃあなんで、あなたは――」
「ただのきまぐれだ。あるいは――」
桐野はふとさくらから目線を逸らした。
そして少しの沈黙の後に言う。
「貴様が眩しすぎたせいもあるな。子供を助けようとする善意と誠意が、我には見てられないほど、輝かしいものだった」
「…………」
「行くぞ、我が相棒よ」
桐野はそのまま帰っていく。
弥助はその後を追いながら、旦那も照れることがあるんだなあと思っていた。
己の正直な本音を晒すことは邪気眼侍の苦手とすることだったりする。
◆◇◆◇
「今日からあなたの弟子になるわ! 桐野さん!」
「ふぇ!? なん、だと……?」
事件の翌日、すっかり元気になったさくらが、乱雑に戸を開けると同時に邪気眼侍への弟子入りを宣言した。
「うっぐごほ! な、なにを」
茶を飲んでいた弥助は吹き出すのを耐えて、逆に気管に入って苦しんでしまう。
その間に「あたし、考えたのよ」とさくらは話を進める。
「勝負は無かったとはいえ、あなたの洞察力と推理力は尊敬に値するわ」
「そ、尊敬……」
「その術を学べば、桜桃神社の役に立つと考えられる……そうは思わない?」
筋が通っているのか、それともハチャメチャなのか、まるで分からない。
しかしその訳の分からなさが気に入ったのか、邪気眼侍は笑う。
「フハハハハハ! 良かろう! 弟子入りを許可しよう!」
「本当!? 良かったわ!」
ようやく話ができるようになった弥助が「ちょい待った……」と頭を抱えた。
桐野だけでも手に余っているのに、これ以上邪気眼が増えたらとんでもないことになる。
「あんたも邪気眼になるのか?」
「え? ならないわよ。だってあたし、邪気眼持っていないし」
「……ふひ? どういうことだ?」
桐野と弥助が困惑する中、さくらはあっけらかんと言う。
「だってそんなうさんくさい恰好したくないもの」
「…………」
「あなたのやり方だけ学ぶことにするわ。いいでしょう?」
桐野は衝撃を受けたが、弥助はほっとした気持ちになった。
そんな二人の心境を知ってか知らずか、さくらは満面の笑顔で言う。
「これからよろしくね、二人とも!」
さくらが目を閉じて、家族や神社の面々にごめんなさいをしていたとき、聞こえてきたのは――底冷えするような不気味な声だった。
「誰? ……どうしてここが?」
子供たちの困惑する声。
さくらが恐る恐る目を開けると、そこには件の邪気眼侍――桐野政明がいた。
暗い小屋の中、やせ細った幽鬼のように佇むその姿は怪談のようだった。
「死体を好んで見ていたのは、まだ理解できる……大人に知らせず、自分たちの嗜好品として楽しんでいたのも、百歩譲って許そう……しかしだ、快楽のために死体を作るなど許されざることだ……ましてや、咎無き者を用いて……!」
いつも飄々としている桐野だが、このときばかりは珍しく怒っていた。
さくらのような善人が殺されそうになったのが主な原因だが、身勝手で幼稚な考えで何の躊躇も無く殺人を犯そうとする、残忍な行ないにたとえようもない嫌悪を抱いていたのだ。
「貴様ら全員、地獄に送ってやろう……我が邪気眼で……!」
桐野がそう言い放った瞬間、小屋の扉が大きな音を立てて――破壊された。
土埃が舞い、皆が目を瞑った――視界が開けたとき、子供たちは驚愕した。
「なんで、どうして!?」
「まさか、蘇ったの!?」
「そんな、馬鹿なこと……!」
口々に戸惑いの声が上がる。
子供たちが各々持っていた、刃物などが手から落としてしまう。
無理も無いことだろう。何故ならば、壊れた扉の奥にいたのは――死んだはずの旅人だったからだ。
子供たちが何回、何十回と見続けていた、旅人そのものの姿をした男がそこにいた。
「ククク……我が邪気眼で地獄から呼び起こしたのだ……貴様らを迎えに来させるために!」
旅人は無言のまま、子供たちに近づく。
あまりの出来事に言葉が出ず、中には失禁する子供もいた。
「た、助けて!」
一人の子供が桐野に縋ってきた。
それを皮切りに次々と助けを求める声が出た。
「お願い、死にたくない!」
「あの死体みたいになりたくない!」
「うわあああん、お願いだよう!」
桐野は縋ってきた子供を無理やり立たせて、頬を思いっきり叩いた。
叩かれたところを手で押さえながら、呆然とする子供に桐野は無慈悲に言い放つ。
「――今更、もう遅い」
最後通告に似た言葉を聞いた子供たちは一様に力を失った。へなへなと崩れ落ちていく。
その後、遅れて桐野たちが呼んだ奉行所の役人たちが小屋に到着した。子供たちは抵抗もせずに連れていかれたことは言うまでもない。
◆◇◆◇
「旦那、よくもまあこんな手を思いつきましたね」
白骨化した旅人とまったく同じ格好をした弥助が、感心したように言う。
そう。子供たちを脅かしたのは弥助だったのである。
どうして旅人の服を知っていたのか――先ほどの姉妹に詳しく聞いていたからだ。
「ククク……子供騙しの策だが……子供相手には十分だろうよ……」
「そうですねえ。しかし、ガキたちは旅人の人相を知っていたはずでは?」
「一年前ならば覚えていただろう。だが腐っていく様子を楽しんでいたのだ。判然としない」
