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第1話絡繰奇剣
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奇妙な格好をしている男だった。
薄汚れた着物――着の身着のままの姿そのものと評するのが正しい。背丈は五尺ほどであり、高くも低くもない。伸ばすに任せた髪を後ろで一つに束ねている。肌は青白く、目は虹彩がないと錯覚するほど光がない。良くも悪くもない顔立ち。無個性と断じて良いだろう。背中に薬屋が背負うような行商道具があり、腰にその奇妙な格好には似合わない大小の刀を差していた。
いくら乱れに乱れた戦国乱世でも異様に思える様相だった。
しかし、それよりも異常なのは――彼が置かれている状況であった。
無風の荒野で六人の男が円を描くように彼を囲んでいた。槍や刀を構えていて、殺気を放っている。その円の外側には、さらに二人の男が居た。一人は凡人が見ても武の達人と思える佇まいをしている。もう一人は他の七人の荷物を持っていた。おそらくは下人であろう。
「ようやく見つけたぞ……雪之介」
円の外で大声を発する達人の男。どうやらこの集団の頭であるらしい。
周りの部下たちは油断なく中心にいる男を睨みつける。
「…………」
雪之介と呼ばれた男は何も答えなかった。
ただつまらなそうに、集団の中から、達人の男を見据えるだけだ。
「御屋形様の命により、貴様を斬る!」
その声に合わせるように――六人の男が各々の得物を構えた。
「何でも貴様の首に五百貫の賞金がかかっているようだな。しかし御屋形様のお褒めがよろしくなるとなれば、値千金となるだろう」
「……虚しいな」
ようやく口を開いた雪之介。誰に問うまでもなく、それこそ虚しげに呟くだけ。
「俺は――俺たちはただ、信長の命令に従っただけだ。それなのに、この仕打ちとは……」
「何を言っている? 貴様は御屋形様のお命を狙った罪で追われているのだ。知らぬと言わせぬぞ!」
「……もういい。うんざりだ」
もはや言葉を交わす必要がないと言わんばかりに、雪之介は――刀を抜いた。
しかし刀というよりも剣に近い――両刃の剣。刃筋と峰が雷のようなギザギザの形となっている。三角形を継ぎ合わせたみたいで、雪之介の恰好と同じように奇妙な剣であった。
「……さっさとかかって来い」
「――者共、かかれ!」
達人の男の号令で、六人の男が大声をあげて雪之介に襲い掛かる。
対して雪之介は弧を描くように横薙ぎする――
六人の男が地に臥したとき、剣は既に剣の形を成していなかった。
「な、なんですか!? あれは!?」
荷物持ちの男が慌てて達人に訊ねる。
「絡繰奇剣……奴が作った小賢しい暗器よ」
達人の目には全てが見えていた。
剣が三角形一つ一つに分解し――中心は紐で繋がっていた――鞭のように伸びて襲い掛かった六人の喉を掻っ切ってしまったのだ。
剣は雪之介の足元に蛇の如く、とぐろを巻いて垂れている。
達人の男は好機と思ったようだ。
奴は今、剣を使えまい――
「行くぞ――でりゃ!」
達人の男は刀を八双に構え、素早く雪之介に近づく。
男は雪之介のことを知っていた。絡繰奇剣を使うことを。
しかし詳細は聞かされていなかった。
そこで六人の男を捨て駒にして、様子見をし、手の内を見てから殺すと決めたのだ。
雪之介は腰の短刀を抜いた。両手で構えて切っ先を迫り来る男に向ける。
――まるで素人のような構えだ。これならばやれる!
確かに短刀は片手に構えて半身になるのが定石である。
剣士ならば当然そうする。
しかし悲しいかな、雪之介は剣士ではなかった。
彼は――絡繰奇剣の雪之介だった。
「――がは!?」
達人の男が断末魔の声をあげる間もなく、潰れた蛙のような声を出して絶命したのは、雪之介の短刀の刀身だけが高速で発射し、達人の喉笛を貫いたからである。
無論、短刀の柄に仕込まれた火薬が爆せたからだとは、達人の知る由もなかったのだ。
「ひいいい!? 先生が、まさか!」
荷物持ちの男が尻餅をついた。
雪之介はまず、剣を元の状態にするため、柄の出っ張りを押した。するすると元通りになる剣。それから短刀の鞘と柄は捨てた。どうやら使い捨てのようだ。
荷物を背負うと尻餅をついたままの男に近づく。
「……おいお前」
「あわわわ……な、なんでしょうか!?」
雪之介は冷たい目で生き残った男に命じた。
「銭を出せ。信長から路銀ぐらい貰っているんだろ」
「は、はいいい! こちらです!」
素早く銭入れを取り出し。雪之介に手渡す男。
下人は猿のように顔をしわしわにさせて泣いていた。
「ど、どうか殺さないで――」
「殺しても虚しいだけだ」
そのまま雪之介はその場を去っていく。
「ど、どこへ――」
「お前に教える義理はない……信長に伝えておけ」
振り返ることなく、雪之介は告げた。
「俺は静かに暮らしたいだけだ。向かって来る者は殺すが……それ以外は殺さない」
◆◇◆◇
無風の荒野から雪之介の姿が見えなくなった頃。
荷物持ちの男はようやく立ち上がった。
「……ふう。まったく。御屋形様も面倒な主命を命じなさる」
先ほど怯えきっていた様子とは間逆に薄ら笑いをしている。
否、元から怯えてなどいなかった。
「素直に御屋形様に伝えても、追っ手を送るのはやめないだろうに」
かっかっかと笑う猿顔の男。
「しかしこの木下藤吉郎もあやつが危ういことぐらいは分かる。さて、次はどのように……ふははははは」
不敵に笑う藤吉郎。
笑い声はいつまでも荒野に響いていた――
薄汚れた着物――着の身着のままの姿そのものと評するのが正しい。背丈は五尺ほどであり、高くも低くもない。伸ばすに任せた髪を後ろで一つに束ねている。肌は青白く、目は虹彩がないと錯覚するほど光がない。良くも悪くもない顔立ち。無個性と断じて良いだろう。背中に薬屋が背負うような行商道具があり、腰にその奇妙な格好には似合わない大小の刀を差していた。
いくら乱れに乱れた戦国乱世でも異様に思える様相だった。
しかし、それよりも異常なのは――彼が置かれている状況であった。
無風の荒野で六人の男が円を描くように彼を囲んでいた。槍や刀を構えていて、殺気を放っている。その円の外側には、さらに二人の男が居た。一人は凡人が見ても武の達人と思える佇まいをしている。もう一人は他の七人の荷物を持っていた。おそらくは下人であろう。
「ようやく見つけたぞ……雪之介」
円の外で大声を発する達人の男。どうやらこの集団の頭であるらしい。
周りの部下たちは油断なく中心にいる男を睨みつける。
「…………」
雪之介と呼ばれた男は何も答えなかった。
ただつまらなそうに、集団の中から、達人の男を見据えるだけだ。
「御屋形様の命により、貴様を斬る!」
その声に合わせるように――六人の男が各々の得物を構えた。
「何でも貴様の首に五百貫の賞金がかかっているようだな。しかし御屋形様のお褒めがよろしくなるとなれば、値千金となるだろう」
「……虚しいな」
ようやく口を開いた雪之介。誰に問うまでもなく、それこそ虚しげに呟くだけ。
「俺は――俺たちはただ、信長の命令に従っただけだ。それなのに、この仕打ちとは……」
「何を言っている? 貴様は御屋形様のお命を狙った罪で追われているのだ。知らぬと言わせぬぞ!」
「……もういい。うんざりだ」
もはや言葉を交わす必要がないと言わんばかりに、雪之介は――刀を抜いた。
しかし刀というよりも剣に近い――両刃の剣。刃筋と峰が雷のようなギザギザの形となっている。三角形を継ぎ合わせたみたいで、雪之介の恰好と同じように奇妙な剣であった。
「……さっさとかかって来い」
「――者共、かかれ!」
達人の男の号令で、六人の男が大声をあげて雪之介に襲い掛かる。
対して雪之介は弧を描くように横薙ぎする――
六人の男が地に臥したとき、剣は既に剣の形を成していなかった。
「な、なんですか!? あれは!?」
荷物持ちの男が慌てて達人に訊ねる。
「絡繰奇剣……奴が作った小賢しい暗器よ」
達人の目には全てが見えていた。
剣が三角形一つ一つに分解し――中心は紐で繋がっていた――鞭のように伸びて襲い掛かった六人の喉を掻っ切ってしまったのだ。
剣は雪之介の足元に蛇の如く、とぐろを巻いて垂れている。
達人の男は好機と思ったようだ。
奴は今、剣を使えまい――
「行くぞ――でりゃ!」
達人の男は刀を八双に構え、素早く雪之介に近づく。
男は雪之介のことを知っていた。絡繰奇剣を使うことを。
しかし詳細は聞かされていなかった。
そこで六人の男を捨て駒にして、様子見をし、手の内を見てから殺すと決めたのだ。
雪之介は腰の短刀を抜いた。両手で構えて切っ先を迫り来る男に向ける。
――まるで素人のような構えだ。これならばやれる!
確かに短刀は片手に構えて半身になるのが定石である。
剣士ならば当然そうする。
しかし悲しいかな、雪之介は剣士ではなかった。
彼は――絡繰奇剣の雪之介だった。
「――がは!?」
達人の男が断末魔の声をあげる間もなく、潰れた蛙のような声を出して絶命したのは、雪之介の短刀の刀身だけが高速で発射し、達人の喉笛を貫いたからである。
無論、短刀の柄に仕込まれた火薬が爆せたからだとは、達人の知る由もなかったのだ。
「ひいいい!? 先生が、まさか!」
荷物持ちの男が尻餅をついた。
雪之介はまず、剣を元の状態にするため、柄の出っ張りを押した。するすると元通りになる剣。それから短刀の鞘と柄は捨てた。どうやら使い捨てのようだ。
荷物を背負うと尻餅をついたままの男に近づく。
「……おいお前」
「あわわわ……な、なんでしょうか!?」
雪之介は冷たい目で生き残った男に命じた。
「銭を出せ。信長から路銀ぐらい貰っているんだろ」
「は、はいいい! こちらです!」
素早く銭入れを取り出し。雪之介に手渡す男。
下人は猿のように顔をしわしわにさせて泣いていた。
「ど、どうか殺さないで――」
「殺しても虚しいだけだ」
そのまま雪之介はその場を去っていく。
「ど、どこへ――」
「お前に教える義理はない……信長に伝えておけ」
振り返ることなく、雪之介は告げた。
「俺は静かに暮らしたいだけだ。向かって来る者は殺すが……それ以外は殺さない」
◆◇◆◇
無風の荒野から雪之介の姿が見えなくなった頃。
荷物持ちの男はようやく立ち上がった。
「……ふう。まったく。御屋形様も面倒な主命を命じなさる」
先ほど怯えきっていた様子とは間逆に薄ら笑いをしている。
否、元から怯えてなどいなかった。
「素直に御屋形様に伝えても、追っ手を送るのはやめないだろうに」
かっかっかと笑う猿顔の男。
「しかしこの木下藤吉郎もあやつが危ういことぐらいは分かる。さて、次はどのように……ふははははは」
不敵に笑う藤吉郎。
笑い声はいつまでも荒野に響いていた――
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