40 / 46
雷獣
しおりを挟む
他人に選択を委ねるのは、人の弱さだ。
しかし相談をしないのは、人の強さではない。
「なるほど。味の迷いはそこから来ているのですね」
私は妖狐に自分の悩みを打ち明けた。
それを雪女が傍でじっと聞いている。
「そうだと思います。私は何のために、試練を受けているのか……」
「私は人ではないので、よく分かりませんが、良いこともあれば、悪いこともあるのが、人生ではないですか?」
妖狐の鋭い意見に私は黙るしかない。
正論は真理を突いているが、必ずしも優しいとは限らない。
「けれどあなたは試練をこなさないといけない。私が何か言って、考えが翻ったとしても」
「……分かっております」
「であるならば、効率良く瓢箪に妖気を貯めましょう」
妖狐は私に手を差し出した。
おそらく瓢箪だと思い、私は懐から取り出して渡した。
妖狐が手をかざすと、瓢箪は赤く輝いた。そのまま数秒経って、光は消えた。
受け取ると少しだけ重みが増した気がする。六分の一ほど溜まっただろう。
「私は妖狐の中でも空狐と呼ばれる存在です。それでもこの瓢箪を満たせない」
空狐がどのくらい凄いのか分からないが、力ある者でも満たすのが難しいのか。
先は遠そうだと思っていると「私の知り合いに強大な妖気を持つ方がおります」と妖狐は言った。
「その方に頼めば、瓢箪を満たしてくれるかもしれません」
「どなたですか?」
「そんなに焦らないでください。その方は封印されておりまして、ここには来られません」
ううむ、残念だ。
「でも、柳さんに強い意思があるのなら、その方に引き合わせることができます」
「本当ですか? ここには来られないのに……ああ、私が出向けばいいのか」
「そのとおり。けれど、味に迷いがある今、あの方を満足させることができるか……」
それが問題だ。職人のメンタルは味に影響する。
すると今まで黙っていた雪女が「できますよね?」と私に言う。
「あなたなら、できますよね――柳さん」
「雪女さん……?」
「しぐれが添い遂げようと思ったあなたなら、満足のいく和菓子を作れます。そして自身の悩みも解消できるでしょう」
ありのまま、自分の考えを述べているという感じだった。
無表情で語る彼女の意図は読めない。
私への信頼――ではない。
しぐれに対する信頼がそうさせている。
それだけが伝わる。
「……二日ください」
私は妖狐に向き直して言う。
雪女の後押しのおかげで、覚悟ができた。
「それまでに、私の持てる全てを、和菓子に込めます」
頭を下げていたので、妖狐の表情を見逃した。
「ええ。楽しみにしていますよ」
でも、口調は優しかった。
それから二日後。
私は一つの答えを見出した。
出来上がった和菓子を包んで、妖狐に言われるまま、小屋の外に出る。
太陽が雲で隠れている昼間だった。
雪女も一緒に居てくれた。なんやかんやで世話をしてくれる彼女には感謝しかない。
妖狐が手を口に添えて、高音の口笛を奏でた。
ばちばちという放電の音がした。
そして青白い電光が――私の前に降り立った。
衝撃で閉じてしまった目を恐る恐る開けると、そこには――獣が居た。
前足が二本、後ろ足が四本の狼。かなり大きい。大人でも背に乗れてしまいそうだ。
茶色い毛が逆立っていて、ハリネズミのようだった。
「妖狐。久しぶりだな」
「ああ。元気だったか? 雷獣」
妖怪の名は雷獣というらしい。しかも喋れるようだ。
妖狐と親しげに会話をしている。
「それで、その人間が件の……」
「ああ。柳さんだ」
私は「初めまして、柳友哉です」とお辞儀をした。
「最低限の礼儀は知っているようだな。それでは参ろうか」
「もう行くのですか?」
「あの方を待たせるわけには行かない」
よく分からないが、妖怪大翁といい、八岐大蛇といい、大物に呼ばれることが多い。
雷獣はゆっくりとしゃがんで乗りやすいようにしてくれた。
私は背に乗って、雪女と妖狐に「ありがとうございました」と礼を言った。
「御ふた方にはいろいろと助言していただいて……」
「しぐれのためです。あなたのためではありません」
冷たく返す雪女に妖狐は「嘘ですね」と短く否定した。
「懇切丁寧な手紙を私にくださったではありませんか。柳さんに協力してほしいと」
「……余計なことを言わないでください」
「それは失敬」
「馬鹿にしているんですか?」
「化かしあいなら得意ですけどね」
二人のやりとりに思わず吹き出してしまった。
雪女が「なんですか?」と絶対零度の視線を向けるが、笑いが収まらない。
「いえ。それでは、また会いましょう」
「……ええ。また」
待ってくれていた雷獣が「それでは行くぞ!」と言って、雷鳴のような速度で飛んで――空を駆け出した。
びゅんびゅんと走る雷獣。不思議と振り落とされない。寒さも衝撃も感じない。
その状態が数分続いて、唐突に地面に降り立つ――
「ここは……神社か?」
山奥にある、手入れされていない神社だった。
以前、妖怪の里に来たときと同じような……
「そこにあの方がいらっしゃる」
雷獣は続けて「もうすぐ異界の扉が開かれる」と言った。
「帰る頃に、迎えに来る」
「一緒について来てくれないのですか?」
「あの方は怖ろしいからな……それに俺なんかが対面するものもおこがましい」
その言葉を最後に、雷獣が去った後、神社の祠の前に異界への扉が開かれた。
私はやや緊張しながら、その扉をくぐった――
しかし相談をしないのは、人の強さではない。
「なるほど。味の迷いはそこから来ているのですね」
私は妖狐に自分の悩みを打ち明けた。
それを雪女が傍でじっと聞いている。
「そうだと思います。私は何のために、試練を受けているのか……」
「私は人ではないので、よく分かりませんが、良いこともあれば、悪いこともあるのが、人生ではないですか?」
妖狐の鋭い意見に私は黙るしかない。
正論は真理を突いているが、必ずしも優しいとは限らない。
「けれどあなたは試練をこなさないといけない。私が何か言って、考えが翻ったとしても」
「……分かっております」
「であるならば、効率良く瓢箪に妖気を貯めましょう」
妖狐は私に手を差し出した。
おそらく瓢箪だと思い、私は懐から取り出して渡した。
妖狐が手をかざすと、瓢箪は赤く輝いた。そのまま数秒経って、光は消えた。
受け取ると少しだけ重みが増した気がする。六分の一ほど溜まっただろう。
「私は妖狐の中でも空狐と呼ばれる存在です。それでもこの瓢箪を満たせない」
空狐がどのくらい凄いのか分からないが、力ある者でも満たすのが難しいのか。
先は遠そうだと思っていると「私の知り合いに強大な妖気を持つ方がおります」と妖狐は言った。
「その方に頼めば、瓢箪を満たしてくれるかもしれません」
「どなたですか?」
「そんなに焦らないでください。その方は封印されておりまして、ここには来られません」
ううむ、残念だ。
「でも、柳さんに強い意思があるのなら、その方に引き合わせることができます」
「本当ですか? ここには来られないのに……ああ、私が出向けばいいのか」
「そのとおり。けれど、味に迷いがある今、あの方を満足させることができるか……」
それが問題だ。職人のメンタルは味に影響する。
すると今まで黙っていた雪女が「できますよね?」と私に言う。
「あなたなら、できますよね――柳さん」
「雪女さん……?」
「しぐれが添い遂げようと思ったあなたなら、満足のいく和菓子を作れます。そして自身の悩みも解消できるでしょう」
ありのまま、自分の考えを述べているという感じだった。
無表情で語る彼女の意図は読めない。
私への信頼――ではない。
しぐれに対する信頼がそうさせている。
それだけが伝わる。
「……二日ください」
私は妖狐に向き直して言う。
雪女の後押しのおかげで、覚悟ができた。
「それまでに、私の持てる全てを、和菓子に込めます」
頭を下げていたので、妖狐の表情を見逃した。
「ええ。楽しみにしていますよ」
