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畏れ
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天王寺の戦いで兵を無駄死にさせ、明智さまなどの諸将を危機に瀕した責任は塙直政さまにあるとして、上様は彼の一族の追放を決定した。南山城と大和の一部の所領は没収されて、上様の直轄領になるそうだ。
もちろんこの知らせは織田家の重臣である明智さまにも伝わっていたのだろう。
「ええ。本当ですが……」
「あまりにも、重い処罰だと、思いませんか……?」
僕もそう思ったが上様のなさることに異議など言えないし、何より明智さまが怯えていることはおかしかった。
何故なら、塙さまの追放は明智さまを危険に晒したことの見せしめだからだ。
「もし……私に過失があったとしたら、同じように処罰されてしまうのでしょうか?」
「それは――無いと思いますよ」
明白に否定するけど、明智さまは僕の言葉を聞こうとしない。
というよりもただ呟いているだけだ。
僕の答えなど求めていないのかもしれない。
「長年尽くしてきた塙殿さえ、重すぎる処罰を受けた……ならば仕えて間もない私ならば、あっさりと処罰されてしまうのではないか……そうなれば、私の家族は、どうなる……惨めな暮らしに落ちぶれてしまうのか……」
病のせいか、どんどん思考が悪いほうに向かっている。
「恐ろしい……上様が、恐ろしい……」
「そのようなことは考えますな。上様はそのようなお方ではありません」
今まで散々、明智さまには酷いことをされてきたけど。
この明智さまをほっとくことなどできない。
僕は明智さまに言う。
「絶対にそのようなことにはなりませんよ。安心してください。明智さまなら決して失態を犯すことはありません」
「……そうだろうか。丹波攻めも失敗してしまった」
「それでも上様はお許しになったではありませんか」
「……雨竜殿。お頼み申す」
明智さまは僕のほうへ顔を向けた。
「私の家族を、どうか守ってください」
「…………」
「病になって、ようやっと分かりました。私は――家族が第一であると」
僕は勘違いしていたのかもしれない。
明智さまは冷たい人だとばかり思っていた。
しかし、家族を愛する者だとは思わなかった。
そういえば、昔に家族のことを頼むと言われていたっけ。
「そのようなことを言わないでください。家族のことはあなたさまが守ってください」
「……私は高齢です。もし道半ばで死ぬことがあれば、嫡男の十五郎をどうか。今まであなたには、酷いことをしてきましたが、それでもどうかお願いします」
目から涙が零れていた。
「私には頼れる人が、あなたしか居ないのですよ。雨竜殿……」
思わず僕は明智さまの手を握った。
「分かりました。できる限りのことはします」
「約束、しましたよ……」
安心したのか、そのまま眠りについてしまう明智さま。
僕は襖を開けて、傍に控えていた煕子さんに言う。
「明智さまは眠っています」
「そうですか……ありがとうございます」
頭を下げられた煕子さんに「何もしていませんよ」と返す。
「いえ。夫はなかなか眠れなかったのです。塙さまのことを聞いてから、ずっと」
「…………」
「夫とは何を話しましたか?」
僕は「約束をしただけです」とだけ言った。
「悪い約束ではありません。安心してください」
「……以前より、夫から雨竜さまの話を伺っておりました」
「ほう。あまり良い噂ではなさそうですね」
笑いながら言うと「とんでもないですよ」と静かに否定された。
「羽柴さまに忠実に仕えている立派な方だと。もし縁が合っていれば家臣にしたいと常々おっしゃっておりました」
「過大評価ですね。僕はそこまでの人物ではありません」
「こうも言っていましたね。家臣よりも友として傍に置きたいと」
それも過大評価だ……いや、ここで否定しても良くないな。
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「……意外と素直ではないんですね。お優しい方だと夫は言っていましたが」
僕は頬を掻きながら「素直さと優しさは違いますよ」と呟く。
約束はしたけど、はっきり言って今すぐ情が移るものではない。
「明智さまにお伝えください。お元気になられたら――茶でも飲みましょうと」
煕子さんはにっこりと微笑んだ。
「ええ。必ず伝えます」
これが煕子さんと交わした最後の言葉だった。
長浜城に戻ると真っ先に加賀攻めの援軍のため、出兵すると秀吉に言われた。
「加賀本願寺攻めか……殿、先陣を拙者に命じてください」
評定の間で具申したのは長政だった。加賀本願寺の法主は久政さまを切腹に追いやった七里頼周だから、恨みがあるのだろう。
「おいおい。はりきりすぎるなよ?」
「分かっている……と言いたいが、自分を抑える自信がない……」
