残心、

橋本洋一

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エピローグ

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 病院の検査を受けて、捻挫と診断された俺は、月曜日の部活を休んで板崎さんの道場に向かった。
 板崎さんは胴着ではなく、普通の服装で応対してくれた。だけど年相応に見えず、若々しく思えたのは、鍛錬を積んでいるからだろう。

「土曜日の試合、見たぞ」
「見てくれたんですね。ありがとうございます」
「……いい試合だった」

 板崎さんの口から出たのは手放しの褒め言葉。
 胸が熱くなるのを感じながら「板崎さんにお願いがあります」と背筋を正した。
 道場の床に手をついて懇願する。

「これからも、俺たちの指導、お願いします」
「……三週間という約束だ」
「分かっています。筋の通ったお願いじゃあないことも。でも板崎さんでないと、俺たちを強くできない」

 板崎さんは「鷲尾に勝つことが目標だっただろう」と俺に言う。

「その目標を達成して、次は何を望む?」
「……全国大会に出場することです」

 きっと次の目標を語ったら、誰もが馬鹿馬鹿しいと思うだろう。
 無理だから諦めろと諭すに違いない。
 それでも、恥ずかしげなく語ろう。
 目標、いや大きな夢を自信満々で言おう。

「片腕でも強くなれる――いや、片腕だから強くなれたと証明したい」
「……それは茨の道だぞ? 全国大会で優勝するよりもつらい」
「でも、やってみたいんです。自分の人生を懸けて、自分の力を試してみたいんです」

 俺の覚悟と決意を板崎さんはどう思ったのか知らない。
 心を打たれた様子も無く、心動かされたわけでもない。
 ただ一言、言ってくれた。

「……明日、部員連れて道場に来い」
「板崎さん……!」
「今まで以上に厳しく指導する。弱音を吐いてもやめない。それを心に刻んでおけ」

 板崎さんは無表情だったけど、どこか嬉しそうな雰囲気を感じられた。
 俺は頭を低く下げた。

「はい! これからもご指導お願いします!」

 角谷先輩に報告したので、明日から稽古ができるだろう。
 今まで以上に強くなれる。
 それが何より嬉しかった。


◆◇◆◇


 火曜日の放課後。
 俺は屋上に来ていた。
 部活の前に話しておこうと思ったからだ。

「あは。やっぱり来たね」

 鈴木が俺を待っている気がしていた。
 俺もやっぱりいたのかとさして驚かなかった。

「鈴木、あのさ――」
「高橋くん。前に訊いた質問、もう一度言っていい?」

 俺は頷いた。
 鈴木は深呼吸して――問う。

「生きるってどういうことだろうね?」

 俺は目を閉じた。
 ここ数ヶ月の出来事を振り返る。
 そして、目を開けた。

「――生きているって実感することだ」
「…………」
「お前の言ったとおり、確かに生きることは戦いだけど、それが全てじゃない。生きていると思うから戦って、傷ついて挫折して、それから立ち上がるんだ」

 高校生の分際で達観したことを言うけど、俺はそれしかないと考えた。
 だから俺は生きているし、目の前の鈴木も生きている。
 ただ呼吸するために生きているわけじゃない。

「……あは。聞きたかった答えかも」

 鈴木は笑いながら、俺に近付く。
 そして胸の当たりに握った拳を当てる。

「ようやく、生きていると思えたんだね」
「ああ、お前のおかげだな」
「半分くらいかな。もう半分は高橋くん自身のおかげ」

 拳を放して「私も生きているって思うな」と言う。

「クラスの中で空気みたいに存在するより、剣道部でマネージャーやっていたほうが楽しい」
「そうだよな。俺も剣道をやって実感しているよ」
「……高橋くんと話すのも楽しいよ」

 いきなりの攻撃だったけど、俺は余裕を持って返す。

「俺はいつだって、話していると楽しいよ――真理」
「……えっ?」

 目をぱちくりさせて、俺が言ったことを反復して、ようやく理解する。

「今、真理って……」
「部活、遅れるから。行こうぜ、鈴木」

 くるりと振り向いて屋上から出ようとする。
 鈴木は「ちょっと待ってよ!」と喚いた。

「今、絶対名前呼んだよね!」
「何言っているんだ? いつも鈴木って呼んでいるじゃあないか」
「……もう! 意地悪しないでよ!」

 飄々とした鈴木が恥ずかしがったり怒ったりするのは、見ていて楽しかった。
 俺たちはじゃれあいながら屋上から出る。
 途中、剣道部の金井と香田先輩と合流して、からかわれたり嫉妬されたりして。
 角谷先輩や飛田先輩に呆れられることとなった。

 こうして俺は自分の心残りを克服して。
 一つの区切りをつけることができたんだ。
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