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信長の葬儀
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山崎城がほとんど完成してから程なくして、秀吉は上様の葬儀を執り行いたいと羽柴家重臣たちに言ってきた。信孝さまを始め、織田家重臣の柴田さまや滝川さまは反対していたのだけど、それを押し切って強行することにするらしい。正勝などはやる意味があるのかと疑問視していたが、僕は是非やるべきだと思った。
「それはどういう意図があるんだよ兄弟」
「秀吉が葬儀を取り仕切れば、世間は織田家の後継者として認めるだろう」
正勝は「ああ、なるほどな」と頷いた。すっかり兄弟は老け込んでしまったなと思う。ま、歳が歳だからしょうがないけど。
僕たち二人は山崎城の一室で酒を酌み交わしていた。丹波国の経営について話したかったし、正勝の近況も聞きたかったからだ。
「俺は殿の宿老として生涯を終えるつもりだ」
酒が進んでしばらくしたぐらいに、正勝はそんなことを言い出した。
「大名になりたくないのか?」
「あん? はは。なんだお前。おかしなことを聞くな」
正勝は不敵に不遜に笑った。
「兄弟は大名になりたくて殿に仕えたのか?」
「……そうだった。くだらないことを聞いてごめん」
素直に謝ると正勝は「別にいいぜ」と少しだけ疲れた表情を見せた。
「その代わりに、俺のせがれを大名にしてもらう予定だ。なあ兄弟。俺の息子のこと、頼むぜ」
「……まるで今わの際のようなことを言うなよ」
少し拗ねた風な口調になったのは、半兵衛さんのことを思い出したからだ。
「そんな弱気でどうするんだ? 蜂須賀正勝の名が泣くよ?」
「そうだなあ。柄にも無いというか、俺は――弱っているのかもしれないな」
本当にらしくないなと思ってまじまじと正勝の顔を見る。
顔に皺が深く刻まれているが、それは渋さを強調するだけで、決して老いを直接的に表すものではなかった。
「昔ほどの体力がねえ。戦働きも上手くできん。この間、せがれと殴りあったが、自分の老いを自覚するだけだった」
「……子どもとは仲良くしたほうがいいよ」
「せがれは叩けば響く性格なんだ……いや、それはどうでもいい」
正勝はぐびっと杯の酒を飲み干した。
「もう、俺の時代は終わったんだな」
「…………」
「真っ直ぐ走り続けてきたけどよ。最近そう思うんだ」
僕は「そんな淋しいことを言うな」と正勝の肩を叩いた。
「まだまだ兄弟には活躍してもらわないと。そりゃあ若い世代も育ってきたけどさ」
「若いもんには負けねえという気概はあるにはある。だが――追いつかねえ」
正勝は杯を僕に向けた。注いでやると「お前はまだ頑張れるだろ?」と呟く。
「まあ秀吉に隠居しろと言われるまでは仕えるけど」
「ふふふ。兄弟は変わらねえなあ」
それが嬉しいことだと言っている笑顔だった。
「そうかな? ついこの間、変わったと言われたけど」
「へえ。誰に言われたんだ?」
僕は自分の杯を手に取って言う。
「行雲さま――上様の葬儀の喪主を務めてくださるお方だよ」
上様の葬儀は京の大徳寺で十七日間行なわれた。
行雲さまは粛々と喪主を務めてくれたが心中は分からない。これによって羽柴家と織田家の抗争が激化するだろうと予想できない人じゃないのに。何を考えているのか分からなかった。
「雲之介。おぬしもご苦労だったな」
上様の葬儀が終わった後、寺内の一室に呼ばれた僕。
もちろん呼び出し人は秀吉だ。小姓は外に居るが一対一で向かい合っている。
「遺体の代わりに木像を使う考えは見事だった」
