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論功行賞

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 北近江の長浜城に戻ったのは、水無月が終わる頃だった。
 とりあえず屋敷にみんなを残して、その足で城に向かう。
 城の中庭で子飼いたち――市松、佐吉、虎之助だ――が仲良く遊んでいるのが見えた。彼らも僕を見つけてころころと仔犬のように寄ってきた。

「雲之介さん! 無事だったか!?」
「よく武田との戦で生き残れたな!」

 虎之助と市松が僕の身体に抱きついた。姿勢を崩しそうになるのに耐える。

「おっとっと。二人とも大きくなったなあ」

 虎之助と市松の頭を撫でると、二人とも嬉しそうに笑った。
 すっかり懐かれたな。

「先生、お久しぶりです」

 遅れてやってきた佐吉が行儀正しく僕にお辞儀をする。佐吉だけは僕のことを先生と呼ぶ。

「ああ、佐吉。君も元気そうだ。きちんと武芸も頑張っているかい?」
「……なんとか頑張っています」
「こいつ全然弱いんだぜ? 飯も食わねえし」

 市松の言葉に佐吉は顔を曇らせる。

「こら。そんなこと言うな。市松だって算術苦手だろう?」
「うっ。それは……」
「互いに教えてあげなさい。それが切磋琢磨ってものだ」

 叱る様子を見て虎松が「へへっ。怒られてやんの」と嘲笑った。

「桂松と万福丸は?」
「あいつらももうすぐ来るよ。厠に行ってるから」
「そうか。じゃあ後で顔出すよ。秀吉のところに行かないと」

 三人が淋しそうな顔をしたので「また新しい仲間が増えるよ」と言ってあげた。

「子飼いじゃないけど、立派になるまで育てる約束の子が居るんだ」
「へえ。どんな子?」
「……一言で言えば暴れん坊、かな」

 だいぶ抑えた表現だった。
 子飼いたちと別れて、僕は評定の間に向かった。この時刻なら誰かしら居るはずだ。
 中に入ると、秀吉たちが勢揃いしていた。

「おー、雲之介! 遅かったではないか!」

 秀吉が親愛たっぷり言って僕に近づき肩を叩いた。

「伊賀に寄っていたんだ。遅参申し訳ない」
「あっはっは。気にするな。それより論功行賞をしていたのだ。おぬしも参加せい」

 僕はいつもの席に着いた。
 この場に居るのは秀長さん、正勝、半兵衛さん、長政だった。

「さて。こたびの武田との戦で羽柴家は多大な貢献をしたと大殿はおっしゃっていた。加増はなかったが褒美に金五百と茶器をくださった。そこでおぬしたちにこれを配分しようと思う」

 そう言って黄金を見せる秀吉。おお、輝いて見える。

「金五百ってことは、五等分するのか? それとも殿の分も含めて六等分か?」
「わしは要らぬよ。代わりに賜った茶器をもらう。茶器だけは渡すことはできぬからな」

 なるほど。じゃあ一人あたり百はもらえるのか。

「それなら私も辞退するよ。留守居役だったしね」

 秀長さんが遠慮するように言ったので僕はすかさず「それは良くないですよ」と発言する。

「うん? どうしてだい?」
「留守居役も立派な職務です。もしも秀長さんが居なかったら他国の侵攻を許していたかもしれません。それに留守居役が褒美をもらわないと誰もやりたがらない」

 道理をもって説明すると長政が「確かにそのとおりだ」と腕組みした。

「ではどうだろうか。本来受け取るはずの金を十ずつ他の者に渡すのは? まったく受け取らないのも問題だが、戦に出ていないのにもらうのも問題だ」
「……秀長さんが納得してくれれば」

 本当は百受け取ってほしかったけど、仕方ない。

「よし。それなら秀長殿が受け取るのは五十だな」
「……六十よ、正勝ちゃん」

 兄弟が計算を間違えたところで、ようやく配分が決まった。金百十が僕の取り分だ。

「それとだ。今回の戦で半兵衛と雲之介はよく働いてくれた。何か褒美を渡したいのだが」
「秀吉ちゃん。気を使わなくてもいいのよ?」

 半兵衛さんの言うとおりだけど、秀長さんが「兄者の厚意を受けとってほしい」と言ったので断れなかった。

「そうねえ……欲しかった書物があるのだけど、買ってもらえない?」
「それでいいのか? 欲のない軍師だな。雲之介は?」

 僕は特に欲しいものはなかったけど、このとき島に言われたことを思い出した。

「……加増か禄を増やして欲しいんだけど」

 多分予想外だったんだろう。五人は僕の顔を凝視した。

「意外だな。雲之介殿がそのようなことを言うのは」

 付き合いが一番短い長政が言うのだから、他のみんなはもっと思っただろう。

「いや、家来の禄とか、施薬院への仕送りを考えたら、足りなくてさ」
「ま、今までの禄が少なかったからね。増やすのは問題ないんじゃないか兄者?」
「まあそうだな。よし、褒美はそれにする」

