柳友哉のあやかし交幽録

橋本洋一

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子泣きジジイ

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 不意に訪れるのは、過去からの重責。

 すっかり秋になった。少しだけ肌寒い。
 以前世話になった教授が懇談会で私の和菓子を出して好評だったと直接報告してくれた。今度も頼むよと言いつつ、ドラ焼きをたくさん買ってくれた。
 人に感謝されるのはとても気分がいい。加えて寂しかった懐が豊かになるのも嬉しい。

 帰っていった教授をほくほく顔で見送って、私は和菓子を詰めるプラスチックの容器が無いことに気づいた。よし、店の奥にあるダンボールから――

「おぎゃあ、おぎゃあ」

 赤ん坊――いや、それにしては老人のようにも聞こえる。しかし私しかいないはずの店にどうして――と思った、次の瞬間。
 ずっしりと、『重み』が、私を襲った。

「な、なんだと!?」

 言葉が発せられたのは驚きからで、それからは何も話せなくなった。
 重すぎる。まるで中学校の頃、組体操で一番下になったときと同じ……いやそれ以上に重い!

「ふふ。わしは重かろう?」

 声はまったくの老人だった。誰だお前は、妖怪か? と言いたかったが、あまりの重さに言葉が出ない。

「わしは子泣こなきジジイよ。魔王の子孫にちょっとばかり挨拶をしようと思うてな」

 子泣きジジイ! 人の背中に張り付き、重みで歩けなくする妖怪!

「恨みはないが――」

 その後に死んでもらうと言おうとしたのかもしれない。
 しかし声に出すことは無かった。
 主人である私の危機を察知した管狐が店の奥から飛んできた。
 そして子泣きジジイと私に向かって炎を吐いた。

「おぎゃあああああああああああああああ!」

 子泣きジジイは悲鳴を上げて私の背中が降りて、そのまま気絶してしまった。
 私はようやく立ち上がれることができた。
 もちろん火傷などしていない。店内も無事である。

狐火きつねび。燃えない火に驚くとは。妖怪は案外臆病なのだな」

 擦り寄ってくる管狐を撫でながら、私は呟いた。
 管狐は嬉しそうにきゅうんと鳴いた。

「まあ。それでどうなったのですか?」

 後日、雨女が来たので子泣きジジイの話をした。

「平謝りされたので、そのまま許してしまいました」
「……店主も人が良いですね」

 私はこのとき雨女に隠し事をしてしまった。
 それは子泣きジジイが何故私を攻撃したのか。
 理由はこうだった。

「ある妖怪に頼まれたのじゃ。許してけろ」
「その妖怪とは誰だ?」

 子泣きジジイは泣きそうになりながら言う。

「勘弁してくれ。言うたら消されてしまう」
「それほど恐ろしいのか……」

 すると子泣きジジイは「一週間後じゃ」とはっきりと言った。

「一週間後にその妖怪は来る。そのときに理由を訊ねるがいい」

 一週間後。つまり明日だ。
 良かった、一週間のうちに雨が降って。
 目の前の雨女が和菓子を食べるのを見て、心からそう思えた。

「店主? どうかなさいましたか?」
「いえ。あなたが私の和菓子を美味しそうに食べてくれて、嬉しいのです」

 すると雨女は照れたようにレインコートの袖で口元を隠す。

「ふふふ。そのようなことをおっしゃるのは珍しいですね」
「ええまあ。子泣きジジイなだけに言葉を重んじてみました」
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