「僕が言わなくても、誰かが提案しただろう。それより何か主命でもあるのか?」
秀吉にそう訊ねると「長い付き合いだから分かるか」と苦笑された。
「今回の葬儀でわしと信孝さまの陣営の対立が決定的になった。これは言わずとも分かるであろう」
「まあね。もうすぐ冬であることも計算済みでしょ」
冬になったら柴田さまは積雪のために軍を動かせない。
「ああ。もしわしが柴田殿なら何が何でも北近江国の長浜城を占拠し、そこに拠点を移すがな。さすれば信孝さまと連携が取れる」
「ああ。だから浅井家を再興させたのか」
「浅井家は織田家の後見。いくら柴田殿でも攻めることはできぬだろう」
どこからどこまでが計算なのか、僕でも図りかねた。
「このまま冬まで待ち、信孝さまを弾劾する――三法師さまを安土に返さないことを口実としてな」
「うん。まあ当然――」
肯定しかけたとき、外で小姓が「殿。行雲さまがいらっしゃっております」と声を上げた。
秀吉は怪訝な表情をしながら「ああ。通せ」と命じる。
がらりと障子が開き中に入って来た行雲さま。
「……何か話し合っていたのですかな」
「いえ。大したことではござらぬ」
行雲さまの問いに秀吉はしれっと答えた。
「それで、行雲さまは何用で?」
「いえ。これにて拙僧は政秀寺に帰ろうと思いましてな。挨拶に参った次第です」
「おお、それは気が利かなくて申し訳ない」
僕は「外まで見送りましょう」と立ち上がった。
しかし行雲さまは手で制した。
「結構。御ふた方は――織田家を滅ぼす手立てを講じている途中ですから」
刃物のような言葉が胸に突き刺さる――
「……行雲さま。言いたいことがあるのなら、おっしゃってくれませぬか?」
秀吉はそれまでの追従の笑みを消して行雲さまに問う。
すると行雲さまは急に困った顔になった。
「それが、自分でも分からないのですよ」
「どういうことですか?」
僕の問いに行雲さまは「拙僧は織田家の人間です」と説明し出す。
「しかし同時に――息子を織田家の者に殺されています。つまり織田家は仇でもある」
「…………」
「ならば拙僧は織田家に積極的に味方しないことにしました」
思わぬ考えに僕は「それでいいんですか?」と問う。
「いくら出家したとはいえ――織田家は行雲さまの実家ではないですか」
「それも重々承知の上。だからこそ、拙僧はもう、羽柴家にも協力しません」
行雲さまは秀吉に深く頭を下げた。
「これにて、一切の関わりを持たぬことをお許しくだされ」
「……一つだけ訊いてもよろしいか?」
秀吉は行雲さまをじっと見つめた。
「何ゆえ、今まで協力してくださった?」
「……御ふた方に命を助けられたことは忘れません。加えて息子に良くしてくれた。それが答えです」
そう言い残して行雲さまは去っていった。
「義理堅いというか……上様の弟らしいお方だな」
そう零す秀吉。
僕は行雲さまに何か言うべきだったけど言えなかった。
「それで、どこまで話した?」
「信孝さまを攻めるところまでだ」
秀吉は「ああ、そうであったな」と手を叩いた。
「はっきり言って信孝さまは大したことはない。戦の経験が少なく、上に立って指揮をすることに慣れていない」
「そうなると周りの武将が厄介だな」
「そうだ。稲葉一鉄など美濃の武将は骨がある。そこで雲之介、おぬしに頼みたいことがある」
秀吉は改まって「是非とも味方に付けたい者が居る」と言う。
「その者を敵に回すのは厄介だ。というより敵に回すこと自体避けたいのだ」
「秀吉にそこまで言わせるなんて……一体誰だい?」
秀吉は「おぬしもよく知っている男だ」と言う。
「亡き上様から武蔵守を名乗るように言われた、世間や武将たちに鬼武蔵と呼ばれる男――森長可だ」
