柳友哉のあやかし交幽録

橋本洋一

文字の大きさ
上 下
37 / 46

八岐大蛇

しおりを挟む
 人生は試練の連続である。

「ようやく目が覚めたか――友哉」
「……説明はしてくれるんですよね?」

 起きたら私は椅子に縄で縛られて、薄暗い部屋の中に居た。
 小さな灯りのおかげで、目の前に座っている悪五郎の顔だけは見ることができた。
 外の音は聞こえない。壁で仕切られていて無音。私の右前に小さな机があり、そこに蝋燭が置かれていた。それ以外の情報はない。

「強くなったな。普通の人間ならば、悲鳴を上げるところだ。しかし、お前は落ち着いて状況を理解しようとしている」
「ええ。あなたのおかげで、随分鍛えられましたからね」
「あるいはわしの血のせいか……」

 悪五郎は私を哀れんでいた――表情で分かる。
 どうして哀れみを受けねばならないのか、まるで判然としない。

「わしは、お前を愛おしく思う。何百年と見てきた子孫の中でも、五指に入るほどにな」
「光栄ですね。一応、ありがとうございますと言って置きましょう」
「だからこそ、わしはお前に幸せになってもらいたいのだ」
「……言っていることとやっていること、間違っていませんか?」

 私は「縄を解いてください」と率直に要求を述べた。
 悪五郎は「その前に聞かせてくれ」と問う。

「お前は、わしの血の因縁を無くしてしまいたいとは思わないか?」

 ちょうどその話をしぐれとしていた。
 思わない、というのは嘘になる……

「私の子供や孫が地獄巡りをするのは、勘弁願いたいですね」
「気を使うな。わしのせいで随分と嫌な思いをしたはずだ」

 しぐれと出会えたことが頭に過ぎったので、そうとも言えないと答えようとしたが、その前に悪五郎が「お前にチャンスをやろう」と立ち上がって私の後ろに回り、縄を解き始めた。

「伝説の妖怪と引き合わせてやる。そいつと交渉すれば、わしの血を消せるかもしれん」
「本当ですか? ……伝説の妖怪?」
「ああ。そこの扉の先に、その者が居る」

 縄を解いた悪五郎は、後ろを指差す。
 四角くて何の装飾もない木製の扉がある。
 奇妙なことだが、灯りが乏しい部屋なのに、はっきりと見える。

「様々な妖怪と出会い、地獄巡りをこなし、度胸が身に付いた今なら――上手く行けるかもしれん」
「……分かりました。会ってみます」

 私は椅子から立って、少しからだをほぐしてから、扉に向かう。
 最後に悪五郎は言った。

「お前の成長を見られて、とても楽しかった。久方ぶりだよ、こんな感情は」

 私は扉の取っ手に手をかけて、悪五郎に言う。

「また――会いましょう」

 扉を開けた。
 返事は聞かなかった。



 扉の先は草木の生えていない洞窟だった。
 じめっとした岩。周辺には松明が焚かれており、それは整然と目の前にある祭壇へと並べてあった。

 祭壇は石が積み重ねてあり、城の石垣のようだった。正面から見ると立体的な台形だった。高さはあまりない――上に誰か居る?

「よく来たな――柳友哉」

 グレーのスーツに青いシャツ。ネクタイはしていないようだ。
 今まで見た妖怪の中でも、威圧感が凄かった。遠くに居るこの私でさえ、存在を無視できないほどだった。

「さあ来い。遠慮するな」

 畏れているのか、鳥肌が湧き出る。
 蛇に睨まれた蛙のように動けない――なんとか一歩、踏み出ることができた。
 ゆっくりと祭壇に近づき、そのまま上っていく。
 そしてその妖怪の前に立つ。

「俺のことは神野悪五郎から聞いているな?」
「伝説の妖怪としか、聞いていません」
「そうか。なら名乗っておくか」

 その妖怪は眉が太く、目も鋭い。美丈夫という古風な言い方が似合う。まるで全身に英雄のような覇気を纏っていると思わせる迫力。体格も良く格闘家と言われてもおかしくない。

「俺は八岐大蛇やまたのおろちだ」
「……本当に伝説の妖怪ですね」

 八岐大蛇。日本神話の神、スサノオに退治された妖怪だ。
 酒を飲ませて酔わせて、前後不覚になったところで、八つの首を斬って殺された。
 しかし裏を返せば、そうやって弱らせないと、たとえ神でも倒せなかったということだ。
 それほど、強大な妖怪――神代から伝わる、伝説の妖怪。

「お前は、神野の血の因縁を消したいらしいな」
「……ええ、できることなら消したいです」
「そうか。確かに俺ならできなくもない」

 八岐大蛇は腕組みをして――私に問う。

「そのための覚悟を、お前に問う」
「……はい」
「お前は確か、和菓子職人だったな」

 唐突にまったく関係のないと思われることを言った八岐大蛇。
 分からないまま、私は「ええ、そうです」と答えた。

「妖怪たちに和菓子を振る舞い、見返りとして妖気を貰って来い」

 私の目の前に瓢箪が浮かんだ。
 それを受け取った私に「全て満たせば、因縁を解いてやる」と八岐大蛇は約束した。

「貰う妖怪は俺が指示する。まず、この洞窟を出た先に居る妖怪に和菓子を振舞え」
「今、道具も材料も持っていませんが……」
「その妖怪が用意する。さあ行け」

 大雑把な説明だったので、もう少し質問したかったが、八岐大蛇は消えて居なくなってしまった。
 私は後ろを振り返る。
 出口に向かって松明が並んでいた――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...