弥助は桐野がそこまで考えていたとは思わなかったので「はあ。流石ですわ」としか言えない。
ところで、二人は桜桃神社の境内にいて、本殿へ向かっていた。奉行所で事情を話した後、さくらに来てほしいと言われたのだ。
六人の子供たちは奉行所に身柄を拘束されている。死体を見たいという理由で少女を殺そうとしたのだ。未遂とはいえ、何らかの裁きが下ることは確実だろう。
「うん? そこにいるのは――あやめと母親じゃあないですかい?」
弥助が指さす方に、親子が抱き合っている光景が見えた。
母親は泣いているが、あやめのほうは虚ろな目でなすがままになっている。
本殿近くで感動的な再会をしていて、一見微笑ましく思えた。
「…………」
しかし、邪気眼侍の桐野政明だけが気づいていた。
誰もが目を背ける事実に、真っすぐ邪気眼を向けていた。
あやめはいつか、人を殺すだろう。
今ではないにしろ、少女を卒業するときには、人を殺そうとする。
それまでに自省する気持ちが芽生えれば良いのだが――
「……虚しきことよ」
「……? どうしたんですか、旦那?」
喜ばしいはずなのに、桐野だけが物悲しさを感じているのを不可解に思った弥助。
しかし桐野は何も言わず「さくらはどこだ?」と訊ねた。
「そうですね、呼び出しておいて姿見せないなんて――」
「おお! 御ふた方、ようこそ来てくださりました!」
桐野の怪しげな恰好が目に入ったのか、神主の道重がこちらに駆けてくる。
多少息切れしつつ「さくらのこと、聞きました」と言う。
「危ういところを助けていただき、誠にありがとうございます!」
「礼には及ばん。さくらの容態はどうだ?」
「今は奥で休んでおります。御ふた方を待っていたのですが、先ほど床に入ってしまい……」
弥助は「それじゃ、あっしたちは帰りますか」と気遣って言う。
桐野も「ゆっくり休むように伝えてくれ」と愁傷なことを述べた。
「ええ、しっかりと――」
「待って! あなたたち!」
弱っている身とは思えないほどの大声で、二人を呼び止めたのはさくらだった。
巫女の肩を借りてゆっくりと近づいてくる。
桐野と弥助は黙って待つ。
「……助けてくれて、ありがとう」
目を伏せながら、小さく呟くさくら。
桐野は「気にしなくてもいい」と手を振った。
「もしかすると、我が捕らえられたかもしれぬ」
「でも、結果はあたしの負けよ。もしあなたが来なかったら、死んでいたわ……」
自分で言って恐ろしくなったのか、身体が震えてしまうさくら。
隣の巫女が背中を撫でるが、どうしても止められない。
「ククク……愚かな。別に勝負ではない……」
桐野は不気味に笑いながら否定する。
弥助は旦那なりの気遣いだなと黙って見守っている。
「貴様が言っていたではないか。人を助けることは勝負云々ではないと」
「それは、そうだけど……じゃあなんで、あなたは――」
「ただのきまぐれだ。あるいは――」
桐野はふとさくらから目線を逸らした。
そして少しの沈黙の後に言う。
「貴様が眩しすぎたせいもあるな。子供を助けようとする善意と誠意が、我には見てられないほど、輝かしいものだった」
「…………」
「行くぞ、我が相棒よ」
桐野はそのまま帰っていく。
弥助はその後を追いながら、旦那も照れることがあるんだなあと思っていた。
己の正直な本音を晒すことは邪気眼侍の苦手とすることだったりする。
◆◇◆◇
「今日からあなたの弟子になるわ! 桐野さん!」
「ふぇ!? なん、だと……?」
事件の翌日、すっかり元気になったさくらが、乱雑に戸を開けると同時に邪気眼侍への弟子入りを宣言した。
「うっぐごほ! な、なにを」
茶を飲んでいた弥助は吹き出すのを耐えて、逆に気管に入って苦しんでしまう。
その間に「あたし、考えたのよ」とさくらは話を進める。
「勝負は無かったとはいえ、あなたの洞察力と推理力は尊敬に値するわ」
「そ、尊敬……」
「その術を学べば、桜桃神社の役に立つと考えられる……そうは思わない?」
筋が通っているのか、それともハチャメチャなのか、まるで分からない。
しかしその訳の分からなさが気に入ったのか、邪気眼侍は笑う。
「フハハハハハ! 良かろう! 弟子入りを許可しよう!」
「本当!? 良かったわ!」
ようやく話ができるようになった弥助が「ちょい待った……」と頭を抱えた。
桐野だけでも手に余っているのに、これ以上邪気眼が増えたらとんでもないことになる。
「あんたも邪気眼になるのか?」
「え? ならないわよ。だってあたし、邪気眼持っていないし」
「……ふひ? どういうことだ?」
桐野と弥助が困惑する中、さくらはあっけらかんと言う。
「だってそんなうさんくさい恰好したくないもの」
「…………」
「あなたのやり方だけ学ぶことにするわ。いいでしょう?」
桐野は衝撃を受けたが、弥助はほっとした気持ちになった。
そんな二人の心境を知ってか知らずか、さくらは満面の笑顔で言う。
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