 秀長さんの後押しもあって、僕の加増は認められた。

「兄弟。人を雇うようになって意識が変わったんじゃないか?」
「ああ、そうかもしれないね」
「雲之介殿もようやく武将らしくなったな」

 論功行賞が終わって、正勝と長政に長浜城内の茶室で茶を振舞った。

「流れるような作法、見事だな」
「そうなのか? 俺にはちっとも分からねえ」

 僕は茶碗を差し出しながら「茶の湯なんて自由でいいんだよ」と言う。

「それよりも申し訳ないな。二人には褒美が無くて」
「ああ、気にすんな。金貰ったからよ」
「次頑張ればいいさ」

 そう言ってくれて助かった。心苦しかったのだ。

「そういえば長政。お市さま、また身篭ったらしいじゃないか」
「そうなのか? 何人目だ?」
「万福丸を含めると四人目だな」
「へえ。子宝に恵まれてるな」
「雲之介殿は、どうなんだ? 二人だけで満足なのか?」

 晴太郎とかすみが居れば十分だけど、もう一人か二人居てもいいかもしれない。

「そうだね。志乃と相談するよ」
「俺は昔の志乃さんを知ってるからなあ。まさか賢妻になるとは思わなかった」

 そう思われても仕方ないけど、夫としては聞き捨てならないことだったので「失礼だぞ兄弟」と叱った。

 その後、子飼いたちとまた会って、少しだけ授業をして、それから屋敷に戻った。
 金百十か。とりあえず家来のみんなに分けるのも悪くないかもしれない。
 屋敷に戻ると何やら騒がしい。誰も出迎えてくれなかった。

「ただいま。帰ったよ」

 中に入ると――志乃の後ろ姿が見えた。

「志乃! いつ帰ったんだ――」

 嬉しくなって駆け寄ろうとして、足が止まる。
 振り返った顔は――怒りに満ちていたからだ。

「し、志乃?」
「誰よ……そこの女は……」

 指差すほうを見るとなつめがにやにや笑っている。傍には雪隆くんと島がおろおろしている。晴太郎とかすみは居ない。勝蔵くんは隅でがたがた震えている。

「ああ、新しく雇った――」
「雇った? ねえ、何のために雇ったの?」
「うん? ああ、なつめは――」
「……へええ。随分親しげなのねえ」

 なんだろう。噛み合わないな?

「私だけじゃ不満だったの?」

 志乃がずかすかと近づいて、僕の胸元を掴む。
 目と目が合う。光が無かった。

「ねえ。私にも悪いところはあったわ。施薬院ばかりかまけてあなたの相手をしなかったんだから。でもね、遊女を雇うくらいならやめてほしかったわ。私たち夫婦じゃない。どうして裏切るの? どうして嘘を吐くの? 悲しいじゃない。あなたのためならなんでもするし、してあげるわ。でも他の女に手を出すのは違うじゃない? 酷いわよね? 何か言いたいことがあるなら聞くわよ? 異論反論なんでも聞くわよ? ねえ、言い訳してよ。謝ってよ。ねえねえねえねえ――」

 ここでようやく、志乃が勘違いしていることに気づいた。
 僕はにっこり笑って、志乃を抱きしめた。

「ちょっと! 何するのよ! ふざけないで!」
「僕が愛しているのは、志乃だけだよ」
「はあ? じゃああの女はなんなのよ!」

 腕の中で暴れる志乃に、僕は耳元で囁いた。

「伊賀で雇った女忍びだよ」
「……え?」
「遊女じゃない。伊賀者で情報収集のために雇ったんだ」

 そして真っ直ぐ、僕は志乃を見つめた。

「浮気なんてしないよ。僕には志乃が居るんだから」

 呆然としていた志乃だけど、ようやく理解が追いついたのか、急激に顔を真っ赤にする。

「は、はあ!? な、なんで、えっ? えっ?」
「落ち着いて……なつめ、君、何をした?」

 なつめは笑いながら「ちょっとからかっただけよう」と白状した。

「奥方が勘違いしただけ。ふふ、面白かったわ」
「あ、あなた、あなたが、意味深なことを!」
「志乃、大丈夫、大丈夫だから」

 背中をさすってあげる。

「……すげえ。雲之介さん、あの状況でよく収めたな」
「……というより、抱きしめられるほうが凄い」

 僕は雪隆くんと島に笑いかけた。

「君たちはどうして誤解を解かなかったのかな?」

 雪隆くんと島は顔を見合わせた。そしてすぐさま正座になって「申し訳ございませんでした」と謝った。

「うん? どうして謝るのかな? 理由を聞きたいだけだけど?」
「いや、もう勘弁してください、雲之介さん……」

 ともかく誤解が解けたので、僕はさっそくみんなに金を見せた。

「褒美で貰ったんだ。とりあえず雪隆くんと島にも分けようと思ったけど、やめることにするね」
「……是非もなし」

 志乃も意気消沈している。とりあえず隅で震えてる勝蔵くんに話しかけた。

「大丈夫かな?」
「あ、あの女怖いよ!」
「女言うな。僕の妻だぞ?」

 勝蔵くんにも怖いものがあったんだな。これは驚きだ。
 なつめも叱らないといけなかったけど、効果なさそうだしなあ。
 なんか空気が沈んでいる。

「そうだ。志乃、旅行に行かない?」
「……旅行?」
「うん。晴太郎とかすみも連れてさ。秀吉に掛け合って休みがもらえるようにするよ」

 しばらくお師匠さまや宗二さんに会ってないしね。

「堺に行こう。金もあるし、贅沢に過ごそうよ」
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