213 / 256
明智の手紙、前半部
しおりを挟む
私がしたためたこの文を雨竜殿が受け取る可能性は零に等しいですが、それでもあなたに届くことを祈りつつ誰かに託しました。その者が素直に渡してくれるのか、それとも届ける前に命を落としてしまうかは分かりません。この文を書くこと自体、危ういことと分かっておりましたが、雨竜殿には知ってほしいと思いました。私の強い想いとささやかな願いを。
この文は上様に叛く前に書いております。おそらくあなたが受け取った時点で、上様か私、もしくは両方が命を落としたと思われます。未来を知る予言者ではないので、できることであれば上様を討ち、私が生きていることを願うばかりです。いや――そんな未来が想像できないからこそ、私は文を書いているのでした。自分でも呆れるほどの度胸の無さです。
本題に入りましょう。雨竜殿が知りたがっていることを話しましょう。あなたは二点ほど気になることがあると思います。一つは何故私が謀叛を起こしたのか。もう一つは何故上様を討つことができたのか。この二つは話しておかねばなりません。もしも私が生きていれば直接お話したいのですが、雨竜殿と会えるのは今生では無い気がします。
まず何故謀叛を起こしたのかと言えば、理由は明智家を守るためです。知ってのとおり、私は老齢です。もはや先は永くありません。一方、我が嫡男である十五郎光慶は十五になったばかりです。親であれば我が子はとても可愛いものです。子が居るあなたならご理解できるでしょう。
しかし死が近づく身としては不安に思うことが多くなってしまいました。十五郎は若年で、私でも治めるのが難しい丹波国を十分に治めることができるのか。もしかすると難癖を付けられて領地の没収や追放されてしまうのではないかと戦々恐々しておりました。現に長年仕えた塙直政殿や家老の佐久間殿、林殿も追放されました。
無論、私が健在であれば追放などされません。それだけの自信があります。だが子の十五郎は上様と上手くやっていけるでしょうか? 加えて信忠さまとではどうでしょうか? 私が生きていればなんとでもできます。けれど死んでしまえばどうすることもできないのです。
そんな折、私は上様から重大な施策を聞きました。なんでも南蛮人から協力を確約されたらしく、かなりの乗り気でした。『光秀。お前には期待している』と声をかけてもらいましたが、私には処刑宣告と変わりなかったのです。その日は震えて一睡もできませんでした。
上様は――唐入りを考えておられたのです。つまり日の本を統一したら大陸を攻めようと目論んでいたのです。
私は日向守という官位を頂いております。羽柴筑前守殿と同じく九州の一国であります。上様は私と羽柴殿にいずれ九州へ領地替えを命じる予定であったことは予想がつきます。それを受け入れられても、日の本を統一するために戦うことができても、大陸を攻めることなど許容できませんでした。
実際に大陸を攻めるのは上様では無く、九州の大名に任ぜられた私か羽柴殿でしょう。もしくは柴田殿かもしれませんし、丹羽殿かもしれません。しかし確実に私は選ばれる。そうなった場合、はたして私は生き残れるでしょうか? いえ、もしかすると私ではなく十五郎が攻め入ることになるかもしれません。そうなった場合、明智家の跡取りである十五郎は生き残れるのでしょうか? わずか十五才の若殿が……
そしてこれは私の想像でしかないのですが、上様の目的は大陸の領地ではなく、出兵そのものなのかもしれません。織田家の対抗勢力となり得る外様大名を大陸へと移し、織田家の者だけで日の本を支配しようと企んでいるのではないでしょうか? だとするのであれば天下を統一し、太平の世へと導くことが、明智家の滅びへと向かわせることにならないでしょうか?