でも、口調は優しかった。
それから二日後。
私は一つの答えを見出した。
出来上がった和菓子を包んで、妖狐に言われるまま、小屋の外に出る。
太陽が雲で隠れている昼間だった。
雪女も一緒に居てくれた。なんやかんやで世話をしてくれる彼女には感謝しかない。
妖狐が手を口に添えて、高音の口笛を奏でた。
ばちばちという放電の音がした。
そして青白い電光が――私の前に降り立った。
衝撃で閉じてしまった目を恐る恐る開けると、そこには――獣が居た。
前足が二本、後ろ足が四本の狼。かなり大きい。大人でも背に乗れてしまいそうだ。
茶色い毛が逆立っていて、ハリネズミのようだった。
「妖狐。久しぶりだな」
「ああ。元気だったか? 雷獣」
妖怪の名は雷獣というらしい。しかも喋れるようだ。
妖狐と親しげに会話をしている。
「それで、その人間が件の……」
「ああ。柳さんだ」
私は「初めまして、柳友哉です」とお辞儀をした。
「最低限の礼儀は知っているようだな。それでは参ろうか」
「もう行くのですか?」
「あの方を待たせるわけには行かない」
よく分からないが、妖怪大翁といい、八岐大蛇といい、大物に呼ばれることが多い。
雷獣はゆっくりとしゃがんで乗りやすいようにしてくれた。
私は背に乗って、雪女と妖狐に「ありがとうございました」と礼を言った。
「御ふた方にはいろいろと助言していただいて……」
「しぐれのためです。あなたのためではありません」
冷たく返す雪女に妖狐は「嘘ですね」と短く否定した。
「懇切丁寧な手紙を私にくださったではありませんか。柳さんに協力してほしいと」
「……余計なことを言わないでください」
「それは失敬」
「馬鹿にしているんですか?」
「化かしあいなら得意ですけどね」
二人のやりとりに思わず吹き出してしまった。
雪女が「なんですか?」と絶対零度の視線を向けるが、笑いが収まらない。
「いえ。それでは、また会いましょう」
「……ええ。また」
待ってくれていた雷獣が「それでは行くぞ!」と言って、雷鳴のような速度で飛んで――空を駆け出した。
びゅんびゅんと走る雷獣。不思議と振り落とされない。寒さも衝撃も感じない。
その状態が数分続いて、唐突に地面に降り立つ――
「ここは……神社か?」
山奥にある、手入れされていない神社だった。
以前、妖怪の里に来たときと同じような……
「そこにあの方がいらっしゃる」
雷獣は続けて「もうすぐ異界の扉が開かれる」と言った。
「帰る頃に、迎えに来る」
「一緒について来てくれないのですか?」
「あの方は怖ろしいからな……それに俺なんかが対面するものもおこがましい」
その言葉を最後に、雷獣が去った後、神社の祠の前に異界への扉が開かれた。
私はやや緊張しながら、その扉をくぐった――
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり
枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★
大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。
悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。
「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」
彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。
そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……?
人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。
これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~
保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。
迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。
ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。
昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!?
夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。
ハートフルサイコダイブコメディです。
【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜
四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】
応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました!
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。
ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。
大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。
とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。
自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。
店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。
それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。
そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。
「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」
蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。
莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。
蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。
※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷
河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。
雨の神様がもてなす甘味処。
祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。
彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。
心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー?
神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。
アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21
※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。
(2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる