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「……とても美味しいよ」
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翌日登校するとクラスが騒がしいことに気づく。
金曜日なのに元気有り余っているなあと思いつつ、教室に入ると停学明けの鮫田がみんなに囲まれていた。
大丈夫とか元気だったとか、心配したりする声が目立つけど笑顔で迎えているのは、奴が人気者である証拠である。喧嘩で停学していた不良なのに人望があるなんて反則だな。そう考えながら自分の席に鞄を置こうとすると「内藤ちゃん!」と呼ばれた。
鮫田はクラスメイトの囲みから出て、座っている僕の前に立った。
顔に生傷と痣があるが、痛くはないらしい。相変わらず凄みのある顔つきだが目だけ穏やかでアンバランスだ。背丈は普通だが小柄な僕は自然と見上げる感じになる。
「久しぶりだね、鮫田。どうだい、娑婆の空気は?」
「いや、逮捕されたわけじゃねえから。刑務所にも少年院にも行ってねえし」
不謹慎なジョークにきちんとツッコミを入れるのは、根が真面目なんだと思う。鮫田とは小学校からの付き合いだがあの頃から何も変わらない。
「悪かったね、家に行けなくて。ラインで言ったけど病院に通っていたんだ」
「別にいい。それより怪我は大丈夫か?」
「ちょっと痛むけど大丈夫。病院の先生からもそう言われたよ」
「そうか。それで、やった奴どこにいるんだ?」
剣呑な雰囲気になったので「解決したから」と短く言う。
鮫田のことだ、また停学沙汰になるかもしれない。
そのこともあって、鳥山さんと真田の問題を解決する必要があった。
「相手は女の子だ。しかも一年生。そんな子を殴るのかい?」
「はあ? 女に怪我させられたのか? 随分なまっているじゃねえか」
「後ろからの不意討ちなんて避けられるかよ」
「ま、内藤ちゃんが手打ちしたんならいい」
手打ちって極道用語だよなと思いながら「そういうこと」と返した。
クラスメイトの女子が「鮫田くん、こっち来てよ」と手招きする。話し足りないのだろう。鮫田は「今行く」と答えた。
「また何かあったら、いつでも言えよ内藤ちゃん」
「子供じゃないんだから、一人でも解決できる……ま、必要になったら声をかけるよ」
鮫田は満足そうに頷いた。
僕は停学明けの祝いでもしてやろうかと考えた。
◆◇◆◇
おかしな展開になったのはこの日の昼休みのことだった。
例によって例のごとく、学生食堂に向かおうとすると「内藤先輩!」と教室の扉のほうから呼ばれた。
詩織だった。手にはお弁当と思われる包みがあった。
前の席で自分の弁当を開けようとした鮫田が怪訝そうに「誰だあいつ?」と僕に言う。
「文月詩織。僕にドロップキックした後輩」
「あれが? えらく背が高けえな」
詩織は僕の机に近づいて「今からお昼ご飯ですか?」と元気よく訊ねた。
「そうだけど。何か用?」
「えっと、お弁当とか持ってきてないですよね?」
「まあ食堂で何か食べようって思っているけど……」
詩織は勢いよく「お弁当、作ったんで食べてください!」と僕に押し付けた。
鮫田がひゅうっと口笛を吹いた。
「……訳が分からない。鮫田、説明してくれ」
「俺が分かるわけねえだろう。混乱し過ぎだ」
「昨日のお礼っていうか、購買の件が無かったことになった代わりっていうか……とにかく食べてください!」
僕は別に何もしていない。ただ出しゃばっただけだ。
だから断ろうとしたけど、詩織が顔を真っ赤にして、目を見つめてきて、必死に食べてもらおうとしていたから、どうにも――
「分かったよ。食べる。ありがとう」
僕が詩織からお弁当を受け取った。
すると詩織は心の底から嬉しそうな顔をして「やったあ!」と叫んだ。
クラスメイトの視線が僕たちに集まる……にやにやしないでほしい。
「それじゃ、食べましょうか!」
そう言って詩織は空席になっている机を勝手に移動させて、僕の隣に座った。
自分のお弁当を開け始めたので「何しているの?」と訊ねてしまった。
