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「殺したのはわしだ」
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「どうする高橋。板崎さんに直接話を聞くか?」
「ずいぶん急ですね。ま、手っ取り早いことは確かですけど」
真剣な眼差しの飛田先輩。もし俺が断っても一人で訊くだろうと思った。
だが一人で行かせるよりも、幾分か冷静である俺が同行したほうがいいのかもしれない。
正直、冷静というより動揺しないように強いている状態だが……居たほうがマシだ。
「分かりました。訊きに行きましょう。稽古が終わってから――」
「いや、今から訊きに行こう。今日は昨日と入れ替わりで、板崎さんの道場で練習があるからな」
そう。昨日は火曜日で本来なら学校の体育館で稽古できない日だったけど、バスケ部の都合で練習日を変えていたのだ。
俺は「午後の授業はどうするんですか?」と訊ねた。
「サボればいいだろ? 俺はそうする」
「できればサボりたくないんですけど」
「俺ぁ一刻も早く真相が知りたいんだよ。そうだ、お前は幻肢痛で早退するとか言えばいい」
「よく覚えていましたね……」
言葉からしてかなり焦っているのは分かった。
この状態で面と向かった話し合いは、どう考えても難航しそうだった。
「分かったよ。今から行きましょう」
「よし。じゃあ駅前に集合な」
飛田先輩はベンチから立ち上がって足早に、おそらく荷物を取りに自分の教室へ向かった。
俺はゆっくりと立って、担任がいる職員室へ足を進めた。
◆◇◆◇
駅前で合流した俺と飛田先輩は、真っ直ぐ板崎さんの道場に行く。
電車や道中で俺たちは何も会話しなかった。
一応、補導されないように警官や人の目を避けて道場に着くと、板崎さんは玄関先にいて出かけようとしていた。そして俺たちを見るなり「どうしたんだ?」と訝しげに言う。その手には手提げ鞄があった。
「まだ学校は終わっていないだろう? まさかサボりか?」
「板崎さんに訊きたいことがあって、ここに来ました」
飛田先輩が板崎さんに問う。
その声はどこか強張っていた――当然だ、訊く内容がとてもハードだから。
「板崎さんが弟子を殺したのは、本当ですか?」
躊躇無く飛田先輩は板崎さんに訊ねた。
できる限り責める口調に聞こえないようにしたのは分かるけど、それでもどこか緊張感があった。
板崎さんは無表情のまま「誰から聞いた?」と質問を投げかけた。
「俺の叔父から聞きました。業界では有名らしいじゃないですか」
「まあな。有名というより悪名だが。しかし、それを聞いてどうするつもりだ?」
「板崎さんの返答次第で、対応が変わりますよ」
飛田先輩は一歩進み出て、俺の親指で指差しながら「昨日のこいつへの指導は度が過ぎていた」と言う。
「練習が終わった後、気絶したんですよ。知っていましたか?」
「まあするだろうなと考えていた。そうなってもおかしくない」
「俺はこいつのことを優秀な後輩として認めているんです。そんな奴があなたの指導で壊れたら目も当てられない」
飛田先輩の言葉が次第に熱を帯び始める。
「俺はね、香田や金井、そして高橋を守らなきゃいけない。副部長ですからね。角谷の奴も同級生として支えてやりたい。みんな大事な部員なんですよ。だからもし噂が本当だったら……たとえ強くなるとしても、あなたの指導をこれ以上受けられない」
「…………」
板崎さんは黙ったまま飛田先輩の言葉を噛み締めていた。
まるでそれが自分への罰であるかのように。
「説明してくれるんですよね?」
「…………」
「黙ってないで、何か言ってくださいよ!」
「――待ってください、飛田先輩」
飛田先輩が怒鳴るのを、俺は右手で制した。
板崎さんの顔が今まで見たことのないほど、悲痛に満ちていたから。