「…………」
「おぬしは奴と親しいのだろう?」
森長可くん……僕がかつて後見をしていた子で今は立派な武将になっている。
「分かった。説得してみる」
「おお。やってくれるか!」
彼の父親には世話になった。だからなんとか敵対せずに味方に付けたい。
それに僕しか説得できないとなんとなくだが思っていた。
「それはどういう意図があるんだよ兄弟」
「秀吉が葬儀を取り仕切れば、世間は織田家の後継者として認めるだろう」
正勝は「ああ、なるほどな」と頷いた。すっかり兄弟は老け込んでしまったなと思う。ま、歳が歳だからしょうがないけど。
僕たち二人は山崎城の一室で酒を酌み交わしていた。丹波国の経営について話したかったし、正勝の近況も聞きたかったからだ。
「俺は殿の宿老として生涯を終えるつもりだ」
酒が進んでしばらくしたぐらいに、正勝はそんなことを言い出した。
「大名になりたくないのか?」
「あん? はは。なんだお前。おかしなことを聞くな」
正勝は不敵に不遜に笑った。
「兄弟は大名になりたくて殿に仕えたのか?」
「……そうだった。くだらないことを聞いてごめん」
素直に謝ると正勝は「別にいいぜ」と少しだけ疲れた表情を見せた。
「その代わりに、俺のせがれを大名にしてもらう予定だ。なあ兄弟。俺の息子のこと、頼むぜ」
「……まるで今わの際のようなことを言うなよ」
少し拗ねた風な口調になったのは、半兵衛さんのことを思い出したからだ。
「そんな弱気でどうするんだ? 蜂須賀正勝の名が泣くよ?」
「そうだなあ。柄にも無いというか、俺は――弱っているのかもしれないな」
本当にらしくないなと思ってまじまじと正勝の顔を見る。
顔に皺が深く刻まれているが、それは渋さを強調するだけで、決して老いを直接的に表すものではなかった。
「昔ほどの体力がねえ。戦働きも上手くできん。この間、せがれと殴りあったが、自分の老いを自覚するだけだった」
「……子どもとは仲良くしたほうがいいよ」
「せがれは叩けば響く性格なんだ……いや、それはどうでもいい」
正勝はぐびっと杯の酒を飲み干した。
「もう、俺の時代は終わったんだな」
「…………」
「真っ直ぐ走り続けてきたけどよ。最近そう思うんだ」
僕は「そんな淋しいことを言うな」と正勝の肩を叩いた。
「まだまだ兄弟には活躍してもらわないと。そりゃあ若い世代も育ってきたけどさ」
「若いもんには負けねえという気概はあるにはある。だが――追いつかねえ」
正勝は杯を僕に向けた。注いでやると「お前はまだ頑張れるだろ?」と呟く。
「まあ秀吉に隠居しろと言われるまでは仕えるけど」
「ふふふ。兄弟は変わらねえなあ」
それが嬉しいことだと言っている笑顔だった。
「そうかな? ついこの間、変わったと言われたけど」
「へえ。誰に言われたんだ?」
僕は自分の杯を手に取って言う。
「行雲さま――上様の葬儀の喪主を務めてくださるお方だよ」
上様の葬儀は京の大徳寺で十七日間行なわれた。
行雲さまは粛々と喪主を務めてくれたが心中は分からない。これによって羽柴家と織田家の抗争が激化するだろうと予想できない人じゃないのに。何を考えているのか分からなかった。
「雲之介。おぬしもご苦労だったな」
上様の葬儀が終わった後、寺内の一室に呼ばれた僕。
もちろん呼び出し人は秀吉だ。小姓は外に居るが一対一で向かい合っている。
「遺体の代わりに木像を使う考えは見事だった」
「僕が言わなくても、誰かが提案しただろう。それより何か主命でもあるのか?」
秀吉にそう訊ねると「長い付き合いだから分かるか」と苦笑された。
「今回の葬儀でわしと信孝さまの陣営の対立が決定的になった。これは言わずとも分かるであろう」
