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雷獣
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他人に選択を委ねるのは、人の弱さだ。
しかし相談をしないのは、人の強さではない。
「なるほど。味の迷いはそこから来ているのですね」
私は妖狐に自分の悩みを打ち明けた。
それを雪女が傍でじっと聞いている。
「そうだと思います。私は何のために、試練を受けているのか……」
「私は人ではないので、よく分かりませんが、良いこともあれば、悪いこともあるのが、人生ではないですか?」
妖狐の鋭い意見に私は黙るしかない。
正論は真理を突いているが、必ずしも優しいとは限らない。
「けれどあなたは試練をこなさないといけない。私が何か言って、考えが翻ったとしても」
「……分かっております」
「であるならば、効率良く瓢箪に妖気を貯めましょう」
妖狐は私に手を差し出した。
おそらく瓢箪だと思い、私は懐から取り出して渡した。
妖狐が手をかざすと、瓢箪は赤く輝いた。そのまま数秒経って、光は消えた。
受け取ると少しだけ重みが増した気がする。六分の一ほど溜まっただろう。
「私は妖狐の中でも空狐と呼ばれる存在です。それでもこの瓢箪を満たせない」
空狐がどのくらい凄いのか分からないが、力ある者でも満たすのが難しいのか。
先は遠そうだと思っていると「私の知り合いに強大な妖気を持つ方がおります」と妖狐は言った。
「その方に頼めば、瓢箪を満たしてくれるかもしれません」
「どなたですか?」
「そんなに焦らないでください。その方は封印されておりまして、ここには来られません」
ううむ、残念だ。
「でも、柳さんに強い意思があるのなら、その方に引き合わせることができます」
「本当ですか? ここには来られないのに……ああ、私が出向けばいいのか」
「そのとおり。けれど、味に迷いがある今、あの方を満足させることができるか……」
それが問題だ。職人のメンタルは味に影響する。
すると今まで黙っていた雪女が「できますよね?」と私に言う。
「あなたなら、できますよね――柳さん」
「雪女さん……?」
「しぐれが添い遂げようと思ったあなたなら、満足のいく和菓子を作れます。そして自身の悩みも解消できるでしょう」
ありのまま、自分の考えを述べているという感じだった。
無表情で語る彼女の意図は読めない。
私への信頼――ではない。
しぐれに対する信頼がそうさせている。
それだけが伝わる。
「……二日ください」
私は妖狐に向き直して言う。
雪女の後押しのおかげで、覚悟ができた。
「それまでに、私の持てる全てを、和菓子に込めます」
頭を下げていたので、妖狐の表情を見逃した。
「ええ。楽しみにしていますよ」
でも、口調は優しかった。
それから二日後。
私は一つの答えを見出した。
出来上がった和菓子を包んで、妖狐に言われるまま、小屋の外に出る。
太陽が雲で隠れている昼間だった。
雪女も一緒に居てくれた。なんやかんやで世話をしてくれる彼女には感謝しかない。
妖狐が手を口に添えて、高音の口笛を奏でた。
ばちばちという放電の音がした。
そして青白い電光が――私の前に降り立った。
衝撃で閉じてしまった目を恐る恐る開けると、そこには――獣が居た。
前足が二本、後ろ足が四本の狼。かなり大きい。大人でも背に乗れてしまいそうだ。
茶色い毛が逆立っていて、ハリネズミのようだった。
「妖狐。久しぶりだな」
「ああ。元気だったか? 雷獣」
妖怪の名は雷獣というらしい。しかも喋れるようだ。
妖狐と親しげに会話をしている。
「それで、その人間が件の……」
「ああ。柳さんだ」
私は「初めまして、柳友哉です」とお辞儀をした。
「最低限の礼儀は知っているようだな。それでは参ろうか」
「もう行くのですか?」
「あの方を待たせるわけには行かない」
よく分からないが、妖怪大翁といい、八岐大蛇といい、大物に呼ばれることが多い。
雷獣はゆっくりとしゃがんで乗りやすいようにしてくれた。
私は背に乗って、雪女と妖狐に「ありがとうございました」と礼を言った。
「御ふた方にはいろいろと助言していただいて……」
「しぐれのためです。あなたのためではありません」
冷たく返す雪女に妖狐は「嘘ですね」と短く否定した。
「懇切丁寧な手紙を私にくださったではありませんか。柳さんに協力してほしいと」
「……余計なことを言わないでください」
「それは失敬」
「馬鹿にしているんですか?」
「化かしあいなら得意ですけどね」
二人のやりとりに思わず吹き出してしまった。
雪女が「なんですか?」と絶対零度の視線を向けるが、笑いが収まらない。
「いえ。それでは、また会いましょう」
「……ええ。また」
待ってくれていた雷獣が「それでは行くぞ!」と言って、雷鳴のような速度で飛んで――空を駆け出した。
びゅんびゅんと走る雷獣。不思議と振り落とされない。寒さも衝撃も感じない。
その状態が数分続いて、唐突に地面に降り立つ――
「ここは……神社か?」
山奥にある、手入れされていない神社だった。
以前、妖怪の里に来たときと同じような……
「そこにあの方がいらっしゃる」
雷獣は続けて「もうすぐ異界の扉が開かれる」と言った。
「帰る頃に、迎えに来る」
「一緒について来てくれないのですか?」
「あの方は怖ろしいからな……それに俺なんかが対面するものもおこがましい」
その言葉を最後に、雷獣が去った後、神社の祠の前に異界への扉が開かれた。
