上 下
148 / 256

子飼いの元服

しおりを挟む
「いやあ。めでたいわね。かすみちゃんの婚姻とはるちゃんの懐妊だなんて」
「ああ。兄弟は幸せ者だな」
「然り。幸せは次々と来るものだな」

 半兵衛さん、正勝、長政に教えたその日のうちに宴会が開かれた。宴会と言っても参加しているのは僕を含めて四人だけだ。秀吉は石松丸の様子を見に、秀長さんは仕事のため行かれないということだった。ま、二人からは祝福の言葉を貰ったけど。

「まさか嫁入りして一年で子どもを授かるなんて。手が早いわね意外と」
「半兵衛さん、そんな言い方しないでくれよ……僕も驚いている」
「はる殿はどんな様子だ? 不安とか無いのか?」

 流石に一男三女を産ませている長政らしく、気遣ってくれた。

「ああ。気丈に振舞っているけど、ちょっと怖いみたいだよ。慰めてあげたけどね」
「そりゃあ、初めての出産だもんなあ」

 正勝が僕の杯に酒を注ぐ。

「嫁さんを気遣ってやれよ」
「分かっているよ。それより……少し気がかりなことがある」

 その言葉に三人は僕を見た。

「何よ。気がかりなことって」
「もし男の子だったら。家督をどうするか……」
「ああ……そうだな……」

 元大名の長政には僕の言わんとすることが分かったのだろう。
 はるは織田家の娘、つまり主家の娘だ。当然ながら雨竜家の跡目を継ぐのはその男子になるのだが……僕としては晴太郎に継いで欲しい気持ちがある。

「はあ? 男が産まれようが晴太郎が跡継ぎになるべきだろ」

 正勝があっさりと言ってくれた。そう単純に考えられたらいいのだが……

「正勝ちゃん。そんな単純な話じゃ――」
「単純に決まっているだろ。志乃さんとはるさん、どちらも正室だ。だったら先に産まれた子を跡継ぎにするのが、筋ってもんだろ」

 正勝は少し酔っているみたいだった。
 僕に向かって説教し始めた。

「いいか? 雨竜家の当主はお前なんだぜ? 兄弟よ。そんなお前が決めたことに織田家は口出しできねえ。理屈だとそうだろ?」
「いや。前田さまの例もあるし……」

 前田利家さまは上様に頼んで前田家を継がせてもらったのだ。

「そんなの関係ねえよ。嫌なもんは嫌って言えばいいんだよ。お前はそれだけの働きを伊勢長島でしたんだろうが」
「正勝殿……だいぶ酔っているな……」

 長政が困った表情をしている。
 でも僕は――嬉しかった。

「ありがとう。正勝の兄さん」
「ああ? 何がだ?」
「雨竜家の当主は晴太郎だ。絶対に覆させない」

 心のつっかえが無くなった。
 実に晴れ晴れとした気分だ。

「それじゃあ思う存分吞もう! 途中退席は駄目だぞ!」
「おお! それでこそ兄弟だ!」

 僕は正勝と杯を合わせた。

「まったく。明日は二日酔いだわね」
「……拙者も覚悟を決めないとな」

 半兵衛さんも長政も合わせてくれた。

「それじゃ、かすみと万福丸の婚姻とはるの懐妊を祝して――」

 乾杯! と僕たちは杯の音を鳴らした。



 翌日。長浜城の僕の私室。
 僕は秀長さんに叱られていた。

「雲之介くん。半兵衛と長政の顔色が悪いけど、吞ませ過ぎじゃないか?」
「……すみません」

 見事に二人とも二日酔いしてしまった。
 正勝はけろりとしていて、兵の訓練をしている。

「半兵衛の言葉によると、君が一番吞んだらしいけど……」
「はい……」
「よくもまあ普通で居られるね。ちょっと恐怖を感じているよ」

 秀長さんが少し引いている……まあ二十升吞んで平気だったのは、自分でもおかしいなと思ったけど……

「それで、兄者に提案した合同の元服だけど、烏帽子親は全員君で構わないね」
「ええ。構いません」
「まあ佐吉や桂松は文官として働いているから良いけど、虎之助や市松は大丈夫なのかい? 万福丸も怪しいところだ」
「もう十分働けますよ。僕が保証します」
「自信満々だね……まあいい。保証できるのなら、元服を執り行おう」

 僕は「ありがとうございます」と頭を下げた。

「兄者も見に行くらしい。可愛い子飼いの元服だからね」
「そうですか。じゃあ派手にやらないといけませんね」
「元服か。昔を思い出すね」

 秀長さんは遠くを見るような表情をした。

「雲之介くんが元服して、もう十五年ぐらい経つんだね」
「ええ。あの頃は秀吉が城持ち大名になるとは思いませんでした」
「そうだね。私も羽柴家筆頭家老になって、雲之介くんが猿の内政官と呼ばれるほどになるとは思わなかったよ」

