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「喋りたければ喋ればいい。だけど、喋らなくてもいい」
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「珍しいじゃねえか。俺に相談するなんて」
「らしくないのは分かっているよ。それでも誰かに言いたい気分なんだ」
土曜日で学校が休みなので、鮫田の見舞いに行った。フルーツの盛り合わせを持っていくと「快気祝いしなくちゃなあ」と嬉しそうに受け取った。
それからとりとめもない話をして、少し沈黙すると鮫田のほうから「内藤ちゃん、なんか悩んでいるのか?」と切り出された。まさか言い当てられるとは思っていなかった僕は、動揺して正直に打ち明けてしまう。
「前にも言ったが、お前だって恋してもいいんだぜ」
「前は言わなかったけど、やっぱり綺麗事だよ」
「なんだなんだ、これ以上汚くなってもいいのか?」
良くはない。むしろ最悪だった。
だけど詩織のことを思えば、僕なんか好きになったら不幸になる。多分、後悔する。それは避けたかった。
「何遠慮してんだ? 告白されたんなら受けろよ。お前も文月ちゃん好きなんだろうが」
「鮫田。君は僕の事情を分かっているよな?」
「分かった上で言っている。お前には――愛が足らない」
詩人みたいにロマンチックなことを言う鮫田。
脚を骨折した影響からだろうか?
驚いて何も言えない僕に続けて「今まで愛されたことがあるか?」と問う。
「……ないな。あの人たちは僕に利用価値があるから養っているだけだ」
「誰だって未経験なことや初体験なことは臆してしまうのさ。だからこそ、俺はいい機会だから恋愛しろって言ってんだ」
「適当に言うなよ。僕は――」
「文月ちゃんと一緒添い遂げるつもりでもあるのか? 別にそんな義理はねえだろ」
あまりに身勝手な――そう感じてしまう物言いに僕は鮫田の正気を疑った。
彼は耳の穴をほじりながら「付き合うってのはもっと単純なことだ」と語り出す。
「そりゃあ一生仲良く居られればいいさ。そっちのほうが楽しいし愉快だ。でも現実は違う。もし文月ちゃんの性格が歪んで容姿が醜くなったら流石に別れるだろ」
「まあ、そりゃあ……」
「お前にも言えることだぜ。お前が禿げ散らかして、デブになったら文月ちゃんは別れたくなるんじゃないか? いや、外見で物を言ったのはたとえであって、相手が嫌悪感を抱いたら駄目だ。自分の努力不足ってことになる」
鮫田にしてはしっかりとした大人な意見だった。
今更ながら、鮫田は幼い時に両親が離婚して、母親が交通事故で亡くなり、その後、養護施設で育ったことを思い出す。そういうつながりについてはシビアな考え方をするのかもしれない。
「まあ子供でも作ったら責任取らねえとな。でもお前ならそこの線引きぐらいできるだろ」
「簡単に言うね。生まれが生まれだから、僕は慎重になるけど」
「だったらいいだろ。試しで付き合え。そんでいろんな愛を知るんだ」
どうして鮫田は僕と詩織を付き合わそうとしているのか、いまいち判然としないけど、少しだけ気持ちが楽になった。
「あのさ。ついでに訊くけど僕の家庭についてはどう説明したらいい?」
「うーん、そうだな。説明する義務はないけど、権利はあるって感じだ」
「なんだそれ。君にしては分かりにくいじゃないか」
鮫田は頬をぽりぽり掻いて――風呂に入れていないせいだ――落ち着いた声で言う。
「喋りたければ喋ればいい。だけど、喋らなくてもいい」
「…………」
「隠したい気持ちは俺だって分かる。お前とは立場や境遇は違うけど、孤児とか施設出身とか言いたくねえし。よっぽど親しい奴ぐらいしかな」
「隠すことが、文月さんに対して不誠実だとしたら?」
「それは分からねえけど、お前が思うんならそうなんだろうな」
突き放す言い方だけど、今の僕には十分だった。
すっと胸の内に降りてくる。
自分の中で納得した証だ。
「一つだけ、最後に言っておくぜ」
「なんだい? 最後と言わず、もっと言ってくれればいいよ」
「恋愛相談なんて頭使うから嫌なんだよ。お前だから乗っただけだぜ? それはまあいいや。とにかく、言えることは――」
鮫田はにっこりと微笑んだ。
中学の時は絶対にしなかった笑い方だった。
「お前が幸せにならねえと、文月ちゃんも幸せになれねえ。そこんところ、忘れるなよ?」
◆◇◆◇
病室から出ると「お前も来たのね」と険しい声がした。振り返ると金城だった。
僕は「もう帰るよ」と返した。
「君と鮫田の時間を邪魔したくない」
「ふうん。似合わない優しさね」
「自覚しているよ……それなに?」
金城は手に包みを持っていた。包装が洒落た感じなのでおそらくケーキだろう。
彼女は「お見舞い品」と短く答えた。
「あー、それ生クリーム使っている?」
「当たり前じゃない。ケーキなんだから」
「あいつ、牛乳アレルギーだよ」
