柳友哉のあやかし交幽録

橋本洋一

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雪女

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 好きな人の好きな人を嫌いになるのは当然の心理である。

 松明の長い縦列を抜けると雪山だった。洞窟の外はすっかり真夜中である。
 酷く寒かった。極寒の二文字が頭に浮かぶ。
 私は居るはずの妖怪を探す――真っ白い着物を着た女が立っていた。

 帯が水色で雪の結晶が模様になっている白い着物。前髪が顔を半分隠している。袖で口元を隠している。はっきりと顔が分からないが、身体つきから女性だと考えられる。

 その女性は私に近づいて「柳友哉さんですね」と言う。抑揚のない、高めな声だった。
 私が頷くと女性はくるりと後ろを振り向いた。

「あ、あの……どちらへ?」
「私について来てください。案内いたします」

 先ほども思ったが、夜の雪山は身が凍えるほど寒い。それに着ている服は冬服だが、耐えられるほどではない。せめてコートが欲しい……

「どこまで歩くのですか?」
「二十分ほどです」

 距離ではなく時間で答えられても困るのだが、とにかくついて行くしかないみたいだ。
 身体をこすりながら、私は女性の後ろを歩く。

 十分ほど経って、限界が訪れた。
 吹雪いていないとはいえ、風が強く、歯の音が鳴り止まない。
 耳が千切れるほど痛く、足先や手先の感覚が無くなっていく。

「あの、まだ着きませんか?」
「これでようやく半分ですよ」

 鼻水を垂らしながら質問すると、非情な答えが返ってくる。
 おそらく彼女は妖怪だから、この状況でも平気だろうが、私は耐え切れそうにない。
 歩く速度が徐々に遅くなり……その場に膝をついてしまう。

 駄目だ、目も開けられない……



 気がつくと私は布団に包まって寝ていた。
 見知らぬ小屋。暖房が効いている小さな部屋。
 布団から這い出ると、部屋の扉ががらりと開いた。

「気がつかれましたか?」

 先ほどの女性だった。相変わらず、顔を隠している。
 私は「ええまあ」と曖昧に頷いた。

「少し懲らしめるつもりで意地悪をしました」
「……でしょうね。そうでなければ、あんなことはしない。でも、懲らしめるとは? 私は何かやりましたか?」

 そう訊ねると女性は私の近くで正座した。
 私も向かい合って座る。

「あなたが突然居なくなったと、雨女――しぐれが泣いていました」
「……しぐれの友達ですか?」
「ええ。私は雪女です」

 雪女――男を惑わし氷漬けにする妖怪だ。
 雪女は「しぐれとは古い付き合いです」と言う。

「今、しぐれは友達や知り合いに頼んで、あなたを探していますよ」
「それは申し訳ないことをしました……いきなり悪五郎に拉致されてしまいまして……」
「先ほど、八岐大蛇様から事情を聞きました。いずれ神野様には落とし前を付けさせていただきます」

 魔王に対して物騒なもの言いで怒りを示した雪女。イメージと違ってクールな性格ではないらしい。

「それで、私の分の妖気は瓢箪に詰めておきました」

 雪女が枕元を指差す。そこには八岐大蛇から貰った瓢箪が置かれていた。
 手に取ると少し重くなっている。

「ありがとうございます。しかし、和菓子をご馳走しなくてもよろしいのですか?」
「客として、改めてあなたの店に行きますよ。しぐれにも会いたいですし」

 雪女は「しばらく休んだら、和菓子を作ってください」と立ち上がった。

「調理器具や材料はここに揃っております」
「分かりました……」
「食事は自分で作ってください。その材料もありますから」

 どこか愛想が無いように感じられた。
 私は「相当怒っているようですね」と言う。

「当たり前です。あなたのせいで、しぐれは妖怪で無くなった」
「…………」
「いずれ人として死んでしまう。そんな悲しいことはないでしょう」

 そう言われてしまったら言葉もない。
 責める気持ちもよく分かる。
 だけど――

「私はしぐれを人にして、後悔はありませんよ」
「……なんですって?」
「あなたからして見れば、身勝手に思われるでしょうけど、私は――」

 自信を持って、私は雪女に告げた。

「しぐれを愛しています。絶対に幸せにしてみせますよ」

 何の根拠もないし、論理的ではない。
 聞きようによっては雪女を挑発しているようだ。
 でも、雪女は――

「迷い無く言える人に嫁げて、しぐれは幸せ者ですね」

 そう言い残して、雪女は出て行ってしまった。
 残された私は、自分の頬を両手で叩いた。
 早くこなして、しぐれたちのところへ、私の帰るべきところへ戻らないと。
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