「私もご飯食べようと思って」
「いや、その……」
まさか一緒に食べるとは思わなかった。
ていうか度胸ありすぎだろ……顔を見たらきょとんとしている。あ、何も考えていないんだ。
「面白い子だな。俺も同席していいか?」
「いいですよ! えーと……」
「鮫田康介だ。よろしくな」
「はい! 私、文月詩織っていいます!」
友達がすっかり仲良しになっている……
僕は諦めて「うん。食べようか」と弁当箱を開いた。
海苔弁当でおかずとご飯が別になっているタイプ。おかずはミートボール、卵焼き、きんぴらごぼう、ミニトマト。料理初心者が考えたお弁当って感じ。
「いただきます」
二人の視線を感じながら、海苔に覆われたご飯を箸で掴んで口に運ぶ。濃い目の醤油味。悪くない。もう少し薄味のほうが好みだけど。
詩織の視線で感想を求めているのが分かる。でも言ったら負けな気持ちになりそうだ……目を下に向ける。詩織の指が目に入った。絆創膏をしている。
「……とても美味しいよ」
「ほ、本当ですか!? やったあ!」
詩織が喝采を叫ぶ。
なんで僕はこうも弱いんだろうな……
「内藤ちゃんが褒めるなんて珍しいなあ。こりゃあ明日雨か?」
「えっ? 珍しいんですか?」
「そんなことはない。褒めるときは褒める」
鮫田に余計なことを言うなと注意する前に「高校に入ってから素直になったけどな」と笑われた。
「中学の時はそりゃあ大変だった。何せ昔は――」
「鮫田。昔の話はよせ」
睨んでしまったのは仕方のないことだった。
詩織は目を丸くして。鮫田は手を挙げて「悪かった」と謝った。
「とにかく、文月ちゃんの料理は美味しいってことだ。自信持ちな」
「ありがとうございます! 鮫田先輩!」
単純な者同士、仲良しになりそうだった。
僕はお弁当を食べ続けた。そういえば、お金を払わずに誰かにご飯を作ってもらうのは久しぶりだなと思った。
「そうそう。あの二人、友達に戻ったようですよ」
詩織が曖昧に言ったのは鮫田がいるからだ。
僕は「鮫田なら大丈夫だよ」と言う。
「誰かに言いふらしたりしない」
「お。信用されているんだな俺」
「そうは言っていない」
詩織は「仲が良いんですね」と笑う。本当によく笑う女の子だ。
「しかし意外だな。てっきり付き合うと思ったけど」
「内藤先輩が帰った後、いろいろあったんですよ。説明は難しいですが」
まあいろいろとあるんだろう。
性自認が女の子の真田。
それを知っていて愛した鳥山さん。
二人がどうなるか分からないけど、できれば幸せになってほしい。そう思うくらいは勝手だ。
「……内藤先輩、全部食べてくれたんですね! 嬉しいです!」
味が濃かったけど美味しかったのでぺろりと食べてしまった。
顔を背けて「残すの悪いし」と小声で言った。
「好き嫌いとか無いしね」
「素直に好みだったと言え」
「鮫田うるさい」
「あはは。作り甲斐ありました」
僕はお弁当箱を包み直して詩織に渡した。
詩織は「あのう……」と言いにくそうな顔をした。
「良ければ、またお昼ご一緒してもいいですか?」
「えっ? なんで――」
「良いんじゃねえか? 悪い子じゃねえし」
答える前に鮫田が頷いた。
僕の都合なんておかまいなしだった。
「まあでも、毎日お弁当作るの疲れるだろ」
「内藤ちゃん、結構厚かましいな。食堂でもお昼一緒にできるじゃねえか」
てっきりそうだと思い込んでいた。恥ずかしい勘違いだ。
「もしかして、美味しかったから毎日食べたいのか?」
「馬鹿言うな。美味しかったけど――」
つい本音が出てしまったと気づいたときには、詩織の顔が真っ赤になってしまっていた。
「今のはその……」
「ら、来週の月曜日、また作りますから!」
俊敏な動きで詩織は教室から出て行ってしまう。
鮫田は「青春だな」と僕の肩を叩いた。
「良い子じゃねえか。応援するぜ」
「応援されても困るんだけど」
「お前の事情は知っている」
鮫田は笑顔から真顔になる。
まるで人を殺すときみたいだった。
「それでも人を好きになっていいんだ」
「…………」
「綺麗事だと思うか?」