正勝の言葉にそう返す長政。すると咳払いをしてから半兵衛さんは言う。
「相手は数だけは多い一向宗。沈着冷静に対処すればなんとかなるわよ。それで、出陣するのは誰?」
「そうだな。秀長を大将に、先陣は長政と正勝。後詰に半兵衛と雲之介で行こう。それから清正と正則、三成と吉継と昭政も連れて行ってやってくれ」
秀吉の決定に「兄者は安土山の城に行くのか?」と秀長さんは確認する。
「ああ。子飼いたちの経験を積ませるためでもある。できるかぎり手柄を立てさせてやってくれ」
「任せてちょうだい。決して無理攻めさせないわ」
半兵衛さんが自信たっぷりに言う。
「それでは各々出陣の準備をせよ。二日後には柴田さまの軍と合流する」
それで話は終わった……と思いきや、襖から「失礼します」となつめの声がした。
「む? 誰ぞ?」
「ああ。僕が雇っている忍びだ。入ってもいいかな?」
秀吉は「仕方ないな。いいだろう」と許可をくれた。
なつめが中に入って、単刀直入に僕に言う。
「加賀本願寺は上杉と通じております」
「なんだと!? 忍び、どこからの情報だ!」
秀長さんの言葉に「石山本願寺を探ったときに偶然見つけました」と書状を僕に手渡す。
それには上杉が加賀一向宗に味方をすると書かれていた。そして見返りに越中を攻め取るのを協力してほしいとまで書かれている。
「これは……上様に報告したほうが良いな。我らだけでは到底勝てぬ」
「では出陣を延期しますか、兄者」
「いや。出陣は予定通り行なう。中止の命令が出ていないからな」
僕は「よくやったなつめ」と手放しに褒めた。
「褒美は弾んでよね。雲之介」
「ああ。値千金だから銭一千貫払おう」
「ありがたいわね。それじゃ、次は加賀本願寺を探るわ」
そう言って静かに部屋を出た。流石に優秀な伊賀者だ。
「それにしても、上杉の野郎、余計な真似しやがって!」
「正勝ちゃん、落ち着いて。よく考えてみれば、これは好機かもしれないわ」
半兵衛さんは「上杉と加賀本願寺が通じていることは公になっていないわ」と改まって言う。
「そこを利用するのよ」
「どうやってだ?」
長政の問いに半兵衛さんは「加賀本願寺に偽の手紙を送るわ」と策を皆に伝える。
「加賀本願寺を裏切って、織田家に付くという手紙を見つけさせるのよ。信じなくてもきっと疑心暗鬼になって連携できなくなるわ」
「なるほど。離間の計というものだな」
秀吉は「その策で行こう」と頷いた。
「雲之介。文面を考えてくれ。書く内容は半兵衛と相談してくれ」
「分かった。任せてくれ」
そして二日後。
僕たちは加賀へ出陣することになった。
相手の策を知った上での出陣。負けるわけがなかった。
しかし、それでも僕は予想できなかった。
上杉家の本当の狙いというものを――
もちろんこの知らせは織田家の重臣である明智さまにも伝わっていたのだろう。
「ええ。本当ですが……」
「あまりにも、重い処罰だと、思いませんか……?」
僕もそう思ったが上様のなさることに異議など言えないし、何より明智さまが怯えていることはおかしかった。
何故なら、塙さまの追放は明智さまを危険に晒したことの見せしめだからだ。
「もし……私に過失があったとしたら、同じように処罰されてしまうのでしょうか?」
「それは――無いと思いますよ」
明白に否定するけど、明智さまは僕の言葉を聞こうとしない。
というよりもただ呟いているだけだ。
僕の答えなど求めていないのかもしれない。
「長年尽くしてきた塙殿さえ、重すぎる処罰を受けた……ならば仕えて間もない私ならば、あっさりと処罰されてしまうのではないか……そうなれば、私の家族は、どうなる……惨めな暮らしに落ちぶれてしまうのか……」
病のせいか、どんどん思考が悪いほうに向かっている。
「恐ろしい……上様が、恐ろしい……」
「そのようなことは考えますな。上様はそのようなお方ではありません」
今まで散々、明智さまには酷いことをされてきたけど。
この明智さまをほっとくことなどできない。
僕は明智さまに言う。
「絶対にそのようなことにはなりませんよ。安心してください。明智さまなら決して失態を犯すことはありません」
「……そうだろうか。丹波攻めも失敗してしまった」
「それでも上様はお許しになったではありませんか」
「……雨竜殿。お頼み申す」
明智さまは僕のほうへ顔を向けた。
「私の家族を、どうか守ってください」
「…………」
「病になって、ようやっと分かりました。私は――家族が第一であると」
僕は勘違いしていたのかもしれない。
明智さまは冷たい人だとばかり思っていた。
しかし、家族を愛する者だとは思わなかった。
そういえば、昔に家族のことを頼むと言われていたっけ。
「そのようなことを言わないでください。家族のことはあなたさまが守ってください」
「……私は高齢です。もし道半ばで死ぬことがあれば、嫡男の十五郎をどうか。今まであなたには、酷いことをしてきましたが、それでもどうかお願いします」
目から涙が零れていた。