私の中の疑惑が大きくなりましたが、最早どうすることもできませんでした。何故ならば上様は家臣の直言をまったく聞かない人だったからです。家老の私が唐入りをやめてくれと懇願しても上様は聞かぬでしょう。それどころか佐久間殿と同じく追放の憂き目に遭うかもしれません。
だとすれば、残された道は謀叛しかありませんでした。もちろん、真っ向からの謀叛では勝てぬことは分かっております。別所や荒木の最期を見れば言わずもがなです。私が謀叛を成功させるには、数々の乗り越えなければならない困難がありました。
まず確実に上様を討つこと。その次に信忠さまを討たねばなりません。唐入りのことは信忠さまにも伝わっているでしょう。もし上様だけを討ったとしても後継者の信忠さまが生き残れば、その方針を引き継ぐことは必定でしょう。そして朝廷の信任を得ることは忘れてはいけません。大義名分がなければ諸将や諸大名は従わぬでしょうから。無論、織田家の財力が集中している安土城も抑えなければなりませんでした。
これらは短期間で行なわなければいけません。もし長い戦となれば柴田殿や滝川殿、そして羽柴殿が加勢に来るからです。しかし考えれば考えるほど、難儀なことでした。上様が無防備で居ることなどほとんどなかったからです。しかしながら、天は私を見捨てなかった。上様のある命令でそれらが一挙にできる好機に恵まれたのです。まさに天佑を得た気分でした。
二つ目の疑問の答え。何故私が上様を討つ好機を得られたのか。それは上様からの直々の命令――徳川家康殿並びに重臣たちの殺害でした。
この文は上様に叛く前に書いております。おそらくあなたが受け取った時点で、上様か私、もしくは両方が命を落としたと思われます。未来を知る予言者ではないので、できることであれば上様を討ち、私が生きていることを願うばかりです。いや――そんな未来が想像できないからこそ、私は文を書いているのでした。自分でも呆れるほどの度胸の無さです。
本題に入りましょう。雨竜殿が知りたがっていることを話しましょう。あなたは二点ほど気になることがあると思います。一つは何故私が謀叛を起こしたのか。もう一つは何故上様を討つことができたのか。この二つは話しておかねばなりません。もしも私が生きていれば直接お話したいのですが、雨竜殿と会えるのは今生では無い気がします。
まず何故謀叛を起こしたのかと言えば、理由は明智家を守るためです。知ってのとおり、私は老齢です。もはや先は永くありません。一方、我が嫡男である十五郎光慶は十五になったばかりです。親であれば我が子はとても可愛いものです。子が居るあなたならご理解できるでしょう。
しかし死が近づく身としては不安に思うことが多くなってしまいました。十五郎は若年で、私でも治めるのが難しい丹波国を十分に治めることができるのか。もしかすると難癖を付けられて領地の没収や追放されてしまうのではないかと戦々恐々しておりました。現に長年仕えた塙直政殿や家老の佐久間殿、林殿も追放されました。
無論、私が健在であれば追放などされません。それだけの自信があります。だが子の十五郎は上様と上手くやっていけるでしょうか? 加えて信忠さまとではどうでしょうか? 私が生きていればなんとでもできます。けれど死んでしまえばどうすることもできないのです。
そんな折、私は上様から重大な施策を聞きました。なんでも南蛮人から協力を確約されたらしく、かなりの乗り気でした。『光秀。お前には期待している』と声をかけてもらいましたが、私には処刑宣告と変わりなかったのです。その日は震えて一睡もできませんでした。
上様は――唐入りを考えておられたのです。つまり日の本を統一したら大陸を攻めようと目論んでいたのです。
私は日向守という官位を頂いております。羽柴筑前守殿と同じく九州の一国であります。上様は私と羽柴殿にいずれ九州へ領地替えを命じる予定であったことは予想がつきます。それを受け入れられても、日の本を統一するために戦うことができても、大陸を攻めることなど許容できませんでした。
実際に大陸を攻めるのは上様では無く、九州の大名に任ぜられた私か羽柴殿でしょう。もしくは柴田殿かもしれませんし、丹羽殿かもしれません。しかし確実に私は選ばれる。そうなった場合、はたして私は生き残れるでしょうか? いえ、もしかすると私ではなく十五郎が攻め入ることになるかもしれません。そうなった場合、明智家の跡取りである十五郎は生き残れるのでしょうか? わずか十五才の若殿が……
そしてこれは私の想像でしかないのですが、上様の目的は大陸の領地ではなく、出兵そのものなのかもしれません。織田家の対抗勢力となり得る外様大名を大陸へと移し、織田家の者だけで日の本を支配しようと企んでいるのではないでしょうか? だとするのであれば天下を統一し、太平の世へと導くことが、明智家の滅びへと向かわせることにならないでしょうか?
私の中の疑惑が大きくなりましたが、最早どうすることもできませんでした。何故ならば上様は家臣の直言をまったく聞かない人だったからです。家老の私が唐入りをやめてくれと懇願しても上様は聞かぬでしょう。それどころか佐久間殿と同じく追放の憂き目に遭うかもしれません。
だとすれば、残された道は謀叛しかありませんでした。もちろん、真っ向からの謀叛では勝てぬことは分かっております。別所や荒木の最期を見れば言わずもがなです。私が謀叛を成功させるには、数々の乗り越えなければならない困難がありました。
まず確実に上様を討つこと。その次に信忠さまを討たねばなりません。唐入りのことは信忠さまにも伝わっているでしょう。もし上様だけを討ったとしても後継者の信忠さまが生き残れば、その方針を引き継ぐことは必定でしょう。そして朝廷の信任を得ることは忘れてはいけません。大義名分がなければ諸将や諸大名は従わぬでしょうから。無論、織田家の財力が集中している安土城も抑えなければなりませんでした。
これらは短期間で行なわなければいけません。もし長い戦となれば柴田殿や滝川殿、そして羽柴殿が加勢に来るからです。しかし考えれば考えるほど、難儀なことでした。上様が無防備で居ることなどほとんどなかったからです。しかしながら、天は私を見捨てなかった。上様のある命令でそれらが一挙にできる好機に恵まれたのです。まさに天佑を得た気分でした。
二つ目の疑問の答え。何故私が上様を討つ好機を得られたのか。それは上様からの直々の命令――徳川家康殿並びに重臣たちの殺害でした。
0
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる