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「……手をつないでいい?」
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「パパとママは私が中学生になった頃から仲が悪くなったの」
「いわゆる、すれ違いってやつか?」
「多分そう。かみ合わなくなった感じ。だんだんと……冷えていったの」
俺は鈴木の話を聞くしかできなかった。
でも鈴木はそれを望んでいた。
だから相槌を打ちながら聞いていた。
「パパとママの口論が酷くなって。ママは実家に帰って。私はパパと一緒に住んでいたの。パパ、料理とかできないし、私が居てあげなきゃいけなかった」
「……だから部活免除されていたのか」
「うん。高橋くんのことが無ければ、部活しないつもりだった。でも、パパが手伝ってあげなさいって言ったから、剣道部のマネージャーになったの」
鈴木は淋しそうに笑っていた。
その苦しみにもがいている顔が心を切なさで締め付ける。
俺は「そう、だったんだな」としか言えない。
「別居して、やりとりもしなくて。それで結局、離婚しちゃったの」
「…………」
「私ね、頑張ったんだよ!」
突然、少しだけ大きな声を出したので、周りの客が反応したけど、鈴木はそれらを一切無視した。
乾いた笑みをしながら鈴木は悲しい言葉を紡ぐ。
「パパとママが仲良くなるように頑張ったの。私にできることは何でもしたんだあ」
荒野でたった一人歩き続ける孤独のような心地がした。
助かりたいを足掻いている光景も目に浮かんだ。
それでも現実は上手くいかなくて……
「頑張って頑張って。でも駄目だった。ママは私にごめんなさいって言ったけど……」
「鈴木、お前……」
「知らないと思うけど、私には妹がいるの」
思いもかけない告白に俺は「知らなかったよ」と反応した。
鈴木は「言ってなかったからね」と答えた。
「妹は中学生だけど、私よりずっと大人だった。離婚が決まっても冷静だったの」
「達観しているんだな……」
「そうとも言えるかも。妹は私に『別れるのは当人の勝手だよ』って言った。あは。傑作でしょ?」
「いや、笑えないよ」
「そうだよね……今まで頑張ってきたのに……無駄にされた気分だよ……」
その妹が言ったとおり、離婚は当人の問題だ。
それでも、振り回される身としてはつらいものがある。
俺は両親が離婚した経験がないから、想像でしか物を言えないけど、そのくらいは分かる。
「なあ鈴木。俺にできることは何かないか?」
自然とそんな言葉が出てしまった。
俺にできることなんて何もないのに、鈴木のために何かしてあげたいと思ってしまった。
厚意からではない。おそらく同情からだった。
「高橋くんにできることはないよ。気持ちは嬉しいけどね」
「……だよな。すまん、忘れてくれ。出すぎたことを言ってしまった」
「こうして話を聞いてくれるだけでも十分だよ。私、友達いないし」
そこで俺は前々から気になっていたことを訊いた。
「なんでお前、友達作らないんだ? お前の性格だったらすぐに作れるだろう?」
鈴木は「パパとママのことがあったから」と苦笑して答えた。
「友達作ると、付き合いとかで遊ばないといけないから」
「それは分かる。でもこうして事情を話せる人ぐらい――」
「孤独は嫌だけど、一人が好きなの」
鈴木はあっさりと言って、冷えてしまったコーヒーを一口含んだ。
孤独と一人の区別がよく分からない俺は「違いはなんだ?」と問う。
「集団の中で一人でいたい……まったく誰もいないのは嫌……そう言えば分かる?」
「うん。それなら分かりやすい」
「クラスの中で一人きりでいるのが、居心地良かったの」
俺みたいにクラスメイトから一歩距離を置かれているわけではないのに、鈴木は一人を好んでいた。
そこでようやく、俺は鈴木の人との距離の取り方が上手い理由が分かった。
自分が特別ではなく、特殊であるから、人と距離を取りたいんだ。
多種多様な色の中で、一つだけ無色であり続けるように、染まりたくないのか。
同時に両親の離婚を厭う気持ちも分かった。
鈴木は家族がバラバラになる孤独が嫌なんだ。
矛盾するようだけど、一人で居続けたいから、絆を重んじているんだ。
「本当はね、高橋くんにも話すつもりはなかったんだよ」
今までの考察があっていれば、俺に話すのはおかしな話だった。
だけど鈴木は今、俺に話している。
「高橋くんなら話してもいいかなって思ったの」
「信頼とかじゃないな。ただ抱えきれないから話したのか?」
「ううん。そうじゃないの。私は……」
上手く自分でも整理できない様子の鈴木。
俺は「分からないのか?」と問う。
「なんでだろうね。自分の気持ちなのに、上手く言葉にできないの」
「それはな、混乱しているからだと思うぜ。そりゃ当たり前だよ。親が離婚したんだから」
「……あは。答え出ちゃったね」
無理矢理笑っている鈴木を見てますます切なさが増す。
いつも励ましてくれた鈴木に何かしてあげたい気持ちも増す。
「ねえ。高橋くん。一つだけ、お願いがあるんだけど」
「お願い? なんだ? 言ってみろ」
「……手をつないでいい?」
俺は躊躇することなく「いいぜ」と右手を差し出した。
鈴木はそっと手を合わせた。
「豆がたくさんあるね。痛い?」
「まあな。痛いに決まっている」
「馬鹿なこと聞いちゃったね」
「いいよ。気にすんな」
女の子に手を触られていても、恥ずかしさは感じなかった。
鈴木の気が済むまで、触らせてあげようと思っていた。
「これが頑張ってきた証、なんだね」
「大げさに言うなよ」
「私、高橋くんが剣道をもう一度始めるきっかけになれて良かった」
鈴木は笑っていたけど。
目から大粒の涙が流れていた。
「ありがとう。出会えて良かったよ」
片手を握られているせいで、涙を拭うことはできない。
頭を撫でてやることも、抱きしめてやることもできない。
だから言葉で返すしかなかった。
「ああ。俺もお前に出会えて良かった」
◆◇◆◇
夜も遅かったので鈴木の家であるトレーニングジムまで送った。
達也さんは鈴木のことを酷く心配していた。俺と一緒に帰ったことで少しだけ安心したようだった。
「悪かったね。家族のいざこざに巻き込んで」
「良いんですよ。普段俺、鈴木に世話かけているんですから」
鈴木が自室に行って、俺は達也さんに車で自宅まで送ってもらった。
その車中で達也さんは「俺が全部不甲斐ないせいだよ」と言う。
自嘲気味に笑う顔は、どことなく鈴木に似ていて、ああ、親子なんだなと思ってしまう。
「真理が頑張ってくれたのは分かっていた。それは妻も分かっていた。でもな……」
「達也さんは奥さんのこと、嫌いになったんですか?」
無遠慮な質問に達也さんは「さあな」と短く肯定でも否定でもなく言う。
ただその横顔はとても疲れていた。
「真理のことをよろしく頼むよ」
「俺にできることは少ないですけど」
「あいつ、高橋くんのことばかり最近話すんだ。前は学校のこと、全然話さなかったのにな」
それは俺しか関わっていなかったせいだ。
俺は「そうなんですか?」ととぼけた。
「ああ。かなり信頼しているんだろう」
「そう言われても、ピンと来ません」
「含んでくれれば、それでいい。真理を支えてくれとは言わない。それでも少しでいいから助けてやってくれ」
達也さんの頼みもあったけど、俺にとって鈴木は大切な友達と思っている。
だから俺は迷い無く答えた。
「ええ。任せてください」
家に着いて達也さんと別れて。
遅くなった理由を正直に両親に言って納得してもらって。
自分の部屋のベッドに飛び込んで横になる。
「鈴木、明日学校来るかな……」
呟いても明日にならないと分からない。それでも考えてしまう。
少しだけ、失った左腕が痒くなったけど。
それよりも気になって仕方なかった。
「いわゆる、すれ違いってやつか?」
「多分そう。かみ合わなくなった感じ。だんだんと……冷えていったの」
俺は鈴木の話を聞くしかできなかった。
でも鈴木はそれを望んでいた。
だから相槌を打ちながら聞いていた。
「パパとママの口論が酷くなって。ママは実家に帰って。私はパパと一緒に住んでいたの。パパ、料理とかできないし、私が居てあげなきゃいけなかった」
「……だから部活免除されていたのか」
「うん。高橋くんのことが無ければ、部活しないつもりだった。でも、パパが手伝ってあげなさいって言ったから、剣道部のマネージャーになったの」
鈴木は淋しそうに笑っていた。
その苦しみにもがいている顔が心を切なさで締め付ける。
俺は「そう、だったんだな」としか言えない。
「別居して、やりとりもしなくて。それで結局、離婚しちゃったの」
「…………」
「私ね、頑張ったんだよ!」
突然、少しだけ大きな声を出したので、周りの客が反応したけど、鈴木はそれらを一切無視した。
乾いた笑みをしながら鈴木は悲しい言葉を紡ぐ。
「パパとママが仲良くなるように頑張ったの。私にできることは何でもしたんだあ」
荒野でたった一人歩き続ける孤独のような心地がした。
助かりたいを足掻いている光景も目に浮かんだ。
それでも現実は上手くいかなくて……
「頑張って頑張って。でも駄目だった。ママは私にごめんなさいって言ったけど……」
「鈴木、お前……」
「知らないと思うけど、私には妹がいるの」
思いもかけない告白に俺は「知らなかったよ」と反応した。
鈴木は「言ってなかったからね」と答えた。
「妹は中学生だけど、私よりずっと大人だった。離婚が決まっても冷静だったの」
「達観しているんだな……」
「そうとも言えるかも。妹は私に『別れるのは当人の勝手だよ』って言った。あは。傑作でしょ?」
「いや、笑えないよ」
「そうだよね……今まで頑張ってきたのに……無駄にされた気分だよ……」
その妹が言ったとおり、離婚は当人の問題だ。
それでも、振り回される身としてはつらいものがある。
俺は両親が離婚した経験がないから、想像でしか物を言えないけど、そのくらいは分かる。
「なあ鈴木。俺にできることは何かないか?」
自然とそんな言葉が出てしまった。
俺にできることなんて何もないのに、鈴木のために何かしてあげたいと思ってしまった。
厚意からではない。おそらく同情からだった。
「高橋くんにできることはないよ。気持ちは嬉しいけどね」
「……だよな。すまん、忘れてくれ。出すぎたことを言ってしまった」
「こうして話を聞いてくれるだけでも十分だよ。私、友達いないし」
そこで俺は前々から気になっていたことを訊いた。
「なんでお前、友達作らないんだ? お前の性格だったらすぐに作れるだろう?」
鈴木は「パパとママのことがあったから」と苦笑して答えた。
「友達作ると、付き合いとかで遊ばないといけないから」
「それは分かる。でもこうして事情を話せる人ぐらい――」
「孤独は嫌だけど、一人が好きなの」
鈴木はあっさりと言って、冷えてしまったコーヒーを一口含んだ。
孤独と一人の区別がよく分からない俺は「違いはなんだ?」と問う。
「集団の中で一人でいたい……まったく誰もいないのは嫌……そう言えば分かる?」
「うん。それなら分かりやすい」
「クラスの中で一人きりでいるのが、居心地良かったの」
俺みたいにクラスメイトから一歩距離を置かれているわけではないのに、鈴木は一人を好んでいた。
そこでようやく、俺は鈴木の人との距離の取り方が上手い理由が分かった。
自分が特別ではなく、特殊であるから、人と距離を取りたいんだ。
多種多様な色の中で、一つだけ無色であり続けるように、染まりたくないのか。
同時に両親の離婚を厭う気持ちも分かった。
鈴木は家族がバラバラになる孤独が嫌なんだ。
矛盾するようだけど、一人で居続けたいから、絆を重んじているんだ。
「本当はね、高橋くんにも話すつもりはなかったんだよ」
今までの考察があっていれば、俺に話すのはおかしな話だった。
だけど鈴木は今、俺に話している。
「高橋くんなら話してもいいかなって思ったの」
「信頼とかじゃないな。ただ抱えきれないから話したのか?」
「ううん。そうじゃないの。私は……」
上手く自分でも整理できない様子の鈴木。
俺は「分からないのか?」と問う。
「なんでだろうね。自分の気持ちなのに、上手く言葉にできないの」
「それはな、混乱しているからだと思うぜ。そりゃ当たり前だよ。親が離婚したんだから」
「……あは。答え出ちゃったね」
無理矢理笑っている鈴木を見てますます切なさが増す。
いつも励ましてくれた鈴木に何かしてあげたい気持ちも増す。
「ねえ。高橋くん。一つだけ、お願いがあるんだけど」
「お願い? なんだ? 言ってみろ」
「……手をつないでいい?」
俺は躊躇することなく「いいぜ」と右手を差し出した。
鈴木はそっと手を合わせた。
「豆がたくさんあるね。痛い?」
「まあな。痛いに決まっている」
「馬鹿なこと聞いちゃったね」
「いいよ。気にすんな」
女の子に手を触られていても、恥ずかしさは感じなかった。
鈴木の気が済むまで、触らせてあげようと思っていた。
「これが頑張ってきた証、なんだね」
「大げさに言うなよ」
「私、高橋くんが剣道をもう一度始めるきっかけになれて良かった」
鈴木は笑っていたけど。
目から大粒の涙が流れていた。
「ありがとう。出会えて良かったよ」
片手を握られているせいで、涙を拭うことはできない。
頭を撫でてやることも、抱きしめてやることもできない。
だから言葉で返すしかなかった。
「ああ。俺もお前に出会えて良かった」
◆◇◆◇
夜も遅かったので鈴木の家であるトレーニングジムまで送った。
達也さんは鈴木のことを酷く心配していた。俺と一緒に帰ったことで少しだけ安心したようだった。
「悪かったね。家族のいざこざに巻き込んで」
「良いんですよ。普段俺、鈴木に世話かけているんですから」
鈴木が自室に行って、俺は達也さんに車で自宅まで送ってもらった。
その車中で達也さんは「俺が全部不甲斐ないせいだよ」と言う。
自嘲気味に笑う顔は、どことなく鈴木に似ていて、ああ、親子なんだなと思ってしまう。
「真理が頑張ってくれたのは分かっていた。それは妻も分かっていた。でもな……」
「達也さんは奥さんのこと、嫌いになったんですか?」
無遠慮な質問に達也さんは「さあな」と短く肯定でも否定でもなく言う。
ただその横顔はとても疲れていた。
「真理のことをよろしく頼むよ」
「俺にできることは少ないですけど」
「あいつ、高橋くんのことばかり最近話すんだ。前は学校のこと、全然話さなかったのにな」
それは俺しか関わっていなかったせいだ。
俺は「そうなんですか?」ととぼけた。
「ああ。かなり信頼しているんだろう」
「そう言われても、ピンと来ません」
「含んでくれれば、それでいい。真理を支えてくれとは言わない。それでも少しでいいから助けてやってくれ」
達也さんの頼みもあったけど、俺にとって鈴木は大切な友達と思っている。
だから俺は迷い無く答えた。
「ええ。任せてください」
家に着いて達也さんと別れて。
遅くなった理由を正直に両親に言って納得してもらって。
自分の部屋のベッドに飛び込んで横になる。
「鈴木、明日学校来るかな……」
呟いても明日にならないと分からない。それでも考えてしまう。
少しだけ、失った左腕が痒くなったけど。
それよりも気になって仕方なかった。
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