 本当にそうだ。いつの間にか遠くへ来てしまった。

「感慨深いというか感無量というか。でもまだまだ行きますよ」
「そうだな。太平の世を実現させるために、私も頑張らないとな」
「いつも苦労をかけますね……」

 秀長さんは「兄者の補佐に比べたら苦労じゃないよ」と笑った。

「この後、子飼いを集めて、何か話すんだろう?」
「うん。心構えとかそういうのを話そうと思います」

 そう。話さないといけない。
 羽柴家のためにも。
 そして彼らのためにも。



 子飼いが集まっている部屋に入ると。全員が正座をして僕を待っていた。
 虎之助、市松、佐吉、桂松、万福丸。
 僕は彼らの前に座って話し始めた。

「いよいよ元服間近だ。これ以上、僕が教えることはないと思う。だけどたった一つだけ教えなければいけないことがある」

 誰も言葉を挟まず、僕の言葉を聞いている。

「一言で言い表すのなら『和』だ。つまり協調すること、協力することが大切だ。古の摂政、厩戸皇子は十七条の憲法で『和を大切にし人と争いをせぬようにせよ』と言っている」

 子飼いは僕が何を言わんとするのか分かっていないみたいで、顔を見合わせている。

「いつの日か、君たちは仲違いしてしまう寸前まで争ってしまうかもしれない。そんなことはないと僕は信じたいが、それでも人は争うものだ。どうしてか分かるかい?」

 僕の言葉に虎之助が答えた。

「互いの嫌なところを知ってしまうからですか?」

 市松も答える。

「互いが気に入らないからですか?」

 佐吉も答える。

「互いが譲れないものを持っているからですか?」

 桂松も答える。

「互いの真意が分からないからですか?」

 最後に万福丸が答える。

「互いのことを尊重しないからですか?」

 全員の回答を聞いて「全て正しい」と僕は頷いた。

「だけど一番の争いの元は、互いの役割を理解しないことだ」

 よく分からない子飼いに丁寧に説明をする。

「人には人の役割がある。戦が得意な者。算術に優れている者。力が強い者。頭が賢い者。様々な人間が居ることで日の本は成り立っている。それを忘れてはいけない。自分が優れていると過信して、大柄な態度を取るのは間違っている。自分が不得意なことを得意とする者が居ることを忘れないでほしい」

 子飼いはどうして僕がこんなことを言うのだろうかと不思議に思っているだろう。
 でもいつの日か、僕の言葉を思い出してほしい。

「僕は君たちが『和』を以って羽柴家、ひいては織田家を太平の世に導くために努めてほしいんだ。同じ仲間として。もしも仲違いしてしまいそうになったら、互いの立場になって考えてほしい。一回立ち止まって、相手のことを慮って、歩み寄ってくれれば、きっと仲直りできると思うから」

 できるかぎり分かりやすく言ったつもりだったけど、子飼いには難しかったみたいだ。
 伝わってくれるだろうか……

「俺は――佐吉が嫌いだ」

 市松が唐突に言い出した。

「非力のくせに生意気だし、ちょっと賢いぐらいで偉そうだ。でも、俺が課題で苦しんでいたとき、助けてくれた。分からない問題を分かりやすく教えてくれた」

 そして最後は笑顔になった。

「だから戦とかで困っているときは助けてやろうと思う。そういうことか? 雲之介さん」

 僕は黙って頷いた。

「ふん。猪武者のくせに……」

 今度は佐吉が言い出した。
 なんだか照れくさそうだった。

「そういう暑苦しいのは嫌いですけど……真っ直ぐな性根は尊敬できますよ」
「お! 言うじゃねえか!」

 どうやら杞憂みたいだったな。
 子飼いの間では確かな『和』以上の『絆』が生まれていたんだ。

「ふふふ……いつも厳しい課題を出してた甲斐があったものだね」
「良いこと言っている風だけど、あんたの課題は鬼のような量だったからな」

 虎之助の言葉にみんなが笑った。
 願わくばこの光景のまま、育ってほしい。



 こうして、子飼いは元服を迎えた。
 虎之助は加藤清正。
 市松は福島正則。
 佐吉は石田三成。
 桂松は大谷吉継。
 万福丸は浅井昭政と改名した。

 皆立派になったなあとこれこそ感無量になった。
 後は――かすみの輿入れだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

信長最後の五日間

石川 武義
歴史・時代
天下統一を目前にしていた信長は、1582年本能寺で明智光秀の謀反により自刃する。 その時、信長の家臣はどのような行動をしたのだろう。 信長の最後の五日間が今始まる。

武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。 今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。 義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」 領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。 信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」 信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。 かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...