柳友哉のあやかし交幽録

橋本洋一

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提灯お化け

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 選択を誤ると人は何かを失ってしまう。

 あと二週間で年始年末を迎える年の瀬。
 私は一人、夜道を歩いていた。

 その日は帰省してきた友人たちとの飲み会だった。いわゆる忘年会みたいなものだ。
 四人ぐらいで節度を保ちつつ、居酒屋で飲んでいると、隣で騒いでいる私たちと同じくらいの若者が、これから肝試しをしに行こうと言っていた。

 聞き耳を立てるつもりはなかったが、鐘楼しょうろう寺の近くに行くらしい。
 すると友人の一人が「あそこは出るらしいぜ」と私に耳打ちした。

「出るって、幽霊とか妖怪とかか?」
「幽霊はともかく、妖怪ってなんだよ? ……よく分からないが、何人か行方不明になったやつもいるらしいぞ」

 行方不明……なんだか胸騒ぎがする。
 心の奥がざわめくような。

 若者たちは勢いのまま、居酒屋を出てしまった。
 人数は私たちと同じ、四人だ。
 嫌な予感がする……

「どうした柳。顔色悪いぞ?」
「少し、酔ってしまったようだ。すまないが先に帰るよ」

 三人は不思議そうな顔をしたが、気をつけて帰れよと言ってくれた。
 私は居酒屋を出ると鐘楼寺へと向かう。

 暗い道を一人で歩くのは心細かった。
 しかも鐘楼寺は町外れにあるものだから、人気も少ない。
 吐く息も白く、酔いが醒めるほど寒かった。

 しばらく歩くと何やら騒いでいる二人が見えた。
 先ほどの若者たちだった。
 もう二人はどうなったんだろう?

「どうかしましたか?」
「うわああああ!? な、なんだ? あ、あんた誰だ?」

 男と女のカップルだった。後ろから声をかけたので、男のほうは大声で驚き、女は声もなく座り込んだ。
 私は「先ほど、居酒屋にいまして。それで気になる話を聞いたんです」と正直に言った。

「何でも、本当に出るらしいと。それで心配になって追いかけてきたのです」
「え、あ、はあ……」

 怪訝な表情になるのは当たり前だった。胡散臭そうだと顔に出ている。
 もう少し誤魔化せば良かったと後悔する。

「何か、あったんですか?」
「ええと、それが――二人いなくなったんだ」
「いなくなった? どこで?」

 女のほうはしゃがんですすり泣いている。
 男は慌てた口調で説明し出した。

「わ、分からねえ。寺には入れなかったから、周りの壁を一周しようとしたら、途中で消えちまった!」
「ふむ……分かりました。それでは二人とも、ここにいてください。私が探しに行きますから」

 男は不安そうだったが、怯えている女を置いて探すのも、自分一人で探すのもできないらしく、結局私に任せることにした。

 二人の名――マサシとユミという――を呼びながら壁の周りを歩く。
 次第に空気が重くなり、寒さが増している感覚がした。

 前方に赤い光が見える。
 電灯……ではないな。あれは、提灯ちょうちんの灯りだ。

 近づくと二人の男女の周りに提灯がぐるぐる回っている。
 おそらくマサシとユミだろう。

「こっちにおいで。そっちは暗いよ」
「ひいいい!? やめろ、やめてくれええええ!」

 マサシはがたがた震えながら、気絶しているユミを抱き締めている。
 提灯たちはけらけらと笑っている。面白がっているようだ。
 私は近づいて「何をしている!」と言った。

「うん? なんだお前は?」

 提灯の一つが私に話しかけた。
 私は「面白半分で人を怖がらせるな」と言う。

「お前たちだな。人を行方不明にしているのは」
「何を言うか。俺たちは……うん? お前、まさか、神野の子孫か!?」

 気づいた提灯がぱっと後ろに下がる。
 他の提灯も私から離れた。
 その隙に、マサシがユミを抱えてこっちに逃げてくる。

「あ、あんた、助けてくれ!」
「……お前たちはなんなんだ?」

 マサシを無視して提灯たちに訊ねる。

「俺たちは、提灯お化けです」
「提灯お化け……そのまんまだな」
「俺たちはただ、そこの人間をからかっていただけですよう」

 私は「ならもう十分だろう」と冷たく言った。

「二人は返してもらうぞ」
「ええまあ。俺たちはいいですけど。他の妖怪は黙ってませんよ?」

 すると背中のほうから、底冷えするような、おどろおどろしい声がした。

『男と女、どっちを差し出す?』

 それはマサシにも聞こえたようで「ひいいい!? やめてくれえ!?」と悲鳴をあげた。

「俺じゃなく、ユミを、ユミを渡すから、やめてくれえええええ」
「――馬鹿! 答えるな!」

 その瞬間、私の後方から一斉に無数の男の手が飛び出してきた。
 私は咄嗟に気絶しているユミを庇った――

『むう。神野の子孫か。仕方ない、こちらで帳尻合わそう』

 そんな声が聞こえたかと思うと、一本の腕がマサシの身体を掴む。
 それに続くように、次から次へと掴んでいく――

「そんな! 助けて、助けて――」

 腕に引っ張られて――マサシは闇の中に消えてしまった。
 そして静寂が訪れる。

「うけけけ。あやつ、上手くやったなあ」

 提灯お化けたちはそう言い合いながら、すうっと消えてしまった。
 残された私はどうすることもできず、しばらくしてからユミを背負ってその場から去った。

 カップルの二人の元に戻ると、女がユミを見て号泣した。
 男に訊くと、二人は幼馴染らしい。

「ま、マサシは……」
「連れて行かれてしまったよ」

 そう告げると男は蒼白になってしまった。
 私は改めて後ろを振り返った。
 そこには深淵の闇しかなかった。

 ユミはその後、入院することになったが、身体に異常はないようだった。
 ただ暗闇を恐れるようになったという。

 マサシの行方は依然として分からない。
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