「俺は、板崎さんの指導を受けられて良かったと思います。竹刀を振れるどころか、試合もできるようになったから。でも正直、もやもやを抱えたまま、これ以上稽古できない」
俺はただ、真実が知りたかった。
何の疑いも無く、何のわだかまりも無く、板崎さんを師として仰ぎたかった。
だから、板崎さんの口から、言ってほしい。
「お願いします。教えてください」
「……お前たち、時間があるようだな」
板崎さんは「ついて来い」と言って俺たちの傍を通り過ぎた。
飛田先輩が「どこへ行くんですか?」と訊ねると板崎さんは振り返らずに答えた。
「墓地だ。今日は弟子の月命日なんだよ」
「……墓地って、まさか」
「お前たちに説明してやろう。わしの弟子の墓の前で――」
◆◇◆◇
墓地のある義将寺は板崎さんの家の近くにあった。
板崎さんの手提げ鞄には菊の花と今どき珍しいビンのサイダーが入っていた。
俺たち三人は今、『重野家の墓』と書かれた墓の前に立っている。
「重野悠介……わしの弟子だ。こいつはかなり優秀で強い剣士だった」
墓を洗って菊の花と線香を供えて、ビンのサイダーの栓を抜いて置く。
そうして手を合わせながら板崎さんは語り出す。
「一番目をかけていた弟子だ。いや、今までの弟子の中で一番優秀だった。小学生のときから目をかけていた。こいつもわしの厳しい指導に耐えてくれた。慕ってもくれていたな」
「……さぞかし強かったんでしょうね」
俺の呟きに「強いってもんじゃない」と板崎さんは静かに言う。
「天才とはまさにこいつを指す言葉だった。それくらい強かった。だから全日本に出場するとき、間違いなく優勝すると思った。わしは悠介が優勝したとき、引退しようと決意した――」
それからしばらく沈黙が続いて、板崎さんはゆっくりと口を開いた。
「交通事故に遭ったのは、全日本の四日前だった」
「……そのとき、お亡くなりになったんですか?」
「いや、酷い事故だったが、なんとか命は助かった……しかし右腕を失くしてしまった」
一瞬、理解できなかったけど、俺と一緒だとすぐに分かった。
板崎さんは震える声で話を続けた。
「悠介は、剣道を諦めると言っていた。剣道を続けられないと何度もわしに言った。でもな、わしは続けさせたかった。もったいないと思ったからだ。あいつが生涯を懸けていたことを諦めさせたくなかった。今までの鍛錬を無駄にさせたくなかった。しかし、それはわしのエゴだったのかもしれん」
板崎さんは声だけではなく、身体中震えだした。
後ろにいる俺と飛田先輩には表情が見えない。
でも泣いていることは分かった。
「悠介が片腕でも剣道ができるように工夫を考えた。あいつのリハビリも手伝った。身体が動けるようになった頃には、毎日稽古に付き合った。柄の位置を持ちかえることで強みとなるやり方も考えた。だが、悠介は……自殺した」
「それは、練習が厳しすぎたからですか?」
飛田先輩の問いに「傍目から見ればそうかもしれん」と答えた。
「実際は、分からん。弱くなってしまった自分に絶望したのか、それともわしの期待に応えられないと思ったのか……遺書も残っていない今では、まったく分からん」
「なら板崎さんは――」
「殺したのはわしだ」
俺の言葉を遮って、板崎さんは断言した。
それだけは譲れないとばかりな口調だった。
「あいつをもう一度、剣道に引き込まなければ……剣道を諦めていた状態のままだったら……自殺なんてしなかっただろう……」
「それは誰にも分からないですよ」
そうは言ったものの、板崎さんに重野悠介の死の原因があることを、俺は否定しきれずにいた。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
だからそう言うしかなかったんだ。
「それで、高橋をその人の代わりに育てようと考えたんですか?」