私はやや緊張しながら、その扉をくぐった――
しかし相談をしないのは、人の強さではない。
「なるほど。味の迷いはそこから来ているのですね」
私は妖狐に自分の悩みを打ち明けた。
それを雪女が傍でじっと聞いている。
「そうだと思います。私は何のために、試練を受けているのか……」
「私は人ではないので、よく分かりませんが、良いこともあれば、悪いこともあるのが、人生ではないですか?」
妖狐の鋭い意見に私は黙るしかない。
正論は真理を突いているが、必ずしも優しいとは限らない。
「けれどあなたは試練をこなさないといけない。私が何か言って、考えが翻ったとしても」
「……分かっております」
「であるならば、効率良く瓢箪に妖気を貯めましょう」
妖狐は私に手を差し出した。
おそらく瓢箪だと思い、私は懐から取り出して渡した。
妖狐が手をかざすと、瓢箪は赤く輝いた。そのまま数秒経って、光は消えた。
受け取ると少しだけ重みが増した気がする。六分の一ほど溜まっただろう。
「私は妖狐の中でも空狐と呼ばれる存在です。それでもこの瓢箪を満たせない」
空狐がどのくらい凄いのか分からないが、力ある者でも満たすのが難しいのか。
先は遠そうだと思っていると「私の知り合いに強大な妖気を持つ方がおります」と妖狐は言った。
「その方に頼めば、瓢箪を満たしてくれるかもしれません」
「どなたですか?」
「そんなに焦らないでください。その方は封印されておりまして、ここには来られません」
ううむ、残念だ。
「でも、柳さんに強い意思があるのなら、その方に引き合わせることができます」
「本当ですか? ここには来られないのに……ああ、私が出向けばいいのか」
「そのとおり。けれど、味に迷いがある今、あの方を満足させることができるか……」
それが問題だ。職人のメンタルは味に影響する。
すると今まで黙っていた雪女が「できますよね?」と私に言う。
「あなたなら、できますよね――柳さん」
「雪女さん……?」
「しぐれが添い遂げようと思ったあなたなら、満足のいく和菓子を作れます。そして自身の悩みも解消できるでしょう」
ありのまま、自分の考えを述べているという感じだった。
無表情で語る彼女の意図は読めない。
私への信頼――ではない。
しぐれに対する信頼がそうさせている。
それだけが伝わる。
「……二日ください」
私は妖狐に向き直して言う。
雪女の後押しのおかげで、覚悟ができた。
「それまでに、私の持てる全てを、和菓子に込めます」
頭を下げていたので、妖狐の表情を見逃した。
「ええ。楽しみにしていますよ」
でも、口調は優しかった。
それから二日後。
私は一つの答えを見出した。
出来上がった和菓子を包んで、妖狐に言われるまま、小屋の外に出る。
太陽が雲で隠れている昼間だった。
雪女も一緒に居てくれた。なんやかんやで世話をしてくれる彼女には感謝しかない。
妖狐が手を口に添えて、高音の口笛を奏でた。
ばちばちという放電の音がした。
そして青白い電光が――私の前に降り立った。
衝撃で閉じてしまった目を恐る恐る開けると、そこには――獣が居た。
前足が二本、後ろ足が四本の狼。かなり大きい。大人でも背に乗れてしまいそうだ。
茶色い毛が逆立っていて、ハリネズミのようだった。
「妖狐。久しぶりだな」
「ああ。元気だったか? 雷獣」
妖怪の名は雷獣というらしい。しかも喋れるようだ。
妖狐と親しげに会話をしている。
「それで、その人間が件の……」
「ああ。柳さんだ」
私は「初めまして、柳友哉です」とお辞儀をした。
「最低限の礼儀は知っているようだな。それでは参ろうか」
「もう行くのですか?」
「あの方を待たせるわけには行かない」
よく分からないが、妖怪大翁といい、八岐大蛇といい、大物に呼ばれることが多い。
雷獣はゆっくりとしゃがんで乗りやすいようにしてくれた。
私は背に乗って、雪女と妖狐に「ありがとうございました」と礼を言った。
「御ふた方にはいろいろと助言していただいて……」
「しぐれのためです。あなたのためではありません」
冷たく返す雪女に妖狐は「嘘ですね」と短く否定した。
「懇切丁寧な手紙を私にくださったではありませんか。柳さんに協力してほしいと」
「……余計なことを言わないでください」
「それは失敬」
「馬鹿にしているんですか?」
「化かしあいなら得意ですけどね」
二人のやりとりに思わず吹き出してしまった。
雪女が「なんですか?」と絶対零度の視線を向けるが、笑いが収まらない。
「いえ。それでは、また会いましょう」
「……ええ。また」
待ってくれていた雷獣が「それでは行くぞ!」と言って、雷鳴のような速度で飛んで――空を駆け出した。
びゅんびゅんと走る雷獣。不思議と振り落とされない。寒さも衝撃も感じない。
その状態が数分続いて、唐突に地面に降り立つ――
「ここは……神社か?」
山奥にある、手入れされていない神社だった。
以前、妖怪の里に来たときと同じような……
「そこにあの方がいらっしゃる」
雷獣は続けて「もうすぐ異界の扉が開かれる」と言った。
「帰る頃に、迎えに来る」
「一緒について来てくれないのですか?」
「あの方は怖ろしいからな……それに俺なんかが対面するものもおこがましい」
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私はやや緊張しながら、その扉をくぐった――
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