僕は「綺麗事だとは思わない」と返した。
「君には似合わない言葉だと思うけど」
「ふはは。違えねえ」
金曜日なのに元気有り余っているなあと思いつつ、教室に入ると停学明けの鮫田がみんなに囲まれていた。
大丈夫とか元気だったとか、心配したりする声が目立つけど笑顔で迎えているのは、奴が人気者である証拠である。喧嘩で停学していた不良なのに人望があるなんて反則だな。そう考えながら自分の席に鞄を置こうとすると「内藤ちゃん!」と呼ばれた。
鮫田はクラスメイトの囲みから出て、座っている僕の前に立った。
顔に生傷と痣があるが、痛くはないらしい。相変わらず凄みのある顔つきだが目だけ穏やかでアンバランスだ。背丈は普通だが小柄な僕は自然と見上げる感じになる。
「久しぶりだね、鮫田。どうだい、娑婆の空気は?」
「いや、逮捕されたわけじゃねえから。刑務所にも少年院にも行ってねえし」
不謹慎なジョークにきちんとツッコミを入れるのは、根が真面目なんだと思う。鮫田とは小学校からの付き合いだがあの頃から何も変わらない。
「悪かったね、家に行けなくて。ラインで言ったけど病院に通っていたんだ」
「別にいい。それより怪我は大丈夫か?」
「ちょっと痛むけど大丈夫。病院の先生からもそう言われたよ」
「そうか。それで、やった奴どこにいるんだ?」
剣呑な雰囲気になったので「解決したから」と短く言う。
鮫田のことだ、また停学沙汰になるかもしれない。
そのこともあって、鳥山さんと真田の問題を解決する必要があった。
「相手は女の子だ。しかも一年生。そんな子を殴るのかい?」
「はあ? 女に怪我させられたのか? 随分なまっているじゃねえか」
「後ろからの不意討ちなんて避けられるかよ」
「ま、内藤ちゃんが手打ちしたんならいい」
手打ちって極道用語だよなと思いながら「そういうこと」と返した。
クラスメイトの女子が「鮫田くん、こっち来てよ」と手招きする。話し足りないのだろう。鮫田は「今行く」と答えた。
「また何かあったら、いつでも言えよ内藤ちゃん」
「子供じゃないんだから、一人でも解決できる……ま、必要になったら声をかけるよ」
鮫田は満足そうに頷いた。
僕は停学明けの祝いでもしてやろうかと考えた。
◆◇◆◇
おかしな展開になったのはこの日の昼休みのことだった。
例によって例のごとく、学生食堂に向かおうとすると「内藤先輩!」と教室の扉のほうから呼ばれた。
詩織だった。手にはお弁当と思われる包みがあった。
前の席で自分の弁当を開けようとした鮫田が怪訝そうに「誰だあいつ?」と僕に言う。
「文月詩織。僕にドロップキックした後輩」
「あれが? えらく背が高けえな」
詩織は僕の机に近づいて「今からお昼ご飯ですか?」と元気よく訊ねた。
「そうだけど。何か用?」
「えっと、お弁当とか持ってきてないですよね?」
「まあ食堂で何か食べようって思っているけど……」
詩織は勢いよく「お弁当、作ったんで食べてください!」と僕に押し付けた。
鮫田がひゅうっと口笛を吹いた。
「……訳が分からない。鮫田、説明してくれ」
「俺が分かるわけねえだろう。混乱し過ぎだ」
「昨日のお礼っていうか、購買の件が無かったことになった代わりっていうか……とにかく食べてください!」
僕は別に何もしていない。ただ出しゃばっただけだ。
だから断ろうとしたけど、詩織が顔を真っ赤にして、目を見つめてきて、必死に食べてもらおうとしていたから、どうにも――
「分かったよ。食べる。ありがとう」
僕が詩織からお弁当を受け取った。
すると詩織は心の底から嬉しそうな顔をして「やったあ!」と叫んだ。
クラスメイトの視線が僕たちに集まる……にやにやしないでほしい。
「それじゃ、食べましょうか!」
そう言って詩織は空席になっている机を勝手に移動させて、僕の隣に座った。
自分のお弁当を開け始めたので「何しているの?」と訊ねてしまった。
「私もご飯食べようと思って」
「いや、その……」
まさか一緒に食べるとは思わなかった。
ていうか度胸ありすぎだろ……顔を見たらきょとんとしている。あ、何も考えていないんだ。
