柳友哉のあやかし交幽録

橋本洋一

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猫又

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 犬猫も三日飼えば恩を忘れず。罪人は三日責めれば悔いる。

 何も見えない暗闇の中を落ちていく。雨女とコンと一緒に、落ちていく。
 速度も凄まじい。ジェットコースターのような落下感。地獄へ行くのだから当たり前だけど、生きた心地がしなかった。

 それが十分くらい続いて、ようやく地面らしきところに着陸する。
 ジメッとした感触。不思議と落ちたときの衝撃が少ない。
 しばらく呆然としたが、雨女のことを思い出し、声をかけた。

「雨女さん! 大丈夫ですか!?」

 何も見えないので声をかけることしかできない――と思ったら、コンが狐火を吐いてくれた。よし、これで周囲が窺える。
 雨女は青白い顔をしていたが「少し休めば回復します……」と答えてくれた。

「良かった……雨女さん、無茶しないでくださいよ……」
「あなたと離れたく、なかったのです。それに地獄巡りは、つらいことですから」

 私は地獄巡りのことをよく知らないが、そんなにつらいのだろうか……
 ふと辺りを見渡すと、地面が赤いことに気づく。
 地面に着いていた手を臭う。鉄の臭い――血だ。

「ここは……」
「ああ。ようやく来たかにゃん」

 いきなり後ろから声をかけられたのでかなり驚いた。ゆっくりと振り返ると、そこには女の子が立っていた。
 普通の女の子ではない。黄緑の着物。猫目が印象的。十代半ばで高校生という感じではない。頭には猫耳……本物みたいだ。にやにや笑って私に近づく。

 このとき、私は普通ならありえないことを言ってしまった。地獄という環境が私の感覚を鋭くしているのかもしれない。平常ならば思い当たらなかった――

「君は……ミケ、なのか?」

 昔飼っていた猫の名を言う。
 すると女の子は――泣き出してしまった。
 大粒の涙を流す女の子。私は慌ててしまう。

「お、おい。どうして泣く?」
「……なんで、我輩だと、分かったんだにゃん? 嬉しすぎるにゃあ」

 それで疑問が確信に変わった。
 そうか。あのミケが……

「君は、ミケだ。しかしどうして人間の姿に?」
「これを見れば分かるにゃん」

 涙を拭いながら、後ろを向き、自分の尻尾を見せた――二本生えている。
 本で読んだことがある。二つに分かれた尻尾を持つ猫の妖怪。

「猫又になったのか?」
「当たりにゃん。久しぶりだにゃあ、御主人様」

 猫又は十年来の友人のような親しみを込めた顔で、私に近づく。
 雨女は「飼い猫だったのですか?」と私に訊ねた。

「ああ。三毛猫のミケだ。まさかまた会えるとは思わなかった」
「我輩はまた会えると思ったにゃん。だって、御主人様はいずれ、地獄巡りをするって分かっていたから」
「……分かっていた?」

 怪訝に思う私にミケは「そのために飼われていたんだにゃん」と説明をする。

「御主人様の母親、つまりすみれはいずれ自分の息子が地獄巡りをするって分かっていたにゃん。それに備えるために、我輩を飼ったんだにゃん」
「道案内をさせるためにか? それとも協力させるためか?」
「前者にゃん。とりあえず、そこの管狐に狐火出させて、行こうにゃん。懐中電灯はあまり役に立たないにゃん」

 私はリュックを背負い直して、雨女に肩を貸しつつ、コンの狐火を頼りに歩き出す。
 ミケは私の前を歩き出す。先導してくれるらしい。

「なあミケ。ここは地獄なのか? それにしては、その……」
「罪人が居ないと言いたいのかにゃん?」
「ああ、そうだ」
「にゃふふ。御主人様。罪人なら居るにゃん」

 言っている意味が分からない。
 私はその意味を訊こうとしたが、雨女に止められてしまう。

「店主。それ以上訊かないほうがよろしいかと」
「何か危ういことでもあるんですか?」
「ここは罪人の休憩所……いや、求刑所と言うべきところだにゃん」

 ミケがにやにや笑いながら、ここの説明をする。

「罪人はいろんな地獄に行くにゃ。その合間にここへ連れてこられるんだにゃん」
「休憩所とはそういうことなのか」
「もちろん、休憩している間も罰を受けているにゃん……ここの地面として」

 地面という言葉に一瞬、反応できなかったが、すぐに意味を察してしまった。
 まさか、このじめじめした地面は……

「罪人の身体なのか……?」
「そうだにゃん。バラバラにされて、地面にされて、どんどん重なって、一番下になったら、刑場に落とされるにゃん。その年数は人間にとって計り知れないにゃん」

 何と怖ろしい刑罰だろうか。身震いしてしまう。雨女が知らないほうがいいと言ったのが理解できる。

「バラバラにされても感覚は残るから、常に痛みを感じている状態だにゃん。でも、地獄の刑罰に比べたら、まだマシなほうにゃん」

 ミケが足を止めた。前方に大きな鉄の扉がある。それが地獄につながる扉……
 ミケは私たちに向かって「もう少し妖怪を連れてきたほうが良かったにゃん」と言う。

「味方を多くするために、あの魔王は妖怪を御主人様に会わせたにゃん」
「あ、あれはそういう……」
「でもまあ、御主人様なら耐え切れると信じているにゃん」

 ごくりと唾を飲み込む私に、ミケはゆっくりと丁寧にお辞儀をした。

「ようこそ、地獄へ。ありとあらゆる苦痛を受ける罪人をどうかその目で焼き付けてほしいにゃん」
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