「まあね。もうすぐ冬であることも計算済みでしょ」
冬になったら柴田さまは積雪のために軍を動かせない。
「ああ。もしわしが柴田殿なら何が何でも北近江国の長浜城を占拠し、そこに拠点を移すがな。さすれば信孝さまと連携が取れる」
「ああ。だから浅井家を再興させたのか」
「浅井家は織田家の後見。いくら柴田殿でも攻めることはできぬだろう」
どこからどこまでが計算なのか、僕でも図りかねた。
「このまま冬まで待ち、信孝さまを弾劾する――三法師さまを安土に返さないことを口実としてな」
「うん。まあ当然――」
肯定しかけたとき、外で小姓が「殿。行雲さまがいらっしゃっております」と声を上げた。
秀吉は怪訝な表情をしながら「ああ。通せ」と命じる。
がらりと障子が開き中に入って来た行雲さま。
「……何か話し合っていたのですかな」
「いえ。大したことではござらぬ」
行雲さまの問いに秀吉はしれっと答えた。
「それで、行雲さまは何用で?」
「いえ。これにて拙僧は政秀寺に帰ろうと思いましてな。挨拶に参った次第です」
「おお、それは気が利かなくて申し訳ない」
僕は「外まで見送りましょう」と立ち上がった。
しかし行雲さまは手で制した。
「結構。御ふた方は――織田家を滅ぼす手立てを講じている途中ですから」
刃物のような言葉が胸に突き刺さる――
「……行雲さま。言いたいことがあるのなら、おっしゃってくれませぬか?」
秀吉はそれまでの追従の笑みを消して行雲さまに問う。
すると行雲さまは急に困った顔になった。
「それが、自分でも分からないのですよ」
「どういうことですか?」
僕の問いに行雲さまは「拙僧は織田家の人間です」と説明し出す。
「しかし同時に――息子を織田家の者に殺されています。つまり織田家は仇でもある」
「…………」
「ならば拙僧は織田家に積極的に味方しないことにしました」
思わぬ考えに僕は「それでいいんですか?」と問う。
「いくら出家したとはいえ――織田家は行雲さまの実家ではないですか」
「それも重々承知の上。だからこそ、拙僧はもう、羽柴家にも協力しません」
行雲さまは秀吉に深く頭を下げた。
「これにて、一切の関わりを持たぬことをお許しくだされ」
「……一つだけ訊いてもよろしいか?」
秀吉は行雲さまをじっと見つめた。
「何ゆえ、今まで協力してくださった?」
「……御ふた方に命を助けられたことは忘れません。加えて息子に良くしてくれた。それが答えです」
そう言い残して行雲さまは去っていった。
「義理堅いというか……上様の弟らしいお方だな」
そう零す秀吉。
僕は行雲さまに何か言うべきだったけど言えなかった。
「それで、どこまで話した?」
「信孝さまを攻めるところまでだ」
秀吉は「ああ、そうであったな」と手を叩いた。
「はっきり言って信孝さまは大したことはない。戦の経験が少なく、上に立って指揮をすることに慣れていない」
「そうなると周りの武将が厄介だな」
「そうだ。稲葉一鉄など美濃の武将は骨がある。そこで雲之介、おぬしに頼みたいことがある」
秀吉は改まって「是非とも味方に付けたい者が居る」と言う。
「その者を敵に回すのは厄介だ。というより敵に回すこと自体避けたいのだ」
「秀吉にそこまで言わせるなんて……一体誰だい?」
秀吉は「おぬしもよく知っている男だ」と言う。
「亡き上様から武蔵守を名乗るように言われた、世間や武将たちに鬼武蔵と呼ばれる男――森長可だ」
「…………」
「おぬしは奴と親しいのだろう?」
森長可くん……僕がかつて後見をしていた子で今は立派な武将になっている。
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