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メリーさん
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友からの祝福と忠告は素直に受け取ったほうがいい。
「ハーイ、雨女。あなた、人間と結婚するって? おめでとう!」
二月も半ばになり、毎日寒い日が続いている中、その少女――妖怪は祝福の言葉と共に突然現れた。
お人形みたいなゴスロリ姿で、瞳はエメラルドのように輝いた緑。金髪も貴族のように縦に巻いてある。外国人だろう。身長はさほどない。少し痩せていて、頬も青白くて不健康そうだ。
和菓子屋に似合わないというかちぐはぐしているその少女は、どうやらしぐれの知り合いらしい。ということは妖怪に間違いない。実際、店の展示ガラスを拭いていたしぐれが嬉しそうに「お久しぶりです!」と少女に近づいた。
「あなたがここに来てくれるなんて……! とても嬉しいですよ!」
「うふふ。それで、そっちの彼があなたのお相手?」
少女が私に話しかけた。ちょうどミケとコンは調理場のほうで休憩していて居なかった。
私が「柳友哉です」と名乗ると少女はにこりと微笑んだ。
「私、メリー。今あなたの目の前に居るの」
少女――メリーさんはおどけたように言う。
私は有名な都市伝説のメリーさんのことは知っていた。
電話に出るたびに近づいてきて、最後はすぐ後ろまで迫る妖怪だ。
「初めまして。寒い中お疲れさまです。何かお茶でも飲まれますか? それとも紅茶かコーヒーのほうがいいですか?」
「あ、緑茶で構わないわ。そんなに気を使わなくてもいいし」
私は調理場に向かい、ミケたちにメリーさんのことを言うと「邪魔しちゃ悪いにゃん」と遠慮された。連日の仕事で疲れていることもあるのだろう。
急須でお茶を淹れて、三人分の湯飲みと出来たての饅頭をお盆に乗せて持っていく。
「まさか、人間になって結婚するなんて、思わなかったわよ」
「いえ。まだ結婚してはおりません」
二人が椅子に座って話し合っている。親しい間柄にほっこりしつつ、私は「どうぞ」とお茶と和菓子をすすめた。
メリーさんは「ありがとう」と言って優雅にお茶を啜る。
「うん。美味しい……天狗の街のお茶ね」
「お分かりですか。素晴らしい舌をお持ちですね」
「あそこのは有名よ。それより、まだ結婚していないの?」
メリーさんがジト目で私を見る。別にやましいところはないのだが、何故か気後れしてしまう。
「結婚式はまだ挙げていませんけど、今度の金曜日に届けを出そうと思っております」
「ふうん。あ、戸籍はどうするの?」
「悪五郎が作ってくれました」
「保証人は? それも神野なの?」
「いえ。世話になっている大学教授に頼みました」
この前、店に来てくれた教授に、不躾だと思いつつ頼んだら、快く了承してくれた。
言ったとき、ひどく驚かれたがすぐに「おめでとう!」と祝福してくれた。やはり優しくて立派な方だ。私もああいう大人にならないといけないな。
「そっか。なら安心ね。てっきりなあなあにしているのかと心配してしまったわ」
友人思いの良い人で、都市伝説のような怖いイメージが無くなってしまった。
私たちは三人、和やかな雰囲気で話ができた。
私の知らないしぐれのエピソードも聞くことができたのも嬉しかった。彼女はとても恥ずかしがっていたが。
「それじゃ、帰るわね」
「もうお帰りになるのですか?」
「ええ。店の邪魔しちゃ悪いしね」
メリーさんが椅子から立ち上がって帰ろうとする。
しぐれが「あ。お土産を渡してもよろしいですか?」と手を叩いた。
「せっかくだから作りたてのほうがいいだろう。調理場にあるから詰めてきなさい」
「ありがとうございます。メリー、少しお待ちください」
しぐれが店に奥に消えると、メリーさんは「あれ、あげたの?」と訊ねる。
察した私は頬を掻きながら「用意はしていますけど、タイミングが……」と口ごもった。
「届け出すんでしょう? 早く渡さないと格好つかないわよ?」
「そうですね……」
店の奥からお土産が入った紙袋を持ってきたしぐれ。
メリーさんは大切そうに抱えて「雨女、いやしぐれ」と彼女に言う。
「幸せになりなさいよ。友達として祈っているから」
「ええ。友哉さんと一緒に居ればなれると信じております」
店の外まで見送ったしぐれに「ちょっといいか?」と多少声が上ずりながら切り出した。
不思議そうな表情をする彼女。
「どうかなさいましたか?」
「少し話があるんだ。ちょっと待ってくれ」
大切に仕舞っておいた、小さな箱を持ってしぐれの前に立った。
そして、彼女に箱の中身を見せた。
「これは……」
「婚約指輪だ。君に似合うといいんだけど」
指輪のサイズは事前に調べておいた――結婚式で用いる結婚指輪のサイズをしぐれに聞いておいたのだ。
しぐれが口元を手で押さえる。驚いているが喜んでいる。
「受け取って、くれるか?」
「……素敵ですね。ええ、もちろんです」
私はしぐれの手を取って彼女の指に嵌めた。
丸い宝石が店の照明に当たって輝く。
「綺麗……友哉さん、ありがとうございます……」
「それともう一つ、贈り物があるんだ」
私はしぐれの目を見て――気恥ずかしかったがきちんと言わねば――誠意を込めて言った。
「あなたを絶対に幸せにします。結婚してください」
ありきたりな言葉でのプロポーズ。
婚約指輪と同じくらい、気持ちを込めた贈り物。
しぐれの頬が赤く染まった。
「はい。私のほうこそ、よろしくお願いします」