飛田先輩が険しい顔で静かに訊く。
板崎さんは黙ったまま答えなかった。
俺はただ、追及せずに、答えを恐れていた――
「ずいぶん急ですね。ま、手っ取り早いことは確かですけど」
真剣な眼差しの飛田先輩。もし俺が断っても一人で訊くだろうと思った。
だが一人で行かせるよりも、幾分か冷静である俺が同行したほうがいいのかもしれない。
正直、冷静というより動揺しないように強いている状態だが……居たほうがマシだ。
「分かりました。訊きに行きましょう。稽古が終わってから――」
「いや、今から訊きに行こう。今日は昨日と入れ替わりで、板崎さんの道場で練習があるからな」
そう。昨日は火曜日で本来なら学校の体育館で稽古できない日だったけど、バスケ部の都合で練習日を変えていたのだ。
俺は「午後の授業はどうするんですか?」と訊ねた。
「サボればいいだろ? 俺はそうする」
「できればサボりたくないんですけど」
「俺ぁ一刻も早く真相が知りたいんだよ。そうだ、お前は幻肢痛で早退するとか言えばいい」
「よく覚えていましたね……」
言葉からしてかなり焦っているのは分かった。
この状態で面と向かった話し合いは、どう考えても難航しそうだった。
「分かったよ。今から行きましょう」
「よし。じゃあ駅前に集合な」
飛田先輩はベンチから立ち上がって足早に、おそらく荷物を取りに自分の教室へ向かった。
俺はゆっくりと立って、担任がいる職員室へ足を進めた。
◆◇◆◇
駅前で合流した俺と飛田先輩は、真っ直ぐ板崎さんの道場に行く。
電車や道中で俺たちは何も会話しなかった。
一応、補導されないように警官や人の目を避けて道場に着くと、板崎さんは玄関先にいて出かけようとしていた。そして俺たちを見るなり「どうしたんだ?」と訝しげに言う。その手には手提げ鞄があった。
「まだ学校は終わっていないだろう? まさかサボりか?」
「板崎さんに訊きたいことがあって、ここに来ました」
飛田先輩が板崎さんに問う。
その声はどこか強張っていた――当然だ、訊く内容がとてもハードだから。
「板崎さんが弟子を殺したのは、本当ですか?」
躊躇無く飛田先輩は板崎さんに訊ねた。
できる限り責める口調に聞こえないようにしたのは分かるけど、それでもどこか緊張感があった。
板崎さんは無表情のまま「誰から聞いた?」と質問を投げかけた。
「俺の叔父から聞きました。業界では有名らしいじゃないですか」
「まあな。有名というより悪名だが。しかし、それを聞いてどうするつもりだ?」
「板崎さんの返答次第で、対応が変わりますよ」
飛田先輩は一歩進み出て、俺の親指で指差しながら「昨日のこいつへの指導は度が過ぎていた」と言う。
「練習が終わった後、気絶したんですよ。知っていましたか?」
「まあするだろうなと考えていた。そうなってもおかしくない」
「俺はこいつのことを優秀な後輩として認めているんです。そんな奴があなたの指導で壊れたら目も当てられない」
飛田先輩の言葉が次第に熱を帯び始める。
「俺はね、香田や金井、そして高橋を守らなきゃいけない。副部長ですからね。角谷の奴も同級生として支えてやりたい。みんな大事な部員なんですよ。だからもし噂が本当だったら……たとえ強くなるとしても、あなたの指導をこれ以上受けられない」
「…………」
板崎さんは黙ったまま飛田先輩の言葉を噛み締めていた。
まるでそれが自分への罰であるかのように。
「説明してくれるんですよね?」
「…………」
「黙ってないで、何か言ってくださいよ!」
「――待ってください、飛田先輩」
飛田先輩が怒鳴るのを、俺は右手で制した。
板崎さんの顔が今まで見たことのないほど、悲痛に満ちていたから。
「俺は、板崎さんの指導を受けられて良かったと思います。竹刀を振れるどころか、試合もできるようになったから。でも正直、もやもやを抱えたまま、これ以上稽古できない」
俺はただ、真実が知りたかった。
何の疑いも無く、何のわだかまりも無く、板崎さんを師として仰ぎたかった。
だから、板崎さんの口から、言ってほしい。
「お願いします。教えてください」
「……お前たち、時間があるようだな」
板崎さんは「ついて来い」と言って俺たちの傍を通り過ぎた。
飛田先輩が「どこへ行くんですか?」と訊ねると板崎さんは振り返らずに答えた。
「墓地だ。今日は弟子の月命日なんだよ」
「……墓地って、まさか」
「お前たちに説明してやろう。わしの弟子の墓の前で――」
◆◇◆◇
墓地のある義将寺は板崎さんの家の近くにあった。
板崎さんの手提げ鞄には菊の花と今どき珍しいビンのサイダーが入っていた。
俺たち三人は今、『重野家の墓』と書かれた墓の前に立っている。
「重野悠介……わしの弟子だ。こいつはかなり優秀で強い剣士だった」
墓を洗って菊の花と線香を供えて、ビンのサイダーの栓を抜いて置く。
そうして手を合わせながら板崎さんは語り出す。
「一番目をかけていた弟子だ。いや、今までの弟子の中で一番優秀だった。小学生のときから目をかけていた。こいつもわしの厳しい指導に耐えてくれた。慕ってもくれていたな」
「……さぞかし強かったんでしょうね」
俺の呟きに「強いってもんじゃない」と板崎さんは静かに言う。
「天才とはまさにこいつを指す言葉だった。それくらい強かった。だから全日本に出場するとき、間違いなく優勝すると思った。わしは悠介が優勝したとき、引退しようと決意した――」
それからしばらく沈黙が続いて、板崎さんはゆっくりと口を開いた。
「交通事故に遭ったのは、全日本の四日前だった」
「……そのとき、お亡くなりになったんですか?」
「いや、酷い事故だったが、なんとか命は助かった……しかし右腕を失くしてしまった」
一瞬、理解できなかったけど、俺と一緒だとすぐに分かった。
板崎さんは震える声で話を続けた。
「悠介は、剣道を諦めると言っていた。剣道を続けられないと何度もわしに言った。でもな、わしは続けさせたかった。もったいないと思ったからだ。あいつが生涯を懸けていたことを諦めさせたくなかった。今までの鍛錬を無駄にさせたくなかった。しかし、それはわしのエゴだったのかもしれん」
板崎さんは声だけではなく、身体中震えだした。
後ろにいる俺と飛田先輩には表情が見えない。
でも泣いていることは分かった。
「悠介が片腕でも剣道ができるように工夫を考えた。あいつのリハビリも手伝った。身体が動けるようになった頃には、毎日稽古に付き合った。柄の位置を持ちかえることで強みとなるやり方も考えた。だが、悠介は……自殺した」
「それは、練習が厳しすぎたからですか?」
飛田先輩の問いに「傍目から見ればそうかもしれん」と答えた。
「実際は、分からん。弱くなってしまった自分に絶望したのか、それともわしの期待に応えられないと思ったのか……遺書も残っていない今では、まったく分からん」
「なら板崎さんは――」
「殺したのはわしだ」
俺の言葉を遮って、板崎さんは断言した。
それだけは譲れないとばかりな口調だった。
「あいつをもう一度、剣道に引き込まなければ……剣道を諦めていた状態のままだったら……自殺なんてしなかっただろう……」
「それは誰にも分からないですよ」
そうは言ったものの、板崎さんに重野悠介の死の原因があることを、俺は否定しきれずにいた。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
だからそう言うしかなかったんだ。
「それで、高橋をその人の代わりに育てようと考えたんですか?」
飛田先輩が険しい顔で静かに訊く。
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