上 下
12 / 17

「喋りたければ喋ればいい。だけど、喋らなくてもいい」

しおりを挟む
「珍しいじゃねえか。俺に相談するなんて」
「らしくないのは分かっているよ。それでも誰かに言いたい気分なんだ」

 土曜日で学校が休みなので、鮫田の見舞いに行った。フルーツの盛り合わせを持っていくと「快気祝いしなくちゃなあ」と嬉しそうに受け取った。

 それからとりとめもない話をして、少し沈黙すると鮫田のほうから「内藤ちゃん、なんか悩んでいるのか?」と切り出された。まさか言い当てられるとは思っていなかった僕は、動揺して正直に打ち明けてしまう。

「前にも言ったが、お前だって恋してもいいんだぜ」
「前は言わなかったけど、やっぱり綺麗事だよ」
「なんだなんだ、これ以上汚くなってもいいのか?」

 良くはない。むしろ最悪だった。
 だけど詩織のことを思えば、僕なんか好きになったら不幸になる。多分、後悔する。それは避けたかった。

「何遠慮してんだ? 告白されたんなら受けろよ。お前も文月ちゃん好きなんだろうが」
「鮫田。君は僕の事情を分かっているよな?」
「分かった上で言っている。お前には――愛が足らない」

 詩人みたいにロマンチックなことを言う鮫田。
 脚を骨折した影響からだろうか?
 驚いて何も言えない僕に続けて「今まで愛されたことがあるか?」と問う。

「……ないな。あの人たちは僕に利用価値があるから養っているだけだ」
「誰だって未経験なことや初体験なことは臆してしまうのさ。だからこそ、俺はいい機会だから恋愛しろって言ってんだ」
「適当に言うなよ。僕は――」
「文月ちゃんと一緒添い遂げるつもりでもあるのか? 別にそんな義理はねえだろ」

 あまりに身勝手な――そう感じてしまう物言いに僕は鮫田の正気を疑った。
 彼は耳の穴をほじりながら「付き合うってのはもっと単純なことだ」と語り出す。

「そりゃあ一生仲良く居られればいいさ。そっちのほうが楽しいし愉快だ。でも現実は違う。もし文月ちゃんの性格が歪んで容姿が醜くなったら流石に別れるだろ」
「まあ、そりゃあ……」
「お前にも言えることだぜ。お前が禿げ散らかして、デブになったら文月ちゃんは別れたくなるんじゃないか? いや、外見で物を言ったのはたとえであって、相手が嫌悪感を抱いたら駄目だ。自分の努力不足ってことになる」

 鮫田にしてはしっかりとした大人な意見だった。
 今更ながら、鮫田は幼い時に両親が離婚して、母親が交通事故で亡くなり、その後、養護施設で育ったことを思い出す。そういうつながりについてはシビアな考え方をするのかもしれない。

「まあ子供でも作ったら責任取らねえとな。でもお前ならそこの線引きぐらいできるだろ」
「簡単に言うね。生まれが生まれだから、僕は慎重になるけど」
「だったらいいだろ。試しで付き合え。そんでいろんな愛を知るんだ」

 どうして鮫田は僕と詩織を付き合わそうとしているのか、いまいち判然としないけど、少しだけ気持ちが楽になった。

「あのさ。ついでに訊くけど僕の家庭についてはどう説明したらいい?」
「うーん、そうだな。説明する義務はないけど、権利はあるって感じだ」
「なんだそれ。君にしては分かりにくいじゃないか」

 鮫田は頬をぽりぽり掻いて――風呂に入れていないせいだ――落ち着いた声で言う。

「喋りたければ喋ればいい。だけど、喋らなくてもいい」
「…………」
「隠したい気持ちは俺だって分かる。お前とは立場や境遇は違うけど、孤児とか施設出身とか言いたくねえし。よっぽど親しい奴ぐらいしかな」
「隠すことが、文月さんに対して不誠実だとしたら?」
「それは分からねえけど、お前が思うんならそうなんだろうな」

 突き放す言い方だけど、今の僕には十分だった。
 すっと胸の内に降りてくる。
 自分の中で納得した証だ。

「一つだけ、最後に言っておくぜ」
「なんだい? 最後と言わず、もっと言ってくれればいいよ」
「恋愛相談なんて頭使うから嫌なんだよ。お前だから乗っただけだぜ? それはまあいいや。とにかく、言えることは――」

 鮫田はにっこりと微笑んだ。
 中学の時は絶対にしなかった笑い方だった。

「お前が幸せにならねえと、文月ちゃんも幸せになれねえ。そこんところ、忘れるなよ?」


◆◇◆◇


 病室から出ると「お前も来たのね」と険しい声がした。振り返ると金城だった。
 僕は「もう帰るよ」と返した。

「君と鮫田の時間を邪魔したくない」
「ふうん。似合わない優しさね」
「自覚しているよ……それなに?」

 金城は手に包みを持っていた。包装が洒落た感じなのでおそらくケーキだろう。
 彼女は「お見舞い品」と短く答えた。

「あー、それ生クリーム使っている?」
「当たり前じゃない。ケーキなんだから」
「あいつ、牛乳アレルギーだよ」

 金城はしまったという顔をした。
 付き合いが短いから分からなかったのだろう。高校は給食じゃないし。中学の時は僕が奴の分まで飲んでいたのだ。だけどチビのままであいつは大きくなっている。理不尽だ。