金城はしまったという顔をした。
付き合いが短いから分からなかったのだろう。高校は給食じゃないし。中学の時は僕が奴の分まで飲んでいたのだ。だけどチビのままであいつは大きくなっている。理不尽だ。
「それ、僕が買うよ。そのお金で別の見舞い品買えばいい」
「……お前に貸しを作るのは嫌だけど、仕方ないわ」
「あいつは団子とか和菓子が好きなんだ。特にきな粉とか」
自分でも分からないくらい親切なアドバイスをした僕。
金城は反射的に「ありがとう」と言って、それから顔をしかめた。
「なんで、お前なんかに……」
「君が良い子だからだよ。それじゃこれ」
僕が一万円を渡すと「多すぎる」と嫌な顔をした。
「細かいのないんだ。後でお釣り返してくれるか、鮫田に預けてくれればいい」
「高校生なのに、お金持っているわね」
「……臨時収入があってね」
この前、鮫田への暴行に対する仕返しの代償で『絵を描いた』僕にあの人が小遣いをくれたのだ。
「それじゃ、元気でね」
僕は手を振って金城と別れた。
返事がないのは分かり切っていた。
◆◇◆◇
金城が僕に嫌悪感を覚える理由は単純明快。
鮫田を使って僕にとって邪魔な人間を排除していたからだ。
当時の僕はすさんでいて、鮫田も荒れていた。
もし目の前に世界を滅ぼすスイッチがあったなら、迷わず押していただろう。
僕たちは暴力に飢えていて、流血を渇望していた。
だけど僕と鮫田のスタンスは違っていた。
僕はムカつくから暴力を振るわせていた。
鮫田は殴りたいから暴力を振るっていた。
もしかすると、金城のことが無くても、破綻していたかもしれない。
金城とは僕の苛立ちが最大限だった頃に出会っていた。
鮫田に対して暴力はいけないと何度も諭した。
大人や教師が僕たちを見放すか、視界に入れないようにしていたのに、彼女だけは見据えて見守って、見続けていた。
鬱陶しいと思ったけど、鮫田が妙に金城と慣れあうので、排除しろとは言えなかった。
下手をしたら鮫田との友情らしきものが壊れそうだったから。
金城が鮫田に恨みを持つ高校生に口八丁で連れ去られたのを僕はたまたま見ていた。
だけど鮫田には言わなかった。その高校生の集団は鮫田一人では手に余るからだ。
しかし鮫田は金城がいないことに気づいた。
僕は仕方なく、金城が誘拐されたことを話した。
どうして止めなかったのかと問われた。
僕には関係のないことだからと答えた。
そのとき、初めて――鮫田に殴られた。
いや、殴って叱られたと言うべきか。
そんなことをしてくれる人、いなかった。
鮫田が行った後、僕は件の高校生に敵対しているグループにこう伝えた。
あの鮫田が殴り込みに行った。
上手く協力すれば壊滅できるかもしれない――と。
まあ半ば本当のことを言ったので、そのグループは信じたらしい。
その後、僕は警察にタレコミしてから現場に向かった。
そこで見たのは、金城が額から血を流していて、それをボロボロになった鮫田が抱きかかえている光景だった。
それから鮫田は改心し、更生した。
鮫田に喧嘩を売る不良は後を絶たなかったけど、それは僕が何とかした。
鮫田には言わなかったけど、バレているみたいだった。
その後も僕は鮫田と友人関係を続けている。
金城のことは話し合っていないけど、僕が紛いなりにも奴を助けたのは分かっていた。
僕は鮫田と同じく、中学時代の自分を恥じている。
後悔しているし反省もしている。
だけど、鮫田のように行動に移せない。
今でも、あの人の汚い仕事に協力している――
◆◇◆◇
月曜日。
僕は一年一組を訪れた。
昼休みの喧騒の中、鳥山さんに話しかけられている詩織に近づいた。
「内藤先輩……?」
「ちょっといいかな? 話があるんだ」
詩織に僕は話さないといけない。
鮫田には話さなくてもいいって言われたけど。
全部じゃなくても、話すべきことは話そうと思う。
「らしくないのは分かっているよ。それでも誰かに言いたい気分なんだ」
土曜日で学校が休みなので、鮫田の見舞いに行った。フルーツの盛り合わせを持っていくと「快気祝いしなくちゃなあ」と嬉しそうに受け取った。
それからとりとめもない話をして、少し沈黙すると鮫田のほうから「内藤ちゃん、なんか悩んでいるのか?」と切り出された。まさか言い当てられるとは思っていなかった僕は、動揺して正直に打ち明けてしまう。
「前にも言ったが、お前だって恋してもいいんだぜ」
「前は言わなかったけど、やっぱり綺麗事だよ」
「なんだなんだ、これ以上汚くなってもいいのか?」
良くはない。むしろ最悪だった。
だけど詩織のことを思えば、僕なんか好きになったら不幸になる。多分、後悔する。それは避けたかった。
「何遠慮してんだ? 告白されたんなら受けろよ。お前も文月ちゃん好きなんだろうが」
「鮫田。君は僕の事情を分かっているよな?」
「分かった上で言っている。お前には――愛が足らない」
詩人みたいにロマンチックなことを言う鮫田。
脚を骨折した影響からだろうか?