メリーさんの言うとおり、なあなあでは駄目なんだ。
言葉にしないと伝わらないことがあるから。
「ハーイ、雨女。あなた、人間と結婚するって? おめでとう!」
二月も半ばになり、毎日寒い日が続いている中、その少女――妖怪は祝福の言葉と共に突然現れた。
お人形みたいなゴスロリ姿で、瞳はエメラルドのように輝いた緑。金髪も貴族のように縦に巻いてある。外国人だろう。身長はさほどない。少し痩せていて、頬も青白くて不健康そうだ。
和菓子屋に似合わないというかちぐはぐしているその少女は、どうやらしぐれの知り合いらしい。ということは妖怪に間違いない。実際、店の展示ガラスを拭いていたしぐれが嬉しそうに「お久しぶりです!」と少女に近づいた。
「あなたがここに来てくれるなんて……! とても嬉しいですよ!」
「うふふ。それで、そっちの彼があなたのお相手?」
少女が私に話しかけた。ちょうどミケとコンは調理場のほうで休憩していて居なかった。
私が「柳友哉です」と名乗ると少女はにこりと微笑んだ。
「私、メリー。今あなたの目の前に居るの」
少女――メリーさんはおどけたように言う。
私は有名な都市伝説のメリーさんのことは知っていた。
電話に出るたびに近づいてきて、最後はすぐ後ろまで迫る妖怪だ。
「初めまして。寒い中お疲れさまです。何かお茶でも飲まれますか? それとも紅茶かコーヒーのほうがいいですか?」
「あ、緑茶で構わないわ。そんなに気を使わなくてもいいし」
私は調理場に向かい、ミケたちにメリーさんのことを言うと「邪魔しちゃ悪いにゃん」と遠慮された。連日の仕事で疲れていることもあるのだろう。
急須でお茶を淹れて、三人分の湯飲みと出来たての饅頭をお盆に乗せて持っていく。
「まさか、人間になって結婚するなんて、思わなかったわよ」
「いえ。まだ結婚してはおりません」
二人が椅子に座って話し合っている。親しい間柄にほっこりしつつ、私は「どうぞ」とお茶と和菓子をすすめた。
メリーさんは「ありがとう」と言って優雅にお茶を啜る。
「うん。美味しい……天狗の街のお茶ね」
「お分かりですか。素晴らしい舌をお持ちですね」
「あそこのは有名よ。それより、まだ結婚していないの?」
メリーさんがジト目で私を見る。別にやましいところはないのだが、何故か気後れしてしまう。
「結婚式はまだ挙げていませんけど、今度の金曜日に届けを出そうと思っております」
「ふうん。あ、戸籍はどうするの?」
「悪五郎が作ってくれました」
「保証人は? それも神野なの?」
「いえ。世話になっている大学教授に頼みました」
この前、店に来てくれた教授に、不躾だと思いつつ頼んだら、快く了承してくれた。
言ったとき、ひどく驚かれたがすぐに「おめでとう!」と祝福してくれた。やはり優しくて立派な方だ。私もああいう大人にならないといけないな。
「そっか。なら安心ね。てっきりなあなあにしているのかと心配してしまったわ」
友人思いの良い人で、都市伝説のような怖いイメージが無くなってしまった。
私たちは三人、和やかな雰囲気で話ができた。
私の知らないしぐれのエピソードも聞くことができたのも嬉しかった。彼女はとても恥ずかしがっていたが。
「それじゃ、帰るわね」
「もうお帰りになるのですか?」
「ええ。店の邪魔しちゃ悪いしね」
メリーさんが椅子から立ち上がって帰ろうとする。
しぐれが「あ。お土産を渡してもよろしいですか?」と手を叩いた。
「せっかくだから作りたてのほうがいいだろう。調理場にあるから詰めてきなさい」
「ありがとうございます。メリー、少しお待ちください」
しぐれが店に奥に消えると、メリーさんは「あれ、あげたの?」と訊ねる。
察した私は頬を掻きながら「用意はしていますけど、タイミングが……」と口ごもった。
「届け出すんでしょう? 早く渡さないと格好つかないわよ?」
「そうですね……」
店の奥からお土産が入った紙袋を持ってきたしぐれ。
メリーさんは大切そうに抱えて「雨女、いやしぐれ」と彼女に言う。
「幸せになりなさいよ。友達として祈っているから」
「ええ。友哉さんと一緒に居ればなれると信じております」
店の外まで見送ったしぐれに「ちょっといいか?」と多少声が上ずりながら切り出した。
不思議そうな表情をする彼女。
「どうかなさいましたか?」
「少し話があるんだ。ちょっと待ってくれ」
大切に仕舞っておいた、小さな箱を持ってしぐれの前に立った。
そして、彼女に箱の中身を見せた。
「これは……」
「婚約指輪だ。君に似合うといいんだけど」
指輪のサイズは事前に調べておいた――結婚式で用いる結婚指輪のサイズをしぐれに聞いておいたのだ。
しぐれが口元を手で押さえる。驚いているが喜んでいる。
「受け取って、くれるか?」
「……素敵ですね。ええ、もちろんです」
私はしぐれの手を取って彼女の指に嵌めた。
丸い宝石が店の照明に当たって輝く。
「綺麗……友哉さん、ありがとうございます……」
「それともう一つ、贈り物があるんだ」
私はしぐれの目を見て――気恥ずかしかったがきちんと言わねば――誠意を込めて言った。
「あなたを絶対に幸せにします。結婚してください」
ありきたりな言葉でのプロポーズ。
婚約指輪と同じくらい、気持ちを込めた贈り物。
しぐれの頬が赤く染まった。
「はい。私のほうこそ、よろしくお願いします」
メリーさんの言うとおり、なあなあでは駄目なんだ。
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