「それ、僕が買うよ。そのお金で別の見舞い品買えばいい」
「……お前に貸しを作るのは嫌だけど、仕方ないわ」
「あいつは団子とか和菓子が好きなんだ。特にきな粉とか」

 自分でも分からないくらい親切なアドバイスをした僕。
 金城は反射的に「ありがとう」と言って、それから顔をしかめた。

「なんで、お前なんかに……」
「君が良い子だからだよ。それじゃこれ」

 僕が一万円を渡すと「多すぎる」と嫌な顔をした。

「細かいのないんだ。後でお釣り返してくれるか、鮫田に預けてくれればいい」
「高校生なのに、お金持っているわね」
「……臨時収入があってね」

 この前、鮫田への暴行に対する仕返しの代償で『絵を描いた』僕にあの人が小遣いをくれたのだ。

「それじゃ、元気でね」

 僕は手を振って金城と別れた。
 返事がないのは分かり切っていた。


◆◇◆◇


 金城が僕に嫌悪感を覚える理由は単純明快。
 鮫田を使って僕にとって邪魔な人間を排除していたからだ。

 当時の僕はすさんでいて、鮫田も荒れていた。
 もし目の前に世界を滅ぼすスイッチがあったなら、迷わず押していただろう。
 僕たちは暴力に飢えていて、流血を渇望していた。

 だけど僕と鮫田のスタンスは違っていた。
 僕はムカつくから暴力を振るわせていた。
 鮫田は殴りたいから暴力を振るっていた。
 もしかすると、金城のことが無くても、破綻していたかもしれない。

 金城とは僕の苛立ちが最大限だった頃に出会っていた。
 鮫田に対して暴力はいけないと何度も諭した。
 大人や教師が僕たちを見放すか、視界に入れないようにしていたのに、彼女だけは見据えて見守って、見続けていた。

 鬱陶しいと思ったけど、鮫田が妙に金城と慣れあうので、排除しろとは言えなかった。
 下手をしたら鮫田との友情らしきものが壊れそうだったから。

 金城が鮫田に恨みを持つ高校生に口八丁で連れ去られたのを僕はたまたま見ていた。
 だけど鮫田には言わなかった。その高校生の集団は鮫田一人では手に余るからだ。

 しかし鮫田は金城がいないことに気づいた。
 僕は仕方なく、金城が誘拐されたことを話した。

 どうして止めなかったのかと問われた。
 僕には関係のないことだからと答えた。

 そのとき、初めて――鮫田に殴られた。
 いや、殴って叱られたと言うべきか。
 そんなことをしてくれる人、いなかった。

 鮫田が行った後、僕は件の高校生に敵対しているグループにこう伝えた。
 あの鮫田が殴り込みに行った。
 上手く協力すれば壊滅できるかもしれない――と。

 まあ半ば本当のことを言ったので、そのグループは信じたらしい。
 その後、僕は警察にタレコミしてから現場に向かった。

 そこで見たのは、金城が額から血を流していて、それをボロボロになった鮫田が抱きかかえている光景だった。

 それから鮫田は改心し、更生した。
 鮫田に喧嘩を売る不良は後を絶たなかったけど、それは僕が何とかした。
 鮫田には言わなかったけど、バレているみたいだった。

 その後も僕は鮫田と友人関係を続けている。
 金城のことは話し合っていないけど、僕が紛いなりにも奴を助けたのは分かっていた。

 僕は鮫田と同じく、中学時代の自分を恥じている。
 後悔しているし反省もしている。
 だけど、鮫田のように行動に移せない。
 今でも、あの人の汚い仕事に協力している――


◆◇◆◇


 月曜日。
 僕は一年一組を訪れた。

 昼休みの喧騒の中、鳥山さんに話しかけられている詩織に近づいた。

「内藤先輩……?」
「ちょっといいかな? 話があるんだ」

 詩織に僕は話さないといけない。
 鮫田には話さなくてもいいって言われたけど。
 全部じゃなくても、話すべきことは話そうと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乱交的フラストレーション〜美少年の先輩はドMでした♡〜

花野りら
恋愛
上巻は、美少年サカ(高2)の夏休みから始まります。 プールで水着ギャルが、始めは嫌がるものの、最後はノリノリで犯されるシーンは必読♡ 下巻からは、美少女ゆうこ(高1)の話です。 ゆうこは先輩(サカ)とピュアな恋愛をしていました。 しかし、イケメン、フクさんの登場でじわじわと快楽に溺れ、いつしかメス堕ちしてしまいます。 ピュア系JKの本性は、実はどMの淫乱で、友達交えて4Pするシーンは大興奮♡ ラストのエピローグは、強面フクさん(二十歳の社会人)の話です。 ハッピーエンドなので心の奥にそっとしまいたくなります。 爽やかな夏から、しっとりした秋に移りゆくようなラブストーリー♡ ぜひ期待してお読みくださいませ! 読んだら感想をよろしくお願いしますね〜お待ちしてます!

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

高校球児、公爵令嬢になる。

つづれ しういち
恋愛
 目が覚めたら、おデブでブサイクな公爵令嬢だった──。  いや、嘘だろ? 俺は甲子園を目指しているふつうの高校球児だったのに!  でもこの醜い令嬢の身分と財産を目当てに言い寄ってくる男爵の男やら、変ないじりをしてくる妹が気にいらないので、俺はこのさい、好き勝手にさせていただきます!  ってか俺の甲子園かえせー!  と思っていたら、運動して痩せてきた俺にイケメンが寄ってくるんですけど?  いや待って。俺、そっちの趣味だけはねえから! 助けてえ! ※R15は保険です。 ※基本、ハッピーエンドを目指します。 ※ボーイズラブっぽい表現が各所にあります。 ※基本、なんでも許せる方向け。 ※基本的にアホなコメディだと思ってください。でも愛はある、きっとある! ※小説家になろう、カクヨムにても同時更新。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...