驚いて何も言えない僕に続けて「今まで愛されたことがあるか?」と問う。
「……ないな。あの人たちは僕に利用価値があるから養っているだけだ」
「誰だって未経験なことや初体験なことは臆してしまうのさ。だからこそ、俺はいい機会だから恋愛しろって言ってんだ」
「適当に言うなよ。僕は――」
「文月ちゃんと一緒添い遂げるつもりでもあるのか? 別にそんな義理はねえだろ」
あまりに身勝手な――そう感じてしまう物言いに僕は鮫田の正気を疑った。
彼は耳の穴をほじりながら「付き合うってのはもっと単純なことだ」と語り出す。
「そりゃあ一生仲良く居られればいいさ。そっちのほうが楽しいし愉快だ。でも現実は違う。もし文月ちゃんの性格が歪んで容姿が醜くなったら流石に別れるだろ」
「まあ、そりゃあ……」
「お前にも言えることだぜ。お前が禿げ散らかして、デブになったら文月ちゃんは別れたくなるんじゃないか? いや、外見で物を言ったのはたとえであって、相手が嫌悪感を抱いたら駄目だ。自分の努力不足ってことになる」
鮫田にしてはしっかりとした大人な意見だった。
今更ながら、鮫田は幼い時に両親が離婚して、母親が交通事故で亡くなり、その後、養護施設で育ったことを思い出す。そういうつながりについてはシビアな考え方をするのかもしれない。
「まあ子供でも作ったら責任取らねえとな。でもお前ならそこの線引きぐらいできるだろ」
「簡単に言うね。生まれが生まれだから、僕は慎重になるけど」
「だったらいいだろ。試しで付き合え。そんでいろんな愛を知るんだ」
どうして鮫田は僕と詩織を付き合わそうとしているのか、いまいち判然としないけど、少しだけ気持ちが楽になった。
「あのさ。ついでに訊くけど僕の家庭についてはどう説明したらいい?」
「うーん、そうだな。説明する義務はないけど、権利はあるって感じだ」
「なんだそれ。君にしては分かりにくいじゃないか」
鮫田は頬をぽりぽり掻いて――風呂に入れていないせいだ――落ち着いた声で言う。
「喋りたければ喋ればいい。だけど、喋らなくてもいい」
「…………」
「隠したい気持ちは俺だって分かる。お前とは立場や境遇は違うけど、孤児とか施設出身とか言いたくねえし。よっぽど親しい奴ぐらいしかな」
「隠すことが、文月さんに対して不誠実だとしたら?」
「それは分からねえけど、お前が思うんならそうなんだろうな」
突き放す言い方だけど、今の僕には十分だった。
すっと胸の内に降りてくる。
自分の中で納得した証だ。
「一つだけ、最後に言っておくぜ」
「なんだい? 最後と言わず、もっと言ってくれればいいよ」
「恋愛相談なんて頭使うから嫌なんだよ。お前だから乗っただけだぜ? それはまあいいや。とにかく、言えることは――」
鮫田はにっこりと微笑んだ。
中学の時は絶対にしなかった笑い方だった。
「お前が幸せにならねえと、文月ちゃんも幸せになれねえ。そこんところ、忘れるなよ?」
◆◇◆◇
病室から出ると「お前も来たのね」と険しい声がした。振り返ると金城だった。
僕は「もう帰るよ」と返した。
「君と鮫田の時間を邪魔したくない」
「ふうん。似合わない優しさね」
「自覚しているよ……それなに?」
金城は手に包みを持っていた。包装が洒落た感じなのでおそらくケーキだろう。
彼女は「お見舞い品」と短く答えた。
「あー、それ生クリーム使っている?」
「当たり前じゃない。ケーキなんだから」
「あいつ、牛乳アレルギーだよ」
金城はしまったという顔をした。
付き合いが短いから分からなかったのだろう。高校は給食じゃないし。中学の時は僕が奴の分まで飲んでいたのだ。だけどチビのままであいつは大きくなっている。理不尽だ。
「それ、僕が買うよ。そのお金で別の見舞い品買えばいい」
「……お前に貸しを作るのは嫌だけど、仕方ないわ」
「あいつは団子とか和菓子が好きなんだ。特にきな粉とか」
自分でも分からないくらい親切なアドバイスをした僕。
金城は反射的に「ありがとう」と言って、それから顔をしかめた。
「なんで、お前なんかに……」
「君が良い子だからだよ。それじゃこれ」
僕が一万円を渡すと「多すぎる」と嫌な顔をした。
「細かいのないんだ。後でお釣り返してくれるか、鮫田に預けてくれればいい」
「高校生なのに、お金持っているわね」
「……臨時収入があってね」
この前、鮫田への暴行に対する仕返しの代償で『絵を描いた』僕にあの人が小遣いをくれたのだ。
「それじゃ、元気でね」
僕は手を振って金城と別れた。
返事がないのは分かり切っていた。
◆◇◆◇
金城が僕に嫌悪感を覚える理由は単純明快。
鮫田を使って僕にとって邪魔な人間を排除していたからだ。
当時の僕はすさんでいて、鮫田も荒れていた。
もし目の前に世界を滅ぼすスイッチがあったなら、迷わず押していただろう。
僕たちは暴力に飢えていて、流血を渇望していた。
だけど僕と鮫田のスタンスは違っていた。
僕はムカつくから暴力を振るわせていた。
鮫田は殴りたいから暴力を振るっていた。
もしかすると、金城のことが無くても、破綻していたかもしれない。
金城とは僕の苛立ちが最大限だった頃に出会っていた。
鮫田に対して暴力はいけないと何度も諭した。
大人や教師が僕たちを見放すか、視界に入れないようにしていたのに、彼女だけは見据えて見守って、見続けていた。
鬱陶しいと思ったけど、鮫田が妙に金城と慣れあうので、排除しろとは言えなかった。
下手をしたら鮫田との友情らしきものが壊れそうだったから。
金城が鮫田に恨みを持つ高校生に口八丁で連れ去られたのを僕はたまたま見ていた。
だけど鮫田には言わなかった。その高校生の集団は鮫田一人では手に余るからだ。
しかし鮫田は金城がいないことに気づいた。
僕は仕方なく、金城が誘拐されたことを話した。
どうして止めなかったのかと問われた。
僕には関係のないことだからと答えた。
そのとき、初めて――鮫田に殴られた。
いや、殴って叱られたと言うべきか。
そんなことをしてくれる人、いなかった。
鮫田が行った後、僕は件の高校生に敵対しているグループにこう伝えた。
あの鮫田が殴り込みに行った。
上手く協力すれば壊滅できるかもしれない――と。
まあ半ば本当のことを言ったので、そのグループは信じたらしい。
その後、僕は警察にタレコミしてから現場に向かった。
そこで見たのは、金城が額から血を流していて、それをボロボロになった鮫田が抱きかかえている光景だった。
それから鮫田は改心し、更生した。
鮫田に喧嘩を売る不良は後を絶たなかったけど、それは僕が何とかした。
鮫田には言わなかったけど、バレているみたいだった。
その後も僕は鮫田と友人関係を続けている。
金城のことは話し合っていないけど、僕が紛いなりにも奴を助けたのは分かっていた。
僕は鮫田と同じく、中学時代の自分を恥じている。
後悔しているし反省もしている。
だけど、鮫田のように行動に移せない。
今でも、あの人の汚い仕事に協力している――
◆◇◆◇
月曜日。
僕は一年一組を訪れた。
昼休みの喧騒の中、鳥山さんに話しかけられている詩織に近づいた。
「内藤先輩……?」
「ちょっといいかな? 話があるんだ」
詩織に僕は話さないといけない。
鮫田には話さなくてもいいって言われたけど。
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