「面白い子だな。俺も同席していいか?」
「いいですよ! えーと……」
「鮫田康介だ。よろしくな」
「はい! 私、文月詩織っていいます!」
友達がすっかり仲良しになっている……
僕は諦めて「うん。食べようか」と弁当箱を開いた。
海苔弁当でおかずとご飯が別になっているタイプ。おかずはミートボール、卵焼き、きんぴらごぼう、ミニトマト。料理初心者が考えたお弁当って感じ。
「いただきます」
二人の視線を感じながら、海苔に覆われたご飯を箸で掴んで口に運ぶ。濃い目の醤油味。悪くない。もう少し薄味のほうが好みだけど。
詩織の視線で感想を求めているのが分かる。でも言ったら負けな気持ちになりそうだ……目を下に向ける。詩織の指が目に入った。絆創膏をしている。
「……とても美味しいよ」
「ほ、本当ですか!? やったあ!」
詩織が喝采を叫ぶ。
なんで僕はこうも弱いんだろうな……
「内藤ちゃんが褒めるなんて珍しいなあ。こりゃあ明日雨か?」
「えっ? 珍しいんですか?」
「そんなことはない。褒めるときは褒める」
鮫田に余計なことを言うなと注意する前に「高校に入ってから素直になったけどな」と笑われた。
「中学の時はそりゃあ大変だった。何せ昔は――」
「鮫田。昔の話はよせ」
睨んでしまったのは仕方のないことだった。
詩織は目を丸くして。鮫田は手を挙げて「悪かった」と謝った。
「とにかく、文月ちゃんの料理は美味しいってことだ。自信持ちな」
「ありがとうございます! 鮫田先輩!」
単純な者同士、仲良しになりそうだった。
僕はお弁当を食べ続けた。そういえば、お金を払わずに誰かにご飯を作ってもらうのは久しぶりだなと思った。
「そうそう。あの二人、友達に戻ったようですよ」
詩織が曖昧に言ったのは鮫田がいるからだ。
僕は「鮫田なら大丈夫だよ」と言う。
「誰かに言いふらしたりしない」
「お。信用されているんだな俺」
「そうは言っていない」
詩織は「仲が良いんですね」と笑う。本当によく笑う女の子だ。
「しかし意外だな。てっきり付き合うと思ったけど」
「内藤先輩が帰った後、いろいろあったんですよ。説明は難しいですが」
まあいろいろとあるんだろう。
性自認が女の子の真田。
それを知っていて愛した鳥山さん。
二人がどうなるか分からないけど、できれば幸せになってほしい。そう思うくらいは勝手だ。
「……内藤先輩、全部食べてくれたんですね! 嬉しいです!」
味が濃かったけど美味しかったのでぺろりと食べてしまった。
顔を背けて「残すの悪いし」と小声で言った。
「好き嫌いとか無いしね」
「素直に好みだったと言え」
「鮫田うるさい」
「あはは。作り甲斐ありました」
僕はお弁当箱を包み直して詩織に渡した。
詩織は「あのう……」と言いにくそうな顔をした。
「良ければ、またお昼ご一緒してもいいですか?」
「えっ? なんで――」
「良いんじゃねえか? 悪い子じゃねえし」
答える前に鮫田が頷いた。
僕の都合なんておかまいなしだった。
「まあでも、毎日お弁当作るの疲れるだろ」
「内藤ちゃん、結構厚かましいな。食堂でもお昼一緒にできるじゃねえか」
てっきりそうだと思い込んでいた。恥ずかしい勘違いだ。
「もしかして、美味しかったから毎日食べたいのか?」
「馬鹿言うな。美味しかったけど――」
つい本音が出てしまったと気づいたときには、詩織の顔が真っ赤になってしまっていた。
「今のはその……」
「ら、来週の月曜日、また作りますから!」
俊敏な動きで詩織は教室から出て行ってしまう。
鮫田は「青春だな」と僕の肩を叩いた。
「良い子じゃねえか。応援するぜ」
「応援されても困るんだけど」
「お前の事情は知っている」
鮫田は笑顔から真顔になる。
まるで人を殺すときみたいだった。
「それでも人を好きになっていいんだ」
「…………」
「綺麗事だと思うか?」
僕は「綺麗事だとは思わない」と返した。
「君には似合わない言葉だと思うけど」
「ふはは。違えねえ」
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