「私には頼れる人が、あなたしか居ないのですよ。雨竜殿……」
思わず僕は明智さまの手を握った。
「分かりました。できる限りのことはします」
「約束、しましたよ……」
安心したのか、そのまま眠りについてしまう明智さま。
僕は襖を開けて、傍に控えていた煕子さんに言う。
「明智さまは眠っています」
「そうですか……ありがとうございます」
頭を下げられた煕子さんに「何もしていませんよ」と返す。
「いえ。夫はなかなか眠れなかったのです。塙さまのことを聞いてから、ずっと」
「…………」
「夫とは何を話しましたか?」
僕は「約束をしただけです」とだけ言った。
「悪い約束ではありません。安心してください」
「……以前より、夫から雨竜さまの話を伺っておりました」
「ほう。あまり良い噂ではなさそうですね」
笑いながら言うと「とんでもないですよ」と静かに否定された。
「羽柴さまに忠実に仕えている立派な方だと。もし縁が合っていれば家臣にしたいと常々おっしゃっておりました」
「過大評価ですね。僕はそこまでの人物ではありません」
「こうも言っていましたね。家臣よりも友として傍に置きたいと」
それも過大評価だ……いや、ここで否定しても良くないな。
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「……意外と素直ではないんですね。お優しい方だと夫は言っていましたが」
僕は頬を掻きながら「素直さと優しさは違いますよ」と呟く。
約束はしたけど、はっきり言って今すぐ情が移るものではない。
「明智さまにお伝えください。お元気になられたら――茶でも飲みましょうと」
煕子さんはにっこりと微笑んだ。
「ええ。必ず伝えます」
これが煕子さんと交わした最後の言葉だった。
長浜城に戻ると真っ先に加賀攻めの援軍のため、出兵すると秀吉に言われた。
「加賀本願寺攻めか……殿、先陣を拙者に命じてください」
評定の間で具申したのは長政だった。加賀本願寺の法主は久政さまを切腹に追いやった七里頼周だから、恨みがあるのだろう。
「おいおい。はりきりすぎるなよ?」
「分かっている……と言いたいが、自分を抑える自信がない……」
正勝の言葉にそう返す長政。すると咳払いをしてから半兵衛さんは言う。
「相手は数だけは多い一向宗。沈着冷静に対処すればなんとかなるわよ。それで、出陣するのは誰?」
「そうだな。秀長を大将に、先陣は長政と正勝。後詰に半兵衛と雲之介で行こう。それから清正と正則、三成と吉継と昭政も連れて行ってやってくれ」
秀吉の決定に「兄者は安土山の城に行くのか?」と秀長さんは確認する。
「ああ。子飼いたちの経験を積ませるためでもある。できるかぎり手柄を立てさせてやってくれ」
「任せてちょうだい。決して無理攻めさせないわ」
半兵衛さんが自信たっぷりに言う。
「それでは各々出陣の準備をせよ。二日後には柴田さまの軍と合流する」
それで話は終わった……と思いきや、襖から「失礼します」となつめの声がした。
「む? 誰ぞ?」
「ああ。僕が雇っている忍びだ。入ってもいいかな?」
秀吉は「仕方ないな。いいだろう」と許可をくれた。
なつめが中に入って、単刀直入に僕に言う。
「加賀本願寺は上杉と通じております」
「なんだと!? 忍び、どこからの情報だ!」
秀長さんの言葉に「石山本願寺を探ったときに偶然見つけました」と書状を僕に手渡す。
それには上杉が加賀一向宗に味方をすると書かれていた。そして見返りに越中を攻め取るのを協力してほしいとまで書かれている。
「これは……上様に報告したほうが良いな。我らだけでは到底勝てぬ」
「では出陣を延期しますか、兄者」
「いや。出陣は予定通り行なう。中止の命令が出ていないからな」
僕は「よくやったなつめ」と手放しに褒めた。
「褒美は弾んでよね。雲之介」
「ああ。値千金だから銭一千貫払おう」
「ありがたいわね。それじゃ、次は加賀本願寺を探るわ」
そう言って静かに部屋を出た。流石に優秀な伊賀者だ。
「それにしても、上杉の野郎、余計な真似しやがって!」
「正勝ちゃん、落ち着いて。よく考えてみれば、これは好機かもしれないわ」
半兵衛さんは「上杉と加賀本願寺が通じていることは公になっていないわ」と改まって言う。
「そこを利用するのよ」
「どうやってだ?」
長政の問いに半兵衛さんは「加賀本願寺に偽の手紙を送るわ」と策を皆に伝える。
「加賀本願寺を裏切って、織田家に付くという手紙を見つけさせるのよ。信じなくてもきっと疑心暗鬼になって連携できなくなるわ」
「なるほど。離間の計というものだな」
秀吉は「その策で行こう」と頷いた。
「雲之介。文面を考えてくれ。書く内容は半兵衛と相談してくれ」
「分かった。任せてくれ」
そして二日後。
僕たちは加賀へ出陣することになった。
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